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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    舟友のkazuyanさんが、関西地域限定放送の番組「ちちんぷいぷい」8月7日放送の「歌碑ものがたり~高校三年生」の録画をyoutubeにアップしてくださいましたので。感謝を込めてご紹介させていただきます。8月末までの期間限定公開です。


    歌碑ものがたり 作詞 丘灯至夫が描く昭和の高校三年生の姿/福島・郡山




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    以下は、平成十四年四月十三日の除幕式の模様の記事です。一部を転載させていただきました。

    丘灯至夫と「高校三年生」 全文は以下のサイトをご参照ください
    http://www7.plala.or.jp/edih/gakuyu/koukou3.html

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    人との出会いが大切―舟木一夫 
     
    その後舟木は、「20代・30代の時には分かりませんでしたが、人との出会いが自分を決めるといわれております。それが分かったのは私の47歳の、30周年の時でした。遠藤・丘先生のお二人に出会わなかったら今の僕はなかったと思います。この二人は私のご両親です。生んでいただいて有り難うございます(笑)

    この歌は珍しい歌です。歌詞を見るとメロディーが出てくる。メロディーが流れてきますと歌詞が浮かんでくる。舟木の写真を見ると『高校三年生』が浮かび、『高校三年生』が流れてくると舟木一夫が浮かんでくる。このような歌はそんなに沢山あるものではありません。

    またこの歌には思い出があります。この曲はコロムビアの同時録音の最後の曲でして、普通は5~6回演奏するものですが、この歌だけは、2回目でOKがでた曲でした。

    丘先生に最初に出会った時、お体が悪かったので、この方は本当に大丈夫なのかと心配しました。しかし今は、どうやったらこのようにお元気になられるのかと、それが何よりうれしいことです。」と話した。


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    以前に、私のブログでもお知らせしましたが、8月19日発売の「舟木一夫 船村徹を唄う~その人は昔~」収録曲20曲が、日本コロムビアのHPにアップされました。前回のお知らせした曲目と一部変更がありましたので、ご確認下さいね。「星の夜北へ帰る」「野菊」なども収録されたようです。この2曲は、最近のステージでも歌われていますので、舟木さんご自身の最終的なセレクトによるものかも知れませんね。私個人としては大好きな曲、素晴らしい名曲とずっと思っていた「星の夜北へ帰る」が収録されたことは、我が意を得たりと本当に嬉しく思っています。

    星の夜北へ帰る
    https://youtu.be/1fqZCYTJFNE



    ジャケットは、こちらです。船村先生と舟木さんのなんともほほえましいツーショットです。
    この写真、見覚えのある方も多いと思います。京都南座「シアターコンサート」のパンフレットに掲載さ
    れていたものです。

    日本コロムビア公式サイト
    http://columbia.jp/artist-info/funaki/COCP-39230.html

    [収録内容]                 イメージ 2   
    1. 夢のハワイで盆踊り
    2. 東京百年
    3. 踊ろうぼくと
    4. 太陽にヤァ!
    5. ブルー・トランペット
    6. 夏子の季節
    7. あいつと私
    8. 心こめて愛する人へ
    9. 夕笛
    10. 夜霧の果てに
    11. オレは坊ちゃん
    12. ああ桜田門
    13. 帰郷
    14. サンチャゴの鐘
    15. 津和野川
    16. 野菊
    17.星の夜北へ帰る
    18.霧のわかれ 
    19. 春哀し
    20. 「その人は昔」のテーマ~ライブ「2010ファイナル」より~


    京都南座「シアターコンサート」で販売されたパンフレットに掲載されたもの

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    舟木さん情報からは、外れますが、この夏のおすすめの歌舞伎興行のご紹介です。

    私が初めて歌舞伎座で歌舞伎観劇をしたのが15年ほど前の8月でした。それが「八月納涼歌舞伎」と銘打ったものです。現在も、この八月興行以外の11ヶ月の興行は「○月大歌舞伎」となっていますが、八月興行のみが「納涼歌舞伎」として親しまれています。「納涼歌舞伎」は25年前、1990年に始まったそうです。若くして惜しまれながら亡くなった大親友同士である十八世中村勘三郎さんと十世坂東三津五郎さんが、まだ花形であった頃に始められました。その「八月納涼歌舞伎」についてのご案内記事をご紹介します。

    以下は、「歌舞伎美人webサイト」 より

    8月6日(木)、歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」が開幕しました。(8月26日千穐楽)

    イメージ 7歌舞伎座の夏の風物詩として平成2(1990)年から幅広い世代に親しまれている納涼歌舞伎。猛暑の続く中
    ですが、行楽シーズンにご利用いただきやすい三部制となっています。

    「十世坂東三津五郎に捧ぐ」と銘打った第一部の『棒しばり』、第三部の『芋掘長者』は、この納涼歌舞伎を十八世中村勘三郎とともに立ちあげ、中心的な役割を果たしてきた三津五郎ゆかりの演目です。新開場後初の柿葺落興行「八月納涼歌舞伎」で三津五郎と勘九郎が踊った『棒しばり』を、今月は勘九郎と巳之助が勤め、長らく上演が絶えていたのを三津五郎が復活し、三津五郎と橋之助で踊った『芋掘長者』を、今月は橋之助と巳之助が勤めます。

