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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    昨夜は中秋の名月、今夜は満月、しかもスーパームーンだそうです。でも、私の携帯カメラでは、ちっともスーパームーンに見えませんね・・・・
     
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    新橋演舞場公演中に、チケットの発売日となる。こちらのチケット確保もお忘れなくね

    イメージ 2舟木一夫コンサート2014
    12月14日(日)中野サンプラザ
     
    昼の部  14:00開演(13:30開場)
    夕方の部 18:00開演(17:30開場)
    全席指定 8,500円
     
    9月12日(金)より一般発売開始!!
     
     
     
     
     
     
     
     
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    イメージ 1青春歌謡スペシャルコンサート 2014
    ツアー・ファイナルin新歌舞伎座
    12月20日(土)/21日(日)新歌舞伎座
     
    各日
    昼の部 13:00開演
    夜の部 17:00開演
    1階席 10,000円
    1階花道席 9,000円
    2階席 6,000円
    3階席 3,000円
    特別席 12,000円
     
    9月25日(木)より電話予約開始!!
     
     
     
    二回目の演舞場公演に行ってきま~す10日の夜の部(みんなde舟木)と11日の昼の部です

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    初日と二日目に続いて、公演期間中盤に入った10日夜の部、11日昼の部を拝見するために二回目の上京をしてます。

    あまり目新しい速報はお届けできませんが、少しだけ…

    夜の部を見るために東銀座駅から演舞場に向かっていたら向こうから私たちの年代より十数年ほど上の年齢とお見受けする方たちが演舞場からたくさん出てこられました。

    9月の3日、4日、5日、8日、9日、そして10日の昼の部までは当初から公演スケジュールでは「売切」~「貸切」ではなく~となってましたよね。

    私はその理由がわからずなんでかなぁ?とずっと疑問でもあり気になってましたからネットに情報がないか調べていたら、先日、判明しました。


    毎年9月に東京都中央区が催す歌舞伎座や明治座などの劇場への高齢者御招待があるとのことで今年は舟木さんの公演が対象になっているという情報を見つけました。

    そうだったのね!と理由がわかってスッキリ!(笑)

    演舞場の前に看板があって理由判明!

    7日に夜の部の公演をご覧になった舟友さんから舟木さんがコンサートのトークで「昼は別メニューだったので、バンドも大変です。」というようなことをおっしゃったと聞きました。

    私たちがお聴きしている一般向けのセットリストとは違う構成みたいですね。

    この御招待スケジュールも10日で終わりましたから中盤からは昼夜とも観られる日が多くなりますね。


    さて、夜の部では「みんなniプレゼントナイト」という特典がつく日が8日あります。

    舟木さんのいろんなポーズのカードがもらえます。

    二日目の3日は紋付き上下姿の伊賀之亮のカードでした。10日はこのカード。
    全部集めるとさらにサプライズプレゼントがもらえるとか。
    そして、昨日10日は「みんなde舟木」でした。

    終演後に再び幕を開けて舞台の中央に椅子を置き、舟木さんが客席に背中を向けて座ります。

    「お客様にお尻を向けちゃってすみません…」と舟木さん。
    シャッターは5回の連写です。

    その間、舟木さんのあの素敵な背中を見放題!(笑)

    私は今回が初参加でしたがカメラは無視して舟木さんの背中ばかり見てましたね。

    10日は時間がかなり遅くなったので舟木さんもすぐに楽屋口から出て来られました。
    さっき一緒に写真撮ったから今夜はもういいでしょ!ってなワケではないでしょうが、手を振ってあっという間に2727へ…でも車の中からも手を振ってくださいました。


    さて今朝は…

    前日から泊まりの方が多く「入待ち」もたくさんの人でした。
    ちょうど雨足が強くなって皆さん傘をさしてたりしたので撮りにくくて見事にしくじりました(笑)

    まあ、ないよりマシかと恥ずかしながらアップしておきますね

    間もなく11日の昼の部開演です。

    10日と11日の詳細れぽは明日以降になります。

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            舟木一夫特別公演~新橋演舞場 2014年9月2日~9月24日
    イメージ 1

     
    イメージ 2初日、二日目に続いて10日と11日に二度目の「演舞場詣で」に行ってきましたので御報告させていただきます。「速報!」でもご紹介したのですが、演舞場公演の2日目以降から数日間が、「売切」なのは、どうしてかな?と不思議に思っていましたが、ネット上の某サイトで、その理由が判明しました。
     
    イメージ 3

     
     
     
     
     
     
     
    ネット情報では、以下のようなことが書いてありました。
    中央区のオフィシャルHPではなく一般の方がアップなさっていました。
     
    「新橋演舞場の舟木一夫ショー」というタイトルで、内容は「3日、4日、5日と8日、9日、10日の6日間の昼の部は、中央区が全席を借り切って、その間、区内の70歳以上の高齢者8430名をお弁当付きで,無料招待するものです。」(昨年は歌舞伎座で,その前の年は明治座だったとのこと。)
     
    そうだったんですね。理由が判って、落ち着きました(笑)
    演舞場の正面玄関には、先の情報通り、「中央区敬老大会」という立て看板がありました。
     
     
    先ずは、10日の第二部のコンサートから、舟木さんのトークを中心にしてれぽします。
    舟木さんのトーク部分はピンク文字

    9月10日 夜の部 シアターコンサート 18:25~19:25(60分)

    オープニング
    ~初恋
     
    夜は、前半が白地の着物姿で登場です。襦袢、帯、雪駄の鼻緒などは茶系統というカラーコーディネイト。
    どうやら、もうすっかり秋になったみたいですね。それでも意地張って半袖着てます(笑)
    早いもので、三分の一、終わりました。まだ三分の二残ってます。なんか、どうでもいいことを言ってますが
    …。夜の前半は、スローテンポのゆっくりした歌、日本の四季の移り変わりを歌った歌を・・「絶唱」から
     
    オープニングの「初恋」に続いてマイ・ベストソングの「絶唱」という贅沢な構成です。「絶唱」のイントロがはじまって、ブルーのライトが舟木さんの着物姿をシルエットで浮かび上がらせると、私の気持ちはタイムスリップ・・映画「絶唱」の順吉さんを思いだして胸がときめきます。
    あの頃の、イメージをずっと保ち続けて下さっているからこそ、色褪せない思春期のときめきとキュンとした切なさが、そのまま戻ってきてくれるんですよね。舟木さんに、心からのありがとうです。

     
    絶唱
     
    イメージ 4あゝ荒城の月かなし  作詩:石本美由起  作曲:遠藤実
    http://www.youtube.com/watch?v=O48S-qJyZm8
     
    約束もない恋ならば また会うことも かなうまい
    しあわせいずこ 荒城に 春高楼の 唄哀し
    みどりの髪に 矢絣の 紫似合う君はなく
    崩れて残る 荒城に おもかげ草は 今も咲く
      
    月日はうつる人の世に 変わらぬ姿 月ばかり
    待つ人もない 荒城の 草笛さびし 恋哀し

    この曲は、お着物をお召しになった時には、度々、歌われますので、舟木さんもお好きな曲なのでしょうね。石本美由起氏の哀しくも典雅な詩の世界に遠藤先生の流れるような美しい旋律の名曲です。
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 5恋人形  作詩:舟木一夫 作曲:山路進一 編曲:杉村俊博
     
    うす墨の 空はつれない 雨もよう 
    帰るあてさえ ないひとに
    いくつ折鶴 恋ごころ
    にじむ 吐息の もどかしさ
     
    ふるさとの 風はかおりも 秋化粧
    落ち葉しぐれる 白壁に
    揺れて とぎれて ほそぼそと
    つらい噂も 気にかかる
     
    うす紅の 目もとやつれて 恋人形
    あやめ一輪 咲く帯に
    かくしきれない あの夜の
    命かさねた 夢のあと
     
     
    赤とブルーのライトが、華やかでいて,、しっとり感をもかもしだします。6月に発売された新曲「眠らない青春」のカップリング曲、これは、コンサートでも再々歌われていたにもかかわらず、オフィシャルの音源がない隠れた人気曲でしたから、私も含めてファン待望の音源化です。こうしてあらためてライブの「戦力」として名実共に脚光を浴びてお聴きすると、スタジオ録音のCDもいいですが、舟木さんがおっしゃっているように、やっぱりステージで映える曲であることが納得できます。「絶唱」「あゝ荒城の月かなし」などと並べてこそ存在感を発揮するのですね。
     
    こういうタイプの歌は、なくなってきましたね。
    今回は、尾上松也さんが天一坊をやってくれて助かってますが、背が高いんですよ。あの人が、立ってて、私が座ってる場面は「見上げてごらん夜の星を」です(笑)・・・
     
    「日本の名曲」たちは、とても幅広くて、くくりようがない。皆さんの頭のどこかに残っている歌だけでも何
    万曲あるかわかりません。昨日まで歌っていたのが「波浮の港」「船頭小唄」、今日から「宵待草」と「ゴン
    ドラの唄」・・・

    日本の名曲(10日から16日まで) 「宵待草」「ゴンドラの唄」
     
    宵待草 作詩:竹久夢二(2番:西條八十) 作曲:多忠亮

    待てど暮らせど 来ぬひとを
    宵待草の やるせなさ
    今宵は月も 出ぬそうな
     
    暮れて河原に 星一つ
    宵待草の 花が散る
    更けては風も 泣くそうな

    竹久夢二の「宵待草」は西條先生が大好きで、一番だけではもったいないと、二番の詩をつけたして歌になりました。まず、これは今の若い人には通用しない?・・・「待てど 暮らせど 来ぬひとを」(と詩をくちず
    さんでみる舟木さん、そして)、わかるでしょ、恋のひとつもすれば・・・(笑)
     
    ブルーとむらさきのライトで、大正浪漫の世界に誘われるようです。一番、二番、インストゥルメンタル、再び、一番、ラストのフレーズ「今宵は月も 出ぬそうな」繰り返し、「出ぬそうな」の部分を高く歌い上げるスタイルがドラマチックで、切ない恋のストーリーをイメージさせます。そして、二番の西條八十氏作の詩を原詩の、のままで歌唱なさっている舟木さんの西條先生への敬愛の念が如実に現れているのも、「舟木一夫の宵待草」ならではものでしょう。
     
    ~ウイキペディアより~
    夢二が亡くなって4年後の1938年に、その爆発的人気にあやかり『宵待草』という映画が企画された。その際、映画の主題歌にはこの3行の歌詞は短すぎるとして、夢二と親しかった西條八十によって新たに第2番の歌詞が加えられた。ところがその歌詞の中に、宵待草の花が「散る」という表現があり、後日「月見草は萎むもので直ぐには散らない」という指摘を受けて歌詞は訂正されたものの、第2番が歌われることはほとんどなかった。
    *訂正個所:宵待草の花が散る→宵待草の花のつゆ
     
     
    イメージ 6宵待草についてのエピソード あれこれ

    その1 「宵待草」と「待宵草」
     
    植物学的には「マツヨイグサ(待宵草)」が正しく、「ツキミソウ(月見草)」などと同種の、群生して可憐な花(待宵草は黄色、月見草は白~ピンク)をつける植物のことである。夕刻に開花して夜の間咲き続け、翌朝には萎んでしまうこの花のはかなさが、一夜の恋を象徴するかのようで、後には太宰治も好んで題材とした(富嶽百景 「富士には月見草がよく似合う」)。
     
    ちなみに、夢二自身の自筆記録(大正9年・日本近代文学館蔵・紙に墨書)においては「待宵草」となっている。いっぽう同じセノオ楽譜(No.106)の表紙であっても版により「待宵草(初版-4版)」「宵待草(5版以降)」の異なる2種類の表記がある。ある時期から夢二自身が音感の美しさにこだわってこう替えたとされる。
     
     
        待宵草 表記                                       宵待草 表記
     
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        房総の海
     
    イメージ 9その2 「宵待草」の詩のモデルといわれた女性、おしまさん(長谷川カタ
     
    1910 年(明治43年)夢二27歳の夏、前年話し合って離婚したにもかかわらず、よりを戻した岸たまきと2歳の息子虹之助を伴い、房総方面に避暑旅行する。銚子から犬吠崎に向かい、あしか(海鹿)島の宮下旅館に滞在した。ここは太平洋に向かう見晴らしの良さで、明治から多くの文人が訪れた名所である。
     
    たまたま当地に来ていた女性、秋田出身の長谷川カタ(賢:当時19歳)に出会う。彼女は、成田の高等女学校の教師である姉のところに身を寄せていたが、長谷川一家も秋田から宮下旅館の隣家に転居しており、夏休みに家族を訪ねて来て、そこで夢二と出会ってしまうという次第である。
    親しく話すうち彼女に心を惹かれ、夢二は呼び出してつかの間の逢瀬を持つ。散歩する二人の姿はしばしば近隣住民にも見られている。しかし結ばれることのないまま、夢二は家族を連れて帰京する。カタも夏休みが終わると成田へ戻り、父親は娘の身を案じ結婚を急がせた。
    イメージ 10翌年、再びこの地を訪れた夢二は彼女が嫁いだことを知り、自らの失恋を悟る。この海辺でいくら待ってももう現れることのない女性を想い、悲しみにふけったといわれる。宵を待って小さな花を咲かせるマツヨイグサにこと寄せ、実らぬ恋を憂う気持がこの詩を着想させたのである。
     
    おしまさん~長谷川カタ 
     
    イメージ 11その後、賢(カタ)は、東京の夢二との間に文通もあったが、それもしばらくのことで、1912年(明治45年)4月11日、和歌山出身の音楽教師で作曲家の須川政太郎と結婚し、鹿児島・京都・彦根・愛知などを転任する夫を支えながら、一男三女を育て平穏な生活を送った。夢二のことについては寡黙だったが、尋ねられると笑って短く応えたという。晩年はあまり外出することもなく、大きな虫眼鏡で日がな「リーダーズ・ダイジェスト」を読んで過ごしたような女性だったという。1967年(昭和42年)7月26日他界(享年77)、政太郎の出身地である和歌山県新宮町(現・新宮市)の長徳寺の須川家墓所に夫と眠る
     
     
    夢二はカタに会いに再び房総を訪れており、別れの際にカタの印象を日記に残している。
    「おしまさんは実に清く、そして、やさしく、純な少女だった。そして、すこしも自分と他と欺ったことのない人だ。月のように清い少女だ。」
     
     
     
     
    イメージ 13イメージ 12ゴンドラの唄 
    作詩:吉井勇 作曲:中山晋平
     
    いのち短し 恋せよ乙女
    あかき唇 あせぬ間に
    熱き血潮の 冷えぬ間に
    明日の月日は ないものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    いざ手をとりて かの舟に
    いざ燃ゆる頬を 君が頬に
    ここには誰れも 来ぬものを

