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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    新歌舞伎座 舟木一夫特別公演  2月1日~2月20日
     
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    私の地元では、日曜日と月曜日は、春を思わせる陽射しでした。さんぽ径の途中にある紅梅の樹の蕾が日一日と増えていき色も濃くなってきているようです。ポンコツの携帯カメラで撮影したのでピンボケ画像ですが、実物はとっても鮮やかなピンク色です。抜けるような青空にピンクの蕾。
    三寒四温で、まだしばらくは本格的な春は遠いのでしょうがこんな自然の生み出すコントラストの色合いを目にすると心が弾みますね。
     
    ちょっと日が空いてしまいましたが、2月14日の新歌舞伎座公演の模様をご報告します。
     
    第一部   ~花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記  
    2015年2月14日  昼・夜 観劇
    原作:北園孝吉「おとぼけ侍」より
    脚本:井川公彦
    補綴・演出:成瀬芳一
     
    イメージ 2

    今回のお芝居「花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記」は、リクツ抜きにただノンビリと肩の力を抜いて楽しむだけという気分で拝見できます。ですから、特にとりたててご紹介する部分がないといえばない…(笑)
    そこで、舟木さんご自身がパンフレットの巻頭のご挨拶でおっしゃっていることをほんのちょっとだけ引用させていただきます。
     
    「当劇場での長期公演は約一年振り。今回の『花の風来坊』は理屈立てた筋やセリフはひとっつもありまへんので、どーぞ、鼻の先っちょにひっかけてお楽しみいただければ”有難き幸せ…”でござりまする。」
     
    イメージ 3
    以下は、私の独断と偏見による見どころですが…
     
    見どころ その1
     
    舟木さんが、それぞれの場面に合わせた衣裳を5点着替えられます。粋な網代格子だったり、遊び人風の女物柄を婀娜っぽく着流しにしたり、浪人風のシックな柄の着流しだったり、最後には殿様らしいきらび
    やかな羽織・袴で登場したりします。ラストの場面ではその羽織と袴を早変りのようにして脱ぎすてて葵の紋の入った鮮やかな紫と白の着流し姿になって客席をざわめかせます。

    舟友さんから頂戴した「花の風来坊オリジナル風呂敷」(お楽しみ企画)の柄は、最初は気づきませんでしたが、よく見るとお芝居で着ていらっしゃる着物の柄のようです(パンフレットの表紙になっています)
     
     
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    見どころ その2
     
    イメージ 7今回のお芝居の原作は「おとぼけ侍」(北園孝吉作)というタイトルですがお芝居のタイトルは「花の風来坊」というように舟木さんのニンに合わせた華やかなものになっています。この「おとぼけ」という言葉がピッタリなのが、曾我廼家文童さん扮する主人公、松平誠之助(天下泰平)の側用人・後藤五郎左衛門です。文童さんの「おとぼけぶり」が舟木さんの笑いのツボにもピタッとハマっているようで日を追うごとにお二人のからみがある場面では舟木さんが懸命に笑いをこらえているのが伝わってきます。当の文童さんは終始「キョトン」としたお顔で、ご自身は大真面目という風なのが、これまたなんとも可笑しみがあって客席の空気があたたかくなります。諸々の言葉のギャグももちろんありますがそういうことよりも空気感とか間合いとか表情とか…喜劇の舞台経験を積んだ俳優さんならではのものなんでしょうね。
    *林与一さんが頭に巻いていらっしゃる手ぬぐいは今回の公演のご祝儀として作られた手ぬぐいのようでした。
     

    見どころ その3
     
    舟木さん、与一さん、葉山さん、稀世さんの揃う場面は、絵面(えづら)も綺麗ですが、醸し出す雰囲気がやはりしっとりと和風で粋で「舟木一座の華」というところでしょう。お芝居の構成の中にこういった場面を仕込んであるのはさすがだと思います。
    稀世さんは「小唄のお師匠さん」という役どころで、丹羽さんがねずみ小僧の二代目になりたいとなどと子どもっぽいことを夢見ている年下の色男。やんちゃでどうしようもない男でも惚れた弱み、まして年上という設定です。そこで舟木さん(泰平)が、「あの人のどこがいいかと尋ねる人に どこが悪いと問い返す」という都々逸(どどいつ)を唄ってきかせてくださるのですが、ここも私のワクワクする場面です。
    大人の恋のしんみり、しみじみした情感も盛り込んだところがただのドタバタ喜劇に終わらせないという気の利いた演出です。
     
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    見どころ その4
     
    毎回、お茶目な役どころのかずきさん(日菜)が、今回はおしとやかなセンを最後まで外さず誠之助(泰平)さんのハートを射止めるお役です。おふたりの恋心が、大きなピンクのハートマークのライトで表現されるのが漫画チックで、何度見ても必ず笑ってしまいます。
     
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    イメージ 10
     
     
     
    結論
     
    舟木一座のお馴染みの皆さん、出番がちょっと少なくてザンネンな方たちもしっかり脇を固めてポジションを守っていらっしゃるのが気持ちよくて、喜劇というのは、脚本も大切ですが何よりチームワークが一番の戦力になるんだということがよくわかります。
     

    私はあとは19日の夜にスタンダードなお芝居を見ますが、翌日の千秋楽のお芝居がどんなことになるの
    か、あれこれ想像をたくましくして今から楽しみにしています。舟木さんのイタズラはどこまでいくのでしょうね(笑)
     
    コンサートの模様は、いつものように舟木さんのトークを交えてご紹介します。
    舟木さんのトーク部分はピンク文字です。

    2015年2月14日 昼の部  第二部 シアターコンサート
     
    舟友さんのプレゼントのお花・バレンタインヴァージョン
        
    イメージ 12~オープニング
    眠らない青春

    ~プレゼントタイム
    くちなしのバラード
    ブルートランペット
    北国の街
    東京は恋する

    プレゼントタイムにたくさんのチョコレートをプレゼントをいただいた舟木さん。
    今日は、世の中はバレンタインデーですが……(テーブルに並んだプレゼントを見て)いっぱいあってもチョコっと(笑)
    いただきものをするときは握手をするんですが、こちらの手がつぶれるくらい握ってくる方と汚れものでも触るような方がいて、性格が出るんでしょうね。
    高校三年生でデビューして、その後テレビドラマの「赤穂浪士」に出させていただいて「右衛門七討入り」とか日本調もずい分唄ってきて、短期間であらゆる部屋のドアを開ける感じで歌を唄っていました。そして、ここがお前さんのポジションだろうというので出てきたのが抒情歌です。

    初恋
     
    絶唱
    https://www.youtube.com/watch?v=Ip62KFsYiwo (kazuyanさんの動画です)
     
    流行歌というのはどんな時代でも季節に左右される。同じ「青い空」といっても夏の空だったり、秋の空だったりするんですが…最近は季節がぼやけてきて、夏の尻尾を引きずったまま秋になったりする。今の子どもは僕が少年時代の時の景色を経験してないんじゃないかと…北海道なんかも、僕が「その人は昔」のロケで行った時とは変わっていて、もう今はあの頃の恐いような海は見られない気がします。
    歌にはいろんなタイプがあって、お聞かせするタイプのもの、いっしょに騒いで楽しんでいただくもの…ということでここはご一緒に

    イメージ 13~スタンディング  手ぬぐいまき
    君よ振りむくな

    いつもの手ぬぐい談義の後…
    昔はお寿司屋さんもねじり鉢巻でしたが、今はあの白い帽子みたいなのでしょ。なんて呼ぶのかわかりま
    せんが…髪の毛が入るといけないからというので多分、衛生局なんかのお達しなんでしょうけれど、元々お寿司屋さんていうのは髪の毛を短く刈ってるんで、その髪の毛が1本ぐらい入っても…ね。もしここに衛生局の方がいたら…もう言っちゃったものは仕方がないないですが…(笑)
    ジャケットをベージュ系のよくみるとチェック柄のものに着替えながらのトーク
    僕が7、8才の頃にリアルタイムで聞いたものからこっちの流行歌、そのまま放っておくのがもったいないし、薄情なような気がするんですね…
    今回は「浪花=なにわ」というのでくくりました。なにわなくとも江戸むらさき…今年もバカで~す(笑)
     

    ~日本の名曲たち(2月10日~)
     
    イメージ 14道頓堀人情  作詩:若山かほる 作曲:山田年秋

    ふられたぐらいで 泣くのはあほや
    呑んで忘れろ 雨の夜は
    負けたらあかん 負けたらあかんで東京に
    冷めとない やさしい街や 道頓堀は
    未練捨てたら けじめをつけて
    きっぱりきょうから 浪花に生きるのさ
     
    くちびるかんでも きのうは過去や
    わかるやつには わかってる
    負けたらあかん 負けたらあかんで東京に
    冷めとない やさしい街や道頓堀は
    でんと構えた 通天閣は
    どっこい生きてる 浪花のど根性
     
    三吉魂 あんたにあれば
    うちが小春に なりもしょう
    負けたらあかん 負けたらあかんで東京に
    冷とない やさしい街や道頓堀は
    ほれてつきあう 今夜の酒は
    まっ赤に流れる 浪花のど根性
     
     
    イメージ 15河内おとこ節  作詩:石本美由紀 作曲:岡千秋

    河内生まれの 風来坊は
    生きのいゝのが あゝ…売りもんや
    サテモ皆さま おそまつながら
    こゝが男の 舞台なら
    太鼓叩いて 見栄を切る
    喧嘩囃子の 河内ぶし
     
    一に度胸や 二に人情や
    後は腕づく あゝ…腕しだい
    サテモ皆さま 悪声ながら
    坂田三吉 物語り
    派手な掛声 頂いて
    唸る男の 河内ぶし

    馬鹿な息子と 叱ってくれる
    俺の親父は ああ…生駒山
    サテモ皆さま おおそれながら
    肌は鉄火の 勇み肌
    グイと冷酒 飲みほして
    仁義がわりの 河内ぶし

     
    イメージ 16ここでチャンネルを52、3年前に戻して…

    以下の4曲は、いずれも1977年再録音盤(15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録)
    舟友のkazuyanさんにお願して作成していただいた動画作品です。
     

    ラストブロックは、男も女も、いつの時代も、誰もが通り過ぎてきた風景、初めての恋というのを…

    たそがれの人  
    https://www.youtube.com/watch?v=30PPF9w_Umo (kazuyanさんの動画です)

    高原のお嬢さん
    ~バラードver.

    哀愁の夜 (五番付) 
    https://www.youtube.com/watch?v=x1vl2DFuWt4 (kazuyanさんの動画です)

    ~アンコール
    明日咲くつぼみに 
     

    2015年2月14日 夜の部  第二部 シアターコンサート
     
     
    イメージ 17夜の部では、客席に舞妓さんの姿がありました。バレンタインデーに舞妓さんとは、素敵な計らいですね。
    歌舞伎興行でも、舞妓さんや芸妓さんたちの総見(そうけん)があって華やぎますが、この日も、いい景色を見せていただきました。

    ~オープニング
    恋唄
     
    着物姿で登場の舟木さん。
    暦の上では立春も過ぎましたが朝晩の冷え込みはまだまだ…そんな中ようこそおいで下さいました。

    絶唱
     
    夕笛

     
     
    イメージ 18とうとう今日は、爺(ジイ=お芝居での曾我廼家文童さん)に完敗してしまいました。罰金をとられました。「涙」というのは、誰でもだいたい同じで共通してると思うのですが、「笑い」というのは人によって違う…Aの人を見てBの人が面白いというのは、共通していない。あの人(文童さん)とはサイクルが合っちゃうんですよ。今日はついに敗れ去りました。ハ、ハ、ハ…今、思いだしてもおかしいや!(笑)…と、とっても楽しそうにお喋りする舟木さんに、ほっこりしました。
    今日は、最前列に真っ白な人たち(舞妓さんのことでしょう)が…おこしやす(笑)
    演歌には色んな字を当てますが、ここから並べた歌は「艶歌(つやうた)」のジャンルのもの…
    (kazuyanさんの動画です)
    (先日ご紹介したkazuyanさんの最新の動画作品です)

     
    「ライブ」っていうのは、僕らはピンとこない。まぁ、こんな恰好(着物姿)して唄ってるんですから。
    昔は「実演」という言い方もありましたが…その頃は、ニセモノがいた。「舟本一夫(フナモトカズオ)ショー」というのに実際に出くわしたことがあります。決してウソを言ってるワケではないんですね。
    美空ひはり、鳥倉千代子…なんていうのもあった(笑)
    ここは、ワァ~ッ!と一緒にやっていただきましょう。

    ~プレゼントタイム&サインボール
    銭形平次
    舟友さんの夜の部のプレゼントの花束。こちらも見事!
     
    イメージ 19
     
    着物姿で、サインボールを打つ舟木さん。ちょっと打ちにくそうですが、三階まで3球くらい届きました。
    この日も、跳ね返ってステージに戻ってしまったのが1個ありました。それは、そのままで舟木さんは舞台の上手袖へ入り、変わって花道スッポンから、林与一さん扮する「鳶の親方」がせり上がって来ました。

    ~舞~火消し若衆アレンジで
    林与一、林啓二、長谷川かずき、川上彌生、真木一之(敬称略)
     
    林啓二さん、長谷川かずきさん、川上彌生さん、真木一之さんが加わって踊る中で、与一さんが、ボールに気づいて、なにげに客席へ投げ、お客さんたちが気になっていたボールの行き先も決まって一件落着し
    ました。
     
    イメージ 20踊り手さんたちが、舞台中央の迫(せり)で奈落に消えると、舟木さんが再び上手袖から登場。和服からジャケットスタイルにお色直し。地模様のある濃紫紺に見えるタキシード風ジャケットに黒のベストとパンツ、蝶ネクタイに白のシャツ。「花咲く乙女たち」を唄いながら、プレゼントを受け取っていきます。
     
    プレゼントタイム
    ~花咲く乙女たち

    先ほどの踊り手さんたちの紹介。林与一さんが、この日がお誕生日で73才になられたとの紹介もありました。舟木さんも若々しいですが、与一さんも、とてもお若くて、踊りを拝見してても軽やかで73才には見えません。
     
    日本の名曲たち(2月10日~)
     
    大阪しぐれ 作詩:吉岡治 作曲:市川昭介
    https://www.youtube.com/watch?v=op-gkoNEN8g 
    (kazuyanさんの動画です)
    (1981年 アルバム「どうしているかい」収録音源)
     
    イメージ 21ひとりで 生きてくなんて できないと
    泣いてすがればネオンが ネオンがしみる
    北の新地は おもいでばかり
    雨もよう 夢もぬれます
    ああ大阪しぐれ
     
    ひとつや ふたつじゃないの ふるきずは
    噂並木の堂島 堂島すずめ
    こんな私でいいならあげる
    何もかも 抱いてください
    ああ大阪しぐれ
     
    しあわせ それとも今は ふしあわせ
    酔ってあなたは曽根崎 曽根崎あたり
    つくし足りない 私が悪い
    あの人を 雨よ帰して
    ああ大阪しぐれ
     
     
     
    イメージ 22浪花盃 作詩:石本美由起 作曲:市川昭介

    約束の うれしさ胸に 口紅をさす
    待ち人 待つ夜の 宵化粧
    浪花盃 曽根崎ごころ
    酒に 女に 思い込めりゃ
    酌をする手も 酌をする手も ふるえがち
     
    愛しても この世の義理に つまづいて
    さだめを泣きたい 露地ばかり
    浪花盃 曽根崎ごころ 
    好きなだけでは 添えない命
    夢が欲しさに 夢が欲しさに また燃える
     
    盃を 重ねて過ごす 夜だけは
    私のあなたで いてほしい
    浪花盃 曽根崎ごころ
    妻になる日は なくてもいいと
    言った言葉の 言った言葉の 裏で泣く

    ここで、52、3年前の歌を…
     

    イメージ 23高校三年生
     
    ~プレゼントタイム
    修学旅行
    仲間たち
    君たちがいて僕がいた
    学園広場

     
    流行歌は時代の中で生まれ、時代の中で流れていく。「流行歌」とはよく云ったものですね。どれもおおらかでのびやかですね。
     

    ラストは、誰もが通ってきた風景。
    一曲目は「その人は昔のテーマ」…なぜ、テーマというのか…これは組曲なんで全部やると46分かかる
    んです。映画の主題歌として聞いていただければ…

    イメージ 24その人は昔のテーマ 

    哀愁の夜

    眠らない青春
     
     
     
    いったん幕が降りて、大きな拍手の中、再び幕が上がるとジャケットが黒に変わりフォーマルなタキシードスタイルになって登場。
     
     
    イメージ 25アンコール
    ~高原のお嬢さん
     
    「高原のお嬢さん」は、今回の舞台でも昼はバラードヴァージョンでアダルトなムードを堪能させていただき、夜は、スタンダードスタイルで、懐かしく聞かせていただけるという趣向でした。
     
     
     
    ステージで最強の魅力を発揮する曲のひとつである「高原のお嬢さん」です。お別れのご挨拶で「僕の好きな曲です」と言われましたが、舟木さんが我が子に対するような想いを込めて、手塩にかけて慈しんでこられたからこそ、これほどスケールの大きな歌に成長したのですね。
     
    ヒットした歌をたくさん持っているだけでは、「懐かしのメロディーの歌い手」ということなのでしょうが、そのヒット曲をステージの構成の中で、どういった役割を持たせて、さらに輝かせていくのかということを常に念頭におきアレンジを加えることで、違った角度から光をあてて、新鮮な魅力を引きだしていくという舟木さんの歌に対する向き合い方は、本当に真摯で謙虚で、これが本物の現役選手なんだと感服させられます。

    いよいよ私の新歌舞伎座特別公演詣では、前楽の夜の部と千秋楽を残すのみとなりました。
    また、楽しいご報告ができることと思います。あとわずかとなった公演期間の舟木さんのご健康と興行の益々の御盛況を祈って今回のレポートを終わります。
     
    イメージ 26
     
     

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    わが家の庭の鉢植えのピンクのアセビ(馬酔木)
     
    アセビとは、スズランに似た小さな花の固まりを枝いっぱいにたわわに咲かせるツツジ科の低木。
    日本の山地によく自生しているが、庭木としてもよく利用される丈夫な常緑樹。
    花色は白色とピンク色がある。
     
    イメージ 2
     
    春めいた日が続いていたと思ったら、またグッと寒さが戻ってきて、行きつ戻りつ、三寒四温の如月(きさらぎ)ですね。そんな、さだまらない時期に舟木さんは毎日お元気で舞台をつとめていらっしゃるようで何よりです。そして、いよいよ、明後日は千秋楽を迎えます。過ぎてしまうと、ほんとに早かったです。
     
    ちょうど私がおじゃましたバレンタインデーの2月14日付の京都のサンケイリビングの記事が、とっても素晴らしい内容で、思わず手を打って、「そうそう、その通り!」(私が勝手にその部分をピンク文字にしました)と感激しましたのでご紹介します。
     
    いつもお世話になっている舟友さんがブログで紹介してくださっていたので、ネットを調べてみたら、web版にもアップされていましたので、そちらのサイトからお借りしてきました。舟友さんいつもたくさんの情報をありがとうございます。書き手のあさかさんにも、心からの感謝を込めて
     
     
    イメージ 1
     
     
    変わらぬ歌声に、甘酸っぱさがよみがえる
     
    あの時の「高校三年生」が、昨年の12月に70歳を迎えたという。涼しげに整った面立ちも、変わることのない心地よい歌声も、決して“あのころ”を裏切ることなく…というよりも、舟木一夫は、常にファンの、乙女心や青春の心の揺れに寄り添って年齢を重ねてきた、ある意味、奇跡のような歌手だと思う。アイドル時代の輝かしさ、その後の不遇時代、そして復活を果たしたのちの目ざましい活躍ぶり。観客は、そんな彼の歌声に聴き入り、その姿に見入りながら、あのころの自分に思いをはせているにちがいない。
     
    第1部の「~おとぼけ侍奮闘記~花の風来坊」では、大名の若様が、遊び人に扮(ふん)して、町の人々と関わっていく姿を、粋な風情で演じ、第2部は、いよいよ「シアターコンサート」。彼の軽妙な語りにより、ヒット曲が次々と披露される中、「君よふり向くな」ではナント客席総立ちで手拍子の嵐。また「高校三年生」のイントロが流れると、なにやら鼻の奥がツーンとする甘酸っぱい切なさを実感。そしピアノ伴奏だけでスローな歌い出しにアレンジした「高原のお嬢さん」は圧巻だった。さらに今回は、大阪にちなんだ「浪花恋しぐれ」「河内おとこ節」など、日本の名曲を数曲カバーしているのも見どころの一つとなっている。
     
