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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    今年はソロ・コンサートが今回の中野ファイナルを入れて、たった4回しかありませんでした。

    本日の中野ファイナルを拝見してあらためて今の舟木さんの歌唱の魅力を最大限に生かしきった構成のコンサートだったことを痛感しました。

    中野ファイナル恒例のカメラ撮りや録音もされていましたから、今回もdvdやcdとして発売されるだろうと思います。

    セットリストは前三回とほぼ同じでしたが、オープニング曲が、「立ち話」から「想い出通り」に変わりました。
    また、プレゼントタイムで「ブルートランペット」が加わり、新曲の「眠らない青春」も歌われました。

    セットリスト

    オープニング
    ~想い出通り


    プレゼントタイム

    東京は恋する
    ブルートランペット
    くちなしのバラード
    花咲く乙女たち
    友を送る歌


    その人は昔のテーマ

    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん
    眠らない青春


    宵待草
    ゴンドラの唄
    浮世まかせ


    明日咲くつぼみに
    あゝ青春の胸の血は
    君たちがいて僕がいた
    高校三年生
    学園広場


    初恋
    夕笛
    吉野木挽唄~絶唱


    アンコール
    ~君よ振りむくな

    スタンディング&サイボール打ち


    4枚目の写真は、アンコールの「君よ振りむくな」が終わり舟木さんがとびっきりの笑顔で手を降ってくださってる最後の最後にステージの天井から降ってきたものです。
    薄いウレタン材質のハート型でかなりたくさんフワフワとゆっくり客席に飛んできました。

    こんなのが飛んでくると、まるで子どもの頃にヘリコプターが上空から撒いていた何かの広告が印刷されてる薄い紙を嬉々として広い集めたことがあったのを懐かしく思い出しました。

    昼は何枚かGETなさった舟友さんから1枚いただきました。夜は私が2枚GETしたので、それは舟友さんに差し上げました。
    中野ファイナル恒例の2015年のグッズも発売されていましたので私は今年も卓上カレンダーを買いました。


    舟木さんが70才になられての初コンサートになりましたが、その歌声の深い響きと表現力の豊かさに驚かされました。
    50周年を過ぎた頃から歌うことがとても楽しくなってきたと小堺くんの番組でも言ったんですが…と先日の「ごきげんよう」の時のことも話されましたが、本当にのびやかでつややかな歌声は奇跡のように素晴らしく舟友さんたちも皆さん感動されていました。

    詳細レポートはまた後日に

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    2014ファイナル・コンサート   中野サンプラザ   12月14日(日)  14時/18時
     
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    先週末は寒波襲来というニュースが伝えられていましたから、遠方から東京に向かわれた皆さんは、気をもんでいらしたのではないでしょうか?それほどの影響もなくて、昼の部の開場待ちをしている時には、太陽が照りつけて、風もなく、防寒用のコートを着ていると暖かいをとおりこして暑いほどでした。
    自分のことを棚に上げてですが、毎回、思う事は、座席指定なのに、開場の随分前から、お客さんが長い列をなして並んでいる光景には驚きます(笑)舟木さんに会えるというワクワク感と熱気が伝わってきます。
    私としては、12月2日に、NHK「歌謡コンサート」で、聴かせていただいた「高校三年生」「学園広場」が、舟木さんの60代最後のナマの歌声でした。そして、この12月14日が、舟木さん70代最初のナマの歌声ということになりますから、なぜか、気持ちもあらたまった感じで、私も列に並んで開場を待ちました。
     
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    いつものように、舟木さんのトークを交えて、ステージの報告をさせていただきます。
    昼と夜と拝見しましたので、ミックスしての報告です。
    ~ピンク文字は舟木さんのトーク部分です~
     
    イメージ 3オープニング
    ~想い出通り
     
    衿は黒サテンの柿色のジャケット、黒のベストとパンツ、モノトーンのポケットチーフで登場。
    前の3回のソロ・コンサートでは、オープニングは「立ち話」でしたが、「想い出通り」に変わっていました。
    「想い出通り」は、舟木さんの自作で、コンサートでも、く歌われているのできっとお好きな曲なのですね。
    6月にニューシングルとして発売された「眠らない青春」と同じく、アルバム「レマンのほとり」(1976年)
    に収録されていますが、シングル化はされていない、隠れた名曲だと思っていましたので、今回もオープニングで聴けて、嬉しく思いました。
     
    すっかり冬、寒くなりましたね、コートやストールが必要になってきました。ぼちぼち年末、大事な日曜日、
    お時間を割いて下さってありがとうございました
    (拍手)一昨日(おととい)とうとう70(才)になりました。70になって最初のステージです。70になったからって別にどうってことないんですが、68だ、69だと言われてましたが、やっとこれですっきりしました(笑)
    ソロ・コンサートは、今年は3回しかやってないんですね。3月にやって以来かな?忘れているかも……イントロが出たら、それを唄っていくということで、ムセキニンにやっていきます(笑)ごゆっくり、どうぞ!

     
    プレゼントタイム~メドレー
     
    東京は恋する
    ブルートランペット
    くちなしのバラード
    花咲く乙女たち
    友を送る歌

    昼・夜とも、ステージのテーブルにのりきらないほどのたくさんのプレゼントでした。
     
    いつもながら心のこもったゴージャスな舟友さんの花束
     
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    若い頃唄った、唄い方でするのがいいのかもしれませんが……僕がデビューした時は、三橋さんとか村田さんは結構、年をとっていたと思ってましたが、当時、三橋さんは33歳、ひばりさんが27歳、お千代姉さんは2つ下くらいかな?今や、コロムビアで私は最年長。まさか、ここまでと思わずついチャランポランでここまできてしまいました。こういうコンサートも一日一回ということにしないと……でも、心配することもないんです、お客様の方もくたびれてくる(笑)まァ、ノンビリ行きましょう!最近、お客様の間で交わされている
    ことが、ロビーでうろうろしているスタッフなどから入ってくるんですが……舟木さんが、男性の方は舟木が
    でしょう…舟木さんは神様、人によっては舟木先生になってる(笑)…まあなんとでも言って下さい(笑)
    アイツが…でいいんですけど、70になったわけですから、来年からは、やさしく扱ってください(笑)
    ここはひとつ落ちついて、いってみます・・・

     
    その人は昔のテーマ
     
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    イメージ 6百人浜に打ち寄せる荒波の音が、しばらく続いて、白を基調に、真紅のライトがアクセントとなった照明に舟木さんのシルエットが浮かび上がり……目をつむって舟木さんの歌声に集中していると、今の舟木さんの歌唱が、当時の懐かしい映像にシンクロします。懐かしい「その人は昔」とは、また違ったあらたな「その人は昔」という物語に成長したような新鮮な感覚で聴かせていただきました。舟木さんも船村先生の歌は「難曲」が多いとおっしゃっていましたけれど、この曲は、舟木さんでなくては唄いこなすことのできない「難曲」中の「難曲」のように思います。聴けば聴くほどにドラマチックで「流行歌」という枠の中におさまりきれないスケールの大きな作品だと感じます。そして、舟木さんの歌唱は、どこまで完成度が増していくのかと驚きを覚えました。「芸としての歌唱」、その高みに向かって進化を続けている作品の代表のように思います。

    イメージ 7……んなワケで…とラスト、魅力的な後姿のシルエットで余韻を残したあと、客席の方にくるりと身体を向けてトークに切り替えるのもお見事!
    60(歳)ぐらいの時から、現役のうちに1回、「その人は昔」を通しで……と思ったりしたんですが、お相手の女性もいりますし、第一、私がもつのかどうか…来年は、船村徹スペシャルをやらせていただきたいと思ってます(拍手)船村先生の作品は、山が大きいのに裾野が広い歌い手にとって難曲が多い……北極が少ない(笑)~例によってダジャレです~組曲アルバムというお話の流れで「雪のものがたり」「竹久夢二の郷愁」などの話題も出ました。夢二の郷愁」は、それほど長くないので、やってみようかというフシも……(拍手)
     
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    昭和の流行歌というものが、いかに素晴らしいか、昭和の生き残りがお互いに頑張りましょう!(笑)
    私が、こういうコンサートをやっている一番上の世代になってきました。僕が知る限り、ステージに立って唄
    っているのは、曽根史郎さん、84、5歳でしょう。30分のステージ、大丈夫かな?と…大変なんですよ、お客様の目線に堪えるだけで十分に体力を消耗するんです(笑)
    昭和の流行歌の時代、その中で皆さんと出逢って長い旅を続けてこられたのは歌い手冥利に尽きますが、そんな流行歌の王道、その辺の歌をつなげてみようと…
     
     
    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん
    眠らない青春

    イメージ 4「高原のお嬢さん」は、ややアップテンポで、ライトも七色の華やかさで演出されていたように思います。
    「眠らない青春」のラスト、サックスの方向に視線を投げる舟木さん、ノリノリでドライブするのを待つ間に右手を腰に当てて、笑顔で見守るまなざしが温かくステキでした「オレより目立つなよ!」と云いつつ「サックスは小林哲夫」と紹介なさいました。その後、小林さんのお母様から誕生日に手編みの靴下をプレゼントされたというお話もされ「舟木さんが冷えて、子どもが産めなくなるといけないから…」などとジョークも交えて(笑)また、メンバーからは、楽屋用のジャージの上下のプレゼントをいただいたそうです。
    最後に、「起立」!とバンドメンバーに声をかけて、「約1年、お疲れ様でした、本人がワガママなものですから色々とあったと思いますが……」とねぎらいの言葉を。
     
    ここでジャケットを黒に着替えてシックなスタイルになって…
     
    イメージ 9少し痩せましたか?と言われますが、9月、10月と一ヶ月公演があって、いつもその後は少し体重が落ちて、もどるのに2週間くらい時間がかかります。お正月に雑煮太りでもしようかと…70過ぎて太るのはあまり良くないんですね……食べたいだけ食べて、ほっとけば痩せる…羨ましいでしょ(笑)ハハハ……
    ~おっしゃる通り、チョー羨ましいですねぇ~
     
    ここんとこずっと「日本の名曲たち」というのをやってますけど、唄ってて僕も楽しいんですよ。楽しんでステージにのっけさせていただいています。中日劇場で「ふるさとの燈台」を唄いましたが子どもの頃の風景が出てくるんです。こないだ、小堺くんの番組で、チラッと言ったんですが、プロの歌い手というのは、唄ってて楽しいってことはないんですね。お客様への責任感とか声が衰えてくるとテクニカルなもので付け足していく……でも、もうこの頃は、お客様はどうでも、私が楽しければという不埒な考えで(笑)
     
    結局、歌い手自身が、一定の技術とキャリアを積んでさえきたら、後は、のびのびと御客様と楽しさを共有するという気持ちが最善のステージを生みだすためのエネルギーになるような気がします。ひとりよがりでなく双方向の想いがクロスすることでいい空間が生まれるということなのでしょう。
     
    今回は曲を変えようかと思ったんですが、せっかくピータケちゃんとスーやんが素敵なアレンジをしてくれた
    ので、もったいないですから…「宵待草」「ゴンドラの唄」「浮世まかせ」とつなげてまいります。
     
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    宵待草
     
    ゴンドラの唄
     
    浮世まかせ
     
     
    イメージ 14ここで、ピー(P)タケちゃん、スーやんという「ABOUT-9」バンドメンバーのお名前が出たので、もう、5年前の記事ではありますが、お二人のインタビュー記事から抜粋してご紹介します。
    あらためて舟木さんとの強く深い絆を感じさせるお二人の言葉を嬉しく拝見しました。
     
    ~写真集「瞬華愁透」の「瞬」(2009年6月発行)より~

    Pタケちゃんこと杉本健さん(ピアノ)
     
    ・アレンジ
    最初の頃は、本人と一緒に「あ~じゃないか、こうじゃないか」と音作りをしてた。「まかせるから」と言われることが多かったけど。~中略~「絶唱」も2~3種類、アレンジしている。スーやんも含めて、同じ曲を数回、アレンジしてるんだよね。その度にカラーを変えたり…。もうすごい数のアレンジをしてきたから、最近は、「どういう風にしたいですか?」って抽象的なんだけど、訊くようにしている。オリジナルに沿っていくのか、まったく変えるのか。訊けば、「オリジナルの雰囲気だけを残しつつ、あとはPちゃんの好きにやってくれ」とか、答えてくれるので、それでも合わないときは、当然あるんだけど(笑)
     
    ・自然体で
    舟木さんがどんな人か…わかりやすようで、わかりにくい人…って感じかな(笑)
    後ろで演奏するようになってもう長いから、自然体でできる。本人がデビューしたのは、俺が生まれる5ヶ月前で(笑)年齢は離れているけど、ミュージシャン同士という感覚。信頼してくれているし。
    愛があるあたたかい音?う~ん、そうかもしれない。それは本人がそうだから。そういうところがあるから…ほかの歌い手さんはあまり知らないけど、そういう人ってあんまりいないんじゃないかな、本人がバンドと一緒に飯食ったり、関係もいいしね。
     
    ・好きな作品
    アレンジを担当して好きなのは「浮世まかせ」と「蜃気楼」。「蜃気楼」のレコーディングでは、ピアノも弾いたし。自分のアレンジ以外では、小編成でやる「絶唱」。抒情歌系が好き。聴いていて、気持ちいい声だなって思う。

    ・唄い終わるまで
    ずっと「おもしろことやろうよ」というすごい勢いがあって、楽しかった。相当、楽しませてもらったし、今は違う意味で楽しませてもらってる。いい感じです。歌もすごくいいし。最後のステージのピアノ伴奏は俺じゃないと、俺がやるんだろうな、俺がやりたいな…と思っている。本人が「終わるよ」と言うまで、ずっとね。
     
    向かって右がPタケちゃん、左がス―やん
     
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    スーやんこと陶山進さん(キーボード)
     
    ・アレンジ
    アレンジをするようになったのは…35周年くらいまではフルバンドで、今のバンドスタイルに固まってから11年目。そのころからかな。ABOUT・9の前は、8人しかいなかったから”チョンボーイズ8(エイト)”という名前を付けられちゃって。どっちも命名はもちろん、舟木さん(笑)一番気に入っているアレンジは…意外とほとんどなくて。アレンジというのは、考えれば考えるほど、いろんなものが出てきて。~中略~強いていえば「荒城の月」は気に入っているかなぁ。考える時間も長かったし。
     
    ・好きな作品
    「浮世まかせ」。舟木さんが作曲したときに、ちょうど一緒にいて。「ちょっとコードつけてくれ」って言われて、横でピアノを弾きながら「ここは上いかないで、こっちいこう」と言いつつ、作ってたなぁ。「浮世まかせ」って、メロディだけだと、とてもシンプルでやさしいんだけど、歌詞がついて舟木さんが唄うと、ああなる。つぼみだった桜が一気にぷあ~っと咲いて…っていう景色が目に浮かびます。それから「あいつと私」のメロディラインが好き。「GOOD-BYE・SONG」はなんといっても歌詞がいい。大好きな曲。
     
    ・舟木一夫とは
    俺、小学甲6年生のとき、おやじがいなくなったんで…誤解を恐れずに言えば”親父”、みたいな存在ですね。ちょっと…うちの親父とダブるところがある。なんとなく同じ”匂い”がする気がして。がーっと怒るときは怒るけれど、あとを引かないしね。
     
    ・舟木さんへ
    細く、長く、1日でもステージに立っていて欲しい。舟木さんは一切、テープを使わず、すべて生で唄っているでしょ?だから無理せず…って言っても無理だろうけど(笑)舟木さんさえよければ、ずっとお伴します。

     
     
    3曲目の「浮世まかせ」は、40周年のときに、自分で作った曲。こんなのは名曲でもなんでもないんですが
    「宵待草」「ゴンドラの唄」とつながりがいいのでおいただけなんですが…。メロディーが単純なんですね。
    その方が、詩が浮き出るんですね。「荒城の月」を来年あたり、どこで唄おうかと考えているんですが……
    「♪ハルコウロウノハナノエン(春高楼の花の宴)♪」と唄いながら、バンドがないとオンチでしょ(笑)いつ
    ものようにごジョーダンを……全部四分音符だとむつかしいんですとふたたび、舟木一夫流に素敵に唄ってみて、スラーとか入れてね…などど唄い方レクチャーもなさって…(笑)こういう舟木さんって本当に歌が好きなんだなぁ、ステキだなぁ…と思う私です「学園広場」のほうが「高校三年生」よりむつかしいんです。

    ここでジャケットをラメ入りのモスグリーンに着替えます。胸には黄色のバラ。

    ここは、あの頃……とご自分の手のひらで顔を隠す仕草をして…こうやって唄いましょうか?可愛いかったあの頃を思いだしてもらって(笑)…とお茶目な舟木さん、今も十分に可愛いで~す
     
     
    イメージ 16明日咲くつぼみに
    あゝ青春の胸の血は
    君たちがいて僕がいた
    高校三年生
    学園広場

    こうやって、うたっているとほんとにいい作品に恵まれた歌い手だなぁと…皆さんと長い旅をご一緒するには作品の量と質が揃っていればこそ。僕自身が、皆さんが、時代を背負(しょっ)てるわけですからね。がんばってください!
    僕は詩にこだわるタイプでもあるんですよ。25、6(歳)の頃「青年の唄」という曲の3コーラス目に「人生小さく思ったことが恥ずかしい」という歌詞があった。こんなの20代の奴に唄えるハズがない。レコーディングの時以来、唄ってません(笑)
    いわゆる「学園ソング」、そのあと、「北国の街」「哀愁の夜」「高原のお嬢さん」とくる、そして、ある時映画がらみでかたまって抒情歌というのがくるわけです。そのあたりを…

    初恋
    夕笛

    吉野木挽唄~絶唱

    イメージ 17夕笛を唄い終わると、くるりと後ろ向きになって、あの素敵な背中を客席に見せたシルエットで「吉野木挽唄」のアカペラが始まります。舟木さんのアカペラが大好きな私、しかも「吉野木挽唄」から「絶唱」へとつなげる、いわば完全ヴァージョンの「絶唱」といってもいいこの構成を、今年の2月に初めて大宮で聴けた時の感動が甦ってきました。
     
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    アンコール
    ~君よ振りむくな
    スタンディング&サインボール
     
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    一旦下りた緞帳。アンコールの拍手のあと、ジャケットを脱いで、軽やかにベストスーツで再び登場した舟木さん。最後の最後に、白いハート型のものがステージの天井からツーッというか、とってもゆっくりと降り注いでくるという心憎い演出というオマケまで付いた楽しい中野サンプラザ・ファイナルでした。
    私も、夜の部では、2枚、キャッチできました。想い出深い2014年の素晴らしいソロ・コンサートの記念
    になることだと思います。
     
