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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    昨日のさんぽ径で見つけたむらさき色の花ですが「♪花は名を語らずに…」なもんで名前は不明です(笑)

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    「絶唱」の原作で、順吉と小雪が駆け落ちして、束の間の新婚生活を送った松江市に出かけます。
    宍道湖の夕日、松江城など、短くも幸せな日々に、順吉と小雪が見たであろう風景の中に浸ってみたいと、ずっと念願していました。また戻りましたらご報告させていただきます。
    今晩、四日市からバスで京都に向かい、京都からさらに、夜行バスを乗り継いで22日早朝松江着。
    24日の午前中には帰宅の予定です。夕日がみられるようなお天気になりますように

    携帯から、松江の風景のお写真くらいは、アップできればと思っています。


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    イメージ 2~園田順吉の下宿は経師屋の二階六畳で、窓からは宍道湖の入江ごしに城の天守閣が見えた。その天守閣の傾影が、カイツブリのさざ波でうつくしくゆれた。
    「ついそこに、志賀直哉が若いときに住んだという家があるんだぜ」と順吉は指さした。
     「小泉八雲も住んでいたし、森鴎外もこの地方の出身だし、文学にゆかりのある土地なんだから、
    君もうんといいものを書くさ」~



    イメージ 3~僕たちは、その日、あの城の天守閣へのぼった。そして天守閣からふたりで手をつないで『天下のみなさん、園田順吉と木村小雪はただいま結婚しました』ととなえただけ」「ううむ、とってもロマンチックじゃないか、それから?」「小雪は紙の折り鶴をつがいに、湖の方へむけてとばした。すると・・白い僕の折り鶴は天守閣の甍にひっかかって、赤い小雪の折り鶴は風に吹かれて・山鳩みたいにとび去った。~  

          (講談社文庫・大江賢次「絶唱・湖畔の記録」より)               

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    舟友のkazuyanさんの動画でお聴きください(*24日までの期間限定アップです)

    絶唱  作詩:西條八十  作曲:市川昭介
    https://youtu.be/2m6HEn2cUwg (1977年再吹込み盤)





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    舟木さんのテレビ出演情報:いずれもNHK総合テレビ

    7月7日(火)20:00~  NHK「歌謡コンサート」
    7月19日(日)12:15~ NHK「のど自慢」
    8月8日(土)19:30~ NHK「思い出のメロディー」 

    (*「のど自慢」「思い出のメロディー」は同時にラジオ第一でも放送があります)
     
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    つい今しがた、ポストに届いた「歌の手帖」です。あえて中は解読不可能な画像にしていますご了承下さいね。

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    昨日と本日の二日間、松江の風景と空気にどっぷり浸りました。

    同行した末娘もすっかり松江が気に入ったらしく住んでみたいと言ってます(笑)

    やっぱり来てみて本当に良かったと思える憧れの町でした。

    今は松江駅にもどって夕方6時ちょっと前に出発するまでの時間待ちです。

    今回はあまり遠くまでは足をのばさず「ぐるっと松江レイクライン」という松江の市街地を循環するバスのみで移動したので時間をたっぷりかけて町の雰囲気を楽しめたと満足しています。


    松江城は来月に正式に国宝となるそうですが、まだ今はそれほどザワザワとはしていなくて、静かで落ち着いた城下町の風情でした。


    順吉と小雪の姿を風景の中に重ね合わせてたどる松江の町は私だけの幸福感を増幅させてくれたように思います。

    天守閣からの宍道湖の眺め、夕日が沈んで行く湖の佇まいは「絶唱」の物語の中でのふたりのささやかな幸せの時間のイメージを膨らませてくれるにふさわしいものでした。

    また松江は西條八十が傾倒した小泉八雲ゆかりの地でもあり、町のあちこちに八雲の足跡が遺されていることも嬉しいことでした。

    風景や歴史に加えて旅の楽しみはその土地の食べ物ですね。
    宍道湖産のしじみのしじみ丼や割子蕎麦をいただきました。
    そして最後の写真ですが、多分、皆さんの目を一番ひいたのでは?(笑)

    私がこの看板に最初に気付いたのは昨日の朝イチに松江城の壕をめぐる遊覧船に乗った時でした。遊覧船から何を見てたんでしょう(笑)

    多分ふつうなら見つけないアングルなのに見つけてしまった私に自分でもビックリ

    また、後で気づきましたが「ぐるっと松江レイクライン」に乗れば必ずバスの窓から見える看板なんですよ。

    松江にお出かけされることがあれば是非「ぐるっと松江レイクライン」に乗車してみて下さいね。

    では、オチがついたところで「速報」はこのへんで

    また帰宅しましたら後日、日記にアップします。

    簡単に、携帯からでした。




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    昭和の流行歌の中でも、日本情緒漂う、抒情性の色濃い作品を多く作られた作詩家の横井弘氏の訃報を知りました。謹んでご冥福をお祈りします。合掌。

    (朝日新聞webサイトより)

    ~作詞家の横井弘さん死去 三橋美智也の「哀愁列車」など~
    横井弘さん(よこい・ひろし=作詞家)が19日、肺炎で死去、88歳。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男徹さん。伊藤久男の「あざみの歌」、三橋美智也の「哀愁列車」、倍賞千恵子の「下町の太陽」など、数多くのヒット曲を手がけた。 
                                    ちょうど今が花時の季節、松江市の八重垣神社にて撮影した「あざみ」

    イメージ 2横井 弘(よこい・ひろし )
    1926年(大正15年)10月12日-2015年(平成27年)6月19日。昭和期の作詞家。
    1946年(昭和21年)、上京すると共に、作詞家:藤浦洸に師事するようになる。
    1949年(昭和24年)8月8日、日本放送協会のラジオ歌謡で放送された「あざみの歌」で作詞家デビ
    ュー。 同曲は1951年(昭和26年)8月、伊藤久男の歌唱でレコード発売され、大ヒットとなる。
    1950年(昭和25年)、コロムビアの専属になる。1953年(昭和28年)、キングレコードに移籍する
    (1968年(昭和43年)にフリーとなる)。
    1974年(昭和49年)、第16回日本レコード大賞第1回中山晋平・西條八十賞を受賞。
    1992年(平成4年)、第34回日本レコード大賞功労賞受賞。

    代表作
    「心の窓にともし灯を」(昭和34年11月) 作曲:中田喜直、歌:ザ・ピーナッツ
    「達者でナ」(昭和35年10月) 作曲:中野忠晴、歌:三橋美智也
    「川は流れる」(昭和36年11月)作曲:桜田誠一、歌:仲宗根美樹
    「下町の太陽」(昭和37年11月) 作曲:江口浩司、歌:倍賞千恵子
    「さよならはダンスのあとに」(昭和40年4月) 作曲:小川寛興、歌:倍賞千恵子



    舟木さんがカバーなさった「あざみの歌」と、横井氏の作詩によるオリジナル曲をご紹介します。
    youtubeに音源のあるものは、アップさせていただきました。動画でお聴きください。

    あざみの歌 作詩:横井弘 作曲:八洲秀章
    https://youtu.be/PkI_iKZbt-Y
    (1971年12月 アルバム「初恋 舟木一夫抒情歌謡をうたう」収録)

    イメージ 3山には山の 愁いあり
    海には海の 悲しみや
    ましてこゝろの 花ぞのに
    咲きしあざみの 花ならば

    高嶺の百合の それよりも
    秘めたる夢を ひとすじに
    くれない燃ゆる その姿
    あざみに深き わが想い

    いとしき花よ 汝はあざみ
    こゝろの花よ 汝はあざみ
    さだめの径は 涯てなくも
    かおれよせめて わが胸に








    イメージ 8永訣の詩 作詩:横井弘 作曲:古賀政男

    https://youtu.be/qcLYqXFrMrc
    (1969年2月発売)

    悲しいことの ある日にも
    仄かに笑う 人だった
    あゝ その人の 今は亡く
    思い出たどる 城山に
    夕焼けばかり あかあかと

    せつない愛を 知りながら
    睫毛をふせる 人だった
    あゝ 打ちあける 術もなく
    遠く離れて いたものの
    いく度呼んだ 城下町

    生命の灯り 消えるまで
    思いをひめた 人だった
    あゝ その人の やさしさが
    尚更つらく たまらなく
    墓標にひとり むせび泣く



    イメージ 4帰郷 作詩:横井弘  作曲:船村徹
    https://youtu.be/k9ROLtCfzQI
    (1972年7月発売)

    波の音がきこえる
    海に近いふるさと
    ひとり帰る砂丘に
    入日雲がせつない
    どこへ君は行ったの
    噂だけを残して
    花の下で暮らせる
    時がきたと云うのに

    遠い街に発つ日は
    祭り笛も泣いてた
    指をはなしきれずに
    まわり道をした夜
    つれて行けばよかった
    どんな無理をしてでも
    きっと二人だったら
    風も寒くないのに

    せめて ひとめ逢いたい
    以前の(まえの)君でなくても
    頬に落ちる涙を
    指でふいてあげたい


    イメージ 5白鳥 作詩:横井弘 作曲:竹岡信幸
    (1973年1月発売 カップリング「都井岬旅情」)

    はてしなく 雪の舞い散る
    湖に 浮かぶ白鳥
    その鳥は 恋に疲れて
    還らない 君の姿か
    衿足も細く ああ哀しく

    花かげに 君と築いた
    ささやかな 愛の山小屋
    人の世の つらい掟が
    ここにまで あると知らずに
    頬よせた日々の ああはかなさ
     
    なにもかも みんな運命と
    湖を 埋める粉雪
    その雪に 独りたたずみ
    口笛を そっと鳴らせば
    白鳥の影も ああ泣いてる


    霧のわかれ 作詩:横井弘 作曲:船村徹
    (1977年 15周年記念アルバム「舟木一夫大全集~限りない青春の季節」未発売12曲に収録)
    (1977年 15周年記念リサイタル ライブアルバム「歌とモノローグで綴る15年の歩み」収録)

    イメージ 6白い霧が 埋める駅へつづく山道
    わざと足を早めて 歩く人がかなしい
    いじめないで下さい
    私だってつらいわ
    燃えてそして別れる 巡り合わせだったの

    青い森の梢に星が一つ流れて
    甘い花のかおりが やみにゆれたあの夜
    早く逢いたかったわ 
    せめて夏の始めに
    熱くほてる背中に 秋が来てるなんて

    白い霧にのまれて 汽車が影になってく
    窓の中の貴女が 遠い人になってく
    さがさないで下さい
    夢を見たと思って
    山の宿の女は 山の宿で死んだの





    川は流れる 作詩:横井弘 作曲:櫻田誠一
     (1977年 15周年記念リサイタル ライブアルバム「歌とモノローグで綴る15年の歩み」収録)

    イメージ 9病葉を 今日も浮かべて
    街の谷 川は流れる
    ささやかな 望み破れて
    哀しみに 染まる瞳に
    黄昏の 水のまぶしさ

    思い出の 橋のたもとに
    錆ついた 夢のかずかず
    ある人は 心つめたく
    ある人は 好きで別れて
    吹き抜ける 風に泣いてる

    ともし灯も 薄い谷間を
    ひとすじに 川は流れる
    人の世の 塵にまみれて
    なお生きる 水をみつめて
    嘆くまい 明日は明るく




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    舟友のkazuyanさんが、「夕笛」の原点ともいえる「ふるさとの」の作詩者・三木露風の郷里である龍野市の風景と共に舟木さんの歌声を動画にしてくださいました。

    イメージ 3私の知る限りでは、「ふるさとの乙女」「忘れな草をあなたに」(カヴァー)は、これまでネット上にアップされていなくて、今回初めて、ここでご紹介できることになり嬉しく思っています。

    私の、お気に入りは「忘れな草をあなたに」です。この音源は1976年6月発売のアルバム「花もよう」収録音源です。また「夕笛」は、15周年記念「舟木一夫大全集 限りない青春の季節」で再吹込みされた音源です。30代の舟木さんの「夕笛」…とっても甘くて艶っぽい歌声ですね。
    「七つの子」は、映画「東京は恋する」の中の一場面で歌っていらっしゃいますね。


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    「ふるさとの乙女」「忘れな草をあなたに」「夕笛」(1977年音源)「七つの子」
    https://youtu.be/P4BRrZliQGM



    ~オマケ情報 その1 です~

    あまりテレビを観ない母も楽しみに観ているのが、時代劇と「徹子の部屋」と「歌謡番組」です。
    私も、娯楽番組では、母に付き合って観ているのですが、昨日、これは最高!と思えたのが、下記のスペシャル企画番組でした。大抵の演歌系歌謡番組は、今、現役で歌っている歌い手の方によるカバーが多いのですが、今回の企画は、全てVTRで、オリジナルの歌い手の皆さんの歌声が堪能できて楽しく、懐かしく拝見しました。先ほどネットで、調べていたら、録画したものが早速にアップされていました。(*但し、一部、視聴できない部分もあるようです)

    よろしければご覧になってみてください。流行歌というより「昭和歌謡」のセンターという曲ばかりを懐かしい歌い手の皆さんが歌っていらしてどれもこれも名曲ばかりであることを実感しました。

    「木曜8時のコンサート~名曲!にっぽんの歌~」スペシャル枠約2時間
    2015年06月25日放送 (テレビ東京制作)
    懐かしの昭和メロディ 
    昭和の歌謡界を彩った懐かしの名曲を過去のVTRとともに振り返る音楽番組の第14弾 
    http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann-tanosiiburogu/archives/51986451.html


    ~オマケ情報 その2 です~

    ミュージック☆スター 8月号 
    【M☆Sレジェンドインタビュー】舟木一夫新曲『春はまた君を彩る』に寄せる思い

    表紙は美空ひばりさん

    イメージ 2

    私は、まだ購入していませんが、どなたかお読みになった方がいらっしゃれば情報をお寄せ下さいね。表紙の「美空ひばり」さんの特集というのも、興味深いですね。


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    舟友のkazuyanさんが、私の撮影してきた写真をステキすぎる動画にしてくださいました。感謝!