    (文筆業 あさかよしこ  2015年2月14日号)
     
    ~リビング京都 webサイト  試写室・劇場から~より(写真とも)
    http://www.kyotoliving.co.jp/article/150214/theater.html
     
    イメージ 3
     
    イメージ 4
     
     


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    舟友さんの千秋楽バージョンのいつにも増してゴージャスなお花も記念にカシャッ!
    イメージ 2

    イメージ 3

    黒のセーターにパープルのマフラーの舟木さん、ピンボケですがこの光景はスゴイですよね(笑)
     
     
    まだ帰りの近鉄特急車中ですので取り急ぎ千秋楽コンサートメニューのみご報告します。

    写真の通り「満員御礼」の垂れ幕がかかっています。

    三階には最後列の後ろに立ち見のお客さまがあふれんばかりにひしめいていました。

    掛け値なし!正真正銘の「満員御礼」でした。

    さすが、舟木さんですね。今さらながらあらためてその人気に驚きました。

    写真は「お出迎え」の様子です。

    スゴイ!
    舟木さんの大きなお写真はまた後程アップします。

    終演後の「お見送り」はさらにスゴイ!
    YUFURAのビルの周囲をぐるりと…という感じで取り巻いて舟木さんの乗った車が出てくるのを待つファンでいっぱいでした。

    いったん閉まった車の窓を再び開けて最後まで手を振るゴキゲンな舟木さんでした。

    お芝居もはじけて、コンサートのお声も素晴らしく大満足させていただきました。


    第二部 コンサート  
     
    開演前のプレゼントタイム 約10分 
     
    開演が14時15分/終演が15時40分
     
    正味85分 20曲


    オープニング
    ~落日のあとで


    みんな旅人
    川は流れる
    麦笛


    さんざしの花咲けば
    月がとっても青いから


    影を慕いて
    悲しい酒


    love letters (ラブレター)


    淋しい町
    青春はぼくらのもの
    北風のビギン


    スタンディング
    ~サインボール
    親不孝通り

    舟木一座の皆さま総出です


    逢う瀬
    女ひとり
    踊子


    夢ん中
    恋ひとすじ
    流れの雲に


    アンコール
    ~青春の大阪

    詳細は後日に

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    イメージ 1千秋楽の詳細報告は、もう少しお時間をいただかなくちゃならないので、ここらで「ちょっと箸やすめ」とさせていただきます。
     
    私は、千秋楽の一日前の前楽19日から大阪入りしました。舞台は夜の部から拝見する予定でしたが、お昼過ぎには大阪入りして、無事に千秋楽を迎えられるようにと、舟木さんゆかりの神社に参拝してきました。
     
    翌日20日の千秋楽には、「お出迎え」をしたいと思ってましたので19日は新歌舞伎座の近くのホテルを予約していました。偶然、そのホテルから徒歩で10分ほどのところに、ちょうど、その「舟木さんゆかりの地」があることに数日前に気づき、先ずは荷物をホテルに預けて身軽になって、向かいました。
     
    さて、「舟木さんゆかりの地」とは…
     
    なんて可愛い笑顔!栴檀は双葉より芳し
     
    イメージ 8
     
    舟木さんの御本名は上田成幸。成幸のお名前の由来は、有名な武将、楠木正成の「成」と真田幸村の「幸」からとったということをお聞きしていましたので、大阪の陣で武功を遂げて一躍、名をあげた真田幸村にゆかりの「真田山」へ、トコトコと  
     
    イメージ 2イメージ 3
     
     
     
     
     
     
     
     
        ここにも紅梅がひっそりと
     
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    幸村に負けない凛々しい若武者姿
     
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    真田幸村(さなだゆきむら) 安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。
     
    実名においては「信繁」が正しい。慶長19年(1614年)に開戦した大阪冬の陣で、信繁は真っ先に豊臣秀吉が生前、築城の際に悩み込んだ大坂城の唯一の弱点であったとされる三の丸南側、玉造口外に真田丸と呼ばれる土作りの出城(三日月形)を築き、鉄砲隊を用いて徳川方を挑発し、先鋒隊に大打撃を与えた。徳川勢はおびただしい死傷者を出して撤退に至った。この戦闘で真田信繁は、初めてその武名を天下に知らしめることとなる(真田丸の戦い)大坂夏の陣では、3500の寡兵を持って徳川家康の本陣まで攻め込み、家康を追いつめた。

    イメージ 7三光神社
     
    三光神社(さんこうじんじゃ)は、大阪府大阪市天王寺区玉造本町の宰相山公園にある神社である。天照大神・月読尊・素戔嗚尊を祀る。鎮座地の丘は宰相山とも真田山ともいう。かつては大坂城の出城「真田丸」が置かれ、大坂の陣のときには真田幸村が大坂城から当地までの抜け穴を掘ったという。
     
    この神社で今回の興行の盛況御礼参りと、残る千秋楽の舞台の安全と無事を祈願してきました。  →

     
     
     
    長らく、お待たせしました。皆さんが一番お待ちかねの「お出迎え」「お見送り」の模様のお写真を、一挙にまとめてアップさせていただきます。
    すべて、舟友のkazuyanさんのご厚意で、アップさせていただくものです。
    寒い中、早朝から待機して下さって、気合いいっぱいで臨んで下さいました。心からの感謝を込めて
     
    19日「お出迎え」その1
     
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    19日「お出迎え」その2
     
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    19日「お見送り」
     
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    千秋楽「お出迎え」その1
     
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    千秋楽「お出迎え」その2
     
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    千秋楽「お出迎え」その3
     
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    千秋楽「お出迎え」その4
     
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    千秋楽「お見送り」
     
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    皆さまステキな舟木さん堪能されましたでしょうか?kazuyanさん、本当にありがとうございました。

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    千秋楽が無事終わって、皆さん、何やらちょっと気が抜けている感じではないでしょうか?
    私も、今、充足感と脱力感の両方ありますが、いい時間を過ごせたシアワセに浸っています。
     
    何より舟木さんが、お元気でお芝居もコンサートもご自身がお客さんと一緒に楽しんでおられた雰囲気が
    嬉しく、また、きっちりとプロフェショナルとしてのエンタティメント性を十二分に発揮して楽しませて下さったこと、いつもながら感服しています。ことに千秋楽の盛り上がりは、寒さを忘れさせるほど熱くて、舟木さんのみならずファンの皆さんの想いの熱さをもあらためて痛感しました。
     
    ひとつ前のブログで千秋楽の「お出迎え」の時の舟木さんのお写真をアップさせていただきましたが、こ
    の日は、かなり長い時間、とどまって、多くのファンの方たちの構えるカメラの方を向いていらっしゃいました。舟木さんもきっと今公演の最終日ということで、ファンへの御礼の気持ちを込めてのことだったのだと思います。言葉はなくても、舟木さんの想いが伝わってくるように感じました。
     
    このお写真が特に私のお気に入りですので、再度アップします(笑) いくら見てても飽きない
     
    イメージ 2
     
    そんなこんなで、舟木さんの「お出迎え」でテンションが上がったまま、舟友さんたちと冷え切った身体を暖めようとお茶をしつつ、ペチャクチャと、これまた「舟木さん談義」に花を咲かせました。
     
    舟友さんが注文したカプチーノです。ハートがきれいに浮いてて「舟木さん談義」のティータイムにピッタリ!でした。
     
    イメージ 3

    そして、開演時刻が迫ってきたので、ワクワクしつつ劇場へと向かいました。
     
    舟友さんのスーパーデラックス花束と満員御礼の幕
     
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    第一部のお芝居については、後日にまわして、先ずは、第二部のコンサートのご報告からさせていただき
    ます。
    劇場に設置されている「公演時間割表」では、第二部のコンサートの開演が1時50分から3時までとなっているのですが、コンサートの時間は、少しずつ延びていて、終演時刻は15分ほど後ろになっていました。しかも、千秋楽のコンサートは毎回特別メニューですから少しは延びるかな…と予想はしていましたが、なんと20曲、85分という予想以上の大サービス?でした。
     
    千秋楽恒例ですが、開演前に幕前に舟木さんがラフな服装で登場してプレゼントを受け取られました。
    黒のゆったり目のオーバーシャツに黒ジーンズ、黒系の運動靴で、例によってアメ玉を口に入れて、マイクを手にして、お喋りしながら、たくさんのプレゼントを受け取っていく舟木さん。
    この日も、とっても長い列ができてました。女声コーラスのモンシェリーの皆さんたちが、舟木さんからプレゼントを引き継いで舞台の袖に運んでいかれます。それらのプレゼントは幕が開いた時には整然とステージのテーブルの上に並べられているんです。さしずめお花や、ペーパーバッグなどのプレゼントは舞台美術のひとつという役割を果たしている感があります。
    この日は、結局2時過ぎくらいに舟木さんが出てこられて、10分間ほどがプレゼントタイム。
    ステージの開演は2時15分でした。
     
    まずは、プレゼントタイムの舟木さんのトークから…ピンク文字です。
     
    イメージ 5お芝居の大詰の時に着てる羽織は、長谷川一夫さんが家光をされた時のもの。与一さんが持っていて稀世さんのお許しをいただいて着させていただきました。今はもういくらお金を出しても職人さんがいないのであんなのは作れない。残して下さっていたから良かった…9月に演舞場の楽屋で与一さんから見せてもらった時に一目惚れしましてね。あまりにも素晴らしいので部屋の中でずっと眺めてた。皆さんも自分の好きなものを部屋に置いておくと心が豊かになりますよね。 *鬱金(ウコン)の風呂敷に入れてね。
    ちょっと着ただけでは重いんですが、ずっと着てると身体に馴染んでくる。
     
    *ウコンというのが気になったので調べてみたら、ウコンには虫除けの効果があるので、大切な衣類を保管する時にはウコンの風呂敷がいいようです。舟木さんにまたひとつ教えていただきました。
     
     
     
    お芝居では爺(ジイ)を演ってますげど文童(曾我廼家文童)さんは、僕より2つ下ですからね。笹野(笹野高史)さんは、4つ下ですからね。何やら、ご自分の若さをアピールするかのような舟木さんが可愛い(笑)お芝居ではそういうケース(劇中の年令設定と実年令の逆転)は結構今でもあるんですよね。北林谷栄さんなんか四十代半ばで八十才くらいのおばあちゃんをずっとやっていらしたですし、「その人は昔」でナレーションをしてくださった宇野重吉さんなんかも最初見た時からずっとおじさんですし…。

    僕が見てて元気だなぁと思うのは里見さんですね。78才ですからねぇ…そういうことって多少家系みたいなのはあるような気がします。今、平均年令が80才なんて言ってますが、全国の80才の6割が女性でしょう。85才になると7割5分が女性…90才となると男は壊滅状態ですね(笑)「日の本はおなごなしでは明けぬ国」って言いますが、日本だけじゃないでしょうね。長谷川先生の御贔屓で96才の方は今でも大阪で稀世さんが出てるとひとりで新幹線に乗ってくる。出番の直前に「あなたなんか、まだまだ若いんだから頑張らなくちゃダメよ!」と言われました。70(才)にもなってまだまだ若いと説教されるとは思わなかった(笑)
    ホントにまだまだ若い舟木さんですから、その方のおっしゃる通りだと思います。
     
    千秋楽 第二部 コンサート  2時15分~3時40分(85分/全20曲)
     
    チャコールグレーに細い白のストライプのスリーピースで登場。
    舟木さんのトーク部分はピンク文字です。  
     
    イメージ 6オープニング
    ~落日のあとで  作詩:秋元康 作曲:徳久広司
    (1990年10月発売)
     
    千秋楽は、千秋楽でなんとなくいきます。
    さっき
    (お芝居の序幕)ドラえもんのお面をかぶってたんですが、あれ、私が買ってきたとお思いになるでしょ?あれは後援会の幹部の方が、「何かのお役に立てば…」と送ってきたんです。類は友を呼ぶとか朱に交われば赤くなるとか…みんな似てくる…私が千秋楽にイタズラをしてるんじゃありません。みんながさせてるんです…ハ・ハ・ハ(笑)
    今日は、なんとなくつながってくれる歌をごちゃまぜにして…
     
     

    みんな旅人  作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=kyR5ILf9V_s  (kazuyanさんの動画でお楽しみください)
    (1982年 アルバム「WHITE」収録)
     
    人と話すだけで 疲れるなんてことが
    別に不思議じゃない バカな話じゃないか
    何気なく笑うほど 俺は大人じゃないし
    くちびるをかむほど 若くもないさー
    人と人が今日も 息をひそめすれ違う
    許しあえるはずの わずかな過去を抱きしめ
     
    「川は流れる」のイントロの時に後ろのバンドの方を見て、テンポを指示するように両手を動かす舟木さんでした。

    イメージ 7川は流れる 作詩:横井弘 作曲:桜田誠一
    (1961年発売 仲宗根美樹歌唱)
     
    病葉(わくらば)を 今日も浮かべて
    街の谷 川は流れる
    ささやかな 望み破れて
    哀しみに 染まる瞳に
    黄昏(たそがれ)の 水のまぶしさ
     
    思い出の 橋のたもとに
    錆びついた 夢のかずかず
    ある人は 心つめたく
    ある人は 好きで別れて
    吹き抜ける 風に泣いてる
     
    ともし灯も 薄い谷間を
    ひとすじに 川は流れる
    人の世の 塵にまみれて
    なお生きる 水をみつめて
    嘆くまい 明日は明るく
     
     
     
    *1977年 ライブ・アルバム 歌とモノローグで綴る15年の歩み「限りない青春の季節」収録

    「川は流れる」について触れた、私のブログも参考までに ↓ 
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68721071.html

    麦笛  作詩:ちあき哲也 作曲:宇崎竜童
    https://www.youtube.com/watch?v=eR2u9vyQY4Y (kazuyanさんの動画でお楽しみください)
    (1972年3月 「よみがえる夜明け」カップリング曲)
     
    イメージ 8さようなら かなしいまち
    季節さえ わすれたまち
    わらわないで 花のような
    しあわせを 街にさがしたこと
    明日の朝は ふるさとの小径を
    風にそよぐ麦笛 鳴らしながら
    たどるでしょう 足もかるく
    あたたかい人の 群れのなかへ
     
    さようなら さびしいまち
    ほほえみさえ なくしたまち
    わらわないで 傷のついた
    おもいでを街に 残したこと
    ふるさとは花も ほころび咲くころよ
    風にそよぐ麦笛 鳴らしながら
    帰りましょう あしたこそ
    あたたかい人の 群れのなかへ
    あたたかい人の 群れのなかへ
     
    こういう感じのものは、さりげない応援歌になるんだと思います。あまり露骨に叫んじゃうんじゃなくてふわっと肌から感じるようなもの…
    ここは鼻唄で唄えるようなもの、そこはかとなくポッとしたのをふたつ…
     
    イメージ 9さんざしの花咲けば 作詩:丘灯至夫 作曲:戸塚三博
    https://www.youtube.com/watch?v=uhvDboV34s0
    (kazuyanさんの動画でおたのしみください)
    (1967年8月 「夕笛」カップリング曲)
     
    さんざしの花咲けば 
    さんざしの花に似た
    あのひとの あたたかな
    あたたかな声がする
    いつもひとり丘のうえ
    雲をみてたこの僕に
    ひとのやさしさを そっと教えた
    あのひとの あたたかな
    あたたな声がする
     
     
    月がとっても青いから 作詞:清水みのる 作曲:陸奥明
    (1955年発売 菅原都々子歌唱)
     
    月がとっても青いから
    遠まわりして帰ろう
    あの鈴懸(すずかけ)の並木路(なみきじ)は
    想い出の小径(こみち)よ
    腕をやさしく組み合って
    二人っきりで サ帰ろう
     
    イメージ 10月の雫(しずく)に濡れながら
    遠まわりして帰ろう
    ふと行きずりに知り合った
    想い出のこの径(みち)
    夢をいとしく 抱きしめて
    二人っきりでさあ帰ろう
     
    月もあんなにうるむから
    遠まわりして帰ろう
    もう今日かぎり逢えぬとも
    想い出は捨てずに
    君と誓った並木みち
    二人っきりでさあ帰ろう
     
    菅原都々子さん  
    (「二木紘三のうた物語」サイトより~
     
    昭和2年(1927)青森県で作曲家・陸奥明の長女として生まれました。古賀政男に歌唱力を認められて養女となり、10歳のときテイチクレコードから童謡歌手としてデビューしました。
    戦後『憧れは馬車に乗って』『江ノ島悲歌』『連絡船の歌』など次々とヒットを飛ばし、テイチクレコードの黄金時代を築きました。
    極めつけは、昭和30年(1955)に実父・陸奥明が作曲した『月がとっても青いから』で、累計約100万枚売り上げました。当時のレコード市場の規模を考えると、現在の数百万枚以上にも匹敵する空前の大ヒットでした。
     
    明治座・座長公演のコンサートの特別ゲストとしても出演↑
     
    今も、こういう歌が出てきたらヒットするんじゃないかと…屈託のないメロディーはいつの時代でも通用するでしょうね。流行歌の場合、詩が八行も十行もあるのは風呂の中でくちずさもうとか歩きながら鼻唄とかはできないですね。
    でも、中にはドシッ!としたものもないとね。作家の方のプライド、歌い手のプライドもありますから…
    ここは、そんなところを2曲
     
    影を慕いて 作詩・作曲:古賀政男
    (1932年発売 藤山一郎歌唱)                                                              当時古賀政男さん、藤山一郎さん
     
    イメージ 11まぼろしの 影を慕いて雨に日に
    月にやるせぬ 我が思い
    つつめば燃ゆる 胸の火に
    身は焦れつつ 忍び泣く
     
    わびしさよ せめて傷心(いたみ)のなぐさめに
    ギターを取りて 爪弾(つまび)けば
    どこまで時雨(しぐれ) ゆく秋ぞ
    振音(トレモロ)寂し 身は悲し
     
    君故に 永き人生(ひとよ)を霜枯れて
    永遠(とわ)に春見ぬ 我が運命(さだめ)
    ながろうべきか 空蝉(うつせみ)の                                                                                  
    儚(はかな)き影よ 我が恋よ
     
     
    今の舟木さんの歌唱でなければならない曲の代表のような味わい深く心揺さぶる歌声に聴き入りました。
    舟木さんの歌唱を聴いて、初めてちゃんと「影を慕いて」を聴いた気がしました。「名曲」だということは知識としてはインプットされてましたが、「いい曲」だとしみじみ体感したのは、初めてでした。
     
    切なく哀感に満ちた詩とメロディーなのですが、不思議に胸の奥まで温かく沁みとおってじんわりと広がっていく想いがしました。詩をメロディーにのせて聴き手の心にそっと静かに置きにきてくれるナイーブな感性は若い頃から備えていらっしゃったのだと思いますが年齢を重ねることでしか到達できない境地というのが、間違いなくあるのでしょうね。伝える側にも受けとる側にも、生きてきた歳月の積み重ねというものがあって初めて心の琴線に触れて来るということなのでしょう。
     
    イメージ 12悲しい酒  
    作詩:石本美由起  作曲:古賀政男
    (1966年発売 美空ひばり歌唱)
     
    ひとり酒場で 飲む酒は
    別れ涙の 味がする
    飲んで棄てたい 面影が
    飲めばグラスに また浮かぶ

    酒よこころが あるならば
    胸の悩みを 消してくれ
    酔えば悲しくなる酒を
    飲んで泣くのも 恋のため
     
    一人ぼっちが 好きだよと
    言った心の 裏で泣く
    好きで添えない 人の世を
    泣いて怨んで 夜が更ける

    この2曲、まさに「歌い手」のプライドを見事に見せつけてくださった圧巻の歌唱でした。
     
    ふたつとも古賀先生の作品ですが、この辺が「絶唱」あたりのメロディーにつながってくるんですね。
    別の人が、似たようなメロディーを作ってもすぐにバレるでしょう。四行詩の素晴らしさがおもいっきり出ている。
    今回は与一さんがねずみ小僧を演ってくれてますが、与一さんはプレスリーが大好きで…僕なんかもビー
    トルズよりプレスリーの時代ですから…「ラブミー・テンダー」なんか唄ってみたいんですが(拍手)
    残念なことに訳詩が今歌うと古いんですよ。「Love Letters」の詩も、新しく変えようとしたら原詩の作家の御遺族の了解とかとらなくてはいけないんで、それだけで三年ぐらいかかると…
    その時代の雰囲気がモロ出ている詩もいいので与一おじさんが「Love Letters」を唄ってというので今回お世話になってることだし、まぁ、唄うワ…(笑)