    さらに、第一部の『おちくぼ物語』は「シンデレラ」よりも先に成立した日本の継子いじめの物語が、歌舞伎ならではのアレンジで痛快な結末を迎える作品。第二部では、主君の仇を討つために船頭に身をやつしていた武将を描き、豪快な立廻りがみどころの『逆櫓』、名匠左甚五郎が彫った、美しい太夫生き写しの人形が踊り出す趣向が楽しい『京人形』、第三部の切では、京と江戸、二つの都の意地の張り合いと恋模様が描かれた『祇園恋づくし』と、魅力ある演目が並んでいます。


    納涼歌舞伎は、上記でも説明があるように、通常公演が昼と夜の二部制であるのに比べて、三部制となっていますので、上演時間も比較的短いので、若い方や長時間はちょっと苦手…という方にもおすすめです。また、幕見席もありますので、お気軽にご覧いただけます。ぜひ、楽しんでください。

    歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」8月3日打ち水イベント 動画



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    新橋演舞場 12月舟木一夫特別公演

    冬の寒さを吹き飛ばす
    熱い〝特別企画〟開催!!
    ◆「みんな de 舟木」開催!
    9日(水)・17日(木)夜の部
    新橋演舞場恒例の大人気企画!第二部「シアターコンサート」終了後、〝舞台上の舟木一夫〟と〝客席のお客様全員〟で記念撮影!
     (※写真は後日プレゼントとしてご郵送致します)
    ★みんな ni プレゼントナイト★
    平日夜の部【9公演】限定
     平日夜の部【9公演】にご来場のお客様全員に、特製グッズ(非売品)をプレゼント♪
    デザインは日替わり全9種類。
    そして、すべてのグッズを集めると更なるお楽しみが!
    「みんな ni プレゼントナイト」の対象日
    2日(水)、3日(木)、8日(火)、9日(水)、11日(金)、14日(月)、
    16日(水)、17日(木)、21日(月)〈すべて夜の部のみ〉

    ◆舟木一夫バースデー スペシャルイベント
    12月12日(土)は舟木一夫バースデー!!
    そこで、お客様全員で一緒にお祝いするバースデーならではのスペシャル企画を開催します!
    また、バースデー前日「11日(金)夜の部」にも特別企画が♪
     ※それぞれの企画の詳細は決まり次第、松竹ホームページ等で発表致しますので、お楽しみに!

     

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    連日の猛暑のさなかに、「冬の寒さを吹き飛ばす 熱い”特別企画”開催!!」……(笑)
    …とはいいうものの、光陰矢の如しですから、きっと、あっという間に「冬の寒さ」がやってくるんでしょうね。盛りだくさんの企画は嬉しいものの、日程のやりくりに頭を悩ますことになりそうです



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    「舟木一夫自作曲によせて」のタイトルで「その9」をアップしたのが、今年の1月10日でしたから、7ヶ月ぶりということになります。ちょっと間抜けですみませんが…

    舟友さんの「沢田舟木」さんが、アップされたばかりの「都会(まち)の子守唄」ご紹介。

    おそらく、ほとんどの舟木さんファンにはおなじみの曲であるとは思いますが、以前から私自身も、気になっていた曲ですので、こうしてご紹介できる機会を得ることができて嬉しく思います。あらためて、じっくり聴く機会が持てたことに感謝を込めつつ、ご紹介させていただきます。


    都会(まち)の子守唄
    https://youtu.be/Zto0pQGZcGA



    イメージ 2都会(まち)の子守唄  作詞・作曲:上田成幸
    (1982年 アルバム「WHITE」収録)

    この都会に負けちゃった
    変にさびしいね
    世の中は 水ぐるま
    なみだを集めて クル・クル……
    クルクル幸せ 不幸せ
    とにかく明日が クル・クル……クル

    クル・クルル・クル くるしいねイメージ 3
    ひとりぼっちはさ
    望みさえも 通り雨
    気づいた時には カラ・カラ……
    けとばす昨日も カラ・カラ……カラ

    カラ・カララ・カラ からっ風
    先を急がずに
    なつかしい 子守唄
    唄っておくれよ ホロ・ホロ……
    ホロ・ホロ 青春 大さわぎ
    あいつも何処かで ホロ・ホロ……ホロ

    ホロ・ホロロ・ホロ ほろ酔いにイメージ 4
    深酒(さけ)も いいかげん
    きずなも人も チロ・チロ……
    チロ・チロ 流れて 茨橋
    くぐれば枯葉が クル・クル……クル

    クル・クル幸せ 不幸せ
    とにかく明日が クル・クル……クル


    イメージ 6私が「都会の子守唄」をナマでお聴きしたのは2013年6月29日です。新橋演舞場で開催された「芸能生活五十周年記念ファイナル特別公演」の千穐楽のコンサート、夜の部の「WHITE特集」でした。

    また、直近で歌われたのは、私は参加は、してないのですが、2014年12月4日(大阪)と12日(東京)に開催されたバースデー・ディナーショーだったようです。


    もちろん「WHITE」のCD音源は、ステージで聴く以前から聴いていたはずなのですが、ナマのステージで初めて聴いたときには、あらためて、作品そのものが新鮮であることこと、同時に舟木さん以外の歌い手には、表現できない(創れない&唄えない)世界観の曲じゃないかなァと不思議な感覚の中に漂ったことを覚えています。

    タイトル通り「都会的」なけだるさとか、乾いた淋しさは、クールでカメラワークのロングショットという客観性というか理知を感じさせる印象があって「WHITE」の中でも、異色のイメージがあります。
    舟木さんの魅力は、ひとくちでは表せないのですが、この曲から感じるのは淋しさや哀しさに溺れない理性ある抒情性とでも言えばいいのでしょうか。哀感や哀愁というよりも、やはり舟木さんが醸し出す特有の無常観に裏打ちされた作品のように感じています。