    いのち短し 恋せよ乙女
    黒髪の色 褪せぬ間に
    心のほのお 消えぬ間に
    今日はふたたび 来ぬものを
     
     
     
    銭形平次
    ~お客様お待ちかねの手拭い撒きです

    手ぬぐい撒きが終わると、手ぬぐいを入れていた籠を下手にふうわりと投げて、上手に、消える舟木さん。
    暗転して、おかめ、ひょっとこのお面をつけた、踊り手が登場。最初、軽快なテンポで、中ほどは、花道のセリから長谷川稀世さんが登場すると、一転してしっとりした踊りになり、再び、ポップなテンポで賑やかに…

    踊り~東雲節
    長谷川稀世
    林啓二
    長谷川かずき
    川上彌生
    真木一之
    (敬称略)
     
    踊りの皆さんがせりが降りて消えると舟木さんが「北国の街」のイントロにのって上手から登場します。

    北国の街  (プレゼントタイム)
     
    イメージ 15後半の衣装は、ヴィヴィッドで若々しい鮮やかな若草色のジャケットに黒のパンツ。私が最初に拝見した3日の夜の部では、上下ともの若草色のスーツでしたが・・・何日目に変わったんでしょうね?
    「北国の街」が終わると、受け取ったプレゼントをテーブルに並べながら、なんか着てる服がアマガエルみたいです・・(笑)と言う舟木さんでした。
    もしかしたら、上下とも若草色は、ちょっと・・・ね、なんていうことになったのでしょうか?バッチリ着こなしていらしたから、替えなくてもよかったような気がしますが、パンツが黒になったらなったで、それもまた、ステキ!・・・要するに、舟木さんが着れば、なんでもステキなんですよね

    3日には、ベストとシャツが別々かと思ったんですが、どうも、身頃をベスト風に切り替えしたシャツのよう
    です。ベスト風な前身ごろが、グレー地に小さな黒のドット様、袖の部分がチャコールグレー、ネクタイや胸
    ポケットのチーフも同系色です。
    ステージ衣装は、シンプルなものでないといけないので形は変えられないですから、色で楽しむしかしようがない・・・
    たくさんのプレゼントを、受け取って、ステージを右左へ移動して・・・最近はいただきものすると息が切れる。アブナイね、KAZUOくんも・・・舟木一夫と言う名前は、遠藤先生がつけて下さったんですが、KAZUOという名の印象は、若い名前ですね。一に夫という一夫という名前は先輩では、長谷川一夫さんしかいなんです。不思議ですね。今、踊った、稀世さん、かずきさんは親子で、長谷川一夫さんの娘さんとお孫さん。林啓二さん、川上彌生さんも親子・・・ついでに真木一之・・・とご自分の名前の話題から、踊り手の皆さんの紹介に上手く結びつけたMCは、さすが、慣れたものです。
    次は、どうしても外せない歌。外せない歌があると言う事は幸せなことです。この辺の歌は、一生、ずっと歌ってきちゃいました。
     
    イメージ 16高校三年生

    仲間たち
    学園広場
    ~プレゼントタイム

    テーブルの方に歩いていって、置いてあるカップを示して、これは何が入っているかというと、京都のあめ湯を薄めたもの・・・すみません、ひとりだけ(飲んで)
     
     
    噺家の大師匠方が、高座の座布団の脇に湯呑を置いて、噺の合い間にのどを湿す景色がどうしても重なる、落語マニアな私・・・(笑)
     
    藤山一郎さんもNHKでは、大抵「青い山脈」を歌ってましたが、たまに「酒は涙か」・・私も同じですね。スケ
    ジュールがなかなかとれないので、今は年に一回くらいNHKに出ます。この間もお話がありましたが、一曲は新曲の「眠らない青春」、でも、もう一曲は、やっぱり「高校三年生」NHKは、好きなんですね(笑)
    色々なタイプの、歌を歌わせていただいて、19才の時にNHKのドラマ「赤穂浪士」に出て、「右衛門七討入り」を歌わせていただいたのも、ハッピーだったんですね。映画の主題歌を、みっつばかり・・・
     
    イメージ 17その人は昔のテーマ

    高原のお嬢さん~バラードバージョン

    哀愁の夜~五番付

    ラストの3曲は、きわめつけ「ステージの戦力」といえるのでしょうね。ステージ映えのする曲と言えます。
    私は、「絶唱」が、マイ・ベストですが、これは、私の心の中に涙がでるほど大切にしまっておきたい曲ですから別格ですが、今は、「高原のお嬢さん」のバラードバージョンにすっかりハマっていて、聴くのが楽しみです。ステージのライブならではのスゴイ作品に、化けてしまった「高原のお嬢さん」、編曲の素晴らしさも勿論ですが、若い頃のヒット曲を、こうしてとてつもなく大きく育て上げてステージにのせることができているのは、舟木さんのたゆまぬ研鑽と精進と、歌への愛情なのだと、聴くたびに感動です。歌を愛する強い想いが、舟木さんの歌唱を常に進化させる原動力になっているのだと痛感します。
     
    アンコール
    ~眠らない青春
     
    「哀愁の夜」の御自作詩で、いったん幕が降りて、再び、軽快な「眠らない青春」のイントロで幕が上がると、ジャケットを脱いだ、カッコイイ舟木さんが、まだまだ「青春」そのものの若々しい姿を見せて下さいます。軽やかにステップを踏む舟木さんのお元気で幸せそうな笑顔をお土産にいただきました。
     
    イメージ 18

    10日の夜の部は、終演後に「みんなde舟木」の撮影がありました。私は、今回が初参加です。
    こんな感じに、なるんですね。  (歌舞伎美人HPより) 
     
     
    イメージ 14
     
    写真が送られてくるのは10月半ば過ぎ頃だそうです。楽しみに待ちましょう。今年は、18日もたまたま行
    けるので、2回も参加できてラッキー!
           

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         舟木一夫特別公演~新橋演舞場 2014年9月2日~9月24日
    イメージ 1
     
            9月11日  昼の部 シアターコンサート 13:25~14:25(60分) 
     
    ピンク文字は舟木さんのトーク部分です
     
                                                                                             「紫のひと」発売のころ

    イメージ 2オープニング
    紫のひと   作詩:丘灯至夫 作曲:北原じゅん
    (1970年9月発売)
    http://www.youtube.com/watch?v=rMLq8xJwdG0

    忍び逢う 夜のふたりは
    むらさきの 霧に抱かれて
    離れては
    離れては 生きてゆけない
    すがりつき 泣いたあのひと
    あのひとの 声がきこえる
    むらさきの 霧の降る夜
     
    ひとの目を 避けるふたりに
    いつかくる 恋の終わりよ
    このままで
    このままで 死んでゆきたい
    夜明けまで 泣いたあのひと
    あのひとが いまも恋しい
    むらさきの 霧の降る夜

    明るいオレンジ系のレンガ色のようなジャケット、藍色のベストとパンツ、白いシャツ、胸に白いバラ、ペンダントはゴールド。ステージを拝見してて、とても新鮮な色の組み合わせだなぁと思いました。
    オープニング曲の「紫のひと」・・・舟木さん、この歌お好きみたいですね。いわゆる舟木さんがデビューの
    頃から歌いたかった「霧の降る夜」とか「むらさきの霧」とかがキイワードになっているブルース系流行歌で
    発売年には、25歳くらいだったわけですから、やっとこういった曲を歌っても違和感がなくなってきてたの
    でしょう。

    イメージ 3早いもんですね、明後日がもう中日、朝、雨が降ってましたが、今、もうやみましたか?(…って誰にお尋
    なんでしょう)楽屋に入ってしまうと、外の様子がわからなくて情報不足でね・・・きっとどしゃ降りでしょ
    う(笑)御足もとのお悪い中・・・型どおりの挨拶ですが・・(笑)今日も、いろんなのをあれこれ、それなりに
    こちょこちょといきましょう!
     
    メドレー~プレゼントタイム
    東京は恋する
    くちなしのバラード
    眠らない青春

    みっつめは新曲の「眠らない青春」・・青春を歌う歌は色んなタイプの歌があるんです。50年、60年歌い手をやってくると、その振り返り方というのを、いかに圧迫感を感じさせないようにするか、ちょっと圧迫感のある歌が多いような・・人生がどうした、こうしたとか・・第一、この商売、長くやっていてもそんな大した仕事してないんですから・・例えば、すし屋の職人さんなんかは、お客様のおなかをこわしちゃいけないでしょう、その点、私は気楽(笑)
     
    こういう感覚のおしゃべりは、私が寄席で噺家さんたちの口からよく聞いている感じと全く同じです。これは
    所詮、芸人なんて無責任なもんですよ、という斜(はす)に構えたある種の美学なんだと思います。それイメージ 5が、いい意味での粋な「芸人魂」として私にとっては、とても好感の持てるカッコイイ姿勢に思えます。この道○○年という大上段に構えた、大仰な歌を歌うことへの抵抗感、というか舟木さんにとっては、それはカッコイイとは思えないのですね、きっと。芸事の世界は、この世の中にあってもなくてもいい軽いもの・・というところに自分自身を置くことは、アウトローの美学。人間国宝の桂米朝師匠が言われた、芸人の心構え、戒めとする有名な言葉に「末路哀れは覚悟の前やで(人生の最後が哀れなものになるのは覚悟の上だよ)」、あるいは、「芸人というのは世間のおこぼれで生きてるんや」という考え方が、舟木さんのバックボーンにも共通して感じられます。もちろん、芸能はこの世の中にあってもなくてもいいというようなものでは決してない、というより、むしろ、私たち人間が、実は、最も求めているもの、心の糧ともなるものが芸の世界であると私は思っているのですが、自分への戒めをしっかりと踏まえた上で芸の世界で生きていく姿勢がカッコイイんですよね。舟木さんの、コンサートでは、こういったナマの言葉で、ステキな心の在り様をチラリと見せてくださるのが、私には何よりもうれしくて、我が意を得たりと思わずニンマリしてしまいます。
     
    「日本の名曲」は、とてもすそ野が広い、昨日までは「東京」をテーマにした曲でしたが、今日から変わりま
    す。大丈夫かな?・・
    (なにか心配事でも?)テーマは「新宿」ということで・・・

    日本の名曲たち
    (10日~16日)

    イメージ 4なみだ恋 作詩:悠木圭子 作曲:鈴木淳
     
    夜の新宿 裏通り
    肩を寄せあう 通り雨
    誰を恨んで 濡れるのか
    逢えばせつない 別れがつらい
    しのび逢う恋 なみだ恋
     
    夜の新宿 裏通り
    夜咲く花が 雨に散る
    悲しい運命(さだめ)を 占う二人
    何故か今夜は 帰したくない
    しのび逢う恋 なみだ恋

     
    新宿の女 
    作詩:石坂まさを/みずの稔 作曲:石坂まさを

    私が男に なれたなら
    私は女を 捨てないわ
    ネオンぐらしの 蝶々には
    やさしい言葉が しみたのよ
    バカだな バカだな
    だまされちゃって
    夜が冷たい 新宿の女
     
     
    あなたの夢みて 目が濡れた
    夜更けのさみしい カウンター
    ポイとビールの 栓のよに
    私を見捨てた 人なのに
    バカだな バカだな
    たまされちゃって
    夜が冷たい 新宿の女

    「なみだ恋」・・・「?}ワンコーラス目は、ちょっと舟木さんの作詩?が入ったようでした(笑)でも、とても上手い作詩で、さすがプロフェショナル、50年選手、切り抜け方もちゃんと心得ていらっしゃるんですね。
    どちらも、ひとりのスターを生んだ歌ですから、いい歌なんだと思います。こういうタイプの歌は他にもあるんですが、歌の中に地名が出てくる歌・・・でも、これなんか渋谷や代官山じゃマズイ、夜のネオン街、新宿
    、銀座、池袋、六本木
    ・・・いきなり、電車の車掌さん口調になって、え~、毎度ご乗車ありがとうございます(笑)
    ジャケットを脱いで、ステキな藍色のベスト姿で、銭形平次を歌いながらの手ぬぐい撒きです。このベストは前身ごろは藍色でバックは黒のサテン風。
     
    イメージ 7銭形平次
    手ぬぐい撒き
    ~スタンディング

    あまり手ぬぐいが遠くに飛ばないので、一度、中に重石になるものを入れてやってみたいんです(笑)小豆とか入れた小さいお手玉をくるんで飛ばせば、ボールくらいの固さだから、大丈夫なんじゃないでしょうか?なんて提案してみたりして・・・(笑)

    ここでジャケットのお色直し、白と黒の細かなチェック柄、ポケットチーフはグレー。12月が来ますと70になるんですがね、「高校三年生」でデビューした頃は、70までやってるなんて思ってみなかった。考えてみると、おもしろい旅だったなぁ・・と、天職ですね(客席から大きな拍手)これだけやるために生まれてきたわけで・・こうやって、ナマでずっと歌ってるんですが、ある日急に、バタッといくのか、それとも・・・さびしいハナシはよしましょう、なんか滅入ってきちゃった・・次、行きましょう!
     
     
    ジャケットを着替えながら、ちょっとばかし重ためのハナシをさらっとする舟木さん。舟木さんの心中は舟木
    さんにしかわからないこと、私たちは、舟木さんが歌ってくださる限り、そこに足を運んで行きますからね!
     