    Love Letters  作詩:E・Heyman 作曲:V・Young
    訳詩:吉田旺 編曲:竜崎孝路
    https://www.youtube.com/watch?v=UN2HSacd8O4 (kazuyanさんの動画でお楽しみください)
     
    イメージ 13たとえ遠くに 離れていても
    この愛をこめた
    便り読みかえすとき
    あなたのにおい あなたの吐息
    あなたのすべて いたいほど
    感じてしまう
     
    二人の愛は 終わったけれど
    この愛をこめた
    便り読みかえすとき
    あなたのなみだ あなたのしぐさ
    あなたのすべて いたいほど
    感じてしまう
     

    「Love Letters 」についての私のブログ記事 ↓
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/69564338.html
     
    林与一さんのお好きなプレスリーの歌唱はこちら↓
    https://www.youtube.com/watch?v=tnlXCS_JC88

    唄ってるうちにおじさん(与一さん)の顔が浮かんできて色っぽくもなんともなかった(笑)

    舞台の下手の袖の方から「ありがとう!」と声が聞こえました(笑)
    舟木さん、すかさず「あとで特別料金もらうよ!」(笑)
    あとあとまで何十年も残る歌、これはむつかしい。何かとつながってると残るんですね。
    そこはかとなく、皆さんの声が聞こえてくるような歌を…
     
    イメージ 14舟木さんもファンもまだ若かった頃の懐かしい曲が並びました。いずれもB面の曲。

    淋しい町 作詩:丘灯至夫 作曲:遠藤実
    (1963年8月「修学旅行」カップリング曲)
     
    青春はぼくらのもの 作詩:丘灯至夫 作曲:遠藤実
    (1964年3月 「君たちがいて僕がいた」カップリング曲)
     
    北風のビギン 作詩:西沢爽 作曲:和田香苗
    (1968年1月 「くちなしのバラード」カップリング曲)
     
    北風にむかって 僕は叫んだ
    君の名をそっと 
    思いをこめて
    北風にむかって 僕は叫んだ
    どこまでも僕と いっしょにおいで…
    見つめあう瞳に 燃えてる愛の火よ
    頬よせてゆこうよ ああ この道を
    北風にむかって 僕は叫んだ
    春が来るごらん あの山越えて…

     
     
      
    イメージ 15「北風のビギン」…これは日活のお正月作品「花の恋人たち」のラストシーンに流れてる。小百合さんとか浜やんとか出てて、僕は、ほんの少ししか出てないのに、いいのかな?…と気になってたそう。
    この歌の詩、ひとつギモンに思うところがあるんです。
    「北風にむかって ぼくは叫んだ 君の名をそっと ???」…「叫ぶ」っていうのは「ヤァッ!」(と叫んでみせる舟木さん)これは未だに解決してないギモンです(笑)

    ここは肩のコリをほぐしていただいて…久しぶりに唄います。

    スタンディング/お芝居の座組の皆さん総出によるサインボール投げ
    ~親不孝通り 
     
    イメージ 16親不孝通り  作詩:山川圭介 作曲:いずみたく
    (1973年7月 「俺が死ぬ日」カップリング曲
    ~艶歌ミュージカル「愛する時も死する時も」挿入歌)
     
    野暮な野郎はどいていな
    遊び知らずは帰りなよ
    ここは俺らの縄張りだ
    粋な男の来る町だ
    酒持って来い 喧嘩しに来い
    矢でも弾丸(たま)でも受けてやる
    だけどよ だけどよ
    こんな筈じゃあなかったぜ
    どんなに酔っても騒いでも
    心のどこかが ひえたまま
    あ……よこはま 親不孝通り

    艶歌ミュージカル「愛する時も死する時も」についての詳細は以下でどうぞ

     
    全員参加のボール投げのあとは、舟木さんが皆さんにマイクを向けてひとことコメント等促します。
     
    こうやって賑やかに公演が続けられるってことは幸せなこと…一年に2本平均やれていければいいのかな
    …と。 
    ここは抒情歌ということで三つばかりまとめてつなげます。
     
    逢う瀬   作詩:藤浦洸 作曲:戸塚三博
    https://www.youtube.com/watch?v=5-hZ-Gg5Cdw (kazuyanさんの動画でお楽しみください)
    (1974年アルバム「舟木一夫の新しい名刺」/15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録)
     
    イメージ 17
    京は加茂川 たそがれに
    誰を待つのか 川べりの
    宵待草の 花ひとつ
    君によく似た うつくしさ
     
    けぶるむらさき 東山
    鐘の音色に ゆれながら
    ひとりさびしく 待ちわびる
    君のすがたの いじらしさ
     
    あいにゆこうか あうまいか
    あわねばなおも かなしさを
    耐えてたたずむ 横顔に
    散るは祇園の ともしびか
     

    女ひとり  作詩:永六輔  作曲:いずみたく
    (1965年発売 デュークエイセス歌唱)
     
    イメージ 18京都 大原 三千院
    恋に疲れた女がひとり
    結城(ゆうき)に塩瀬(しおぜ)の
    素描(すがき)の帯が
    池の水面(みなも)にゆれていた
    京都 大原 三千院
    恋に疲れた女がひとり
     
    京都 栂尾(とがのお) 高山寺(こうざんじ)
    恋に疲れた女がひとり
    大島つむぎにつづれの帯が
    影を落とした石だたみ
    京都 栂尾 高山寺
    恋に疲れた女がひとり
     
     
     
    イメージ 19京都 嵐山(らんざん) 大覚寺
    恋に疲れた女がひとり
    塩沢がすりに名古屋帯
    耳をすませば滝の音
    京都 嵐山 大覚寺
    恋に疲れた女がひとり

     
    イメージ 20踊子 作詩:喜志邦三  作曲:渡久地政信
    (1957年発売 三浦洸一歌唱)
     
    さよならも言えず 泣いている
    私の踊子よ ああ 船が出る
    天城峠で 会うた日は
    絵のように あでやかな
    袖が雨に 濡れていた
    赤い袖に 白い雨……
     
    月のきれいな 伊豆の宿
    紅(べに)いろの 灯(ともしび)に
    かざす扇 舞いすがた
    細い指の なつかしさ……
     
    さよならも言えず 泣いている
    私の踊子よ ああ 船が出る
     
    下田街道 海を見て                                            
    目をあげた 前髪の
    ちいさな櫛も 忘られぬ
    伊豆の旅よ さようなら……
     
    この辺なんですよ。流行歌は昭和で始まって昭和で終わってるというは…歌詩の構成と同時にメロディー
    の構成もよくできている。「踊子」なんて、変則なんですよね。

    ここで、舟木さんによるかなり専門的な楽曲の構成解説~Aメロ、Bメロ、サビ…なんていう言葉が飛び出
    す~がありましたが、なんとなく聞き流してました(笑)舟木先生によるちょっとハイレベルな「レクチャーの巻」でした(笑)こんな先生に教わりた~い!

    流行歌のテーマの大半は「男と女の想い」…ラストブロックは、わりとコクのあるものを三つ並べてみます。
     
    イメージ 21夢ん中  作詩:阿久悠 作曲:森田公一
    (小林旭/1978年)
     
    指のつめたさ うなじの細さ
    肩のはなかさ まつ毛の長さ
    すべて重たい 悲しみつれて
    ひとりお前は生きている
    男もつらいし 女もつらい
    男と女は なおつらい
    だけど泣くなよ泣くじゃない
    酸いも甘いも 夢ん中
     
    恋ひとすじ  作詩:藤田まさと 作曲:猪俣公章
    (森進一/1970年)
     
    一度こうだと 決めたなら
    決めたとうりで どこまでも
    恋に命を かけたなら
    恋はひとすじ いつまでも
    いつまでも
     
    たまにゃしみじみ 泣くもよし
    酒でなみだを 吹き飛ばし
    膝をかかえて ふるさとの
    歌をうたうも 味なもの
    味なもの
     
     
     
    イメージ 24流れの雲に  作詩:川内康範 作曲:渡久地政信
    (フランク永井/1962年)
     
    流れの雲に きいてみた
    おいら明日は 何処へゆく
    そよ吹く風に きいてみた
    おいら明日は どこへゆく
     
    風がこたえた 雲にきけ
    雲がこたえた 風にきけ
    どうせこの世の 寂しさを
    知っていながら なぜにきく

    一旦、幕が降りて再び上がるとジャケットを脱いだ舟木さんが登場。
    こんなに唄ったのに、まだ唄えってか?(笑)と言いつつ、オーラスは、いつぶりに唄うのか、よくわかりまへ~ん!といって唄われたのが「青春の大阪」でした。
                                                                                          中之島の緑
     
    イメージ 22アンコール
    ~青春の大阪  作詩:西沢爽 作曲:和田香苗
    https://www.youtube.com/watch?v=aHqhBkdbpHk 
    (kazuyanさんの動画でお楽しみください)
    (1964年9月発売)
     
    いとしい君と 思い出の
    小径に植えた 小さな木
    いつか 誰かが 二人のように
    愛を ちかう
    緑の木蔭に なるように
    あゝ 大阪を 青春の
    みどりで みどりで つつもうよ
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    小雨の朝は 御堂筋
    星ふる夜は 中之島
    別に 約束 したんじゃないが
    君も 僕も 
    緑の並木が 好きなだけ
    あゝ 大阪を 青春の
    みどりで みどりで つつもうよ
     
     
    コンサートの始まりの時に、「なんとなくつながってくれる歌をごちゃまぜにして…」とおっしゃったのですが、この日のメニューでは、舟木さんのこれまでの旅路の景色を様々に見せていただけたと同時に、ファンが、聴きたがってるもの、一緒に懐かしく思い出を振り返るようなもの、舟木さんご自身が唄いたいと思うもの、「日本の名曲」として歌い継いでいこうとされているもの…という風な意味では「ごちゃまぜ」という表現もピッタリだったかもしれません。
     
     
     
    でも、やはり、どんな歌も、舟木さんの手にかかると、その独自の香気を放つ世界に包み込まれるのです
    ね。爽やかでスマートでありながら、しっとりとした潤いの泉が、その深部には力強く湧き出ていることがこちらの胸に伝わってきます。しかも、シビレちゃうほどに男っぽい…どこまで「男の色気」も進化していくのか、舟木さんて、摩訶不思議ですね。「北風のビギン」の歌詩並みに、永遠のギモンかも(笑)
     

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    ここ2日ほどは三月下旬並みの気温だったそうですが、また週末には真冬並みの寒さが戻ってくるようです。黄砂と花粉にも悩まされる季節になるので、春の訪れを喜んでばかりはいられないというのが現実のようです。でも、わが家の庭も、土がほかほかと温かくなってきていて、もうそろそろじゃがいもの植え付を始めなくては…と母が畑仕事の季節を心待ちにしています。
     
           一週間ほど前に咲いた庭の鉢植えのクリスマスローズ                                紅梅も裏庭に咲き始めました
     
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    イメージ 3 水仙は淋しい冬の庭を彩って
     くれていました。
     
     
     
     
     
                                   ローズマリーの生命力もスゴイ!
     
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    これは?カタバミの大きいのみたいです。オキザリスかな?
     
                                   
                     こちらは舟友さんからいただいた手作りキイホルダー
     
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    さて、本題へ…
    新歌舞伎座公演の千秋楽のお芝居の模様をお伝えするにあたり、タイトルに掲げた「舟木さん二十代の明治座・初座長公演」の千秋楽のお芝居の様子も併せて御紹介させていただきますので、タイトルは「番外編」といたしました。
     
     
     
     
     
    イメージ 7以下の資料は、当時リアルタイムで御覧になった舟友さんが御自身の日記に書き記して残してくださってたものです。
    ご厚意によって、当時の様子を知ることができましたことに心からの感謝です。
     
    以下、舟友さんから頂戴した、千秋楽の舞台の様子が記された文の一部を御紹介します。千秋楽のお楽しみヴァージョンのお芝居の原点はこんな感じだったんですね。今と少しも変わらない舟木さん。
    最後の最後までいかにお客さまを楽しませようかという心意気とお茶目ぶりがうかがわれますね。
     
     
     
     
     
    千秋楽特別ヴァージョンお芝居のルーツ 
     
     
    1967年4月30日 明治座千秋楽 維新の若人=喜劇・維新の若人
     
    イメージ 8夜の部は15分遅れて始まりました。
    玉置さんが登場されて、”舟木さんから御話がありますので”と言われました。
    秋葉守之助のスタイルで舞台に登場された舟木さん「村上先生の御許しを得て維新の若人の上に喜劇とつけて演じたいと思います。皆さまには御許しを願います」という前置きがありました。
    最初に出てきた武士を見て大笑い、その中に当時のマネージャーの六さん(義理の母・節さんの弟)が恥ずかしいのかニヤニヤして立っています。
    花道から高校三年生のメロディーに乗って舟木さんが登場。
    鉄砲を撃つと傘まで飛んできたりして笑いの渦に。
    光本幸ちゃんとのラブシーンも歌で綴り、さのさ♪など2、3曲…
    ”幸せになってちょーだい!!などの流行語も。
    新撰組の集会の時も吉弥(坂東吉弥さん)などは水をかけたり、人を斬るときは何回も最後だと言いつつ斬り倒し、顔の上に草履をのせてたので、その人が笑い出してしまいました。三条河原では吉弥さんと”絶唱”を唄ったり、池田屋では、颯爽と登場したのはよかったのですが、立ち回りはスローモーション、
    会場笑いの渦でした。野原では雪をものすごく降らしたり、馬のひずめの音がしたかと思うと豆自動車に
    乗って現れたり…
    最後の場面では、燕尾服を着てチャップリンになって登場!ちょび髭もつけていました。こんな愉快な舟
    木さんを初めて見ました。
     
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    明治座公演のパンフットに記載されている村上元三氏の原作の序幕第一場のあらすじをご紹介します。
    *パンフレットには、序幕部分のあらすじのみしか掲載されていませんでしたので物語の全容は不明です。

    村上元三 作・演出   維新の若人 ー新撰組ー 三幕六場
     
    序幕 第一場 金龍山浅草寺境内(文久三年二月)

    梅もちらほらと花をつけてきた文久三年二月、ここは江戸金龍山浅草寺。境内に小屋をかけているのは春駒屋おくら一座。女座長おくらの手裏剣の腕はすばらしく江戸中の人気を集めて大入り続きだ。そのおくら一座の楽屋口が騒がしい。
    酒に酔って抜き身を振り廻しているのは常州浪人芹沢鴨。一座の踊り子たちに酒の相手をしろと無理を言ってきたのを、踊り子たちは舞台があるからとことわったのがこの騒ぎの始まりだ。酒癖の悪い芹沢鴨、この返事を聞いてだまってはいない。同行の近藤勇らが止めるのもきかず、抜刀して楽屋に暴れ込んだという始末。男勝りのおくら、芹沢の乱暴をだまって見てはいない。腕の覚えの手裏剣を構えた。酔っているとはいえ芹沢鴨、神道無念流の達人だ。春駒屋のおくらの構えを見て、只物でない事に気づき芹沢はハッとした。両者の間に見えない火花が散った。
    その殺気の中に、すっと身を入れた男がいた。年の頃、二十と少し、野暮を嫌って、小紋着流し、落し差し。良い男は徳だ、どんな格好をしても、よく似合う。
    春駒屋おくらと芹沢鴨との間をまるくおさめた秋葉守之助は、近藤勇らと再会を約して別れた。近藤勇は同志の土方歳三、沖田総司らと芹沢一派と組んで新撰組として京都に上ることになたていたのだ。

    イメージ 9そんなところへ、守之助をたずねて佐伯良乃がやってきた。守之助と良乃はかつて許婚者の間柄であったが、いつか両家の交際もとだえ、守之助、良乃の約束も反故同然になっていた。その良乃に新しい縁談がもちあがった。それは尾張藩の能勢半之丞が良乃の美貌に目をつけての是非との話だ。能勢半之丞から金を借りている父の兵馬にはことわれない。だが良乃の心の底には守之助のことがあった。良乃は守之助に連れて逃げてくれと口説くが守之助はその良乃の願いを冷たく聞き流すのだ。良乃にはそんな守之助の態度がうらめしい。
    迫ってきた父の兵馬と能勢半之丞に連れ戻された良乃の後ろ姿を淋しく見送った守之助の心には、良乃をいとおしむ情があったが現在の二人のおかれている立場、時代の流れを考えれば、冷たく別れた方が良乃のためになる。
    木蔭よりひとりの僧があらわれた。「守之助、あとを追って良乃殿をとり戻すか」守之助は苦しげに言った。「和尚との約束がなければ…」和尚との約束とは?…孤独の影を背負った秋葉守之助の行く道は…
    舞台は、幕末風雲のさかまく京都に移る…

    序幕 第二場  京都壬生村 八木屋敷の新撰組駐屯所
    第二幕 
     第一場 京都 三条河原
     第二場 京都 三条小橋 旅籠 池田屋
    第三幕 
     第一場 山城国 伏見千本松新撰組陣営
     第二場 浅草寺境内 (明治元年秋)
     
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    以下は、同じく村上元三氏のこの公演パンフレットへの寄稿文です
     
    イメージ 26舟木君の注文   村上元三
     
    「高校三年生」が売れる前からの付き合いだが、おとなになったなという感じがするだけで、舟木一夫の誠実さは少しも変わっていない。こんなに売れている流行歌手でなかったら、自分の息子にしたいような好青年だし、病気になったと聞いたりすると、やはりわたしも親身になって心配をする。テレビに引っ張り出したのも、いい役者から芸を吸い取って、芝居がうまくなってほしい、という気持ちが第一であった。
    昨年の大阪の芝居で、舞台をいい気持ちで勤めるということが舟木君にもわかったと思うし、こんどは演技にメリハリをつけることを覚えさせたい。まだニキビの出ていたころの初一念をいつまでも忘れずに、よく食べ、よく寝て、二十七日の明治座の舞台を元気に勤めてもらいたいと思う。
    こんどの「新撰組」というのは、私が昭和二十六年から二年近く新聞に書いた小説をもとにして、舟木君に向くよう新しく芝居に書いた。主人公の秋葉守之助は、わたしの創作した人物だが、ある劇団が新撰組の芝居をやったとき、秋葉守之助という新撰組隊士が登場してきたのにはびっくりした。わたしの「新撰組」はいまだに文庫本で出ているし、自分の作品の中では長く売れている小説のひとつであろう。
    今月の明治座は若い観客が多いと思うし、新撰組についての関心を持たない人たちにはちょっと理解の行かない場面もあろうかと思う。その不満は、剱とピストルの名手秋葉守之助に扮した舟木一夫の活躍ぶりを堪能することで補っていただきたい。こんどは赤穂浪士の矢頭右衛門七か、それとも無官大夫敦盛を書こうかと、と思っていたところ舟木君からの希望で新撰組を書くことになった。いつものように、もじもじと照れくさそうに舟木君は、はじめてわたしに注文をつけた。「強い侍を書いて下さい」
     
     
    NHK大河ドラマ「源義経」の撮影の合間の村上氏と舟木さん
     
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    さて、最後にやっと新歌舞伎座の千秋楽ヴァージョンの第一部のお芝居の模様をご報告します。
    ただし、これは、やっぱり文字では伝えきれませんね。悪しからずご了承ください。
     
    2015年2月20日 新歌舞伎座舟木一夫特別公演 千秋楽 花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記
     
    イメージ 12天下泰平(松平誠之助):舟木一夫
    富市(ねずみ小僧):林与一
    富市女房おえん:葉山葉子
    伊左次色女お吉:長谷川稀世
    伊左次:丹羽貞仁
    松平家側用人五郎左衛門:曾我廼家文童
    阿部川勘蔵(浪人):大門正明
    勘蔵妹日菜:長谷川かずき
    風早主税之亮:柴田彦
    ほか