    「クルクル」「カラカラ」「ホロホロ」「チロチロ」…と擬声語(オノマトペ)を織り込んだ詩は、一見すると言葉遊びのような軽さがあるのですが、ラストには、再び「クルクル」に戻り、「クル・クル……クル」…と尾を引くように余韻を残します。ここで私は、「輪廻」という言葉を思い出すのです。
    「輪廻」とは車輪がぐるぐると回転しつづけていく様を表した言葉で、この詩が表現しているのは人が生まれて死ぬまで旅を続けていく現実世界を、いかにも舟木さんらしい言葉を駆使して、まるで芸術詩のような高みまで昇華させたような、精神性が感じられます。

          こちらは1980年のコンサートパンフ ↓

    イメージ 7「WHITE」収録の曲は、舟木さんご自身の作品ですし、どの作品にも上田成幸(=舟木一夫)という人間そのもの(=人生哲学)が投影されているという印象を受けますから、舟木さんファンにとっては、作品を通して舟木一夫という人を知るための手がかりになるという視点も含めて今も根強い支持を得ているアルバムと言ってもいいでしょう。そういう意味でも「都会の子守唄」は、私としては、とても心惹かれる作品です。


    「都会の子守唄」は、1979年7月のライブでは、既に歌われているようですから、作られたのは三十代の前半でしょう。いつも思うのですが、舟木さんの精神性の成熟度の高さに感服してしまいます。

    自分ごときを引き合いに出すのも僭越で申し訳ないのですが、私も三十路に入った頃からちょっとずつは物を考えるようになりましたが、これだけの密度の濃い詩を、しかもストレートではなくライトなタッチでまとめ上げることのできた舟木さんの三十代って、やっぱりそれまで送ってこられた青春時代がもたらしたある種の見事な結実の時だったように思います。三十代にして「悟りの境地」という感!



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    こちらも、舟友さんが8月8日放送のラジオ番組をyoutubeにアップしてくださったものです。感謝を込めて、ご紹介させていただきます。

    「CBC歌謡ベストテン/舟木さんのコメント&春はまた君を彩る」
    https://youtu.be/oWHtPl_EhYE






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    お盆休みに入って、ふるさとへと向われる方たちも、今日あたりが移動のピークのようです。
    「ふるさと」には、たくさんの思い出があることとおもいますが、中でも「初恋」は、ほとんどの人にとって「ふるさと」とセットになった思い出ではないでしょうか。

    舟木さんのオリジナル曲にも、そのものズバリの「初恋」をはじめ、ほのかな初恋、切ない初恋などを唄った歌が、いくつかありますね。舟友のkazuyanさん、ほか、youtubeにアップして下さっている中から思いつくまま、選んでアップしてみました。


    帰郷  作詩:横井弘 作曲:船村徹 (1972年7月発売)
    https://youtu.be/k9ROLtCfzQI



    波の音がきこえる      イメージ 2
    海に近いふるさと
    ひとり帰る砂丘に
    入日雲がせつない
    どこへ君は行ったの
    噂だけを残して
    花の下で暮らせる
    時がきたと云うのに

    遠い街に発つ日は
    祭り笛も泣いてた
    指をはなしきれずに
    まわり道をした夜
    つれて行けばよかった
    どんな無理をしてでも
    きっと二人だったら
    風も寒くないのに

    イメージ 3せめて ひとめ逢いたい
    以前の(まえの)君でなくても
    頬に落ちる涙を
    指でふいてあげたい







    恋唄  詩:すずきじろう 作曲:浜圭介  (1977年盤&2004年盤)
    https://youtu.be/6EiCib4_kOU



    イメージ 4おもいでつもる ふるさとに
    昔あずけた 恋ひとつ
    ただなつかしく たずねれば
    涙のあとを 見るばかり

    あなたがとても 好きだった
    竹の葉末の 露の色
    ふるえながらも この胸に
    こぼれて落ちた 夢のいろ

    しみじみ胸に よみがえる
    忘れたはずの うたのふし
    今ははるかな 恋唄の
    おぼろにけぶる うしろ影




    君がこころは  作詩:島崎藤村 作曲:竹岡信幸 (1977年 15周年記念アルバム「限りない青春の季節」収録・未発表曲)
    https://youtu.be/7PT8Hx8x_eU



    イメージ 5君がこゝろは蟋蟀(こおろぎ)の 
    風にさそはれ鳴くごとく
    朝影清き花草に
    惜しき涙を そゝぐらむ
     
    イメージ 6それかきならす玉琴の
    一つの糸のさはりさへ
    君がこゝろにかぎりなき
    しらべとこそは きこゆめれ
     
    あゝなどかくは触れやすき
    君が優しき心もて
    かくばかりなる吾こひに
    触れたまはぬぞ 恨みたる





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    全国各地の「ふるさと」で、開催される「花火大会」もまた、ふるさとの夏とセットで懐かしいものですね


    舟友のkazuyanさんがお住まいの兵庫県の花火大会の模様
    神戸海上花火大会~BGM「たそがれの人」
    https://youtu.be/xmBymXFBRos



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    私の地元の三重県の花火大会の模様
    桑名水郷花火大会 
    https://youtu.be/szG10Ugne-8



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    2015年8月15日は70回目の「終戦記念日」。私の中では「第二次世界大戦」という歴史上の出来
    事として、子どもの頃から耳にし、毎年、夏休みのお盆の頃がやってくるとテレビや新聞などでも取り上げられていた日本人にとって特別の日というイメージの日です。