    イメージ 6哀愁の夜
    高原のお嬢さん
     
    二曲を歌い終わって、この後は「高校三年生」と「学園広場」を歌うんですが、この歌が出た頃は、まだ、おふくろさんのお腹の中にいて、その年の11月に生まれたメンバーがいます・・とバンドのピータケさんとスーやんを紹介なさって、それぞれにひとことインタビューする舟木さん、中身はオフレコです(笑)

    高校三年生
    学園広場
     
    この辺の歌は、一生の付き合いになった。ヒット曲というのは、30、40になっても結構新鮮なんですね。
    僕は、遠藤先生の曲もですが、デビューして二年目には西條先生の作品も歌ってます。日本調のものとか、いろんな作家の先生の曲を歌わせてもらった・・・というか私が天才だったとか
    (笑)・・大きな拍手をもらって、天才だったら歌なんか歌ってないです・・・とテレる舟木さんでした。
    では、日本の四季というところを並べてみましょう。
     
     
    舟木さんは、「天才」とおっしゃってすぐに打ち消して冗談にしてしまわれましたが、「天与の才」があれば
    こその今であるのは自明のことです。本当に、若い頃から、青春歌謡のみならず、時代物(和物)、抒情歌、、日本の民謡、世界の民謡、それに幅広い流行歌のカバーなどもこなされ、「その人は昔」や「雪のものがたり」などの歌謡組曲の大作アルバムにも力量を発揮され、アクや、妙なクセのないナチュラルで正統な歌い手としての王道から外れずに、しかも仄かな憂いを帯びた清潔感漂う揺るぎない唯一無二の個性で、多くの人々を魅了してこられたのですから、「歌うためだけに生まれてきた」という自負をもっていらっしゃるのは当然のことだと思います。
     
    絶唱
     
    夕笛
     
    イメージ 8恋唄  作詩:すずきじろう 作曲:浜圭介
    (1977年盤&2004年盤)

    おもいでつもる ふるさとに
    昔あずけた 恋ひとつ
    ただなつかしく たずねれば
    涙のあとを 見るばかり
     
    あなたがとても 好きだった
    竹の葉末の 露の色
    ふるえながらも この腕に
    こぼれて落ちた 夢のいろ
     
    しみじみ胸に よみがえる
    忘れたはずの うたのふし
    今ははるかな 恋唄の
    おぼろに けぶるうしろ影
     
     
    昼の部では、久しぶりに「恋唄」も聴けて本当に贅沢な気分にさせていただきました。この詩は、西條八十氏の「絶唱」「夕笛」と並べても、遜色のない名詩だと思います。すずきじろうさん、スゴイですね(笑)いった
    いどこから、こういうきらきらと光を放つ美しい言葉を、探し出してこられるのか、心憎いほどです。一連目
    の「昔あずけた 恋ひとつ」二連目の「竹の葉末の 露の色」三連目の「忘れたはずの うたのふし」、叙景
    のようでありながら、限りない抒情の世界を目の前に差し出してくれます。すずきじろうさん、ホント、巧すぎますよね。1977年盤、2004年盤、私は、交互に何度も何度も聞くのですが、どちらもステキなんです。舟友のkazuyanさんが、ふたつのバージョンを並べて動画作品にして下さっているので聴き比べてみて下さいね。

    いったん幕が降りて再び上がるとジャケットはピンクがかった明るいパープル

    アンコール
    ~初恋

    「初恋」が、島崎藤村の処女詩集「若菜集」に収めれていることは、あまりにも有名ですので誰もが知っているところですが、藤村がこの「若菜集」の冒頭に「序のうた」という詩を寄せています。

    イメージ 9「若菜集 序のうた」
     
    心無き歌のしらべは
    一房の葡萄のごとし
    なさけある手にも摘まれて
    あたゝかき酒となるらむ

    葡萄棚ふかくかゝれる
    紫のそれにはあらねど
    こゝろある人のなさけに
    蔭に置く房の三つ四つ

    そは歌の若さゆゑなり
    味(あじわ)ひも色も浅くて
    おほかたは噛みて捨つべき
    うたゝ寝の夢のそらごと
     
    藤村の詩について、作家の宮本百合子が、以下のように解説した一文があります。
    ~資料は「青空文庫」より~
     
    イメージ 10藤村の文学にうつる自然  宮本百合子

    現代の日本の作家の中で、その作品に最も多く自然をうけ入れ、示しているのは誰であろう。島崎藤村をその一人としてあげ得ると思う。
    ~中略~
    藤村の『若菜集』(明治三十年。二十六歳)引きつづいて翌三十一年の春出版された『一葉舟』『夏草』、第四詩集である『落梅集』などが、当時の若い人々の感情をうごかし捉えた力というものは、今日私達の想像以上のものがあったらしい。
     
    日露戦争の後、日本に自然主義文学の運動が擡頭する前、日清戦争の勝利によって、新しく世界へ登場するようになったばかりの日本の社会には、謳うべくしてその言葉を知らないような新鮮な亢奮が漲ってもいただろう。与謝野晶子が、その「みだれ髪」によって人々を恍惚とさせたのもこの前後のことであった。
     
    藤村の若菜集は、二十六歳の青年詩人の情熱をもると同時に自らその当時の社会の若々しい格調を響かせたのであった。『若菜集』の序のうたに、藤村は自分の詩作を葡萄の実になぞらえている。この一巻に収められている「草枕」「あけぼの」「春は来ぬ」「潮音」「君がこゝろは」「狐のわざ」「林の歌」等いずれも、自然にうち向かって心を傾け物を云いかけ、人か自然か自然か人かというロマンティックな境地にひたって作者は自然を擬人化し、それに対置して「されば、落葉と身をなして、風にふかれて翻」る我身という関係において、謳っているのである。
    ~後略~

     
     
    宮本百合子(みやもと ゆりこ)
    1899年(明治32年)2月13日 - 1951年(昭和26年)1月21日)は昭和期の小説家、評論家。旧姓は中條(ちゅうじょう)、本名はユリ。日本女子大学英文科中退。17歳の時に『貧しき人々の群』で文壇に登場、天才少女として注目を集め、その後もプロレタリア文学の作家、民主主義文学のリーダー、左翼運動家として活動した。日本共産党元委員長宮本顕治の妻。

     
    11日は、雨の中、「入待ち」にとってもたくさんのファンの方が並びました。前夜が「みんなde舟木」だったので、遠方からもたくさん泊りがけで来られていたのでしょう。またしても、いいショットを逃してしまいましたが、「気は心」ですから、アップします。
    入待ち   
     
    イメージ 11
     
     
    「出待ち」の方も、道路を隔てた舗道で待機してたのが、この日は超アン・ラッキーなことに、ちょうど舟木さんが出て来られたタイミングで、大きなトラックが信号待ちで目の前に停まったので、アレレ・・と思ってるうちに舟木さんが2727に乗ってしまわれました。
    残念でした!せめて、手だけでも・・・笑うしかないですね(笑)
     
    出待ち・・手だけですよ
     
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      舟木一夫特別公演~新橋演舞場 2014年9月2日~9月24日
                                   
    イメージ 1
     
     
     
    第一部
    天一坊秘聞「八百万石に挑む男」   新橋演舞場公演
     
    イメージ 2橋本忍原作
    (東映映画「八百万石に挑む男」より)
    斎藤雅文 脚本
    金子良次 演出

    山内伊賀之亮:舟木一夫
    天一坊:尾上松也
    大岡越前守:林与一
    徳川吉宗:田村亮
    大岡の妻・りつ:長谷川稀世
    赤川大膳:柴田彦
    松平伊豆守:林啓二
    天一坊侍女・ぬい:長谷川かずき
    僧・秀沢:尾上徳松
     
    ~以下はパンフレッ掲載のお芝居のあらすじの前文です~
    八代将軍徳川吉宗は、いくつもの幸運によって将軍の座についたといわれる。二代紀州藩主徳川光貞の四男として和歌山に生まれた吉宗は、越前国に所領を与えられ、小大名として終わるはずだった。ところが、父や兄が次々に亡くなったため宝永二(1705)年に御三家第二位の紀州藩主となった。
    さらに、七代将軍徳川家継が七歳で亡くなり、享保元(1716)年に将軍職を八代目として継ぐことになった。こうして、後に「享保の改革」と呼ばれる時代が始まったのであるー。
     
    今回のパンフレットでは、とても詳細に、場面展開を、そのままに追って、あらすじがまとめられています。
    自分自身が、お芝居を実際に観て、印象的なセリフや要所要所の場面などを、メモをして拝見していますが、パンフレットの記載が、ほぼカンペキに物語の流れを過不足なく捉えたものになっていますので、惜しくも舞台を御覧になれない方にも、わかりやすい、本当にいいパンフレットだと感服しています。
    ですから、そのあらすじを、そのまんまご紹介したほうが、むしろわかり易いのかとも思いますが、ここでは、私なりのご報告をさせていただきますね。もちろんパンフレットをおおいに参考にさせていただいています。
     
    では、「その1」では、まず、第三場までのご報告とします。
    舟木さんのセリフのみピンク文字です
     
    イメージ 3第一場 中山道坂本の外れ(春の午後)
     
    享保十四(1729)年春。中山道坂本宿のはずれでは、付近に暮らす人々と地主の一党が争っている。しかし、村人たちは歯がたたず、樵の孫娘のおぬいも、山刀を手に斬りかかるが窮地に・・。そこへ、金剛杖を手にした山伏姿の若者天一坊が現れ、男たちに立ち向かっていく。しかし多勢に無勢、あわやという形勢となった時、饅頭笠を目深くかぶった旅拵えで、身なりはよろしくないが、人品骨柄の立派な浪人風の舟木・伊賀之亮が、花道から登場します。もちろん、「待ってました」とばかりに大きな拍手が・・・
    花道に逃げてきたおぬいを後ろに庇い「お前は何者だ!と狼藉者たちに問われた伊賀之亮「わしは鞍馬の烏天狗だ!」そして舞台の下手で苦戦する天一坊に加勢し立ち回りとなります。

    地主の若旦那が、自分の血筋のことを言いたてると、天一坊は「俺は、血筋がどうのというヤツが一番キライなんだ!」と言い、「俺の親父は、今をときめく徳川八代将軍吉宗だ!」と叫んだのをきいて、伊賀之亮の表情が一変します。
    「面白き若者を目の当たりにするものだなぁ・・・」と伊賀之亮。

    天一坊も、また、「そなたがあの吉宗のなぁ・と言って将軍を、「吉宗」と呼び捨てにする伊賀之亮を不審に思うのです。この場面が将軍吉宗を仲立ちにした伊賀之亮と天一坊の出逢いとなり、物語の始まりとなるのです。舟木・伊賀之亮の「あの吉宗のなぁ・・」にこめられた懐かしさのともなう情感あるセリフ回しに注目!
    ここで思いっきり吉宗への親愛の情が感じらるところが、この脚色の見事なオヘソだと感じます。
    このように、このお芝居では、吉宗を近しい人のように呼ぶ伊賀之亮と今は将軍となっている吉宗との間に、過去になにか大きな関わりがあったことを示す脚色の伏線となっているのですね。
     
    イメージ 4
     
    天一坊に、御落胤である証拠の品の短刀と書き付けを見せてもらい、間違いなく紀州徳川家に代々伝わる宝刀の後藤祐貞であると鑑定した伊賀之亮は、「その二品は、世にも面白き芝居を見せてくれるやもしれぬ。その舞台でひとさし舞おうてみはせぬか・・?!」と意味ありげに言うのです。しばらく、伊賀之亮の言葉の真意をはかりかねているかのような天一坊ですが、「ゆくぞ!」と促す伊賀之亮の後ろ姿を見て、心ひかれたのか、にっこりと笑って、伊賀之亮のあとを追って行くのでした。
     
    音楽は、壮大な夢に向かって行く伊賀之亮と天一坊の運命のはじまりを暗示するかのようなスケール感のある、まるでクラシック音楽のような印象。舟木さんのどっしりと落ち着いた風格と松也さんの若者らしいやんちゃぶりが、この先のお芝居の面白さを約束してくれるような幕開けです。

    第二場 江戸城内(三月後、夏の午後)
     
     
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    三ヶ月ほど経った夏の午後。大坂城代から吉宗の御落胤を名乗る天一坊についての報告が江戸にあり。幕府では老中筆頭松平伊豆守が対応に苦慮している様が描かれています。
    ここは、老中筆頭松平伊豆守と南町奉行大岡越前が、将軍御落胤と名乗る天一坊の出現に対処するべく、情報をやりとりする場面です。大岡越前は、多くの事件を裁いてきた経験から、この騒動のカギを握る相手が伊賀之亮であることを既に見抜いています。林与一さんが越前の静かな知性と鋭い眼力を説得力をもって演じていらっしゃいます。林啓二さんの老中筆頭役も貫録充分です。
     
     
    第三場 品川、八つ山御殿(晴れた秋の昼下がり)
     
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    二ヶ月ほど後の秋。江戸に出た天一坊と伊賀之亮は、品川の八つ山御殿を居所としていました。
    美しく紅葉した見事な庭を臨む、高台にある八つ山御殿の舞台状の張り出し部分での第三場。前半は、野育ちの天一坊が、にわかに「若様修業」をしている姿や、それを見守る伊賀之亮、家来たちなどを、ユーモアを交えて見せる、このお芝居では、一番のどかな空気が漂う場面と言えるでしょう。舟木・伊賀之亮が、天一坊に「人は心といいますが、一方で人は見た目ということもございまする」と御落胤たる者の心得を諭して、まるで父か兄のように優しいまなざしで、やんちゃな天一坊をみつめる姿に注目!
     
    見た目が本物の御落胤のように見えれば、騙し通すことができるものか?と問う天一坊に、「たやすきこと。ただ、常に隅々にまで目を配り、その絵を見事、描ききってみせる軍師がなければ成就せぬこと・・」と己の自信のほどを伝えて、安心してついてくるようにとの気持ちをあらわす舟木・伊賀之亮のカッコイイこと!
     
    そして「本来、侍というものは主君を選ぶことができたものを、それが泰平の世になって生まれた時に引い
    たくじで己の一生が定まるとは笑止千万!」
    と文武に人一倍優れながらも生まれながらの身分だけで運命が決められてしまうという、しがない足軽の子だった伊賀之亮の忸怩たる思いが、伝わってくるセリフです。
     
    御殿の庭を見て、「豪壮なものだ!」とその贅沢を憎々しげに思う様子の天一坊に「このようなものは浜辺
    の砂のひとつぶにもあたりませぬ。いっそのこと八百万石いかがかな?」
    水を向ける伊賀之亮。「八百万石・・・徳川幕府丸ごと・・?!」と桁違いの伊賀之亮の企みにあらためて自分の行く手に待つ未知の世界に一瞬ひるむような風情を見せる天一坊の若者らしい純粋さとの対比も、よく描けていると思います。
     
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    この後、後半は、天一坊が、今は、侍女となっている樵の娘のぬいに、「お墨付きの品」は、自分が育てら
    れた寺を出る時に盗み出したものであることを告げ、それを盗み聞きしてしていた幕府の間者に気づいた伊賀之亮が、成敗しますが、そのことを伊賀之亮にも聞かれてしまった天一坊は、自分も伊賀之亮に殺されてしまうのではないかと怯えます。
     
    しかし、伊賀之亮は、高笑いして、「それでこそ、天一坊様、この一命を賭けて悔いなきお方と存じます。仮にそなたが真の御落胤であったとしよう。私は、迷子を親元に届けるだけのお役目。そんなのは、真っ平御免でござる。私は『俺の親父は将軍吉宗だ!』と言ったその言葉に惚れたのだ!嘘と偽りで塗り固められた世の中を我らの力でひっくり返してみようではないか。」と天一坊の肩に手を置き、天一、愉快よな、いや、大いに愉快よな!」と楽しげに笑う舟木・伊賀之亮、とにかく豪快です!
     