    第一場 両国橋西詰
     
    浪人阿部川勘蔵(大門さん)が大道芸「蟇の油」の口上を不慣れな風情で…、そこへならず者の旗本奴風早一派が現れて、勘蔵の妹日菜に狼藉を働く。そこへ天下泰平こと松平誠之助が登場して窮地を救うという場面。
     
    舟友さんが抽選で当たったサイン入りの写真です
     
    イメージ 13花道からおかめのお面をよこちょにかぶった誠之助が登場しますが、「ドラえもん」のお面をつけて登場しました。
     
    イメージ 14風早主税之亮の柴田さんが何奴だ名を名乗れ!というと「姓は石川、名はドラえもん!」と舟木さん。誠之助が、風早一味を追い払い、また見事な口上で、勘蔵の「蟇の油」はめでたく完売となります。
    その様子を見ていた女スリのさくらが、誠之助に近づいて巾着を盗み取ります。いつもなら盗られたことに気づかないのですが、千秋楽ではすぐに気づいて「オイ巾着、けえせ!ヘタなスリだなぁ!アイツ」(笑)
    日菜(かずきさん)が、誠之助のそばに行ってひざまずいて手ぬぐいで舟木さんの着流しの裾を払う場面では、ドラえもんのお面を、わざと近づけて「こっち見て!」と笑わせようとします。
     
     
     
    大門さんが、「口上は苦手でなぁ…」というと「一ヶ月間オレの口上聞いてただろう。今、ここでやってもらおうか!」と大門さんをいじります(笑)頑張って、やってみるのですが、しどろもどろの大門さん、「四六のガマ」というべきところを「四六のヒキガエル」と云ってしまいました。
    日菜さん(かずきさん)に向かって「フナさん」とか「ヘナさん」とか言う舟木さん。
    かずきさんが「姓は石川、名はドラえもん」とノッて言うと、「ホントは天下泰平…このあとの都合があるからな…」と訂正する舟木さんでした。そこんところはマジメ(笑)

    第二場 小料理屋「小笹」
     
    イメージ 15日菜さんの窮地を救い、「蟇の油」を全部売ってあげたので、御礼に御馳走してもらえるというので誠之助は馴染みの小料理屋・小笹へふたりを連れていきます。
    舟木さん、またまた「ヘナさんとおっしゃいましたね…」と。かずきさんが、自分たち兄妹の境遇のことを話し始めると…またしてもツッコミを入れます。かずきさんが、西国のとある…にといつものセリフを言うと、「西国ってどこ?」と困らせました。かずきさんが、「大阪の…」というと、いきなり大阪弁になる舟木さん。大門さんに向かって大阪弁でセリフを言うと、大門さんも負けずに「拙者も大阪弁を喋れます」と、しばらくお二人とも達者な大阪弁でセリフをやりとりしてお芝居は進みました(笑)
    元ねずみ小僧の富市(与一さん)まで、ノリノリで「ところでドラえもんの旦那…」と舟木さんに呼びかけてました。舟木さんは、ほかの人がセリフを言っている間、作りもののお料理を口に入れて齧ろうとして「かたくて喰えねぇや!」と言いつつ、食べつづけるフリをしてました。

    イメージ 16富市女房おえん(葉山さん)がお酒を運んできてセリフを言って戻ろうとするのを袖を引っ張って戻らせない舟木さん。そこへ伊左次(丹羽さん)がやって来ると、銭形の息子のクワガタ…などど言う舟木さん。
    この場のラストは、いつも「ひ~なちゃん」と云って暗転なのですが、またしても「へ~なちゃん」で通してました(笑)
     
     
    第三場 おけら長屋
     
    二代目ねずみ小僧を気取っている伊左次、こともあろうに誠之助の屋敷から将軍家から拝領の家宝の壺を盗み出して途中で風早の屋敷の門のところに放りだしたままにしてきたのです。しかも何処に置いたか覚えていない伊左次。誠之助は伊左次にどんなところだったか思い出せといいます。丹羽さんは、千秋楽なので頑張ったのでしょうね、「長い塀があって、そこにフナ木があって…」(いつもは松の木でした)と
    ウケを狙おうとしたんですが、舟木さんの反応は、客席に向かって「今のオモシロイですか?」とダメ出しされてしまいました。

    イメージ 17第四場 小料理屋「小笹」
     
    千秋楽も、爺こと五郎左衛門(曾我廼家文童さん)の「この皺腹かっさばいて…」の切腹に臨む場面での舟木さんとの間合いが、最高でした。「五郎左衛門、立ち止まるな、振りむくな…」のところで舟木さんが「カーン!」とダメ出し。「こういうものは、才能がなければ…親をうらむしかない…」と文童さん。
    最後は与一さんが文童さんの刀をとりあげに行くのですが、与一さんが、そのタイミングを逃してしまうと舟木さんが与一さんの代わりに刀をとりにいきながら、「オレがやるんじゃねぇんだよな」(笑)
    そんなこんなのところへ、伊左次が、日菜さんが風早に連れ去られたとあわてて飛びこんできます。
     
    イメージ 18第五場 風早の屋敷中庭
     
    与一さんが、ねずみ小僧の姿になって、家宝の壺と日菜さんを取り返したところへ、誠之助が助立ちにやってきて見どころの立ち回りが始まります。ところが、いきなり立ち回りをストップして、「このふたり、今までこんな立ち回りのヘタなのはいない!」と舟木さんが言うと、おふたりが客席に向かって土下座。

    第六場 宿場の分かれ道
     
    この場面も爺こと文童さんと舟木さんの「おとぼけ対決」で最後まで笑わせていただきました。
     
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    誠之助さんのファッションもとりどりで華やかな衣装も今回のお楽しみでした。
     
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    イメージ 20明治座初座長公演の折に、舟木さんが村上元三氏にお願いした千秋楽のイタズラヴァージョンのお芝居の歴史はその後もずっと続いていて、舟木一夫特別公演の目玉としてファンの皆さんのお楽しみになっているのですね。何事もひたむきに誠実にという舟木さんをファンは愛してやまないのですが、若い頃からの「あそび心」というのも、また同時に舟木一夫という芸能者の魅力を支える大きな柱なのだと思います。
      
    千秋楽のコンサートのトークで開口一番、舟木さんがおっしゃったのがお芝居のことでした。
     
    さっき(お芝居の序幕)ドラえもんのお面をかぶってたんですが、あれ、私が買ってきたとお思いになるでしょ?あれは後援会の幹部の方が、「何かのお役に立てば…」と送ってきたんです。類は友を呼ぶとか朱に交われば赤くなるとか…みんな似てくる…私が千秋楽にイタズラをしてるんじゃありません。みんな
    がさせてるんです…ハ・ハ・ハ(笑)
     
     
     
     
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          遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 
                遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ
     
    「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)の中の有名な歌で童心を讃えて謡われたものですが味わい深いですね。

    人間が遊びや戯れをするためだけに生まれてくるのではないのは、重々承知している。人間はもっと重い
    、長くて苦しい道のりを歩まなくてはならない存在であるけれど、だからこそ、遊び戯れる子供の声の可
    憐さに、そのいとおしさに、自分の身体も一緒に動いてしまう。 (この歌のひとつの解釈より)
     
    ただ、ただ、面白可笑しく「遊ぶ」という意味の歌でないことは、私もおぼろげにわかってはいましたが、
    舟木さんの座長公演で、こうして千秋楽にわぁ~ッと、一気にほどけたような解放感のお芝居が恒例とな
    ていること、それがシリアスな作品であろうと喜劇であろうと、最後にお祭りとしての時間を舞台の上の人も客席も一体となって共有することが舟木さんの楽しみでもあり願いでもあるのでしょうね。
     
    以前、舟木さんがこんな意味合いのことを言われたのを記憶しています。
    「お客さまがお帰りに鳴られる時に、1グラムでも心が軽くなって下さっていれば…」
     
    少年少女の頃の他愛なく笑えた頃の自分にもどる時間をあの空間にいた誰もが持てたのだと思います。
    千秋楽ヴァージョンのお芝居とは舟木さんにとって、また私たちファンにとって何なのか?…そんなことを考えながらまとめてみました。
     
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    初日「お出迎え」
     
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    千秋楽「お出迎え」
     
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    千秋楽「お見送り」 舟木さん、お疲れ様でしたぁ~ッ!
     
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    先ずは、舟友のkauyanさんが先般の新歌舞伎座公演の想い出を動画にして下さいましたのでお楽しみください。BGMは、アンコールで唄われた「青春の大阪」です。ステキな舟木さんがいっぱいですよ。
    kazuyanさん、素晴らしい想い出動画をありがとうございました

    2月1日から20日まで開催された新歌舞伎座舟木一夫特別公演「花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記」は舟木さんの座長公演の82回目でした。その中で以下の演目が新歌舞伎座で開催されています。
     

    イメージ 4若君風流/雨月道成寺(1966)
    *初公演では昼夜別演目
    浪士外伝・江戸の淡雪(1972)
    はぐれ鴉(1994)
    銭形平次捕物控(1996)
    坊ちゃん奉行(1997)
    銭形平次・辻切り恋供養(1998)
    新吾十番勝負(1999)
    鯉名の銀平・雪の渡り鳥(2001)
    忠臣蔵異聞・薄桜記(2002)
    てなもんや三度笠(2003)
    銭形平次・蛍火の女(2004)
    月形半平太(2006)
    次男坊鴉(2007)
    梅川・忠兵衛~恋染めて風の花(2008)
    銭形平次・蛍火の女(2011)
    浮浪雲(2012)
    ぶらり信兵衛
    ~いろは長屋の用心棒(2013)
    花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記(2015)
     
     
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    1972年の「浪士外伝・江戸の淡雪」から1994年の「はぐれ鴉」までは、二十二年の空白があってそれは、舟木さんのおっしゃる「寒い時期、居眠りの時期」ということになりますが、新たな表舞台へのスタートからはほぼ休みなく座長公演が新橋演舞場、新歌舞伎座、中日劇場で恒例となって続いています。

     
    イメージ 7ひとつ前の記事「舟木さん二十代の明治座・座長公演~「役者・舟木一夫」の足跡をたどる 番外編」で村上元三氏の寄稿文「舟木君の注文」を掲載しましたが、この約半年前の新歌舞伎座での初座長公演のパンレットでは、同じく村上氏が「舟木君への注文」というタイトルで寄稿文を書かれています。明治座のパンフレットでのタイトルは、この新歌舞伎座のタイトルと連動させたものだったわけですね。
     
    そして、タイトルのみではなく、中身も見事に連動させていらっしゃいます。
     
    明治座初公演での村上氏の「役者・舟木一夫」への期待はこういう言葉で示されていましたね。
    「昨年の大阪の芝居で、舞台をいい気持ちで勤めるということが舟木君にもわかったと思うし、こんどは演技にメリハリをつけることを覚えさせたい。」
     
     
     
    初座長として舞台に立つことになった舟木さんに、先ずは「舞台をいい気持ちで勤めること」というのが村上氏のアドバイスであり、二度目となった明治座公演では、「演技にメリハリをつける」ことを示されています。一歩、一歩、着実に、舞台役者として成長していくことを願う、厳しくもまた温かな年長者のまなざしが伝わってくる寄稿文です。
    舟木さんの人柄や、芸能者としての真摯な向上心、探究心が、村上氏をはじめとする当時の錚々たる文化人に多大なる期待と好意をもって迎え入れられ、才ある若者に出来る限りの尽力をして育ててやりたいと思わせたのだと想像できますが、この時代は、目先の利益を追うのみではなく、若い人材をゆっくり成長させてやろうという大らかな空気が芸能の世界にもあったのかもしれません。
     
    私の手元にあるパンフレットに沿って舟木さんの初座長公演の模様を紐解いていきたいと思います。
    パンフレットに掲載されている、村上氏の寄稿文からご紹介します。
     
    新歌舞伎座 昭和41年 10月興行 舟木一夫初出演 特別公演
     
     
    舟木君への注文  村上元三
     
    このあいだまで、「高校三年生」を歌っていたと思っているうちに、このごろの舟木君は、びっくりするくらい成長してきた。いつもの通り、謙虚で裏表のない性格は同じだが、仕事に対する執念がすばらしく強く、たくましくなったのが、はっきりとわかる。こんどの大阪公演は、いつもの実演とは違うし、舟木君もずいぶん気を使っているが、なにも特に改まる必要はない。
    わたしの書いた作品は、まわりの人たちが主役の舟木君の松平長七郎を引き立てるようにしてあるので、舟木君自身はいい気持ちで演じてくれればいい。
    もっとも、いい気持ちで役を演じられる、というのは大へんなことだが、こんどの公演のあいだに、それが舟木君にわかってくるだろう。それだけでも、これから舟木君が大劇場で長期公演を続ける場合に、ずいぶん役に立つと思う。
    若い舟木君に、一ぺんにわたしはいろいろなことを注文しようとは考えていない。とにかく、これから先が長いのだから、役者としての舟木君が、少しずつ舞台の演技をおぼえて行くのが本当であり、こんどがその最初なのだから、あわてることはない。
     
     
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    そして、舟木さんご自身の挨拶文は、かなり長く、このパンフレットの編集者によるものかどうかわからないのですが、舟木さんからの「ことば」の前後に、解説文のような記事が挿入されていて、そのまま掲載すると、ちょっと読みづらくなると思いますので、舟木さんの「ことば」だけを、まとめて掲載することにします。

    新歌舞伎座 初出演のことば  舟木一夫
     
    僕が「高校三年生」でデビューしてからちょうどことしは三年目です。その秋に初めてのお芝居を一ヶ月もこの新歌舞伎座の舞台でやらせてもらえることになったのですから、ひと口に行って感慨無量といったところです。これもファンのみなさんのおかげだと感謝していますが、それだけにこんどの公演にはぐっと責任を感じています。不安と云えば不安なんですが、本を書いて下さった村上元三先生と安藤鶴夫先生が、僕のことをよく知っていてくださるので、余計なことを考えずに与えられたものを一生懸命にやればいいと考えています。二本とも時代ものになりましたが、僕自身としては時代ものの方が好きですし、何かはいりやすいんじゃないかと思っています。テレビの「赤穂浪士」の矢頭右衛門七や「源義経」の敦盛なんかで、いくらかでもその雰囲気に親しんできましたから…。
     
    「絶唱」の撮影で少しばかりやせましたから、スタミナの点でちょっと心配です。これまで歌と歌の間にはさまったサンドイッチみたいなお芝居は、ちょいちょいやりましたが、こんどのようにまとまった作品に出るのはもちろん、一ヶ月という長期公演も初めてですから体力と仕事との調子が自分でよくわからないんです。すべて熱と若さでやり抜きたいですし、またやり抜かなければいけないと思います。
     
    新歌舞伎座にこれまで出演された歌手の方の舞台構成などをプログラムでみせてもらって勉強しました。
    この8月に同じ新歌舞伎座に出演された橋さんを意識するかという質問をよく受けますが、僕は別にこだわりません。大先輩の三波さんの舞台も、美空ひばりさんの舞台も、いろいろうかがってこんどの公演の参考にしました。とくに今月は美空さんが梅田コマ劇場に出演されているので、とかくいわれますが、美空さんと僕ではぜんぜんキャリアが違いますし、ヘタに背のびせずに、僕は自分のカラーを出してやればいいという信念を持って舟木一夫の芝居を見ていただくだけです。まだまだ未熟な僕にはそれ以外に何もないんですから…。
     
      
       「雨月道成寺」大宅豊雄                                     「若君風流」松平長七郎
     
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    以下、まだ舟木さんの「初出演のことば」は続きまが、つづきは「思い出の新歌舞伎座・舟木一夫初座長公演記録 その2」として、後日ご紹介します。
             

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    新歌舞伎座公演フィーバーで明け暮れた如月(2月)も終わります。いよいよ弥生三月、本格的な春のスタートですね。わが家のお雛様もお出ましになりました。

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    私事ですが、8年間お世話になってきたパソコンがついにご臨終となってしまい、私にとっては三台目(三代目)のパソコンを一昨日から使っています。昨年から、徐々にCドライブの空き容量というのが減り続けてきて、とうとう空き容量300MBという危険な状況になってしまいました。容量がゼロになるとパソコンを起動させることもできなくなり、データも壊れて取り出せなくなると聞いたことがあるので、まずは昨年パソコンの主電源ボタンが壊れた際に修理してもらったメーカー(シャープですが、現在はパソコンはもう製造していないとのこと)に相談したら「日本TCサービス」というパソコンのトラブル対応業者さんを紹介してくれました。早速、その日のうちに来てもえらることになり、色々質問をしたりして、データの移し替えだけをしてもらうのか、新しくパソコンそのものを買い替えるべきかを検討したのですが、作業効率とか機能性の問題点とかをトータルに考えるとやっぱり思い切って新しく買い替えたほうが正解だなと判断してNECの「LaVie 8.1」というノート型の機種にしました。ほぼ3時間ほどで、セッティング完了。散財してしまいましたが、パソコンはないと不便ですし、せっかく始めたこのブログもストップになってしまうので背に腹は代えられませんね。

    処理スピードも驚くほど速くなって、これがパソコンの本来の動きだと、あらためて痛感しています(笑)これまで使い慣れてたものと使い勝手は少々変わったので、慣れるまでマゴマゴすると思いますが、まあ、なんとなく、これまで通りの作業はなんとかできそうです。

    では、本題に…
    先ずは、千秋楽ヴァージョンコンサートのオープニング曲「落日のあとで」もkazuyanさんが「新歌舞伎座公演思い出動画」にしてくださいましたのでご紹介します。

    イメージ 3落日のあとで  作詩:秋元康 作曲:竜崎孝路
    http://youtu.be/sPrfCaW_hZQ 
    (1990年9月 カップリング曲「風のワルツ」) 

    今日という 熱き思いは
    西の空を 燃やしながら
    家路へと急ぐ人波
    その背中に 語りかける
    *落日のあとで 何を想うか
    歩いた道に 悔いはないのか
    落日のあとで 何を想うか
    自分の影が
    きっと その答えなのだろう*

    向かう風 生きる姿は
    木々のように 美しくて
    時が過ぎ たとえ枯れても
    今の命 忘れてない
    人生の途中 何ができるか
    この一瞬(ひととき)に 夢を見てるか
    人生の途中 何ができるか
    明日になれば
    きっと陽はまた昇るのだから
    *くりかえし


    「思い出の新歌舞伎座・舟木一夫初座長公演記録 その1」のつづきです。

    文章に記名はありませんが、パンフレットの取材記者の方が書かれたであろう記事から紹介します。

    イメージ 4ヒタイにかかるトレード・マークの前髪がない。クリクリ坊主だ。頬がこけている。2キロもやせたそうだ。主演映画「絶唱」がもたらした舟木一夫の変ぼうである。彼は一つの仕事にこれだけ心血をそそいだ。努力家で真摯な人柄でなければ出来ない話だ。続いて初出演の大阪新歌舞伎座の舞台。これも人気の波に乗ってポイと安易に打って出たのではなく、期するところがあるようだ。この秋は本命のレコードの売れ行きも好調。映画、舞台、歌と申し分のなない充実ぶりと言える。静謐の十月は哀愁の歌手舟木一夫にふさわしいシーズンでもある。ファンならずとも、その「絶唱」のムードは心にしみ入るに違いない。

    安藤鶴夫(演劇評論家・作家)は、同じ町内の銭湯仲間で、舟木の後援会理事の肩書を持つ、いわばファンのひとり。「赤穂浪士」の作者だった村上元三もその縁で舟木のよき理解者だ。「雨月道成寺」は上田秋成の「雨月物語」を素材に、安藤鶴夫が長年あたためてきた作品でぜひ彼にやらせたいと新しく筆を執ったもの。「松平長七郎」も村上元三が、舟木のイメージで書き下ろした新作である。

    38年、コロムビアがとった新人攻勢の一人として舟木一夫の「高校三年生」が売り出され、大ヒットした。橋幸夫の青春歌謡と対照的な哀愁をおびた彼の歌唱がアピールしたのである。歌手生活三年というのでことしは多忙だった。4月末、キタの梅田コマ劇場で初のリサイタル。続いて浅草国際劇場のワンマンショー。5月は九州の博多、熊本に飛び、6月は北海道の札幌に出かけた。8月、日活映画「絶唱」に主演し、その主題歌「絶唱」は発売以来一ヵ月で60万枚。ことしのレコード大賞の呼び声が高いヒットソングとなった。

