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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    青いアガパンサスは、よく見ますが白は、珍しい気がします

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    ラッキーにも、たまたま、「青春歌謡」というコーナーを放送しているところを見ることができました。「御三家」のトップとして、デビュー当時の舟木さんがほんの少しでしたがライブ映像で紹介されました。


    デビューされた頃の、マルベル堂のプロマイド売上です

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    舟友さんが撮影されたものです。感謝とともにご紹介させていただきます。私は、お風呂上りで撮影する間もなく残念!

    まろまろ一笑懸命/実はスゴかった!戦後の昭和歌謡史4時間スペシャル

    追記:youtubeにもアップされました



    舟木さんの登場は1:28:00あたり「青春歌謡」です ↑


    下記の画像はyoutube動画から撮影したものです

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    この「楡(エルム)の雨」は、六月の歌ですが、本格的な梅雨明けまではまだしばらくかかりそうですから、時期としては今がいいんじゃないかと思い、いつもお世話になっている舟友のkazuyanさんに動画化をお願いしました。

    これまで、多分、動画としてアップされていない曲でもあり、舟木さんのファンの中にはお好きな方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。また、まだここ三年ほどしかコンサートに通っていない私も2回ステージでお聴きしていますから。きっと舟木さんご自身もお気に入りの曲のように推察しています。「楡」と書いて、「エルム」、そして、あの「ニレ」と読みますよね。「高校三年生」で歌われている「ニレ」を、大人になった三十代の舟木さんが「恋の歌」として「エルム」という呼び名で歌っていらっしゃることも、何かほのぼのとしたドラマチックなものを想像させて私のお気に入り歌のひとつです。
    爽やかな明るいラブソングで、梅雨のうっとうしさも吹き飛びそうですね。kazuyanさんへの感謝を込めてご紹介させていただきます。皆さま、お楽しみ下さいね。


    楡(エルム)の雨 



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    イメージ 2楡(エルム)の雨  作詩:吉田旺  作曲:遠藤実
    (1975年 アルバム「暦 12ヶ月の愛の詩」収録 六月の詩)

    楡(エルム)並木に降る雨は
    若葉とかした うすみどり
    傘をさす手が ゆびさきが
    ふれてはなれて またふれて
    いつかふたりを 寄り添わす
    なんてすてきな 雨だろう

    雨が流れる ひろい窓
    並木通りの 角の店
    うるむ目線が ゆらゆらと
    ゆれてからんで 燃えてゆく
    帰りたくない 日暮れどき
    なんてすてきな 雨だろう

    傘にかくれた くちづけは
    青い楡(エルム)の 味がする
    首をかたむけ つめをかみ
    次の約束 待つひとの
    レインコートに きらきらと
    なんてすてきな 雨だろう



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    ギリギリ「お出迎え」に間に合いました。

    炎天下でしたが、2727から降りて、かなり長くポーズをとってくださいました。

    久し振りにマイ・ガラケーで撮影できました。

    道路隔ててかなり後ろの方からの撮影でしたが、なんとか3枚。

    そのあと、敷地の奥の方までゆっくり歩いていかれました。
    素敵な後ろ姿にファンの皆さんうっとり

    舟木さん、ありがとうございました、皆さん口々に、舟木さんの大サービスに声をかけていらっしゃいました。

    のどかな「お出迎え」ができましたよ。

    時間は12時ちょっと前あたりでした。

    取り急ぎ、携帯からの速報でした。

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    皆さまの地方では、台風の影響はいかがでしょうか?ここ東海地方は、いきなり強い雨が降ってきたり、薄日が差してムシムシと暑くなってきたり、風もかなり強くなってきています。大きな被害に至らないことを祈っております。

    昨日のさんぽ径でみつけた満開の白百合

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    コンサート当日の14日は関東地方も猛暑に見舞われましたが、コンサート開催日が台風に遭遇することからは免れることができて幸運でした。

    相模女子大グリーンホールでのコンサートは14日でしたが、前日から東京入りして、新橋演舞場で上演
    中の「阿弖流為(アテルイ)」を観劇しました。ちょっとだけ「阿弖流為」について…しばし、ガマンしてお付き合いくださいね。

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    京都市清水寺境内の阿弖流為の供養石碑

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    石碑に刻まれているのは、現在の岩手県奥州市地域を本拠地とした蝦夷(えみし)の首長・阿弖流為(アテルイ)と母禮(モレ)の名前です。二人は平安朝廷の東北平定政策に対して勇敢に戦いましたが、郷土の犠牲に心を痛め、征夷大将軍・坂上田村麻呂公の軍門に下りました。将軍は両雄の武勇、器量を惜しみ朝廷に助命嘆願しましたが、許されず処刑されてしまいました。石碑は、平安建都1200年を期して1994(平成6)年に有志により建立されました。

    松竹創業120周年 歌舞伎NEXT 上演期間 平成27年7月5日(日)~27日(月)

    イメージ 5配役  
    阿弖流為:市川染五郎 
    坂上田村麻呂利仁:中村勘九郎 
    立烏帽子/鈴鹿:中村七之助(二役)


    阿弖流為 あらすじ 

    古き時代、日の国――。大和朝廷は帝による国家統一のため、帝人(みかどびと)軍を北の地に送り、そこに住むまつとわぬ民、蝦夷(えみし)に戦を仕掛けていた。その頃、都では、蝦夷の“立烏帽子(たてえぼし)党”と名のる盗賊一味が人々を襲っていた。それを止める一人の踊り女。彼女こそ立烏帽子。女だてらの立烏帽子党の頭目だった。町を襲う盗賊がイメージ 6自分たちの名を騙る偽者であること暴くため変装していたのだ。そこに都の若き役人、坂上田村麻呂もかけつける。さらに“北の狼”と名のる男も現れ、偽立烏帽子党を捕える。この事件をきっかけに北の狼と田村麻呂は、互いに相手に一目置くようになる。だが、北の狼と立烏帽子は、蝦夷が信じる荒覇吐(あらはばき)神の怒りを買い、故郷を追放された男女だった。

    北の狼の本当の名前は、阿弖流為(アテルイ)。故郷を守り帝人軍と戦うため、立烏帽子と二人、蝦夷の里に戻ることにする。荒覇吐神の怒りをおさめた阿弖流為は、蝦夷の兵を率い、帝人軍と戦う。彼の帰還を快く思わぬ蝦夷の男、蛮甲の裏切りにあいながらも、胆沢の砦を取り戻した彼は、いつしか蝦夷の新しい長として一族を率いていく。

    一方、田村麻呂も、帝の巫女である姉、御霊御前(みたまごぜん)や右大臣藤原稀継(ふじわらのまれつぐ)らの推挙により、蝦夷大将軍として、蝦夷との戦いに赴くことになってしまう。阿弖流為と田村麻呂、互いに認め合う二人の英傑が、抗えぬ運命によって、雌雄を決する時が来ようとしていた。

    私は、例によってテレビ離れしていたので、大河ドラマも見てませんでしたので全然知りませんでしたが、NHK大河ドラマ「炎立つ」(1993年)でアテルイを演じられたのが里見浩太朗さんだったそうです。

    演舞場のロビーの看板の下のパンフレット棚には数あるパンフの中から舟木さんの特別公演のパンフが置かれてました

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                 ↑舟木一夫特別公演パンフ

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    舟木一夫 コンサート 2015 相模女子大グリーンホール  7月14日

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    舟木さんの「お出迎え」の模様を「速報!」としてリアルタイムで、携帯からお知らせしましたので、舟
    木さんがお元気なご様子がわかってきっと皆さんご安心なさっているかと思いますので、ヘタなレポートは不要かと思いましたが、一応、簡単に、トーク内容をメモした部分のみ、ご報告させていただきますね舟木さんのトーク部分はピンク文字です。

    開演時刻、緞帳が降りたままで、「高原のお嬢さん」バラードスタイルの舟木さんの歌声が流れます。
    ツーコラス目から緞帳が上がって舟木さんの姿が現れます。


    イメージ 9高原のお嬢さん  1977年再録音盤
    https://youtu.be/lVMCWsjnNQ8

    今日は暑いですね…当たり前です、7月半ばですから(笑)例年より梅雨が長いようですが…お暑い中、ようこそお越しいただきましてありがとうございます。
    この(ステージの)後は、「NHKのど自慢」に出て、ちょっとお休みをいただくということで…
    どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。

    イメージ 10~プレゼントタイム/メドレー

    花咲く乙女たち

    くちなしのバラード

    東京は恋する
    https://youtu.be/j5JGg6EKfbA (kazuyanさんの動画です)


    北国の街

    友を送る歌

    ステージでは、単独で歌っている歌は意外に少ないんですね。最低でも3曲、多い時は10曲ぐらいつながりのいい歌をつなげています…今のが、つながりが良かったのかどうだったのか(笑)

    今は、一ヶ月に4日ぐらいしかコンサートできないんですよ。体力の回復が遅くなってきてます。ご自身が納得できる万全の体調で歌を聴いていただきたいという舟木さんの真摯な想いが、最低でも中4日の休息をとってコンサートのスケジュールを立てているという説明で、ヒシヒシと伝わってきました。

    後半のラストでおきかせしますが、先日「歌謡コンサート」で新曲を歌ったんですが、新曲だったワリには歌詩を間違えたんですが(笑)
    わざわざ自己申告されましたが、正しくは間違えそうになった?ということかな?