    音楽は、再び、夢の成就を間近にして、高揚する伊賀之亮の胸の高鳴りを現すかのような壮大な響きを奏でて、暗転となります。
     
    イメージ 8
     
     
    四場に入る前に、幕前でのお芝居があります。
     
    天一坊が育った寺の僧・秀沢、寺は失火により廃寺となり、今は諸国遊行の乞食坊主となっている。その秀沢が、天一坊の噂を聴きつけて八つ山御殿の周辺をうろついている。秀沢が、天一坊に逢いたいと思うその真意は、何か?天一坊の出生の秘密についての真相を知っているのはこの秀沢のみなのですが・・・
    先ずは、第三場までの、展開を、私なりにまとめてみました。
     
    これから、いよいよ佳境に入っていきますが、この続きの、第四場からは、また後日アップします。
     
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        舟木一夫特別公演~新橋演舞場 2014年9月2日~9月24日
     
    第一部「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」その1 からのつづきです
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/69727742.html                 
                           
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    「その2」では第四場、第五場、第六場をご紹介します。伊賀之亮のセリフ部分はピンク文字
     
    第四場 江戸城、柳の間(一月後、晩秋)
    それから一ヶ月ほど後、伊賀之亮は江戸城に呼び出され、伊豆守と対面します。先ず、天一坊の出生についてその母親と部屋住み時代の吉宗の関わりについて述べ、天一坊が宝永二年に伊勢国佐野村で生まれたのだと事の経緯を堂々と示します。
     
    しかし、伊豆守は、当初から不審顔であったので、伊賀之亮は、なぜそのように疑うのかと詰め寄ります。すると伊豆守は、「もし天一坊殿が御落胤に相違ないとなれば、その位(官位)なにほどなるや」と尋ねます。伊賀之亮は「宰相にござると答えます。
     
    さらに、伊豆守は、天一坊の乗ってきた駕籠について身分不相応だとばかり不快の念を表し「飴色網代蹴出の乗りものは東叡山御門主に限る乗り物である」と、先ほどの伊賀之亮の「宰相にござる」との答えの上げ足をとってきたのです。このあたりの問答が「網代問答」と言われるものです。伊賀之亮は、伊豆守の追及に微塵も怯むことなく滔々と論駁します。舟木・伊賀之亮の見事な長ゼリフ、ナマの舞台でごまかしのきかない日本語の中でも最大級に難しい「言い立て」を、一日に二公演もやってのけるのですから、凄すぎます。講談や歌舞伎でも、もちろんナマですが、舟木さんは歌い手が本業。子どもの頃からその道一筋でやってこられた歌舞伎役者さん、持ちネタとして繰り返し演じていらっしゃる講釈師の先生方とは、同じ条件とは言えないのに、素晴らしい集中力、瞬発力で、成し遂げてしまう力量とパワーに感服します。
     
    ~細かな、セリフの端々は難しくて全部は聴き取りきれませんでしたが、だいたいこのような内容です~
     
    そもそも飴色網代は、むかし一品准三(いっぽんじゅんごう)の宮様が関東あずまに下りたまいし身ながら
    やがては都に帰らせたもうや、また関東あずまにありて御一生、東叡山御門主にあらせたもうや定めなき
    御身上なれば、日輪の雲にかかりし姿をあらわし飴色網代の乗り物を用いたことに始まる。今、天一坊様の御身も御親子(ごしんし)御対面のうえは西ノ丸に御直りか、御三家御同格なるか定めない御身分ゆえ朱塗りの上に黒漆をかけて飴色網代に仕立ててある。これぞこの伊賀之亮の故実にのっての計らいでござる。
     
    イメージ 2

    伊豆守と伊賀之亮の激しい応酬を、襖の奥で聞いていた吉宗は、大岡越前守に命じて止めに行かせます。伊賀之亮は、名奉行と名高い越前守と認めると「卒爾ながら・・」と越前守と初対面の挨拶を交わします。そして、その場を立ち去ろうとしますが、襖の奥に将軍吉宗が居ることに気づいています。
     
    舟木・伊賀之亮は、花道の七三のあたりまで歩いてから、襖の方向を振り返り、その場に座し威儀を正して「おそれながら、奥の御方に申し上げまする。不肖、山内伊賀之亮、御親子御対面の儀、相調いますまで御手助け申し上げます。この上は我らが夢、我らが夢の成就、しかとお見届け下さるよう、御願い申し上げまする。・・・方々ご免。」

    伊賀之亮が去ったあと、襖が開いて、吉宗が登場します。吉宗に伊賀之亮をどのような人物とみるか訊ねられた越前守は、吉宗に向かって「不思議なお方ですな。理が立つようで情に厚く、野心の塊ように見えて言葉に嘘がござりませぬ。善悪定め難くまことにやっかいな御人とお見受け申し上げます。」それを聞いた吉宗は、「事の善悪など歯牙にもかけず己の心のままに生きる者、わしはあの男こそ倒さねばならぬのかも知れぬ。伊賀之亮が『我らが夢』と言った、我らとはのう、あの伊賀之亮とこのわしのことじゃ」
    そして、吉宗の回想の場面、第五場となります。
     
     
    イメージ 1「網代問答」
     
    天一坊事件は,大岡越前守と結びつけられ、講談師・初代神田伯山が「天一坊大岡政談」として連夜読みつぎ大ヒットしました。
    中でも天一坊が乗っていた網代の駕籠の詮議から、越前守と伊賀亮が弁舌をたたかわす「網代問答」が最大のやま場で,伯山は「では、明晩は網代問答を」といって,幾晩も客をつり、ついにはその大入りで川柳で「伯山は天一坊で蔵をたて」という句まで詠まれたそうです。
    この伯山のヒットに刺激されて歌舞伎でも四世中村歌右衛門、四世市川小団次らの名優が〈天日坊〉の名で劇化を試みたといいます。歌舞伎で「大岡政談」と言えば、「天一坊大岡政談」のことだそうです。
    河竹黙阿弥が神田伯山の講談から脚色したもので、初演は1875年(明治8年)でした。
     
     
     
    三代神田伯山の門下が、初代神田山陽。二代山陽の「大岡政談」のCDを聞いてみました。斎藤雅文氏脚本では、「網代問答」は、伊賀之亮と老中伊豆守との間で行われていますが、講談、歌舞伎では、大岡越前と伊賀之亮との火花散る弁舌を競い合う問答として知られています。

     
    東叡山の宮様について
    東叡大王(とうえいだいおう)は、三山管領宮の敬称の一つ。江戸時代の漢文の教養のある人々の間で、漢文風にこう呼ばれた。「東叡山寛永寺におられる親王殿下」の意味である。
    江戸時代の宮門跡の一つ、上野東叡山寛永寺貫主は、日光日光山輪王寺門跡を兼務し、比叡山延暦寺天台座主にも就任することもあり、全て宮家出身者または皇子が就任したため、三山管領宮とも称された。
     
     
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    第五場は、若き日の伊賀之亮と吉宗(徳太郎)のみが登場します。俳優さんも、若い方が演じます。
    この場面のみ、パンフレットのあらすじそのままでご紹介します。この場面が、斎藤雅文版の「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」の創作上、最も重要な入れ事になっています。伊賀之亮、吉宗を演じた俳優さんたちの好演にご注目下さいね。
     
     
    五場 回想、紀州城下(三十年程前、夏の午後)
     
     
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    吉宗と伊賀之亮は、三十年ほど前、ともに和歌山で暮らしていた。二人とも十歳くらいの少年であった頃、
    加納家に預けられて将来に希望が持てなかった部屋住みの吉宗(当時徳太郎)と加納家の近くに住んでいた足軽の子伊賀之亮。伊賀之亮は、南蛮に行きたいと語り、徳太郎は血筋などはどうでもよい、力があるものが政治をやればよいと語る。二人は意気投合し、義兄弟の契りを結んだのだった。

     
    第六場 八つ山御殿(初冬の昼過ぎ)
     
    伊賀之亮は、天一坊に、若き日の吉宗と自分が、血筋にとらわれずに夢を抱いて生きることのできる新しい国を創ろうと誓い合ったことを話します。そして吉宗の運の強さを天一坊に説きます。そして天一坊に「血筋など気にせず、力のあるものがこの国の政(まつりごと)をする、そのさきがけとなって悪しき風習を覆すのだ」と励まします。
     
    しかし、そこへ現れたのが、秀沢でした。そして天一坊が、まことの御落胤であると秘密を明かします。秀沢は、無垢な赤ん坊だった天一坊の顔を見ると、御落胤として世継ぎ争いの渦の中に置く事をしのびなく思い仏の慈悲におすがりして穏やかに暮らさせたい一心から、本当の事を隠していたのだと懺悔します。
     
     
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    自分自身の出生の事実が詳らかになり混乱する天一坊、そして、伊賀之亮もまた、内心は天一坊以上に動揺するのです。血筋などクソくらえ!という少年時代の一途な想いをずっと胸に抱いて生きてきた伊賀之亮にとって、天一坊がまことの御落胤であっては、これまで自分のやってきたことが何の意味もないことになるのですから・・・
    「ゆるせ、天一、もはや、この謀(はかりごと)は、何人にも止められぬ、そなたが、まこと吉宗殿の御落
    胤であったとは、不覚、なんたる不覚・・・」
    二人の心の内を象徴するかのような激しい雷鳴が轟きます。
    そして、伊賀之亮は、ある決意と覚悟をするのでした。
     

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        舟木一夫特別公演~新橋演舞場 2014年9月2日~9月24日
     
    第一部「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」その2 からのつづきです
     
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    さて、いよいよ物語の山場です。舟木・伊賀之亮のセリフはピンク文字
     
     
    第七場 大岡越前の役宅(数日後、夜)
     
    越前が妻と娘を相手に、ゆったりと夕餉の膳に向かっています。酒の肴を、小さな娘が喜ぶと言って、食べさせるという子煩悩な越前の一面を印象づけます。妻のりつとの他愛ない談笑に一家団欒の暖かな空気が流れて客席もほっと一息つくような、嬉しい場面です。親子の情や、家庭の団欒などと無縁で育ってきた天一坊の身の上との対比と、越前の人としての情愛を示して、第八場への流れをつくるという意味でも大切な場面となることが伝わってきます。
     
    このあたたかな越前一家の役宅に、ひそかに伊賀之亮が訪れます。第六場で、天一坊が将軍吉宗の実の子であると知った伊賀之亮でしたが、己の夢に向かって突き進んできた道をもはや「引き返すことはできぬ」という想い、しかし、年若い天一坊を道連れにはできないという想い、自分の心を引き裂かれるような二つの想いを、伊賀之亮らしい決断と覚悟をもって越前のもとを訪れたのです。この時の越前は藍色系の着流し、伊賀之亮は、グレーの着物、羽織袴という少しカジュアルなイメージです。
     
    迎え入れる越前は、既に吉宗をはじめ老中面々の総意、つまり徳川幕府の、天一坊への処置は既に決定しているのです。それを胸に収めて、伊賀之亮と静かに向き合い、そばにあった手まりを伊賀之亮の方に転がします。そして、その手まりを手に取る伊賀之亮と吉宗のふるさとである紀州のよもやま話をするのです。
     
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    この場面では、越前の娘が先ほどまで遊んでいた手まりが、小道具として非常に上手く使われているのに感心しました。そして、伊賀之亮の膳を運んできた越前の妻りつが、伊賀之亮から手まりを受け取り、紀州の手まり唄「道成寺」を唄いはじめます。骨太の男たちのドラマの中にあって、長谷川稀世さんの、美しい唄声と「お気の毒に、下々のことなれば、すぐにでも父親のもとにとんでいかれましょうものを・・」という天一坊の身に心を痛めるセリフが、とても印象に残るステキな場面です。女性の私としては、この場面を創って下さった脚本の斎藤氏、演出の金子氏に、心からのブラボー!です。
     
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    トントンお寺の 道成寺(どうじょうじ)
    釣鐘(つりがね)下(お)ろいて 身を隠し
    安珍清姫(あんちん きよひめ) 蛇(じゃ)に化けて
    七重(ななよ)に巻かれて ひとまわり ひとまわり
     
    トントンお寺の 道成寺
    六十二段の階(きざはし)を
    上がり詰めたら仁王(におう)さん
    左は唐銅(からかね)手水鉢(ちょうずばち) 手水鉢
     
     
    りつが部屋を去ると、越前が「なぜ、あれほど想い想われていた安珍と清姫の結末はなぜあのように不幸になったのか・・」吉宗と天一坊親子の想いになぞらえてのセリフでしょう。
     
    伊賀之亮「鐘に入りたる僧の生きて出られる術なしと!・・・逃るる道は!?・・・もはや事は敗れてござるか・・事敗れしこの上は・・・ただ伊賀之亮の一念は、鐘に入りし、我が宝、何とぞ、天一坊の命、お救い下され!天一坊様は、吉宗様、いや徳太郎様の御子に違いないのでござりまする。」ここで伊賀之亮は己の刀を「金打」して「天地神明に掛けて」と越前に、己の言葉に嘘はないことを示します。これが、めちゃくちゃカッコイイんです。何度も、見たいシーンです。さらに伊賀之亮「偽者であってほしかったぁ・・・」と苦しげな表情を見せます。そして、越前も伊賀之亮の言葉を受けて「その想いは、それがしも同様にござる・・」伊賀之亮「偽者であればこそ、この天下の大芝居、意味があったのでござった・・これにて、それがしの覚悟も決まり申した。だが、越前殿、何とぞ、何とぞ・・・」深く頭を下げて全身全霊で天一坊の助命を願う伊賀之亮に、盃を差し出す越前。酒を酌み交わす二人の姿は、まさに「男と男」の心の通い合いという感動的な場面です。ある意味では、この場面がクライマックスと言ってもいいのではないでしょうか。
     
    伊賀之亮「次に会うのは戦場(いくさば)にござるのう・・」
    大岡越前「のぞむところ!」
    伊賀之亮「男子の本懐にござりまする!」
     
    ~暗転~

    第八場 御浜御殿のお狩場(翌々日、冬の朝)
     
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    翌々日の朝、御浜御殿にあるお狩場。のどかな風景のお狩場に身を置いていても、どこか吉宗の表情は晴れない様子。そこに、越前が現れます。そして、越前が、一人の鷹匠を招きます。手拭いで顔を隠すようにした若者は天一坊。伊賀之亮との約束通り、越前が天一坊の命を救うために計らったのは、国中のみならず、唐・天竺にまでも自由に行ける通行手形を天一坊に与えることでした。
    親子の対面を果たしながらも、それは束の間、別れを惜しみ、その場を去り兼ねる天一坊に、早く行け!と促す越前、ただ黙って見送る吉宗。
     