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    舟木のカラーは清潔と哀愁がミックスされたものである。太陽のようなギラギラした青春ではなく、月光のように知的で、ロマンチックだ。それがひとときの春を生きてはかなく散っていく右衛門七や、敦盛の役にどれほどぴったりと生かされたことか。”結ばれて引き裂かれ 七年を西東 いのち短く…”「絶唱」の切々たる歌詩も舟木が歌えば、さらに哀愁の色を増す。もう一つの舟木のカラーは気品と知性である。その点、デビュー当時の学園ものはうってつけだった。このことは、平家の公達敦盛や「絶唱」の順吉などの役々にもみることができる。「松平長七郎」も将軍家の一門の若様。彼を知る村上元三らしいイメージ(作品と俳優の)といえよう。

    この三年間に歌ったのが約80曲。その半分を新歌舞伎座のステージにとりあげる。先輩歌手の舞台内容をプログラムなどで分析、研究した結果、彼が割り出した答えはヒットパレードの構成を昼と夜によってガラリと変えるというこれまでの歌手が試みなかった新しい形式であった。すべてに落ち着いたもの腰、口調で、おとなしくみえるが秘められたファイトはなみなみならぬものがあるようだ。彼が野球選手であったら、さしずめ、頭脳的ピッチングを得意とするエースというところだろう。


    ここからは、舟木さんの「新歌舞伎座初出演のことば」のつづきです。

    ヒットパレードを昼夜別のものにしました。一部はオーソドックスなヒットソングショーで、もう一つは、おしゃべりなどもいれたアットホームなワンマンショーです。昼も夜もみて下さるお客様がありますから、その方がいいだろうと思いまして…。全部で40曲ばかり歌いますが、昼夜とも歌う、つまりダブる曲はほんの5、6曲ていどです。未発売の新曲「ブルートランペット」も歌います。

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    僕も、この12月が来ればもう22歳になります、。いろんな点で大人にならなければならないと思います。清潔であっても、こんどは大人の清潔さを出せるように成長したいものです。

    こんどの新歌舞伎座の舞台に新しい僕の可能性をかけています。「絶唱」はもう二度と同じことはやれないほど全力をかけましたが、こんどの公演にも同じことが言えます。映画で2キロやせましたが、舞台でまたやせちゃったら、本当に骨と皮ばかりになるのでは…とファンの方が心配して下さって…
    ファンてほんとうにありがたいですね。この5月から九州、北海道を回ったのも、日ごろ応援して下さっているファンの方たちと親しく接して心の交流をはかりたいと考えたからです。ファンレター、もちろん全部読みます。新歌舞伎座に出るについても全国の方々から激励のお手紙をいただきました。そういう力に支えられて、今月の舞台に踏み切ったといえるくらいです。

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    新歌舞伎座の初座長公演は、10月1日初日で28日が千秋楽という公演期間。二十代の頃の長期公演は文字通り一ヶ月公演という長さだったのですね。しかも、お芝居も昼夜別演目、コンサートも昼夜別構成ですから、舟木さんも挨拶文でおっしゃってたように「若さと熱」で勤められたのでしょうね。

    以下の内容もこの公演の前売券発売日の様子について記者の方の書かれたもので当時の舟木さんの人気のほどがうかがわれます。

    9月18日、前売りがはじまった。その前日17日の昼頃には新歌舞伎座の前売券発売窓口に30人あまり、うら若い女性が花束のように群れ集まった。徹夜して翌朝発売開始の10時まで20時間近くある。係員が「整理券をお渡ししますから…」とお引き取りを願ったら一蹴されてしまった。「私たちは徹夜で並んで苦労しても自分の納得のいく席を買いたいのです!」と。ちょうど折悪しく台風22号が接近していた。雨も嵐も踏み越えたファンの心意気だ。夜になると赤い雨傘をひろげた。”花の乙女たち”の列はどんどん増えていった。とうとう、新歌舞伎座では前代未聞の1階ロビーを開放して、係員が270人のファンと一緒に徹夜した。午前五時、一番電車がついたらしい。御堂筋を数十人の女性が新歌舞伎座を目指してかけてきた。午前七時、列は二千人に膨らみ、10時の発売時間を7時に繰り上げて窓口を開いた。これも異例のことである。四国、九州からの母子連れもあった。





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    以前に、「西條八十と舟木一夫」というテーマで連載記事を掲載したことがあります。その際に筒井忠清著「西條八十」(中公文庫)から一部引用させていただきました。その引用の中に、筒井氏が「花咲く乙女たち」に触れていて、そこで、このことに関連する金子修介氏の「明るい歌も暗かった舟木一夫」という言葉に共感するというスタンスで金子氏のお名前を紹介しています。

    筒井忠清著「西條八十」 十二章 復興から高度成長の時代に(中公文庫より抜粋)
    関連する私のブログのバックナンバー↓
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68480722.html

    以下に「花咲く乙女たち」についての筒井氏の文面を再掲載します。

    ~金子修介は「明るい歌も暗かった舟木一夫」と規定し、この歌も「不特定多数の女性を賛美するというコンセプトだから明るいはず」なのに「よく聴いてみると」「根に暗いものを感じる」といっているが、鋭い指摘といわねばならない~

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    私自身もこの文章を読んだときに、あくまで「暗さ」という言葉を「憂い=憂愁」という言葉に置き換えた上でなのですが、金子氏、筒井氏の舟木一夫という歌い手の個性を表現するには当たらずといえども遠からずと共感できる部分があって強く印象づけられ、また記憶に残っていました。筒井氏の文章の中では、金子氏の言質の出典については書かれていなかったと思いますので長く忘れていたのですが先日たまたま図書館で金子修介氏の著書「失われた歌謡曲」を見つけました。なんとなくお名前を覚えていたので先ず、目次を眺めてみたら、こんな感じでした。

    目次の一部です

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    舟木さんの項は、テーマが三つに分かれていて、そのアプローチはすこし乱暴な部分もあるのでは…とも思われますがユニークで面白い視点だなと思いながら読みましたので、一部を抜き書きさせていただきます。

    「失われた歌謡曲」 金子修介著 (小学館 1999年6月10日初版)

    画面向かって右中央の奥のほうに「暗い」イメージの舟木さん(笑)

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    イメージ 3○舟木一夫と学園青春歌謡
    舟木一夫のデビュー曲『高校三年生』こそ我がドメスティック歌謡曲の名作で、誰もが歌える日本の……なに、歌えない奴がいる?そんなもんは非国民だ……と思わず口走ってしまいたくなるほど全国民に愛された歌で、「青春は清く美しい」という思想で疑問なく統一された世界である。
    この歌によって昭和38年「若者は正しく育っている。戦後民主主義は間違っていなかった。」と左翼は確認、右翼のほうは「若者は美しい。日本もまだまだ捨てたものではない。」と確認、右から左まで共感し、清らかな青春世界に浸り、国民的大ヒット歌謡となったのである。
    そして舟木一夫は『学園広場』『修学旅行』『君たちがいて僕がいた』と同系統のマイナーコード演歌を、詰め襟の学生服を着て歌うというビジュアル戦略で連打、学園青春歌謡という鉱脈を切り開いていったが、そのうち、いつまでも学生服というわけにはいかないけど、脱いだらイメージが変わって大丈夫だろうかという周囲の心配~小学三年生僕でさえ、おせっかいにも心配したものだが、そんな杞憂をはねのけ、学生服を脱いで以降、本物のスターになって数々のヒットを飛ばしたのであった。


    イメージ 4○舟木一夫と深刻歌謡の流れ
    舟木一夫は青春歌謡以外でも、持ち前の暗さを発揮して、昭和41年「絶唱」という歌謡史上に残る超暗い歌をヒットさせた。これを深刻歌謡と名づけよう。この歌は、昭和33年に作られた不幸三重奏のような同名の映画が発想の素になっている。舟木一夫自身がこの映画を観ていて、再映画化の企画を日活のプロデューサーに相談して「当たらない」と言われたが粘って実現、自分が主演、主題歌も歌って映画も歌もヒットさせたということである。


    ○舟木一夫のリズム歌謡
    暗いムードの舟木一夫といえども、御三家の一角を担う以上、明るい歌もたくさん歌っている。ここでは舟木一夫の明るい歌について思い出してみよう。しかし…明るい歌も暗かったのが舟木一夫なのであった。例えば、「♪カトレアのようにはでなひと すずらんのように愛らしく …」と軽快に歌う『花咲く乙女たち』では不特定多数の女性を賛美するというコンセプトだから明るいはずで、いや、メロディは途中から転調して明るくなるが、よく聴いてみると、街で華やいでいる女性たちにフワフワとついて行ってしまいたいけど、そこまでは馬鹿になれない二枚目の自分、という気分を歌っているので、根に暗いものを感じるのである。

    イメージ 5花咲く乙女たち  作詩:西條八十  作曲:遠藤実
    https://www.youtube.com/watch?v=RFpbGz5Bu9Q 
    (kazuyanさんの動画です)

    八十の詩は、「暗い」のではなく「深い」のですよね(笑)舟木さんの歌も「暗い」のではなく「乙女でいられる時間のはかなさ、青春の季節へのノスタルジー」を謡った八十の想いを受けて、その独特の憂いを含んだ声質によって、十二分に描き出しているのだと思います。



    このあと「夏子の季節」「太陽にヤア!」などを例に挙げての金子氏の持論が展開されますが、そこはかなり色っぽい内容なのでここでは割愛させていただきますね。

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    最後は以下のように素敵にまとめて下さっていらっしゃいます。

    舟木一夫を「暗い暗い」と評してばかりいて、申し訳ない気持ちにもなるのは、今から見ると暗いのであって、当時は全くそうは思っていなかった。「陰がある」程度の認識だったのではないだろうか。文字どおりカッコよかったのである。男も惚れる男の色気がムンムンしていたのである。だから、この色気で「水着」を歌われると、倒錯した感情に襲われてしまうのである。ためしに聴いてみてくださいね。

    金子修介(かねこ しゅうすけ、1955年6月8日~ )日本の映画監督。
    東京都渋谷区出身。東京都立三鷹高等学校、東京学芸大学教育学部卒業。大学卒業時には小学校教員・国語科の教員免許を取得している。渋谷区立幡代小学校の同級生に劇作家の野田秀樹、大学映研の先輩部員に映画監督の押井守がいる。1995年、「ガメラ 大怪獣空中決戦」で映画芸術誌邦画ベスト10で第1位、1996年に「ガメラ2 レギオン襲来」で第17回日本SF大賞を受賞。

    では、金子氏のお薦めなので、あらためて聴いてみましょう!(笑) 
    いずれもkazuyanさんによる動画です。

    太陽にヤァ! 作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=NagxNzTqdf4

    夏子の季節  作詩:丘灯至夫 作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=lLWYi02-g9Y

    金子氏が当時のご自分の感覚をたぐり寄せて書かれた文面を拝見していて、その頃、まだ二十才そこそこだった舟木さんの印象、あるいは舟木さんの歌われたヒット曲から受けた印象が男性目線(当時まだ金子氏が小学生だったとしても)と女性目線とでは、かなり視点が違っていたのかもしれないと感じました。「男も惚れる男の色気」が若いころからあったんですね。これはちょっと驚きでしたが、今の舟木さんを拝見してれば、なるほど、そうだったのか!と得心できます。

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    「思い出の新歌舞伎座・舟木一夫初座長公演記録 その2」のつづきです。

    連載の最後は、パンフレット記載のお芝居のあらすじと、そして、パンフレットには舞台写真の掲載はありませんので私の手元にある「近代映画 」(1966年11月号)ほか写真集などからの舞台写真を併せてご紹介します。

    先ずは「雨月道成寺」からですが、その前に原作者の安藤鶴夫さんのこのパンフレットへの寄稿文をご紹介します。

    イメージ 1”雨月道成寺”開幕の前に    安藤鶴夫

    舟木一夫は、いろいろなことが可能な若者である。
    このごろの若いひとは、おそれというものがなくなって、なんだってやっちゃう、というそういう意味ではなくって、舟木一夫の場合の可能性は、一見せまいようでいてじつはたいへん広い可能性を持っているということである。
    それに、わたしはなにかに対して、おそれというものを持たない人間はきらいだが、舟木一夫は勇気と一緒にちゃんと、おそれというものを持っている。
    わたしは舟木一夫のうたも好きで、このごろあんまりうまくなりすぎて、あれでいいのか、と心配するぐらい、うまいと思って感心しているけれど、舟木一夫の、こんにちの若者にめずらしく、まれな、そういう人柄、人間の持ち味が、ひどく好きだ。
    その舟木一夫が、大阪の誇るもっともすばらしい大劇場である新歌舞伎座で、本格的な二十八日間の公演を持つというめでたきチャンスの舞台に、わたしがひとつ脚本を書くことになって、いったい、どういう舟木一夫をみたいか、と、わたしはわたしに質問をしてみた。答えはたくさん出てきた。いろいろの舟木一夫が考えられるのである。つまり、舟木一夫の可能性である。
    その中から、わたしがいちばんみたいと思ったのが、上田秋成の雨月物語の中の”蛇性の婬”の豊雄であった。秋成は古い中国の小説から、題材も文章もそのままとっているが、その美しい雅文調は、古今の名作にかぞえられる。
    わたしは、舟木一夫という魅力のある人気歌手を通して、日本の、古く遠い時代のうつくしいロマンティックなものを、舟木一夫のファンの皆さんに味わってもらいたいと思った。製作のスタッフも、わたしのもっとも信頼する方々ばかりである。どんな舟木一夫が登場するか。さ、開幕である。

    安藤鶴夫(あんどう つるお) ~ウィキペディアより~
    1908年(明治41年)11月16日 - 1969年(昭和44年)9月9日。
    小説家(直木賞受賞)、落語および歌舞伎分野を主な専門分野とする評論家、演芸プロデューサー。元々は歌舞伎担当の新聞記者だった。東京市浅草区向柳原町(現在の東京都台東区浅草橋)に、義太夫の8代目竹本都太夫の長男として生まれる。本名、花島鶴夫。法政大学文学部仏文科卒業の時に髪を切り、以後、死ぬまでイガグリ頭で通す。
    1946年(昭和21年)に、『東宝』誌に「小さん・聞書」(4代目柳家小さんの芸談)、『苦楽』誌に聞書「落語鑑賞」(8代目桂文楽の噺、10話)を連載。1949年(昭和24年)、苦楽社からそれらをまとめて『落語鑑賞』として上梓し、寄席評論家としての評価を確立。特に、桂文楽の話芸を活字で再現して高く評価された。1950年(昭和25年)から三越名人会を、1953年(昭和28年)からは三越落語会を主宰。新作落語が人気を博していた戦後に古典落語を再評価して演芸評論の重鎮となった。それまで主に寄席で聞くものだった落語をホール落語という新しい形を定着させた功績は大きい。幅広い交友関係をもち、各種芸能に造詣が深かった。落語・講談等の寄席評論家としては*正岡容と双璧。古典落語至上主義、新作落語排斥の急先鋒であり、戦後の落語界に大きな影響を与えた。文化庁芸術祭賞実行委員。
    *春日局補足:人間国宝桂米朝師匠が若き日に師事したのが正岡容氏です。
    小説も手がけ、1963年(昭和38年)『巷談本牧亭』により、第50回直木賞受賞。日本の伝統芸能に関心を持つ若者に良い芸を紹介しようという意識は強く、写真家の金子桂三は他人に書庫を見せない安藤に伝統芸能関連の書籍を貸してもらい、のちに文楽や能・狂言の撮影を手掛けるきっかけになった。


    ☆雨月道成寺~秋成の”蛇性の婬”より  三幕十二場   安藤鶴夫 作

    イメージ 2第一幕 秋・紀ノ国の巻
    第一景 
    一、朝  二、新宮のほとり・門  三、長廊下と客殿
    第二景
    一、花道 二、芒の道
    第三景
    一、花道 二、新宮のほとり・門  三、客殿

    第二幕 春・大和の巻
    第一景
    石榴市・金忠の店
    第二景
    一、道行 二、吉野の瀧

    第三幕 夏・芝の里の巻
    第一景
    一、庄司の広間 二、富子の閨室

    あらすじ

    それは、遠い、遠い昔の話でございます。紀の国の三輪が崎に大宅の竹助という大きな網元が住んでおりました。竹助には三人の子供がありまして長男は実業にはげみ、次の娘は大和の国石榴市(つばいち)に嫁いでおり、末の子が豊雄と申しまして、生れつき心ばえやさしく、詩を作り笛を吹き、まるで都の人のようにみやびなことに心を寄せる若者でした。


    イメージ 3あれは、はげしい雷と雨のある秋の昼下がりのことでございました。豊雄がさる屋敷の門の下で雨宿りをしておりますと、庭の秋草の茂みの中から女の童(めのわらべ)が現れて、屋敷の中に手引きしました。古い庭には池や築山、松の大樹が茂り、長い廊下を渡って通された客殿には几帳が風にそよいでおりました。夢うつつのような気持ちで豊雄がぼんやりとしておりますと、いつの間にか、美しい女人が目の前で微笑んでいるのです。真女子(まなご)というその女は、まるで恋人にめぐり遭ったかのような喜びようで、若い豊雄の心をたちまち恋のとりこにしてしまいました。


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    女の身の上話を聞きますと、もとは都の生まれで父母に早く死に別れ乳母の手で育てられたとのことで、ふとした縁で三年も前に新宮の国の司、縣の某に望まれて嫁いできましたが、夫はこの春のはじめにかりそめの病で世を去ったということでした。

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    すすめられるままに真女子のもとで一夜をおくった豊雄は、今日の縁の固めのしるしにと、それはもう立派な金色の太刀を贈られました。おそろしいことに、この古太刀が豊雄の運命を狂わしてしまうのです。

    イメージ 6父の竹助は立派な太刀を見て、きっと豊雄が盗んだものと思い込み、自ら国守の広之に訴え出たのでございます。取り調べを受けた豊雄の話から、不思議な女人のことを知った広之は部下の者を従えて縣の屋敷にまいりました。

    イメージ 7ところがどうでしょう。そこにはみるかげもなく荒れ果てた屋敷があるばかりでした。里の翁がいうには、もと村の長が住んでいましたが、いまは人の気配もなく、いるとすれば妖怪に違いないとのこと。しかし、几帳の影にはたしかに真女子が坐っておりました。そうして、踏み込んだ国守の部下たちはどうしたことか血ヘドを吐いて死んでしまいました。

    大宅の家では、豊雄を大和の国・石榴市の姉の家に逃れさせました。が、真女子はここにも豊雄を追ってまいりました。恋する女の一念を打ち明けられるにつけ、姉夫婦も真女子を信じてしまいます。真女子と豊雄にとって楽しい日々が続きました。

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    しかし、それも束の間、或る日のこと、吉野の瀧のほとりで大倭神社の神官当麻の酒人に真女子はその本性を見破られてしまいました。それは年経たみだらな蛇性だったのでございます。

    イメージ 10豊雄は真女子から逃れるため、こんどは芝の里の庄司の娘富子の聟に迎えられ、にぎやかな祝言の式が挙げられました。

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    けれど、新枕の床でみた花嫁は富子ではなく、いつの間にか真女子にかわっていました。ほんとうに恋の執念のおそろしさと申しましょうか。豊雄も真女子に逢えば、その魔性のとりこになって恋の美酒に酔いしれるのでした。


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    けれどこの夜も、祝いの席に連なった道成寺の法海和尚によって、花嫁の正体は見破られてしまったのです。観音経の法力に責められて真女子はついに松の木にかけ上り姿を消してしまいました。豊雄はその松の大樹に抱かれるようにして息絶えておりましたが、それはもう幸せそうな顔でございました。


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    ↓真女子役の葉山さんと舞のお稽古の様子                       舞台化粧の様子↓

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    「近代映画」1966年11月号 綴じ込みの大型ポートレート

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    イメージ 17☆若君風流~松平長七郎  二幕五場  村上元三 作

    序幕
    一、京都東山 清水寺の舞台  
    二、淀の渡し伏見口

    第二幕
    一、長崎船大工町両国屋の二階  
    二、唐人屋敷 朱水虎の住居  
    三、唐人浜

    あらすじ

    生保四年の秋のはじめ。京都清水寺の舞台では紀伊大納言の息女由良姫の参詣とあって、役人たちが人払いをしている。その中に虚無僧の一夢、旅の薬売りに姿を変えた公儀隠密の一色七之助らがいた。由良姫のわがままぶりにお供や役人たちが手こづらされていると、これもお忍び姿の松平長七郎が家来二人を従えて現れる。