     こんな感じでしたよね ↓



    その後、「歌詩間違え」つながりの話題ということなのか、BS朝日で放送予定の美空ひばりさんの特集番組にインタビュー取材を受けられた時のお話しがありましたが、舟木さんが最初と最後に「ここだけのハナシ」と念を押されましたから、申し訳ないですが、詳細はアップできませ~ん(笑)

    *ヒントは、舟木さんが「シアターコンサート 演歌の旅人 船村徹の世界」のアンコールで歌っていらっしゃる「三味線マドロス」についてです。BS放送をご覧になれる方は、注意深くお聴きになって下さいね(笑)

    イメージ 133っつばかりラブソングをつなげて…

    その人は昔のテーマ

    哀愁の夜   
    https://youtu.be/x1vl2DFuWt4 (kazuyanさんの動画です)

    眠らない青春

    この日はサックスが小林さんじゃなかったのですが、いつにも増してノリノリのアドリブ演奏で長~ぁい(笑)舟木さん、あたたかなまなざしで、「好きに長くやっていいよ、って言ったらアレですよ(笑)

    さっきの話の続きみたいですが、年令とともに体力も衰えてきたし、声だって身体の一部ですから…



    舟木さんの持論でしょうか、ボイストレーニングと言っても、やはりお客さんを前にして本番のステージで歌うことが最善のボイストレーニングだという意味合いのことをおっしゃいました。
    ですから、コンスタントにコンサート活動ができるということを、僕なんか幸せものでしょうね。としみじみおっしゃっいました。これは舟木さんの実感なのでしょうね。

    一ヶ月公演では…とお芝居とコンサートの二部制について、芝居の声とコンサートの声は違っているからそのバランスなんですね。コンサートは、一日50曲から60曲、一ヶ月公演のコンサートと一日20曲くらいの差があって、その差が大きいんです…でも。70にしては、そこそこ頑張ってると…(拍手)何ですか?…70にしてはと前置きつけたのに拍手いただいても…とテレ隠し(笑)でも、お顔はニコニコでした。

    2年くらい前から、先輩たちの流行歌、古典の名曲というのを楽しんでいただこうと選んでますが今年は軽めのポップス系2つを並べてます。

    ~日本の名曲たち~

    空に星があるように  
    https://youtu.be/SOWs6LocZao (kazuyanさん動画)


    上を向いて歩こう

    さりげなくていい歌ですよね。時代の中に置き去りにされるというとなんですが、こういう歌をおきかせするのは悪いことではないでしょう。
    コンサートというのはたまには参加するのも…お尻を上げていただいてちょっと騒いでいただいて…

    イメージ 14ジャケットを脱いで、軽やかにいつものスタンディングコーナー。

    銭形平次
     ~スタンディング&サインボール

    新曲 そばにいるから
    ~スタンディング

    最初のは「銭形平次」、2つ目はあとでおきかせする新曲のカップリングです。「銭形平次」は福山雅治さんが、最近のアルバムに入れてくれてます。この間、電話で話しましたが「最近、銭形平次を御贔屓下さっているそうで、どうも」…と云ったら「いやいや~ッ!」って、ちょっと福山調で(笑)

    ふつうでいったらあの頃、ああいう歌が出てくるのはむつかしい…作品の力なんですね。そういう意味で彼が「銭形平次」を「日本の名曲」のひとつのように思ったんでしょうね。あの歌はむつかしいんです。音域が広いし、上がり下がりがあって…松山

    (福山というところを松山と言われたのかな?自分でツッこんでいらっしゃいました)全然、方角が違う(笑)…トークしながら白のジャケットに着替えつつ、また暑いから半分だけ…と左肩だけにジャケットをひっかける最近の舟木さんのお気に入りのスタイル(笑)

    ここから後半に入ります。デビュー曲からいろんなカーブがありました。北国の街、高原のお嬢さん、哀愁の夜…色んな歌が出て、抒情歌が出てきた…そんなのをメドレーで。


    ~抒情歌のメドレー

    イメージ 15絶唱
     (kazuyanさんの動画) *吉野木挽唄から絶唱ver.

    まだ見ぬ君を恋うる歌

    あゝりんどうの花咲けど
    https://youtu.be/45GtWRouRPg 
    (kazuyanさんの動画)


    夕月の乙女

    夕笛  

     夕笛のオルゴール~夕月の乙女 ver. (kazuyanさんの動画)



    初恋    イメージ 11

    浮世まかせ
    https://youtu.be/U0o1uQ11CLo (kazuyanさんの動画)



    さっき70になったと言いましたが、なんのことはない、あと4ヶ月で71になる(笑)72が来ると次の1月からメモリアルイヤー…ということになるんですが、そうすると55周年になるわけですが(拍手)
    それが過ぎると、もうどこまで歌っていけるかわからない。55周年が過ぎると73、その時どうなってるのかヨボヨボになってるのか…
    ヨボヨボってねぇ、舟木さんのおっしゃる「ヨボヨボ」のイメージがどんなのかわからないで~す(笑)

    さてラストブロックは何をおきかせするかと……恥も外聞もなく52、3年前の歌を並べてみました。

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    あゝ青春の胸の血は

    君たちがいて僕がいた
    https://youtu.be/IwxBJnOgbFE (kazuyanさんの動画/映画場面付)




    高校三年生


    学園広場    (kazuyanさん/1977年再録音盤)




    少年いろの空   (kazuyanさんの動画) *風~少年いろの空



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    一度降りた幕が大きな拍手とともに上がってジャケットを黒に着替えた舟木さんが登場

    アンコール
    ~新曲・春はまた君を彩る

    いいタイミングでいい歌に出逢うのはむつかしいんですが、今回の新曲は皆さんのお力でヒット曲にしたいただきたい…というのは50代以上の人はCDを買わないからヒット曲は出ないというのをきいて悔しかった。だからヒットさせたい!(笑) この歌は大人の歌だと思います。


    長いこと歌ってきた歌い手が歌い、同じように旅を続けてきたお客さまに聴いていただく…そういう世代間の共感の中で、静かに広がっていってほしい…という想いが「ヒット」という言葉に込められているのだと思いました。短期決戦ではなく、ふと何かにぶつかったとき、しみじみこの歌があって良かったと心癒されるようなポジションを獲得していく歌として育っていくことを私も心から願っています。

    19日の「NHKのど自慢」出演のあとは、いつもよりちょっと長いお休みのようです。夏の盛りですので、舟木さんにも十分に休養と充電期間をとっていただきたいですね。


    春はまた君を彩る  オリコンランキング  7月14日付 29位に返り咲きました


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    新曲のランキング推移としては、いい感じの流れだと思います。ジワジワ、息長く、ひとりでも多くの方の耳に届きますように!

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    舟友のkauzuyanさんが自家菜園で育てられたトマトベリーが主役の動画です。
    「夏子の季節」BGMで


    台風も日本海に抜けて、徐々に夏らしい陽射しになりつつありますね。小さな子どもの、つやつやのホッペのような愛らしいミニトマトが、kazuyanさんの手にかかるとメルヘンチックなこんなカワイイ動画になるんですね。参りましたぁ~ッ


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    ついでに、わが家の畑のトマトたちもご紹介しておきますね

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    収穫後

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    こちらはミニトマト


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    長方形っぽいのは「愛子」という名前です。カワイイ!

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    「気負うことなく精進重ねる」=歌舞伎俳優の片岡仁左衛門さん-人間国宝

    私の大好きな片岡仁左衛門さんが、人間国宝に認定されたということを昨晩遅くに知りました。
    ちょうど、今、大阪松竹座・七月大歌舞伎の夜の部で仁左衛門さん主演の「通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」が上演中です。母の体調があまりよくないので、行けないとあきらめていましたが、妹が助っ人で里帰りしてくれることになり、お祝いの想いも込めて、この演目だけ、とんぼ返りで観劇してこようと思っています。

    通し狂言 絵本合法衢 

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    このチラシは2012年4月の国立劇場のものです。この時も観劇しましたが、ちょっと難解だったので今回はしっかり拝見してこようと今から国立劇場の筋書(パンフ)を読み直しておさらいしています。

    わが家は新聞はとってませんのでこれは母の病院に付き添いで行ったのでたまたま読みました。携帯でカシャッ!しました

    イメージ 7十五代目 片岡 仁左衛門
    (じゅうごだいめ かたおか にざえもん)

    1944年3月14日 生まれ。歌舞伎役者、俳優。屋号は松嶋屋。本名及び旧芸名は片岡 孝夫(かたおか たかお)。半世紀近くにわたって本名のまま舞台に立ち続けていたので、大名跡「仁左衛門」を襲名した今日でも「孝夫」と呼ぶ人は多い。
    現代の歌舞伎を代表する人気歌舞伎俳優。すらりと背が高く色気のある二枚目。「女殺油地獄」の与兵衛が絶賛され、五代目坂東玉三郎との孝玉コンビが人気を集めるなどの実績から、長男の継承が多い歌舞伎界の中で、父十三代目片岡仁左衛門や永山武臣松竹会長により三男ながらも抜擢された。