    天一坊が花道を去って行きます。その姿を見送って越前に礼を言う吉宗に「今、ひとり、お忘れなきよう願いたき御人がございます。『徳太郎様に我が子を殺すようなまねをさせられようか・・』と伊賀之亮殿がこう申されておりました」と伝えます。

    政ごとにかまけて、わしは人の道を忘れておったのだなぁ・・と自責の念にかられる吉宗でした。伊賀之亮
    と越前の厚い情けに涙する、人として、親としての吉宗の姿を、田村亮さんが将軍の品格をもって好演なさっています。
     
    第七場の伊賀之亮、越前、越前の妻・りつの三者の場面で、それぞれが肉親の情、親子の絆の強さ、深さを、十二分に印象付け、殊に伊賀之亮は天一坊との短い関わりの中で、生まれながらに父と引き裂かれて育った天一坊、また、我が子を手放さなければならなかった徳太郎のそれぞれの想いに心を添わせるようになっていったのでしょう。我が身を賭して、天一坊の一命を守りきろうとしたその心中は、兄とも、父ともいうべき情愛に満ちたものになっていったのだと感じました。
     
    舟木・伊賀之亮は、第九場の八つ山御殿の屋根の上で、大立ち回りの末に自裁して果てますが、この場面は、むしろ「夢、志に向かって駆け抜けて、見事に散った」という伊賀之助の本望を感じ、悲壮感は一切感じませんでしたが、むしろ、先の七場では、私は一番泣けました。やっぱり舟木さんは「情の人」だなぁ・・と。
     
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    第九場 八つ山御殿、大屋根(その夜)
     
    舞台上には、御用提灯の明かりのみが見えています。そして、花道からは、御用提灯をかざした多くの捕手が、なだれを打つように、駆けていきます。舞台が明るくなり、八つ山御殿の大屋根が舞台奥から前方にせり出してきます。大屋根の向こうから現れる伊賀之亮。返り血を浴びた、白装束に身を包んでいます。顔面も血のりだらけの壮絶な姿の舟木・伊賀之亮に、客席の反応は色々・・・あぁ、大好きな舟木さんがぁ!・・・という人は、多いでしょうね。
     
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    その伊賀之亮の悠然たるセリフ「おるわ、おるわ、この伊賀之亮一人に、なんとまぁ、贅沢な提灯の波よ!闇に映えてまことに見事なる地獄への道しるべか!」舟木さん、このセリフ、とっても気持ちよさそうにおっしゃってるなぁ・・と私は呑気なことを考えながら拝見するタイプ(笑)
    歌舞伎の様式に倣ったような、比較的ゆったりとした立ち回りで、美しく見せてくださいますから目をそむ
    けたくなるようなリアル感はほとんど感じませんでした。
    「天一、生きろ、我らが分まで生きてくれ!・・・楽しかったぞ、天一坊。人は一代、己の志のままに生きるは、本懐!山内伊賀之亮、夢に賭け、夢に生き、夢に砕けて御座候!」
     
    真赤なライトに照らし出される伊賀之亮、白装束も顔も血みどろですが、とっても綺麗です。「御用だ!御
    用だ!」捕り方を集める呼子の笛がけたたましく鳴り響き、伊賀之亮の「夢・志」を現すテーマ曲が流れま
    す。腹一文字に掻き切って、なお、両手を高々と掲げ、歌舞伎で言うところの見得を切るような形を見せる
    舟木・伊賀之亮、まるで弁慶の大往生を想わせる最期です。舟木さんファンならどなたも気になっていた、
    ラストシーンは、金子良次氏の演出で、舞台時代劇ならではの様式美で幕を閉じるスタイルとなっています。悲壮感は、さほど感じられないと思いますのでご安心くださいね!(笑)
     

    八つ山御殿に関して・・・  
    実際に眼下に江戸湊を見下ろす高台に江戸時代初期から徳川家康が建立したと伝えられる品川御殿があったとのこと。そのため現在もこの付近には「御殿山」と呼ばれている地名があるそうです。
     
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    余談ですが、公演の情報宣伝のためのポスターやチラシにこの大屋根の上での立ち回りポーズが採用されていますが、なぜ大屋根の上での立ち回りになったのか、気になってました。二代神田山陽の講談「大岡政談」のCDを聞いてみたところ、今回のお芝居にも登場する赤川大膳(柴田彦さんが演じておられます)は、講談では、最後まで逃げのびようとする卑怯な悪人で、その大膳が、逃げ回って品川の御茶屋(品川宿は遊郭がたくさん置かれていました)の屋根に逃げたという件りがありました。それと関連しての発想なのかどうかは不明ですが、大屋根での立ち回りになった理由を私的には知りたいものです。

    これで、ひととおり私が拝見した限りでの、覚え書きを基にした、気ままなレポートは終わりますが、まだ
    何度か、拝見しますので、また新たな発見、あるいは、お芝居そのものの進化なりがあると思いますので、随時、お知らせできればと思っています。

    以下は、ネットで、このお芝居についての感想、劇評などないかチェックしていたら、嬉しいサイトを発見
    しましたので、ご紹介させていただきます。プロの方か、一般の方かは、わからないのですが、幅広い芸能・芸術分野を対象に書かれているブログのようです。感謝です。
     
    悠草庵の手習  9月9日観劇 
    http://www.suocean.com/wordpress/?p=4131
     
    春日局スケジュール:16日~19日
    16日 昼の部 (アフタートーク)
    17日 昼の部
    17日 夜の部
    18日 昼の部
    18日 夜の部(みんなde舟木)
    19日 昼の部 (アフタートーク) 

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    私は三回目の上京です。中日を過ぎた16日は昼の部のみでした。13日に続いての終演後に開催されるアフタートーク企画に参加させていただきましたので、速報では舟木さんのおとぼけトークを抜粋しますね。
    勿論、真面目トークがメインでしたが私的には舟木さんのおとぼけぶりがツボにハマったので(笑)


    舟木さんは黒地に胸にROCKYというロゴマークのTシャツにジーンズ。


    聞き手は石川敏男さん。テレビのレポーターの方なんですね。私はテレビには疎いのでテレビでお見かけした記憶はないんですが、そういえば昨年のアフタートークの聞き手も石川さんだったような…
    石川さんの振りになんとも言えない間合いで答える舟木さん。ニコっともしないで素で答えるから余計に可笑しいんですね。




    その1
    コーヒーはどんなのが好みですか?


    舟木さん
    ~おいしいコーヒー

    その2
    カレーは甘口か辛口かどちらが好きですか?


    舟木さん
    ~そりゃあ辛口がいいです。手作りのカレーをプレゼントに下さるんでしょうか?カレーは少しコワイよね。
    (あの和歌山カレー事件のことらしいです)


    その3
    皆さん何回も来られてるようで、大阪からの方は何回も行き来して十数回と言っておられましたが


    舟木さん
    ~僕も新歌舞伎座の公演の時は東京から大阪まで行ってますよ
    ???
    意味不明だけどツボりました(笑)

    その4
    歌ってる時は気持ちがいいですよね。


    舟木さん
    ~へ?…上手く歌えりゃね(笑)


    真面目な方のトークは後日詳しく報告させていたたきますね。

    お芝居の一番クライマックスの時にグラグラッ!と大きな揺れがきました。

    結構長く感じました。

    伊賀之亮が越前に天一坊が吉宗の実の子であることを伝えて天一坊の命を救ってくれるよう嘆願する見せ場です。

    舟木さんも与一さんもお芝居に集中なさって一部の動揺も見せません。

    私もですが客席はざわめきましたがお二人の落ち着いた様に私たちも安心感を得てスムーズに舞台も進行しました。

    私もお二人の集中力につられて舟木さんが渾身で天一坊の助命嘆願をする表情をしっかり拝見することができたのですが舟木さんの目が潤んでいるように見えました。

    地震に少しも邪魔されないいい場面を拝見できました。

    地震も一回でおさまり、切れ場では万雷の拍手でした。

    こんなハプニングもまた強く記憶に残るんだろうなと思いました。


    今朝の「入待ち」写真は私としては嘘のようにまともに撮れたみたいです。
    こんなこともあるんだとビックリしました(笑)


    本日はおとぼけトークセレクトのみですみません。

    19日まで滞在するのでしばらくは速報のみになります。

    松也さんとケーキの画像はアップできたかな?
    携帯からなので私もきちんと見られませんが

    ワケありケーキだそうです。

    詳しくは後日また…

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    17日の公演昼夜とも拝見しました。

    先ずは本日も「入待ち」からスタート!
    今日はいつもより少な目で20人ほどで舟木さんをお出迎えでした。

    「入待ち」した後は、開演まで今回のお芝居にも「お狩場」の場面で登場する御浜御殿、今の浜離宮恩賜庭園に行ってみました。

    リーフレットには「江戸の潮風そよぐ浜御殿」と書いてありました。

    将軍が鷹狩りをした鴨場、現在の東京湾を臨む将軍が船に乗降する「御上がり場」吉宗が作った馬術の練習場である内馬場跡など音声ガイド付きで見て回ることができました。隅々までゆっくり散策すると4時間くらいかかると庭園のスタッフの方がおっしゃっていましたが私は2時間ちょっとで大急ぎで回りました。

    またゆっくり楽しみたいと思います。

    お芝居は日に日にこなれてきていて役者さんたちがどなたもすっかり登場人物と同化してきてセリフも動きも日々ナチュラルになってきているように思います。舟木・伊賀之亮も舞台に立ってるだけ、座ってるだけでも益々存在感を放ってきてます。

    こういうのを「板についている」と言うのでしょうね。



    17日から「日本の名曲」が変わりました。

    昼は「銀座」をテーマにした
    「ひとり酒場で」
    「銀座の恋の物語」
    夜は西條八十の世界 「この世の花」
    「涙の渡り鳥」

    ほぼ週替わりですから楽しみですね。

    夜の部では「みんなniプレゼント」のボストカードをいただきました。白装束の伊賀之亮でした。


    明日の夜の部は二回目の「みんなde舟木」です。


    明日も「入待ち」から私の1日がスタートです。

    ちょっとだけの報告ですみません。
    今日はこの辺で

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    18日も朝早く起きて「入待ち」にチャレンジしましたが、いつものごとく空振りに終わりました(笑)

    幸いご一緒した舟友さんが成功ヒットなさったので頂戴した舟木さんです。


    二番目はジュニア伊賀之亮君の楽屋入りのお写真。撮らせていただいてもいいですか?にどうぞと笑顔でカメラ目線して下さいました。
    ありがとうございま~す!

    今回のお芝居の重要な伊賀之亮と吉宗の少年時代の場面を好演していらっしゃいます。

    18日からパンフレットに舞台写真が入りました。



    夜の部は「みんなni舟木」のポストカードいただきました。

    そして「みんなde舟木」の二回目撮影も…


    シャッターは5回。
    舟木さん、すかさず5枚撮っても二枚目フフフ…

    最後までお茶目でお元気でした。

    とりあえず、これにて、御免!(笑)

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    16日から本日19日まで4日間、3回目の演舞場詣でをさせていただいて、今、帰りの新幹線車中からの19日の速報です。


    先ず画像は今朝の楽屋入りの舟木さん、一枚目の横向きは私の撮影です。帰宅後に編集して縦にして再掲載します。

    見辛くてすみません。
    二枚目は舟友さん撮影です。舟友さんありがとうございます。

    なお、19日は昼の部終了後高島屋友の会主催のアフタートークがありましたが、楽屋入りの時と同じこのスタイルでした。


    三枚目と四枚目は18日から発売されてる今公演舞台写真が入ったパンフレットから昼の部のステージ衣装の雰囲気をお伝えするために、ちょこっとだけ…

    写真説明は以上。


    今日のアフタートークは司会進行の石川敏男さんが今回のお芝居のこと、また今後のお芝居の出し物についてや、天一坊役の尾上松也さんについての質問などをされましたが、どんな質問にも即答なさる舟木さんの頭の引き出しの奥深さに感服しきりの私でした。

    アフタートークの詳細は16日のぽけかる倶楽部主催のアフタートークと併せてまた後日にご報告します。

    私は19日は抽選で見事に最後列のお席が大当たり!(笑)

    それにメモをとるのに必死で舟木さんのお顔をあまり見られなかったので最前列を引き当てた舟友さんに代わりにしっかり舟木さんのお顔を見ていただきましたから、ま、いいか(笑)


    この日の昼の部コンサートの中のトークからおもしろかったところをちょこっとだけ…

    その1

    「日本の名曲」は銀座をテーマにした「ひとり酒場で」「銀座の恋の物語」でしたが、「銀座の恋の物語」の後のトーク

    この曲はカラオケの大定番ですが流行った当時は8チャンネルくらいあったのかな?…私はテレビのチャンネルもよくわからないんですが、スカパーとかアジャパーとか…
    会場は大爆笑!



    その2

    「高校三年生」「学園広場」の後のトーク


    ちょっと古い話をひとつしてみます、お客様も古いから(笑) さっき「アジャパー」と言った時の反応がすごかったので(笑)

    週刊平凡に東海林太郎さんと僕のツーショットの仕事があって何かと思ったら動かないでじっと立ったまま歌う歌い手というので古い方が東海林先生、新しい方が僕…(笑)


    その東海林先生が年末のチャリティーショーに出られた時、ハンドマイクを手にセンターに歩いて行ってイントロが鳴って「な…」
    (多分「赤城の子守唄」の冒頭「なくなよしよし」ですね)
    舟木さんは直立不動のポーズで口だけパクパク(笑)

    「誰だ?東海林先生にハンドマイク持たせたのは?!」

    これが舟木さんのオモシロトークのオチでした(笑)


    このオチがわからない方はお若いです!(笑)


    とりあえずわたし好みのオモシロトークだけのピックアップでした。

    こちらも詳細は私のメモの範囲ですが、また後日に…

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    アフタートーク 9月16日(ぽけかる倶楽部)&9月19日(高島屋友の会)報告
     
     
    新橋演舞場公演「詣で」、三回目の上京は、9月16日から19日でした。
    舞台を、拝見したのは、16日昼の部、17日昼の部と夜の部、18日も昼の部と夜の部、そして19日の昼の部ですが、先ずは、16日と19日昼の部の終演後に開催された「アフター・トーク」の内容をご報告します。いずれも司会進行役は石川敏男氏です。昨年のトークも石川氏だったかな?(笑)と思いだして、自分のブログ内検索をかけたら、やっぱり昨年も、「高島屋友の会」主催のアフタートークの司会進行は石川氏でした。
     
    しかも、16日のお芝居とコンサートの間の休憩時間に、舟友さんたちと昼食のお弁当を空いていた最後列の御席に座っていただいている時に、ひとりの男性がやってこられて、舟友さん中のおひとりに色々話かけれていらっしゃいました。お友だちの多い舟友さんなので、お知り合いの方かと思っていたら、なんとその男性が石川氏だったんです。それも、アフタートークが始まって石川氏が登場なさって、お顔を見てから気づいたというボンヤリな私です(笑)去年も、お顔を拝見しているにもかかわらず、普段、テレビを見ることがほとんどないのですっかり失念していたんですね。というか、ヤバイ!、かなり物忘れがヒドイようです。トホホです(汗)
    ・・・と言うワケで物忘れがヒドイために、できるだけ詳細に速記のごとくメモをとってますが、後で、自分で書いた文字が乱暴で判読できない部分がいっぱいあるので、いくらか言い回しの違うところもありますので、ご容赦、ご了承くださいね。
     
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    さて、トークの内容です。ピンク文字は舟木さんです。それぞれ、別々にご報告します。
    時間的には30分~40分ほどでした。
     
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    9月16日  ぽけかる倶楽部 アフタートーク  
    (この日はお芝居の時にかなり大きな地震が発生)
     
    この日のスタイルは黒地に胸に「ROCKY」のロゴマーク(オレンジっぽかったかな?)のTシャツ、ジーンズ。
     
    石川:今、公演が三分の二終わったというところでお疲れも一番ピークなのでは?
     