    イメージ 1

    今回は、普段は携帯カメラしか使わない私が、珍しくデジカメ(これもむっちゃ古いもの)を持参して、合計130枚ほど写真を撮ってきました。いつもお世話になっている舟友のkazuyanさんから、動画を作りませんか?という本当にありがたいお申し出を頂戴しましたので、私のヘボ写真から60枚ほどの画像をお預けしたところ、あっという間に、「これ、私が撮った写真なの?」とびっくりするほどステキな動画に「ヘンシ~ン!」させてくださって、うるうるするほど感激しています。

    ですから、ヘタな旅行記をご報告するよりも、kazuyanさんの動画をご覧になっていただければ、それだけで十分だと思います。まずは、動画をご紹介させていただきます。

    動画に使用した画像は、松江城、宍道湖と嫁ヶ島、堀川遊覧船、堀川の川端、武家屋敷、小泉八雲旧居、明々庵から見た松江城、レイクラインバスなどです。他に八重垣神社、島根県立美術館などにも行きました。観光案内っぽくなるので、とりあえず「絶唱」にかかわる画像のみで構成していただきました。せっかくなので、松江らしい食べもの「しじみ丼」「割子蕎麦」もチラリとお見せしてます
    「舟木染物店」のお写真も、入ってま~す

    以下は動画には入っていない写真です

    八重垣神社

    イメージ 33

    一昨年舟木さんのコンサートが開催された県民会館

    イメージ 34


    舟木染物店のすぐ近くのカフェ「珈琲館」…おススメです。

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    島根県の観光キャラクターのしまねっこ

    イメージ 36



    イメージ 37

    松江で撮影した写真を、kazuyanさんがこんな素敵な動画作品にしてくださいました。

    アルバム「舟木一夫 西条八十の世界を歌う~日本の四季」(1972年6月)収録
    「吉野木挽唄 ~ 絶唱」音源



    イメージ 38


    吉野木挽唄

    ハアー 吉野吉野と 訪ねてくればよ
    吉野千本 サア 花盛りよ
    ハアー何んの因果で 木挽を習いよ
    花の盛りを サア 山奥によ

    小雪~ぃ~ッ!

    絶唱  作詩:西条八十 作曲:市川昭介

    愛おしい山鳩は 山こえて どこの空
    名さえ はかない 淡雪の娘よ 
    なぜ死んだ ああ 小雪

    結ばれて 引き裂かれ 七年を西東 
    いのち短く 待つ日は永く 
    泣きぬれた ああ 小雪

    山番の山小舎に 春が来る 花が咲く 
    着せて 空しい 花嫁衣装 
    とこしえの ああ小雪
    るるる~
    なぜ死んだ ああ 小雪


    イメージ 2


    以下はオマケです(笑)

    イメージ 3舟木さん主演の1966年9月公開の日活映画「絶唱」では、原作の「湖畔の記録」に書かれている松江については触れられていなくて、順吉と小雪が駆け落ちして行く先は、砂丘の見える日本海に近い町という描写になっています。細かな描写も原作とはいくらか異なって脚色されているのですが、原作を読んだときにイイメージ 4メージした松江の風景とか文学の香りのようなものがとても印象深くて、いつかは訪れてみたいと思っていました。

    チャンスを逃すと行けないままで終わってしまいそうな気がしたので、今回、思い切って出かけてみることにしました。




    京都駅から、6月21日の夜行バスで松江に向かい、22日早朝に松江駅に到着。23日の夕方6時までの丸二日間、憧れの松江市に滞在しました。

    イメージ 5


    原作の「絶唱」は、作者である大江賢次の実在の文学仲間をモデル(園田順吉)にしており、大江自身を「私=大谷」という一人称と位置付けて語っていくスタイルです。「私」が、初めて園田家を訪れる場面から物語が始まります。第一章「山鳩の小雪」、第二章「湖畔の記録」、第三章「葬婚歌」という構成ですが、その第二章「湖畔の記録」は、順吉が小雪を伴って園田の家を出奔して、宍道湖や松江城という美しい景観の松江市街地で、文学同人誌「野火」の同人仲間たちの祝福と励ましの中で貧しくもささやかな安らぎのある新婚生活をおくり、やがて出征、その後は、ひとり残された小雪の苦難の日々を大谷の視線から描いていくという部分になります。


    イメージ 6水の都、静かな地方都市の城下町松江のイメージは、原作を読む以前の私の中ですら大きな位置を占めていた「絶唱」という作品にあまりにもピタリと重なって、それが、映像の「絶唱」と渾然一体となり、いつの間にかさらに、この目で確かめてみたい憧れの町となってしまいました。

    そして、実際に訪ねた松江は、私の過剰な期待を裏切らないイメージ通りの印象でした。今回、末娘と同行しましたイメージ 7が、彼女も大いに松江の町を気に入って、「住んでみたい」とまで言っています。金沢も彼女のお気に入りですが、どうやら金沢を超えて、今は、「松江大好き」になったようです(笑)

    確かに観光地ではあるのだと思いますが、「観光地化」はされていないと感じました。間もなく松江城が正式に国宝となるそうですが、人も風景も、今のままで、「観光地化」されずに、静かで品格を保つ地方都市として、訪れる人の心に安らぎを与えてくれる町であり続けてほしいと願っています。なんたって私の大好きな順吉さんと順吉さんの心を救った光でもあった小雪さんが、ふたりして、ひたむきに愛を育んだ町なのですから。


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    「絶唱」(1966年9月17日公開)映像とのコラボ~大江賢次「絶唱」より「第二章 湖畔の記録」     

    イメージ 9
    ついに、「山鳩」のつがいが飛び立ったのである。私たちは精神的に支持したとはいえ、なに一つとして力になることができなかったのを、ひそかに愧じた。

    そこである日、同人たちが園田順吉の下宿へ集まって、ささやかな祝宴をひらくことにした。私たちは、それぞれのポケットマネーのゆるす範囲で、この世にもいとしい新夫妻の前途を祝って贈りものをととのえた。それを皆は秘密にしてニコニコと駅へあつまった。
    ~中略~

    園田順吉の下宿は経師屋の二階六畳で、窓からは宍道湖の入り江越しに城の天守閣が見えた。その天守閣の倒影が、カイツブリのさざ波でうつくしくゆれた。
    「ついそこに、志賀直哉が若い時に住んだという家があるんだぜ」と順吉は指さした。
    小泉八雲も住んでいたし、森鴎外もこの地方の出身だし、、文学にゆかりのある土地なんだから、君もうんといいものを書くさ」~中略~

    イメージ 29

    イメージ 30

















    イメージ 10小雪は、階下の台所でマゴマゴしている様子だった。かの女は私以外の同人たちとは初対面で、山のむすめらしくひどくはすかしがっているのにちがいない…

    とうとう、順吉は気を焦らして階下へ降りて行った。経師屋のおかみさんの陽気なわらい声が聞こえた。やがて、順吉は茶盆をこぼさないように持って上がってくると

    「…僕に勇気を与えてくれたひとが、なんと今日は僕に勇気をださしてつかあさいだって、いやはや!」
    そのうしろから、小雪が隠れるように小さくなってついて上るのを、経師屋のおかみさんの両手が押し上げている。そうした純朴なはにかみがほほえましく可憐で、一同は和気藹々と拍手でむかえた。かの女は、苺のようにまっかになって、ちんまりと消え入らんばかりにおじぎをした。
    「小雪です、僕同様によろしくおねがいします。」
    順吉は簡単に紹介すると、こんどは小雪に同人たちをいちいち紹介して、

    「いちばん端から、駅長の佐野君、郵便局長の笹本君、地主の田中君、雑貨店主の森本君、銀行の出納係主任の川田さん、校長の大谷君、、大地主の吉原君…」
    わざと身分を高く紹介したので皆はわらったが、小雪はまじめに受け取っていちいちおじぎをした。わけても、一番しんがりに大地主と紹介をされた小作人の吉原準平は、まるで園田惣兵衛そっくり鷹揚にかまえると、
    「これはこれは奥様、はじめてお目にかかりますだぁ」と農民らしくばか丁寧に、鹿爪らしく挨拶をしたので、
    「ま、け、…好かん」と、思わず小雪は袂で顔をおおった。~中略~かの女があわてて空の銚子をもって降りた。

    イメージ 11「け…好かん女史がおりた間に。…僕たちはその日、あの城の天守閣へのぼった。そして天守閣からふたりで手をつないで『天下のみなさん、園田順吉と木村小雪とはただいま結婚しました』ととなえただけ」
    「ううむ、とってもロマンチックじゃないか、それから…?」
    「小雪は紙の折鶴をつがいに、湖の方へむけてとばした。すると、白い僕の折鶴は天守閣の甍にひっかかって、赤い小雪の折鶴は風に吹かれて…山鳩みたいにとび去った。すると小雪は気をせいて、ひっかかった僕の折鶴をとばせようものと、窓から背伸びをして、フーフーと吹くんだが、とても遠くてとどくもんかね。かの女、なかなかの詩人だぜ」
    「それから夜はどげした…?」
    「それから……以下次号のおたのしみにしてくれ給え」と順吉はわらって……僕はしあわせだ!小雪は日本一の花嫁だ!これが、僕のたった一つのおのろけです」
    「ま、け、妬(けなる)!」と思わず、川田マサがさけんだので、皆はドッとわらった。

    イメージ 12そこへ、小雪が上がってくると、みんなは一斉に拍手をして迎えたので、かの女はすっかり当惑して消えてなくなりたいような風情だった。~中略~
    まことにささやかではあったが、まごころの籠った贈りものは双方とも気持ちがすがすがしくて上すべりな儀礼に愛情がうって変っていた。もしも、これが園田家の婚礼だったらどうだろうか…?
    ~中略~ここには貴顕の綺羅星も美酒佳肴も、ことをこしらえたような美辞麗句もなくて、ただ、真実に生きようとこころざす青年たちの、こころをこめたヒューマニティがみなぎり香っていた。

    順吉と小雪は、それらのきよらかな贈りものを雀踊り(こおどり)せんばかりに、なんべんも手にとっておしいただいて眺めた。小雪は、さっそく川田マサのエプロンをつけたが、アップリケの山鳩が生きてちょっと動くと飛び立つようで、
    「そのエプロンすがたで、もう一献、お酌を…」と私は活発に盃をさしだした。
    うぶうぶしいエプロン姿の小雪についでもらった酒は、なにがなしいちだんと冴えたように思われる。
    「ほほう、お城の天守閣がうつった!」と笹本卓治は盃をのぞきこむと、「ああ、文学する心はいいなぁ、いいなぁ、われ今、まさに千鳥城を盃に所有す、だ!」
    私たちは、彼にならって、それぞれ遥かな天守閣の倒影をうつしてたのしんだ。城は盃の中にふるえ、芳醇に匂って、文学するこころへたゆたい…すると、誰ともなく『荒城の月』をうたいはじめた。合唱をすると盃のさざ波に天守閣が縮緬にほほえむ。酒をのみ干すのがこの上もなく惜しくて、いいようのない和やかなよろこびの中に、私たちは幸せであった。

    荒城の月 ~舟木さん歌唱
    https://youtu.be/iYHXEuuYQYs 
    (kazuyanさんの動画です)