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    2014年の数少ないソロ・コンサートでしたが、幸運にも、その4ヶ所、8公演に全て足を運ぶことができました。構成そのものが、今の舟木さんの魅力のすべてを最高のクオリティで聴かせることにつながり、大成功をおさめたともいえると感じています。
     
    今回のコンサートで、強烈に思ったことは、いわゆる「円熟の域」という概念を超える宇宙です。
    「歌い手・舟木一夫」という人は、芸術的なセンスも、もちろん抜群で、コンサートにおいても総合プロデューサーのようだと感じていますが、もう一方で「職人気質」の歌い手でもあると今回の中野で痛感しました。
    「どこまで唄っていけるのか、いつまで唄っていけるのか」ということを舟木さんご自身も、私たちファンも現在の最大のテーマにしていることは否めないのですが、今回の中野ファイナルのステージを拝見して思ったのは、まだ進化を続けている舟木さんをあらためて発見してしまった嬉しい驚きです。「これでいいという境地はない」というのが、職人の世界ですが、まさに舟木さんのステージを拝見していると職人のようだと感じます。歌い手の力量を表現する、そのピークというのはどこにあるのか?私自身、ちょっとわからなくなりました。私は、物理的な意味での歌い手のピークは、30代半ばあたりから50代にさしかかる頃のように思っていました。実際に、あくまで音源として残っている舟木さんの歌唱を聴かせていただくと、その頃の歌声が私としては、最高のように感じていました。年齢を重ねてきて、声の衰えを補うために歌い手はテクニカルに足し算をするものだけれど、そうではなく削ぎ落していって響きを大切にすることが、いいステージになることだとわかった……というような意味合いのことを舟木さんご自身が先日のテレビ番組でも、今回のステージのトークでもおっしゃっていましたが、今回の中野ファイナルが、その舟木さんの気づきというかあらたな持論を明白に証明してくださったのだと思いました。これまでにない、強烈な驚きでした。
     
    私がこれまで思いこんでいたプロの歌い手のピークという概念を、あの軽やかな笑顔で見事に吹き飛ばしてくださったことに、とまどいながらも、嬉しさの方がハンパじゃなく大きいのです(笑)
    まさに頭を打たれました。「参りました!」です。
    70歳を迎えて、初めてのステージに臨む舟木さんの胸に去来したものが、あったのかどうか、私などには知る由もないのですが、「ひたすら楽しく唄いたい、唄うことを楽しみたい」という舟木さんのふっきれた想いが、あのような驚くべき歌声となって聴く側の私たちにも幸せな時空間をプレゼントしていただけたという結果になったのかも知れません。
     
    ひとりの歌い手が歩んできた道のりの風景を、すべて包みこんだような表現力の極みの宇宙に漂わせていただけ、一期一会に居合わせることができた幸せに感謝するばかりです。
     
     
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    寒波の襲来、豪雪、高潮など、各地で人命にも関わるような、自然災害が発生しています。被害に遭われた皆様に心からのお見舞いを申し上げます。
     
    私の住む、三重県の北部、地理的には愛知県よりなのですが、6日には、初雪がほんの短い間、舞ったのですが、一昨日の夜中から降り始めた雪が、昨日の朝には、屋根に15cmほども積っていました。道路脇にも10cmほど積雪があり、ほぼ一日中降り続いていました。雪国に住む皆さんのご苦労を思うと雪の風情を楽しむような気持ちになれない、昨今の猛々しい雪の降り方だという想いがします。
     
    わが家の庭も雪化粧。雪がうれしい犬の亀次郎クン。ちなみに猫の名前が鶴松クン。ふたり併せて鶴次郎(笑)
     
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    さざんかに積もった雪
     
     
     
     
     
    でも、寒さもいくらかやわらいできたようですから、20日と21日の大阪・新歌舞伎座でのBIG3のコンサートにお出かけになる方もホッとなさっているのではないでしょうか。2014年のBIG3ファイナルは、早くからチケットも完売してましたから、きっと盛り上がる事でしょう。行かれた皆さまの報告を楽しみにしています。
     
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    さて、本題に……
    中野サンプラザ・2014年ファイナルコンサートが開催された12月14日(旧歴では1月30日)は、赤穂浪士の吉良邸討入りの日でした。
    赤穂浪士、あるいは忠臣蔵は、舟木さんとはゆかりが深く、先ずは、あの初々しい矢頭右衛門七の姿が真っ先に思い浮かびます。
     
    イメージ 5右衛門七討入り  (NHKドラマ「赤穂浪士」映像付)
    https://www.youtube.com/watch?v=-FxY-6ZWvos
     
    続いては、20代の前半に明治座の座長公演で演じられて以来、四十代の頃、そして復活後も何度か演じられている「忠臣蔵異聞・薄桜記」の丹下典膳。同じく舞台公演での「喧嘩安兵衛」の中山安兵衛、その二年ほど後には、タイトルに掲げたように、清水一学をテレビの時代劇で演じていらっしゃいます。
     
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    その中から、今回は、舟友さんのご厚意で、拝見することができた1999年の1月2日放映されたお正月番組「12時間超ワイドドラマ/「赤穂浪士」(テレビ東京系列)で舟木さんが演じられた清水一学について少し記してみます。

    主なキャスト
    大石内蔵助:松方弘樹/千坂兵部:里見浩太朗
    吉良上野介:田村高廣/四方庵宗偏:森繁久彌など
     
     
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    イメージ 8里見さん演ずる千坂兵部は、「忠臣蔵異聞・薄桜記」に登場しているので名前に聴き覚えのある方も多いかと思います。上杉家江戸家老で、片腕を切り落とされた典膳を自宅で介抱し、騒ぎが大きくならないよう尽力した典膳の恩人ともいえる人物。典膳にイメージ 9上野介の警護役になってくれるよう依頼したのも千坂兵部でしたね。
     
     
     
    ホームビデオのダビング映像のため画像が不鮮明ですが
    上が里見さんと舟木さん、右が田村さんと舟木さんです。
     
    また、9月の演舞場で、徳川吉宗を演じた田村亮さんのお兄さんの田村高廣さんが上野介を演じていらっしゃいます。「時代劇の代表的悪役」を、高廣さんが演じておられたのには驚きました。残念ながら、このテレビドラマは全六部の12時間という大長編なので、私が拝見させていただいたのは舟木・一学の出演場面のみでしたから松の廊下の刃傷事件にいたるまでの経緯や、このドラマでの上野介の描かれ方は、わからないのですが、高廣さんの上野介であるなら、ステレオタイプの吉良像ではなかったのではないかと想像します。ドラマの終盤で舟木・一学は、常に上野介の側近くに控えて警護をしており、上野介を「ご隠居」と呼び、寝所番もして心底から忠義を尽くす家臣としての精彩を放っています。

     
    その、清水一学とは、どのような人物だったのか、いつものようにウイキペディアに助けてもらいます。
     
    イメージ 10清水一学(しみず いちがく) 
     
    延宝6年(1678年)~元禄15年(1703年)12月15日。江戸時代前期の武士。
    高家吉良義央の所領である三河国幡豆郡宮迫村(現・愛知県西尾市吉良町宮迫)の農家に生まれる。幼名は藤作。武芸を好み兄・藤兵衛が吉良家の陣屋のひとつ岡山陣屋に勤めていたため、一学も幼少より剣術を習いに同陣屋に通ったという。二刀流だったと伝わる。
    元禄5年(1692年)、吉良義央の妻・富子(梅嶺院)の目に止まり、士分取立てのうえ吉良家家臣として召抱えられ、江戸呉服橋の吉良邸で中小姓7両3人扶持で義央に勤仕するようになった。取り立てられた理由は一学が義央の子で夭折した吉良三郎に似ていたためといわれる。
    元禄15年(1703年)、赤穂浪士による吉良邸討ち入りの際に討ち死にした。享年25。
     
    ←五代目菊五郎演ずる清水一学(豊原国周画)
     
     
     
     
     
    イメージ 12ネットで「清水一学」「赤穂浪士」「忠臣蔵」というキイワードで、色々検索してみたところ、舟木さんの一学は、舟木さんファンというのではない方で、いわゆる時代劇ファンの評価がとても高く「舟木一夫の清水一学は秀逸だ」と数人の方が名前をあげていたのが、我が意を得たりと、嬉しく思いました。
     
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    一学は二刀流の遣い手として知られています。清水一学といえばこのポーズ!
     
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    また、映画やテレビなどの「忠臣蔵」に関連する作品で、過去に清水一学役を演じられた当時の俳優の年齢が記載されているサイトを見たところ、舟木さんの55歳というのが最年長でした。実際の一学は、享年25歳となっています。舟友さんにお借りした「赤穂浪士」の映像は、ホームビデオからのダビングですから、鮮明な画像ではありませんが、舟木さんはとても55歳には見えません。
     
    イメージ 15十四、五歳で、家臣として取り立てられ剣の腕前を磨きながら吉良義央の側近くに仕えていたのですから、視点を変えれば、一学もまた吉良家の「忠臣」であったわけです。命に代えても主人を守ろうという気概は、泰平の世と言われた元禄時代にあっても人並優れてあった武士でした。映像を観ていて、舟木さん演じる一学の眼光の鋭さは、恐いほどで、おそらく先にあげた、「舟木一夫の清水一学は秀逸イメージ 16だ」という評価は、舟木さんが放っている気魄というか存在感が強烈だったことからくるものだったのではないかと思います。また、舟木さんの殺陣が、映像というメディアでは、他の俳優と比べて大げさに感じたけれど、それが良かった。という感想もネット上にありました。おそらくリアルさよりも型として美しく決める、古き良き時代の殺陣、歌舞伎の様式美を思わせるそれまでの舞台経験で得たのであろう舟木さんの太刀さばきに、私も、映像を観ていて魅了されましたから、そういった感想が出てきたのだろうと感じました。最近の時代劇の殺陣をみているとあまりに生々しく、私的には目をそむけたくなります。そこまでリアルにする必要はないのではないかと感じています。舟木さんの立ち回りには、リアルを超えた「芸」の力、剣舞のような美意識が感じられます。
     
     
    イメージ 17もちろん、剣術の達人と言われた清水一学も、周到に計画された不意討ちという手段で、赤穂浪士によって殺害されるのですが、その闘いぶりは、凄まじさの中に舟木さん特有の美しい殺陣の型を十分に盛り込み、私のような舟木さんファンでなくとも、見応えのある場面として強い印象を観る側に残したのではないかと思います。
     
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    舟木さんの清水一学を観たあと、「忠臣蔵」において、というか時代劇における吉良上野介という最強のヒール役の側から見た「忠臣蔵」とは、どうだったのか?ということが、とても気になりました。
    以前から、上野介は、領民からは名君として尊敬されていた、むしろ浅野内匠頭は生来短気であったと言われそういう例が書物に記されている資料が残っているとも言われているので、吉良方からの視点の小説などがないかを市民図書館で検索をかけて調べてみたら「上野介の忠臣蔵」(清水義範著)というものが、ありました。初版本が発行されたのは、奇しくも上記で紹介したテレビドラマ「赤穂浪士」放映とほぼ同時期です。

    以下が、簡単な物語の内容紹介です。(書評やamazonサイトなどから引用してまとめています)
     
    「上野介の忠臣蔵」(清水義範著) 1999年2月20日第一刷発行 (文芸春秋社)
     
    イメージ 19好漢・清水一学が恋を捨て赤穂浪士と対決!
    清水一学を主人公に、赤穂浪士による吉良邸討ち入り事件を吉良側の視点で描いた歴史小説。
    剣の腕を見込まれて百姓の伜から江戸詰めへと取り立てられた清水一学にとって、上野介は領民から「赤馬のお殿様」と慕われる名君であった。その上野介は隠居の日を楽しみに高家の激務をこなしていたが、時折ひとの名前を失念することがあって…。
    清水一学の中で、大石内蔵助、という名前が、次第に大きくなっていく。どんな顔の男なのかも知らないのに、おかしな話だ。ましてやほかの赤穂浪士たちなど、顔も名も、何も知らない。討入ってくるかもしれない凶徒の集団―いわば、顔のない暴力である。おそらく、むこうもまた吉良上野介の顔を知らない。互いに相手を知らず、ただ世間の噂に動かされているのだ。吉良家小姓、好漢・清水一学が恋を捨て赤穂浪士に立ち向かう。
     
     
    一学が吉良家・家臣として取り立てられる頃から、元禄・赤穂事件に至る経緯等が時系列で、わかりやすいキイワードをタイトルに掲げて、描かれているので、小説のようでもあり、事実に基づいた記録のようでもあり、またボリューム的にも重くはない作品なので、興味があればぜひお読みになってくださいね。
     
    イメージ 21イメージ 20目次   
    第一章   一学
    第二章   上杉家
    第三章   高家
    第四章   饗庭塩
    第五章   呉服橋屋敷
    第六章   元禄十四年
    第七章   刃傷
    第八章   隠居
    第九章   元禄十五年
    第十章   襲撃
    第十一章 その後
     


    イメージ 22「上野介の忠臣蔵」 第十一章その後 より一部抜粋
     
    ~将軍綱吉は、討入りのことを報告されて、次のように言ったという。
    「その忠誠義烈のさま、世も末の近頃には珍しき程のことにて、彼等そのまま助け置きたく思えども、政道のことを思えば腹切らせねばならぬ定めなり」
    その忠誠は賞賛に値するものだと言っているのである。
    何を考えているのかよくわからない将軍である。自分が以前に下した裁定とは矛盾することを平気で言っている。一度は、浅野はけしからんから切腹で、吉良は抵抗しなかったからと褒めておいて、二度目にはそれと全く逆の反応を見せるのだ。筋を通すなら、浅野の残党は前の件での余の裁定を不服として一度無罪となったものを討ったのだから、余に反逆したことになる、と考えるべきであろう。なのに、その忠誠は立派だ。と言ってしまう。気分次第の独裁者は、前のいきさつとは関係なく、今度の事件に感動しているのだ。そして、将軍だけではなく、幕府全体がこの事件をそんなふうに捉えた。
    大石らは、武士の鑑である、という受け止め方をするのだ。儒者の荻生徂徠は幕府に意見を求められて次のような論を述べた。
    大石らは忠義ではあるが、法的には公儀の許可なく騒動を起こしたのだから有罪である。無罪放免としたのでは法が崩れる。ただし、名誉ある切腹という処罰にするのがよい。
     

    これが、幕府のこの事件に関する評価になっていった。綱吉の言っていることも、これと同じ内容である。
    幕府は、世論にすり寄っているのである。
    吉良は悪党で浅野はついに我慢しきれず刃傷に及んだのに、浅野ばかりが罪とされ切腹させられた。あまりに理不尽である。それに対して大石らはついに主人の無念を晴らしたのであり、立派である。
    それが世間の論調であった。庶民は、大石たちを英雄と見てしまっている。
    もしここで、大石たちに厳しい処置をすれば、世間の幕府への風当たりはものすごいものになってしまうだろう。将軍綱吉への批判もふき出してくるだろう。だから、大石らは立派だ、立派だが切腹だ、という裁定になるのである。以前の裁定と矛盾していることには目をつぶったのだ。
    そういう意味では、赤穂「義士」というのは、世間が必要とし、世論が生んだと言ってよいかもしれない。~
     

    ~以下は「上野介の忠臣蔵」を読んでの私の個人的感想です~
     
    浅野内匠頭が吉良上野介に松之廊下で刃傷に及んだ時、上野介の年齢は満61歳。当時としては十分に高齢で、少し頑固で、ややボケも進んできたけれど、刃傷に及ばれるほどのうらみを買うようなことはしてなかったという見解もあるようです。上野介の側から言えば、なぜこのような目に遭わねばならないのかという気持ちだったかも知れません。吉良家の家臣ももちろん、そう思っていたのではないでしょうか。物語の中で、一学は、もちろん、自分にとって大切な主人を逆恨みして襲い、大怪我をさせた内匠頭に激怒しています。
    ただ、名門の家柄の生まれであり、幕府と天皇家の間の使者職に任ぜられ、長年「高家」としての役目を果たしてきた上野介ですから公家のような少し人を見下したような態度や、武家らしくないところがあって赤穂とう田舎の大名であり、質実剛健をもって誇りとするような内匠頭とは相容れず、お互いにムシが好かないという部分があったというのもまた、事実でしょう。
    賄賂を強要する強欲な上野介というイメージが、一般には浸透していますが、指南役なのですからなんらかの御礼(音物=いんもつ)をしたりすることが、あっても当時の武家社会の上下関係の中では当然だったともいえるように思います。
    また、上野介は勅使饗応役の責任者であり、無事にその役目を務めることで、自分の体面も保てるわけです。逆に、自分が指南した内匠頭の失敗は、自分自身の失態になるのですから、わざと間違った事を教えるなどという子どもじみた意地悪をするとは考えにくいのではないでしょうか。
    いずれにしても、「忠臣蔵」は、浅野家と吉良家とのトラブルという単純なことから起こった事件ではなく、
    「松之廊下の刃傷」の時点での幕府(将軍綱吉と柳沢吉保)の裁定が、適切ではなかったことや、その頃の幕府の事情として将軍綱吉の評判の悪さ、また側近の柳沢吉保の影響力等も複合的に絡み合った中での「吉良邸討入り容認」という結果になったような気がしました。
    魅力的な舟木さんの清水一学を拝見したことによって、「知ってるつもりの忠臣蔵」を、あらためて裏側から眺める機会にもなり、「十二月・忠臣蔵月間」のひと時を楽しむことができました。
     
    清水一学を演じた頃の舟木さん
     
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    ~最後に、おさらい~
    吉良上野介・義央(よしなか)~ 「松之廊下の刃傷」事件から「赤穂浪士討入り」までの経緯
    (ウイキペディアより抜粋、春日局まとめ)
                                                               矢を放たれ、致命傷を受けてもなお立ち向かう一学、しかし終に絶命…

    イメージ 24江戸時代前期の高家旗本。高家肝煎。元禄赤穂事件の一方の当事者であり、同事件に題材をとった創作作品「忠臣蔵」では敵役として描かれる。吉良上野介と呼ばれることが多い。
     