    10日目くらいから、だんだんお芝居が良くなってくる。こういうお芝居は「化ける」んですよ。間口が広くて奥行が深いですから、芝居そのものが「化ける」ヘビが脱皮するように、セミが殻から出るように変化していく。ですから出演者の疲れもきもちのいい疲れ方、よく言う「イイ汗かいた!」という感じで。

    石川:この出し物をどうして選んだんですか?
     
    55、6(歳)の時に、60過ぎて、まだ時代劇をやっていることがあったら、これもアリかなと思ってたのが、60になったら、まだ伊賀之亮はムリだと思った。もし、これが、去年の「花の生涯」と入れ替わっていたらダメだったでしょう。順序としてという意味合いでおっしゃったかと推測します)
     
     
    石川:大屋根での立ち回りの発想はどこから?
     
    これまでのもの(多分舟木さんの公演の演目)は大屋根がないんですよ。伊賀之亮が天一坊にのめりこむ動機とか父子を対面させたいということから「お狩場」(第八場)の場面が話の展開にほしい・・、伊賀之亮
    の吉宗への想い、天一坊への想い、それで大屋根へ行くのですね。お芝居の見せ場として昔から歌舞伎にだって石川五右衛門
    (「桜門五三桐」のことでしょうか)のような見せ場としてのセットが使われている。大
    屋根の場面も、あれは雪がチラチラ降っていないと舞台全体がネズミ色になってしまうので美術
    (今回の舞台も中嶋正留氏です)が創り込むんですね。
     
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    石川:天一坊が松也さんになったのは?
     
    去年、企画が決まった時に、(天一坊役の諸々の決まりごとなどでしょう)あの形ができる役者は歌舞伎役
    者じゃなきゃできないと・・舞台は映画と違うので、松竹にどなたか歌舞伎の人をお願いしたら松也さんを
    ということになって・・目がいいです。ちょっと時々スネたようになる目がいい。ポスターの目もそうですが「半眼」は持って生まれたもの、底力のある目です。
    *「半眼」の意味は様々あるのですが、ここで舟木さんが言われたのは「人の心を惹きつける」力のある目という意味ではないかと私は、想像しました。

    石川:楽屋とかで松也さんとお話されますか?

    楽屋でなく、暗転待ちの間に、話します(笑)彼は忙しいからね。若いからいろんなことをやっていい。

    石川:親子のようなトシの差ですが・・・
     
    余計なおせわですよ(笑)親子以上なんじゃないですか?天一坊は花形、看板上もそうですから、彼の力が出しやすいようにと・・・
    楽屋では、しょっちゅう寝てますよ
    (笑)ウワサになってる某アイドルは楽屋にいらしてますか?の質問には

    僕は誰が来てもわかんないですよ。そういう方面には疎いですから・・

    石川:コンサートでは「東京」をテーマにしてますが・・

    誰の歌とかには関心がないんですよ。歌そのものが気持ち良きゃ、まるで意識しません。昭和歌謡曲のヒットしたのは、ワンコーラスくらいは唄えるし、大ヒットしなくてもいい歌がある。例えば「絶唱」のようにはヒットしなかったけれど「夕笛」の底力が出てくる・・・ほかの歌い手さんが、自分の持ち歌でヒットした曲も、手を抜いているなと感じるともったいないなぁと思う。

    石川:「高校三年生」は手を抜かずに唄っていらっしゃる?

    手を抜いてたら、唄ってても、自分がつまんないですからね。
     
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    石川:長台詞は、どうやって覚えるんですか?

    台詞はリズムで覚える、考えてしゃべるんじゃなく、出だしのリズムで・・
    ~さすが、歌い手さんですね。よく役者さんが、歌手の方は台詞覚えが早いとおっしゃいますがリズムなん
    ですね~

    石川:新曲に対する想いは?

    ステージのどこへ置いても存在感があるというのが必要。ヒットを狙うなんて関係ない・・ステージを大切にしていきたいので、例えば「川の流れのように」、ひばりさんならいいですが、僕の場合あれが受け皿として出てきたらとても大げさで、嘘っぽい。僕は、まとまりたくない方なんで、とっちらかったまま終わりたい。みんな青春をひきずって生きているんですから・・・
     
    ~そうだ、そうだと大納得です。おさまりかえった舟木さんなんて似合いませんよね。いつまでもヤンチャ
    でいてこその舟木さんらしい言葉に嬉しくなりました~

    石川:ある高齢のファンの方で、大病を患われた方が舟木さんが元気だから励みになって私も元気でいられる、舟木さんが生き甲斐だと・・
     
    大きな病気や怪我をしても、その人の星による、ご本人の星が強いんですよ。「生き甲斐」ですか?随分と
    いいかげんな生き甲斐ですね(笑)わたしゃ神社じゃないんですから・・
    私がいなくなるのと、御客様がいなくなるのとは、こうなったらもう勝負ですよ(笑)
    ~舟木さんらしいテレで、こんなそっけないご返事でしたが、同じ想いでいらっしゃるファンがたくさんいることは、ちゃんと御承知なさっている舟木さんなんですよね。最後の、「勝負」という言葉には、舟木さんからの御客様へのエールとご自身の気合いがこもっていて、舟木さん流のステキな温かさを感じました~
     
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    今日は地震があったでしょ、与一さんが、あと2分(地震が)待っててくれたら良かったのにと言ってました。お芝居の「切れ」の時の拍手がいっぱいだったのはお芝居が良かったからじゃなく、地震にもよく堪えたっていう拍手なんだから、勘違いしないように・・と(笑)昔、「瞼の母」でおはま(母親役)の淡路恵子さんと向かい合ってお芝居してたときに今日より大きな地震がきて、淡路さんと小さな声で「まだ、続ける?」「行きましょう!」なんて会話しながらやってました(笑)

    石川:公演中、一番気をつけてることは?
     
    集中力。何が原因で起こるかわからないエアポケットに落っこったらしょうがない。集中力を凝縮して、し
    かもその集中力が前に傾いていないとマズイ・・2日程前、台詞が飛んだんです。どうしても出てこないか
    ら仕方ないので、じっと御客様(客席の方)の顔を見たままだったら松也君が、なんとかしようと一生懸命
    になって松也君の台詞も飛んだ(笑)これは、しょうがないんですよ。集中しすぎて飛んじゃうこともあるん
    ですよ。
     
    この日は予め舟木さんへの質問を紙に書いて出し、それに答えるコーナーもありましたが、あくまで質問はすべて、はぐらかしのおとぼけぶりで通されて、会場は大爆笑。こちらは、「速報!」でお伝え済みです。
     
    おとぼけトーク↓
     
     
    石川:まだこれからも公演が続きますので、いい舞台を!

    やれることは全部やりますので・・
     
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    終了後の勝ち抜きジャンケンで、5名様に舟木さんのサイン入り色紙プレゼント。
    私のお隣の方がget!されました。いいな、いいな・・・ってことでお写真だけ撮らせていただきました。
     
     
    9月19日  高島屋友の会 アフタートーク
     
                     高島屋友の会のお食事は、トーク開場の地下食堂 東(あずま)でいただきました。
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    朝の楽屋入りの時のスタイルで登場。
     
     

    石川:早いものでもう残りわずかになりましたが、どうですか?

    お芝居が面白くて、お客様がいっぱい入って下さると、早いんですよね。どっちかっていうと関西向けのお芝居ではないですし、道具も難しいです。

     
    石川:「八百万石・」を選んでよかったですか?
     
     
    御客様が入って下さるという、目に見えない無形の後押しが力になります。このお芝居を認めて下さってい
    ることが、一発でわかる。どんどん良くなってくるのが、わかります。お芝居でも落語でも昔から芸人を育
    てるのは御客様であると言われていますから・・
    お芝居は気障な部分がないと、「人畜無害」っていうのは、よくない、良くも悪くもとんがっていないと・・
     
    ~「気障」という言葉、通常は、悪い意味にしか使われませんが、舟木さんが、ハッと思わせるインパクト
    を与えるような意味合いで「気障」という感覚がお芝居には大切な要素であると説明しようとなさったのかな?と私としてはここが一番印象的でした。~確かに「人畜無害」のお芝居より、多少「気障」なお芝居が娯楽作品の醍醐味かな~
     
     
    イメージ 8年齢を重ねていくと・・もう充分に重なってますが(笑)、娯楽時代劇と立ち回りとはきってもきれないですからね。チャンバラ物は誰がやろうが立ち回りが出てこないとおさまらない。大屋根の場で降りる時はいいんですが、登る時は袴の裾が踵にひっかかるんです。股立ちを取っているので前と横は上がるんですが、後ろは踏んづけちゃう。袴の裾裁きが大切ですね。

     
    石川:松也さんの天一坊は?

    大正解です。松也君は声がいい。古い言葉を使えば歌舞伎界の時代を担う責任を背負っている人。遠慮なく芝居をしてくれるからいい。

    石川:松也さんの50才くらいになった声が楽しみと舟木さんが言われたのを松也さんが喜んでましたが?

    でも、僕は、50才になった松也君をみれませんけど・・(笑)
     
    石川:舟木さんの印象を聞いたら「とっても大きな人」だと、裏方さんなどスタッフ全員にまで目配り気配りできる方だと・・

    若い頃から座長公演をやってましたから・・でも僕も若い頃は、気がついてませんでしたよ。50才くらいからです。お芝居でたくさん、若い捕り方さんが出てくる場面があって、大屋根の場面などでも、みんなに怪我がないように大道具さんがどれくらい気を配っているか、舞台監督さんも舞台から目を離さず見守っているわけですから、そういうことを全員に話しています。
    松也君が、それを感じとってるってことは自分がいずれ座を組んでいく日のことを思ってるから、感じとるわけですから、松也君の意識があってのこと。演舞場スタッフさん含めてのチームの中で、自分のポジショ
    ンはどうかということを意識することを知ってほしいから、若い人に伝えています。
     
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    石川:舟木さんの台詞が飛んだ時の松也さんは?
     
    ~松也さんが、なんとか舟木さんの台詞を引き出そうとあれこれ喋っているうちに自分の台詞もとちってしまったということなどの話の後に~

    お芝居で台詞をとちると、その場面に出ていた人全員に、とちり蕎麦をふるまうというお芝居の世界の倣いから、「とちり焼酎」をふるまうんですが、彼には生クリームが大好物ということで、生クリ―ムを乗るだけのっけた一個まるごとのケーキを・・・
     
     
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    石川:松也さんが大先輩とフランクに会話させてもらえてうれしいと言ってましたが・・

    若い人には余計な心配や負担をかけたくない。舞台で、どんどん自分のやりたい芝居をやってほしいというだけのこと。松也君と僕の立場を除けて言うと芝居のテイストが似てるので互いに負担がない。変に上っつらだけ気を遣うなんて言うのは無駄なんですよ。毎日、叮嚀に楽屋に挨拶に来ても、舞台で「オイオイ・・」っていうんではね・・
     
     
    石川:プライベートな話もされますか?

    プライベートなことは話しませんよ。(尾上)徳松さんがうちの奥方と同級生なんで、そっちからの情報が
    あるんじゃないですか?徳松さん、喋り出したらとまらないんですから・・(笑)
    ~松也さんのいろんな噂のことには、ムニャムニャ・・~

    石川:来年の演舞場があるとしたら出し物は?

    御客様が楽しめるというのが大前提、お金を払って観る側の御客様のご都合を第一に考えれば演目は尽きることなく出てくると思うんです。御客様がどういうものを御覧になりたがっているか。映画で言えば、錦之介さん、橋蔵さんを観ていらっしゃる御客様は時代劇を楽しむベースを持っていらっしゃる。でも、それができづらくなってきている。何であろうと昭和の初期までのものは、時代劇と言ってもいいでしょうね。
    演舞場の空間は、自分でも不思議くらい合っている。場所にもよりますが商業演劇の劇場としては格が違う。新橋演舞場が好きだから出ていたいという感じですね。劇場もですが、ある世代の方にとっては、例えば、大学野球は早戦という時代のムードっていうものがあるんですね。
     
    舟木さんにとっては、「新派」の本舞台でもあった新橋演舞場は若い頃から憧れの劇場ということかな~

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    石川:コンサートは見るたびに時間が短いって感じますが・・

    せっかちなんで、お芝居でもコンサートでもゆるむのがイヤなんですよ。やっぱり頭からの流れなのでダレ場があるのはねぇ・・最近の僕の喋りはコワレテるって言われるんですけど、御客様が許してくださる空気を感じるからです(某放送局について)言っちゃいけない言葉が多すぎますよね(笑)だから面白くないですもん。僕の場合、御客様との共有感が独特なんですよ。元々の流行歌手の範疇からハミ出ているんですよ。
    一言でいえば「お互い、色々あったね」ってことなんですよ。流行歌を聴いてくださる御客様がいらっしゃるということを確認しながらやっていく、どちらが欠けても成り立たない。僕は、ある時期「しらふ」に戻った時期があったから良かった。
     
    石川:空白ですか?

    そんなことありませんよ。ちゃんと仕事やってましたよ!(笑)

    石川:ある日突然元気になった舟木さんがあらわれたのを見て・・

    今日は言葉にトゲがありますね(笑)御客様とは、男であろうと女であろうと「色気」のお付き合い、3つの子でも、90歳の大先輩でも・・・お互いのキャッチボール、特に男性の御客様の気持ちというのはよくわかりますし・・ずっと自分がやってきた仕事を次の世代に渡していくという気持ち・・・例えば、すし屋のおやじさんが息子に仕事を譲ってレジにすわるとか・・
     
    イメージ 13石川:舟木さんの場合はレジに座ることはないでしょ?