    歌舞伎美人公式サイト/仁左衛門が重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)の喜びを語る
    http://www.kabuki-bito.jp/news/2015/07/post_1437.html


    舟木さんが舞台で演じられた「眠狂四郎」を、仁左衛門さんもテレビで演じていらっしゃいます。
    どちらも、チョー付の水も滴る二枚目ですから、お役がかぶるのですよね。

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    そして、今回、人間国宝に認定された文楽の豊竹嶋大夫さんも、私が一番好きな大夫ですので、重ねて嬉しく思っています。残念ながら、7月から8月にかけて国立文楽劇場で上演される「夏休み文楽公演」には出演されていないのですが、また秋の公演で嶋大夫さんのあの情味あふれる語りをお聴きできるのを楽しみにしています。

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    歌舞伎・文楽 インタビュー KENSYO vol.87  (2年ほど前のインタビュー記事です)
    http://www.nohkyogen.jp/kensyo/int/bunraku-kabuki/87/87i.html



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     舟木さんのテレビ出演情報 

    NHKのど自慢  7月19日(日)  午後0時15分~1時00分
    栃木県那須塩原市 / 那須塩原黒磯文化会館 

    舟木さんは、新曲「春はまた君を彩る」歌唱

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    スペシャルMCの香取慎吾さんに「歌わないの?」と舟木さん、「得意じゃないので…」と返す慎吾さん(笑)

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    やっぱり、どうしても出てくるのは国民歌謡「高校三年生」…しかも必ずコスプレ(笑)

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    なんと想定外の「夕笛」が出ましたよ。舟木さんより目立ってますね。この衣装で「夕笛」ってか?(笑)
    でも、見事に鐘は連打でした。おめでとうございま~す!


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    そして、いよいよ「春はまた君を彩る」

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    最後にチャンピオン発表…意外にも?「夕笛」を歌われた男性でした。舟木さんからトロフィー授与

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    舟木さん、暑い中、今日もお疲れ様でした。ゆっくりといい夏休みをお過ごしくださいね。


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    昨日も午前中、母が点滴をするので、病院に付き添って行ってきました。待っている間に病院に置いてある新聞を読んでいたら、竹内浩三さんの詩や生涯をドキュメンタリー映像として制作したという大学生たちの記事を見つけました。

    若い人たちが、こうして「負の歴史」からなにかを学び取ろうとしていることがとても頼もしく、若者たちに同じ轍を踏ませることは、何としても避けなくてはならないと思いました。「いつか来た道」への第一歩を踏み出してしまったような戦慄を覚える今日この頃ですので、日記に記させていただきました。

    以下は昨年の8月15日「終戦の日」の日記です。竹内浩三さんについても記しています(参考)

    終戦の日の「絶唱」 八月十五日 多くの犠牲の上に、この国の歴史があらたに始まった日を想って 合掌


    イメージ 1骨のうたう  竹内浩三

    戦死やあわれ
    兵隊の死ぬるや あわれ
    遠い他国で ひょんと死ぬるや
    だまって だれもいないところで
    ひょんと死ぬるや
    ふるさとの風
    こいびとの眼や
    ひょんと消ゆるや
    国のため
    大君のため
    死んでしまうや
    その心や
     
    白い箱にて 故国をながめる
    音もなく なんにもなく
    帰っては きましたけれど
    故国の人のよそよそしさや
    自分の事務や女のみだしなみが大切で
    骨は骨 骨を愛する人もなし
    骨は骨として 勲章をもらい
    高く崇められ ほまれは高し
    なれど 骨はききたかった
    絶大な愛情のひびきをききたかった
    がらがらどんどんと事務と常識が流れ
    故国は発展にいそがしかった
    女は 化粧にいそがしかった

    ああ 戦死やあわれ
    兵隊の死ぬるや あわれ
    こらえきれないさびしさや
    国のため
    大君のため
    死んでしまう
    その心や



    上記サイトより転載させていただきました。 7月19日(日)付

    比で戦死 詩人・竹内浩三の叫び 「日本が見えない」今も響く

    出征前の竹内浩三(中)。左は当時4歳の庄司乃ぶ代さん=庄司さん提供

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     「オレには日本が見えない」。太平洋戦争の真っただ中、三重県伊勢市出身の竹内浩三は、戦争の意味を問い、詩に書き続けながら二十三歳でフィリピンの野に散った。めいの庄司乃ぶ代さん(76)=津市=は、自衛隊を紛争地に派遣することを可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連法案を是が非とも成立させようとする政府の姿を見ながら、浩三兄ちゃんの詩をしきりに思う。「戦時中に書かれた言葉に今でも共感する。皮肉ですよね」
     二十一日から八月三十日まで、名古屋市名東区の「戦争と平和の資料館 ピースあいち」で企画展「竹内浩三の詩とその時代」が開かれる。
     浩三は伊勢市の呉服店に生まれた。十一歳の時に母が病死してから、姉で、庄司さんの母松島こうさん(故人)が母親代わりに。いたずら好きで天真らんまんだった明るい少年は、中学時代には風刺漫画雑誌を自主発行し、「僕は軍歌が大嫌いです。あんなヤバンな歌」と堂々と書いた。

    戦死した詩人竹内浩三について話す、めいの庄司乃ぶ代さん=津市で(長塚律撮影)
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     映画監督を志し、東京の日本大映画科へ入学した後は映画館や喫茶店、古書店に入り浸り、「空のように自由でありたい」と奔放に生きた。
     子どもと遊ぶのも好きで、庄司さんをかわいがった。膝の上に抱っこしては、敬愛していた宮沢賢治原作の映画「風の又三郎」の主題歌を歌ってくれた。「バリトンの低い声で耳に心地よかった」のを覚えている。
     浩三が出征したのは一九四二年で、庄司さんが四歳のころだった。
     詩は、愛読書のページの隙間や姉への手紙などに書かれた。入隊後、地元の陸軍部隊を経て茨城県つくば市の連隊へと転属。そこでも、昼夜延々と繰り返される演習の合間に、こっそりと手帳に「筑波日記」を書いた。四四年六月十九日のページにはこうある。
     「おれだって、人に負けないだけ、国のためにつくすすべはもっている。自分にあった仕事をあたえられたら、死ぬるともそれをやるよ。でも、キカン銃かついでたたかって死ぬるというのは、なさけない気がするんだ」
     六六年に三重県松阪市の戦没兵士の手紙集に「戦死やあはれ」と書いた詩「骨のうたう」が掲載され、世間の注目を浴びるようになった浩三。この国のあり方が問われている今だからこそ、庄司さんは多くの人に読んでほしいと願う。
     衆院を通過した安保法案は、人々を戦争に近づけるものだと思う。「日本をおかしくしてしまう。廃案にしてほしい」
     最近、よく思い出す浩三兄ちゃんの詩の一節がある。「戦争は悪の豪華版である。戦争しなくても建設はできる」
     (社会部・長田弘己)


    絶唱  作詩:西條八十  作曲:市川昭介  (1977年再吹込み盤)


    結ばれて 引き裂かれ 七年を西東

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    今年は梅雨が長引きそうだと予想されてましたがここ東海地方も梅雨明けしたようです。

    わが家の庭のオニユリが咲きました

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    沢田舟木さんがyoutubeにアップして下さいました。感謝と共にご紹介します。

    10枚組アルバム「限りない青春の季節」収録/舞台主題歌より 「維新の若人」と「薄桜記」

    維新の若人 作詩:村上元三 作曲:橋場清
    (1967年 明治座「維新の若人」主題歌/1977年吹込み音源)




    イメージ 3維新の若人 作詩:村上元三 作曲:橋場清
    (1967年 明治座「維新の若人」主題歌)

    恋も命も 風吹くままよ
    夜明けの空に ああはえる
    新撰組の心意気
    進め維新の 若人よ

    意地も未練も 散る花びらよ
    日暮れの空に ああ消える
    新撰組の 旗の色
    進め維新の 若人よ


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    「維新の若人」 序幕 第一場 金龍山浅草寺境内(文久三年二月)

    梅もちらほらと花をつけてきた文久三年二月、ここは江戸金龍山浅草寺。境内に小屋をかけているのは春駒屋おくら一座。女座長おくらの手裏剣の腕はすばらしく江戸中の人気を集めて大入り続きだ。そのおくら一座の楽屋口が騒がしい。
    酒に酔って抜き身を振り廻しているのは常州浪人芹沢鴨。一座の踊り子たちに酒の相手をしろと無理を言ってきたのを、踊り子たちは舞台があるからとことわったのがこの騒ぎの始まりだ。酒癖の悪い芹沢鴨、この返事を聞いてだまってはいない。同行の近藤勇らが止めるのもきかず、抜刀して楽屋に暴れ込んだという始末。男勝りのおくら、芹沢の乱暴をだまって見てはいない。腕の覚えの手裏剣を構えた。酔っているとはいえ芹沢鴨、神道無念流の達人だ。春駒屋のおくらの構えを見て、只物でない事に気づき芹沢はハッとした。両者の間に見えない火花が散った。
    その殺気の中に、すっと身を入れた男がいた。年の頃、二十と少し、野暮を嫌って、小紋着流し、落し差し。良い男は徳だ、どんな格好をしても、よく似合う。
    春駒屋おくらと芹沢鴨との間をまるくおさめた秋葉守之助は、近藤勇らと再会を約して別れた。近藤勇は同志の土方歳三、沖田総司らと芹沢一派と組んで新撰組として京都に上ることになっていたのだ。