    元禄14年(1701年)2月4日、赤穂藩主・浅野長矩と伊予吉田藩主・伊達村豊両名が、東山天皇の勅使である柳原資廉・高野保春、霊元上皇の院使である清閑寺熈定らの御馳走人を命じられた。上野介はその両名の指南役という立場であった。
    義央は高家肝煎の筆頭だったが、その頃は朝廷への年賀の使者として京都におり、江戸に帰着したのは2月29日だった。そして、長矩は過去に一度、勅使御馳走人を経験していたのだが、以前とは変更になっている点も少なくなかったこともあって手違いを生じていた。ここに事件の発端となる擦れ違いが生じたと見る向きもある。
     
    3月14日午前10時過ぎ、松之大廊下において、義央は浅野長矩から背中と額を斬りつけられた。長矩は居合わせた留守居番・梶川頼照に取り押さえられ、義央は高家・品川伊氏、畠山義寧らによって別室へ運ばれた。
    外医・栗崎道有の治療もあって命は助かったものの、額の傷は残った。その後、目付・大久保忠鎮らの取り調べを受けるが、長矩を取り調べた目付多門重共の「多門筆記」によると、義央は「拙者何の恨うけ候覚えこれ無く、全く内匠頭乱心と相見へ申し候。且つ老体の事ゆえ何を恨み申し候や万々覚えこれ無き由」と答えている。(*多門筆記は事件のだいぶ後に書かれたもので、他者の作も考えられる)。
    長矩は即日切腹を命ぜられた。
     
    イメージ 25義央は3月26日、高家肝煎職の御役御免願いを提出。8月13日には松平信望(5000石の旗本)の本所の屋敷に屋敷替えを拝命。受領は9月3日であった。当時の本所は江戸の場末で発展途上の地であった。
    この本所移転は、幕府によって計画的に行われたという説が有力となっている。理由のひとつは表門の移設である。松平登之助の屋敷だったときは屋敷の正面は南であったが、吉良屋敷になって東に変わった。これは元禄14年前後の江戸の地図を見比べると明らかに変更がなされており、松平登之助の屋敷の正面が南であったことは昭和43年に公開された幕府普請奉行の役所用資料「御府内往還場末其外沿革図書」にも記されている。
     
    また、吉良邸の絵図面を見ると東に表門がありながら、表玄関の正面が南になっている。表門を入ってから左に回りこまなければ玄関に入れない。元禄15年(1702年)12月13日付で大石良雄が赤穂の3人の僧に宛てた書簡には「若老中(若年寄)もご存知のようでうまくいくと思う」という意味のことが書かれている。
    イメージ 26この屋敷替えに合わせるように、8月21日、大目付の庄田安利、高家肝煎の大友義孝、書院番士の東条冬重など義央に近いと見られた人物が「勤めがよくない」として罷免されて小普請編入となっている。

    12月11日、義央は隠居願いを提出した。これは依願退職のようなもので、即座に受理された。養嗣子・義周が家督を相続した。
    元禄15年(1702年)7月に浅野長矩の弟・長広が浅野本家に預かりとなった。

    これと前後して茶人・山田宗偏は本所に茶室を構えていたので、義央から吉良家の茶会にしばしば招かれていた。12月14日に茶会があるとの情報が宗偏を通じて、宗偏の弟子・脇屋新兵衛(その正体は47士の1人大高忠雄=大高源吾)につかまれていた。元赤穂藩筆頭家老・大石良雄はこの日を討ち入り日に決定した。
     
    清水一学を演じた頃の舟木さん
     
    イメージ 27
     

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    タイトルから、外れますが、忘れないうちに……
     
    お見逃しなく!12月2日に収録された「NHK総合 歌謡コンサート」
    12月23日(火・祝) 午後8時~8時43分放送 
     
    ~「歌謡コンサート」HPより~ 
    「作曲家・遠藤実の世界」
    今年、七回忌を迎える作曲家・遠藤実が生み出した5000を超える楽曲から選りすぐりの名曲をとどけます。「高校三年生」 「中学三年生」 「ソーラン渡り鳥」 「一週間に十日来い」 「灯りが欲しい」 「北国の春」
    など、人々の心に今も残る名曲を舟木一夫、森昌子、こまどり姉妹、五月みどり、五木ひろし、千昌夫、など人気歌手が情感たっぷりに歌いあげます。
    また、全50曲中7曲が遠藤実作品であった昭和38年の紅白歌合戦から貴重な映像の数々をお届けします。名曲たっぷりの歌謡コンサートをお楽しみに!
     
    ~歌謡コンサート・ブログのサイトより~
     
    イメージ 1
     
    いつもNHK歌謡コンサートをご覧いただき誠にありがとうございます。制作統括のひとり、シゲPこと茂山です。2014年最後の歌謡コンサートは作曲家・遠藤実さんの特集です。
    今月12月6日に七回忌をむかえた昭和を代表する作曲家、遠藤実さん。昭和31年にデビュー、亡くなられるまでになんと五千曲以上を作曲、数多くのヒット曲を世に送り出しました。遠藤実さんにゆかりの歌手の方による名曲の数々をNHKの貴重な映像を交えご覧いただきます。
    遠藤実さんの作品を今回のように特集して聴くと、その「暖かさ」「優しさ」にあふれている音楽が人々の心にしみこみ、ヒット曲につながったのだなと思いました。遠藤さんはいつも歌い手のことを第一に考え作曲されていたそうです。歌い手もその思いを感じ取り心をこめて丁寧に歌い継いできました。舟木一夫さんは「(遠藤さんの歌は)聴き心地の良い歌」とおっしゃられてました。まさに遠藤メロディーは”私たちの心のメロディー”です。珠玉のヒット曲の数々をぜひご覧下さい。
     
     ***************************
     
     
    閑話休題……
     
    イメージ 2私の住む地域では、年を越さないうちに雪が積もることは、まずないのですが、今年は暖冬と予想されていたにもかかわらず、早々と雪景色を見ることになりました。

    北国の方には、生活上の支障にもなりかねない雪だと思いますが、雪の珍しい地方では、子どもたちは大喜びですし、大人もまた見なれた風景が雪化粧を施すのは、「日本の冬」らしくて風情があると感じるものです。
     
     
     
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    雪というのはもともとロマンチックなイメージをもたらしますが、思春期の頃に観た映画「北国の街」は、そ
    ういった「雪」のイメージを私の中で、より大きく育てたような気がします。
    ブログでも再々記していますが、「高校三年生」「学園広場」などの「学園ソング」を唄っていた舟木さんの
    印象は私の場合、残念ながら、強烈な記憶としてはなくて、私が舟木さんの詰襟の学生服姿の記憶がはっきりとあるのは、映画「北国の街」の中での小島海彦さんなのです。「詰襟を着た舟木さん」というのはは、私にとっては「雪を背景にした海彦さん」なんですね。ですから、こんなタイトルになってしまいました。
     

    イメージ 4以下は、2013年3月に掲載した「北国の街」をテーマにした拙ブログの記事です。
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/67915672.html
     
     
    北国の街  丘灯至夫:作詩  山路進一:作曲
    (舟友のkazuyanさんの動画でお楽しみください)
     
    (1965年3月発売)
    名残が燃える 心が残る                  
    ふたりでかえるアカシアの道
    今夜だけでも そばにいて
    眺めていたい ひとつ星
    ぼくたちだけの よろこびが住む
    北国の街
     
    ちいさな花を ひろった指と
    ほのかに 恥じらい 見あげた顔に
    たとえ別れが あろうとも
    心はいつも 変わらぬと
    誓ってくれた 夜更けの恋よ
    北国の街
     
     
    夜風がゆれる 灯りがうるむ
    肩よせあるく アカシアの道
    ここでさよなら するけれど
    明日もいい娘で いて欲しい
    ぼくたちだけの しあわせがある
    北国の街
     
    イメージ 5「北国の街」は、当時、私が愛読していた「女学生の友」に掲載されていた、純愛小説に類する世界のようで、舟木さんの佇まいは、そういった小説に登場するヒロインが心惹かれる男子像に重なる部分があったのではないかと思います。少女小説の中に出てくる「清潔で誠実で寡黙で正義感あふれる」理想の男子。少なくとも、私にはそんな雰囲気を舟木さんに感じていたのだと思います。
     
    映画「北国の街」は、一面の雪景色の映像が印象的でした。そして、その雪景色の白が、青春の熱い想いを象徴するような紅の感覚とのコントラストになって、思春期の私の心に焼き付いて、鮮烈な記憶となって深く刻まれていたのだと、後に、DVDを何度か見直してみてわかったように思いました。
     
    イメージ 6当時の私が観ても特に印象的だったのは通学列車がトンネルに入った場面です。車内が暗くなると、窓ガラスに映るお互いの顔をまわりの乗客たちに気づかれないようにそっと見つめあう海彦と雪子。今の子どもたちの感覚だと、このナイーブさ奥ゆかしさに共感してもらえないのかも…と思ったりします。
     
    イメージ 7
     
     
     
     
     
    当時、中学生が映画を観るには「保護者同伴」でなければなりませんでしたから、「北国の街」を観に行った時は、叔母が一緒でした。海彦と雪子がふたりっきりになった海彦の家で、見つめ合い、雪子から海彦の肩に手をおいて、その手を海彦がそっと自分の手で包み込み頬をよせていく、そして次に雪子が海彦の手をとって同じように頬をよせていき、ふたりの顔と顔が限りなく近づいていく・・・という透明で美しいシーンをドキドキしながらも、同伴した大人の存在を意識して「多分息を殺して」観ていたのだと思います。

    イメージ 8映画の設定は原作の富島健夫さんの「雪の記憶」を借りているのだそうですが、主人公の海彦は「舟木さんのイメージに添った海彦」に脚色されていたようです。「北国の街」の海彦は倉本聡さんと柳瀬監督と舟木さんとで生みだした海彦だったということなのかなと思っています。このあと紹介している「近代映画」掲載記事の中にもあるように、原作を大幅に脚色した台本になっているようです。主人公を演じる舟木さんにオーバーラップさせた海彦像が、撮影を進める中で造形されていったのは間違いないような気がします。素材としての舟木さんの個性が青春純愛映画「北国の街」を成功させたと言ってもいいのではないかと思います。
     
    映画の挿入歌として使われている曲に「初恋の駅」があります。北国の街」公開の1年以上前にシングルレコードのB面として発売されていますが、歌詩が「北国の街」のシチュエーションを思わせたから使われたのでしょうか?明るく可愛い曲調で、全体としてはシリアスな展開の物語の中で、ここはホッとします。
     
     
     

    イメージ 9初恋の駅   作詩:関沢新一 作曲:山路進一
    https://www.youtube.com/watch?v=te9iDmUWSEQ 
    (1964年1月 「叱られたんだね」のB面)
    いつも電車に 乗ってくる
    赤いマフラーの おさげ髪
    北風つめたい 駅だった
     
    いつもホームで 待っていた
    白いマフラーの 男の子
    小さなちいさな 恋だった
     
    なにも言わずに 歩く道
    枯木ばかりの 並木道
    イメージ 10それでも楽しい 道だった
     
    白いマフラーが 泣いていた
    赤いマフラーは 三日まえ
    独りでみやこへ 行っちゃった
     
    恋は咲かずに 散ったけど
    春が来たなら 咲くだろう
    誰かと誰かの 思い出に
     
    赤いマフラーの ような花
    白いマフラーの ような花
    電車の小駅に 咲くだろう…
     
     
    イメージ 20
     
     
     
    イメージ 11
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    「北国の街」が撮影されていた頃のことを、舟木さんが語るという感じで、「別冊・近代映画」に「撮影だより」として、掲載されています。舟木さんは、この時、19歳になったばかりの頃ということになりますね。
     
     
    ~北国の街 撮影だより 舟木一夫 (別冊・近代映画 昭和40年4月陽春号) から一部抜粋
     
    イメージ 13この話は、手織り縮(ちぢみ)で有名な新潟県十日町を背景に、来春高校卒業を控えた高校三年生の淡い恋と友情を謳いあげた青春ドラマ。
    僕の役は、機械織りの陰にかすんでしまった貧しい手織り職人の息子。病身の父から伝統の手織り技術を受け継げといわれながら、よそから転校してきたマコちゃん(和泉雅子さん)と 知り合い、彼女が東京の大学に進学するということに刺激され、伝統に生きるか、彼女と一緒に東京で楽しい青春を送るかとまよう秀才タイプの高校三年生。賢ちゃん(山内賢さん)の役は、県会議員の息子でクラスの番長。人一倍の親分肌で、学校一の不良から僕をまもったり、僕とマコちゃんの仲をとりもってくれたりする無二の親友。いつもの僕と賢ちゃんの役が今回は入れ替わったわけだ。~中略~賢ちゃんは、「舟木君が二枚目の秀才なら、僕は多少三枚目でやるか」と……。
     
     
    柳瀬監督に「これから本を大々的に書きなおすから、セリフは全部現場でおぼえるようになると思う。君たちは若くて柔軟性があるから安心だけど」と言われ、三人で顔を見合わせ「ギョッ!」~中略~書きなおされた台本は、なるほど大まかな動きだけしか書いてなく、セリフは全部ワラ半紙にペンで走り書きしたものばかり。このロケは九日間だが、主な芝居はほとんどロケでこなしてしまうので、毎日が緊張の連続だ。
     
    イメージ 14~中略~賢ちゃんが、「クラスのことは全部この俺が仕切ってるんだ。喧嘩ならいつでも相手になってやるぜ!」と大見栄を切って不良たちを追っ払ったあと、僕がマコちゃんのことでいいがかりをつけられたということをなかなか賢ちゃんに話さなかったことから、彼が怒っていきなり殴りかかり、痛いほほをさすりながらこんどは僕が猛烈な反撃を喰わすというシーン。
     
    秀才という設定だけでもテレてしまうのに番長と互角に殴り合える腕ももっているときたら、もうテレテレだ。これを機会に賢ちゃんと僕の友情が生まれるというここは大事なシーンだ。一見秀才は、ただのひよわな学生にみえながら鋭いパンチの持ち主という意外性が狙いらしいが、はじめてのアクションシーンは本当に相手を殴ってしまいそうで思いきり腕が伸びきらない。賢ちゃんが、「本気でやってよ。僕は上手く殴られたように見せるから」と励ましてくれたので、やっとのびのびと腕をふるうことが出来た。
     
    イメージ 15学生服を脱ぎ、最近は背広や着物で歌を唄い、また今度の「北国の街」では、歌手としては珍しく完全な主役を演じたりしている僕をみて、”曲がり角に来た舟木”などと言っている人もあるらしいけど僕の見方はちがう。つまり学生服を着たのはデビュー曲が「高校三年生」だったからであり、背広や着物を着出した理由も、そのような歌を唄っているから当然の話。曲がり角という見方をするならば、僕は人生の毎日毎日が曲がり角だと思う。つまり人生とは一つの点から出発して、こまかい渦巻きを描きながら、徐々に大きな円になっていくということで、一直線に突き進もうとすれば、どうしても急角度の曲がり角にきてストップせざるを得なくなるのではないかと思う。
     
    ~中略~こんどのフラッシュを見てつくづく思ったことは、目の芝居がいかにむづかしいかということと、僕はあくまでも歌手なので、感情を顔だけで表しがちだったのが、映画ではからだ全体で表現しなければならないこと。この体験を生かしてこんどはもっとすばらしい一歩前進した作品を作りたいと思っている。
     
     
    当時の「別冊・近代映画」の舟木一夫特集の誌面には、舟木さんご自身のお名前でたくさんの文章が掲載されています。人気絶頂期で寝る時間もないほどの忙しさだった舟木さんですから、ご自身の手で書かれた文章であるのか「聴き取り」記事であるのかはわからないのですが、今の舟木さんのおっしゃっていることのルーツそのままに、きちんと語られていると感じますのでそのまま舟木さんの想いや言葉であるものとして、私は受け取っています。
     
    私自身がリアルタイムでこの映画を観た時には、ただ、ただ物語の世界にひきこまれ、思春期でもありましたから、海彦と雪子が、見つめってあっているだけの場面ですら、気恥しく、まして、互いの手をとって頬にあてたり、手の甲にくちづけしたりするシーンなどは、うっとりとしつつもその場から逃げだしたくなるような感じがしたことだけは、くっきりと記憶に残っています。「純愛小説」なら、ひとりの世界でこっそりドキド
    キして読むことができますが、身内の大人と一緒に映画を観ているのですから、「う~ん、ひとりで観たかったぁ!」というのがホンネでした。今は、もちろん独りで観てますが、残念ながら13歳の頃のドキドキ感と
    は雲泥の差で、当時まだ十代だった舟木さんとマコちゃんの表情は、いったいどんなだったかな?とまじまじと画面をみつめてしまいます(笑)13歳の頃、あのスクリーンを観ていた自分自身の表情もできることならタイムスリップして、こっそり眺めてみたいものです(笑)
     
     
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    ラストシーン
     
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    12月23日(火・祝) 午後8時~8時43分放送 
    (12月2日収録)
     
    12月4日の日記で、12月2日NHKホールでの収録の模様を掲載していますので、本日は、テレビ画面に登場した舟木さんの画像を並べてみました。
    12月4日の日記はこちらです↓
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/69950204.html
     
     
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    遠藤先生のお写真が映し出され、続いて藤島桓夫さんの「お月さん今晩わ」の映像が流れました。
    続いて「北国の春」を唄う若き日の千昌夫さんの映像、五月みどりさん、そして紅白初出場で「高校三年生」を唄う舟木さんの映像も……
     
     
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    それにかぶさるようにステージがライトアップされてセンターに舟木さん、左右に出演者の皆さんと全員での「高校三年生」でオープニングでした。
     
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    舞台下手の雛壇に出演者が並んで、向かって左端が高山アナウンサー。その右隣が舟木さん。
    高山アナの遠藤実さんは、どんな方でしたか?の質問に…「シャイな方でした。とうも僕は人見知りするんだなぁ…と言っていらしたのを覚えてます。」…と。
     
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    ~後半です~
     
    舟木さんが、高山アナウンサーと、舞台、下手から登場し、高山アナウンサーと少しお喋りを…
     
    高山アナ:舟木さんは、先ほどからソデで、皆さんの唄われる曲をずっと唄っていらっしゃいましたが…
    舟木さん:遠藤先生の曲はのどが乾いてる時の水のようにすぅ~っと入ってくるんですね…
     
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    ラストは、舟木さんの「学園広場」…女子学生さんと腕を組んで、ステップを降りてくる舟木さん。
    よ~く見ると両手はVサイン(笑)
    とってもゴキゲンな舟木さんの笑顔、ちょっとばかりテレてる?
    でも、うれしくて仕方ないっていう表情ですよね(笑)きっと気分は「高校三年生」なんでしょうね
     
     
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    まだ、笑顔です、笑顔が止まんない!
     