    この年になって来ると半年ずつ繋いでいくしかない。一年だとアブナイ。半年の単位で考えて繋いでいく。
     
    石川:この楽日が終わるとどのくらい休みがあるんですか?

    休み、ないです。仕事を御受けしてるってことは、自分で大丈夫だと思っているからですね。多分大丈夫だと自分で思っているんでしょうね。

    石川:今日は勝たなきゃいけない?(夜の部がないから、パチンコに行くのかと言う意味?)

    今日はパチンコは行けないですよ。千秋楽とサンクスの構成をやらなきゃいけないですから・・
     
    やっぱり仕事が「趣味」の舟木さんのようですね。
     
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    先ずは今朝の楽屋入りの舟木さんです。台風の影響はまだなくて穏やかな朝でした。最終的には50人ほどのファンの皆さんが入待ちの列に並びました。


    劇場の入口のパンフレット売場の横には「みんなniプレゼントナイト」のポストカード8枚が揃った写真が掲示されていました。
    8枚集めると
    「WE LOVE KAZUO」



    本日は第二部のコンサートのメニュー最終日でした。


    千秋楽のコンサートは昼夜別メニューになります。


    終演後は千秋楽に向けての舞台稽古とのことで演舞場スタッフの方が6時くらいまでかかりますと説明されたので「出待ち」の列を作っていたファンの皆さんは三々五々帰られました。


    舟友さんたちと、しばしお茶した後、私は宿泊先の浅草の寄席に向かい笑うだけ笑ってスッキリ!


    千秋楽のお芝居でも舟木さんがおもいっきり笑わせてくださることでしょう。
    楽しみで~す


    本日の速報はこれにて

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    無事に千秋楽が終わりました。

    心配された台風の影響はあまりなく舟木さんの楽屋入りにもお見送りにもたくさんのファンの列ができました。

    夜の部は補助席も出る大盛況でした。


    速報としては千秋楽の昼夜別メニューのセットリストをご報告します。

    昼の部で14曲目は私の存じ上げない曲でした。
    ご存知の方がいらしたら教えて下さいね。

    プレゼントタイムは開演5分前に幕前に舟木さんが登場してまとめて受け取られました。
    真っ白な長袖シャツにジーンズ、淡いグレー系のスポーツシューズ

    いよいよ開幕!


    昼の部~お着物で

    ~前半
    白の紬のようなちょっと透かし織りっぽい感じの着物で登場されました。長襦袢は藍色系、帯も白地に藍色、雪駄の鼻緒も藍色系。


    日本調の曲特集

    流転
    小判鮫の唄
    江戸の闇太郎
    博多夜船
    十三夜
    車屋さん

    ~東雲節(舞踊)

    ここからお色直しで後半です。

    あさぎ色系のお着物に白の長襦袢、ベージュ系の帯、

    弁天小僧
    お嬢吉三
    潮来笠
    後追い三味線
    おしどり道中
    さくら仁義
    祇園小唄
    ~?でした~
    アンコール
    ~野崎小唄


    夜の部

    チャコールグレーのスリーピースに白いシャツ、胸ポケットにはモノトーンのポケットチーフ。


    メニューはバンドメンバー、スタッフさんたちからのリクエスト特集。

    オープニング
    ~青葉城恋歌

    今日かぎりのワルツ貝がらの唄
    水色の人
    涙の敗戦投手
    はやぶさの歌
    王将
    ~田舎の教会
    スタンディング
    ジャケットを脱いで

    お芝居の出演者の皆さん全員登場で手拭い撒き。林与一さんが三本〆の音頭をとって盛上りました。
    後半

    再びジャケットを着て

    誰よりも君を愛す
    再会

    サボテンの花
    なごり雪
    心もよう
    宝福寺にて

    アンコール
    ~五月のばら


    詳細レポは後日に


    なお、ふたつのgood news!のお知らせがありました。

    その1
    来年も演舞場特別公演の開催が決まりました。
    時期は未定だそうですが、10月以降12月までの間と予想されます。



    その2
    恒例の年末の演舞場でのシアターコンサートは12月26日に開催決定しました。

    写真説明

    舟友さんの昼と夜のプレゼントの見事な花束です。

    12月26日のシアターコンサートの速報チラシです。

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    昨日、9月2日から24日までの長期公演が終わっても最後の最後までお楽しみは続きます(笑)


    長きにわたったお祭り騒ぎの後夜祭ともいうべき恒例のサンクスコンサートでも舟木さんは「さすがに疲れました」なんておっしゃりながらも熱くパワフルにトータル140分間のステージを楽しませて下さいました。


    25分間の休憩を挟んでなんと27曲!驚異的です。


    2014年9月25日サンクスコンサート

    開幕前のプレゼントタイム

    白地に前身頃は木の葉の模様、後ろは大きなベイズリーのような柄のシャツ、ジーンズに白の布製のようなズックタイプの靴


    第一部のステージ衣装は白の麻生地のカジュアルなジャケットスーツ、半袖の黒地のTシャツはブランドに詳しい舟友さんに尋ねたらドルチェ&ガッバーナとか、私は全くわかりませんが(笑)
    胸にゴールドのロゴマークD&Gと入ってました。ペンダントもゴールド。


    第一部


    バンドメンバーやスタッフの方からのリクエスト特集WHITE系


    オープニング
    ~蜃気楼
    みんな旅人
    糸車
    29小節の挽歌
    斜-me-節
    れ・く・い・え・夢
    END-FIN-FINE(ラストシーン)
    End Love
    つばさ


    休憩25分


    第二部のステージ衣装はブラウン系の細かなチェックっぼいスリーピース、黒のシャツ、胸にモノトーンのポケットチーフ、ペンダント



    第二部

    演歌の世界


    旅愁
    空港
    ざんげの値打ちもない
    天城越え
    夢芝居
    ちょっと演歌で歌ってあげる
    悲しい酒
    ふたり酒
    おんなの道
    なみだの操
    昭和枯れすすき
    千曲川
    君を慕いて
    石狩挽歌
    北の蛍
    おもいで岬

    アンコール

    おんな船頭唄
    長崎の女



    もしかしたら舟木さん、まだ歌い足りないのかも?…なんて思ってしまうほど余裕綽々の歌唱でした。

    どうなってるんでしょう?
    天井知らずのスタミナとパッションです。


    終演後はすぐにお見送りの長い列ができましたが、演舞場のスタッフの方が今日は打ち合わせがあるので当分は出てこられませんと言われたのでほとんどの人は帰られましたが、まだあきらめきれず待たれる方が結構たくさん演舞場前に居残りなさってました。

    私は舟友さんたちにまた会いましょうねとお約束して東京駅に向かいました。


    詳細は後日に

    写真は千秋楽の昼の部に二階席右サイドの舟木さんが毎回狙って下さるお席にたまたまいたので飛んできた手ぬぐいです。御祝儀のお品ですから嬉しいですね。
    舟友さんからいただいた初日の舟木さんの出待ち写真です。

    舟友さんに感謝をこめてアップさせていただきました。
    ありがとうございました

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    2014年のスケジュールを、再度まとめました。下半期も残すところ、あと3ヶ月ですが、ぎっしり詰まっていますね。マークは、春日局の参加したもの、参加予定のものです。黒字は終了しているものです。
     
     
    青春歌謡BIG3  
     
    イメージ 16月5日(木)
    青春歌謡BIG3   オリンパスホール八王子
     
    6月6日(金)
    青春歌謡BIG3   コラニー文化ホール(山梨)
     
    6月12日(木)
    青春歌謡BIG3   やまぎんホール(山形)
     
    6月13日(金)
    青春歌謡BIG3   郡山市民文化ホール
     
    6月18日(水)
    青春歌謡BIG3   盛岡市民文化ホール
     
    6月19日(木)
    青春歌謡BIG3   仙台サンプラザホール
     
    6月30日(月)
    青春歌謡BIG3  日本特殊陶業市民会館 フォレストホール 
     
    7月16日(水)  
    青春歌謡BIG3  愛媛 松山市民会館
     
    7月17日(木)   
    青春歌謡BIG3  岡山 岡山市民会館
     
    7月19日(土)  
    青春歌謡BIG3  広島 上野学園ホール
     
    8月5日(火)  
    青春歌謡BIG3  大阪フェスティバルホール 
     
    イメージ 8~以上は終了しています~
     
    12月9日(火)  
    青春歌謡BIG3  埼玉 大宮ソニックシティ
     
    12月20(土) 
    12月21(日) 
    青春歌謡BIG3/ファイナル  大阪新歌舞伎座
    各日:13時/17時
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    ソロ・コンサート
     
    イメージ 27月4日(金)  
    風ーアダルトに  大阪メルパルクホール 
     
    7月8日(火)      
    風ーアダルトに  東京メルパルクホール
     

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 39月2日~24日 
    舟木一夫特別公演  新橋演舞場
     

    9月2日(火)昼
    9月3日(水)夜
     
    9月10日(水)夜(みんなde舟木)
    9月11日(木)昼
     
    9月16日(火)昼(アフタートーク)
    9月17日(水)昼
    9月17日(水)夜
    9月18日(木)昼
    9月18日(木)夜(みんなde舟木)
    9月19日(金)昼(アフタートーク)
     
    9月23日(火祝)昼
    9月24日(水)昼
    9月24日(水)夜
    9月25日(木)14時サンクスコンサート
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 410月28日~11月15日
    舟木一夫特別公演  中日劇場
    チケット発売中
     

    10月28日(火)初日 12時
    11月2日(日)16時
    11月15日(金)千穐楽 11時
    中日劇場のHPに公演の日程などがアップされています。 ↓
    http://www.chunichi-theatre.com/presents/2014/11/11gatsu1.html
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 512月14日(日)中野サンプラザ
    2014ファイナルコンサート 
    14時/18時


     
     
    12月26日(金) 新橋演舞場 
    シアターコンサート 
    14時/18時
     
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    イメージ 72015年スケジュール 決定の公演
     
    2月1日~20日 大阪新歌舞伎座 
    舟木一夫特別公演 
     
    第一部 花の風来坊
    第二部 シアターコンサート
     
    電話予約開始
    12月5日10時より
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

     
     
     

     

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      9月24日・千秋楽/夜の部 一日限りの「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」
     
    今回のお芝居は、先ず初日と二日目、二回目が10日と11日、三回目が16日から19日、そしてラストは23日と千秋楽という具合に、わたしは、計13公演を拝見しましたが、不思議な事に徐々に時間を短く感じるようになって最後には、あっという間に終わってしまうという風にギュッと凝縮されたメリハリのある舞台に進化していくのを目の当たりにしました。
    舟木さんが、アフタートークの中で「お芝居そのものが化ける」ということを説明なさったのですが、その通りだったと思います。
    オーソドックスバージョンのおおまかな物語の展開については以下をご参照ください。
     
    新橋演舞場・特別公演 第一部「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」
    私は、ファンの皆さんが楽しみになさっている千秋楽の夜の部の「お笑いバージョン・天一坊秘聞~八百万石に挑む男」は、二階の左側席で拝見しました。花道が見えないため見落としもあるかと思いますが、一応オモシロ場面だけ、メモをとりましたので、ちょこっと再現してみます。
    併せて、舟木・伊賀之亮さんがお召しになった「伊賀之亮ファッション」(最後の白装束含めて6パターンあったと思います)
    が、とてもステキだったので、ボケまくりで、ちょっとしたイメージがわかる程度ですが場面、場面の画像もご紹介させていただきます。(画像の一部は期間限定アップです。ご了承ください)
     
    第一場 中山道坂本の外れ
    (春の午後)

    イメージ 2花道から舟木・伊賀之亮が登場したとたんに客席から笑い声・・早々と何かイタズラをなさっているの?と期待してると舞台センターに出てきた伊賀之亮の顔には、変な口髭が・・・本来はアゴヒゲなのに(笑)松也・天一坊が、「オレのオヤジは八代将軍吉宗だ!」というのを聞いて「何?」といいながらピョコンと飛び跳ねる伊賀之亮、なおも六尺棒をかざして暴れる天一坊に「いいかげんにせぬか!」というところを「いいかげんにしなさい」と漫才のツッコミ口調の伊賀之亮。
    「面白い若者だなぁ」と伊賀之亮が言うと、天一坊に「アンタが一番オモシロイ!」と言われてさらに「世の中にはいろんな人間がおるのだ。今日、それが、わかっただろう!」と返します。
    将軍の御落胤であるという書いた書き付けを天一坊から受け取って中を読みもせず「おぬしが吉宗のなぁ・・・」と伊賀之亮。すかさず「まだ見てねぇじゃねぇか!」と天一坊がツッコむ。
    「お笑いバージョン」での、息もピッタリのおふたり、かずきさん扮するおぬいに向かって「舟木一夫特別公演ってのは毎回千秋楽は、こうなのか?」とあきれ顔でたずねる天一坊でした(笑)
     
     
    第二場 江戸城内(三月後、夏の午後)
     
    この場面は越前と伊豆守のシリアスなお芝居のままでした。

     
    イメージ 3第三場 品川、八つ山御殿(晴れた秋の昼下がり)
     
    天一坊が奥から登場するのを平伏して待つ、伊賀之亮はじめ重臣たち。天一坊が座ってしまっても頭をあげない伊賀之亮・・どうやら平伏してるうちに寝てしまった様子(笑)天一坊が「苦しゅうない、寝るでない」そのあとも色々イタズラをしかける伊賀之亮に向かって「伊賀之亮さん、オレはどこまでやっていいの?」と困惑状態の松也・天一坊。数日前に天一坊が「サンキュー」といいかけてあわや・・というハプニングがあったそうで、多分そのことを踏まえてか「英語もアリです」といじる舟木・伊賀之亮(笑)
    この場面のセリフがまだ残っているのに、ソデに入りかける伊賀之亮に慌てる天一坊でした。秘かに送り込まれたらしい間者を成敗した槍を懐紙で拭きとるところをスーパーのセールチラシを使って○○が○○円!とか読み上げてみせる伊賀之亮さん(笑)

     
     
    ~四場に入る前、幕前芝居
     
    第三場で天一坊が、「オレを育ててくれた尼さん」と、わざとらしく伏線をはっていらしたので、予想してましたが、やっぱり秀沢が尼さんになって秀沢尼として女形で登場しました。尾上徳松さんお手の物ですから
    いい尼僧ぶりでさすがでした。
     
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    第四場 江戸城、柳の間(一月後、晩秋)
     