    イメージ 9そんなところへ、守之助をたずねて佐伯良乃がやってきた。守之助と良乃はかつて許婚者の間柄であったが、いつか両家の交際もとだえ、守之助、良乃の約束も反故同然になっていた。その良乃に新しい縁談がもちあがった。それは尾張藩の能勢半之丞が良乃の美貌に目をつけての是非との話だ。能勢半之丞から金を借りている父の兵馬にはことわれない。だが良乃の心の底には守之助のことがあった。良乃は守之助に連れて逃げてくれと口説くが守之助はその良乃の願いを冷たく聞き流すのだ。良乃にはそんな守之助の態度がうらめしい。
    迫ってきた父の兵馬と能勢半之丞に連れ戻された良乃の後ろ姿を淋しく見送った守之助の心には、良乃をいとおしむ情があったが現在の二人のおかれている立場、時代の流れを考えれば、冷たく別れた方が良乃のためになる。
    木蔭よりひとりの僧があらわれた。「守之助、あとを追って良乃殿をとり戻すか」守之助は苦しげに言った。「和尚との約束がなければ…」和尚との約束とは?…孤独の影を背負った秋葉守之助の行く道は…
    舞台は、幕末風雲のさかまく京都に移る…



    薄桜記 作詩:土橋成男 作曲:船村徹
    (1971年 明治座「忠臣蔵異聞・薄桜記」主題歌/1977年吹込み盤)



    イメージ 5薄桜記 作詩:土橋成男 作曲:船村徹
    (1971年 明治座「忠臣蔵異聞・薄桜記」主題歌)

    風に咲く 色あざやかな桜花
    ひとの情を 知りそめし
    君に捧げん 命ぞと
    花に寄り添う 影ふたつ

    風に散る 心はかなき桜花
    奇しきえにしの いと乱れ
    世にすてられし 命ぞと
    月に別るる 影ふたつ
     
    風に泣く 定め悲しき桜花
    武士の意気地は 討入りの
    ともに捧げし 命ぞと
    雪に倒るる 影ふたつ

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    「薄桜記」 あらすじ (途中まで)


    イメージ 8ここは江戸、両国橋の袂・・江戸・元禄のなかごろ、夏祭りに賑わう広小路で二組の武士たちの間で争いが起こった。一組は一刀流堀内道場の門弟池沢武兵衛ら、もう一組は知心流道場の門人たちだ。いま、その名声で江戸を二分している堀内と知心流の二道場。互いの流派の優劣を競っていた。この争いも、堀内道場の門人たちが「丹下典膳にかかっては、いかなる剣法も通じまい」と言ったことから、一刀流が勝つか、知心流が勝つかの争いになったのだ。知心流の門人たちの執拗さに堀内道場のものも刀を抜いた。・・・その時、その白刃の間に割って入ったものがある。堀内道場の師範代高木敬之進だ。高木は一同に刀をひかせて知心流のものにも、礼を尽くして刀をおさめさせた。知心流の門弟たちもいやいやながら高木の腕のたつことを知っていては刀をおさめないわけにはいかなかった。
    争いもおさまって、祭りのにぎわいも元に帰った。人々の中から、高木に声をかけた男性的な風貌の武士・・高田
    馬場で伯父の決闘に駆けつけ村上兄弟、中津川祐見らを討ちとった中山安兵衛だ。その勇名はいまや江戸中に響いている。茶屋に休む、安兵衛と高木の話は、争いのタネとなった丹下典膳のことになった。典膳は、御直参、今は江戸を離れ、大阪勤番の役目をおおせつかっている。そして二年、留守を守る典膳の妻千春に、変な噂が立っているのも千春の美貌のせいかもしれない。そうしたところへ、うわさの丹下典膳の妻千春が通りかかった。心なしか顔の色はさえない。高木とは知り合いの仲、挨拶すると同時に高木は千春に安兵衛を引き合わせた。安兵衛の高名は千春も知っている。千春は「典膳も近々のうちに江戸に帰るとのこと、ぜひ、屋敷におこし下さい」と言って立ち去った。当代一と言われる剣士、丹下典膳が帰ってくる。安兵衛はまだ見ぬ、丹下典膳に障害の好敵手としての大きな影を見るのだった。一ヶ月後の秋の夕暮れ・・ここは麹町大通りにある丹下典膳の屋敷。大阪から帰った当主の無事を祝って祝宴を開くことになっている。座敷の庭先に老僕の嘉次平が大きな箱を持ち込んだ。正面の襖が開いて丹下典膳が現れた。典膳は嘉次平になにごとか云うと、その箱を隠させて奥に入った。客がそろった。千春の父長尾権兵衛と兄の竜之進はじめ、高木敬之進や旗本仲間が居並んだ。
    宴が進むにつれて、千春の父は上機嫌で謡が始まった。自慢するだけに権兵衛の声は響く。その時、典膳が刀を手にして静かに立ちあがった。そして、突如に奥の座敷に入りこんだ。典膳の鋭い気合いとなにやらケダモノの鳴き声・・・一同が総立ちになるところへ、典膳と狐の屍体を持った嘉次平が座敷に入ってきた。驚く一座の人たちに典膳は説明した。「拙者大阪勤番中、これなる妻千春にいかがわしき風評あり、拙者は木石ならぬ身故ひそかに懊悩致しおった。只今、庭先になにものかが忍び入ったる様子。それと思うて斬り捨ててみれば、ごらんの通りの白狐でござる」典膳は、妻の不義の噂を白狐のせいにしたのだ。
    しばらくの時が経ち、屋敷に残っているのは、長尾権兵衛と竜之進の親子。その二人に典膳は意外なことを云った。妻千春を離縁したいというのだ。驚いた二人は、その理由を問うが、典膳は答えない。激怒した竜之進は刀を抜き典膳の腕を斬りおとした。
    妻を離別したために、腕をなくした典膳は、直参旗本の地位も追われ、今は深川黒江町の裏長屋に忠僕嘉次平とともに住んでいた。片腕となっても世を捨てても典膳の非凡な剣を世間は見捨てない。一刀流堀内道場と知心流道場の争いはいよいよ熱をおびてきて、両道場でついに対抗試合をすることになった。・・・
     

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                                    NHKのど自慢 2015年7月19日 栃木県那須塩原市


    生放送終了後に、舟木さんがお客様に大サービスされたそうです。舟友さんから、こんなお知らせをいただきました。以下は舟友さんからちょうだいしたメールです。会場のお客様、ラッキーでしたね。

    「行かれた方からのメールでこの後、舟木さんは♪ああ青春の胸の血はと♪高校三年生を歌われたそうです。しかも、*あの方の詰め襟をきて…」(*「高校三年生」を歌われた方の詰襟)


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    太陽にヤア!  作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    https://youtu.be/NagxNzTqdf4(kazuyanさんの動画です)




    イメージ 3太陽にヤア! 作詩:関沢新一 作曲:船村徹
    (1966年6月発売)

    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    太陽みたい はちきれそうな
    まっかな まっかな 水着
    若いなぎさも 燃えている
    恋をするから 燃えている
    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    まっかな 水着 ヤァ!

    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    すてきな夜が 待ってるみたい
    ブルーの ブルーの 水着
    君の素足を ぬらしてる
    波も今夜は ねむれない
    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    ブルーの 水着 ヤァ!



    イメージ 4ウウウ オオオオ エエエエ ア
    ふたりでのんだ レモンが恋し
    黄色い 黄色い 水着
    髪がゆれてる ゆらしてる
    風のことばが 気にかかる
    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    黄色い 水着 ヤァ!

    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    あの娘もイカス この娘もイカス
    いかした いかした 水着
    みんな燃えてる さがしてる
    若い誰かを 呼んでいる
    ウウウウ オオオオ エエエエ ア
    いかした 水着 ヤァ!


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    以下は地元の舟木さんファンの皆さんのブログです。地元の新聞社から取材があったそうです。

    舟友さん七夕まつりに集合
    http://ameblo.jp/tiromama/entry-12054463708.html


    26日は舟友さん盛り上がる
    http://ameblo.jp/kizuna138/entry-12053795869.html



    下記の動画はいずれも7月25日の様子です。ホヤホヤの動画をありがとうございます!