     
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    圧巻の眺め!…さすがNHKですね。
     
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    コーラスの女子学生さんたちの表情もほんとに明るく爽やかで可愛い~ッい!
     
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    とってもイイお顔!
     
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    遠藤先生作曲の爽やかな学園ソングで青春アイドル歌手・舟木一夫が、生まれ、育っていったのですから、おおぜいの女子学生さんたちのコーラスをバックにした、この華やかなステージも、遠藤先生のおかげということなんですよね
     
    まだ笑ってま~す!最高にゴキゲンなステージでしたね。舟木さん
     
     
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    わが家には小さな子どももいないので、クリスマスを祝う特別なことはないのですが、舟木さんの歌声を聴いて、ひとりでクリスマス気分を盛り上げてます(笑)
     
    舟友のkazuyanさんのカメラワークと舟木さんの歌声をお楽しみくださいね。
     
    ジングル・ベル  訳詩:丘灯至夫 作曲:J・ピアポント
    https://www.youtube.com/watch?v=YSWn5C7tGcM&feature=youtu.be
    1966年(昭和41年)発売 
     
    イメージ 2やあ みんな クリスマスおめでとう!
     
    美しく ひびく鈴よ
    この鈴は 愛の鈴よ
    今宵こそ 心こめて
    あげよう君に この鈴を
     
    ジングルベル ジングルベル
    しあわせが もうすぐ君に くるように
    ジングルベル ジングルベル
    よろこびが もうすぐ君に くるように
     
    イメージ 3貧しさを 嘆かないで
    この鈴は 愛の鈴よ
    今宵こそ 君とふたり
    夢を見ようよ クリスマス
     
    ジングルベル ジングルベル
    ぼくたちは ツリーやケーキがなくっても
    ジングルベル ジングルベル
    ぼくたちは 若さと歌にみちている
     

    イメージ 4清らかに響く鈴よ
    この鈴は愛の鈴よ
    今宵こそ 涙ふいて
    鳴らそう鈴を 高らかに

     
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 花咲く明日が来るように
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 明るい明日がくるように
     
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    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 花咲く明日がくるように
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 明るい明日が来るように
     
     
     
     
     
    昨年のクリスマスは、新橋演舞場のシアターコンサートでした
     
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    聖夜   作詩:J・モーア 訳詩:不詳 作曲:F・グルーバー
    https://www.youtube.com/watch?v=c8VhGjy_vrg&feature=youtu.be 
    イメージ 81963年(昭和38年)発売 
     
    きよし この夜
    星は 光り
    救いの御子は
    御母の胸に
    眠りたもう
    夢やすく
     
     
    きよし この夜
    御子の笑みに
    めぐみの 御代の
    あしたの光 
    輝けり
    ほがらかに

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    2014年、舟木さんの歌い納め、新橋演舞場シアターコンサートの昼と夜を楽しませていただきました。

    14日の中野サンプラザに続いて、というか今年最高のステージだとご一緒した舟友さんも皆さん感激していらっしゃいました。

    もちろん私も舟木さんはモンスター?!と中野を上回る張りと艶に満ちた歌声に驚くばかりでした。
    取り急ぎ本日はセットリストをご報告します。

    プレゼントタイムは開演5分ほど前に幕前に舟木さんが登場して受け取るスタイルでした。


    第一部 45分

    ベージュ系のタキシード、衿とパンツのサイドに入ったラインは黒のサテン


    オープニング
    ~君へ心こめて


    東京は恋する
    北国の街
    哀愁の夜


    高校三年生
    学園広場


    眠らない青春
    たそがれの人
    高原のお嬢さん
     バラードバージョン
    End-love


    休憩 35分


    第二部   85分

    前半

    白の光沢のあるヒゲ紬の着流し、チャコールグレイの襦袢、白地にチャコールグレイの縞の帯、鼻緒もチャコールグレイの雪駄


    オープニング
    ~浜の若い衆

    江戸っ子だい
    いなせじゃないか若旦那


    英もよう
    鶴八鶴次郎

    江戸の淡雪
    総司が行く
    新吾十番勝負


    右衛門七討入り
    (林啓二、長谷川かずき、川上彌生、真木一之)敬称略


    後半

    着物はシルキーなブラウン系のアンサンブル(羽織付)、下駄に黒足袋


    絶唱

    あゝ荒城の月かなし
    恋唄


    さいはての月
    星の夜北へ帰る


    銭形平次
    ~スタンディング
    サインボール


    日本の名曲たち

    出船
    白鳥の歌


    初恋
    夕笛
    浮世まかせ


    アンコール   
     いったん幕がおりて、再びあがると、羽織を脱いで着流しで登場です。

    京の恋唄
    恋人形


    なんと休憩を35分挟んだだけで一部、二部あわせて130分、昼夜2回で62曲全てを全身全霊で歌唱されました。

    本当に驚きのパワーとエネルギーでした。

    写真のパンフレットでも大倉明氏のインタビューに答えて来年からの活動に向けてのあふれんばかりの抱負を語られています。
     
    5枚目の画像は申し訳ないほど豆つぶみたいにしか撮れなかった私の入待ち写真です(笑)
    舟木さんが到着される10分ほど前にギリギリで演舞場に着いたので長い列ができてて遠くから拝見しましたが「気は心」ということでとりあえずアップしてみました。

    コンサートの詳細はまた後日に
     
    来年12月の演舞場公演の速報のチラシも配布されました。
     
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    2014 新橋演舞場シアターコンサート
     
    毎年恒例になっている開場時に配られるカードです
     
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    私が、初めて「新橋演舞場シアターコンサート」を拝見したのは2012年12月26日のことでした。この
    時は、まだ舟木さんと「再会」してから3ヵ月でした。そして、今回が、私にとっては三度目の「新橋演舞場
    シアターコンサート」です。12月14日の中野サンプラザ・ファイナルの余韻を残したまま上京しました。
    お天気も上々で新幹線から見える富士は、山の中腹あたりまで雪を戴いて、くっきりと姿を見せていました。幸い、行きも帰りもお天気に恵まれた、2014年最後の「舟旅」を締め括る事ができ感謝です。
              
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    それでは、できる限りですが、公演中に、コソコソととったメモを頼りに、舟木さんのトークを中心にして報告させていただきます。トーク部分は、昼夜、ごちゃ混ぜです。雰囲気だけでも伝われば幸いです。ピンク文字は舟木さんのトークです(聴きもらしたところがたくさんあります。記憶の糸をたぐりよせてなんとか文字おこしていますので、録音の「テープおこし」のように正確にはいきませんことをご諒承下さいね)
     
     
    昼の部 第一部2時~2時45分(45分) 休憩(35分) 第二部3時20分~4時45分(85分)
    夜の部 第一部6時~6時45分(45分) 休憩(35分) 第二部7時20分~8時45分(85分)

    一昨年、昨年のシアターコンサートでは、開演してからプレゼントコーナーが設けられていましたが、今年は開演5分ほど前に、舟木さんが幕前に登場されて、プレゼントを受け取るというスタイルでした。
    では、幕前でのプレゼントタイムの模様から報告します。
     
    舟友さんの昼の部の花束です。ロマンチックな色合いですね
     
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    イメージ 6黒の比較的ロング丈の長そでシャツにブルージーンズ、黒の運動靴で登場。例によってアメ玉を口に入れてラフな感じの舟木さん。年々、オフィシャルのコンサートでも佇まいやお喋りの中身がリラックスしているように思います。舟木さんとファンとの絆、信頼関係が見えるとってもいい距離感で客席の雰囲気もなごみます。
    今日は中身がアレなんで、先にいただきものをいただいて……どうやら70(才)というのが重く肩にのしかかってきてヘッピリ腰になってますが…(中腰でたくさんのプレゼントを次々に受け取るのは大変でしょうね)でも、年末としては、あったかいですよね。あまり冷える所にいないようにしています。こないだNHKの「歌謡コンサート」に出て、思ったのは、僕も含めてみんな老けた…(笑)一番ラストの「学園広場」あれは、NHKの演出なんです。若い女性とウデ組んで階段を下りる……仕方ないからVサインして出ました。まともには出られませんよね(笑)あのくらいの女性の年齢からすると、親父じゃないです。オレなんかおじいちゃん(笑)
    夜の部では、どうしてこんなにいっぱいお菓子がくるんでしょうか?とプレゼントタイムのお手伝いをされてるコーラスの女性の方に「重いよ!おもちがいっぱい入ってるよ、しっかりおもち(お持ち=お餅)よ!ハ・ハ・ハ……出ましたダジャレ(笑)羊羹かな?最中かな?とお菓子の中身を話題にしたりして、なめらかお喋りが続きました。
    爆笑モノのお喋りもありましたが、ここでは、一部オフ・レコにしてます。何とぞ御容赦を!
    プレゼントがたくさんあったので昼の部の開演時間は2時5分となりました。
     

    第一部
     
    ベージュ系というか淡いブラウン系というか落ち着いた色合いのタキシード、衿部分とパンツの脇のラインは黒の光沢のあるサテンのような素材、白のシャツに黒の蝶ネクタイ、胸ポケットにモノトーンのチーフ。

    イメージ 7オープニング
    ~君へ心こめて  
    作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=hh9QzHXpoes
    (舟友のkazuyanさんの動画です)

     
     
     
     
     
     
    今年も一年どうもありがとうございました。一年の最後に新橋演舞場というのが、一番落ち着きます。今年一番大きな出来事は70になったということ。カズオちゃんもついに大台に…こうなったらいけるとこまでいくしかない (拍手) 今日は僕自身も楽しみながら仕事納めです。
     
    東京は恋する
    https://www.youtube.com/watch?v=j5JGg6EKfbA (kazuyanさんの動画です)

    北国の街
    https://www.youtube.com/watch?v=Xd3Fe4uzgx4 (kazuyanさんの動画です)

    哀愁の夜
    https://www.youtube.com/watch?v=hwapnJK2LlQ (映画シーン付動画)
     
     
    イメージ 9「哀愁の夜」なんていうのは、ツーコーラスからフルコーラスにせざるを得なくなった。歌に力があると、その歌の大切さに還っていくんでしょうね。
    今年嬉しかったことは…今までは、もう68とか69とか云われてイヤだったんですが、70になってスッキリしました。
    それと、「八百万石に挑む男」が演れたこと。若い頃にはできない役、座ってセリフを言って、それがちゃんと納まる…若い頃には、若い頃の匂い(旬)があり、年齢がいくとその年齢の匂いがある。
     
    ここは、何?…とバックのバンドを振り返って…オレが一番テレくさいやつ、いくのね!…アイよ!!…っと
    (NHK「歌謡コンサート」2014年12月23日放送)

     
     
    「高校三年生」「学園広場」は、10年くらい前からセットになってるんですが、これは例えば1時間半のステージでオープニングに「高校三年生」で、エンディングが「学園広場」という風にバラしちゃうとアキマヘン!これは、あくまでワンセット、こないだ(NHK[歌謡コンサート」)は、二十代の女性に囲まれて……ム・フ・フ・フ(拍手)しょうがないからVサインしながら……
     
    イメージ 8学園広場
    https://www.youtube.com/watch?v=YBFOosU1A1c (1977年「限りない青春の季節」音源)

    「学園広場」の時には、NHKのときのようにステップからVサインをして両手を左右に動かしながら満面の笑みで、下りてくるお茶目な舟木さんでした。唄い終わってから、やっぱり一人じゃサビシイね(笑)…
    あのNHKの「学園広場」の風景は、舟木さんが本当に楽しそうで、それでいてチョイ・テレで可愛らしくて私もまた見てみたいです。でも、この日の舟木さんは嬉しすぎてこういったコンサートの時より唄う時はキンチョーしてたかも(笑)
    このへんの歌は52年前の歌でですからね。この頃、大先輩の歌が聴きたくなってきたんですよ。三波春夫という方は口が大きい、あの方は口の中の容積が大きいから、あの明るい、ワァ~ッという声が出るんですよ。たくさんの、いい先輩に出逢えました。
    あまり長く喋ってると時間が予定よりのびる…200円くらい余計にいただきます…ずいぶん安いなァ(笑)
    一部の最後はラブソング系を並べてみます。

    イメージ 10眠らない青春  作詩:舟木一夫 
    https://www.youtube.com/watch?v=ywoX-5sogD4 (NHK 「歌謡コンサート」2014年7月放送)

    たそがれの人  
    https://www.youtube.com/watch?v=30PPF9w_Umo (kazuyanさんの動画)

    高原のお嬢さん
     バラードバージョン

     
    End-love  作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=7JXy8jtGKZA (kazuyanさんの動画)

    休憩 35分
     
    第二部   前半
     
    二部は85分もありますから、途中で「お色直し」が入りました。まず前半は、白というかシルバーのような
    光沢のあるヒゲ紬の着物、チャコールグレーの襦袢、帯は白地にチャコールグレー系の縞、足下(もと)は、雪駄で、鼻緒はやはり光沢のあるチャコールグレー。
    二部は、ふだん唄わない歌、いい歌なのにステージに入り込めないものを中心に…
    「浜の若い衆」は二十歳の時に、NHK「今月の歌」だったかな?サッパリした歌で未だにこの歌は好きです。ふだん全然唄ってないので、歌詩がアブナイですが、ま、いいか…久しぶりに聴くんでお客様の方もわかんない(笑)江戸っ子の歌をふたつ…

    江戸っ子だい
    https://www.youtube.com/watch?v=j2DUC9tXrkc 
    (1966年 LP「舟木一夫の花のステージ 第5集」収録)
     
    いなせじゃないか若旦那
    https://www.youtube.com/watch?v=IrzJqshA0y0
    (1964年)

    このへんの歌は今はありません。言葉っていうのが変わってきたというのが大きいんでしょうね。お寿司屋さんの代々とか天ぷら屋さんの代々とか銀座近辺にはあるんですがそれも今はむつかしくなってきましたからね。日本調というのでくくるのか演歌とつかまえるのか…線引きはむつかしい…ひばりさんの「大川ながし」…♪月は東に 月は東に 陽は西に…ちょっと唄ってみる舟木さん。あのへんは演歌なのか日本調なのか…ここに置いた二曲は、新橋演舞場で唄うには、これ以上ピッタリなものはないという新派の曲…

    イメージ 12英もよう   作詩・作曲:舟木一夫 
    http://www.pideo.net/video/youtube/bcd74aab70bc9993/
     
    白いうなじに ふたすじみすじ
    映える黒髪 濡れる指
    ひびく柝(き)の音にいのちをのせて
    廻る舞台に 咲かせる華は
    意地も哀しい 女形
     
    役者ぐらしを ふとふりむけば
    眉もはかない 柳腰
    好きで重ねた苦労のかげに
    散ったつぼみの 夢抱きしめて
    かざす 新派の舞扇
     
    泣いておどけて 芝居がはねて
    流す白粉(おしろい) にじむ紅
    足袋の小鉤(こはぜ)に涙を留めて
    薄い灯りの楽屋を出れば
    湯島見るよな おぼろ月

     
     
     
     
    鶴八鶴次郎  作詩・作曲:舟木一夫 
    (公式音源はないと思います 1999年後援会発足35周年のコンサート資料より聴きとり)
     
    イメージ 13水に鴛(おしどり) 月には桜
    幼なじみは 番い(つがい)鶴
    生まれついての 芸人かたぎ
    糸と撥とが 好かれて好いて
    流す浮名も江戸育ち
     
    意地と意地とが からんで燃える
    桧舞台の 三味の音
    今日も今日とて ねじめの陰に
    泣いて身をもむ 思いのたけを
    知らぬふりする 馬鹿どうし
     
    芸が荒れては その身の恥と
    さとす心の すきま風
    やぶれ障子の どぶ板長屋
    徳利枕の ごろ寝の夢に
    今日も他人の 花を見る
     
    さえて悲しい 鶴八月夜
    酒の苦さを また誘う
    流す新内 未練じゃないか
    惚れて乱れの 鶴次郎さんの
    情の切れ間に 棹をさす
    *三番は唄っていらっしゃいませんでした
     

    イメージ 14「英もよう」は二代目の英太郎(はなぶさたろう)さんに頼まれて三十代まん中あたりに、僕でよければ…と作った歌。「鶴八鶴次郎」は二十四、五(才)の時に作った……「鶴八鶴次郎」という芝居が好きで、いつかやりたいと思っていた、まさかやれるとは思ってなかった。どこまでも、演舞場というのは根っから縁が深いということでしょうね。
    「すみだ川」(♪銀杏返しに)とか「十三夜」(♪河岸(かし)の柳の 行きずりに)とかはステージに欲しいラインです。あるんですよね…「WHITE]に来るまで、結構いたずらしてるんですね。トンデモナイ奴ですね(笑)
    本当にとんでもない才能です!二十代で「鶴八鶴次郎」の世界を、これだけコンパクトに的確に詩の世界だけで描けるのですから、驚きです。
    こないだ中日劇場の千秋楽に唄いましたが、時間の関係で入りきれなかったのをやってみようと思います。ひとつめ「江戸の淡雪」、ふたつめ「総司が行く」、花柳喜章さんが近藤勇、内田良平さんが土方、僕が沖田総司…寝ててもオキタ……また、いたずらっぽい笑顔でダジャレです(笑)
     
     
    みっつめが、田村正和さんが初めてテレビで主役をやる時の主題歌を僕にというお話が来て、僕が19の時に、TBS近くの喫茶店でお会いして、~~と(正和さんのボソボソした喋り方をマネる舟木さん)
     
    「江戸の淡雪」といい「総司が行く」といい、二十代の半ばの作品ですが、驚きですね。その若さで、これだけの時代物への理解力と知識と、それにもましてこれらの「時代性」を感受し、イマジネーションを広げることのできる力は、やはり天分としかいいようがないのかも知れません。

     
    江戸の淡雪  作詩:すずきじろう 作曲:山路進一            「忠臣蔵」もののお芝居、毛利小平太もあったんでしたよね
    (1972年 大阪・新歌舞伎座「悲恋!毛利小平太」主題歌)
    ~1977年 アルバム「限りない青春の季節」収録~
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    女心の 哀れに負けて
    武士の意気地も 乱れがち
    毛利小平太 はぐれて一人
    赤穂浪士の
    影をゆく 影をゆく
     