    イメージ 4この場面は見せ場の「網代問答」が、ありますが、そこまではシリアスに進行しました。いきなり伊豆守に「なんでオレばっかり長ゼリフなの?」と詰め寄って、難しいセリフを言わせようとする舟木・伊賀之亮。
    そして、「では、これにて」と立ち上がり、花道に行くのかと思ったら、吉宗が様子を立ち聞きしている奥の部屋の襖を自分で開けに行こうとするので、越前と伊豆守が大慌てで止めにいきました。ここは爆笑!
    花道に戻り、「一応、奥の御方に・・」と戻る舟木・伊賀之亮でした。
    伊賀之亮が去ってから吉宗が越前にたずねます「あの男、いかが思うた?」「全くおかしなお方で・・」と越前。その通りですよね。おかしすぎます(笑)
     
    第五場 回想、紀州城下(三十年程前、夏の午後)
     
    この場面も、通常通りシリアスに・・・
     
     
    第六場 八つ山御殿(初冬の昼過ぎ)
     
    イメージ 6尼僧姿の女形で登場した徳松・秀沢尼に「コワイ!」と天一坊。舟木・伊賀之亮も、わざわざ近くまで寄って、顔をのぞきこんで「あまり近づいて見るもんじゃないな・・」と数回「オエッ!」と・・
    秀沢尼が、「あなた様は、まこと歌舞伎役者・尾上松也!」と言い、続けて「世継ぎ争いで血を流す歌舞伎の世界・・」と本来のセリフをもじっておっしゃって大ウケでした。こんなこともギャグでとおるようになってる梨園も逆に昔と比べて風通しが良くなったことの証なのかもですね。生クリーム好きが、広くに知られてる松也さん、「書き付けと短刀」というところを「生クリームと短刀を盗んだ・・」と(笑)秀沢尼が、斬られると「ママぁ~、ママぁ~ッ!」と叫びます。伊賀之亮も負けじと「不覚!、なんたるフカク・・、歩と角、銀と飛車・・」といささか苦しい駄洒落を・・・
    そして、こういう時は、歌舞伎だと、こう見得をきって・・と松也さんに見得のきりかたを聞いてやってみる舟木・伊賀之亮、一度は歌舞伎の形で見得をきるポーズをやってみたい気持ちわかります(笑)もちろん、大ウケでした。
     
     
    第七場 大岡越前の役宅(数日後、夜)
     
    イメージ 7越前が妻・りつと娘・ふくとなごやかに団欒。なぜかそれまでは名前だけしか出てなかったふくの弟の「だいすけ」として特別出演?したのがABOUT9の某メンバーさん(笑)いつも楽しませてくださってありがとう!
    そこへ伊賀之亮が訪ねてきます。いくら待っても登場しない伊賀之亮、また何やらイタズラをしてるよう・・・。案の定、口紅を塗って出てきました。笑いをこらえる与一・越前。手まりを伊賀之亮に向けて転がします。
    ところが・・転がし返す伊賀之亮、何度か手まりが行ったり来たり(笑)越前の妻・りつの稀世さんが、「道成寺」の手まり唄を伊賀之亮の故郷・紀州の唄だから「お懐かしかろうと」・・と唄いかけると「いや、私の故郷は萩原町串作1015番地・・」と返す伊賀之亮(笑)
    そして稀世・りつさんが唄いはじめれば、「あ チョイト、あ、コラ♪」と合いの手を入れるので稀世さん、あっけにとられつつ襖の向こうに引っ込みました。再び、二人になると、与一・越前は伊賀之亮の近くに寄って、懐から懐紙を出して、口紅を拭きとってあげてました(笑)

    第八場 御浜御殿のお狩場(翌々日、冬の朝)
     
    この場面では、別れを惜しんで花道で立ち止まり振り返る天一坊に、客席は涙するはずですが、「父上!」ならぬ「パパぁ~ッ!」には大爆笑でした。
     
     
    イメージ 8第九場 八つ山御殿、大屋根(その夜)
     
    いよいよ、大屋根で大立ち回りのクライマックスです。その途中、いきなり「引けェ~ッ!引けェ~ッ!」という声で捕り方が全員いなくなりました。そして舞台下手から登場したのが与一・越前です。
    伊賀之亮が越前に向かって「次に会うのは戦場でござるな」と言ったのに、一回も出てこないじゃないの・・」と言うと「下で指揮をとってたんだ!」と越前(笑)さらに与一・越前が舞台ソデに向かい手招きすると田村・吉宗が登場しました。
    「千秋楽で、やっと逢えたなァ、この次はたっぷりと・・」と伊賀之亮が吉宗に言います(笑)
     
     
    熟年男前たちの超豪華なスリーショットを拝見できて目の正月(笑)こんな贅沢なスリーショットはなかなか見られませんね。
    伊賀之亮は所定の位置に戻り?大屋根のてっぺんにのぼって、両手を高く掲げて大見得をきる、チョーカッコイイ伊賀之助になりきって無事に千秋楽の幕が降りました。拍手喝采!
     
    イメージ 9ラストシーンでは、大きな三日月が舞台向かってセンターより少し右手側の上に出ていましたが、これは、初日からあったかどうか私の記憶にはないのです。二日目にも気付きませんでした。私がぼんやり見落としていたのか、途中から美術が加えられたのかどっちかな?おわかりの方があれば教えて下さいね。この三日月が素晴らしく舞台効果に貢献していました。そして、昨晩、これと同じ三日月を夜の散歩の途中で空を見上げたら発見しました
     
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     上の写真は私のポンコツ携帯カメラで撮影したものです。なんとか三日月の形が見えますよね。
     下はネット上で、探し出した、あの印象的なラストシーンの三日月に似た画像です。
     最初は青白く光っていた月が、徐々にオレンジのライトに照らし出されて最後には燃えるような深紅に
     なるのが、最高に素晴らしい演出でした。
     
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    演舞場公演に明け暮れた9月、さすがにいささかお疲れモードの私に癒しのプレゼント
     
    君がこころは     作詩:島崎藤村 作曲:竹岡信幸
     
     
    君がこゝろは蟋蟀(こおろぎ)の 
    風にさそはれ鳴くごとく
    朝影清き花草に
    惜しき涙を そゝぐらむ
     
    それかきならす玉琴の
    一つの糸のさはりさへ
    君がこゝろにかぎりなき
    しらべとこそは きこゆめれ
     
    あゝなどかくは触れやすき
    君が優しき心もて
    かくばかりなる吾こひに
    触れたまはぬぞ 恨みたる
     
     
    君が心は_舟木一夫さん(智頭の山間風情描写Ver)
     
     
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    いつも動画でお世話になっている舟友のkazuyanさんが、大好きな「君がこころは」を私のベスト・ワンの「絶唱」の撮影地智頭の山間風景をバックにをこれ以上ないというステキな動画作品にして下さいました。
    感謝を込めて、ご紹介します
     
    15周年記念10枚組アルバムの中の「未発売オリジナル12曲」に収録(1977年盤)
     
     
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    このアルバムを吹き込みされた当時の舟木さん、33才頃ですね。 ステキ
     
     
     
     
     

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    怒涛のような9月も過ぎ去ろうとしています(笑)


    古くなってサクサク動いてくれないパソコンをちょっと調整しますのでほんのしばらく休憩させていただきます。


    舟木さんも今は束の間の休息をおとりでしょうか?


    千秋楽のコンサート、サンクスコンサートのれぽは、休憩が終わり次第、掲載させていただく予定です。


    なお携帯からはブログにアクセスできますので、コメント欄やゲストブックの活用はOK!です。


    宜しくお願いいたします。

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    思ったより、早く、休憩が終わりました(笑) 千秋楽とサンクスのコンサート報告がまだですが、今夜は、先ずはウォーミングアップというところで・・・
     
    あれよ、あれよという間に10月到来!演舞場公演の千秋楽から、もう一週間が過ぎてしまいました。
    スポーツの秋、行楽の秋、芸術の秋、もの想う秋・・・様々な言葉が冠される秋ですがやっぱり味覚の秋!
     
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    パソコンの動きが遅いので、気になっていたところへ、9月の中頃にNTT西日本から、高速の「隼」にアップグレードしませんか?という電話があって、なんだかよくわからないまま、手続きをして、さて届いた説明書通りの手順で作業をしなくてはならないのですが、ちんぷんかんぷん(笑)
     
    私が、いつもたよりにしている亡き父の友人の親切な電気屋さんが電気や機械類に弱い、わが家の強い味方だったんですが、今は息子さんの代になっています。その息子さんも、本当に優しくて親切で、いい方なので、何かというと電話一本でSOS!を出してしまっています。結局、今回も、何から何までやっていただき、アップグレードなるものが完了しました。パソコンも8年ほど前に購入して、もう古いから買い替えなくてはいけないですか?とおたずねしても、まだ使えますよ。と全く商売っ気もないんです(笑)
     
    確かに、新しいパソコンに変えたら、私の場合、勝手が違うときっとまごまごして慣れるまでに時間がかかりそうですから、もうしばらくは、このポンコツパソコンに働いてもらうことにしました。
    「隼(ハヤブサ)」・・・舟木さんの歌にもありましたね。今回の千秋楽でも歌って下さった「はやぶさの歌」を連想したので、ちょっと聴いてみましょう(笑)
     
     
    その千秋楽で、昨年6月の演舞場公演の千秋楽に続いて、今回も「宝福寺にて」を聴くことができました。
    時節もちょうど、この歌にピッタリで、イントロを耳にした時には、思わず胸のところで小さく拍手をしてしまいました。左隣に座っていらした方も小さく拍手なさっていたようです。
    作詩・作曲は、三浦久さんという方で、本当に素晴らしくいい曲なのですが、おそらく舟木さんが歌ってくださらなければ、聴く機会はなかった歌だと思います。
     
     
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    宝福寺にて  作詩・作曲:三浦久
     
    イメージ 3三浦久(みうらひさし 1945年 - )
    男性フォークシンガー、翻訳家。長野県辰野町出身。ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーン、レナード・コーエンの歌詞対訳、評論・研究書の翻訳などでも知られる。

    以下は三浦久氏のHPから抜粋させていただきました~
    http://www.nagano.net/journal/miura/030414.html
     
    ~この歌が最終的に完成したのは、その年の9月の終わり、真如会の結集でお会いしたIさんという方から呼ばれて静岡県三島市に歌いにいった後のことだ。彼女は、コンサートの前に、ぼくを龍沢寺という禅寺へ連れていってくれた。龍沢寺は江戸時代の中頃に、白隠禅師によって建てられたお寺で、その後も山本玄峰、中川宗淵といった名僧を輩出した有名なお寺である。
    Iさんと境内の草むらに腰を下ろしてしばらく話した。そのとき、遠くのほうに彼岸花が咲いているのに気づいた。よくみると、枯れかかっている。
     
     
    彼岸花が散っています
    秋ももうだいぶ深まりました
     
    という歌詞が頭に浮かんだ。そして京都に帰ってから、宝福寺で書いたことばと龍沢寺で思い浮かんだことばを合わせて「宝福寺にて」という歌が生まれた。
     
    イメージ 4くすの木の梢をわたって
    気持ちのいい風が吹いてきます
    彼岸花が散っています
    秋ももうだいぶ深まりました
    あれから長い時がたちました
    あなたはもうお嫁にいったのでしょうか
    あれほど苦しかったあなたとの別れも
    今は心静かに思っています
     
    ぼくは今、一人、旅に出て
    雪舟が住んでいたというお寺にきています
    ここにこうして坐っていると
    すべてのものが流れているのがわかります
    人も草も風も、時もそして愛も
    すべてのものが流れています
    その流れを見ているぼくもまた
    すべてのものとともに流れています
     
    その流れの中で人は生まれ
    愛し憎みそして死んでゆくのです
    そしてそこには何の意味もなく
    ただ果てのない流れがあるだけです
    人も草も風も、時もそして愛も
    すべてのものが流れています
    その流れを見ているぼくもまた
    すべてのものとともに流れています
     
    くすの木の梢をわたって
    気持ちのいい風が吹いてきます
    彼岸花が散っています
    秋ももうだいぶ深まりました

    この歌は1976年にリリースされたセカンドアルバム『漂泊の友』に収められている。このアルバムがリリースされてからしばらくして、知人から「今晩のNHKのビッグショーは舟木一夫なんですが、曲目の中に<宝福寺にて>というのがあります。ひょっとして三浦さんの歌ではないでしょうか」という電話があった。舟木一夫がぼくの歌を歌うはずがないと思いながら、それでももしかしたらという思いを抱きながら、夜8時テレビの前にすわった。番組の最後が近づいてきたが、「宝福寺にて」は出てこない。やはり期待はずれだったかと思っていると、彼が「最後の歌です。これからはこのような歌を歌っていきたいと思っています」という主旨のことをいった。前奏が始まり、テレビの画面に、「宝福寺にて 作詞作曲 三浦久」というテロップが流れた~

    *千秋楽のコンサートで、聞きとりをして歌詩をメモしました。ほんの一部だけ原詩と少し異なった表現の部分があったように思いますが、99%は、上記の詩の通りです(春日局)作詩者ご自身の書かれたものを、ここではそのままご紹介させていただきました。
     
    宝福寺にて~「舟木さんが風になった」ような瞬間・・・
    以下は、昨年6月の演舞場公演の千秋楽で、私が初めて「宝福寺にて」を聴いたときの感想をほぼ再録しました。

    イメージ 5~人の心の喜怒哀楽、幸せ、不幸せという人生の様々なできごと そんなものとは関係なく 時は流れ自然は素知らぬ顔で悠々とあるがままの姿を変えない・・・そんな意味合いを詠った「無常観」の世界が広がっていくような曲でした。
     
    舟木さんが、特別に選ばれたアイドルスターとして若き日を過ごしたことも、その後、長く続いた「寒い時代」を過ごしたことも そして鮮やかに復活を遂げて今があることも すべては大きな流れ(宇宙)の中のとるに足らない小さなこと・・・そんな清々しい舟木さんの想いが込められているように感じました。
    人の一生は風のようなもの・・・舟木さんが好んで使われる「風」という言葉が「宝福寺にて」という歌の中を駆け抜けていくように感じられ、しみじみとした感慨があふれてきました。                                    1975年頃の舟木さん↑

    今回の特別公演の千秋楽のアンコールで歌われた「宝福寺にて」は、1975年読売ホールでのコンサートでも歌われています。およそ40年前。まだ31歳の頃、舟木さんは既に「宝福寺にて」の世界観を、御自身の胸の内に抱えていらっしゃったのでしょうね。私が31歳の頃と考え合わせると、大違いです。舟木さんは、この年齢で既に人の世の光も闇も含めて、あらゆる景色を見尽くしていらっしゃったのだろうと思わずにはいられません。
     
    1975年読売ホール 舟木一夫コンサート パンフレット                         パンフレット掲載の写真
     
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