    2015年60周年一宮七夕祭り盆踊り「幸せの星ふたつ」
    https://youtu.be/mCwIWYSlOmg

    2015年60周年一宮七夕祭り盆踊り「織姫音頭」
    https://youtu.be/l6K09iW0QJ4


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    真清田神社鳥居前の七夕飾り(7月26日3時半頃撮影)

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    一宮七夕まつりの由来(公式パンフレットより)

    一宮市民の守り神として崇敬されている真清田神社の祭神「天火明命(あめのほあかりのみこと)の母神「萬幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)」は太古から織物の神様として知られ、そのご加護により当地方の織物業が発達したと言われています。織物と縁の深い牽牛・織女にちなんだおりもの感謝祭一宮七夕まつりは昭和31年に始まり、7月の最終日曜日をフィナーレとする木曜日からの4日間、全市を挙げて繰り広げられ、毎年100万人を超える人出でにぎわいます。

    駅前や街頭で配られている団扇やティッシュです。毎年、ゆかた姿のギャル?がイメージキャラクターみたいです

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    私が、初めて「一宮七夕まつり」を見物したのが一昨年、そして昨年、今年と三年続けて楽しませていただきました。今年は、60周年ということで、例年にも増して全市を挙げて力を入れた企画イベントもありましが、残念ながら高齢の母が軽い室内熱中症にかかってしまって急遽入院ということになり5時間だけおヒマをいただいて時間限定で楽しんできました。幸いわが家から往復2時間半ほどなので滞在時間は正味2時間半ほどでしたが地元の舟友さん、そして全国各地からお越しになった舟友さんたちとご一緒させていただき、今年も、しっかり中身の濃いプチ舟旅となりました。

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    写真を並べるだけですが、ほんのちょっとだけお祭りの雰囲気を味わっていただけたらと思います。上記の舟木さん団扇を作ってくださった舟友のkazuyanさんも、今年初めて「一宮七夕まつり」デビュー?なさいましたので、バッチリたくさんのお写真やムービーも撮影なさっていらっしゃいますので、後日、公開なさることと思います。詳細は、kazuyanさんのブログや動画でご覧になれると思いますのでお楽しみに

    では、私の2時間半の一宮滞在の証拠写真(笑)を時系列でご紹介します。

          名鉄一宮と尾張一宮(JR)駅構内の七夕飾り                      駅構内の一宮市ゆるキャラ「いちみん」

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    ここから、本町アーケード街です


    萩原小学校の子どもたちの七夕飾り作品

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    小学生の舟木さん、もちろん、どの子かわかりますよね

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    そして、14時からは「民謡大パレード」です。ここで舟木さんの歌声が流れます

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    舟友のkazuyanさんの一宮七夕祭りご案内動画です

    幸せの星ふたつ&織姫音頭
    https://youtu.be/lawkHt_UaQ0




    しあわせの星二つ  作詩:富山紫峰 作曲:上原げんと
    (1964年6月発売)

    イメージ 15こがね しろがね 七いろかざり
    ゆれて きらめく 花模様
    虹のトンネル ゆきかう人の
    ああ ちょいと
    顔も 顔もあかるい 七夕まつり

    昏(く)れて絵のよな 銀河の岸へ
    おもいとどけよ 笹かざり
    はずむ話も ロケット旅行
    ああ ちょいと
    若い 若い二人の 七夕まつり

    淡いあこがれ おさない夢に
    書いて 結んだ あの色紙
    竹の青さも 瞼に浮かぶ
    ああ ちょいと
    遠い 遠いふるさと 七夕まつり


    イメージ 16織姫音頭  作詩:城ゆたか 作曲:森一也
    1964年6月発売/しあわせの星二つB面)

    尾張よいとこ機織(はたおり)どころ ハイハイ
    春はますみだ 春はますみだ 桃花祭 ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ

    花の吹雪か 七夕祭り ハイハイ
    染めて五色の 染めて五色の 一の宮 ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ


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    故郷(くに)の妹へ便りに添えた ハイハイ
    紅葉錦の 紅葉錦の ニュールック ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ

    木曾の流れでみがいた肌は ハイハイ
    粋ないぶきの 粋ないぶきの 雪よりも ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ

    娘心を七重に八重に ハイハイ
    織って自慢の 織って自慢の 生地の良さ ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ




    舟木さん団扇を手に、踊りだしたくなるようなノリノリ気分

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    「民謡大パレード」が真清田神社の境内に入って行くのを追いかけて…

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    神社の境内でも踊りは続きます

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    境内の「神馬」像、奉納太鼓演技も


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    境内右手奥の服織(はとり)神社へ…

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    何度も紹介してますが、今回もシツコク(笑) 舟木さんがデビュー3年目に奉納された大鈴

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    大鈴アップです。朱筆で舟木さんのサインがあります

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    帰り道のアーケード街で、着ぐるみの「いちみん」に遭遇

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    舟友さんたちに別れを告げて再び尾張一宮駅へ…あ~ぁ、暑かったぁ!でも楽しかったぁ(笑)

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    一宮の私の定番お土産は「地元産の無添加いちじくジャム」ナチュラルな甘さで私のお気に入りです。

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    お世話になった地元の舟友さん、ありがとうございました。皆さんとってもあたたかくて親切で、何十年経ってもこうして、一宮の最大のお祭りで舟木さんの歌声が流れるということに感激します。地元の方々の舟木さんへの想い、愛を感じますよね。だから、毎年行きたくなるんで~す


    母のお薬をとりにいった薬局に置いてあった新聞広告です。思いがけず見つけると格別に嬉しいものですね。


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    萩原中学校の生徒さんの七夕飾り作品(kazuyanさん撮影です)


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    尾張一宮第60回おりもの感謝祭・七夕まつり民踊大パレード(7月26日の模様)
    https://youtu.be/iKYPJrTnk8E (kazuyanさんの動画です)





    kazuyanさんの舟木さんのふるさとを撮影した動画、次回作も楽しみに待ちましょう!


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    「織姫音頭」の作曲者・森一也氏は、舟木さんの母校である萩原小学校と萩原中学校の校歌の作曲をされていて、以前私のブログでもご紹介しています。

    森一也(1915年(大正4)4月8日 - 1998年(平成10)2月1日)
    コロムビア専属の作曲家・音楽評論家。一般には懐メロ解説の第一人者として知られる。愛知県一宮市出身。幼少の頃から詩人・西條八十の大ファンで、西條八十作の童話に親しみ、毎晩母親から読み聞かせてもらわなければ寝られぬほどであったという。昭和7年4月に愛知県の一宮中学校から明治大学附属中学校に編入、翌8年4月に家事都合で退学する。また、明治大学講堂で開かれた山田耕筰の音楽講座に出席するなど音楽についての研究に没頭し、その後、東京音楽学校(現:東京藝術大学)を卒業。一時、ビクターコンサートビューローに籍を置き、戦時中は地元名古屋で音楽教師として活躍。戦後、雑誌社などを経て、コロムビア専属の作曲家となる。仕事を通じて西條八十と知り合い厚誼を賜り、その良い関係は八十が亡くなるまで続いたという。

    その森一也氏の名前で今回、ネットをちょっと調べていたら、以下のようなサイトがありました。そして
    、そこにはデビュー前の舟木さんのこともほんの少し書かれていましたのでご紹介しておきますね。

    イメージ 3志交流勉強会 おかざき塾 webサイト より抜粋
    http://okazaki-juku.jp/magazine/2014/08/2968/

    「からたち日記」「ひばりの佐渡情話」などの作詞家、西沢爽氏の盃論。
    作曲家、森一也氏の稿に、
    「CBCで吹き込む長誉のCMソングに立ち合い、唄で初めて得た三千円の紙袋をうれしそうに内ポケットにしまって帰った学生服姿の上田成幸君。
    彼が一年後に高校三年生でデビューする舟木一夫です」。

    「長誉」とは、全国的にも知られる岡崎の銘酒の名前だと思うのですが、まだ当時、高校生の上田少年が「酒」のCM?(笑)どんな唄だったんでしょうね。                                     
                                         
                                                                  高校二年生。この頃のエピソードですね。



    近くのショッピングセンターからの帰りに見つけた白い芙蓉の花

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    先日は純白の芙蓉を見つけて、今日は淡いピンクの芙蓉を見つけました。大輪の花なのに可憐です

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    こちらはわが家の裏庭でみつけたセミの抜け殻、全長5cmほどありました。

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    舟友のkazuyanさんの動画続編です。七夕まつり最終日の夜の盆踊り風景です。


    「しあわせの星二つ」 & 「織姫音頭」
    ~一宮七夕まつり エンディング (7月26日午後19時30分からの盆踊りの模様)~
    https://youtu.be/O5JTs_7vhTU




    イメージ 5しあわせの星二つ  
    作詩:富山紫峰 作曲:上原げんと
    (1964年6月発売)

    こがね しろがね 七いろかざり
    ゆれて きらめく 花模様
    虹のトンネル ゆきかう人の
    ああ ちょいと
    顔も 顔もあかるい 七夕まつり
     
    昏(く)れて絵のよな 銀河の岸へ
    おもいとどけよ 笹かざり
    はずむ話も ロケット旅行
    ああ ちょいと
    若い 若い二人の 七夕まつり
     
    淡いあこがれ おさない夢に
    書いて 結んだ あの色紙
    竹の青さも 瞼に浮かぶ
    ああ ちょいと
    遠い 遠いふるさと 七夕まつり


    織姫音頭  作詩:城ゆたか 作曲:森一也
    (1964年6月発売/しあわせの星二つB面)

    尾張よいとこ機織(はたおり)どころ ハイハイ
    春はますみだ 春はますみだ 桃花祭 ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ
     
    イメージ 6花の吹雪か 七夕祭り ハイハイ
    染めて五色の 染めて五色の 一の宮 ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ

    故郷(くに)の妹へ便りに添えた ハイハイ
    紅葉錦の 紅葉錦の ニュールック ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ
     
    木曾の流れでみがいた肌は ハイハイ
    粋ないぶきの 粋ないぶきの 雪よりも ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ
     
    娘心を七重に八重に ハイハイ
    織って自慢の 織って自慢の 生地の良さ ソレ
    さっさ踊ろよ 織姫音頭
    ほんに世界の糸の町
    サテ サテ サテ ヨイヤ サッサ







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    暑いですね~  

    母は、まだ当分入院治療が必要で、私は、朝と晩の2回、着替えを持っていったりして病院通いをしています。高齢になると熱中症といえどもなかなか体力が回復しないようです。この時期は、高齢者の入院も多くが室内熱中症というお話しを看護師さんや先生からお聞きしています。私は就寝時はエアコンは全く使用してませんが、昨晩は全く風がなくて蒸し暑くてマイりました。室内熱中症、要注意!ですね。

    また、マイPCのおいてある部屋は日中はうだるような暑さ、なかなかPCの前に座る気になれず、ブログ更新もままならずです。…といっても今の私のPCはノートパソコンなので移動はできるのですが、ただPCをあちこち移動させることさえ面倒くさいというズボラな私です(笑)


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    今回は、数か月前から、どういうタイミングでどういう風に記事にしたものか、迷って「ねかせていた」資料を、ご紹介することにします。

    お世話になっている大先輩の舟友さんからお借りしていたもので、舟木さんが三十代半ばの頃の舞台出演作品の「あゝ野麦峠」と「伊豆の踊子」のパンフレットからの資料です。どちらも内容が深い作品ということと、私自身が全く拝見していない舞台なので、中途半端なご紹介の仕方になるかもしれませんし、いずれの作品も、ちょっと堅い内容ですが、しばらくおつきあいいただけたら嬉しいです。


    先ずは「その1」では「あゝ野麦峠」について

    イメージ 3「あゝ野麦峠」(ああのむぎとうげ) 作品と映画

    山本茂実が1968年に発表したノンフィクション文学。副題は「ある製糸工女哀史」
    初版は朝日新聞社刊。1972年に新版が刊行されている。

    戦前に飛騨の農家の娘(多くは10代)たちが、野麦峠を越えて諏訪、岡谷の製糸工場へ働きに出た。吹雪の中を危険な峠雪道を越え、また劣悪な環境の元で命を削りながら、当時の富国強兵の国策において有力な貿易品であった生糸の生産を支えた女性工員たちの姿を伝えた。山本は10数年におよび飛騨・信州一円を取材し数百人の女工、工場関係者からの聞き取りを行ったという。

    映画では、飛騨からの出稼ぎ女工の悲惨な面を強調して描かれているが、原作では、工女の賃金にばらつきがあったことや、「我が家は貧乏だったので工女に行けなかった」、「実家の農家で働いていた方がきつかった」といった複雑な背景も描かれている。糸値に翻弄される製糸家の厳しい実情などにも言及し、詳細な聞き取り調査のもと、日本の貧しく苦しい時代を懸命に生き抜いた人々を、その時代背景と共に浮き彫りにするように描かれている点が、多くの読者に評価されている。




    イメージ 4東宝映画「あゝ野麦峠」  
    1979年6月30日(土)公開

    テレビドラマ「あゝ野麦峠」1980年4月1日~5月27日(TBS系列で放送)
     
    私が、「あゝ野麦峠」の原作を読んだのは、東宝映画として封切られることになった頃だったと思います。もちろん、映画もリアルタイムで観に行き、大変印象深く記憶しています。

    東宝での映画化が決まった頃に、吉永小百合さんが、二十代の頃からずっとこの作品を映画化したいと望み、1969年には宇野重吉さんのプロデュースで内田吐夢監督、小百合さん主演という企画もあったそうですが、諸般の事情で頓挫してしまったというエピソードも初めて知りました。

    小百合さんの夢であった映画化は実現しなかったものの、「野麦峠」という語りと歌のレコードは映画化の企画があった1969年に吹き込まれて発売されています。こちらは、残念ながら当時高校生だった私の記憶にはなくて、1979年に東宝映画を観た頃にその存在を知りました。音楽劇仕立てのレコード化です。つい数か月前まではyoutubeにアップされていたのですがいつの間にか削除されていました。内容のみご紹介します。

    イメージ 5吉永小百合  野麦峠 (語り ) 
    作詩/作曲:曽我部博士  
    (1969年10月発売)
     
    野麦峠 飛騨の山なみの中でも
    ひときわ高い乗鞍岳と御岳の深い山あいを縫うけわしい峠道
    明治から大正にかけて昔の飛騨の女子衆は、みんなこの峠を越えて糸ひきに行きました。

    野麦 野麦峠 越えて
    あねさどこ行く あねさ 
    あねさ 糸ひきさ
    あねさ信州のキカヤで
    糸ひき一年 はたらいて
    いとしいかかさの顔みたや
    とんと とんと えーえ えーえ
    顔みたや

    「辛抱せにゃだちかんよ」かかさまの声が
    まだ耳に残っています。寒さと飢えと恐ろしさで泣き泣き歩くまだほんの十二、三のちいさな糸ひきさもいました。雪に足を滑らせて目もくらむような谷底に落ちていった糸ひきさもいます。
    女子衆は皆の帯を解いて何本も結び合わせ、助け綱にしてやっと助けあげました。
    でもどうにも助からなかった糸ひきさもいます。
    だんだん細くなっていく泣き声がいつまでも野麦峠の山あいに響いていきました。

    東宝映画で主役として登場した政井みねさんの供養碑
    この供養碑建立の資金を小百合さんが贈られたのだそうです

    イメージ 6山は 山は吹雪 吹雪
    ふりかえれば 飛騨は
    雪にけむる
    お高祖頭巾に手甲脚絆
    つまかけ草軽をきりりとしめて
    雪は野麦の峠みち
    山よ 山よ えーえ えーえ
    荒れるなよ
    野麦 野麦峠 越えて
    あねさどこ行く あねさ
    あねさ ふるさとさ
    飛騨ブリャ 山越え 越中から
    糸ひき あねさは 信州から
    年とりまでに 早うもどれ
    あねさ あねさ えーえ えーえ
    早うもどれ
    あねさ あねさ えーえ えーえ
    糸ひきさ

    いまも峠の道には名も知らぬ白い野の花が
    いつかこの野麦峠を越えていった
    糸ひきさのこころのように
    遠い 遠い空を みつめています。  


    イメージ 7

    前置きが長くなりましたが、本題へ…

    イメージ 8お借りしたパンフレットには舞台写真は掲載されていませんでした。幸運にも、私の手元にある別のパンフレットに、一枚だけ、小さな舞台写真が掲載されてるのを見つけましたのでご紹介します。

              あい役の亜湖さんと菊次役の舟木さん

    イメージ 9








      
                 右下に舟木さんのサインがあります↑

    イメージ 10

















    東宝映画も原作の「あゝ野麦峠」を、脚色していますし、舞台作品もまた脚本・演出とも新たな色合いのものになっていると思いますから、舟木さんが演じられた製糸工場(キカヤ)の主人の息子という役柄もこの舞台作品独自の登場人物だと想像します。ただ、あらすじにある「キカヤの主人梅太郎は、今年も大勢の新工たちを迎えて喜んでいたが、息子の菊次は、工場を継ぐ気になれないでいた。」という説明から推測する限り、過酷な労働を強いるキカヤのあり様を跡継ぎとして当然のごとく受け容れるということができず煩悶する誠実な青年であるという人物像が浮かんできます。物語のあらすじは、途中までしか掲載されていませんので物語の全容は、私にはわからないので、もし当時、ご覧になられた方がいらっしゃるなら、教えていただければと願っています。

    以下の広報写真は当時、後援会から発信されたもの

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    あゝ野麦峠 南座 1980年4月12日~26日

    南座公演”あゝ野麦峠”に期待する   山本茂實 (パンフレットより)

    「あゝ野麦峠」が朝日新聞社から出版されたのは、昭和四十三年九月でしたが、あれから早いもので十二年になります。北アルプスの中を細々と続く野麦峠、熊笹におおわれたこの古い峠道を明治から大正にかけて、幾千幾万とも知れない糸ひきの大群が、まるで渡り鳥のように越えて行き、そこに幾多の悲しい女の物語が生まれました。
    この工女たちのひいた糸が、実は明治の文明開化になくてはならない大事な金でした。この野麦峠をこんどKKショウビジネスさんの手で京都の南座で公演すると聞いたがその豪華なメンバーと意表をつく異色の配役にまずびっくり。今までの劇団民芸や東京芸術座の野麦峠を観てきたものには、目をみはるに十分なものでした。しかし、考えてみると、この物語は女工哀史として暗いイメージに印象付けられているようですが、実際はよほど違ったもので、黎明期の日本を支えた明治の青春は、決してめそめそしたものでなく、今、我々が想像する以上に明るかったようです。また、そうでなくては、あれだけの仕事ができるはずはありません。
    ただ問題は、工場法も健康保険もなかった明治の工場では、幾多の犠牲者が生まれましたが、それでも彼女らは「野麦峠はたてには越さぬ、一ツぁ身のため親のため」と、その犠牲を乗り越えて続いたのです。この物語を竹内先生がどう演出するか楽しみです。