    群れを離れた 一羽の鳥が
    迷う心を もてあます
    恋の情けか 忠義の道か
    胸の痛みを 
    誰か知る 誰か知る
     
    死ぬを覚悟の 道ゆき悲し
    とけてはかなき 夢いくつ
    江戸の淡雪 泣け降れ積れ
    響く無情の
    勝鬨に 勝鬨に
     
     
     
     
    イメージ 16総司が行く   作詩:すずきじろう 作曲:山路進一
    (1973年 明治座「沖田総司」主題歌)
    ~1977年 アルバム「限りない青春の季節」収録~

    草葉の上の玉露か……
    若き生命(いのち)の灯がゆれる……
     
    人が怖れる 三段突きは
    沖田総司の 剣の冴え
    胸の病を 知りつつひとり
    生きる”誠”の旗の下(もと)
     
    壬生の若獅子 一番隊の
    剣の鬼だと 風が言う
    笑い流して 京洛の夜を
    今日も総司の 影が行く
     
    二十余才の 生命の丈が
    小倉袴の裾に舞う
    孤剣ひとすじ 菊一文字
    ゆくは幕末 修羅の道

     
     
     
    イメージ 17新吾十番勝負  作詩:植田梯子 作曲:安藤実親
    https://www.youtube.com/watch?v=nWb3dzG0nus
    (1966年 4曲入17cmLP収録/田村正和さん主演のテレビドラマ主題歌)
     
    さびしかろうと 涙は見せぬ
    耐えて育った 山と河
    抜いた刀に 抜いた刀に
    涙かくして
    新吾強いぞ 一人旅
     
    水に捨てよか 儚い恋は
    いずれ一夜の 忘れ草
    若いいのちを 若いいのちを
    勝負にかけて
    葵の剣は きょうも舞う
     
    誰が吹くのか 横笛遠く
    風に流れて 消えてゆく
    今宵新吾の 今宵新吾の
    十番勝負
    なぜかさびしい 月明り
     
     
    舟木さんが、新吾十番勝負を唄いながら、舞台下手から花道へ寄っていき、花道七三、スッポンから消えていくと、次は舞です。
     
    舞/右衛門七討入り
    (林啓二、長谷川かずき、川上彌生、真木一之)敬称略

     
    第二部  後半
     
    「絶唱」のイントロで、再び、舟木さんがスッポンからせり上がってきて第二部後半のはじまり。
    後半のお召し物は、着流しではなくシルキーなチャコールグレーのようなダークブラウン系のようにも見えるアンサンブル(羽織付着物)、羽織の紐も同系色、履物は黒鼻緒の下駄、黒足袋。帯は柔らかい素材の兵児帯。

    絶唱  作詩:西條八十 作曲:市川昭介
    https://www.youtube.com/watch?v=Ip62KFsYiwo (kazuyanさんの動画)
     
    イメージ 18
    愛おしい 山鳩は
    山こえて どこの空
    名さえはかない 淡雪の娘よ
    なぜ死んだ ああ 小雪
     
    結ばれて 引き裂かれ
    七年を 西東
    いのち短く 待つ日は永く
    泣きぬれた ああ 小雪
     
    山番の 山小舎に
    春が来る 花が咲く
    着せてむなしい 花嫁衣装
    とこしえの ああ 小雪
    なぜ死んだ ああ 小雪
    *この日はツーコーラスでした。ちょっと残念!
     

    ちょっとここでひと休みしましょうか、バンドメンバーも踊りっぱなしで(先ほどの「舞」が結構ハードな演奏
    でしたから)
    アブナイ…とバックバンドを気遣う舟木さん。
    2、3日前に、小雪から電話がありました。太っちゃった小雪…(笑)「ゴメンネ、北海道に来てるから26日
    行けないの、お客様に宜しくね!」だって、一応伝えときます(笑)
    ここは抒情歌系で…

     
    イメージ 19あゝ荒城の月かなし  作詩:石本美由起 作曲:遠藤実
    https://www.youtube.com/watch?v=pUn_9iKGQHk 
    (1973年 LP「オール・スター演歌の花道 石本美由起作品集」収録)
     
    約束もない 恋ならば 
    また会うことも かなうまい
    しあわせいずこ 荒城に 
    春高楼の 歌かなし
     
    みどりの髪に 矢絣の 
    紫似合う君はなく
    崩れて残る 荒城に 
    おもかげ草は 今も咲く
     
    月日はうつる 人の世に 
    かわらぬ姿 月ばかり
    待つ人もない 荒城の 
    草笛さびし 恋かなし
     
     
     
    恋唄  作詩:すずきじろう 作曲:浜圭介
    https://www.youtube.com/watch?v=6EiCib4_kOU
    (kazuyanさんの動画です。1977年/2004年 二つの音源でどうぞ)
     
    舟友さんの夜の部の花束です。カードも付けて…
     
    イメージ 20おもいでつもる ふるさとに
    昔あずけた 恋ひとつ
    ただなつかしく たずねれば
    涙のあとを 見るばかり
     
    あなたがとても 好きだった
    竹の葉末の 露の色
    ふるえながらも この腕に
    こぼれて落ちた 夢のいろ
     
    しみじみ胸に よみがえる
    忘れたはずの うたのふし
    今ははるかな 恋唄の
    おぼろにけぶる うしろ影

     
    来年は12月に演舞場で一ヶ月お世話になります。なぜか、ここでいきなり新派の「婦系図」湯島境内の場の名セリフを…「お蔦、月は晴れても心は闇だ…」と男前の声で早瀬主税になりきったかと思うと、次は「別れろ切れろは、芸者の時に云う言葉…」と女形の声色までしちゃいました(笑)
     
     
     
     
     
    イメージ 21
     
     
    昭和の流行歌っていうのは詩やメロディーの世界がどこか丸いっていうかあったかい…
    春日さん、三橋さん、フランクさんまでが第三期黄金時代、次が三波さん、村田さん第四期黄金時代、そして橋さんの「潮来笠」ご自分の「高校三年生」、三田さんの「美しい十代」、西郷さんの「君だけを」どれも歌
    マネでちょっとだけ唄ってみて「昭和の流行歌」の流れをコンパクトにレクチャーするところはやっぱり舟木
    さんらしいですね。
    僕なんかバトンを渡そうと思っても渡す人がいない。五木くんなんかも、同じでバトンを渡す人がない…
    とさびしそうな舟木さんでした。ものごころつくかつかないかの頃から自然と耳にして聴きつづけてきた「昭和の流行歌」をバトンタッチする後輩がいない…というよりそれほど昭和が遠くなり世の中の景色も変わってきたということなんでしょうね。ここで船村メロディーを二曲…
     

    さいはての月  作詩:舟木一夫 作曲:船村徹
    (詩の漢字部分は聴き取りですので原詩と異なる部分があると思います。ご諒承下さい)
     
    イメージ 22
    さいはての月は銀色
    凍りつく夜の深さに
    思い出が 揺れて泣いてる
     
    初めての恋にふるえて
    死ぬまでといのちからめた
    遠い夜 今はまぼろし
     
    さいはての月は銀色
    いつまでも待つと言ってた
    あの人の ここはふるさと
     
    さいはての月は銀色
    見上げれば涙ひとすじ
    吹きわたる 風にちぎれる
     
    さいはての月の作詩者名は、ここでは舟木一夫とさせていただきました。  
    2004年2月21日 後援会主催のコンサート資料より聴きとりの歌詩です) 
    ~その時の舟木さんのトークを少し~
    30代半ばに最初船村先生のメロディーがあって、それにつけられた最初の詩が気に入らなかったらしく先生が変えてと言われた。その時ディレクターに私(舟木さん)にやってみてくれと…いうことだったそうです。
     

    星の夜北へ帰る  作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    ~15周年のアルバム「限りない青春の季節」 (未発売オリジナル12曲)に収録~
     
    イメージ 23果てしなき 荒野を行けば
    ほほぬらす 星の涙よ
    ふるさとは 母のいる国
    夜ごと見る 夢より遠し
     
    駒とめて 静寂(しじま)の中に
    あおぎ見る 星の思い出
    あの星は 指きりの星
    この星は 恋そめし星

    花咲けど その名も知らず
    若き日の 君は旅人
    人の世の 運命(さだめ)はかなく
    あの星に いつの日逢わん

    「星の夜北へ帰る」にまつわるエピソードを御紹介しておきます。
    舟木さんの歌に向き合う真摯な姿が、とても素晴らしく、忘れられない感動的な一文です。
    「必ずいつか歌いきってやる」…歌に真正面から対峙し、作品への尊厳の想いすら感じられます。
     
     
    ~舟木一夫 思い出の寄稿集~ 
     「30周年記念全集CD「陽射し・旅人」別紙解説より~
     
     
     
    イメージ 30

    これは15周年のアルバムに入れたものですが、しかし曲が出来上がって来たのは、僕が19才の時ですから、昭和39年でした。その時1回レコーディングしたのですが、曲のスケールに、歌い手が負けてしまい、どうしても歌いきれませんでした。こんな経験をしたのはこの作品が初めてでした。「くやしい」という気持ちが心の片隅にあったのでしょう。それから10年後にアレンジを変えて再チャレンジしました。しかし、やっぱりダメでした。くやしさは増すばかりでした。必ずいつか歌いきってやるというつもりで、15周年の時にアレンジを再び変えて、再々チャレンジをしました。そして15年目にして、やっとなんとか自分でも納得する歌に仕上がりました。(舟木一夫)
     
    短い詩というのはメロディーがスコンとハマるとデッカクなる。「さいはての月」はメロディーが先にあって
    、後で僕が詩をつけました。
    次は、ちょっと今までのをひっくり返すようなのを!

    イメージ 24銭形平次
    ~スタンディング
    サインボール
     
    これは、名曲ですね、どうやったって二つとはできない。真似したらバレちゃう…。生涯の財産です。橋蔵さんは、凄い方ですよ。こないだ、真理子夫人からお手紙をいただいたんですよ。とってもきれいな字ですからね、恥ずかしくてお返事が書けない……電話にしました(笑)

    少し軽くなったところで、「日本の名曲たち」に入っていこうとオ・モ・イ・マ・ス…

    ←サインボール。デビュー以来、ずっと舟木さんと共に旅を続けてこられた舟友さんがゲットされました。舟木さんからの一日遅れのクリスマスプレゼントのよう!
     
     
    ~日本の名曲たち ~
    出船  作詩:勝田香月 作曲:杉山長谷夫
    (1968年アルバム ひとりぽっち2集「舟木一夫の想い出の歌」に収録)
     
    イメージ 25今宵(こよい)出船か お名残惜しや
    暗い波間に 雪が散る
    船は見えねど 別れの小唄に
    沖じゃ千鳥も 泣くぞいな

    今鳴る汽笛は 出船の合図
    無事で着いたら 便りをくりゃれ
    暗いさみしい 灯影(ほかげ)の下(もと)で
    涙ながらに 読もうもの

    ~勝田香月と「出船」について~
    「出船」は香月満18歳の時、石川啄木を慕い北国に憧れ、北海道から秋田を廻り大舘から十和田湖へ行く途中の大滝温泉で作られた。「出船」に描かれている哀愁は、港で日頃から出船を見てきたものでなければとらえられないものを感じさせる。香月は粉雪が舞う小樽港秋田能代港での見聞をヒントにしたと言うが、幼少時の沼津で見た出船の残像が底にあったのであろう。大正11年(1922年)に出した第3詩集「心のほころび」の巻頭に揚げられ、同年懇意だった作曲家の杉山長谷夫が曲をつけ、音声家藤原義江がレコーディングに吹き込み大ヒットした。当時の世相を反映した物悲しい曲想が大衆の心を捉え全国に流れた。これにより香月の作詞家としての評価は高まり、以降多くの歌曲を作詞している。
     

    白鳥の歌  作詩:若山牧水 作曲:古関裕而 
    https://www.youtube.com/watch?v=nh8SP6E7Mfc (舟友のいつでも夢を♪さんの動画です)
    (1968年アルバム ひとりぽっち2集「舟木一夫の想い出の歌」に収録)
     
    イメージ 26
    白鳥は 悲しからずや
    空の青 海の青にも
    染まずただよう
     
    幾山河 越えさりゆかば
    さびしさの はてなむ国ぞ
    きょうも旅ゆく
     
    いざゆかむ 行きてまだ見ぬ
    山を見む このさびしさに
    君は耐うるや

     
     
     
    昭和22年(1947)発表。酒と漂泊の歌人といわれた若山牧水の名歌3首に古関裕而が曲をつけたものです。連続ラジオドラマ『音楽五人男』の挿入歌として、また、これを映画化した東宝の同名作品の主題歌として使われました。(藤山一郎さん歌唱)

    「出船」「白鳥の歌」は、二十代の初めの音源とは、またひと味違う今の歌唱。歌い手として、人としての5
    0年の旅路で培ってこられた諸々の力が、川底の深い所でドッシリと水の流れを支えているようで、水面の美しさだけではない水底から響いてくるような感覚の歌声といったらいいのでしょうか。

    初恋  作詩:島崎藤村 作曲:若松甲
    https://www.youtube.com/watch?v=XWRi576BLZw (kazuyanさんの動画です)
     
    イメージ 27まだあげ初(そ)めし前髪の
    林檎(りんご)のもとに見えしとき
    前にさしたる花櫛(はなぐし)の
    花ある君と思ひけり
     
    やさしく白き手をのべて
    林檎をわれにあたへしは
    薄紅(うすくれなゐ)の秋の実に
    人こひ初めしはじめなり
     
    わがこゝろなきためいきの
    その髪の毛にかゝるとき
    たのしき恋の盃を
    君が情(なさけ)に酌(く)みしかな
     
     
    夕笛 作詩:西條八十 作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=PsMVvtl_4QM (映画シーン付動画)
     
     
    イメージ 28ふるさとの 蒼い月夜に
    ながれくる 笛の音きいて
    きみ泣けば わたしも泣いた
    初恋の ゆめのふるさと
     
    おさげ髪 きみは十三
    春くれば 乙女椿を
    きみ摘んで うかべた小川
    おもいでは 花のよこがお
     
    ふるさとへ いつの日かえる
    屋敷町 ふるいあの町
    月の夜を ながれる笛に
    きみ泣くや 妻となりても
     
    ああ花も恋も かえらず
    ながれゆく きみの夕笛
     
     
     
     
    浮世まかせ  作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=U0o1uQ11CLo(kazuyanさんの動画です)

    イメージ 29花を枕の 盃に
    紅のかおりの 舞う午後は
    好いた惚れたに 酔うもよし
    浮世まかせの 春だもの
     
    とぎれとぎれに 蝉しぐれ
    ほろり情に つまづいて
    遠い父母 抱くもよし
    浮世まかせの 夏の宵
     
    夢をたずねて いそぐ男(ひと)
    待ってこがれて やせる女(ひと)
    背中合わせの 旅もよし
    浮世まかせの 秋深く
     
    どこか恋しい 古傷に
    更けて木枯らし 冴える夜は
    心ふるえて 泣くもよし
    浮世まかせの 冬の中
     
    いいさ そうだよ 誰も皆
    浮世まかせの 風車
     
    アンコール   
    いったん幕がおりて、再びあがると、羽織を脱いで着流しで登場です。
     
    一曲目
    京の恋唄  作詩:西條八十  作曲:竹岡信幸
    https://www.youtube.com/watch?v=Gj0UmeHqOt0 (kazuyanさんの最新V.動画です)
     
    イメージ 31好きだけど たまらないほど好きだけど
    あなたは可愛いい 薄羽の蝶々
    抱くにはあんまり か弱くて
    かなしく見おくる 嵐山
     
    さやさやと 嵯峨野の青竹風に泣く
    あなたの来ない日 さみしい夕(ゆうべ)
    昔も今でも 人の世は
    恋ゆえ泣くのか 今日の秋
    イメージ 34
     
    恋あわれ 残るあなたの置手紙
    抱けばほのかに 袖の香かおる
    消えゆくあの夢 この夢おぼろ
    若い日さみしく 鐘が鳴る
     
     
     
     
     
    二曲目
     
     
    恋人形  作詩:舟木一夫 作曲:山路進一
     
    イメージ 35うす墨の 空はつれない 雨もよう 
    帰るあてさえ ないひとに
    いくつ折鶴 恋ごころ
    にじむ 吐息の もどかしさ
     
     
     
    イメージ 36
     
     
     
    ふるさとの 風はかおりも 秋化粧
    落ち葉しぐれる 白壁に
    揺れて とぎれて ほそぼそと
    つらい噂も 気にかかる
     
    うす紅の 目もとやつれて 恋人形
    あやめ一輪 咲く帯に
    かくしきれない あの夜の
    命かさねた 夢のあと
     
     
     
    休憩を35分挟んだだけで一部、二部あわせて130分。昼・夜、各31曲。2回のステージでなんと62曲
    です。その全てを全身全霊で歌唱されました。

    パンフレットのプログラムでは、第二部の後半は、この並びではなく「日本の名曲たち」として「出船」「白
    鳥の歌」の二曲のみが並んでいたのですが、実際のコンサートでは、構成が変わっていました。
     
    ~パンフレットの並びは以下の通り~
    初恋~あゝ荒城の月かなし~恋唄 
    日本の名曲たち 出船~白鳥の歌
    銭形平次
    さいはての月~星の夜北へ帰る
    絶唱~夕笛~浮世まかせ

    実際のステージの構成で拝見して、帰宅後、二部のコンサートの余韻に浸りつつ、この報告をまとめているうちに、エンディング曲から、一旦幕が降りて再び幕が上がった時のアンコール曲のセレクトに至るまで練りに練ったステージの流れになっていて、それぞれの曲たちが、粒立って最大限に生かされていることに気づかされました。いつもながら、舟木さんの歌唱表現の素晴らしさにも驚かされますが、その舞台構成センスにも毎回脱帽です。

    舟木さんが、一曲、一曲の歌たちへどれほど愛情をもって向き合っていらっしゃるかが、しみじみと伝わってくるのです。ステージに載せられる曲たちが、思いっきり光を浴びて輝いていることと舟木さんの歌声の響きの見事さとは、間違いなく手をつなぎ合って、あの感動的なステージを創り上げているのだと思います。
    そしてまた、今回は、日本語の粋を極めたような詩の世界を、シャワーを浴びるようにふんだんに楽しませていただきました。どれもこれも、名作で、日本語のもつ力、言霊(ことだま)を舟木さんの深い響きの歌唱で私の心に届けてくださいましたので、本当に贅沢三昧の時空間に漂うことができました。
    耳の贅沢、心の贅沢とはこういうことを言うのですね。どの曲も、文字におこして目でも味わうと「日本人に
    生まれてきて幸せ!」と心から思えるのです。
     
    しかも、今回は、舟木さんご自身が創られた作品が、31曲中、11曲もセットされていました。
    島崎藤村、西條八十、若山牧水、勝田香月という純粋詩、文芸詩の大家による名詩、そして昭和の流行歌を支えてこられた歌謡曲のヒットメーカーの作詩家によるオリジナルヒット曲と舟木さんの御自作の詩の世界観になんの違和感もないこと。こうしてステージの中に置かれていてもまったく遜色がないことに、感服します。私が、中学生の頃に知っていた舟木一夫という「人気スター」が、これほど多彩な才能を秘めていたことに今さらながら、驚いているというのが正直なところです。
     

    「舟木一夫の世界」という大きな川の流れ、その水底にある豊かな感性の泉、確乎たる揺るぎない岩盤の中に息づいている高い精神性の核を、毎回のステージを拝見する度に見せつけられます。
     
    歌い手として、プロデューサーとしての舟木さんの姿には、一回、一回に新たな発見があり新鮮ですが、それは、私が、単に舟木さんを好きだから「飽きない」のかというとそうではないように思います。
    舟木さんご自身が、歌い手として、プロデューサーとして、たゆみなく表現者としての新たなチャレンジをさ
    れているからなのでしょう。歌舞伎でも、文楽でも舞台芸術はナマモノ……二度と同じものを見せることはできず、また、同じものだと思わせたらそれはプロとしてはオシマイなんですね。
     
    若い頃からの経験や精進で、たくさんのカードを懐中に秘めていらっしゃる舟木さんが、これから先もどんなマジック、イリュージョンを見せて下さるか、ワクワクします。早く来い来い、2015年!