    「イメージの日」というのは、あまりにも軽い言葉ですが、実際に戦争を経験していない昭和27年(1
    952年)生まれの私にとっては、正直な気持ちで言えば、そういう表現になることをあらためて思わざ
    るを得ない気がしているこのところの政局です。

    自分自身の戦争に対する危機意識の浅薄さそのものが、現在、国会で議論されているような切迫した事態を生んでしまったことに加担しているような、うしろめたさも否めません。

    中学生になった思春期の頃から、戦争の悲惨さは勿論、いわゆる「聖戦」などという言葉の持つ欺瞞性などを少しずつ考えるようになっていきましたし、このブログでも再三再四、舟木さんのおかげでこの思春期の頃に出逢うことのできた「絶唱」という作品(歌も映画も含めて)のことも、思い起こして記事にしてきました。また、広島、長崎へも高校時代に訪れて、「原爆の爪痕」も追体験してきてはいました。でも、戦後70年を経て、また、「軍靴の足音」が、近づいてきたような不安感に囚われている今日この頃です。昭和27年生まれの「戦後世代」のひとりである自分自身が、今日まで「戦争」というものと、どのように向き合ってきたのか?を自分自身に問う時が来ているように感じています。
    それなりの「平和」教育を受けてきた世代ですから、自分なりに、もっとできることがあったのではない
    かと70年目の終戦の日を迎えて自問自答しています。

    よく映画やテレビドラマなどでも登場するラジオから流れる「玉音放送」を国民が聴く場面がありますが、自分自身の追体験として、8月1日に宮内庁が公開した「玉音放送」のレコード原盤を聴き、その意味するものを考えてみたいと思っています。


    毎日新聞 webニュース  (2015年08月01日 05時00分)より、転載させていただきました。
    http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150801k0000m040144000c.html

    イメージ 1玉音放送
    録音レコードの原盤を初公開
     ◇「御前会議」会議室の写真も 50年ぶりに

     戦後70年にあたり、宮内庁は1日、昭和天皇が国民に戦争の終結を伝えた「玉音放送」の音声を録音したレコードの原盤を初めて公開した。デジタル録音したこの原盤の音声も公開した。終戦を決断した「御前会議」が開かれた皇居内の防空壕(ごう)の現状を撮影した写真や映像も併せて公開した。同庁のホームページ(HP)に掲載する。
     玉音放送の音声は、「終戦の詔書」を読み上げた昭和天皇の声を録音したもので、1945年8月15日正午、全国にラジオ放送された。
     録音は、前日の8月14日夜に宮内省(当時)で行われた。原盤は2枚組みと3枚組みの計5枚で、戦後、皇室の所蔵品の「御物」として宮内庁が保管していた。3枚組みは1枚に破損があったが、2枚組みは再生が可能で、その音声をデジタル録音して公開した。


    原盤は天皇、皇后両陛下と皇太子さま、秋篠宮さまも今年6月に聞かれたという。
    宮内庁によると、市販のCDやインターネットなどで公開されている玉音放送の音声は、戦後、コピーが繰り返されたものとみられる。原盤は46年7月、連合国軍総司令部(GHQ)からの「コピーを残したい」との要請を受け、9日間貸し出されたことがあるという。
    内部の写真などが公開された防空壕は「御文庫(おぶんこ)付属庫」と呼ばれる施設。昭和天皇が居住していた御文庫の北東約100メートルの場所に陸軍が建設した。御前会議が開かれた会議室などがあり、宮内庁は今年7月に撮影した25枚の写真と映像、図面を公開した。会議室は壁の化粧板がはがれ、床が朽ちており、戦後70年の時間の経過をうかがわせている。付属庫の写真公開は65年以来、50年ぶり。
    宮内庁幹部は「終戦関係の象徴的な資料を国民に知ってもらうことに意義がある。(両陛下も)そういうお気持ちだと思う」と話している。【真鍋光之、高島博之】

    以下は同じく毎日新聞がyoutubeにアップした動画です。

    宮内庁:玉音放送の原盤を初公表 音声も公開
    https://youtu.be/RFVzDGSiojs


    戦後70年に当たり宮内庁は1日、終戦の日の昭和天皇の「玉音放送」を録音したレコー­ドの原盤を初めて公表し、併せて音声を公開した。玉音放送は、1945年8月15日正­午からラジオ放送された昭和天皇による終戦詔書の朗読(約4分30秒)。前日の14日­深夜、当時の宮内省内で録音された。昭和天皇はとり直しを希望して2回読み上げ、2種­類の原盤が完成した。今回公表されるのは、実際に放送された2回目の録音の原盤。


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    「終戦の詔勅(玉音放送)」口語訳
    ネット上のサイト「満州引き揚げ回想記」より転載させていただきました。
    http://homepage1.nifty.com/tukahara/manshu/syusensyousyo.htm

    終戦の詔勅 -玉音放送- (1945.8.15正午)
    原文(赤字)口語訳(黒字)
     
    朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
     
    私は、深く世界の大勢と日本国の現状とを振返り、非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、ここに忠実かつ善良なあなたがた国民に申し伝える。
     
    朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
       
    私は、日本国政府から米、英、中、ソの四国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告するよう下命した。
     
    抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
       
    そもそも日本国民の平穏無事を図って世界繁栄の喜びを共有することは、代々天皇が伝えてきた理念であり、私が常々大切にしてきたことである。先に米英二国に対して宣戦した理由も、本来日本の自立と東アジア諸国の安定とを望み願う思いから出たものであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとから私の望むところではない。
    ところが交戦はもう四年を経て、我が陸海将兵の勇敢な戦いも、我が多くの公職者の奮励努力も、我が一
    億国民の無私の尽力も、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転していないし、世界の大勢もまた我国に有利をもたらしていない。それどころか、敵は新たに残虐な爆弾(原爆)を使用して、しきりに無実の人々までをも殺傷しており、惨澹たる被害がどこまで及ぶのか全く予測できないまでに至った。
    なのにまだ戦争を継続するならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも
    破滅しかねないであろう。このようなことでは、私は一体どうやって多くの愛すべき国民を守り、代々の天皇の御霊に謝罪したら良いというのか。これこそが、私が日本国政府に対し共同宣言を受諾(無条件降伏)するよう下命するに至った理由なのである。
     
    朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

    私は、日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対しては遺憾の意を表せざるを得ない。日本国民であって前線で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が身を引き裂かれる思いである。また戦傷を負ったり、災禍を被って家財職業を失った人々の再起については、私が深く心を痛めているところである。
    考えれば、今後日本国の受けるべき苦難はきっと並大抵のことではなかろう。あなたがた国民の本心も私
    はよく理解している。しかしながら、私は時の巡り合せに逆らわず、堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである。

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    朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

    私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良なあなたがた国民の真心を拠所として、常にあなたがた国民と共に過ごすことができる。もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、私が最も強く警戒するところである。
    ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への
    道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
    あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。


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    終戦記念日に合わせて、舟木さんが唄っていらっしゃる曲でyoutubeにアップされているものの中から二つの歌を選んでみました。
    ふたつとも「戦争」が題材にされているのですが、一見すると、全く異なる「戦争」というものの側面が
    表現されています。そして、どちらも「戦争」というものが、もたらす人間の心情であり、風景なのだと
    思います。だからこそ、なおさらに「戦争」を引き起こしてしまう人間の心の脆さや危うさ、愚かさに真正面から向き合わなくてはならないのだと思います。

    その1 里の秋  作詩:斎藤信夫、作曲:海沼実  アルバム「舟木一夫の想い出の歌」収録 
    https://youtu.be/mKe3JUjXSUQ(kazuyanさんの動画です)



    イメージ 3静かな静かな 里の秋
    お背戸(せど)に木の実の 落ちる夜は
    ああ母さんと ただ二人
    栗の実煮てます いろりばた

    明るい明るい 星の空
    鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
    ああ父さんの あの笑顔
    栗の実食べては 思い出す

    さよならさよなら 椰子(やし)の島
    お舟にゆられて 帰られる
    ああ父さんよ 御無事でと
    今夜も母さんと 祈ります


    里の秋  ~ウィキペディアより~
    1945年(昭和20年)12月24日、ラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后」の中で、引揚援護局のあいさつの後、川田正子の新曲として全国に向けて放送された。
    放送直後から多くの反響があり、翌年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われた。
    1番ではふるさとの秋を母親と過ごす様子、2番では夜空の下で遠くにいる父親を思う様子、3番では父親の無事の帰りを願う母子の思いを表現している。

    *仁木紘三のうた物語~ 「里の秋」の誕生についての詳細がアップされています。
    http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/07/post_36eb.html


    その2 荒鷲の歌    作詩・作曲:東辰三    (昭和15年10月発表/昭和48年発売「決定版 日本軍歌大全集」)
    https://youtu.be/Auh6rCblVLw 


                                                 昭和15年頃の原盤レコード

    イメージ 4見たか銀翼 この勇士
    日本男子が 精こめて
    作って育てた わが愛機
    空の護りは 引受けた
    来るなら来てみろ 赤蜻蛉
    ブンブン荒鷲 ブンと飛ぶぞ

    誰が付けたか 荒鷲の
    名にも恥じない この力
    霧も嵐も なんのその
    重い爆弾 抱えこみ
    南京ぐらいは ひとまたぎ
    ブンブン荒鷲 ブンと飛ぶぞ
                                                                    荒鷲航空隊員
    金波銀波の 海越えてイメージ 5
    曇らぬ月こそ わが心
    正義の日本 知ったかと
    今宵また飛ぶ 荒鷲よ
    御苦労しっかり 頼んだぜ
    ブンブン荒鷲 ブンと飛ぶぞ

    翼に日の丸 乗組は
    大和魂の 持主だ
    敵機はあらまし 潰したが
    あるなら出て来い お代わり来い
    プロペラばかりか 腕も鳴る
    ブンブン荒鷲 ブンと飛ぶぞ
    *二番は歌唱されていません。

    *歌詞中に出てくる「赤蜻蛉」とは当時の海軍の練習機である九三式中間練習機や陸軍の九五式一型練習機のことで、日本軍航空部隊練習機は橙色で塗られており、それが「赤トンボ」に見えることから。 タイトルにも含まれる荒鷲は当時の航空隊の搭乗員のことを表す。



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    中日新聞webより転載   8月14日 社説 元ゼロ戦乗りの反戦論~戦後70年を考える
    http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2015081402000114.html

    イメージ 16戦争体験者が減る中、真珠湾攻撃から敗戦まで「ゼロ戦」に乗り続けた元パイロットがいます。講演で「戦争ほどの罪悪はない」と語り続けています。
    長野市在住の原田要さん。九十九歳。つえが必要な日常ですが、往時を語りだすと言葉に力がこもります。十七歳で旧海軍に入り、パイロットとして日中戦争へ出撃、太平洋戦争ではゼロ戦に乗り、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島攻撃など主要な戦闘に参加。空中戦で撃たれ、重傷を負ったこともあります。