    イメージ 13「やぁ、天守閣から折鶴の山鳩がとんだ!」
    「ほんとだ、ほんとだ、つがいで仲よく、湖の上を飛んじょるぞ…」
    「ほうら、とうとう経師屋の二階へ、飛んで戻ったがな」
    「なんと、同人の前で、もういっぺん、結婚式をあげようじゃないか」
    「賛成…新郎新婦が、ならんで座って下さいよ」
    そこで、同人たちは、ふたりを正面にならんで座らせると、川田マサが酌をして盃をとり交わさせた。すると森本保太郎は、高砂をうたいはじめ、その盃は同人たちへ次々と廻された。私たちはしきりに『おめでとう』をくり返した。


    イメージ 14「僕たちは、毎日が結婚式なんですよ。ずっと一生涯」と、順吉はこころからむつまじげに「ねぇ、小雪…?」「ええ、若様、…」小雪が素直にうなずき返すのへ、
    「若様じゃないったら小雪、順吉さんとか、あなたとかって呼ぶんだよ」
    若様と呼ばれた彼はいまいましげに、だが、うれしそうに、若干私たちに照れながらたしなめた。
    しかし、小雪は、どうしても「あなた」とよべなくて、つい又しても「若様」のよびぐせが口に出るので困ってしまうと、ベソをかきながら涙ぐんでジイッと窓からみつめている。~中略~

    イメージ 15小雪は気をとり直して、あかるく微笑んだ。…私たちも明るい雰囲気へひきもどそうと余興をはじめた。~中略~
    下の経師屋のおかみさんも上がってきて見ていたが、
    「所望、所望、わしも踊りますぞね」
    姉さんかむりに襷がけをして、盆をもってひとくさり踊った。
    「さぁ、こんどは小雪さんの番だ」


    イメージ 16かの女はすっかり尻ごんで、掌を合わせんばかりにかんにんしてほしいとなんべんも辞退をしたが
    「だめだめ、園田順吉の妻じゃないか…」とかなり酔った順吉が激励したので、
    「じゃ……やります」と、ほとんど絶望的なまなざしでうなずいた。
    小雪は、いきなり立ち上がると、閾(しきい)の上にふんばって両手で障子をもった。そして、それをゆるやかに押したり引いたりしながら、唄いはじめた。……

    イメージ 17アー 吉野吉野と
     たずねてくれば ヨー
      吉野千本  サー
       花ざかり  ヨー

    動作から察して、まさしく木挽唄にちがいなかった。それは深山の谷間で、春の日をのどかにただひとり、鶯を友にしてくらす木挽の実感がみちみちていた。山でおぼえたものであろうが、澄んだ声が障子の音に和して、よりどころがないという町の小雪の、せめてもの郷愁を癒すよすがとも思われた。

    すると、このとき、順吉がたまりかねたように座を立つと、いきなり小雪のところへ行って力強く抱きしめて、
    「小雪!小雪!ああ…僕はうれしい!僕はいい妻をもった!」と、云うが早いか、はげしく接吻の雨を降らしたのである。
    その、人前もはばからない愛撫は天真爛漫で、私たちは喝采をもって祝福した。

    イメージ 18じっさい小雪のかくし芸は、他の誰よりもすばらしく、山の情緒がみちあふれてこだまをうった。が、それにも増して、いま私たちの前でおこなわれているふたりの愛の表現は、ちっともいやらしさがただよわず、これまたさきほどの芸の連続としか思われないほどだった。私たちは、まさしく世にもうるわしいものを見、聞いたのだ!みんなは魂をうばわれて、ボーッとして「所望…」のアンコールさえも忘れていた。


    ところが、小雪は順吉をすりぬけるとちょこなんと畳の上にすわって…すすりなきをはじめたではないか。私たちはどうしたものかとぼんやり眺めていると、
    「…うち、若様をこげにしてしまってからに、すまなくて……すまなくて、なにも知らんこげなもんのために……若様を不幸にして…」としゃくりあげてむせび泣くのだ。
    「おいおい小雪、こんなに僕が幸福だのにお前はわかってくれないのか…?園田家が何だ、財産がなんだ、それよりか小雪とどんなに貧しくても、真実の愛の生活がのぞましいんだ!」順吉はそういって、やさしく小雪の背中をなでてやった。

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    イメージ 19やがて小雪は泣くのをやめて、なきぬれていっそう可憐なまなざしをあげると、
    「いつ…お捨てになってもいいけに」とまじめに云ってひとりでうなずいた。
    「ばかばか、なんてことを云うんだ、こいつめが!こいつめが!」
    可愛くてたまらないと、というふうに力いっぱいゆすぶりつけると、しまいには順吉自身も泣いていた。
    それは「山鳩」(*第一章 山鳩の小雪)の続きを見ているような、それみずからが作品そのものであった。たくらみやケレンのみじんもない、生(き)のままの無技巧さが燦然とひかりかがやくのだ。たしかに小雪のことばは封建そのものであったが、しかもこの場合はそうひびかないどころか…むしろ純粋な献身としか聞こえなかった。いつまでもいつまでも、別れないでほしい、というのが世間一般の女性のならわしであるのに、小雪はそのあべこべを云って、それがたまらなく順吉の魂をつかむのだ。私たちには、この小雪の言動からいささかの卑屈さもうけ取れなかった。

    イメージ 20愛する人をどんなにしたらもっと幸せにできるか、そうしたときの女性のあらわす最も気高い、献身無私のすがたではないか。西洋や、都会の進歩的な女性たちには、それ相応の言い分の建前もあろうが、だからといって小雪のこのひたむきな態度を蔑むことができようか…?
    ~中略~




    「僕はね、もしもこの次になにか書くとしたら『小雪の話』というのを綴りたいなあ、小雪が毎晩つぎつぎ出まかせに語る山の話…」順吉は幸福そうにため息をついた。
    「ふしぎ、町に住んだら、山が生きてきたけに」小雪は小首をかしげてつぶらな瞳をまたたいた。
    ~中略~

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    イメージ 21順吉はさびしく出征した。いやけっしてさびしくはなかった。なぜといってすっかり形式化された壮行会よりも、こころから通じ合ったごく少数の人たちの真意のほうがのぞましかったから。というよりも、ただ一人の小雪の、百万人にもまさる愛があったから。列車の窓で、
    「わすれちゃならないことは…お互いに心に翼をはやすことだ。小雪、遠く離れれば離れるだけ、かえってよけいに親しく会えるんだよ。このことをお互いにかたく信じようね」と順吉は手をのばしてかの女の頭の上においた。
    「ほんと、…あなたもお体を大切に」
    「お前こそ、ときどき山へ深呼吸をしに行くがいい。心配事があったら、大谷君たちに相談するんだぜ」
    「私はのんきものだけに、結構たのしくくらします」と小雪はこころからのんきそうにわらって、ふと「あなたの坊主頭、思い出す……中学生みたい!」
    順吉は、坊主頭をなでて微笑んだ。私たちもわらった。列車が動き始めると小雪は順吉の手をにぎったまま歩きながら、ものもいわずにジイッとみつめて…手を離した。~中略~

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    小雪は、ひとりぼっちになると、すぐにも山へ帰るだろうと思っていたら、やはり湖畔の市の経師屋の二階に下宿して働き続けた。

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    近所のショッピングセンターへの買い物でいつも通るお宅はいろんな果樹があります。すももで~す

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    英文月刊誌 「Eye-Ai (あいあい)」舟木さんの記事掲載号の8月号が届きました。
    記事の和訳も、もちろん、後ろの方のページに掲載されています。

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    下記からネット注文できます。 (8月号です。お間違えの無いようご注意下さい)
    https://river365.securesites.net/eyeai/?pid=sales
    *表紙は舟木さんではなく「KAT-TUNさん」です

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    the covers 福山雅治、銭形平次カバーへのこだわり (歌はなくてトーク部分のみ)
    https://www.youtube.com/watch?v=NLOa7VFoAK8



    福山さんの面白トークの後は、ここらで一曲…「銭形平次」ではないですよ(笑)
    舟木さんの自作曲「噂めぐり」



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    イメージ 10噂めぐり 作詩/作曲:里中さとる
    (1976年4月発売「別れの部屋」カップリング曲)
    (1976年10月 アルバム「レマンのほとり 舟木一夫ニューオリジナル」収録)

    霧深くむせぶ 今 港・函館
    風 胸をぬけて
    旅をめぐる 噂ばかり
    あー 闇をとかす あー 熱い涙
    波の音にゆれて 又 つらい面影
    霧笛 灯台 あー 船のあかり

    月白く浮かび 今 暮れる京都
    水 影をうつし
    橋のたもと ともる灯り
    あー 想いつのる あー 紅のかおり
    どこか似てる人に 又 偲ぶ横顔
    嵯峨野 竹笛 あー そよぐ木立ち

    イメージ 11星ひとつとんで 今 明ける長崎
    花雨に濡れて 
    誰のために もらす吐息
    あー 今日もひとり あー すがる噂
    鐘の音は遠く 又 僕を泣かせる
    小雨 坂道 あー にじむチャペル

    夢さめて歩く 今 夜の赤坂
    ただ つかれ果てて
    扉おした 古いスナック
    あー 愛の歌に あー いたむ心
    人の笑い声に 又 落ちる涙
    孤独 東京 あー 恋の終わり
    孤独 東京 あー 恋の終わり



    再掲載です。7月の舟木さんのテレビ出演情報 いずれも生出演です

    7月7日(火)   NHK歌謡コンサート
    7月19日(日)  NHKのど自慢 

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    早くも、明日は7月に入ります。2015年も折り返しとなりました。そして、1日と2日は京都南座でシアターコンサートが開催されます。1日は、近鉄四日市駅から朝一番の高速バスで南座に向かいます。京都で1泊して2日は昼の部を拝見してから、同じく高速バスで帰宅する予定です。

    そして、折しも京都では7月1日から1ヶ月にわたる祇園祭の祭事が行われ、一年中で一番、華やかな賑わいを見せる時節です。そこで、ちょっとだけ祇園祭についてご紹介します。

    1分でわかる祇園祭
    https://youtu.be/1-ResYo7gGc



    祇園祭特集/京都新聞webサイト
    http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/gion/


    イメージ 1 ~長刀鉾町お千度~
    7月1日に南座に近い八坂神社で行われる祭事で、町内一同、稚児を伴って参拝し神事の無事を祈る。祭典後、本殿の周囲を右回りに3周し拝礼する。

     ~祇園祭のスケジュール~
    毎年、各山鉾町では、7月1日の「吉符入り」で幕を開け、2日には山鉾巡行の順番を決める「くじ取り式」が京都市役所で行われる。10日頃から前祭の鉾建てが始まり、12日頃には鉾の「曳初(ひきぞ)め」がある。14日の宵々々山、15日の宵々山、16日の宵山を経て、17日は、前祭の23の山鉾が祇園囃子(ばやし)にのって京都のメーンストリートを巡行。その夕方には、八坂神社の祭神を乗せた3基の神輿が四条寺町の御旅所に向かう神幸祭がある。
    前祭山鉾巡行の翌日から、後祭に向けて鉾建てが始まる。21~23日は宵山期間で、24日は後祭の山鉾巡行。あわせて花笠巡行も繰り広げられる。夕方には、神輿が御旅所から神社に戻る還幸祭がある。


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    舟木さんも大好きとよく言われている京都です。その京都を背景にした「京の恋唄」「逢う瀬」「嵯峨野雪草紙」などのオリジナル曲は、特に女性ファンの皆さんには着物で歌われる舟木さんの立ち姿や京の風景が目に浮かんで胸がキュンとなるのでないでしょうか?私も、この「京都三部作」が大のお気に入りです。いずれもkazuyanさんの動画でお楽しみください。


    逢う瀬  作詩:藤浦洸 作曲:戸塚三博
    https://youtu.be/5-hZ-Gg5Cdw 



    イメージ 3逢う瀬  作詩:藤浦洸 作曲:戸塚三博
    アルバム「舟木一夫の新しい名刺・友情」収録(1974)
    15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録(1977)

    京は加茂川 たそがれに
    誰を待つのか 川べりの
    宵待草の 花ひとつ
    君によく似た うつくしさ

    けぶるむらさき 東山
    鐘の音色に ゆれながら
    ひとりさびしく 待ちわびる
    君のすがたの いじらしさ
     
    あいにゆこうか あうまいか
    あわねばなおも かなしさを
    耐えてたたずむ 横顔に
    散るは祇園の ともしびか


    *作詩は、先日、訃報の入った横井弘氏が師事された藤浦洸氏です。



    藤浦 洸(ふじうら こう、1898年9月1日 - 1979年3月13日)
    大学卒業後は、音楽評論家伊庭孝に師事し、浅草オペラの俳優等を経て、1930年から、コロムビアレコード文芸部のエドワードの私設秘書となり、ジャズソングの訳詞などを手掛けていた。1937年、「別れのブルース」の大ヒットにより名声を得た。
    1938年にコロムビア・レコードに入社して同社専属の作詞家となり、「戦前戦後を通じて多数のヒット曲を世に送り出した。特に美空ひばりには「悲しき口笛」、「東京キッド」など初期楽曲を多く提供している。
    この他「二十の扉」「私の秘密」等のNHKのラジオ・テレビ番組に多く出演したことでも知られる。