    最後に、御自作の11曲をもう一度、おさらいしてみますね。
     
    第一部
    君へ心こめて/眠らない青春/End-love
     
    第二部
    英もよう/鶴八鶴次郎/江戸の淡雪/総司が行く/恋唄/さいはての月/浮世まかせ
     
    アンコール
    恋人形
     
     
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    拙ブログに、ご訪問くださった皆さまに、一年間の感謝を込めて、2014年ラスト・ブログです。
     
    以前からお願いしていて、ずっと楽しみに待っていた舟友さんの最新動画が出来上がりました。
    舟木さんには、先日の新橋演舞場シアターコンサートのアンコールでも唄われた「京の恋唄」という名曲がありますが、他にも、今回ご紹介する「逢う瀬」、そして多分来年早々には、ご紹介できる「嵯峨野雪草紙」などがあります。
     
    私事ですが、十代の頃から、京都にあこがれ、縁あって舟木さんと「再会」出来た頃まで、十年近く暮らしていたものですから、京都にちなんだ舟木さんの歌には、ことのほか心惹かれます。
     
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    シングル化はされていない曲ですので、あまり馴染みのないものではないかと思い、ひとりでも多くの舟木さんファンにご紹介したく、舟友さんに音源資料をお預けして、動画をお願いしていました。
     
    この度、素晴らしい映像とともに、舟木さんの歌声で、抒情豊かな、この作品を皆さまにご紹介できることになり、本当に嬉しく思っています。
     
    舟友のkazuyanさんに、心からの感謝を込めて、アップさせていただきます。
     
    なお、作詩の藤浦洸氏は、私たち世代が、子どもの頃に、NHKの人気テレビ番組「私の秘密」などに出演なさっていたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
     
    藤浦 洸(ふじうら こう、1898年9月1日 - 1979年3月13日)
    大学卒業後は、音楽評論家伊庭孝に師事し、浅草オペラの俳優等を経て、1930年から、コロムビアレコード文芸部のエドワードの私設秘書となり、ジャズソングの訳詞などを手掛けていた。1937年、「別れのブルース」の大ヒットにより名声を得た。
    1938年にコロムビア・レコードに入社して同社専属の作詞家となり、「戦前戦後を通じて多数のヒット曲を世に送り出した。特に美空ひばりには「悲しき口笛」、「東京キッド」など初期楽曲を多く提供している。
    この他、「二十の扉」「私の秘密」等のNHKのラジオ・テレビ番組に多く出演したことでも知られる。
     
    なお、作曲の戸塚三博氏は、あの名曲「哀愁の夜」「友を送る歌」ほか多くのヒット曲を舟木さんに提供なさっています。
     
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    初収録のアルバムは、1974年10月発売「舟木一夫の新しい名刺」です。この年の春に、ご結婚されて、心機一転、再び音楽活動にもどられた頃に、リリースされた音源です。このあたりから、舟木さんの歌声は、それまでとは、かなり変化していると私は思います。哀愁のある歌でも、基本的には、声が明るく澄んでいイメージ 3て、伸びやかで耳に心地よいステキな声です。しかも、大人の色香が漂い、「逢う瀬」の描く世界観をしっかり聴く側の心に届けてくれていると感じます。
    また、三年後の15周年記念10枚組アルバム「限りない青春の季節」にも、セレクトされて収録されています。
    ただ、あまり今のステージでお聴きすることができないのが残念……近いうちに、今の舟木さんの歌唱で、ステージで聴けることを願っている私です。
     
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    逢う瀬 作詩:藤浦洸 作曲:戸塚三博
    https://www.youtube.com/watch?v=5-hZ-Gg5Cdw&feature=youtu.be
    アルバム「舟木一夫の新しい名刺・友情」収録(1974)
    15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録(1977)
     
    イメージ 5京は加茂川 たそがれに
    誰を待つのか 川べりの
    宵待草の 花ひとつ
    君によく似た うつくしさ
     
    けぶるむらさき 東山
    鐘の音色に ゆれながら
    ひとりさびしく 待ちわびる
    君のすがたの いじらしさ
     
    あいにゆこうか あうまいか
    あわねばなおも かなしさを
    耐えてたたずむ 横顔に
    散るは祇園の ともしびか
     
     
    夢二もこのあたりから見たかもしれない八坂の塔です。
     
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    イメージ 6私は、「京の恋唄」を聴くと、この恋のお相手のヒロインは、祇園の舞妓さんかな?とイメージするのですが、「逢う瀬」を聴くと、どうしても、あの竹久夢二の愛してやまなかった彦乃を、イメージしてしまいます。
     
    多分、詩の中に「宵待草」という言葉が登場することや、夢二と彦乃が、しばらく暮らしていたのが、この東山界隈だったということから連想してしまうのかもしれません。
     
    夢二が京都で下宿したのは1917年(大正6)2月。部屋は2階の2間。愛情問題のもつれから東京を逃れてのこと。2ヵ月後、北の高台寺南門前へ移り愛人彦乃と生活したそうです。清水寺に向かう二年坂あたり久夢二の寓居跡「港屋」です。
     
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     詩の中の「君」というのは彦乃のことでしょうか?どうしても夢二の恋を連想させます。
     
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    ~なつかしき~  アルバム「宵待草~竹久夢二の郷愁」より
     
    なつかしき 娘とばかり 思いしを
    いつか悲しき 恋人となる
     
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    皆さま、良いお年をお迎え下さい、来年も宜しくお願いいたします

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    全国的に荒れ模様の新年となったようですが、ここ東海地方もちょうど初日の出の時刻に突風が吹き荒れて雪も舞っていましたので、恒例の、わが家から歩いてすぐの「初日の出スポット」に出かけるのは断念
    しました。残念!
     
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    でも、朝の8時過ぎにはお日様も顔を出して、風は相変わらず吹き荒れていますが、少し初春の陽射しを感じることができ、ちょっと安心。今年、一年が穏やかないい年になることを心から願います。
     
    わが家のベランダからの新年の朝の風景
     
     
     
     
     
    末娘とその婿さんの家の鶴松クン(ネコ)と亀次郎クン(イヌ)が、ヒツジにヘンシーン!
    娘の描いたイラストで、新年のごあいさつです(笑)
     
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    イヌの亀次郎クンとネコの鶴松クン……ふたり併せて「鶴次郎」
     
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    一週間に一回くらい、わが家にやってきます。彼らが来るのをまるで孫を待つような気持ちになって待つ
    私です(笑)今はお正月なのでホントの孫たちもわが家に集合してますが、動物の可愛さはまたベツバラ?
     

    さて……2015年の舟木さんの仕事始めは、2月1日初日の新歌舞伎座の特別公演です。
    そして仕事納めは、12月の新橋演舞場の特別公演。とっても楽しみな一年になりそうですね。
     
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    舟木さんのデビュー5周年記念の写真集より 御自作のをご紹介して、2015年の「れんげ草の咲くさんぽ径」ブログ始めとさせていただきます。本年もよろしくお願いいたします。
     
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    初心を忘れず今もなお二十代の頃の想いを胸に抱きつづけていらっしゃる舟木さんなのだとあらためて思わせてくれる言葉です。昔も今も少しも変わってませんよね。
     
    素敵な70代の第1ページとなる2015年の舟木さんのますますのご活躍とご健康を祈ります。
     
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    元旦に続いて、ここ東海地方では、2日と本日の3日も朝起きると雪がうっすらと積もっていました。
    大阪からやってきた8才と6才の男孫たちは、この冬、初めてみる積雪に大喜びで、朝からはしゃいで雪
    遊びをしていました。
     
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    舟友のkazuyanさんが、ご自宅付近で撮影された雪景色をバックに「愛の新雪」のニューヴァージョン動
    画をアップして下さいました。舟木さんの爽やかな歌声にのせてご紹介させていただきます。
     
    愛の新雪  作詩:石本美由起 作曲:佐伯亮
    https://www.youtube.com/watch?v=uv0k5iFBd3E&feature=youtu.be
    (1975年1月発売)
     
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    「寒くないか」と いたわる声に
    身を寄せて 身を寄せて
    寒さ忘れる 愛の夜
    信じて生きる ふたりの恋を
    雪が静かに 包んでくれる
    白くまふしい 街灯り
    ああ新雪の 愛を語ろうよ
     
    「寒くないわ」と つぶやく君の
    黒髪に 黒髪に
    雪の花びら 降りかかる
    この世にひとり 君さえいれば
    俺はなんにも のぞみはしない
    雪がこころを 燃えさせる
    ああ新雪の 愛を唄おうよ
     
    「はなさないよ」と 肩だきよせて
    くちづける くちづける
    頬に冷たく 雪が降る
    思い出積もる 今夜の雪に
    愛の誓いを 記しておこう
    街は夜更けて 二人きり
    ああ新雪の 愛を語ろうよ

    kazuyanさんの2014年ヴァージョン「愛の新雪」動画
    https://www.youtube.com/watch?v=9cDTkn2siZw
     
    「愛の新雪」 映画「残雪」映像付の動画
    https://www.youtube.com/watch?v=WFZ9loxzZ5Y

    「愛の新雪」のこの音源は、今から、ちょうど40年前の舟木さんの歌声になるのですね。とても、明るい清々しい歌唱で、私はこの曲がお気に入りです。
     
    イメージ 3「愛の新雪」のシングルレコードリリースは1975年1月です。
    シングル発売前年の10月に発売されたアルバム「友情/舟木一夫の新しい名刺」からのシングルカットだったようです。
     
    アルバム「友情/舟木一夫の新しい名刺」 収録曲
    友情/寝顔/返事/あじさいは君の面かげ/愛という名の電車/結婚/旅路/海峡/逢う瀬/杉の木峠の別れ/愛の新雪/別れの瞳

     
     
     
     
     
     
    イメージ 4下記にこの頃の舟木さんの活動をピックアップしています。
    ~「青春賛歌」大倉明著巻末年表参考~
     
    1974年
    4月29日挙式
    6月アルバム「初恋 舟木一夫抒情歌謡を歌う」発売
    7月27日NHK「思い出のメロディー」の収録。(8月3日放送)
    8月11日東京豊島公会堂で後援会員のためのコンサート開催
    9月「旅路」「寝顔」発売(復帰第一作)
    10月アルバム「友情 舟木一夫の新しい名刺」発売
    10月TBS「ふたりぼっち」に出演
    11月2日、3日東京郵便貯金ホールで「舟木一夫コンサート74」開催
    12月15日京都会館で「舟木一夫コンサート74」開催
     
    1975年
    1月「愛の新雪」「別れの瞳」発売
    これより精力的にコンサート活動始動、後援会員200人とハワイ・バカンスツアーなども行う。
     
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    舟友さんの最新動画 「嵯峨野雪草紙」ご紹介
     
    舟友のkazuyanさんにお願いしていた「嵯峨野雪草紙」の動画が、完成しましたので、先ずは、ご紹介します。「京の恋唄」「逢う瀬」と、併せて「京都三部作」が揃いました。
    kazuyanさん、いつも、わがままをお聞き下さって本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて
     
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    「嵯峨野 尼寺・・・・」というと祇王寺でしょうね。

    祇王寺
    元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院の跡を引き継いで今日に至る。また、「平家物語」には平清盛
    の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺したとしても知られている。
     
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    イメージ 2嵯峨野雪草紙  作詩:吉田旺 作曲:古関裕而
    https://www.youtube.com/watch?v=U39m-nUhc5E&feature=youtu.be
    (1975年 アルバム「暦/12カ月の愛の歌」より1月の詩)
     
    雪見障子の そのむこう
    音もたてずに 降る雪は
    おんなごころの みがわりか
    嵯峨野 尼寺 墨絵いろ
     
    長い黒髪 断ち切った
    わけは恋路の 果てなのか
    誰も知らないほつれうた
    嵯峨野 尼寺 細雪(ささめゆき)
     
    雪の枝折り戸 おしあけて
    七分びらきの 蛇の目傘
    色はむらさき おんな傘
    嵯峨野 尼寺 雪草紙
     
     
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    イメージ 6アルバム「暦 十二ヶ月の愛の詩」(1975年4月発売)
    作詩はすべて吉田旺氏です。()内は作曲者
    1 四月の詩 素晴らしい春(佐伯亮)
    2 五月の詩 津和野川 (船村徹)
    3 六月の詩 楡の雨 (遠藤実)
    4 七月の詩 むかえ火 (船村徹)
    5 八月の詩 ゆきずりの夏 (山路進一)
    6 九月の詩 宵祭り(戸塚三博)
    7 十月の詩 或る手紙 (戸塚三博)
    8 十一月の詩 兄・妹(船村徹)

    9 十二月の詩 縄のれん (佐伯亮)
    10 一月の詩 嵯峨野雪草紙 (古関裕而)
    11 二月の詩 紙の指輪 (遠藤実)
    12 三月の詩 さかみち (山路進一)

    ~「青春賛歌」(大倉明著)の巻末年表より~
    1975年
    1月「愛の新雪」「別れの瞳」発売
    精力的にコンサート活動始動、後援会員200人とハワイ・バカンスツアーなども行う。
    4月「津和野川」「むかえ火」発売
    4月アルバム「暦 十二ヶ月の愛の詩」発売
    4月27日大阪新歌舞伎座「舟木一夫リサイタル」開催
     
    舟木さんの歌声とkazuyanさんの映像で、がぜん京都が恋しくなりました。1月の下旬にまた冬の京都に行ってみよかなと思っています。kazuyanさん、ありがとうございました。
     
    kazuyanさんの舟木さん京都三部作歌唱動画、こちらの2曲もどうぞ!
     
    京の恋唄
     
    逢う瀬
     
     
    1月4日 大阪日帰り 旅日記
     
    イメージ 7三人の娘たち一家の来襲?で大賑わいの三が日が過ぎ、近鉄特急に乗って朝から、いざ大阪へ!
    先ずは大阪・上本町で下車して新歌舞伎座のチケット売り場へ舟木さんの二月公演の追加チケットを買いに立ち寄りました。
     
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    その1
     
    イメージ 9春を呼ぶ第一声 
    初夢で「見たよ 聞いたよ」浪花節
    ~京山幸太デビュー披露記念公演~
    大阪 阿倍野区民センター・ホール
     
    プログラム
     
    年頭の辞 京山幸枝若
    口演者と演目
    真山一郎  北方のふるさと
    京山小圓嬢 東雲座
    松浦四郎若 秋田蕗
    天中軒雲月 天野屋利兵衛(忠臣蔵抜き読み)
    京山幸太デビュー披露口上
    京山幸太  孝子萬兵衛 ( こうしまんべえ )
    三原佐知子 はばたけ千羽鶴
    京山幸枝若 千人坊主(左甚五郎より)
     
     
     
    京山幸太さん現在、関西外国語大学在学中、確かまだ19才?昨年9月に師匠の京山幸枝若に弟子入りしたばかり、一般家庭からの浪曲界入りということですが、今回のデビュー披露公演を拝見して、驚きました。落語の若手さんたちは、小咄から前座ネタからスタートして徐々に、難易度の高い演目へとステップアップしていきますが、彼の場合はいきなり50分の長尺の演目でのデビュー披露公演です。もちろん、舞台に立つのは今回が初めてということではないということですが、それにしてもあまりにも堂々たる口演ぶりでした。
    弟子入り志願の時に、師匠が「どうして浪曲師になりたいのか」と尋ねたところ、「浪曲にもっと若い人が来てくれるように…、僕が浪曲師になったら若いお客さんが来てくれるようになる」との頼もしい言があったとのこと。その心意気と彼の可愛い顔(ルックス)に幸枝若師は惹かれたようです。確かにルックスは大事(笑)やる気と志の高さで、素晴らしい舞台を見せてくれた幸太さん、地味で修業の厳しい大衆芸能の世界にも目を向けてくれるこんな若者がいることが、嬉しい私です。ちなみにそれまでは、ロングヘアでヘビメタ派だったそうです。落語、講談、浪曲、歌舞伎に文楽……若手の成長が本当に楽しみな私です。
     
     
    イメージ 11とは云え、実は、この浪曲公演の私のお目当ては最古参の京山小圓嬢師でした。御年八十余才のチャーミングで情味と艶があふれる小圓嬢師の口演を初めて聴いたのは5年ほど前でした。浪曲界では、私の一番のお気に入りです。演目「東雲座」は、書生役者と言われた川上音二郎も登場する物語で興味津々。浪曲の楽しいのは、客席から、「日本一!」「名調子!」と掛け声をかけることで演者をノセて、さらに調子を上げていくという演者と客との二人三脚で、より盛り上がるところでしょうか。

    文楽でも、お目当ての大夫さんが語りを始める直前のいいタイミングで「○○大夫!」「待ってました○○大夫!」と声がかかります。私の場合、今のところは東京の寄席では、「待ってました!」の掛け声をかけることは、あります(笑)なかなか気持ちのいいものですよ。一度お試しください(笑)
     