    長七郎は姫のわがままを無視して、気安く京見物させようとするが、名うてのじゃじゃ馬姫、将軍の甥の長七郎にも喰ってかかる。このとき銃声一発。思わず長七郎は姫をかばって身を伏せる。犯人は虚無僧の一夢だった。

    一夢役は近衛十四郎さん。松方弘樹さんのお父様で時代劇映画界きっての立回りのキレと美しさで定評の俳優さんだっとうかがっています。ちなみに舟木さんの清水一学も最高でしたが、近衛十四郎
    さんの清水一学の殺陣は伝説ともなったときいています。当時のお顔は息子さんとそっくりですね。

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    イメージ 18淀の渡しの伏見口の船宿、小料理屋の店先はまだ夜明け行燈に灯が入っている。西国屋の主人松右衛門が旅姿で現れ、一夢も姿をみせる。長崎奉行大久保助左衛門が船宿からなにか腹を立てて出てきた。同宿の江戸の旗本主従三人があやしいというのである。三人とは長七郎主従のこと。続いて船宿から出てきた長七郎らを捕えて詮議しようとするが、長七郎は長崎の貿易商松右衛門と江戸で面識があったので、松右衛門に名乗り出られて身分がわかってしまった。

    イメージ 22長七郎も長崎へ行きたいと言い出して家来たちをあわてさせる。江戸の旗本と名乗る長七郎の素性を知って長崎奉行の大久保は平伏する。







    長七郎は父の駿河大納言忠長が将軍の弟でありながら謀反の疑いを受けて上州高崎へ追放されて自害をしてから、母方の実家織田家に身を寄せ、学問や政治のこともいまはほとんど無縁にひとしい気楽な旅に出ていたのである。所持金がなくなったと知ると、早速松右衛門に五千両の無心をしたりするところはさすがに若君だ。

    舟木さんは後年、駿河大納言忠長役も大河ドラマ「春の坂道」で演じていらっしゃいます、御曹司の品格は70歳の今も「若様」(「花の風来坊」の松平誠之助)として十二分に通用しているのですから永遠の若様ということなんですよね。私的には「若様」イコール「絶唱」の園田順吉さんですけど…


    イメージ 23西国屋松右衛門にはお蘭という娘の連れがいた。長崎へ行く松右衛門と奉行大久保と松平長七郎。長七郎のあとを追う虚無僧の一夢は、長七郎の父忠長に手討ちになった甲田源五兵衛の忘れ形見源八でいまでは松平長七郎を父の仇と狙っているのだった。一色七之助がその一夢を追っている。公儀隠密の七之助の役目は長七郎の身辺護衛であった。

    十一月のある夕ぐれ、長崎の西国屋では、女房のおそのが、実は明国人の娘であるお蘭の姉お金と、清に滅ぼされた明の国の再興のことを話し合っている。その計画を利用して松右衛門は貿易商としての利益を得ようとしていたが、お金も松右衛門らの知らない目的をもっているようだ。そしてまた、明国再興のために金三千両を出して後ろ盾になろうとしているのは、だれあろう紀伊家の由良姫だった。かつて昔、台湾から援軍を求めた国姓爺の鄭成功に紀伊家大納言は力になってやろうとしたが、将軍家のお許しがなく、そのうち国姓爺は滅んでしまったことがある。由良姫はいまその父の志をついで、第二の国姓爺である朱水虎と、お金こと紅金一味に力を貸そうとしているのだ。

    松右衛門から明国再興の計画を聞かされた松平長七郎は、それを利用して一もうけしようとたくらむ松右衛門の心を見抜く。そして隠密の一色七之助の報せで紀州の由良姫も長崎に来ていることを知った長七郎は、何かを感じ取ったようだ。

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    西国屋、一色七之助を引き連れて長七郎が乗り込む先は朱水虎一味のいる唐人屋敷。いよいよ長七郎若君にとって免許皆伝の柳生流水月の一手、正義の剣を振るう時がきたようだった。

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    ↓楽屋暖簾から…                              楽屋ではお母さんが奮闘↓

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    「近代映画」1966年11月号 綴じ込みの大型ポートレート…脚線美は今も変わらず

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    舟友のkazuyanさんが、とってもレアな曲を動画作品にしてくださいました。この曲は音源のみ以前にある舟友さんからご紹介いただいていましたが、こうして動画作品としてアップして下さったことで多くの方に聴いていただけることに心からの感謝です。kazuyanさん、本当にありがとうございます。

    浪花化粧  作詩・作曲:舟木一夫 編曲:杉村俊博 
    http://youtu.be/uxIFUfxS3YA
    (1976年 大阪の大衆演劇の役者市川ひと丸さんへの提供曲)

    イメージ 4紅を溶く指 眉引く指に
    芝居心の 錦が香る
    楽屋生まれの 稚児舞育ち
    見得をきる目に セリフの意気に
    浪花化粧の 華が咲く

    旅路つないで 情けにふれて
    差す手引く手の 色香を知った
    芸にくもりは なにより恥と
    夢も涙も 舞台にのせて
    浪花化粧の 華を抱く

    枕ぬらして かさねた意地が
    きょうもまぶしい 明りにはえる
    役者冥利に 拍手がゆれて
    親の形見の 扇も冴える
    浪花化粧の 華の舞

    *歌詩は聞き取りです。漢字の使い方など正確な詩をご存知の方は教えてくださいね。




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    松竹創業120周年
    舟木一夫 シアターコンサート in 南座

    2015年7月1日(水)~2日(木)

    昼の部:13:00~
    夜の部:17:00~
    5月31日(日)チケット販売開始

    1等席:10800円
    2等席:6500円

    第一部のコンサートメニューも決まったようですね。
    大好きな京都でのコンサート、まだまだ先のことですが、とっても楽しみで~す

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    こちらはもう皆さんお馴染みの5月29日~30日の新歌舞伎座のチラシ

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    歌舞伎美人サイトに「新橋演舞場・シアターコンサート」
    中日劇場HPに「中日劇場2015コンサート」
    情報もアップされました。

    まだ半年も先のことですね。でも、そう思ってると、これがけっこうすぐにきちゃう…(笑)

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    松竹創業120周年
    舟木一夫 シアターコンサート in 新橋演舞場

    2015年9月8日(火)

    昼の部:14:00~
    夜の部:18:00~

    7月4日(土)チケット販売開始


    S席(1・2階席):11300円
    A席(3階席):6700円

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    中日劇場開場50周年記念

    舟木一夫コンサート2015

    8月28日(金)
    8月29日(土)

    昼 12:30
    夜 16:30

    S席:9000円
    A席:8000円
    B席:7000円

    一般発売:5月25日(月)10時から


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    現在、情報がわかっているものからアップします。随時、追加していきます。

    イメージ 11上半期スケジュール

    2月1日~20日 大阪新歌舞伎座  
    舟木一夫特別公演 
     
    第一部 花の風来坊
    第二部 シアターコンサート
    (終了しました)






    3月14日(土) コロムビア大行進  
    昼・夜  中野サンプラザ  ↓

       


    イメージ 12015年    ツアー・コンサート

    3月20日(金)  大宮ソニックシティ  
     
    3月25日(水)  宇都宮市文化会館
     
    3月31日(火)  練馬文化センター  
     
    4月4日(土)     大田区民ホールアプリコ
     
    4月10日(金)   習志野文化ホール
     
    4月16日(木)   ティアラこうとう
     
    4月23日(木)   鎌倉芸術館   
     
    4月28日(火)   神奈川県民ホール




    イメージ 22015年   ラブリーコンサート
     
    5月8日(金)   大阪メルパルクホール  
     
    5月16日(土)  東京メルパルクホール
     
     


    イメージ 32015年    シアターコンサート
     
    5月29日(金)   新歌舞伎座    
    5月30日(土)   新歌舞伎座    











    イメージ 42015年    ツアー・コンサート


    6月5日(金)    神戸国際会館こくさいホール  
     
    6月10日(水)   名古屋・日本特殊陶業市民会館 
     
    6月16日(火)    オリンパスホール八王子 



    下半期スケジュール 


    2015年    シアターコンサート
     
    7月1日(水)    京都南座      
     
    7月2日(木)    京都南座  


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    2015年    ツアー・コンサート

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    7月14日(火)   相模女子大グリーンホール 

    8月19日(水)   川口総合文化センター・リリア



     
    2015年    シアターコンサート

    8月29日(土)   中日劇場     
    8月30日(日)   中日劇場  


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    9月8日(火)    新橋演舞場   

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    イメージ 82015年    ふれんどコンサート

    9月13日(日)  大阪メルパルクホール   
     
    9月19日(土)  東京メルパルクホール





    2015年    ツアー・コンサート
    9月23日(水・祝) 茨城県立県民文化センター


     
    新橋演舞場特別公演 

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    春が近づいてきたようであったり、また冬に逆戻りしたようであったりの今日この頃ですが、花たちの様子を見ていると、まぎれもなく春はそこまで来てるんだなぁと思えます。

    十日ほど前には固い蕾だった沈丁花。その香りが、ずっと先のお宅の前庭から漂ってきます

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    わが家の裏庭の春咲きの木瓜の花も、もう数日で蕾が開きそうです

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    すぐそばの神社の枝垂れ梅                        こちらは同じく神社境内の白梅

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    この連載、ひとつ前の「番外編」から、かなり時間がたってしまったので「おさらい」です。
    私自身のためのおさらいなんですが(笑)


    番外編 

    明治座公演記録
    1967(昭42)4月 「春高楼の花の宴」「維新の若人」
    1968(昭43)7月 「坊っちゃん」「喧嘩鳶~野狐三次~」
    1969(昭44)7月 「与次郎の青春」「新納鶴千代」
    1970(昭45)8月 「新吾十番勝負」「日本の旋律 荒城の月」
    1971(昭46)8月 「新吾十番勝負 完結編」「忠臣蔵異聞 薄桜記」
    1972(昭47)8月 「魔像」「あの海の果て」
    1973(昭48)8月 「沖田総司」「われ永久に緑なる」

    上記の中から1967年の4月の初座長公演についての資料をたどってきました。「その1」は、「COMPANY TANK 1月号」のインタビューの中の「役者・舟木一夫として」という部分に関連づけて、舟木さんご自身の明治座初出演にあたってのご挨拶文や川口松太郎氏の寄稿文を紹介しました。
    その次は、新歌舞伎座の二月公演千秋楽ヴァージョンのお芝居の報告とからめて、明治座初座長公演での「喜劇・維新の若人」について紹介しましたので「番外編」というタイトルにしました。

    「その2」では「春高楼の花の宴」のお芝居のあらすじの一部と舞台写真をご紹介します。

    舟木一夫 四月特別公演  (1967年 4月4日~4月30日開催)  パンフレットより

    先ずは、当時の新派の重鎮だった伊志井寛氏が寄稿された文章からご紹介します。

    イメージ 5百パーセント、プラスになりますように!   伊志井寛

    この四月に舟木一夫君と一緒にこの明治座へ出るという話は去年の秋からの約束でした。
    いままでも、ひばりちゃんやチエミちゃんとは何度か同じ舞台を勤めましたが、男の歌い手とは初めてです。しかし、若いファンをたくさんもっている人だけにその人たちに新派の若い連中を知っていただけるいい機会だとも思っています。
    舟木君は実に素直で芸熱心だとも聞いています。ハワイで患ったというのでちょっと心配していましたが、もう、すっかり元気になり、約束の四月公演もガンバリますというので安心しました。何といっても今の売れっ子、休むヒマなく仕事に追われているとは思いますが、芸をするには体が第一、どうか無理はしないで健康に充分注意してほしいと心から思います。
    舟木という人の人気は高校生から出発した、あの清純な人柄、誠実さからだと私は思っています。だから、芸能の世界に入っていても、その中へとけ込まず、いつまでも素人っぽい姿なり態度でいることがこの人の魅力ではないでしょうか。
    どうか初出演の明治座の舞台、その他のすべてがプラスになりますよう祈っています。

    イメージ 6伊志井寛氏について、大倉明氏著「青春賛歌」で以下のように記されています。

    ~舟木は昭和42年4月4日から30日まで、東京では初めての明治座での座長公演を行った。演目は昼の部が村上元三・作演出の「維新の若人」と「ヒットパレード・春姿花のステージ」、夜の部が川口松太郎・作、戌井市郎・演出の「春高楼の花の宴」と「ヒットパレード・星の広場へ集まれ」だった。
    芝居の相手役を考えていた時、たまたま見ていたテレビの時代劇「池田大助捕物帳」に光本幸子を発見。直感的に「この人だ」と閃き、交渉してもらった結果、GOサインが出た。そして、前年の大阪・新歌舞伎座で体験した”寄り合い所帯”のチームワークの難しさも踏まえ、光本が所属している劇団新派に「芝居の世界の行儀や礼儀を勉強したいので、新派で座組みし、その中に僕を放り込んでいただけないか」と申し入れた。劇団が紹介してくれたのが長老格の一人、伊志井寛だった。伊志井の父は落語家の四代目・三升亭小勝という生粋の江戸っ子。18歳の時に文楽の竹本津太夫の門に入り、その後、映画俳優を経て27歳で新派劇に加入、48歳の時に劇団新派を結成した。舟木とはこの公演が縁で、伊志井を”おやじさん”と慕い、公私ともどものお付き合いになる~

    北国の旅情   作詩:西河克己  作曲:松尾健司
    https://www.youtube.com/watch?v=dAK-mgnVCs8

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    星の広場へ集まれ!  作詩:古野哲哉  作曲:戸塚三博
    https://www.youtube.com/watch?v=HAMw6XJ5pXY

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    春高楼の花の宴  三幕七場     川口松太郎 作   戌井市郎 演出

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    イメージ 10序幕
    第一場  古城の桜
     第二場  東京の桜

    二幕
    第一場  ふるさの家
    第二場  舞扇
    第三場  池のみぎわ

    三幕
    第一場  崩れ行く花
    第二場  古城の歌

    配役
    藤堂太郎:舟木一夫
    松平紀久子:光本幸子
    大垣博士:伊志井寛
    ほか



    あらすじ

    明治も中頃の物語である。信州のある古城。月光に咲く満開の桜の城跡に、松平家の遺児松平紀久子を探して、従姉にあたる河野八重が出てくる。そこへ通りかかった松平家家臣の娘、稲葉初江に紀久子の所在をたずねるのだった。

    二人の去ったあと、この古城に藤堂太郎、ひさ子の兄妹がやってきた。ふたりは夜桜の美しさに、しばし眺めいる。

    妹ひさ子役は川口松太郎氏の娘さんの川口晶さん

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    イメージ 12太郎は医者になって貧しい人たちを救いたいという念願をもっている。東京へ出て学び、博士号をとり、旧幕臣の子は国で出世はできないといわれるこの故郷へ錦を飾るまでは帰らないと決意を語る。
    その暁には、母と子三人の水いらずの生活をおくるのだといって妹ひさ子に未来への夢を話すのだった。

    イメージ 13その時、どこからともなく琵琶の音が冴えて聞こえてくる。ふたりは一瞬、驚いてその音色に耳を澄ましていると、琵琶歌がプツリと糸も切れたように止まって、突然、人の救けを求める声が天守跡からしてきた。苦しそうに胸元を押さえる紀久子は父の亡霊を求めて天守跡で琵琶を語っているという。琵琶を弾くと白地の小袖に群青色の袴をはいた亡き父が城跡に立つというのだった。

    そして、紀久子は太郎の手を取り、一緒に行き、落城の際、戦いで亡くなられた父たちの霊魂に逢おうとさそう。

    ふたりは手を取り合って城跡の道を歩む。橋の上にさしかかったとき、さっと一陣の強風が吹きすさび月光は消え、桜の花びらが風に狂って舞い上がった。そのとき、橋の上に立った紀久子が一瞬にして、濠の中に落ちてしまった。

    悲鳴を残して消えた紀久子の名を、太郎は大声で叫びつづける…


    イメージ 14上野池之端にある学生専門の料理屋の一室。その一室に藤堂太郎は寝ていた。

    突然、ガバと跳ね起きた太郎はあたりを見廻し、庭に咲く夕暮れの桜を眺めて、「夢だったのか。…」と布団の上にあぐらをかき、遠い信州の故郷に思いをはせているのだ…

    そこへ、女将のおまさに押しとどめられながら医学校の同級生江口と石坂が入ってくる。ふたりは酒に酔って寝てしまった太郎をさそいにやってきたらしい。その太郎は夢の中での出来事を三人に語る。庭に咲く桜の花を見るにつけ、故郷の城山に咲く美しい桜の花をなつかしむのだった。

    イメージ 15ちょうどそのとき、太郎の書いた「外科医術と社会性」という論文が話題にのぼっているところへ、大垣博士が入ってきた。博士は彼の論文をほめ、なお、一層の努力をと医学の道を教えるのだった。そればかりか、仲間の間で話題になっている軍医の募集に、海軍軍医として、太郎を推薦する旨を伝えるのである。一度は母に相談をといいかける太郎に、博士は「軍の命令は陛下の命令である」と大声で叱りつける始末。

    と、そのとき、仲町芸者春栄が島田に裾を引き、姿も美しく入ってきた。博士を呼びにきた芸者春栄の顔と姿を、一瞬驚愕して見つめる太郎。

    「紀久子さま」と呼んでしまう。だが、彼女は自分の名前は春栄という芸者であるといい、太郎の驚く表情に嘘か真か春栄は静かに答えるのだった。

    太郎は、母と妹の住む信州の家へ帰ってきた。だが、ふるさとで太郎を迎えたのは、あのとき偶然出逢った春栄の、いや紀久子の消息であった…。

    (残念ながら、パンフレットの「あらすじ」の記載はここまでで終わっています。)

    春栄と名乗る芸者は、あの紀久子だったのです。その紀久子は不治の病「肺結核」に罹り太郎の手当の甲斐もなく死んでしまうのでした。

      紀久子の従姉役の市川翠扇さん

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    海軍の軍医となって、紀久子の遺した琵琶をふたりが出逢った故郷の古城の天守閣に埋めに行く太郎でした。



    学生服、袴姿の書生、着流し、海軍の軍服…当時の舟木さんの舞台姿にリアルタイムでご覧になったファンの皆さんは、さぞかしうっとりなさったことでしょうね。そして川口松太郎氏にきわめつけの悲恋物語の主人公を想起させる若き日の舟木さんだったのでしょう。


    以下に「風来坊」(1999年8月 マガジンハウス刊)の中で「春高楼の花の宴」の作者、川口松太郎氏について舟木さんが記していらっしゃる一文をご紹介します。

    イメージ 22Ⅲ 忘れ得ぬ人たち 時代劇の三恩人 より一部抜粋

    舞台での時代劇をどう演じればいいのか。
    どう心がければいいのか。
    それを一言で割り切らせてくれたのが、川口松太郎先生。
    明治座で川口先生書き下ろしの「春高楼の花の宴」を上演した時のこと。
    台本を何度繰り返し読んでみても、ストーリーに矛盾がある。思いあまって直訴に及んだ。
    「先生のこの芝居、一幕目と二幕目の辻褄が合わないんですけど、ミスプリントじゃないですよね」
    大御所の川口先生に言うオレもオレだけど、先生の答えがふるってた。
    「いいんだ、いいんだ。観てる方がおもしろきゃ」
    一つ、鉛筆の芯を貰ったなという感じがした。歌にも、似たようなことが言えると思う。

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    舟木さん二十代の明治座・座長公演~「役者・舟木一夫」の足跡をたどる その3に続きます

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    お願いしていた3月20日の大宮ソニックシティホール・コンサートのチケットがやっと届きました。チケットが届くとさらに気分がソワソワします。待ち遠しい

    昨日は、久しぶりに上天気の一日になりました。この季節に私が毎年心待ちにしているのは、桑名の寺町商店街の三八市(月のうち三と八のつく日、月に6回市が立ちます)に出てくる「つくし」です。

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    でも、年々に「つくし」を店に出してくれる農家が少なくなっていてさびしい限り。早く行かないと売りきれるので、頑張って出かけました。80代半ばくらいのご夫婦のお店が私のお気に入りで、そこで毎年つくしを買います。「やばっ!」昨日は、もう残り二かごしかありませんでした。その最後の二かごを買って〆て400円。