    京都と言えば、舟木さんファンには、この曲が、先ず浮かびますね。秋の京都の風情です。

    京の恋唄  作詩:西條八十 作曲:竹岡信幸
    https://youtu.be/Gj0UmeHqOt0
    (1969年2月シングル発売「永訣の詩」カップリング)



    季節は冬を歌ったものですが、この曲も…

    嵯峨野雪草紙  作詩:吉田旺 作曲:古関裕而
    https://youtu.be/U39m-nUhc5E
    アルバム「暦/12カ月の愛の歌」より1月の詩 収録(1975年) 
    15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録(1977)




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    新歌舞伎座シアターコンサートでは第一部のラストに歌われました。南座でも勿論歌われるでしょう。

    春はまた君を彩る   作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ

    冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう
    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと


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    7月に入って木槿(ムクゲ)も咲き始めました。白、花芯だけピンクのもの、薄ピンクの花びらのもの色とりどり

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    では「松江への舟旅 番外編」へ…

     八重垣神社 

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    八重垣神社については、「絶唱」の原作には登場してはいないのですが、出雲大社よりも古い歴史のある「縁結び」にご利益のある神社と聞いていましたので、この世では一緒にいる時間の短かった順吉と小雪が、永遠(とこしえ)に仲むつまじく天上で暮らしている姿を想像させてくれるようなスポットでもあるような気がして、市街地から少し離れた場所で、レイクラインバスは通っていませんでしたが、市バスに乗って向かいました。
    *私は2日滞在なので1日券500円ではなく共通二日乗車券1000円を買ったのでレイクラインバスのほか市バスにも乗れました。


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    八重垣神社 PRサイトのようです ↓
    https://youtu.be/i18s04S0HAs

    祭神

    素盞嗚尊(すさのをのみこと)神話八岐大蛇退治の主人公、稲田姫命と結婚され縁結びの道を開く

    稲田姫命(いなたひめのみこと)八岐大蛇の難を避けるため当社地に御避難され、天つ神である素
    盞嗚尊と結婚され縁結びの道を開く

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    創建・開創

    遠く太古 神話の時代 (出雲大社より古い時期の創建と言われているそうです)
    ご利益:特に「縁結び」 夫婦和合、授児、安産、厄難除、災難除       末娘にプレゼントした子授御守

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    【八岐大蛇伝説のあらすじ】

    高天原(たまがはら)から出雲国の肥の川(斐伊川)の上流に降り立った素盞鳴尊(スサノオノミコト)は、嘆き悲しんでいる老夫婦に出会いました。この老夫婦は脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)という神様で、8人の娘がいましたが、毎年やって来る大蛇に娘を次々に食べられ、今年はついに末娘、稲田姫命(いなたひめのみこと)番に。そこで素盞鳴尊は、稲田姫命をもらい受けることを条件に大蛇退治を請け負いました。
    *稲田姫は、櫛稲田姫、奇稲田姫、串蛇姫と表記されている資料もあるそうです。

    月岡芳年「素戔嗚尊(すさのおのみこと)出雲の簸川上(ひのかわかみ)に八頭蛇(やまだのおろち)を退治し給う図」

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    素盞鳴尊は、まず佐草にある「佐久佐女の森(さくさめのもり)」の大杉を中心に八重垣を造って
    、稲田姫命の身を隠しました。そして次に用意したのは、強い酒が入った8つの桶。大蛇は、素盞鳴
    尊の作戦どおり8つの頭をそれぞれの桶に突っ込んで酒をあおり、酔っぱらってその場で眠ってしま
    いました。素盞鳴尊はすかさず剣を抜き、大蛇をズタズタに切り裂いて見事に退治成功! 老夫婦
    との約束を果たしたので、素盞鳴尊と稲田姫命はめでたく夫婦となったのでした。


    拝殿の左にある門をくぐって奥に進むと、高い木々に囲まれ、木の根が網の目のように地面をはう
    「佐久佐女の森」にたどり着きます。厳かな雰囲気に包まれたこの森は、まさに「八岐大蛇」神話の現場。素盞鳴尊が稲田姫を大蛇からかくまった場所で、八重垣を造った大杉の跡が今も残っています。

    御神木として柵で囲われている大杉

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    八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣つくるその八重垣を
    やくもたつ いづ(ず)も やへ(え)がき つまごみに やへ(え)がきつくる そのやへ(え)がき

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    (さかんに雲がわき立つ)出雲の幾重にもめぐらした垣根。妻をこもらせるために八重の垣を作る、その美しい八重垣を~*「八雲立つ」は出雲に掛かる枕詞(まくらことば)


    椿の季節に訪れると、一層、イメージが広がりそうです


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    大蛇退治の折、身を隠した姫が姿見に使ったとされる本殿奥の森にある小さな池「鏡の池」に、十円か百円硬貨を載せた和紙を浮かべて「縁結び占い」をするのが人気だそうです。

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     小泉八雲旧居 

    小泉八雲  ~Wikipedia、ほかより~

    1850年6月27日 - 1904年(明治37年)9月26日)は、ギリシャ出身の新聞記者(探訪記者)、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、日本民俗学者。東洋と西洋の両方に生きたとも言われる。
     出生名はパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn) 。
    1890年来日。同年7月、アメリカで知り合った服部一三(この当時は文部省普通学務局長)の斡旋で、島根県松江尋常中学校(現・島根県立松江北高等学校)と島根県尋常師範学校(現・島根大学)の英語教師に任じられる。8月30日、松江到着。
    ある日、肺炎にかかったハーンを、旧松江藩士・小泉湊の次女「小泉セツ」が身の回りの世話をする事になりました。単語帳を造り、必死で英語を覚えようとするセツのひたむきな姿と、セツから聞く色々な民謡を聞いたり、市内を散策するようになり、ハーンはセツに心を奪われ始めたことに気づき、結婚を申し込みます。
    1886年2月、念願の帰化が認められ「小泉八雲」と改名しました。八雲と言う名は「古事記(old thing description )」に出てくる最初の和歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに・・・」から取って、セツの親戚がつけたと言われています。

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    八雲は目が悪かったので机の脚がとっても長く作ってあります。目を書物にくっつけて読み書きしていたそうです。

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    ハスの葉の上にちょこんと乗っかってるカエル…花のひとつ奥の葉の上です。わかりますか?

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    蛇足ですが…

    西條八十のご子息の名前は西條八束氏(2007年10月9日死去)といいます。松江市には八束町というところがあります。小泉八雲に傾倒していた八十は、ご自身の名も八十と「八」の字がついていたので、八雲にゆかりの松江市にある八束町からとって、ご子息の名をつけられたのかな?と勝手に想像しています。また、八十というのは筆名ではなく本名なので、それだけに「八」という字が、八雲との深い縁を思わせます。

    なお、八束氏は、湖沼の研究に魅せられ湖沼学の道に進んだ陸水学者。中海・宍道湖干拓問題など陸水学の観点から環境保護を訴え、当時の日本の河川・港湾行政に一石を投じたとのことです。フィールドは異なっても、松江には親子二代にわたってご縁が深かったということになるのですね。

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     松江夜曲 

    松江市内を巡る、レイクラインバスに乗り込んで発車を待っている間に、*聞き覚えのある「松江夜曲」が流れてきて、嬉しくなりました。この「松江夜曲」は西條八十作詩、古関裕而作曲で、昭和20年代の松江を舞台にした歌だそうです。昭和40年ごろまで、市内各地の商店街の夏祭りなどで頻繁に流れていたとのことです。近年も松江市のイベントの折には流れているようです。
    *聞き覚えがあるというのは、以前、西條八十と小泉八雲をつなぐ松江について調べていた時にネットで見つけたので、「お気に入り」にして時々聞いていたものですから、すぐにわかりました。

    イメージ 22松江夜曲  作詩:西條八十  作曲:古関裕而
    (昭和23年 販売元:日本コロムビア株式会社)
    https://www.youtube.com/watch?v=Ug5qZQgVYhY

    松江大橋 唐金擬宝珠
    なぜに忘れぬ 忘らねぬ                       
    さくら春雨 相合傘で                       
    君とながめた 嫁ヶ島                        
    マツマツ松江は君を待つ

    イメージ 23二夜逢わねば 眠れぬ枕
    ひびく櫓の音 波乃音
    恋の湖 雨戸を開けりゃ
    月にほんのり 千鳥城
    マツマツ松江は君を待つ


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    松江自慢は 小泉八雲
    残る縄手の 鳥屋敷
    今も咲きます 国際愛の
    色香なつかし 杜若(かきつばた)
    マツマツ松江は君を待つ


    小泉八雲を描いた舞台劇「日本の面影」を観て・・西條八十~松江~絶唱のことなど(参考)
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/69466000.html


    島根県立美術館 開催中の「猫まみれ展」とロビーからの夕日見学してきました

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    漫画家の園山俊二さんは松江市の出身だそうで、町のあちこちにモニュメントが…

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    お堀端の遊覧船乗り場には地ビール館があって、その名も八雲の名にちなんだ「ビアヘルン」

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    堀川を目の下に眺めながらコーヒーがいただける「珈琲館」はウインナ風とのこと。ケーキもウインナタイプ

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    「絶唱」原作の舞台、松江の旅  「吉野木挽唄~絶唱」




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    四日市から乗った高速バスが京阪五条に着いたのが9時15分頃。バス停近くのホテルに荷物を置いてから徒歩で南座楽屋口に向かいました。

    雨はかなり強くて南座に到着した頃にはしぶきを上げるほどのどしゃ降りになりました。


    でも舟木さんファンは雨ニモマケズ…(笑) なんと徐々に増えて舟木さんが楽屋入された10時15分頃には激しい雨にもかかわらず50人以上はいらしたかな?

    一番下の写真…小さな携帯画面なんで自分でも舟木さんが写ってるのか写ってないのかわかりません(笑)
    道路隔てての遠くからのポンコツ携帯カメラ撮影ですからお許しを!


    また後日に舟友のkazuyanさんがバッチリ撮影された素敵な舟木さんをアップさせていただきますので御勘弁下さいね


    同じシアターコンサートでも新歌舞伎座では、なかったんですが松竹系劇場の南座ではパンフレットが出ます。南座に来られない方も9月の新橋演舞では販売されますからお楽しみに

    船村先生とのツーショットやグリーンのセーター姿の若々しい舟木さんのお写真、お馴染みの大倉明氏によるインタビュー記事も掲載されています。


    また新橋演舞場12月特別公演「気ままにてござ候」のチラシもできていました。ワクワクですね。

    6月30日は東海道新幹線でショッキングな事件が起こりおそらく舟木さんファンの皆さんは、コンサート前日から京都入りされるであろうと舟木さんのことを先ず心配されたと思います。


    昼の部のコンサート開演前の幕前でのプレゼントタイムの時にプレゼントを受け取りながらのトークでこの日は事件発生後の12時半頃に新幹線に乗車して、発車したのが2時半頃、京都に着いたのが夜の7時半頃だったと言われました。70才にはさすがに疲れましたなんておっしゃってましたが、乗り込んでから京都に着くまで7時間もかかった訳ですね。
    でもそんな疲れは微塵も感じさせないパワフルなステージでなんだか拝見する度に若々しくなっていらっしゃるんじゃないかと今回も舟木さんのタフさに驚かされました。


    「銭形平次」のカバーで話題の福山さんと先日電話でお話なさったということもちょっと嬉しそうにお話なさってました、どんな話をされたか気になります(笑)

    コンサートの詳細はまた後日に


    明日は昼の部だけ拝見して帰宅します。
    取り急ぎ携帯からの速報でした。

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    京都の東山界隈には百日紅(サルスベリ)の樹がたくさんみられます。
    あいにくの雨できれいに撮影できませんでしたので、イラストで


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    いつも見事なカメラワークで、素敵な舟木さんを捉えてくださるkazuyanさんが、今回は初日前日から京都入りして、大雨の中、早朝から待機してくださり、たくさんのお写真を提供して下さいました。雨の中、静止してファンの想いに応えてくださった舟木さんとkazuyanさんに感謝を込めて紹介させていただきます。名古屋でのコンサートの時からちょっと気になる左手首のサポーターです。

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    こちらは「お見送り」の時の貴重なショット

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    新橋演舞場 シアターコンサート 9月8日(火)14時/18時  チケット7月4日一般発売
    発売日4日の12時には昼の部が完売しました

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    船村先生作曲の舟木さんのオリジナル曲の数々…(南座パンフより)

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    夕笛  1977年音源  (沢田舟木さん動画)
    https://youtu.be/SPr0vA4qHR0