     危機感から始めた講演

    原田さんは語ります。「寝ると戦争の夢ばかりみる。忘れよう、と努力して忘れかけていたところで湾岸戦争が起きたのです。テレビでミサイルが撃ち込まれる様子を見た若い人たちが『花火のようできれい』と言ったのにがくぜんとしました。ミサイルが落ちるところには一番弱い人々がいて犠牲になっている。そのことに思いが至らないのです」

    幼稚園経営を引退し、穏やかな生活を送っていた原田さん。講演活動を始めたのは、戦争を知らない世代への危機感からでした。「戦争で幸せになる人は一人もいない」。これが操縦席の内側から最前線を見てきた実感なのです。
    開戦前の一九四一年秋、空母「蒼龍(そうりゅう)」への乗艦を命じられ、大分県の航空隊でゼロ戦と出会いました。厳しい訓練を経て出港。戦艦、空母、巡洋艦などが集結した択捉島の単冠湾で「目標は真珠湾」と知らされました。原田さんの役割は艦隊の哨戒飛行でした。攻撃隊が戻り、「軍港が火の海になりました」との報告があり、艦上は「バンザイ、バンザイ」と戦争に勝ったよう。電信員が原田さんに近づいてきました。ゼロ戦一機がはぐれてしまったのです。

    イメージ 17 小を見捨てる無慈悲

    「攻撃前、位置が分からなくなったら、誘導電波を艦隊に要求しろ、その電波に乗って帰れるという話でした。電信員は『電波を要求しているが出せない』という。『ひどいじゃないか』と詰め寄ると『敵が電波に乗ってやってきたら元も子もない』というのです。大を守るために小を犠牲にする。戦争の無慈悲を感じたのです」

    真珠湾攻撃から半年後、日米の空母機動部隊が激突したミッドウェー海戦で日本は参戦した空母四隻すべてを失いました。原田さんはやむを得ずゼロ戦ごと着水、周囲の兵士が海に沈む中、日本の駆逐艦に救助されます。
    「甲板は手や足を失った兵士や顔が黒こげになった兵士で埋めつくされ、地獄絵のようでした。医官が近づいてきたので『苦しんでいる人を早くみてください』というと『何を言っている。君のように少し手当てをすれば、戦える人から治療する。ここは最前線なんだ』といわれたのです」。戦争はやはり無慈悲でした。


    軍は敗戦を隠すため、原田さんら生還したパイロットを鹿児島県の収容所のような基地に幽閉。その後、転属を命じられ、ガダルカナル島の攻略戦で敵機に撃たれて左腕を負傷、ジャングルに不時着して日本軍の基地にたどり着き、再び一命を取り留めました。内地に戻り、特攻隊員の養成教官などを経て、終戦を迎えました。

    講演会で「敵を撃墜すると気持ちがいいでしょう」と聞かれることがあるそうです。原田さんはこう答えています。
    「とんでもない。まず落とされないで助かったとホッとする安堵(あんど)感。その次に技術が彼よりも上だったという優越感。このふたつが頭をさっとかすめる。そのあと相手も死にたくなかった、彼の家族まで泣くだろう。そう考えれば、気持ちがいいはずがない」「接近戦で相手のパイロットが『もうやめてくれ』という顔をする。身ぶりまで見える。でも、撃たなければ次には自分が撃たれるから撃つしかない。罪も憎しみもない同じ人間にとどめを刺すのが戦争なんです」

    戦後、原田さんは米国に行き、ガダルカナル島で自分が撃墜したものの、生還した米人パイロットに会い、州知事になったことを知りました。英国ではインド洋空戦で撃墜した英人パイロットと再会、「ヨウコソ」と歓迎され、涙がとまらなかったそうです。

     「戦争ほどの罪悪はない」

    訪れたミッドウェー島は野鳥が生き生きと暮らすのどかな小島でした。小さな島の取り合いに命を懸けた過去は、尖閣諸島をめぐり対立する現在の日本と中国の姿と重なります。

    国会では野党が「戦争法案」と批判する安全保障関連法案の審議が進みます。「戦争ほどの罪悪はない」「平和は犠牲の上になりたっている」。原田さんの言葉を今こそ、かみしめたいものです。


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    太平洋戦争で吉本は戦闘機部隊「荒鷲隊」にちなんだ「わらわし隊」を戦地に派遣!
    http://blog.livedoor.jp/corez18c24-mili777/archives/42150027.html

    イメージ 9国力のすべてを戦争に-。1938年に成立した国家総動員法は、経済活動のみならず、文化・芸術・芸能までも戦争の道具にしていった。漫才師たちは海を渡って戦地で兵隊を笑わせ、国内で戦時スローガンを浸透させる役割を担った。「移動中に崖の上から銃撃されたこともある。線香を供えられた遺体は、前日、漫才を聞いてくれた兵隊だった」

    漫才師の内海桂子さん(92)は43、44年に、陸軍が編成する戦地慰問団に参加し、旧満州と中国北部を訪れた。 軍部につながりのある芸能会社が慰問の仕事を請け負い、芸人を集めていた。慰問先は戦地だけでなく、内地の部隊や軍需工場にも及んだ。芸人も、芸能会社も、戦争で仕事を増やした人たちがいたという。 「国には戦争でえらくなる人もいる。戦争をあおって飯を食ってる人がいたんだよ。そんなのがなければ、戦争しなくても済んだかもしれないのに」