    歌舞伎の世界では、伝統的に女性の大向こうは「いけない」とされていますが、最近は、花形歌舞伎やス
    ーパー歌舞伎などでは、若い女性の声も聞こえますので、少しずつ緩んできたのかな?と思っています。
    そういえば、舟木さんのコンサートや公演でも、大向こうがかかることがありますね。
    これも、タイミングの良さ、声質によって、効果的であったり、なかったり……(笑)
    いずれにしても、舞台の上にいる方が、気持ちよくなれば、それで結構!ということなのでしょうね。

    その2
     
    文楽初春公演 第二部 
    ~冥途の飛脚 
     淡路町の段/封印切の段/道行相合かご
    国立文楽劇場  大阪・日本橋
     
    そして、浪曲の会場を後にして、向かったのは、地下鉄で15分ほどの国立文楽劇場。
     
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    イメージ 14お目当ては「冥途の飛脚」の「封印切の段」、大好きな豊竹嶋大夫さんの「切場語り」です。
    昨年の春に引退された竹本住大夫さんが、文楽界で初めて「文化勲章」(平成二十六年度)を受賞されましたが、住大夫さんは88才ですから、他の伝統芸能と比べて、受賞は遅きに失していると言わざるを得ません。大夫さんのみならず人形遣いの方、三味線の方たちへの評価ももっと正当に成されるべきだと私は残念に思っています。
    住大夫さん引退後は、嶋大夫さんが最高齢の大夫さんとなられました。初めて文楽と出逢った頃から、私の一番のお気に入りは嶋大夫さん。あるとき文楽劇場のスタッフの女性とお話する機会があったときに、私も大ファンなんですと二人で話が盛り上がったこともあります。一度でも多く、嶋大夫さんの語りを聴きたいと、せっせと足を運んでいる私です。
     
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    舟木さんも「梅川・忠兵衛/恋染めて風の花」として舞台にかけられた、近松作の浄瑠璃「冥途の飛脚」です。文楽でも歌舞伎でも何度も何度も観ている演目ですが、舟木さんの舞台は、当世風に脚色されてお客さんが納得しやすい運びになっているので忠兵衛という人物像に共感もできるのですが、文楽や歌舞伎では、どうも忠兵衛の心理が現代に生きる、ことに女性である私には理解できないというモヤモヤがあって、余計に、そのモヤモヤを吹き飛ばしたくて何度も何度も足を運んでいるという一面もあります。
     
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    元々は浄瑠璃「冥途の飛脚」があって、それを歌舞伎では「恋飛脚大和往来」としていくらか脚色しています。文楽も「冥途の飛脚」としてかかる場合と、「傾城恋飛脚」としてかける場合があって、昨年の初春文楽公演では「傾城恋飛脚・新口村の段」が、かかりました。
     
     
     
     
     
    イメージ 18この公演のパンフレット(解説書)に、嶋大夫さんのこのような談話が掲載されていました。
    忠兵衛という人物についてのこうした嶋大夫さんの寄り添い方が、語りにも如実に現れているのでしょう。
    今回の「封印切の段」で、少し忠兵衛の気持ちが、こちら側にも伝わってきたように思います。
     
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    若い浪曲界のホープ、京山幸太さんのデビューの舞台、八十余才の京山小圓嬢さん、そして嶋大夫さんの舞台を拝見して、伝統芸能、舞台芸術の醍醐味をあらためて胸いっぱいに感じました。
     
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    現在、情報がわかっているものからアップします。随時、追加していきます。
     
    イメージ 12月1日~20日 大阪新歌舞伎座 
    舟木一夫特別公演 
     
    第一部 花の風来坊
    第二部 シアターコンサート
     
     
     
     

     
     
     
     
     
     

    春日局 観劇予定日 
    2月1日(日) 初日 12時
    2月2日(月) 16時
    2月9日(月) 12時
    2月14日(土)11時
    2月14日(土)16時
    2月19日(木)16時
    2月20日(金)千秋楽12時
     

     
     
     
    イメージ 22015年 コンサート

    春日局 予定 
     
    3月20日(金)  大宮ソニックシティ  
     
    3月25日(水)  宇都宮市文化会館
     
    3月31日(火)  練馬文化センター  
     
    4月4日(土)     大田区民ホールアプリコ
     
    4月10日(金)   習志野文化ホール
     
    4月16日(木)   ティアラこうとう
     
    4月23日(木)   鎌倉芸術館   
     
    4月28日(火)   神奈川県民ホール 
     
     
     
     
     
    6月5日(金)    神戸国際会館こくさいホール  
     
    6月10日(水)   名古屋・日本特殊陶業市民会館 
     
    6月16日(火)    オリンパスホール八王子  
     
     
     
    下半期スケジュール  ~ 新橋演舞場特別公演
     
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    新年のご挨拶をしたばかりだと思っていたら、早くも一週間が過ぎてしまいました。今年は、昨日6日が「寒の入」でした。これから節分までは、寒さの一番厳しい時候となります。
    今夜から北海道はじめ、東北、北陸など北日本では暴風雪になるという予想です。雪害の出ないことを心からお祈りしています。
     
     
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       松飾りとれて紅濃き木瓜の花  お粗末…… 
     
     
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    木瓜の花
    実が瓜のような形をしているところから木瓜の名がついたなどの説がある。
    3月から4月に咲く木瓜(ボケ)に対して、11月から12月ころから咲くものを寒木瓜(カンボケ)と呼んでいる。
     
     
     
     
    この季節にピッタリの「北風のビギン」を舟友のkazuyanさんの動画でお楽しみください。
     
    私のお気に入りの「北国の街」の舟木さんとマコちゃんのツーショット写真

    イメージ 5北風のビギン  作詩:西沢爽  作曲:和田香苗    
    https://www.youtube.com/watch?v=03bsxLzwnqE
    (1968年1月)
     
    北風にむかって 僕は叫んだ
    君の名をそっと 思いをこめて
    北風にむかって 僕は叫んだ
    どこまでも僕と いっしょにおいで・・・
    見つめあう瞳に 燃えてる愛の火よ
    頬よせてゆこうよ ああ この道を
    北風にむかって 僕は叫んだ
    春が来るごらん あの山越えて
     
    北風はつらいと 君は泣いたね
    こごえてる指を あたためた僕
    北風はつらいと 君は泣いたね
    黒髪が風に むせんだあの日
    今日からは僕たち ひとりじゃないんだよ
    かなしみの涙は ああ ふりすてて
    北風はつらいと 君は泣いたね
    春が来るごらん あの山越えて
     
    北風にむかえば 勇気がわいてくる
    この腕に可愛い ああ 君がいる
    北風の彼方へ 歌ってゆこう
    春が来るごらん あの山越えて
     
     
     
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     一月
     
    1月4日(日)   大阪阿倍野区民ホール  13時開演
              「初夢で『見たよ聞いたよ』浪花節〜京山幸太デビュー披露記念公演
    1月4日(日)   大阪国立文楽劇場 初春文楽公演 第一部 16時開演
                「日吉丸稚桜」/「冥途の飛脚」
     
    1月22日(木) 大阪 鶴橋・雀のおやど「桂南天・桂紅雀」の会 19時半開演
    1月23日(金) 大阪国立文楽劇場 初春文楽公演 第二部 11時開演
               「花競四季寿」/「彦山権現誓助剣」/「義経千本桜」
    1月23日(金) 大阪 鶴橋・雀のおやど「桂塩鯛一門会」     18時半開演
     
    二月
     
    2月1日(日)   大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 初日/12時
    2月2日(月)   大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 16時

    2月9日(月)   大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 12時
    2月9日(月)   京都・安井金比羅会館
                第290回 桂米朝落語研究会   18時

    2月14日(土)  大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 11時・16時

    2月19日(木)  大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 16時
    2月20日(金)  大阪新歌舞伎座 舟木一夫特別公演 千秋楽/12時

     
    三月
     
    3月20日(金)  舟木一夫コンサート/大宮ソニックシティ  14時半・18時半
    3月31日(火)  舟木一夫コンサート/練馬文化センター   14時半・18時半
     
    四月
     
    4月23日(木)  舟木一夫コンサート/鎌倉芸術会館     14時半・18時半
    4月24日(金)  平成中村座(浅草寺) 昼の部
     
     
    五月
     
     
    六月
     
    6月5日(金)   舟木一夫コンサート/神戸国際会館     14時半
    6月10日(水)  舟木一夫コンサート/日本特殊陶業会館  14時半
     

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    寒気は強いものの、私の住んでいる三重県北部では、陽射しも日に日に長くのびてきて穏やかな日が続いています。ここ数日は、洗濯、布団干し日和です。散歩も気持ち良くて、九華公園のお堀の鴨さんたちも
    のんびりと水面に浮いています。
     
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    さて、ほんとに久しぶりですが、「舟木一夫自作曲によせて」のシリーズがあったのを思い出したので…
     
    大人になってからは、テレビはずっと長くほとんど観てなかったのですが、2年前に実家暮らしをするように
    なってからNHKの朝ドラを「朝」ではなくて、お昼に母と一緒に観るようになりました。
    今、放送されているのは、「マッサン」ですね。日本で初めて本格的なウィスキーを作った、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝とその妻をモデルにしたストーリー。年が明けて物語はいよいよ佳境に入っていくようです。
    このお話の主役は「ウィスキー」?ということですから…もうお察しがついたと思いますが、今回は、舟木さんの「WHISKY-LONELY」をご紹介しますね(笑)
     
     
    イメージ 2舟木さんの御自作というと、私ならブログのタイトルにもお借りしているように「れんげ草」がマイ・ベストなのですが、他にも胸がキュンとなるラブソングなどが、数え切れないほどあります。でも、そういったものとは、ちょっと趣を異にした「おんな唄」が「WHISKY-LONELY」です。私は、まだ残念ながらこの曲をナマのステージで聴いたことはないのですが、初めてこの曲を聴いた時、とっても衝撃を受けました。
     
    作品としてどうのこうのというよりもまっ先に舟木さんってこんなに自由自在に唄える歌い手だったんだと、失礼ながらその歌唱表現のクオリティの高さに圧倒されました。「セリフは唄うように、歌は語るように」という表現者の心得の真髄のような言葉がありますが、舟木一夫は「語れる歌い手」である…ということに遅まきながら気付かされたのです。
     
    舟木さんは何十年も昔、私にとって心ときめくお兄さんのような存在。子ども心にもそういう想いをそっと胸に秘めておきたいような憧れの人ではありましたが「歌い手・舟木一夫」という認識は稀薄でした。
     
     
     
    ですから、ほんの二年ちょっと前に何十年ぶりかでそのステージの歌唱を聴いて、雷に打たれて、とにかく手に入る音源を片っ端から聴いていく中で、「巧い歌い手」だったんだということに申し訳ないほどに遅ればせながら気づいたというのが正直なところなのです。
     
    イメージ 3もちろん、「絶唱」で舟木さんが最優秀歌唱賞を受賞されたのは、デビューしてわずか3年目、まだ22才になったばかりの時、しかもそれまでのレコード大賞最優秀歌唱賞受賞の歴代最年少ですから、十分に「評価」はされていたのだと思いますが「賞獲り合戦」という一面もある、その世界の「暗黙のお約束事」のような、すっきりしない空気の中での「最優秀歌唱賞」だったような印象を、当時まだ中学生だった私ですら持っていたように思います。
     
    舟木さんご自身、デビュー3年目での「最優秀歌唱賞」は、あまりに重すぎて戸惑いを感じていらしたようですから、今となっては、まだこれからという若い歌い手にとってはある種「大人たちのご都合主義」というか、罪作りな結果になったと思わざるを得ません。
     
    その後の舟木さんの旅路で、本当の意味で歌い手として真っ当に評価をされるべき時というのは、皮肉にも、舟木さんがおっしゃるところの「寒い時期」であったのかもしれないと、今さらながら、つくづく思う私です。「芸能界」の表舞台には姿を見せることがなかった頃の舟木さんの、あえて誤解を恐れずに云うならば「水面下」での表現者としての活動、仕事にこそ注目に値する成果があったのだと思います。
     
    今の舟木さんのナマの歌唱で聴けるなら、どんな曲でもかまわないほど何を唄われても大満足なのですが、あえて欲張って云えば「WHISKY-LONELY」を、ぜひ聴いてみたいと思っています。
     
     
    イメージ 5WHISKY-LONELY  作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=o2scFdlA-2g
    (「WHITE」収録 1982年6月LP発売/1995年4月CD発売)
     
    めずらしく アイツめが
    自分でタバコなんぞを 買いに出た
    ドアを出て 10分も経ってから
    置き去りの小銭入れに 気がついた

    バカ野郎 夜中の2時に
    小銭もなしで タバコが買えるか
    あの野郎 出て行ったな
    別れたな もどらないな……
    くやしいけど 泣かないもん
    酒でも飲んで 忘れるもん
     
     
     
    イメージ 4
    あの野郎 手ぶらで出たっけ
    ここよりいい部屋 見つけやがったな
    バカ野郎 このあたしより
    いい女なんて いるもんか
     
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    くやしいもん 手酌だもん
    ヒマになっちゃったもん 飲むしかないもん
     
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    探すなんて 似合わないもん
    酔いつぶれちまえ 寝ちまえ
     
     
     
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    イメージ 6WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
     
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    WHISKY-GRASS(くやしいもん)
    WHISKY-NIGHT(手酌だもん)
    WHISKY-CRY(泣かないもん)
    WHISKY-LONELY(忘れるもん)
     
    WHISKY-GRASS WHISKY-NIGHT 
    WHISKY-CRY WHISKY-LONELY
    ………………
     
    1982年6月発売LP盤 ↓
     
    イメージ 7
    他に、音源として2012年12月に発売された「WHITE」スペシャルセレクションというCDがあります。
     
    イメージ 8
    こちらはライブ・ヴァージョンです。「29小節の挽歌」から「WHISKY-LONELY」に入っていくという構成のステージのライブ収録音源(2010年4月大宮ソニックシティホール)ですが、これがまた圧巻なのです。
     
     
     
    下記に、舟木さんが、コンサートで、この曲についてお話しなさっている記事を併せてご紹介します。
     
    ~5daysコンサート in 京都南座(1999年7月)のトークの模様  ピンク文字が舟木さんのトーク  
                日本の名歌手シリーズ 舟木一夫 風まかせ(1999年10月発刊・東京新聞出版局)より
     
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    「次にお聞かせするのは、多分、これはコンサートでしか入り込めないだろうというタイプの曲。中身や時間的な問題も含めていろいろあるんですが「WHISKY LONELY 」という、僕自身が「WHITE」というアルバムの中で書いたもので、だいたい10分くらいかかる作品です。お聴きいただければわかると思いますが、コンサートだからこそ入り込める作品ではないかと思います。」
     
    彼がそう紹介した作品は、アコースティック・ギターの優しい音色、語りや眼差しが滲む歌詞、素直なメ
    ロディーが心に染みてくるナンバーだ。そして、その柔らかな旋律は、やがてサウンドとともに壮大な膨らみを帯び、さらにスケールアップ。クライマックスはリズム・アップした軽快なタッチのリフレイン・ソングへと変わる。そこには、流行歌という世界とは別の、等身大の彼が描く舟木流ダンディズム、ウィスキーのように甘くほろ苦い、独自の世界観が広がっている。シンガーソングライターとしての彼の懐の深さをうかがい知ることのできる作品のひとつだ。
     
    「今の曲を聞いてずい分長いな……なんてお思いになったでしょう。同じフレーズばっかり(笑)この曲は、10分で終わろうと思えば終われて、30分やろうと思えばできる歌なんです。これは、リフレイン・ソングというやつで、有名なのはクリスマス・ソングの「聖者の行進」があります。また、僕が中学校一年生ぐらいの時にラジオで聴いて、カルチャーショック、大ショックを受け、それが僕を軽音楽の道へ足を踏み入れさせるきっかけになったハリー・ベラフォンテという黒人のしゃがれた凄くいい声で歌う人がいまして、彼がカーネギーホールで初めてコンサートをやった時に、ライブを録ったんですね。その洋盤が日本でも発売されたんですが、その頃の洋盤というとても高くて、2400円もした。当時の大学出の初任給が1万円いくかいかないかという時代でしたから、とても買うのは大変で、僕は1ヶ月アルバイトをしてようやくそれを買うことが出来た。そのアルバムはいまだに大切に持っていますが、そのステージのフィナーレで「マチルダ」という曲を、お客さんと延々、15分ぐらいやりとりしていて、それが大変素晴らしかった。そういう意味では、こういったリフレイン・ソングというものをコンサートで時々楽しんでもらうのも、うどんに唐辛子が入ったみたいでいいかな……なんて思っています。」
     
     
    それにしてもお酒が飲めないという舟木さんが「お酒」を小道具にした作品を何曲も作っていらっしゃるのも興味深く思います。落語でも、「酒飲み」「酔っ払い」を主役にした噺がたくさんありますが、お酒を全く飲めない噺家さんが、実に見事な酔っ払いぶりを見せてくださるのに驚かされますが、それと共通するものがあるのでしょうね。同じように「ラブソング」も、実際には経験していないシチュエーションであっても、イマジネーションの扉を開けて、その世界を鮮烈に描き出す感性を備えた人が優れた表現者となれるのかも知れません。

    イメージ 10下記の2曲はいずれも アルバム「29小節の挽歌」収録(1980年1月発売)
     
    どうせオン・ザ・ロック  作詩・作曲:舟木一夫
    https://www.youtube.com/watch?v=FlkIRTw9qrk

    BRANDY & SMOKING   作詩・作曲:舟木一夫
    https://www.youtube.com/watch?v=hFC4rk4bXTA
     
     
     
     
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    あれは、何十年前のことでしょう???もうはるか霞の彼方……
    私たちの頃は、成人の日は1月15日と決まっていましたが、今は、1月の第二月曜日になっているようですね。(*1999年までは、1月15日だったみたいです)
    私事ですが、一番年長の孫(男の子)が、多分、本日、成人式に参加しているはずです。来年は、その妹(二番目の年長の孫)が、成人式を迎えますが、そちらは、もうこのお正月に晴れ着のことが話題になっていましたが、男孫の方は、そんな話題も出ませんでした(笑)でも、最近は男子も紋付袴、しかもハデハデの色や柄モノなどを着るようですね。うちの男孫は、お正月に来たときも、いつも汚いなりをしているから一緒に歩けないと娘(母親)に叱られてました。そして、母親に連れられて無理やり服を買いにいかされていました。どうも、彼は今どきのオシャレな男子には、ほど遠いようです。
     