    夕笛  オリジナル音源 (kazuyanさん動画)
    https://youtu.be/oZcDgS8Dxpk




    その人は昔(テーマ) 1977年音源  (沢田舟木さん動画)
    https://youtu.be/dQEeKQqJP4g




    その人は昔(テーマ) オリジナル音源
    https://youtu.be/roCjIuAvBJE



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             建仁寺境内のききょうと祇園祭の幟が立つ八坂神社 


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    梅雨明けも、まだしばらくは遠い7月1日、2日と京都南座でシアターコンサートが開催されました。
    5月29日と30日の新歌舞伎座に続いて、2日間連続4回公演です。新歌舞伎座の時にも北から
    南から多くのファンの皆さんが駆けつけてこられましたが、京都でも、また全国からたくさんのファンが大集結!という感じの熱気でした。

    南座楽屋口に面した川端通から鴨川の土手に降りたところから見た四条大橋。雨で水嵩が増して急流になってました

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    初日の朝、舟木さんが楽屋入りの前後は、とくに雨脚が強かったにもかかわらず、楽屋口前で「お出迎え」をするファンの列はどんどん長くなっていきました。私は9時半過ぎ頃に到着して、道路を隔てた京阪祇園四条駅に降りる少し屋根のある階段のところで待ちました。舟木さんの到着は10時15分。この時、不思議と一瞬だけ雨が弱くなって舟木さんもさほどびしょ濡れになることはなかったのではないでしょうか?カメラを構えていたファンの皆さんにとっても、せめてものプチ・ラッキーというところだったと思います。

    無事に舟木さんが楽屋に入られたのを見届けてから、舟友さんたちと清水五条の鴨川の畔のカフェでホッと一息。

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    イメージ 6    舟友さんの7月2日昼の部のプレゼントの花束

    再び、南座前に戻って入場しました。ロビーにはコロムビアとNHK歌謡コンサートからのお祝いのお花が飾ってありました。その時、携帯を持っていなくて、撮影はしそびれました


    さて、この日も開演10分ほど前に舟木さんが幕前に、プレゼントを受け取りに登場!真っ白のロング丈のシャツにジーンズ、白のシューズ。ステージ衣装は、一部がタキシード風のサテンの襟の濃紺(私からみるとです。ライトのかげんで位置によって黒にもみえるかも)の上着、ベストとパンツは黒に見えました。胸のバラはオフホワイトか淡いクリーム色。
    それでは、私は、1日の昼夜と2日の昼を拝見しましたので、それらをまぜたトークを中心にコンサートの報告をさせていただきます。ピンク文字は舟木さんのトークです。




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    「その1」では、第一部のコンサートの模様をご報告します。

    2015 シアターコンサートin南座  7月1日/2日 第一部

    プレゼントタイムのトーク

    京都特有の暑さ寒さは、僕が20代の頃と比べるとゆるんできてますね。今は京都でも時代劇はあまり撮ってないみたいですが、真夏の撮影は暑さで羽二重が溶けてきちゃうんですよね。修学旅行で京都に来たんですが(中学生の頃かな?)まさか南座で歌を唄うとは…とニコッと嬉しそうな舟木さん。ハァ~ッ!腰を伸ばしながら、高校三年生も70になって何をかいわんや(笑)

    今、先輩で男は最年長が青木(光一)さん89、唄えるんですからスゴイです。女性が菅原(都々
    子)さん88。とてもそこまでは私はもちません…それでは今日は、この辺で、へっへっ(笑)…ぜか最後は三枚目になって下手に引っこむ舟木さんでした。二枚目なのに二枚目に徹しきれないテレ屋さんのところが舟木さんの魅力でもあるんですよね。

    イメージ 10夜の部では、6月30日の東海道新幹線の事件関連について当日のご自身の状況説明をちょっとなさいました。

    12時半ごろに乗車、発車したのが2時半ごろで、京都に着いたのが7時半ごろで、70才にはこたえました。ここんとこ新幹線ツイてないんです。神戸からの帰り(6月5日こくさいホールのコンサート)地震でね。あんときもひっかかって…
    このところ大先輩の方の歌を聴くのに凝ってまして…色々聴きながら調べてるんです。その頃、その方がいくつかとか、原盤が出たのがいくつの頃だったかとか、先輩方はみんなデビューが遅いですから…
    昨日(6月30日)の新幹線で、おばさんとおばあちゃんの間くらいの人がずっと立ってたので気になってたんです。僕より年上だったら、たとえ10分でも代ってあげなくてはと思って見てたら、僕より若そうなんでやめときました。そのヘンの判断がムツカシイ…。そのうち山手線なんかの混んでる時間帯に乗ってみて誰か席を譲ってくれるかどうか試してみようかと…(笑)

    イメージ 11夜は、プレゼントを全部受け取って、じゃあ二枚目になってまた出てきます。きちんとタキシードに着替えて出てきます…という意味なんでしょうが、ラフなスタイルの舟木さんも間違いなく二枚目に変わりはないですね(笑)


    オープニング
    ~北国の街

    シャツとタキシードではこれくら男っぷりが違う(笑)…お足もとの悪い中ようこそお越しいただきましてありがとうございます。二部で「演歌の旅人~船村徹の世界」、一部の方では歌っとかないとマズイだろうなというのを…どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。

     絶唱
     夕笛


    イメージ 12やっぱりライトが当たると湿気がすごいんです。「夕笛」というのは年々、名曲だと思うようになってきました。僕がコロムビアに入った当時は、遠藤先生、船村先生が専属でいて下さった。幸運でした。西條先生の詩もほかのレコード会社の人は歌えなかった…。

    夜の部では「夕笛」の歌詩を2番と3番が入れ替わってしまったので、歌い終わってから、今、歌詩が2番と3番が逆だったかな?アレッ?と思った、多分間違えちゃったんだろうな…コーラスによってその都度、確認してやってるけど、口が勝手に動いちゃう(笑)頭が真っ白になっても口が唄っちゃう…身体で覚えてるんですね。

    最近、福山くんが「銭形平次」を気に入って歌ってますが、この前、本人と電話で話したんですが、この歌は、二、三年アンタにあずけておこうか…と(笑)

    ここはラブソングを3つ…
    夜の部では、後ろのバンドの方を振り返って「哀愁の夜」は3つかい、2つかい?…と確認して、バンドと確認する、変な歌い手だな…とひとりツッコミ。


    イメージ 13その人は昔のテーマ


    哀愁の夜


    高原のお嬢さん


    昭和の匂いをたっぷりもってくれてる「哀愁の夜」、「高原のお嬢さん」は特別な感じがしますよね。例えば「♪まぼろしの影を慕いて」あのラインがあって「悲しい酒」、言葉をはずせば「絶唱」はそれに近い、それぞれ線路があって、ぼくの場合はなんだったんでしょうね。遠藤先生、船村先生は、詩の先生に恵まれた。そんなハナシは二部でしますが…じゃあ一部ではするなよ!…自分でツッコんだところで…「高校三年生」がなかったら、こういう線路はなかった…じゃあその「高校三年生」いってみましょう!


    イメージ 14夜の部では、デビュー当時の曲(学園ソング)で抜いてしまうのが「修学旅行」、お客さんには印象深い曲のようですが「涙の敗戦投手」も…舟木さん的には、これらは、あまりピンときてない?とのお話しもありましたが、聞き手の方にはそれぞれの曲に想い入れがあったり懐かしかったりする曲がさまざまにあるので、たまには、聞かせていただければ…と思っていらっしゃるファンの方もいらっしゃるのでしょうね。そして、弁解したので…「高校三年生」「学園広場」を(笑)

    高校三年生

    学園広場


    やっぱり流行歌は「作る世代の歌」だなァ…と、「高校三年生」「学園広場」は18の時は、18の時の甘い声、丸い声…あの歌の時の響きがいいと思っても今はもうない…30代、40代になって出てくるような響きが今はもうない…そういうのと相談しながらその時の響きをお聴かせしていく…今の70才の「高校三年生」を…(大きな拍手)

    イメージ 15今70ですけど、まぁ、よくもってるほうです。このくらいのカンジで…歌い手がどれだけもつかは個人差ですからあくまでマイペースでいくしかないです、そんなこんなで…一部のラストは新曲を…

    今、大人の歌がない…男と女が、連れ添ってどっかの宿に行って愚痴を云ってる…なんてのは大人の歌じゃないと思うんです。僕は70で、お客さまもそこそこ…(笑)このタイミングでこんな歌がヒットしてくれたら…と、皆さんのお力でヒット曲にしていただきたい。自分の歌だから…というのではなく僕らの世代でヒット曲にしてみたいじゃないですか!作詩、松井五郎さん、作曲、南こうせつさん。


    春はまた君を彩る   作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ



    イメージ 7冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう
    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと



    イメージ 18舟木さんの「同世代」への連帯感というか想いを分かち合うことへの強いこだわりに満ちた、めずらしく力強い呼びかけの言葉だと受け取りました。あまりこういう調子では、ものを言われないのが舟木さんらしいと思っていたのですが、それだけに、あれれ、今回の新曲へのこだわり方は、かなり違う!と、あらためて感じました。

    南こうせつさんが、最初に提示なさったのが「そばにいるから」…この曲は、あくまで私的には「春はまた君を彩る」よりも、より、私たちのイメージにある「舟木一夫」を、表現してくださった曲であると感じています。でも、舟木さんの想いは「舟木一夫」的であることよりも、普遍的な「僕ら世代」を意図した作品を求めていらしたのかもしれないと、今回のトークをお聴きして、徐々にわかってきたような想いがしています。

    ご自分の歌、舟木一夫の歌というより、舟木一夫ファンに限らず、昭和のど真ん中の時代を同じ景色を眺めて生きてきた同世代の仲間たち全てを意識した作品選びをなさったのではないでしょうか。

    勿論、私も含めてですが…「新曲」となると、ファンはどうしても色めき立ってしまいます。特に、女性ファンにとって舟木さんは、いくつ何歳になっても私たちの憧れであり、「心の恋人」であり続けてほしいという想いがあるのだと思いますから、ストレートなラブソングの方が、まだまだ舟木さんには似合いそうだという想いもあるのですが、考えてみれば「春はまた君を彩る」は、究極のラブソングなのかも知れないと、ちょっと違った角度から見えてきたような気がしている私です。

    「男と女が、手に手を取って旅に出て宿で、愚痴を言う」…という舟木さんの昨今の流行歌評?…これには笑ってしまいましたが…そういった風景も含めて遠くから微笑みながら眺めているような、穏やかさと慈しみの心が、静かに自然と生まれてくるような境地を同世代とともに、くちずさみたいという想いでいらっしゃるのかもしれません。

    「きっとたったひとつの愛に気づくだろう」…このキイワードが、あらたに、私の課題になったような気がした第一部、「春はまた君を彩る」を熱く語る舟木さんのトークでした。


    ~第二部「演歌の旅人~船村徹の世界」は、「その2」でご報告します~             

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    建仁寺境内の蓮池、鮮やかなピンク色の蓮なのですが、ポンコツ携帯カメラのためこんなボンヤリした色で残念!