    吉本は「わらわし隊」

    漫才師の戦地慰問は31年の満州事変の直後に始まった。大阪に拠点を置く吉本興業は38年、日本の戦闘機部隊「荒鷲(あらわし)隊」にちなんだボランティアの慰問団「わらわし隊」を派遣する。同社文芸顧問の竹本浩三さん(79)は「戦争が進むと国内の劇場は閉鎖されていった。吉本は軍に協力して、興行を継続させようとしたんだろう」と話す。
    当時、国内の舞台は事前検閲の上、警察の監視下で行われたが、戦地は別だった。竹本さんは「あすの命もしれない兵隊の前で、ぬるま湯の漫才なんてできない。軍批判も反戦的なものも自由にやった」と話す。

    ◆軍批判も反戦漫才も

    陸軍情報局で言論統制の中心的役割を担った鈴木庫三(くらぞう)少佐は漫才を国策宣伝の有力な手段と認識していた。41年の雑誌の対談では「吉本興業で漫才師300人を集めて、午前2時まで講演したことがある。時局漫才は、笑わせながら時局認識を与えようというところがある」と話している。

    漫才にとどまらず、文化芸能は戦争と深く結びついていた。「詩歌と戦争」の著者で東京外大大学院の中野敏男教授は軍の暴走だけでは、その背景は説明できないと考えている。32年の上海事変では、敵陣への突撃路を確保するため3人の兵隊が爆死し、爆弾三勇士と呼ばれた。新聞は関連記事を連日書き、映画、演劇、歌、講談、漫才になり、国民は熱狂した。「国民が求め、(見せる側が)大衆迎合した」と指摘する。

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    大切な人との、あたりまえの日常を守っていくために、日本が世界の中でどのような役割を果たす国になるべきなのか、どういう日本の姿を見せていくのか、その方向性をイメージし、決めていくのは私たちひとりひとりだと思います。むつかしい選択ですが、「終戦の日」を機に、それぞれがこれからの日本の姿を思い描いてみることは、私たち戦後生まれの者の大切な責任なのでしょうね。


    絶唱  作詩:西條八十 作曲:市川昭介
    https://youtu.be/Ip62KFsYiwo



    イメージ 8愛おしい 山鳩は
    山こえて どこの空
    名さえはかない 淡雪の娘よ
    なぜ死んだ ああ 小雪

    結ばれて 引き裂かれ
    七年を 西東
    いのち短く 待つ日は永く
    泣きぬれた ああ 小雪

    山番の山小舎に 
    春が来る 花が咲く
    着せて空しい 花嫁衣装 
    とこしえの ああ小雪

    なぜ死んだ ああ 小雪  





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    8月19日(水)   通常コンサート:川口総合文化センター・リリア


    2015年    シアターコンサート

    8月28日(金)   中日劇場     
    8月29日(土)   中日劇場  


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    9月8日(火)    新橋演舞場   

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    イメージ 62015年    ふれんどコンサート

    9月13日(日)  大阪メルパルクホール   
     
    9月19日(土)  東京メルパルクホール





    2015年    通常コンサート    (9月以降)

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    イメージ 49月23日(水・祝) 茨城県立県民文化センター

    9月29日(火)  兵庫県 姫路市文化センター 

    9月30日水)  滋賀県  びわ湖ホール   

    10月6日(火)  大阪府 大阪フェスティバルホール 

    10月13日(火) 岡山県 岡山市民会館

    10月15日(木) 福岡県 福岡サンパレスホテル&ホール

    10月19日(月) 新潟県 新潟県民会館   

                                    
    イメージ 5                                  


                    2015年 ー 風 アダルトに

    11月3日(火・祝) 東京メルパルクホール   





    11月8日(日)   ファイナル・コンサート in  中野サンプラザ  


     
    新橋演舞場特別公演 12月1日(火)~23日(水・祝) 

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    NHKnet news     お盆の伝統行事 京都で五山送り火  8月16日

    京都のお盆の伝統行事、「京都五山送り火」が16日夜行われ、「大」や「妙法」の文字などが古都の夜空に浮かび上がりました。
    「五山送り火」はお盆に先祖の霊を送る京都の伝統行事で、300年以上の歴史があるとされています。
    京都市左京区の大文字山では、午後8時に願い事などが書かれた護摩木を組んだ火床に一斉に火がともされ、山の斜面に大きな「大」の文字が浮かび上がりました。続いて、「妙法」「船形」、「左大文字」、「鳥居形」の順に火がつけられ、京都市を囲む5つの山々が炎で描かれた文字などで彩られました。
    16日夜の京都市は時折雨が降る天気となりましたが、京都市上京区の建物の屋上には、観光客や地元の人などおよそ300人が集まり、炎が作り出す幻想的な風景に見入っていました。三重県四日市市から子ども連れで訪れた40代の女性は「初めて来ましたが、特に『妙』の字がきれいでした」と話していました。

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    ヨルタモリ 2015.8.16  ゲスト:福山雅治さん
    https://youtu.be/UvQael6uFpc
    「銭形平次」弾き語りの部分は13分経過頃からです。




    銭形平次 芸能生活50周年記念 舟木一夫プレミアムBOX  ビデオクリップ映像ver.動画
    https://youtu.be/Ud0VOCo_BJ8



    銭形平次 舟木一夫さん '77年歌唱 & 入り待ち描写 (kazuyanさんの動画です)
    https://youtu.be/7gNEwKL036c



    イメージ 6作詩︰関沢新一 作曲︰安藤実親

    男だったら 一つにかける
    かけてもつれた 謎をとく
    誰がよんだか
    誰がよんだか 銭形平次
    花のお江戸は 八百八町
    今日も決めての
    今日も決めての 銭がとぶ