    この舞台の演出を担当された竹内伸光氏は1968(昭和43)年、大阪梅田コマで「センチメンタルボーイ」が舞台化された時に脚本・演出を担当されています。舟木さんが舞台劇「あゝ野麦峠」に出演なさったというのもこの頃からのご縁ということなのかな?と想像しています。

    *大阪梅田コマ「センチメンタルボーイ」
    <松山善三原作/竹内伸光脚本・演出/河端茂作詞・脚本>

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    イメージ 14あゝ野麦峠
    原作:山本茂實
    脚本:逢坂勉
    演出:竹内伸光/関矢幸雄
    音楽:渡辺岳夫 
    提供:KKショウビジネス

    あらすじ

    明治三十年、冬……野麦峠を越える娘たちの群れ……当時、日本の貿易の大半を占めていた生糸んお需要を支えたのはこの若い工女たちの細腕だったといえる。彼女たちの多くは、貧しい飛騨の村から口減らし同然で、岡谷の製糸工場へと働きに出かけるのだが、少女たちの幼い胸は、早く腕を磨いて”百円工女”になって親たちを喜ばせてやろうと夢と希望でふくらんでいた。新工のあいもそのひとりだったが、厳しい冬の峠越えに足をすべらせて谷底へ落ちてしまう。病弱の妹を送りに来ていた辰次に助けられ、ようやく一命をとりとめて、さて一行は、峠のお助け茶屋へ…
    そこには鬼婆さと呼ばれる婆さまがいて、毎年毎年野麦峠を越えてやってくる工女たちに、あたたかい甘酒をふるまってくれるのだった。言葉遣いは荒くても、根はやさしい婆さまを頼って、三人の家出娘も舞い込んできていた。あいは、そこで辰次から、妹のみねを頼まれるのだった。

    そして、いよいよ製糸工場(キカヤ)での生活が始まる。キカヤの主人梅太郎は、今年も大勢の新工たちを迎えて喜んでいたが、息子の菊次は、工場を継ぐ気になれないでいた。その菊次に、あいは仄かな想いを寄せるのだった。

    しかし、、起床!のかけ声とともに明けるキカヤの毎日は、少女たちにとって、決して楽しい事ばかりではなかった。新工の一人、すみは成績の悪いペケ工女として、検番ににらまれていたが、糸目検査を軽くしてやる交換条件に、検番に身体を求められるのだった。一方、みねは疲労から重い病気にかかった。
     ♪工場づとめは監獄づとめ  金のくさりがないばかり

    少女たちは、キカヤでさまざまな苦労を乗り越えて、一人前の女へと成長していくのだったが、ある日、製糸相場の大暴落が起きる。そして、その頃、あいのお腹の中には菊次の子どもが……。

    ミュージカル仕立ての社会派演劇という作品だったようですね

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    イメージ 15~パンフレット掲載  出演者のプロフィール~  舟木一夫

      ←パンフ掲載の写真

    歌謡界に於いて、御三家と言えば、皆さんご承知の通り舟木一夫、橋幸夫、西郷輝彦の三人である。シャボン玉のように、出ては消えてる歌謡界の中で、いまだに確固たる地位を保ち続けているという事だけでも驚異である。
    最近は大人の歌手というか、自分の年令にふさわしい歌が歌えるような歌手になりたいとか…
    そのためには、お客さんの反応が直接伝わってくるステージで歌い、お客さんの心を理解し、吸収しようと心がけている。
    今回は「あゝ野麦峠」で歌と芝居に挑戦し念願のステージシンガーへの階段を一歩一歩昇り続けている。


    この当時の舟木さん…こちらも資料として舟友さんが提供して下さいました。

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    地元の舟友さんが、舟木さんの魅力と全国の舟友さんとの交流などについて語られました。
    以下は、アップして下さった放送内容です。アップして下さった舟友さん、ありがとうございました。

    舟友



    「高校三年生」ロケ中の舟木さん

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    2013年4月6日 一宮市民会館でのコンサート開催

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    地元のファンの皆さんの熱烈歓迎!

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    「高校三年生」を筆頭に、舟木さんの学園ソングは、同世代の心に生き続けている昭和を、今も目の前に思い起こさせてくれるものですが、その同世代の中に、今回のタイトルに掲げたような「高校時代」をおくられた「仲間たち」もたくさんいらっしゃるのだと思います。
    昼間は働き、仕事が終わると高校に通う…というなみなみではない中身の濃い青春をおくってきた方たち、日本の高度経済成長を支えた昭和の勤労高校生たちに焦点を当てた2曲をあらためてご紹介します。

    先ずは、そのものズバリのタイトル「定時高校生」  舟友のkazuyanさんの動画です。




    定時高校生  作詩:三浦康照 作曲:遠藤実イメージ 3
    (1964年6月 アルバム「花のステージ第2集」収録)
     
    古い校舎を 夕暮れが
    今日も包んで 夜が来る
    僕等は 定時高校生
    ノートブックに 走らすペンも
    明日の希望に つづいているさ

    昼の疲れも 忘れさす
    銀杏並木の 窓灯り
    僕等は 定時高校生
    語り明かそう 今夜は君と
    汗と油に まみれた友よ

    イメージ 4やがて灯りも 消える頃
    みんな校舎に さようなら
    僕等は 定時高校生
    帰る夜空の またゝく星に
    燃える若さを 歌って行こう

    「定時高校生」の作詩者の三浦康照氏については、舟木さんの曲の作詩者としては、馴染みがないのですが、「あじさいは君の面かげ」という作品がアルバムに収録されています。ネットで調べても詳細は不明。「生年月日及び出身地等のプロフィールは非公開である。」とされています。


    イメージ 5あじさいは君の面かげ 作詩:三浦康照 作曲:甲斐靖文
    (アルバム「友情~舟木一夫の新しい名刺」1974年10月収録)

    小雨にけむる 想い出の路
    ひとつの傘に 肩よせて
    君と歩いた 恋の日よ
    おぼえているかい
    あじさいの花が
    雨にぬれて 咲いていたね



    もう一曲は、「定時高校生」収録のアルバムが発売された翌年にシングル盤「あゝりんどうの花咲けど」のB面としてリリースされている「待っている人」です。こちらもkauzyanさんの動画です。



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    「待っている人」は、学園ソングというよりも、ラブソングですね。ここで歌われている二人は恋人同士のようですが、少年は昼間は働き、夜は定時制に通う勤労青少年、少女の方は多分、全日制(こちらも懐かしい言葉ですが)の高校生で、働きながら夜間に学ぶ少年をあたたかくやさしく励ましているという設定。今の時代ではすっかり忘れられてしまったシチュエーションの健気な若いカップルですが、昭和の三十年代から四十年代という時代は、男の子も女の子も、こんな感じだったのですよね。

    私の通った高校にも定時制課程がありましたし、今もそのまま定時制課程が置かれています。定時制高校というと私たちのイメージでは「夜間高校」という感じでしたが今は、むしろ「夜間高校」より昼間の定時制高校の方が多いようです。経済的な事情で働きながら学業を両立させるということだけではない社会の背景があるようです。それだけ複雑な時代になったということかもしれません。ただ、私の母校の桑名高等学校定時制は、今も夜間定時制です。現在でも80%の生徒が昼間は就労しているそうです。

    中学時代の同級生の中にも定時制課程に進んだ人は何人かいました。でも、昼間働きながら夜は学校に通うという生活は、当時は、地方から都市部に出て就職(集団就職)した人たちが圧倒的に多かったのだと思います。多くの事業所や企業でも定時制高校に通学することを条件に求人募集をかけていたという時代だったのでしょう。


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    この時代の世相をスクリーンに色濃く映し出している映画である「花咲く乙女たち」は1965年1月に公開されています。「定時高校生」が1964年6月に、以下にご紹介する「待っている人」が1965年6月にレコード化されていることを思うと、同年代のアイドルである舟木さんの歌や映画は、当時の勤労する高校生たちにとっての大きな楽しみでもあり、また日ごろの生活への力を与えてくれる役割も果たしていたのではないかと、これらの曲を聴いていてあらためて感じました。

    「花咲く乙女たち」の一場面…舟木さんも織物工場の女工さんたちの食事を作る食品製造所勤務の勤労高校生役

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    昼間は働いて夜は高校へ通う青年。白い作業服です。

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    イメージ 6待っている人 作詩:西沢爽 作曲:遠藤実
    (1965年6月「あゝりんどうの花咲けど」カップリング曲)

    遅れちゃ悪い すまないと
    夜学を終えて 急ぐ僕
    夜更けの街で ただひとり
    待ってる君が 愛しくて

    くじけないでね 負けないさ
    会えば誓って 幾月か
    元気な僕を 見るだけで
    しあわせだって 云った君

    ハンカチ包み 手作りの
    サンドイッチに 泣いた僕
    ふたりでわけて 星空に                                     
    今夜は夢を 語ろうよ                      前年発売のアルバム「花のステージ第2集」のアングル違いジャケット(笑)