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    お待たせいたしました。さきほど、舟友のkazuyanさんから、7月2日の舟木さん「お出迎え」ショットが届きました。

    前日は雨で、シチュエーションは、かなりキビシかったと思いますが、それでも、素晴らしいショットをたくさん撮られたkazuyanさん。この日は前日とはうって変わって真夏のような陽射しの中、早朝からせっかくの京都の街歩きの時間をさいて、待機されたお骨折りのたまもので、こんな素敵な舟木さんを皆さんにご紹介できますことを心から感謝しつつ、アップさせていただきます。


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    舟木さんの背にしているのが川端通で緑の並木の下方に鴨川がながれています
    私は、その緑の並木の木陰にいて、舟木さんの後ろ頭のみ見えました(笑)

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    このジャケットの写真は舟木さんが何百枚かの写真から選ばれたお気に入りだそうです

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    さんぽ径の途中で見つけた濃いピンクの八重の木槿(ムクゲ)

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    舟友さんたちと1日の昼夜の時間待ちでお茶を楽しんだ北座ビルの井筒八つ橋和風喫茶のきなこアイス

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    1日の夜の部終演後、舟木さんのお見送りをすませて三条木屋町「黄桜直営・じろく亭」で舟友さんと会食

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    2015 シアターコンサートin南座 7月1日/2日 第二部 演歌の旅人~船村徹の世界
    舟木さんのトーク部分はピンク文字です

    イメージ 2二部のステージ衣装は、浅黄色というか青竹色のとってもきれいな色合いのスリーピースに白のシャツ、胸のチーフはモノトーン柄。         こんな感じのもう少しだけ薄い色→


    オープニング
    ~あの娘が泣いてる波止場 作詩:高野公男
    https://youtu.be/fMapSlbNrqQ
    イメージ 7(三橋美智也/昭和30年)

    思い出したんだとさ
    逢いたく なったんだとさ
    いくらすれても 女はおんな
    男心にゃ 分かるもんかと
    沖の煙を 見ながら
    ああ あの娘が泣いてる波止場

    今のは、三橋美智也さんのヒット曲。やっぱりヒットしそうな歌は詩もメロディーもとってもいいですね。それにくっついてるアレンジもいいんですね。もろ昭和という曲を二部ではお聴きいただきます。
    遠藤先生は舟木一夫、船村先生は北島三郎…ってことになってますが、船村先生の曲が僕はダント
    ツに多い、アルバムがありますから全部合わせると70曲(シングル換算?)くらい…
    船村先生は音大時代に知り合った高野さんとの出逢いがあって作曲家になった…その高野さんが2
    6歳で亡くなって、その時、先生は24歳。先生はショックで立ち直れなかった時彼が遺した大学ノート3冊の詩に曲をつけてこれを世に出そうと思い、立ち直れた…そういう意味で高野がいなかったら船村徹という作曲家は存在してないんだよ…と、亡くなって61年間、命日にお墓参りを欠かしたことはないそうです。最初は高野先生を偲んで「ふるさと演歌」というジャンルのものから並べていきます。


    イメージ 8別れの一本杉   作詩:高野公男
    https://youtu.be/g6L_T4JnTUM
    (春日八郎/昭和30年)

    泣けた 泣けた 
    こらえきれずに 泣けたっけ
    あの娘と別れた哀しさに
    山のかけすも鳴いていた
    一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ


    柿の木坂の家  作詩:石本美由起
    https://youtu.be/U3fzyU5B3_s
    (青木光一/昭和32年)


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    早く帰ってコ 作詩:高野公男
    https://youtu.be/67-5oXjzUyQ
    (青木光一/昭和31年)

    おふくろも親父も みんな達者だぜ
    炉端かこんで いつかいつしか
    東京の お前達二人の話に
    昨夜も更けたよ 早くコ 早くコ
    田舎へ 帰ってコ
    東京ばかりが なんでいいものか


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    「ふるさと演歌」でしみじみと懐かしい風景が目の前に広がったあとは、ステージが暗転。しばし静寂の後、虫のすだく音(ね)…そしてギターのつまびきが、切なく響いて、船村先生のふるさと訛りの語りが、流れます。なんとも言えない、哀切とまた人肌を感じさせるぬくもりのある語りに、思わず涙がにじんできます。

                                                      船村徹記念館オープン式典でのお二人

    イメージ 11こういった構成のセンスのひとつひとつに舟木さんの船村先生の世界を、最高の形で、聴き手に届けたいという想いが込められているのを痛切に感じます。そして、高野公男氏への船村先生の想いと舟木さんの船村先生への想いが重なって、客席にいる私たちに友情と師弟愛の大きさ、深さがずっしりとした手触りとなって伝わってきます。

    ~船村先生の語り~
    友よ 土の中は寒いのだろうか
    友よ 土の中には夜があるのだろうか
     もしも 寒いのならば
    俺のぬくもりをわけてあげたい
     もしも 夜があるのならば
    俺の手で灯りをともしてやりたい
    友よ 俺の高野よ




    イメージ 12男の友情   作詩:高野公男
    http://www.dailymotion.com/video/x2idp0u
    (青木光一/昭和31年)

    昨夜(ゆうべ)も君の 夢見たよ
    なんの変りも ないだろね
    東京恋しや 行けぬ身は
    背のびして見る 遠い空
    段々畑の ぐみの実も
    あの日のまゝに うるんだぜ

    流れる雲は ちぎれても
    いつも変らぬ 友情に
    東京恋しや 逢いたくて
    風に切れ切れ 友の名を
    淋しく呼んだら 泣けて来た
    黄昏赤い丘の径

    田舎の駅で 君の手を
    ぐっとにぎった あの温み
    東京恋しや 今だって
    男同士の 誓いなら
    忘れるものかよ この胸に
    抱きしめながら いる俺さ



    船村先生と高野公男氏の資料は下記のブログをご参照ください
    2015 シアターコンサートin新歌舞伎座 5月29日/30日 その1↓
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70426665.html


    イメージ 13僕らよりひと世代上の方ですから、日本という国が、まだ男尊女卑が残っていたり、戦友というものに似たようなものがあるのかも知れませんね。
    遠藤先生にしても、船村先生にしても、どこがセンターかというのはむつかしい、特に船村先生は遊び心ももっていらっしゃる方ですし、5000曲以上の中から選ぶのはむつかしい。…昭和30年から40年くらいの頃のもので4つばかり…流れのいい歌をつなげているので4曲でひとつの匂いとか風景というのがあるんです。二十歳の頃から思ってたんですけどね、このステージでいくつかの歌をつなげた中で、ある風景を感じていただく…「船村先生のバリエーション」…実は、そんな生易しい言葉では表現できる方ではないんですが…先生の演歌の真髄の女唄をつなげます。

    どうせひろった恋だもの  作詩:野村俊夫
    https://youtu.be/yX_Cd4z-WjI
    (初代コロムビアローズ/昭和31年)



    おんなの宿   作詩:星野哲郎
    (大下八郎/昭和39年)

    イメージ 14想い出に降る 雨もある
    恋にぬれゆく 傘もあろ
    伊豆の夜雨を 湯舟できけば
    明日の別れが つらくなる

    たとえひと汽車 おくれても
    すぐに別れは くるものを
    わざとおくらす 時計の針は
    女ごころの かなしさよ

    もえて火となれ 灰になれ
    添えぬ恋なら さだめなら
    浮いてさわいだ 夜の明け方は
    箸を持つ手が 重くなる



    イメージ 15哀愁のからまつ林  作詩:西沢爽
    https://youtu.be/goxyxNre_Io
    (島倉千代子/昭和34年)

    涙あふれて はり裂けそうな
    胸を両手で 抱きしめる
    みえないの みえないの
    背のびをしても
    あゝ あの人は 行ってしまった
    からまつ林

    せめても一度 恋しい人の
    腕に甘えて 縋(すが)れたら
    それだけで それだけで
    死んでもいいの
    あゝ 弱虫と 風が叱るわ
    日暮れの風が

    あとも見ないで 別れていった
    男らしさが 哀しさが
    燃えるよな 燃えるよな
    夕焼け小焼け
    あゝ 帰りましょう 影を踏み踏み
    落葉の径を


    イメージ 16矢切の渡し  作詩:石本美由起
    (ちあきなおみ/昭和57年)

    このへんの歌を並べてみると、「若い歌」と「大人の歌」のちがいが出てる。「どうせひろった恋だもの」は思い切り大人の世界…どれもヒットした歌ですが、力と色気がある…船村先生はこの世代の作曲家の中では粘りがある、それと男っぽい…客席が舟木さんのトークを真剣に聞いているのでシーンとしてるのが、気になったのか、そんなにシーンとされても(笑)リラックスさせようと思いついたのか、いきなり、ご報告します。外はまた土砂降りです(笑)とこまやかな舟木さんのジョーク。

    一方で、「その人は昔」「夢のハワイで盆踊り」というカワイイ歌もガマンして書いて下さった。
    ここで、船村先生って聞くとあれ?ッというようなタイプの歌を2つ並べてみました。



    悦楽のブルース 作詩:吉岡治
    (島和彦/昭和41年)

    雨の夜あなたは帰る  作詩:吉岡治 
    https://youtu.be/s91huFJWqgo
    (1966年/島和彦)


    イメージ 17では、この辺でちょっと腰をあげていただいて、思いっ切りガス抜きをしていただいて…

    ~スタンディング&サインボール打ち~

    ブンガチャ節  作詩:星野哲郎
    (北島三郎/昭和37年)


    ダイナマイトが百五十屯 作詩:関沢新一
    (小林旭/昭和33年)

    ジャケットを脱いで、テーブルの上に置き、リズムに乗って軽やかに動きまわる舟木さんは、並の70歳ではないですね…サインボールも南座は三階席もわりとステージから近いので10球中の3球ほど届いたようです。初日の1日の昼は、「ダイナマイトが百五十屯」を歌い終わる時に、ノリノリでクルッと回ってバンドの方を向いて何回も両手を振り回す元気いっぱいの舟木さん。バンドメンバーはご自分のお仕事に集中してらっしゃるからでしょう、せっかく人が手振り回してるのに全然見てない…とぼやいてましたが、ちゃんと客席からは若々しい舟木さんの姿が見えて嬉しい限りでしたよ(笑)

    お疲れ様でした。…とテーブルの上のジャケットを着ながらのおしゃべりは、持ち歌を唄う時より他の人の歌を唄う時は、気持ちが前のめりになっちゃうんで、できるだけ持ち歌を唄うカンジに自分の気持ちをもっていく…というような意味合いのことをおっしゃったような…
    気負わずに自分の歌を唄うような自然なトーンで気楽に唄いたいという想いがおありなのかな?と
    解釈したのですが、合ってるかな?どうかな?(笑)

    イメージ 18この歌は他とつながらないので単独でおいてみました。

    王将   作詩:西條八十
    (村田英雄/昭和36年)

    新歌舞伎座の構成では、「王将」の後で、短めのトークが入りましたが、今回は、単独でおいた「王将」が終わると、しばらくの間があって、船の汽笛、海鳥の啼く声…からラストブロックに突入して立て続けに一気に、どれもこれも一筋縄では唄えない重量感たっぷりの7曲を歌いきった舟木さん。そのエネルギッシュな歌唱にはただただ驚愕させられるばかりでした。


    イメージ 19波止場だよお父つぁん  詩:西沢爽
    https://youtu.be/KcFBe5W4mws 
    (美空ひばり/昭和31年) 


    哀愁波止場  作詩:石本美由起
    https://youtu.be/Y2iJ6okFvV4
    (美空ひばり/昭和35年)

    ひばりの佐渡情話 作詩:西沢爽
    https://youtu.be/OsB_dEIRzIw
    (美空ひばり/昭和37年)
     



    イメージ 20なみだ船 作詩:星野哲郎
    (北島三郎/昭和37年)

    涙の終わりの ひと滴
    ゴムのかっぱに しみとおる
    どうせおいらは ヤン衆かもめ
    泣くな怨むな 北海の
    海に芽をふく 恋の花

    クルクル 帆綱を 巻きあげて
    暁の千島を 忍び立ち
    あてにゃすまいぞ ヤン衆かもめ
    舵であやつる 舟のよに
    女心は ままならぬ

    惚れたら遠慮は できまいが
    いやというなら せひもない
    夢をみるなよ ヤン衆かもめ
    にしん枕に 北海の
    月に哀しや 泪船
     





    イメージ 21兄弟船  作詩:星野哲郎
    (鳥羽一郎/昭和57年)

    波の谷間に 命の花が
    ふたつ並んで 咲いている
    兄弟船は 親父のかたみ
    型は古いが しけにはつよい
    おれと兄貴のヨ 夢の揺り篭さ

    陸(おか)に上って 酒のむときは
    いつもはりあう 恋仇
    けれども沖の 漁場に着けば
    やけに気の合う 兄弟鴎
    力合わせてヨ 網をまきあげる

    たったひとりの おふくろさんに
    楽な暮らしを させたくて
    兄弟船は 真冬の海へ
    雪のすだれを くぐって進む
    熱いこの血はヨ 親父ゆずりだよ


    イメージ 22風雪流れ旅  作詩:星野哲郎
    https://youtu.be/LeR9i3cpt8o 
    (北島三郎/昭和55年)

    破れ単衣に 三味線だけば
    よされよされと 雪が降る
    泣きの十六 短い指に
    息をふきかけ 越えて釆た
    アイヤー アイヤー
    津軽 八戸 大湊

    三昧が折れたら 両手を叩け
    バチがなければ 櫛でひけ
    音の出るもの 何でも好きで
    かもめ啼く声 ききながらイメージ 23
    アイヤー アイヤー
    小樽 函館 苫小牧

    鍋のコゲ飯 袂でかくし
    抜けてきたのか 親の目を
    通い妻だと 笑ったひとの
    髪の匂いも なつかしい
    アイヤー アイヤー
    留萌 滝川 稚内


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    イメージ 25アンコール
    ~三味線マドロス 作詩:高野公男

    https://youtu.be/MZmm6DwZpWs 
    (美空ひばり/昭和33年)

    波の小唄に 三味線弾けば
    しゃれた奴だと 仲間が笑う
    陸(おか)が恋しさに ついつい負けて
    呼べば未練が 呼べば未練が
     エーエー 夜霧にとけたよ

    青い月夜にゃ 泪で弾いた
    破れ三味線 あの娘の形見
    情あったなら 男の胸を
    帰る鴎よ 帰る鴎よ
     エーエー 伝えておくれよ
     
    なれぬ手つきで しみじみ聞かしゃ
    荒れた心も ほろりと泣ける
    無事か達者でか 淋しいえくぼ
    辛い想いも 辛い想いも
     エーエー しばしの事だよ



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    ラストブロックの前半は、ひばりさんの大ヒット曲であり、名曲かつ難曲を三曲、アレンジも素晴らしく聴かせます。客席は、このあたりから、それこそ前のめり(笑)舟木さんが前のめりでなくなればなくなるほど、聴く側は前のめりになってしまう…そこがプロフェショナルの憎い計算もあるということなのかも知れません。歌い手が、自己満足で陶酔すればするほど聴かされる側は、白けてしまう…そういうことを舟木さんは実によくわかっていらっしゃる歌い手だといつも思います。

    お芝居でも落語や講釈などのひとり芸でも、プレイヤーは、常に理性と節度を忘れてはならない…
    感情移入も情熱も、もちろんなくてはならないのですが、それが露骨に見えてしまうと受け取る側は引いてしまうという匙加減、実に微妙なバランスなんだと思います。
    その点が、舟木さんのバランス感覚は、本当に見事としかいいようがないのですよね。

    「なみだ船」「兄弟船」という、男の世界をうたった勇壮、かつ情感あふれる2曲を聴いていると私はどういうわけだか「高校三年生」と「絶唱」に代表される「舟木一夫」が、その脇からゆらゆらと立ちあがってきてしまいます。全く水と油のような、タイプの真逆なジャンルの歌を、何の不自然さもなく、どちらも、この上なく魅力的にその独自の世界に取り込んでしまう歌い手が流行歌の世界に他にいるでしょうか?