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    私が小学生の頃には、家のそばを通るJRと近鉄の線路わきの土手にいっぱい出たので、つくしが好きだった父と一緒につくし摘みに行った思い出があります。父と出かけることや遊んだことはありませんでしたがなぜかつくし摘みだけは二人で行きました。私もつくしがその頃から好きだったからでしょう。苦味もあるし、別段美味しいというものではないですが、あの苦味と軸の部分の歯ごたえが好きな変わった子どもだったのかもです(笑)

    甘辛い炒め煮にしました。つくしはハカマを取る手間が一番苦労します。ハカマ取りに約30分かかりました。

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    その三八市に、初物の生の小女子も出ていました。小女子はふつうは「イカナゴ」と言われるものです。明石のイカナゴの釘煮が有名ですが、私の地方では、生姜を千切りにしたものと一緒に柔らかく甘辛風に炊きます。これぞ桑名の春の味という季節感を堪能できる味覚です。子どもの頃から母が炊いてくれて、関西暮らしの頃には、実家にこの季節に帰ると作り置きしたものが冷蔵庫に入っているのが楽しみでした。

    生の小女子はキラキラ光って透き通っています

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    母の作った小女子と生姜の甘辛炊き。おふくろの味です。


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    その寺町商店街の脇を流れる細い川沿いに、河津桜という早咲きの桜並木があって、桜の蕾がほころび始めていました。ピンク色の濃い桜なので一見、桃か梅のようです。

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    桜が咲き始めてはいますが、また今週の半ばには寒波が戻ってくるそうです。
    冬から春へは、一進一退で、定まらない気候ですが、それもまた自然の姿なのですね。そんな季節には、舟木さんのデビュー当時、まだ十代の終わり頃の初々しい歌声が聴きたくなります。


    イメージ 9初恋の駅  作詩:関沢新一 作曲:山路進一
    http://youtu.be/te9iDmUWSEQ
    (1964年1月発売/1965年3月公開「北国の街」挿入歌)

    いつも電車に 乗ってくる
    赤いマフラーの おさげ髪
    北風つめたい 駅だった

    いつもホームで 待っていた
    白いマフラーの 男の子
    小さなちいさな 恋だった

    なにも言わずに 歩く道
    枯木ばかりの 並木道
    それでも楽しい 道だった
     
    白いマフラーが 泣いていた
    赤いマフラーは 三日まえ
    独りでみやこへ 行っちゃった

    恋は咲かずに 散ったけど
    春が来たなら 咲くだろう
    誰かと誰かの 思い出に

    赤いマフラーの ような花
    白いマフラーの ような花
    電車の小駅に 咲くだろう…




    イメージ 10あの娘をまもろう 作詩:丘灯至夫 作曲:遠藤実 
    http://youtu.be/9j4hKKI0MM4
    (1965年3月発売)

    ぼくらの太陽は あの娘
    明るくやさしい あの娘
    黒い瞳を みていると
    くらい気持ちも はれてくる
    ぼくらはあの娘を まもろうよ
    いついつまでも 美しく

    心の太陽は あの娘
    笑うとえくぼの あの娘
    白いブラウス さわやかに
    胸にゆれてる ペンダント
    ぼくらはあの娘を まもろうよ
    いついつまでも 清らかに

    みんなの太陽は あの娘
    花よりまぶしい あの娘
    いつかすねてた この僕に
    歌をうたって くれたっけ
    ぼくらはあの娘を まもろうよ
    いついつまでも 暖かに



    実は、「高校三年生」はじめ学園ソングといわれる舟木さんの原点の数々のヒットソングを歌っていらした頃の舟木さんというのは、正直、私の記憶とか印象にはあまり残っていなくて、「まだ見ぬ君を恋うる歌」を歌う舟木さんと翌年の1965年の3月に観た映画「北国の街」の小島海彦さんあたりから「哀愁」「憂い」を帯びた舟木さんの歌声と佇まいにそこはかとなく文学の香りを感じ、中学に入学して思春期に入った頃の私の胸がときめき始めたのだろうと思います。まさに「思春期」…「春のめざめ」だったのでしょう(笑)

    舟木さんの曲~昔の私のお気に入り/その4「まだ見ぬ君を恋うる歌」 ↓(参考)
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68775334.html



    イメージ 11まだ見ぬ君を恋うる歌  
    作詩:丘灯至夫 作曲・編曲:山路進一
    https://www.youtube.com/watch?v=EU0DtrY4y_c
    (1964年6月発売)

    夕陽の空に 希望(のぞみ)をかけて
    心ひそかに 夢を見る
    逢いたくて 逢いたくて
    この世にひとり いる筈の
    まだ見ぬ君を 恋うるかな

    どこかで眠る その人だって
    ひとり苦しい 夜もあろ
    淋しくて 淋しくて
    数ある乙女 そのなかの
    まだ見ぬ君を 恋うるかな

    険しい道も 二人でならば
    心強かろ 明るかろ
    逢えたらば 逢えたらば
    やさしく肩に 手をおこう
    まだ見ぬ君を 恋うるかな


    寺町通り界隈にあるお寺の境内の黄色いサンシュユの花も満開でした

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    比較的雪の少ない私の住む三重県ですが、昨夜7時過ぎ頃から降り始めた思いがけない「春の雪」がまたたく間に積もって今朝は一面雪化粧となりました。東北地方も依然として寒さの厳しい中で「その日」を迎えているのでしょう。あらためて震災で犠牲となられた多くの魂安かれとご冥福をお祈り申し上げます。合掌。また思うように復興の進まない地域で心身ともにご苦労の多い生活を余儀なくされている皆様に思いを寄せる一日としたいと思います。


    NHK NEWSweb 東日本大震災と原発事故発生から4年 風化を懸念 ↓

    朝日新聞 DIGITAL  3.11 震災・復興 ↓
    http://www.asahi.com/shinsai_fukkou/

    被災地でふるさとの復興のために、頑張っている若い人たちの様子をテレビなどで拝見していると、この国の未来への夢を託せるのは「若い力」だとあらためて痛感させられます。私たちが少年少女だった頃は高度経済成長で、とにかく上昇志向の蔓延する社会の風潮に覆われていましたが、現代では国際情勢も自然環境も大きく様変わりしてきています。阪神淡路大震災と東日本大震災という災害にも遭遇し、「人間の幸せ」とは何かという価値観も少しずつですが変化してきているように思います。若い人たちが私たち大人の歩んできた道からいいところもよくないところも学んで明るく力強く歩いていってほしいと心から願っています。

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    イメージ 6青春はぼくらのもの 作詩:丘灯至夫 作曲:遠藤実
    http://youtu.be/tOsaT111Dk4
    (1964年3月 映画「君たちがいて僕がいた」挿入歌)

    生まれたときから 苦しみを
    背負って進む 道ならば
    ぼくら 若さで越えようよ
    ごらん あの娘も 歌うだろ
    ああ 青春は ぼくらのもの

    ちぎれた暦は もう二度と
    この手の中に かえらない
    ぼくら 前進あるばかり
    きけよ 希望の 鐘も鳴る
    ああ 青春は ぼくらのもの

    生まれたからには たくましく
    一本道を 進んでく
    ぼくら どんなに つらくとも
    今日は あかるく 生きようよ
    ああ 青春は ぼくらのもの







    スペシャルなオマケです

    昨夜遅くに舟友さんからメールでお知らせをいただきました舟木さんの嬉しい情報です。
    詳細は、よくはわからないのですが、岡沢茂さんというジャズギタリストの方のTwitterの情報です。

    舟木さんの笑顔、最高! 楽しそうなお仕事風景に心癒されますね

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    今日は、舟木一夫さんのレコーディングでした❗️
    左から佐藤準、徳武弘文、南こうせつ、佐久間順平、舟木一夫、岡沢茂、鎌田清です。

    岡沢茂さん
    1957年2月18日。東京都生まれ。
    父がJAZZギタリスト、母が長唄という音楽一家の次男として東京は銀座で育つ。15歳のころ実兄の岡沢 章の薦めによりベースを弾き始め、その後ミュージシャンとして「風」のサポートとしてプロの道を歩き始める。同時期に「渡辺香津美」に誘われグループに参加したのがきっかけで注目を集め、数々のレコーディング、ツアーサポート等あらゆるセッションに参加する。

    「レコーディング」…むっちゃ気になりますよね。昨年12月26日の新橋演舞場コンサートのパンフレットの中で、大倉明氏のインタビューに答えてこんなことをおっしゃっていた舟木さんですが…

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    流行歌の名曲たち」のアルバムを検討中、舟木作詞・作曲のブルースのアルバムも~

    色々と想像を膨らませてワクワクする時間も、また楽し…ですね




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    雪をかぶった梅

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    3月11日、わが家から徒歩10分のところにある桑名市民会館の大ホールで開催された「Hit Song JAPAN 昭和『同窓会コンサート』 ~あの日に帰る歌がある」というとっても長いタイトルのコンサートの夜の部に行ってきました。

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    桑名市民会館は8年ほど前に大改修工事が行われたようです。ずっと地元を離れて暮らしていたので私はいつ大改修されたのか全然知りませんでした。小ホールへは郷里に戻った二年半前から年に二回開催される落語会に行ってたのですが、大ホールへは今回初めて入りました。約1400席、三階席まであって座席も空間的にも結構ゆったりした造りになっていたので驚きました。桑名は、何もない田舎ですが市民図書館と市民会館は、まあまあかな?(笑)

    さて、このコンサートですが、全国各地を回っているのでご存知の方もあるかと思います。私も3年ほど前、まだ京都に住んでいた時に「京都会館」で、このコンサートが開催されるというポスターを見た記憶があります。

    今回は「三重公演」ということで、三重県松阪市出身のあべ静江さんが、MCをなさっていました。あべ静江さんは1951年11月生まれだとおっしゃっていましたから私の一学年上ということになります。彼女のお話では、この「同窓会コンサート」は第二期として2009年からスタートしたそうです。

    前身は「昭和青春歌謡同窓会コンサート」のようで、さらにその起源はというと「ロッテ歌のアルバム」と、その後のニッポン放送「玉置宏の笑顔でこんにちは!」の流れをくむコンサートらしいです。「昭和青春歌謡」と言えば玉置宏さんと「ロッテ歌のアルバム」が連想されますから当然の流れなのでしょうね。

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    「同窓会コンサート」については下記のサイトを参照下さい。
    同窓会コンサート webサイト
    http://www.oldies-station.com/

    夜の部は18時に開演、19時までが前半で20分ほどの休憩のあと後半。終演時刻は20時半でした。後半が始まって、東日本大震災で犠牲になられた方たちにステージの皆さんと私たち客席全員も起立して1分間黙祷をしました。

    全国を旅公演なさっているのでバンドメンバーの皆さん含めてとってもチームワークがいいという印象を受けました。それと、あべ静江さんもおっしゃってましたが若い頃はみんな忙しくていろんな番組で一緒になっても話をするヒマもなかったので今になってゆっくりお話しできるようになったということです。

    イメージ 4昨年拝見した「BIG3コンサート」でも感じましたが、若い頃は互いにライバルというポジションでしか周囲も見てなくて、自分自身もそう思わざるを得ない状況だった者同士が、大きな時間の流れの中で同じ風景を見てきた者同士という「仲間」「同窓生」というスタンスで向き合うことができるようになったということなのかもしれませんね。
    「時の流れ」が生み出してくれる、恩恵というものは、私たちの年代になって初めてわかるものなのでしょう。

    脳梗塞の後遺症が残っている西城秀樹さんを「同窓生」の皆さんたちが温かく見守りサポートなさっている姿、また西城秀樹さんの「あるがまま」のご自分を受け入れステージで全力で頑張っていらっしゃる姿、そして、この「同窓会コンサート」を次の東京オリンピック開催の2020年までは元気で続けて行こうという皆さんの想いも熱く伝わってきて嬉しく感動的でした。

    ~出演者の皆さん~
    西城秀樹/加橋かつみ(ザ・タイガース)/大野真澄(ガロ)/山田パンダ(かぐや姫)
    あいざき進也/晃(フィンガー5)/小川知子/今陽子/あべ静江
    西口久美子(青い三角定規)/LILIES(=リリーズ)/高道(狩人)

    私の懐かしく感じた歌は、加橋かつみさんが唄った「落葉の物語」です。確か明治チョコレートのCMソングになっていたと思います。

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    大ヒットした「花の首飾り」も好きでしたが、「落葉の物語」の詩がとても好きでした。
    http://youtu.be/c9jL0TkWIWo (メロディーのみ)

    イメージ 7長い坂道の 落葉の丘に
    やさしいあの人は
    住んでいるのです
    コートにつつんだ
    愛のショコラーテ
    あたたかいまなざしが
    僕を待っています

    ふたりで見つけた
    小さな秘密を
    信じておくれよ
    すてきな
    すてきな 恋の物語 アア
    冬の坂道に 星がこぼれる
    美しい心が 忘れられません



    そして、小川知子さんの「初恋のひと」の詩も好きでしたね。
    https://www.youtube.com/watch?v=WS0JeMeRHpA

    イメージ 8そよ風みたいにしのぶ あの人はもう
    私の事など みんな忘れたかしら
    のばらをいつも 両手に抱いて
    朝の窓辺に 届けて呉れた
    何故だか逢えなくなって
    恋しい人なの

    麦わら帽子のような 匂いをさせて
    私を海辺へつれて 走った人よ
    光の中を もつれるように
    はずんだ胸は 熱かったわね
    懐かしがっても 遠い夢の人なの

    小麦色した あの日の笑顔
    私ひとりが 知っているのに
    今なら恋だと分る はるかな人なの

    かぐや姫の大ヒット曲「神田川」は客席も全員で合唱


    ガロの「学生街の喫茶店」…当時は東京で文字通り学生でしたからこの歌にはハマりました。なんとなく退廃的というか虚無的というか(笑)でも、そこが「学生運動」の嵐が去った頃の当時の学生にはウケたのでしょうね。
    https://www.youtube.com/watch?v=yY3GRzzTYU0

    そして舟木さんもカヴァーされている狩人の歌った「あずさ2号」は弟さんの高道さんがソロで歌いました。高道さん、とってもいい声、巧い歌い手さんなんですね。すみません、今頃気づきました(笑)
    https://www.youtube.com/watch?v=OCK-nWaYxJE (狩人の「あずさ2号」)

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    舟木さん歌唱の「あずさ2号」                
    http://youtu.be/JYfsKzSYX3I (kazuyanさんの動画です)

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    日本の男性歌手の中で一番たくさんの花をプレゼントされたのは多分、舟木さんでしょうね


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    そんな花の似合う男、舟木さんのアルバム「花もよう」(1976年)ではたくさんの花が歌われています。
    その中から、まず1960年に発売されて以来、安保闘争に加わっていた学生たちの間からジワジワと広がってその時代を象徴するような大ヒット曲となった「アカシアの雨がやむとき」、舟木さんが「高校三年生」でデビューした1963年に発売されて、地味ながら今も印象深く心に残っている「エリカの花散るとき」を聴いてみたいと思います。原曲を歌われた西田佐知子さんは、私は当時女優さんかと思ったほど美人でした。また独特の鼻唄っぽく気だるいような歌唱が個性的で好きな歌手でした。
    洋楽のカヴァー曲「コーヒールンバ」↓ も、当時とっても洒落てて、インパクトがありました。

    西田佐知子さんと舟木さんの珍しいツーショット。とにかく細くて羨ましい限りでした(笑)

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    アルバム「花もよう」(1976年6月発売)

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    エリカの花散るとき      
    https://youtu.be/QYINZSFqo9w 舟木さん歌唱

    エリカの花散るとき  
    https://youtu.be/yAFhH9GpCL0 西田佐知子さん


    エリカの花散るとき  作詩:水木かおる  作曲:藤原秀行
    (1963年2月)
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    青い海を見つめて
    伊豆の山かげに
    エリカの花は 咲くという
    別れたひとの ふるさとを
    たずねてひとり 旅をゆく
    エリカ エリカの花の咲く村に
    行けば もいちど
    逢えるかと…

    山をいくつ越えても
    うすい紅いろの
    エリカの花は まだ見えぬ
    悲しい恋に 泣きながら
    夕日を今日も 見送った
    エリカ エリカの花はどこに咲く
    径は はるばる
    つづくのに…

    空の雲に聞きたい
    海のかもめにも
    エリカの花の 咲くところ
    逢えなくなって なおさらに
    烈しく燃える 恋ごころ
    エリカ エリカの花が散るときは
    恋にわたしが
    死ぬときよ…


    アカシアの雨がやむとき
    https://youtu.be/WOpsxeydPgI 舟木さん歌唱

    アカシアの雨がやむとき
    https://youtu.be/RhZs071m_Ns 西田佐知子さん


    アカシアの雨がやむとき  作詩:水木かおる  作曲:藤原秀行
    (1960年4月)

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    アカシアの雨にうたれて
    このまま死んでしまいたい
    夜が明ける 日がのぼる
    朝の光りのその中で
    冷たくなった私を見つけて
    あのひとは
    涙を流して くれるでしょうか

    アカシアの雨に泣いてる
    切ない胸はわかるまい
    想い出の ペンダント
    白い真珠のこの肌で
    淋しく今日も暖めてるのに
    あのひとは
    冷たい眼をして 何処かへ消えた

    アカシアの雨がやむとき
    青空さして 鳩がとぶ
    むらさきの はねのいろ
    それはべんちの片隅で
    冷たくなった私の脱けがら
    あのひとを
    探して遥かに 飛び立つ影よ




    この曲で歌われているアカシアは、本当のアカシア(黄色い花)ではなくニセアカシア(白い花)だそうです。アカシアはミモザとも呼ばれるものだそうです。「ミモザサラダ」の由来がこの花。

                  アカシア                                        ミモザサラダ

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    「コロムビア大行進 2015」情報

    本日3月14日は、中野サンプラザで「コロムビア大行進 2015」が開催されました。
    以下のサイトで、内容が紹介されています。

    コロムビア大行進 2015   「歌謡曲リミテッド」webサイトより一部抜粋 (3月10日付)

    「『コロムビア大行進』、ボク達の世代に とっては偉大な先輩方との想い出深いステージのタイトルです。改めて平成25年から復活したこのステージ、いつの間にか、こちらが大古株のひとりになってしまっていたけれど、やはりこのタイトルの下でコロムビア勢の一人として参加させていただいていると、どこかアットホームな感じを持つの はボクだけではないでしょう。この先も永くこのステージが続くように関係者、諸兄、諸姉に是非共のお力添えをお願いしたいと思います」と舟木一夫 はコメントを寄せている。


    日テレNEWS・24 webサイトより転載  (3月14日 20時)

    「コロムビア大行進」歌手44組が勢ぞろい

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    レコード会社「日本コロムビア」の所属歌手が一堂に会するコンサート「コロムビア大行進2015」が14日、東京・中野サンプラザで開催された。
    1963年から1985年まで定期的に開かれ、2013年に演歌・歌謡曲のいっそうの発展のため、29年ぶりに復活したコンサート。今回は2年ぶりの開催で、44組の歌手が勢ぞろいし、昼夜2回公演に合計4400人のファンが来場した。

    昼の部で舟木一夫(70)が「僕らが若いころは、『コロムビア大行進』に出るということは、華やかなステージに出るんだなという印象がありましたが、一昨年からまた始まり、うれしいなと思っています」と笑顔であいさつ。

    司会者の徳光和夫(74)が「島倉千代子さんがこの企画を大変喜んでいらっしゃいまして、それが印象的だったんでございますけれども」と語ると、都はるみ(67)は「今日はそのへんに(島倉さんが)いらっしゃると思います」と2013年に亡くなった島倉さんをしのんだ。

    昼の部は、舟木が「高校三年生」、都が「北の宿から」、八代亜紀(64)が「舟唄」、大川栄策(66)が「さざんかの宿」など全37曲を熱唱。夜の部は、こまどり姉妹が「ソーラン渡り鳥」、細川たかし(64)が「浪花節だよ人生は」など全40曲を歌い上げた。

    昼夜ともに、故美空ひばりさんの歌唱映像を紹介しながら出演者がひばりさんの名曲の数々をカバー。ファイナルは島倉さんの大ヒット曲「人生いろいろ」を歌い、最後までファンを楽しませた。

    デイリースポーツ webサイトより

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    スポーツニッポンwebサイトより

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    ちょうど一週間前にアップした河津桜が八分咲きくらいになっています。満開も近いようです。