    閑話休題…
    「成人の日」にちなみ、舟木さんが二十歳になったころの、歌声と、その頃の芸能雑誌の資料をご紹介します。
     
    1965年2月号/別冊・近代映画 ステキな20才の歌声 舟木一夫新春グラフ
    ~ワンパク大将も はや20才となりました ふるさとに帰ってなつかしく想い出す少年時代~より抜粋 
     
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    ~幼年時代から、ぼくはワンパク小僧だった。父母にかけた迷惑は、はかりしれない。ぼくが六歳の頃だった。丁度、冬だった。雪が降っていた。子供にとって雪がどんなにうれしかったことか…
    家の近くにある田んぼも畑も雪でまっ白になっている。そして、田んぼの上の雪は凍ってコチンコチンになっているのだ。ぼくは近所の竹やぶから青竹を切って来る。それを小さく、割って下駄の歯裏にうちつける。即席のスケートが出来あがる。それをはいて田んぼの上をすべり廻るのだった。そのときの思い出がいまもありありと記憶に残っている。なんともいえぬ懐かしい思い出だ。その頃一緒にスケートをした仲よしの友人たちと、ぼくは小学校に入学した。ぼくらのクラスメートは15人だった。
     
    この頃の舟木さん、ホントにワンパクそう!(笑)
     
    イメージ 3ある日その仲よしの子供が学校友だちとケンカして泣いて帰ってきた。さあ、ぼくは口惜しくてならない。仇をとってやろうと思ったが、その相手が強すぎた。逆に殴られてしまった。あんまりシャクにさわったので十三人のクラスメートをつれて帰ってきてしまった。十五人のうちの十三人だからクラスはガラガラになってしまった。さっそく父が学校に呼ばれて先生にしぼられた。そのあとで、ぼくがオヤジに叱られたのはもちろんだ。ケンカには、なお多くの思い出がある。ある時、やはり、ケンカに負けてしまった。ぼくは家からトウガラシを持ち出し、相手の目にぶつけた。トウガラシの威力は絶大だった。あんまり効き過ぎて相手の目がつぶれそうになったのである。子供のぼくはそんな大ごとになるとは思わなかったがあとの祭りだ。オヤジが呼ばれて怒られたことはもちろんである。
     
    イメージ 4しかしぼくはケンカばかりしていたわけではない。勉強もした。その中で、国語と社会はいつも一、二を争っていた。ほかの成績は平凡だった。勉強の思い出よりも、やはり遊んだ思い出のほうをよく覚えている。愉しい思い出が多いからだろう。父が劇場を持っていた。その関係で一宮の映画館には全部顔がきいた。だから顔パスでどこの館にも入れた。当時の映画で印象に残っているのは「紅孔雀」である。東映時代劇の全盛時代だった。その影響もあったのだろう。ぼくは父の劇場の小道具を持ち出しては、友人たちとよくチャンバラをやったものだ。~
    ←なるほど、こんな美剣士ぶりが板についているはず
     
     
     
    ライブアルバム「歌とモノローグで綴る15年の歩み」でも、このことを語っていらっしゃいますね↓
     
    イメージ 5~ぼくが人前ではじめて歌をうたったのは、たしか小学三年生のときだったと思う。あれは学芸会だった。お芝居をしたり歌をうたったりする学芸会は学校の仕事の中でも重要なものだ。そのときぼくは、
    山は白銀(しろがね) 朝日をあびて……という歌をうたった。何んという題名だったかも覚えていない。
    そのあとの歌詞もすっかり忘れてしまった。しかし、右のような一行の歌詞だけは不思議に覚えている。清潔な童謡調の歌だった。うたう前、ぼくはふるえるのではないかと、かすかに不安だった。なにしろ、生まれてはじめて、大勢の人の前でうたうのである。途中で失敗したら…と思うと気が気でなかった。
     

     
    イメージ 6しかし、いざ、高い壇の上に乗ると、不思議に気持ちがおちついた。もちろん、大勢並んでいる人の顔などは眼に入らない。ぼーっとかすんでみえるだけだった。無事にうたい終わり、楽屋にひっこんだとき、はじめて、汗をびっしょりかいているのに気がついたのだった。そのころから、ぼくは漠然と歌手へのあこがれといったものを抱きはじめたようだ。しかし、特別に勉強するということもなかった。しかしレコードだけは、よく聞いていた。朝、目をさますと、さっそくレコードを一曲聞くのである。寝床の中でぼんやり聞いていると、次第に目がはっきりしてくる。ぼくにとってレコードは”おめざ”であった。いまでもぼくは、これと似た生活を送っている。おめざに聞くことはないが…。さいきん吹き込んだ「花咲く乙女たち」をひまなときに、たてつづけに六回も聞くことがある。~
     
     
     
    イメージ 7舟木さん、20才を迎える頃の歌声です。
    いずれもkazuyanさんの動画でお聴きください。

    花咲く乙女たち  作詩:西條八十  作曲:遠藤実
    https://www.youtube.com/watch?v=RFpbGz5Bu9Q
    (1964年9月発売)
     
    青春の大阪  作詩:西沢爽  作曲:和田香苗
    https://www.youtube.com/watch?v=_rIIwaFDs7U 
    (1964年9月発売)
     

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    デビューの頃から、ずっと熱心なファンとして舟木さんの近くにいらした舟友さんが、本日のブログをごらんになって「20歳の時に舟木さんが読まれた詩」ですと、コメント欄に書き込みをして下さいました。
    貴重な資料だと思いますので。ここにあらためて、掲載させていただきます。
     
    私が二十歳の時は、どんなだったろうと思わず赤面してしまうほど、「大人になることへの覚悟」の強い想いが「子ども時代との訣別」への淋しさ、不安という気持ちとの葛藤を超えて詠まれているように感じます。
     
    私個人の感想としては「青春時代」という人間の一生のうちで、特別な季節が、今の時代は、ともすると稀薄になりつつあるような気がしているのですが、舟木さんの二十歳の頃の詩を拝見すると、まぎれもなく「青春」を鮮やかに生きていらした軌跡を感じることができます。
    昭和という時代の「青春」の香りを懐かしく思い出させてくれるような、美しく、凛とした「詩」だと思います。
    「美しき歌あり」というフレーズは、やはり、歌い手・舟木一夫ならではの独自性が見事に光っていますね。
     
     
    イメージ 2二十才に思う
     
    菊の香 ほのかに匂そめし
    カーネーションの色 あざやかに
    秋の日射しも次第に柔らかくなる
    全てが同じ

    山青く水清く うるわしき友あり
    美しき歌あり
     
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    二十才・・・それは青春の別離
    時として喜び 又時として泣く
    そんな日々はもう帰らない
    だがたじろいではいけない
    枝に一枚の葉も残していない
    あの小さなかえでもやがて
    美しい緑を吹き出そうとする
    生命を持っている
     
    イメージ 4僕らも又めいめいの夢を追いながら
    二十才の新しい喜びを歌おう
     
     
     
     
     

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    寒中に冬ばらが、けなげに咲いてました
     
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    1977年に「歌手生活十五周年記念」として、「一葉舟」が2月に、そして「愛はまぼろし」が9月にと2つのアルバムがそれぞれリリースされています。
    そして、嬉しいことに、一昨年の6月にこれらのアルバムが復刻盤CDとしてリリースされたので、多くの「復活組」の舟木さんファンにも、聴いていただけることになったと思いま。私もそのひとりです。
    これらのアルバムに収録されている曲の中から、昨年は、私のわがままなリクエストに応えてくださり舟友のkazuyanさんが既に多くの動画作品を創り上げて下さいました。
     

    イメージ 2アルバム「一葉舟」収録作品

    赤とんぼの唄は聞こえない
    https://www.youtube.com/watch?v=cCLYNqsGoyU
     

    イメージ 3アルバム「愛はまぼろし」収録作品

     
     
     
    「一葉舟」収録の作品のうち、「冬」のイメージの曲の動画を、今回はご紹介することができます。
    まずは、「夜汽車は北へ」です。作詩はすずきじろうさん、御存知の通り舟木さんのペンネーム。
    もう一曲「流氷まつり」も只今、作成準備中ということです。乞うご期待!ですよ。
    kazuyanさん、舟木さんファンへの素晴らしいプレゼントを本当にいつもありがとうございます。
    心からの感謝を込めてご紹介させていただきます。
     
    イメージ 4夜汽車は北へ 作詩:すすぎじろう 作曲:浜圭介
    https://www.youtube.com/watch?v=dbOtAwicnXE&feature=youtu.be
    (1977年2月発売 アルバム「一葉舟」収録)

    切れ切れのあなたの噂
    木枯らし吹きぬける街で拾った
    この胸で急に何かが
    崩れる音を聞いたよ
    一人とび乗る夜汽車は北へ
    未練をひきずり
    名も知らぬ雪国へ
    旅立つ悲しさ
     

    イメージ 5幸せに暮らしていると
    やつれた細い文字泣いてた手紙
    せつない嘘と知りつつ
    信じて生きてきたのに
    今もあなたは爪の色さえ
    変えずにいるよと
    耐えるには辛すぎる
    噂に負けたよ

    凍りつく夜霧を裂いて
    夜汽車はひた走る終着駅へ
    か細い笛に抱かれて
    まどろむ男心に
    淋しかったと縋るあなたの
    涙の暖もり
    離さない離れない
    もう一度逢えたら
     
     
     
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    年明け、三ヶ日に雪は降ったものの、本格的な雨は久しぶりです。突風がたまに吹いてきたりして、荒れ模様ですが、たまには雨も天の恵みですね。このところ寒いので、どうしても運動不足がち、昨日の午後に、ちょっと長めの散歩をしておいて良かったです。空はどんより気味ですが、この風景は好きです。
     
    「七里の渡し」、今年は鳥居の「お木曳き」の年にあたります。
     
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    本題に…
     
    先日、「成人の日」にちなみ…というタイトルで掲載した記事の中で、舟木さんが二十歳の頃に記した文をご紹介しました。その中の一節。
    「朝、目をさますと、さっそくレコードを一曲聞くのである。寝床の中でぼんやり聞いていると、次第に目がはっきりしてくる。ぼくにとってレコードは”おめざ”であった。いまでもぼくは、これと似た生活を送っている。おめざに聞くことはないが…。さいきん吹き込んだ「花咲く乙女たち」をひまなときに、たてつづけに六回も聞くことがある。」 http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70057046.html 参照)
     
    「花咲く乙女たち」の発売は1964年9月。この文章が掲載されたのは翌年1965年2月号の近代映画ですから、1964年の秋頃の時点での文面だと推測されます。そして、「花咲く乙女」たちといえば、西條八十が初めて舟木さんのために提供した「歌謡曲の詩」です。
     
    西條八十は、1892年(明治25年)1月15日に誕生しました。本日が、八十のお誕生日です。今年は、生誕123年です。偶然ですがきれいに数字が並びました(笑)
    そこで、八十と舟木さんが初めて対面した時のエピソードを以下にご紹介します。舟木さんがまだ19才、八十が72才の時のことになります。舟木さんから見れば、この時、八十はちょうど「おじいちゃん」の年代にあたります。
     
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    ~流行歌(はやりうた)西條八十物語 吉川潮著 ちくま文庫~ より抜粋
     
    この年、歌謡界は新人歌手の豊作だった。女性歌手では「島のブルース」の三沢あけみと「こんにちは赤
    ちゃん」の梓みちよ、男性歌手ではコロムビアの「高校三年生」の舟木一夫である。舟木は高校を卒業していたが、まだ学生服が似合う十九歳の若者だ。「高校三年生」のレコード売り上げは一年足らずのうちに百万枚を突破した。作詩は門下生の丘灯至夫とあって八十も鼻が高い。その後も「学園広場」「修学旅
    行」「仲間たち」など、歌う歌全てヒットして、舟木はスターダムにのし上がった。暮にはレコード大賞最優秀新人賞に輝き、紅白歌合戦に初出場した。次の歌は、大御所の八十に作ってもらい、さらに箔をつけようというのがコロムビアの狙いであった。
     
    イメージ 5昭和三十九年五月、舟木が担当ディレクターに伴われて西條家へ挨拶に来た。屈託のない若者は、いきなりこう尋ねた。
    「先生はこの数年、ほんの数曲しか歌をお書きになっていませんね。どうしてなんですか」
    側でディレクターがはらはらしているが、八十はそんな舟木に好感を抱いて率直に答えた。
    「それはね、一夫君。仕事をしてお金を稼いでも、それを使ってくれる人がいなくなっちゃったんだよ」
    「どういうことですか」
    「僕の奥さんは大変な浪費家でね。こんな大きな家を買ったり、アメリカの大きな外車を買ったり、稼いだお金をジャンジャン使ってくれたんだ。ところが、その人が亡くなってしまい、仕事をしてもお金の使い道がない。使わないお金をむきになって稼ぐことはないだろ」
    舟木は納得したようで、微笑みながらうなずいた。八重歯が愛らしい。この若者のためにいい歌を作ってやろうと思った。
     
    打ち合わせにコロムビア本社へ出かけると、玄関前で舟木が大勢の女性ファンに囲まれていた。
    かつては、自分にもそんな時代があった。女性読者が憧れる人気詩人で、書斎は愛読者の乙女たちから贈られた花であふれていたものだ。しかし、美しい花が必ず散ってしまうように、乙女たちもいつしか周囲
    から消えてしまった。花も乙女も、いつまでもそのままの姿でないから余計に愛おしく思えるのかも知れない。女性ファンを花にたとえ、こんな歌ができた。
     
     
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    カトレアのように 派手なひと
    鈴蘭のように 愛らしくイメージ 3
    また忘れな草の 花に似て
    気弱でさみしい 眼をした子
     
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    みんなみんな どこへゆく
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな どこへゆく
    街に花咲く乙女たちよ
     
     
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    花咲く乙女たち 作詩:西條八十 作曲:遠藤実
    https://www.youtube.com/watch?v=bbaevB10wxY (1977年 再録音盤の歌声です)
    (1964年9月発売)

    イメージ 8カトレアのように 派手なひと
    鈴蘭のように 愛らしく
    また忘れな草の 花に似て
    気弱でさみしい 眼をした子
    みんなみんな どこへゆく
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな どこへゆく
    街に花咲く乙女たちよ
     
    あの道の角で すれちがい
    高原の旅で 歌うたい
    また月夜の 銀の波の上
    ならんでボートを 漕いだひと
    みんなみんな 今はない
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな 今はない
    街に花咲く乙女たちよ
     
    黒髪を長く なびかせて
    春風のように 笑う君
    ああだれもが いつか恋をして
    はなれて嫁いで ゆくひとか
    みんなみんな 咲いて散る
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな 咲いて散る
    街に花咲く乙女たちよ
     
     
     
    吉川潮氏は、演芸評論家、小説家、コラムニストと、ウイキペディアにありますが、さらに「妻は、粋曲(色物)の柳家小菊」とあり、嬉しい驚き!
    東京の寄席に、三味線の弾き語りで小唄・端唄を楽しませて下さるとってもチャーミングなお師匠さんが出ていらして、彼女が舞台に登場するとパァ~ッ!と一挙に寄席の空気が華やかになって、私は、大ファンなのですが、なんとその柳家小菊さんのお連れ合いが吉川氏だったとは……
     
    以下にご紹介するのは、この「流行歌 西條八十物語」のあとがきです。
    吉川潮氏と、八十とのご縁について記していらっしゃいます。
     
    ~西條八十という名前は、幼い頃から知っていた。両親が敬愛の念を込めて「西條先生」と呼んでいたからだ。「お前の潮という名前は、西條先生がつけて下さったんだよ。若葉(姉)も芙蓉(妹)も、うちの子は三人とも先生が名づけ親なんだからな」父は自慢げに言ったものだ。
    私の父は、この小説に登場する長唄の師匠、岡安喜三四郎である。私は父に、西條先生がどんなに偉大な詩人で学者で、また作詞家であるかを聞かされて育った。小学校の音楽の時間には先生が作った童謡を歌い、ラジオからは先生が作詞した流行歌が流れる。「本当に偉い先生なんだ」と子供心に尊敬するのは当然であった。小学生の頃、父に連れられて成城の西條家に伺ったことがある。立派な門構えで、驚くほど広い邸宅だった。応接間に現れた先生は「ロバのおじさん」というあだ名がピッタリの優しげな目で私を見て「君が潮君か」と頭を撫でてくださった。奥様は父を「お師匠(おしょさん)」と呼んで、心から歓待してくれているのがよくわかった。~
     
     
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    「花咲く乙女」たちと並んで、コンサートで必ず唄われるのが、西條八十から提供された代表作「絶唱」と「夕笛」です。他に「若き旅情」「銀色の恋」。そして最後の作品が「京の恋唄」また、歌謡組曲アルバム「雪のものがたり」「日本の四季」も八十の詩の世界を舟木さんならではの表現力で描いた作品として忘れてはならないものでしょう。純粋詩と流行歌、童謡、野口雨情の提唱した「新民謡」創作にも参加するなど、その創作活動のフィールドは幅広く多岐にわたっていた八十。
     
    イメージ 10若い日に八十と出逢えたことは舟木さんに大きな影響を与えたことでしょう。そして、「芸事の世界」で生きていく上でも、とてつもなく大きな財産となったことは間違いありません。
    吉川氏の「流行歌 西條八十物語」の文中に「大御所の八十に作ってもらい、さらに箔をつけようというのがコロムビアの狙いであった」とありますが、舟木さんと八十との出逢いは「コロムビアの狙い」などという卑俗的な発想を大きく超えた地平に至ってしまったと云っても過言ではないでしょう。
    元々、舟木さんに備わっていた資質、感受性が、八十の創作の底流にある根源的な世界と見事に合流する結果になったということなのだと思えます。「花咲く乙女たち」も、その後に続く「絶唱」「夕笛」も舟木一夫という素材を目の当たりにしたからこそ、この世に生みだされたのではないかと思います。
     
     
     
    絶唱 
    https://www.youtube.com/watch?v=2m6HEn2cUwg&feature=youtu.be 
    (kazuyanさん 動画 19777年再録音盤の歌唱です)
     
    夕笛
    https://www.youtube.com/watch?v=erEnc2zSdEQ
    (kazuyanさん 動画)
     
    「夕笛」~「絶唱」~「花咲く乙女たち」 (2014年3月BS放送「昭和の歌人たち」より)
    https://www.youtube.com/watch?v=mp5gSX9m3oo
     

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