    船村先生のバリエーションの幅広さが、言葉では表現できないのと同じように舟木さんの歌唱のバ
    リエーションもまたしかり…だとファンとしては言いたくなってしまいます(笑)

    「兄弟船」のスリーコーラス目からチラホラと舞い始めた紙吹雪が、徐々に増えていき、「風雪流れ旅」のクライマックスでは、その純白の吹雪が真紅のライトに照らし出されます。舟木さんの力強く情味豊かな歌声と、バックバンドの演奏との呼吸の妙、そして照明美術のテクニックとセンスで、「演歌の旅人~船村徹の世界」を十二分に舞台芸術として完成させ、客席が、その渦の中に完璧に巻き込まれてしまうという、理想的な姿のステージを南座でも堪能させていただきました。

     アンコール曲「三味線マドロス」について 

    イメージ 27万雷の拍手で緞帳が降り、ふたたび上がって、アンコール曲「三味線マドロス」…初めて新歌舞伎座で聴いたとき、聞覚えはあるのですが、今回のセットリストの中では一番耳慣れない曲だと思いました。なぜ、この曲なのか?新歌舞伎座のコンサートが終わってから調べてみたら高野公男氏の詩であることがわかりました。そういうことなんだ…と私なりにある程度は想像していましたが、南座で販売されたパンフレットの中で大倉明氏がインタビューで、アンコール曲について質問されていて、それに対して、アンコールに「三味線マドロス」をおかれた舟木さんの想いが語られています。

    「演歌の旅人~船村徹の世界」、その構成の事実上のセンターとなる曲というのは、やはり船村先生と高野公男氏との絆を最も感じさせる「男の友情」だと思います。そして、アンコールをどの曲で〆るかというところに高野氏が亡くなった後に発表されたひばりさん歌唱の「三味線マドロス」をもってこられたことはこの曲が船村先生にとって「男の友情」とおなじくらいの重みをもったものであると舟木さんが感じられたからかもしれないと思いました。

    高野公男氏によるふるさとを詠んだ詩

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    シアターコンサート 中日劇場  8月28日(金)/29日(土)

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    シアターコンサート 新橋演舞場  9月8日(火)

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    すべての人にとって、平和で穏やかな日々でありますように…
    舟木さんの笑顔をいつまでもステージで拝見できますように…
    「春はまた君を彩る」がいつまでも歌い継がれるヒット曲になりますように…


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    舟友のkazuyanさんに感謝を込めて、ご紹介します

    京都南座 7月1日 入出待ち動画_Bgm♪くちなしのバラード




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    プチ京都案内

     鴨川べりに等間隔で並ぶカップルたちの昼&夜。京都名物の微笑ましい眺め 


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    4月には「都をどり」が開催される祇園花見小路の甲部歌舞練場

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    八坂神社境内の手水舎の脇のあさがおの鉢

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    左:河原町通の四条よりにある龍馬と中岡慎太郎が襲撃され最期を遂げた近江屋跡

    木屋町の三条通と四条通の中間に坂本龍馬が一時住んだ寓居(隠れ家)があったことから命名された龍馬通


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    明日もどうやら雨のところが多いようです。梅雨時ですから毎年、新暦の七夕は雨の確立が高い

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    一、齋藤雅文 作
          金子良次 演出
       ―巷談・勝小吉―
    気ままにてござ候
     
    二、シアターコンサート
       
    幕末の英雄・「勝海舟」を育んだ無頼の父・「勝小吉」―
    水谷八重子との初顔合わせでお楽しみいただく、
    快漢、風を切ってまかり通る痛快朗らかばなし。


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    ここのところ、舟木さんの若い頃の民謡にハマってます。「春はまた君を彩る」と一緒に毎晩聴いて眠りについてます。安眠にキキメありで~す

    アルバム「舟木一夫と若い民謡」収録(1965年11月)

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    木曽節




    ソーラン節




    会津磐梯山



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    「七夕に贈る 愛の歌物語」

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    「見上げてごらん夜の星を」全員

    ステージ中央奥が舟木さん


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    それぞれの歌手による楽曲の紹介

    「星空に両手を」布施 明 市川由紀乃

    「月がとっても青いから」さくらまや 岩佐美咲

    「黄昏のビギン」岩崎宏美 平原綾香

    「星屑の町」竹島 宏

    舟木さんが紹介されたのは、ご自身もカヴァーなさっている「夢一夜」南 こうせつ

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    慣れない楽曲紹介は歌うよりタイヘン…と

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    「星影のワルツ」千 昌夫

    「星影の小径」布施 明

    「七夕の願い事」をテーマにおしゃべり…

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    「ダンスがうまくなりたい」という、さくらまやさんとアドバイスする岩佐さん…舟木さんもこうせつさんもお父さんみたいな顔つき(笑)

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    ベテランは全員挙手(笑)、舟木さんが代表で…「歌手としても長生きしたい!」

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    「Jupiter」平原 綾香

    「命咲かせて」市川 由紀乃

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    「光の軌跡」岩崎 宏美

    岩崎宏美さんが歌っていらっしゃる間に、衣装替えをした舟木さん

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    南こうせつさん作曲の「春はまた君を彩る」の紹介があって、こうせつさんが、小学生の頃に「高校三年生」をきいてた…と言えば、舟木さんも負けずに4つしか違わないと反撃(笑)僕のことを「昭和の大スター」なんて紹介して年寄り扱いするんですよ…とイキぴったりの面白ろトークで沸かせました。


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     こうせつさんのギターで「春はまた君を彩る」テレビ初公開、ビッグなお二人の夢の共演 

    「春はまた君を彩る」 舟木 一夫

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    歌い終わると舟木さんが、こうせつさんの方を振り返って右手を差し出しハイタッチ&握手

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    「春はまた君を彩る」のステージの背景があたたかなとってもきれいな桜色で、梅雨のうっとうしい季節であることを忘れさせてくれるような、爽やかさに包まれました。

    この日のテーマは「愛の歌物語」…「春はまた君を彩る」は、やっぱり究極の「愛の歌」なのかもしれませんね。終始にこやかで楽しそうな舟木さん、ますます「春また君を彩る」への想いを大きく深くされたことと思います。作曲者であるこうせつさんとのコラボで、この曲の香りがいつにもましてしみじみと伝わってきたように思いました。

    携帯のシャッターが落ちる速度がめっちゃ遅いので、直前の舟木さんのアップのお顔の残像が重なってちょっといい感じ?(笑)

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    春はまた君を彩る   作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ

    冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう
    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと

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    本日のさんぽ径で見つけた百日紅(サルスベリ)

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    舟友のkazuyanさんの、京都南座7月2日「お出迎え」の写真を舟木さん歌唱の「燦く星座」BGMで動画化されたものをご紹介します。kazuyanさん、この度も、お骨折りをありがとうございました。


    敦盛さんに妻がいた…ちょっとショック!?

    京都五条大橋北詰、木屋町通側の緑地公園の扇塚は平敦盛の室(妻)蓮華院尼ゆかりのスポット。
    7月2日の昼の部終わりでホテルに預けていた荷物を取りに行って高速バスの乗り場に向かう途中五条大橋を渡りましたので、カシャッ!と撮影してきました。

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    「扇塚」は、「扇発祥の地」を記念して建立したものです。

    平安時代に平敦盛の妻が、夫の死後、菩提を弔うために出家して「蓮華院尼」となり、現在、扇塚のある鴨川五条西詰にあった「平時宗御影堂」に入りました。
    ここの寺の僧と共に作りはじめた扇子がその後「御影堂扇」として有名になり、多くの扇工が五
    条界隈に集ったという故事にちなんでおります。
    (京都ガイドブック)

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    *ちなみに私が住んでいた家は扇塚のすぐ近くでした。河原町通「ひと・まち交流館」の数軒南でした。下記の説明にもあるように大きな扇屋さんが、渉成園の近くにもあります。

    敦盛の妻・玉織姫伝説  

    玉織姫は平敦盛の室で、広島・庄原では『姫御さん』と呼ばれた。 敦盛は平教盛の子で、玉織姫
    は、敦盛がどこかで生きているとの言い伝えを頼りに各地を巡り歩き、庄原に至ってそこに住んだ
    、という。庄原市春田にはその玉織姫の墓といわれるものが残っている。平家物語では、平敦盛は
    右大弁時宗の娘と恋に落ちていることから、時宗の娘が玉織姫なのかもしれない。


    文楽・歌舞伎の演目として有名な「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」にも敦盛の妻「玉織姫」は登場します。歌にもあるように享年16歳の敦盛さん。当時の16歳といえば立派な大人ですし名門の公達なのですから、なおのこと妻がいても、不思議ではないんですね。

    ~以下は「一谷嫩軍記」で、敦盛と玉織姫について記されている部分~
    (この文楽狂言では、敦盛とともに玉織姫も死んでしまうという結末です)

    初段(経盛館の段)                                     敦盛/直実/玉織姫

    イメージ 4平家が拠点としていた福原の御所も、いまでは一門はそこを立ち退き、残っているのは平経盛とその身内だけであった。経盛は養女の玉織姫を、自分の息子である平敦盛といずれ夫婦にしようと決めていたが、折からの源平の争いでまだそれが叶わなかった。そこに都から時忠の使者大館玄蕃が訪れ、主人時忠の意向により玉織姫を引き渡せという。経盛は姫のためを思って玄蕃に姫を渡そうとするが、玄蕃が時忠が姫を呼び戻すのは平山武者所に嫁がせるためだというと、いきなり姫は玄蕃が指している刀を奪い、玄蕃を斬り殺した。これはと経盛は仰天するが、姫は敦盛のほかに夫はないと心に決めていたのである。経盛の妻で敦盛の生母藤の方はよくやったと姫を誉め、敦盛を呼んで姫と祝言の盃をさせるのだった。だがこのとき経盛はみなの前で思いもよらぬことを語った

    藤の方はもと後白河院に仕えた女房であったが、経盛の妻となる前すでに懐妊しており、そののち産み落としたのが敦盛であった。つまり敦盛はじつは、後白河院の落胤だったのである。しかし平家の命運は尽き、いずれこのままでは敦盛も一門とともに命を落とすことになるであろう。そうなるまえに藤の方と玉織姫を連れてすぐさまここを立ち退き、都に上って身を隠しいずれ院を頼るようにと経盛は敦盛に言い聞かせる。敦盛はいったんはそれを拒むが、経盛に聞き分けなければこの場で切腹するといわれ、致し方なく承知する。敦盛をはじめとする人々はその用意に奥へと入る。

             文楽人形の玉織姫図

    イメージ 5そこにいまは八島に向けて安徳天皇とともに落ち延びている平宗盛から、経盛に宛てて書状が届く。安徳天皇や建礼門院を守護するための援軍として出立せよとの知らせであった。経盛は敦盛や藤の方に告げる暇もなく、その場を立ち去った。だがそのあとで敦盛は緋縅の鎧兜に身を固め、騎馬で出陣しようとする。藤の方はこれを見て驚くが、敦盛は経盛のいうことを聞くようには見せたものの、やはり平家の一門として討死をする覚悟だったのである。その姿を見た玉織姫は自分もともに連れて行ってと頼み、藤の方も姫を連れて行くよう勧めるので、敦盛は姫を連れて一谷へと向うのであった。