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    わが町桑名の「石取祭」 8月1日午前0時(7月31日深夜)から「叩き出し」、翌日2日の午後10時の「曳き別れ」で幕を閉じました

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    太鼓を叩く女性…私たちが子どもの頃は女の子は鉦(かね)しか叩けませんでした

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    私の町内の祭車には神功皇后人形が飾られているので40台の車の中でも目立って探すのがラクです

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    平成27年 桑名石取祭 本楽 中央通 春日神社 渡祭  


    おやかましゅうございました

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    お耳なおしに…

    ハッシャ・バイ(祭りのあと)




    ハッシャ・バイ(祭りのあと)イメージ 9
    (1980年 アルバム「29小節の挽歌」収録)
    Husy-a-Bye  
    初新之助:日本語詩/ジェリー・シールマン
    サミー・フェイン:作曲/若草恵:編曲

    ふれあいの夜にまぎれて
    いつの日も愛は
    幸せの一歩手前で 突然に終わる
    男と女の恋は ひとときの祭り
    燃えつきた夢のあとには
    寂しさが残る

    街角をひとつ曲がって
    振り向けば一人
    傷ついた胸のすきまを 思い出がうめる
    男と女の恋は ひとときの祭り
    飛び散った夢をひろえば
    悲しみがつのる

    男と女の恋は ひとときの祭り
    燃えつきた夢のあとには
    寂しさが残る



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    舟友のkazuyanさんが、7月26日の「一宮七夕まつり」の翌日に萩原を訪れて「夏の萩原」を撮影されました。舟木さんの歌声をBGMにした動画を作成してくださいましたのでご紹介します。


    舟木さんの故郷萩原再訪記
    BGM~浜千鳥/峠のわが家/よく遊びよく学べ/さくら貝の歌/浜辺の歌



    萩原小学校を訪れた舟木さん 1964年12月頃の撮影

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    しっかりカメラ目線で~す

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    久しぶりにやってきた末娘の飼ってる亀次郎クンと鶴松クン、毛皮を着てるので夏はツラそうです


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    ついこの間、暦が8月に変わったと思ったら、もう5日も過ぎてしまいました。猛暑日が続く日本列島、
    昨日は群馬県館林市で、39度8分、福島県伊達市でも39度7分を記録したそうです。都市部ではヒートアイランド現象が深刻化してきていて、ニュース番組では2020年の真夏に開催予定の東京オリンピックはどうなる?という懸念も報道されていました。話題になっている国立競技場の課題もありますが、「日本の真夏」に開催されるオリンピックですから、競技する側、観戦する側の健康(熱中症防止)への配慮もしっかり対策を立てておいていただく必要がありそうですね。


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    舟木さんが三十代に入ったばかりの頃に制作されたアルバム「暦 十二ヶ月の愛の詩」、舟友のkauzyanさんが三月の詩「さかみち」、四月の詩「素晴らしい春」、六月の詩「楡(エルム)の雨」に続いて、八月の詩「ゆきずりの夏」を素敵な動画にして下さいました。感謝を込めて、ご紹介させていただきます。

    ゆきずりの夏(八月の歌) 作詩:吉田旺  作曲:山路進一
    https://youtu.be/Qa7dGK8Zyx4



    1975年4月に発売されたアルバム「12ヶ月の愛の詩」は、作詩家の吉田旺氏がすべてこのテーマアルバムの12曲の詩を担当されていて、各月の詩の解説が掲載されています。

    イメージ 5歌詩カードの解説(小西良太郎)
    早いテンポで、歌に少々なげやりな気分も出ています。名前を知らない同士でも、束の間の恋に落ちたりするのが夏という、いたずらな季節、それもいいさ…と、いなしたフィーリングが、舟木君をこう反応させているのでしょう。真夏でも、陽差しがガッと来るような曲にはならないのが、吉田さんらしいし、舟木君らしいところ。


    ゆきずりの夏  作詩:吉田旺  作曲:山路進一
    (1975年4月「暦 12ヶ月の愛の詩」収録/八月の詩)

    *名前も知らない 男とおんな
    そうさそれでいい 真夏の夢でイメージ 6
    汗がころがる おまえの胸もと
    ああ……くちびる埋めてひとつに

    せつなくこぼれる 吐息を縫って
    遠くまた近く 寄せる海鳴り
    熱い流れが 背すじをつらぬく
    ああ……生きてる明日はどうでも

    **愛しちゃいけない 愛さない
    愛しあえばいつか 傷つけあうときがくる

    けだるいひととき かもめの声が
    うつろなこころを さかさになぜる
    指をからませ 俺を見る瞳(め)には
    ああ……いちずな おんなの優しさ

    (**くりかえす)
    (*くりかえす)



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    こちらは舞台のお芝居のお稽古のスナップ写真ですが、舟木さんの浴衣姿は最高に色っぽくて大好き

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    猛暑日が続く中、今年も「夏の甲子園」が開幕となりました。1915年8月、大阪・豊中球場で「第1回全国中等学校優勝野球大会」として行われてから、今年で100年目という節目の年だそうですが、第100回ではなく、第97回となっています。1942年から45年までの大会は第二次世界大戦の戦局が悪化して開催ができなかったから、そして開幕日の今日は、70年前に広島に原爆が投下された日でもあります。

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    リアルタイムで、開幕の模様をテレビで観ていましたが、話題になっていた王貞治さんによる始球式に先立っての、鳥羽高等学校主将による選手宣誓に心打たれました。100年という高校野球の歴史の中にも、戦争の爪痕が刻まれていること、そして開催当日である「8月6日」という日の意味をも見事に盛り込んだ「選手宣誓」は、通り一遍ではなく、簡潔でありながら重みのあるものであり、また同時に、とても爽やかな風を感じさせるものでした。



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    毎日新聞webサイト  夏の甲子園:選手宣誓の鳥羽の主将・梅谷「誇りに思う」

    6日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕した第97回全国高校野球選手権大会(日本高校野球連盟、朝日新聞社主催、毎日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)。選手宣誓は「高校野球100年」を記念し、第1回大会で優勝した京都二中の流れをくむ鳥羽(京都)の梅谷成悟主将が行った。

    イメージ 6鳥羽(京都)の梅谷成悟主将(3年)が選手宣誓

    「宣誓 1915年8月、第1回全国中等学校優勝野球大会が始まりました。それから100年間、高校野球は日本の歴史とともに歩んできました。この100年、日本は激動と困難を乗り越えて今日の平和を成し遂げました。このような節目の年に聖地甲子園で野球ができることを誇りに思い、そして支えていただいたすべての方々に感謝して全力でプレーをします。次の100年を担う者として、8月6日の意味を深く胸に刻み、甲子園で躍動することを誓います」


    父の遺言を胸に「お前がキャプテンなら甲子園行ける」選手宣誓の鳥羽・梅谷主将 
    http://www.sankei.com/west/news/150806/wst1508060040-n1.html







    選手宣誓~鳥羽高等学校(京都府立)梅谷成悟主将



    イメージ 7花の応援  作詩:丘灯至夫 作曲:遠藤実
    http://www.dailymotion.com/video/x24zjm7_%E8%88%9F%E6%9C%A8%E4%B8%80%E5%A4%AB-%E8%8A%B1%E3%81%AE%E5%BF%9C%E6%8F%B4_music
    (1966年 舟木一夫の新吾十番勝負 4曲収録)

    どんなに苦しい試合でも
    チャンスの一度や二度はある
    ベストをつくそう 弱気を出すな
    力出しきれ グランドで

    味方がピンチのその時は
    相手のチームも あせってる
    落ち目になろうと 捨てるなゲーム
    正々堂々 最後まで

    たまにはエラーもつきもある
    それより 根性ものをいう
    勝っておごるな 敗れて泣くな
    勝負は 一生続くもの




    もう一曲、「高校生音頭」、こちらは、舟友のkazuyanさんの動画でお楽しみください。

    高校生音頭 




    イメージ 8高校生音頭 作詩;丘灯至夫 作曲:遠藤実
    (1964年6月 アルバム「花のステージ第2集」収録)

    高校生なら ファイトでいこう
    勉強するにも ア 遊ぶにも
    ソレソレソレ 遊ぶにも

    夢がふくらむ つめえり服と
    あの娘明るい ア 乙女刈
    ソレソレソレ 乙女刈

    とくにとけない 宿題かかえ
    明日は雨やら ア 嵐やら
    ソレソレソレ 嵐やら

    テスト落ちてもショボショボするな
    木から落っこちる ア 猿もある
    ソレソレソレ 猿もある

    楡の木かげに はずんだ声は
    好きなあの娘と ア すぐわかる
    ソレソレソレ すぐわかる

    二人そろって 歩いていたね
    学校がえりの ア 並木道
    ソレソレソレ 並木道




    イメージ 9長い休みは 嬉しいものよ
    暦かぞえて ア 夢をみる
    ソレソレソレ 夢をみる

    さらば先輩 羽ばたけ高く
    あとは僕等が ア ひきうけた
    ソレソレソレ ひきうけた

    高校生なら 愉快にゆこう
    いつも笑顔で ア 肩組んで
    ソレソレソレ 肩組んで



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