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    一週間前はまだこんな具合でした

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    このタイトルでの連載のバックナンバーです。

    「役者・舟木一夫」の足跡をたどる 舟木さん二十代の明治座・初座長公演 その1
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70128394.html

    「役者・舟木一夫」の足跡をたどる 舟木さん二十代の明治座・初座長公演 番外編
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70173135.html

    「役者・舟木一夫」の足跡をたどる 舟木さん二十代の明治座・初座長公演 その2
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70198167.html


    「役者・舟木一夫」の足跡をたどる 舟木さん二十代の明治座・初座長公演の完結編です。

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    1967年の初座長公演のパンフレットには、明治座初出演ということもあってか、様々な方向からの取材がされていますので、最後は、以下のタイトルの記事をご紹介して終わりたいと思います。

    1  舟木一夫に逢った日 安藤鶴夫

    2  座談会 初共演 川口先生を囲んで   
       川口松太郎/舟木一夫/光本幸子

    3  舟木一夫の魅力  
       藤純子(現・富司純子)/山内賢/チャーリー脇野 



    まず、この前年の1966年秋、新歌舞伎座初座長公演の「雨月道成寺」を書いた安藤鶴夫氏の寄稿文を一部抜き書きしてご紹介します。レコードデビュー直前の舟木さんの佇まいや印象が、いきいきとした筆致で描かれていてとても臨場感にあふれた貴重な記録となる文面です。

    1  舟木一夫に逢った日  安藤鶴夫

    イメージ 6もう、何年前のことになるか。少し汗ばんでいたから、春からそろそろ夏へうつろうという頃ではなかったか。
    うちのドアが半分開いていて、見知らぬ人がふたり、玄関に立って、うちのカミさんと話をしている。すぐ、名刺を出したので、みると関矢文栄とある。わたしは野球のことなんてなんにも知っちゃぁいないので、わるいみたいなものだったけど、読売ジャイアンツの、私は私設応援団長としてプロ野球の世界では名物男だとあとで知った。
    じつは、ふたぁりとも、このおなじ町内の、若葉一丁目に住んでいて、この子がうたったレコードが、もうあと五日ばかりでコロムビアから売り出されるンですが、おなじ町内のよしみで、ひとつ、そのレコードを聞いてくれませんか、とこれまた、汗をふきふきそういうのである。
    関矢文栄のうしろに、それこそ、いまにも消え入りたいような、はずかしそうな顔をして、色の、青じろい詰襟の学生服を着たのが立っていて、みると、すみません、という顔をして、お辞儀をした。舟木一夫であった。
    ふたりに上がってもらって、ちょうど、ふたぁりとも娘がうちにいたので、みんな、ここへきて、舟木一夫君ってひとのレコードききなさい、といった。下の娘が、自分のステレオに、そのレコードをかけた。
    せまい庭だけど、そろそろ、草の庭らしくなりはじめる季節で、柳が垂れ、書庫の壁に、竹の葉が、かげをうつしたりしている昼である。戸をあけはらって、まずしいけれど、そんな庭を前にして、うち中で、五日後に、発売するというそのレコードを聞いた。「高校三年生」であった。
    ~中略~
    その時分は、どうして、うち中で、おやじも、母親も、こどもたちと一緒にうたうことのできる、そういう、すがすがしいうたというものはないのかと腹を立てていた。そうしたら「高校三年生」は、そういう、めずらしく清潔な、かわいらしい歌謡曲であった。

    そして舟木一夫のうたのうまいことにも感心した。このごろ、若いのに、うまいなどというのは、たいてい不良少年じみているのが多いのに、舟木一夫は、まるで、そういうケがなかった。そっと、椅子に掛けている舟木一夫の、ものごし、話し方も、素直でまことに、ちゃんとした若者であった。それから、若葉一丁目の町ぐるみの応援がはじまった。


    2  座談会 初共演 川口先生を囲んで   川口松太郎/舟木一夫/光本幸子(三月二十七日 浜町鯛万にて)

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    司会:いよいよ四日から舟木さんの東京初の長期公演がの幕が開きます。この公演には新派の方々が大勢参加されていますし、川口先生の作品も上演される訳ですが、舞台の中心になります若い二人、舟木さん、光本さんに先生の方から何かお話がございましたらお聞かせ下さい。

    川口:話の分かれ道になるので、最初に聞きたいんだが、舟木君がこれから芝居を本気でやって行くつもりがあるか、あるいはあくまでも歌手として、舞台は二の次とするのか…。

    イメージ 8舟木:実は親父が前に芝居小屋をもっていましたので、自分としては役者になりたかったんです。結果的には第四志望だった歌手になってしまいましたけど。
    第二志望が落語家で(笑)その次が浪曲家(笑)芝居の基礎は全然ありませんけど、すごく好きなんです。
    僕のような若い人間が中心になるというには何か重いものを感じますが、このような大舞台を踏めるということを仕合せだと思っています。

    川口:テレビで君の「一心太助」(「一心太助江戸っ子祭り」のことでしょう)を聞いて、ハハァ、これはタンカが切れるなと思った。あれは教わったってできるものじゃぁない。江戸っ子の芝居を書いてもタンカの切れる役者は少ないんだ。感心したね。

    舟木:困ったな。なんとかして下さいよ(笑)

    川口:だいたい君は早口の傾向だね。だけど今度のお芝居なんかはあまり早口だと味が薄れる。しかし何といっても君が芝居を第一志望にしていたというのは心強いね。光本のお師匠さんの八重子(初代・水谷八重子さんのこと)はもう六十だ。だけどまだ二十一、二の娘役がやれる。これは芸の力だ。人間一生の仕事として足りるものだ。歌手には肉体的な限界があるだけに舞台の基礎をこの際積んでほしい。この人(光本)は、最近少し出来上がってきたので人の言うことなんて聞かなくなってきたけど(笑)

    光本:何かあるとすぐ怒鳴られちゃうんで、いやになっちゃう。

    司会:舟木さんが第四志望であった歌手になられたいきさつを…

    舟木:中学に入って器楽をやるようになりましてブラスバンドを結成したんです。市の大会で優勝もしました。その頃は三橋美智也さんのような高い声だったんです。声変わりして今のような低い声になってクラシック歌の勉強を二年半ほどしたのですが、どうしても好きになれなくて先生にあやまりに行きました。流行歌が好きだからやらせてくれって。(笑)

    川口:どこで習ったの。

    舟木:名古屋です。

    川口:名古屋の訛りは出てこないね。

    舟木:歌を習うために名古屋の学校に行きまして、その頃は歌手を志して芸大に入ろうと思っていましたので訛りがあってはいけないと標準語の映画ばかり見ていました。変なところがあったら注意して下さい。

    川口:本読みの時に、二、三気になったところがあった。でも、最近は東京弁そのものがおかしくなっている(笑)
    この幸子というが音感は天才なんだ。いろいろな女優を見てきたけれど、こんな女はいなかった。

    イメージ 9光本:恐い。あとでだんだん下げて行く(笑)

    司会:光本さんもレコードを吹き込んでいますね。

    光本:中学、高校が音楽学校でクラシックをやっていました。舟木さんと同じでどうしてもそれが好きになれなくて。

    川口:新派に入ったとき学校に行っていたね。

    光本:高校にやっと入って四年かかって卒業しました。

    司会:舞台は長いですね。

    光本:中学一年の時、川口先生の「隅田川」が初舞台です。もっとも小学校六年生の時「望郷の歌」で踊ったことはありますけど。

    川口:いきなり大役をもっていった(笑)

    司会:「春高楼の花の宴」で、川口先生のご注意がございましたら。


    川口:僕が舟木君のためにどういう本を書こうかと考えていたとき、川奈ホテルにいたんだがNHKの紅白歌合戦で君が歌うのを見たんだよ。そしたら君が泣いている。三益(妻で女優の三益愛子さん)と二人で「泣いてるよ あの子泣いてる」

    イメージ 10舟木:お恥ずかしい(笑)

    川口:いやいや、ああいうところではなかなか涙など出るもんじゃぁない。これは一つ、感傷を交えたロマンで行こうと思ったんだ。筋はあまり考えないで、きれいな恋愛でもって、明治の中期の青年をえがいてみた。舟木君もこういったものは好きでしょう。

    舟木:好きですね。

    司会:舟木・光本という新しいコンビが誕生する訳ですが…

    舟木:はじめて光本さんの写真を見たのは一年前くらいでしたか。その時、ぱっと「並んだ感じが僕に合う」と思ったんです。
    それで去年の十月に話をもっていったらあっさりフラれました(笑)

    光本:私がはじめてお逢いしたのは二月の末に大阪のYTVのスタジオだったんですが、何かあわただしくて。でも、その前からテレビの矢頭右衛門七や、敦盛を拝見したりでよく存じ上げていました。

    川口:合うよ二人は。今日の本読みでも病院のところから終わりの方のあの感じ、とっても良かった。


    イメージ 11光本:肺病で死ぬ役には少し太りすぎだけど。

    川口:食べ過ぎるんだよ(笑)おふくろに似ていたらもっと美人になったんだよ。この人のおっかさんは十年前とちっとも変らない。

    光本:だからさっきも言ってたんですよ。あのセリフをカットしてくれないかナって。「美人薄命」だなんて…

    川口:いいじゃないか。素顔を見せるんじゃないんだから(笑)でも、この頃の幸子はきれいになってきたよ。鼻が低く見えなくなってきた(笑)それも芸の力だ。それはテレビでも舞台でもみんなに叩かれて一歩一歩大きくなって行くからで、まわりの人に感謝しなければいけない。舟木君、この人は了見が良いんだ。この間も三益が黙って見に行ってね。うちの晶は大変おこられていたが幸子は良かったと言っていた。まわりがだれていたらしいんだが、この人は投げないんだ。初日の感じを持ち続けるということは大変なことだ。

    司会:明治座という劇場についての感想をお聞かせ下さい。

    舟木:明治座に出る前までは、梅田コマとか京都の南座が好きだったんです。決して建物は立派じゃありませんけど、とっても暖かいんです。明治座という劇場は舞台の上からは未だわかりませんけど、正面玄関の感じなんか計算されてるわりには冷たさがない。お世辞ではなく、明治座という劇場はすごく好きですね。

    司会:今度の公演で新派の方々が大勢共演されてますが…

    舟木:東京に来て間もありませんし、歌の方に熱中しちゃってあまり見る機会もなかったのですが、新派のもつ雰囲気がとっても好きなんです。芸のことになるとこまかいことが分からないだけによけい感じます。

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    川口:やっぱり人だよ。劇場も、劇団もそれをつくっている人たちの仕事への熱意と和だね。だから四月の舞台も歌手の人を中心にした場合にありがちな、頼まれたから出ているんだというのではなく、誰もが一生懸命なかよくやらなければいけない。また、舟木君のような人気者の場合には、常に自分にきびしくしていくことが何よりも大切だと思う。明治座でのこの公演が大成功して、来年もまたやるというようにしたいし、そのためには僕も力になろうし、若い君たち二人も頑張ってほしい。

    司会:では、舞台を楽しみにしています。おつかれのところありがとうございました。



    3  舟木一夫の魅力  

    イメージ 13一心太助   藤純子(現・富司純子)

    「べらんめぇ、おいらは天下の江戸っ子太助だい!」威勢のいい啖呵も飛び出すのは、もう皆様ご存知舟木一夫さんの一心太助です。ここ東映の京都撮影所では舟木さんの初時代劇「一心太助江戸っ子祭り」の撮影だけなわ、私も太助の恋人役お仲でご一緒させていただいております。
    毎日セット内はファンの人達でいっぱいに膨れ上がり、舟木さんの一挙手一投足にため息と黄色い声援が飛び交いそれは大変なものでした。こんなにまでファンの心を惹きつける舟木さんの魅力は何でしょう。彼のもつ清潔なムードや歌手としてのうまさは無論のことです。私はこう考えました。セットの片隅などで見せる気取らない地のままの彼、冗談を言って皆を笑わせたり、私をからかったり、とにかく彼のいる所はパッと花が咲いたような明るいムードに変化するのです。それが舞台、スクリーンを通じファンの人の心に通じるのでしょう。「一心太助」では舟木さんが唄ったり暴れたり大活躍をします。ぜひご覧になって下さい。


    イメージ 14舟木君 ガンバレ!   山内賢

    僕の大好きな舟木君の魅力について大別すると二つあります。その一つは大変真面目であること。そしてその真面目さから脱皮しようと努力していること。この二つだと思います。前者は彼に対して誰もが感じることで、彼の仕事に対する情熱、人にはいつも真心をもって接し、自分の主張を持っています。こんな彼を見ていると、とても頼もしくなってきます。しかし、最近は彼も麻雀、お酒と色々勉強?しているようです。お酒は僕の影響かも知れません。この前逢った時「昨日お酒をおちょこに三杯飲んだよ」なんて真面目な顔をしていう彼をみると、ほほえましくなります。また、いつも話し合うことは芸能人のあり方から恋愛論?まで、とにかく一人の若者であり一芸能人である大変むづかしい処にいる者同士、話し合い悩みを分かち合っている二人です。彼の昨年の足跡をみても歌唱賞受賞、絶唱の大ヒット、映画出演と大活躍の年でした。今年も歌に映画に舞台に益々彼の独壇場となっていくでしょう。ただ、僕が心配するのは舟木君の健康のことです。くれぐれも自重されんことを祈ってやみません。舟木君ガンバレ!


    舟木一夫と共に   チャーリー脇野      舟木さんの向かって右隣りがチャーリー脇野さん

    イメージ 15「舟木一夫」この名前を聞いてからもう四年近くの月日が流れました。そして私も舟木君の伴奏者の一人としてその四年間を過ごして来たことになります。どこかのコマーシャルではありませんが、その間には色々なことがありました。そしてそのひとつひとつを見事に彼は解決し突き進んでまいりました。私はそれを「若さ」などと平凡な一言では言いきれない何かを感じます。その何かとは彼の持つ非常に近代的な明るい青年像であり、また意外なほど大クラシックな精神面、そしてこのふたつの見事な調和です。これは彼の非凡なエネルギーの秘密ではないでしょうか。仕事先のホテルの小さなバーのカウンターでコーラを飲みながら落語の話をしている時の彼の楽しそうな表情、そしてそれが仕事の話になるや一変して一人の歌い手、いや歌の虫になってしまう彼、我々古い大人達も音を上げてしまうことも度々です。いつかの旅先でのステージの始まる前に並んでいるバンドのメンバーの一人一人に冗談を言いながらべっこう飴を配って歩く彼。そしてこれが舟木一夫という一人の青年の魅力のすべてではないでしょうか。明治座初公演、皆様と一緒に心からお目出度うを言いたいと思います。


    1、2、3のどの記事を拝見しても、若い頃から少しも変わっていない舟木さんだとあらためて嬉しい気持ちになります。謙虚で控え目でありながら、ご自身の信念を主張なさる凛とした強さ、生来の真摯で真面目な本質を崩すことなく芸事の世界に生きる者としての遊び心を追求する柔軟性、常に仕事の中心にいる自分に奢ることなく自然体で周囲で支えてくれる共演者やスタッフに細やかな心配りを忘れない繊細さ優しさ、そして物事に動じない大きな器量。
    この連載をまとめながら、若い日に、多くの文化人、舞台人から大きな期待を寄せられていた舟木さんの現在が、今、最高に充実し大輪の美しい花を咲かせていることをあらためてかみしめることができたようで幸せな気持ちに浸っています。

    こちらもわが家の墓所のお寺の境内に咲いていた早咲きの桜です。品種は江戸彼岸桜?

    イメージ 18



    イメージ 16みんな旅人  作詩:作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=kyR5ILf9V_s

    人と話すだけで 疲れるなんてことが
    別に不思議じゃない バカな話じゃないか
    何気なく笑うほど 俺は大人じゃないし
    くちびるをかむほど 若くもないさー
    人と人が今日も 息をひそめすれ違う
    許しあえるはずの わずかな過去を抱きしめ

    俺にあいつが勝って あいつが誰かに負けた
    どこか違う気がする…判るような気もする
    男ならこう生きる 女ならこう生きろ
    そんな生き方など あれば知りたい…
    歩きながら迷う さぐりながらまた歩く
    それでいいじゃないか たぶんそれが人生

    風が西に吹けば 西をめざす船の群れ
    鳥が北にたてば 狩人たちは北へ
    男から女へ 残せる愛は嬰児(みどりご)
    女から男へ せめて な・み・だ・をー
    信じすぎることも うたがいすぎることも
    みんな人の弱さ 旅ゆく人のやさしさ
    みんな人の弱さ 旅ゆく人のやさしさ


    以下は以前に掲載した明治座公演についての記事のhtmlです。(参考)

    イメージ 171968(昭43)7月 「坊っちゃん」「喧嘩鳶~野狐三次~」
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68556298.html

    1969(昭44)7月 「与次郎の青春」「新納鶴千代」
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68569611.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68574489.html

    1970(昭45)8月 「新吾十番勝負」「日本の旋律 荒城の月」
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68579844.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68583467.html

    1971(昭46)8月 
    「新吾十番勝負 完結編」「忠臣蔵異聞 薄桜記」
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68648060.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68648210.html

    1972(昭47)8月 「魔像」「あの海の果て」
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68672420.html           7年にわたる明治座公演のパートナー光本さんと


    明治座での最終公演となった「沖田総司」「われ永久に緑なる」(1973年8月公演)についてはまた後日ご紹介したいと思います。

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    昨日、今日と一部地域を除いて全国的に4月下旬から5月中旬並みの気温となっているようです。
    わが家の家庭菜園のエンドウもピンクの花がつきはじめました。これからの季節、一雨ごとに雑草も元気になってくるので草抜きに追われます。一度に頑張ると腰にくるので毎日少しずつの作業です。

     白に続いて紫のクリスマスローズも咲きました                         木瓜の花も開き始めました

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    タイトルに揚げたように、本日18日は、昨年12月14日に開催された中野サンプラザファイナルコンサートのDVDの発売日です。今回は「チャンネルNECO」の「舟木一夫オン・ザ・ロード」で放映された映像の一部と合体させた編集となっています。私は「チャンネルNECO」とは契約してませんので、テレビ放映は拝見していません。最初「チャンネルNECO」でこのコンサートのライブを放映すると聞いて「あらら、DVDの発売はどうなるのかな?」と一瞬ギモンに思ったのですが、日本コロムビアが、舟木さんの一年間のツアーコンサートのファイナル版である中野サンプラザでのDVDを出さないはずはないと確信して、いつ発売になるのかをネットでこまめにチェックしてました(笑)

    今年2月の新歌舞伎座の劇場内でも予約を受け付けてましたが、amazonは結構、割引率が高いこと
    もあるのでお値引も期待してたところやはり定価の26%OFFでしかも送料無料。2月9日にネット予約していたものが本日、届きました。今晩にでもゆっくり楽しむことにします。DVDケースの舟木さんの写真がとっても素敵なのが、さらに嬉しい


    舟木一夫 オン・ザ・ロード2014 -コンサート in 東京・中野サンプラザ 2014.12.14


    イメージ 4DVDの内容紹介
    70歳にしてなお青春の第一線を走り続ける舟木一夫の“いま"が詰まった1枚です。
    2014年7月~2015年1月にかけてCS放送「チャンネルNECO」にて毎月27日放送の舟木一夫密着ドキュメンタリーを短く編集した作品「オン・ザ・ロード2014」に、2014年12月14日東京・中野サンプラザ公演の模様を合わせたDVD。

    (収録楽曲)
    1. 舟木一夫インタビュー 「オン・ザ・ロード2014」から 
    2. OPENING~想い出通り 
    3. 東京は恋する 
    4. ブルー・トランペット 
    5. くちなしのバラード 
    6. 花咲く乙女たち 
    7. 友を送る歌 
    8. 「その人は昔」のテーマ 
    9. 北国の街 
    10. 哀愁の夜 
    11. 高原のお嬢さん 
    12. 眠らない青春 
    13. 宵待草 
    14. ゴンドラの唄 
    15. 浮世まかせ 
    16. 明日咲くつぼみに 
    17. あゝ青春の胸の血は 
    18. 君たちがいて僕がいた 
    19. 高校三年生 
    20. 学園広場 
    21. 初恋 
    22. 夕笛 
    23. 吉野木挽歌~絶唱 
    24. 君よ 振りむくな 
    25. 舟木一夫インタビュー 「オン・ザ・ロード2014」から 


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