    ふたりを見送った藤の方は、声をあげて泣いた。じつは幼いころより舞楽を好み、戦のことなど何一つ知らぬ敦盛。それが戦場に出たならばすぐさま討取られるのは知れたこと、それを送り出し姫まで付き添わせたのは、臆病者のそしりを免れさせ、また敦盛と姫をせめて少しでも、夫婦として一緒にいさせてやりたいと思う心からであった。だがそこへ平山武者所の手下どもが玉織姫を奪いに攻め入ってきた。藤の方に仕える奥女中たちはてんでに薙刀や刀を持って応戦し、藤の方は経盛のあとを追って落ち延びてゆく。

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    二段目(一谷陣門の段)

    敦盛は平家方の大将として、須磨の浦を近くにする一谷で陣を構えている。月もない夜、そこに熊谷直実の息子小次郎がひとり先陣に駆けつけ、その陣門の前まできた。すると陣の中から管弦の音が聞える。小次郎は、自分たちのような荒々しい田舎の者に比べ、かかる戦場においても管弦の音を奏でる平家方の優美さよと心を動かされるのであった。

    そこへ平山武者所も、ひとり先陣を争って馬に乗り駆けつける。平山は小次郎に先陣を譲るので、小次郎は名乗りをあげて陣中へと入り、平家方の手勢と斬りあいとなる。ほどなく熊谷直実も現れ、これも陣中へと切り込むが、やがて小次郎が手傷を負ったといって小次郎を抱え、すさまじい勢いで立ち去った。平山は熊谷親子の手柄を横取りしようと考えていたのだが当てが外れたと思うところ、敦盛が鎧兜に身を固め馬に乗って現れる。平山は敵勢も自分に襲い掛かってくるので、あわててその場から逃げ出し、敦盛はそれを追いかけてゆく。

    イメージ 10二段目(須磨浦の段)

    いっぽう敦盛とは離れ離れになった玉織姫は、敦盛の姿を求めて須磨の浦までさまよい出ていた。だがそこに平山が現れ姫を捕まえ、自分の妻となるよう迫る。しかしあくまでも敦盛を慕う姫はそれを拒み平山を罵るので、ついに平山は怒り姫の胸に刀を突き刺した。そのとき背後に声が上がり、平山は平家の手勢が自分を追ってきたのかと恐れその場を逃げ去る。

    二段目(組討の段)

    平家の軍はほとんどが船に乗り、八島へ向けて退こうとしている。須磨の浜の波打ち際、敦盛もその船を目指し沖に向って馬を走らせる途中、声を掛けたのはこれも騎馬の熊谷直実。引き返して勝負あれとの熊谷の言葉に、敦盛は引き返し、熊谷と一騎討ちの勝負に及ぶ。やがて互いは獲物も捨てて組み合ううちに馬より落ち、最後は熊谷が敦盛を組み伏せた。しかし熊谷は、覚悟を極め自分の首をとれとしおらしくいう敦盛を憐れみ逃がそうとするが、その様子を平山武者所が、離れたところから手勢を率いて見ていた。わざわざ組み敷いておきながら平家方の大将を逃がすとは、熊谷には二心あるに極まったと声高に罵る。敦盛は自分の回向を頼み、熊谷はやむを得ず、ためらいながらも「未来は必ず一蓮托生」と願い、敦盛の首を討ち落とした。

    平山に深手を負わされ倒れていた玉織姫は、敦盛を討ち取ったというのを聞き何者が敦盛を討ったのかと弱々しく声をかける。熊谷はそれに気づいて姫のそばに駆け寄る。熊谷は姫が敦盛の妻であるというので、せめてものことに討ったばかりの首を姫に抱かせるが、姫はもはや目も見えず、敦盛の死を嘆き悲しみながら息絶えた。都以外のことを知らぬ貴公子や姫君のかかる最期の無惨さに、敵方である熊谷も涙するのだった。熊谷は敦盛と姫の死骸を馬の背に乗せ、首を片手に抱え馬を曳きながら自らの陣所へと帰った。


    敦盛哀歌   作詩:村上元三  作曲:古賀政男
    https://youtu.be/laTbU6cxTFw  (1977年ver.)



    本日のさんぽ径で見つけた水蓮の花

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    先日の放送がアップされているのに気付きました。ご覧になれなかった方は、お楽しみくださいね。
    期間限定公開かもしれませんので、見られない場合はご容赦くださいね。

    NHK歌謡コンサート「七夕に贈る 愛の歌物語」(7月7日放映分)
    http://www.myvi.ru/watch/07200027071_IntwavBuFES7X8pJm7EHDA2

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    先日の歌謡コンサートのラストで司会の高村アナウンサーより、来週(7月14日)「歌・人・心 船村徹名曲選」の紹介がありました。舟木さんは、この日は相模女子大グリーンホールでのコンサートですし、ご出演はありませんが、船村先生特集ですので、多くの方にご覧いただきたいです。

    放送される楽曲は以下の予定のようです。

    風雪ながれ旅」/兄弟船/女の港/柿の木坂の家/矢切の渡し/東京だヨおっ母さん/別れの一本杉
    みだれ髪/なみだ船

    船村先生の作品のバリエーションの豊富さについてシアターコンサート「演歌の旅人~船村徹」のトークの中でも、舟木さんが触れられましたが、舟木さんに提供された曲だけを見てもその幅広さがよくわかります。

    2015年8月19日に発売予定のアルバム「舟木一夫 船村徹を唄う ~その人は昔~」収録曲

    イメージ 4夢のハワイで盆踊り/東京百年/踊ろうぼくと/太陽にヤァ!/ブルー・トランペット/夏子の季節/あいつと私/心こめて愛する人へ/夕笛/夜霧の果てに/オレは坊ちゃん/喧嘩鳶(野狐三次)/ああ桜田門/帰郷/サンチャゴの鐘/津和野川/春哀し/「その人は昔」のテーマ 

    上記のアルバムに収められたもの以外にも、船村先生の作品はたくさんありますが、中でも、私が、大好きな「星の夜北へ帰る」をご紹介します。

    船村先生の素晴らしくスケールの大きな世界を知らしめるような作品だと思います。

    今年の1月下旬に舟友のkazuyanさんにリクエストして動画化していただきました。生のステージでは2度ほど聴かせていただきましたが、できれば舟木さんのオリジナルの船村作品を一気にまとめた企画のステージなどもしていただけたらと思っていますし、その時はこの曲もリストアップしていただけたらとひそかに願っています。







    星の夜北へ帰る 作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    (kazuyanさんの動画です)





    イメージ 1星の夜北へ帰る 作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    (1977年 15周年記念アルバム舟木一夫大全集「限りない青春の季節」
    未発売オリジナル12曲)収録
     

    果てしなき 荒野を行けば
    ほほぬらす 星の涙よ
    ふるさとは 母のいる国
    夜ごと見る 夢より遠し
     
    駒とめて 静寂(しじま)の中に
    あおぎ見る 星の思い出
    あの星は 指きりの星
    この星は 恋そめし星
     
    花咲けど その名も知らず
    若き日の 君は旅人
    人の世の 運命(さだめ)はかなく
    あの星に いつの日逢わん



    以下は、「星の夜北へ帰る」について書いた日記です ↓(参考)
    舟友さんの最新動画「星の夜北へ帰る」(15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録)
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70087548.html





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    わが家の菩提寺である桑名別院の境内にある菩提樹に実がついていました

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    その1  NHK歌謡コンサート 2015年7月7日 「七夕に贈る 愛の歌物語」Full
    https://youtu.be/ldtuyl-a6CM





    その2 7月7日(火)放送 「歌謡コンサート」放送、「春はまた君を彩る」歌唱部分のみ






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    残念ながらフルコーラスではありませんでしたが南こうせつさんとのコラボはとってもステキでしたね。初めてテレビで「春はまた君を彩る」を歌われたのがこうせつさんとの共演というのは、何より嬉しいことですし、また。貴重な映像記録となったように思います。多局ではなかなか実現できそうもない景色だったのではないでしょうか?

    ネット上に、先日のこうせつさんとの共演を果たした「歌謡コンサート」の動画も、続々とアップされていて、まだ「春はまた君を彩る」をお聴きになっていない方、ご存じない方のお耳にとまる機会が増えることで、ジワジワとこの曲が舟木さんファンのみならず、大きく広がっていくことを願っています。


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    春はまた君を彩る   作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ

    冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう
    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと



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    夏を代表する夾竹桃も咲き始めて、いよいよ盛夏も間近かな?

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    台風の影響で西日本は、強い雨が心配されますが、私の住む東海地方から東では、梅雨が明けたのかな?…と思わせる夏らしい日がしばらく続くようです。

    わが町では、「天下の奇祭・石取祭」の準備が始まると、いよいよ梅雨も明けて本格的な夏到来という気分になってきます。

    昨日、土曜日は早朝から家の前が騒がしいと思って、二階の窓からのぞいてみると、電線飾り付けの作業が行われていました。電線飾り…これは装飾というより、祭車が縦に長く、特に夜になって提灯部分を起こすと電線に引っかかってしまうために、電線の位置が低い町内では、こうして夜でも目立つように付けたものと思われますが、今は夜でも結構明るいですから、今となっては伝統的な祭りの準備作業というか儀式みたいな形になってきているのかも知れません。

    カンナ屑状の吹流しみたいなものを電線に引っかけていきます

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    黒い車の停車している杜が、北桑名神社です。ここの鳥居前で叩き出しをはじめます。本楽の日は、この神社から石取祭を取り仕切る市内で最も大きい神社である春日神社(桑名宗社)まで市内を鉦と太鼓で祭車を曳きながら練り歩いていきます。

    とにかく、こういう段取りを経て、徐々に祭りへのテンションが上がっていくのも、江戸時代の初期から続いているという地元の祭りの歴史の重さや、それぞれの時代の庶民の楽しみでもあった祭りというイベントへの想いを想像すると、どこか嬉しく心弾むような気がします。

    2015年の「石取祭」は8月1日と2日に開催されます。別の言い方をすれば、7月31日(金)の深夜12時(24時)を待って、鉦と太鼓で賑々しくスタート!

    今年のポスターです。女性が日本髪ですから明治期のものでしょうか?詳細は不明ですが調べておきます。

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            こちらは昭和30年代頃かな?                             こちらは大正期の祭車

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    「日本一やかましい祭り」だけに、なんだかとっても荒々しくて、しっとりした風情はないのですが、庶民のエネルギーの息吹は十分に感じられます。ちなみにわが家の「お祭り女」は1975年生まれの長女。どうやら父の弟(私の叔父)も「お祭り男」だったようで、各世代に、一家にひとりくらいは「祭好き」が出現するようですね(笑)

              こちらは昭和24年の祭車                  多分昭和30年頃…メンチきってる人相の悪い子は誰?(笑)

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    石取祭 叩き出しの様子、テンション最高潮です(笑)


    石取祭の前奏曲として、各町少年会や青年会達が隊を組みながら春日神社へ参拝するときに歌われるお祭り歌です
    子どもの頃、全く意味がわからないいまま歌ってました。今もわかりませんが(笑)

    お勝さん 

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    桑名石取祭保存会 公式ホームページ
    http://isidori.jp/


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    チャッカリとわが町自慢?をしてしまいましたが、ここらで「渚のお嬢さん」を聴いてみてくださいね。

    海とは、あまり縁がないのですっかり忘れてましたが、ニュースでは湘南の海岸でも「海開き」が始まっているようですね。早速に「海の事故」という悲しいニュースも入っていますので、安全に十分注意して海のレジャーを楽しんでいただきたいと願っています。

     渚のお嬢さん



    イメージ 11渚のお嬢さん  作詩:関沢新一 作曲:松尾健司
    https://youtu.be/8sqw00pPklA (kazuyanさんの動画です)
    (1965年7月 カップリング曲「月とヨットと遠い)」)

    きらめく太陽 光る海
    渚を走るよ 白い波
    呼べば笑顔で 手をふった
    小麦いろした えくぼの娘
    どこの人やら・・・
    渚の若い お嬢さん

    真昼の夢なら いつまでも
    心にしまって おきたいな
    水にぬれてる くろい髪
    風がウクレレ ならしてる
    恋のあの唄・・・
    渚の若い お嬢さん
     
    イメージ 12いちど会ったら つぎの日も
    会いたくなるよな 人だもの
    リズム・ビーチで 踊ろうよ
    海と希望と 太陽と
    みんな青春・・・
    渚の若い お嬢さん










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    7月14日(火)は相模女子大グリーンホールでのコンサートです。13日に上京し、新橋演舞場で歌舞伎の花形役者さんたちによる話題の「阿弖流為」を観劇して、翌日のコンサートを昼の部だけ拝見して帰宅します。また、舟木さんのステージでのご様子を報告できればと思っています。

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    歌謡コンサート「春はまた君を彩る」



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