    やぼな十手は みせたくないが
    みせてききたい こともある
    悪い奴らにゃ 
    悪い奴らにゃ 先手をとるが
    恋のいろはは 見当つかぬ
    とんだことさと 
    とんだことさと にが笑い

    道はときには 曲りもするが
    曲げちゃならない 人の道
    どこへゆくのか
    どこへゆくのか 銭形平次
    なんだ神田の 明神下で
    胸に思案の
    胸に思案の 月をみる


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    舟木さんの夏休み明け、最初のコンサートに行ってきます 
    8月19日(水)川口総合文化センター・リリア

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    その人は昔のテーマ 作詩:松山善三 作曲:船村徹 (沢田舟木さんの動画です)

    1977年発売15周年記念アルバム「限りない青春の季節」VER





    恋のホロッポ 作詩:松山善三 作曲:船村徹
    東京映画「その人は昔」挿入歌


      1983年発売 シングル盤 内藤洋子さんとのデュエットVER.

    イメージ 2ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故君は走っているの
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故だか私はわからない
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故君は泣いているの
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故だか私はわからない
    ホロッポホロッポ
    一緒に泣いてあげようか
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    ホロッポホロッポ ホロッポホロッポ
     
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故あなたはだまっているの
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ                                      
      
     



    イメージ 9何故だか僕にはわからない
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故貴方は泣いているの
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    何故だか僕にはわからない
    ホロッポホロッポ
    一緒に泣いてあげましょうか
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    ホロッポホロッポ ホロッポホロッポ
    ホロッポホロッポ一緒に遠くへ行こうよ
    ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
    ホロッポホロッポ ホロッポホロッポ
     
     
     

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    恋のホロッポ  1977年発売15周年記念アルバム「限りない青春の季節」VER.
    https://youtu.be/05_eMsSdOsg  (沢田舟木さんの動画です)



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    映画「その人は昔」 予告編 主演:舟木一夫 内藤洋子 (youtubeより)




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    19日は、川口リリアホールでのコンサート夜の部を拝見してきました。午前中に名古屋から新幹線で出発しましたが、先ずは歌舞伎座に向かい八月納涼歌舞伎第一部を観劇。そして川口へ移動。翌日は東京に居残りをして再び歌舞伎座で第一部を観劇。


    八月納涼歌舞伎 

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    先日もご紹介しましたが、今回の上京で舟木さんのコンサートとセットで楽しんできました。
    亡くなった勘三郎さんと三津五郎さんが若い頃に始めて以来、ずっと歌舞伎座の夏の風物詩となっている
    公演です。私が歌舞伎を観始めたのは関西に住んでいた頃ですが、当初は松竹座とか南座、あるいは関西公演のみだったのですが、初めて歌舞伎座まで遠征して観たのも八月納涼歌舞伎でしたので、ことのほか想い出深い公演です。

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    通常は、昼夜の二回公演で、演目構成がそれぞれ変わりますが、八月納涼歌舞伎のみ若い人や初心者向け旅行者(特に海外)向けということを意識してか三部制で演目も比較的わかりやすいものになっています。今回、私は、19日の第二部、20日の第一部を観劇しました。舟木さんのコンサートの夜の部開演の前に第二部を観ましたが、コンサートの開演が18時だったため、第二部の二つ目の演目「京人形」を観ていると開演に間に合わないため、一つ目の演目「ひらかな盛衰記 逆櫓」だけを観て川口リリアホールに向かいました。

    八月納涼歌舞伎は、若手花形が大きなお役を勤めることのできる舞台で、彼らにとっても貴重な経験のできる特別な公演ですので、私自身もとても楽しみです。勘三郎さん、三津五郎さんという大看板が若くして亡くなったことは、歌舞伎界にとっても歌舞伎ファンにとっても、とても悲しいショッキングな出来事でしたが、今回、お二人の芸を受け継いで、息子さんたちが若い力を見せつけてくれました。勘三郎さんの息子さんの勘九郎さん、七之助さん、三津五郎さんの息子さんの巳之助さんはもちろん、現在闘病して休養中の中村福助さんの息子さんの児太郎さん、そして中村錦之助さんの息子さんの隼人さん、坂東弥十郎さんの息子さんの新悟さん。勘三郎さんの部屋子だった中村鶴松さん、中村橋之助さんの息子さんたちが素晴らしい成長ぶりを見せてくれています。伝統芸能が長い歴史の中で培ってきた底力をあらためて痛感できた八月納涼歌舞伎でした。

    三津五郎と勘三郎の人気演目 息子たちが披露「棒しばり」(納涼歌舞伎・第一部)
    http://www.dailymotion.com/video/x31qntd

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    棒しばり  十八世勘三郎&十世三津五郎
    https://youtu.be/kO-VReBfpQg



    おちくぼ物語 (納涼歌舞伎・第一部)

    イメージ 4原作は源氏物語より古い時期のものを宇野信夫脚本で舞台化したもの。簡単に言えば日本版「シンデレラ」と言われている継子虐めのお話です。
    「おちくぼ」とは、屋敷の中の日当りの悪い、一番おちくぼんだ部屋に住まわされている継子の姫に意地悪な継母がつけたあだ名です。
    継母は先妻の想いが未だに忘れられない夫への面当てのように継子の姫につらく当たります。姫の実父は、頼りにならない昼行灯のような男。

    前半はただ耐えるのみの姫の哀れさとそんな姫に心を寄せる貴公子との恋物語が描かれますが、終盤になると、姫が自力で自分の幸せへの道を切り拓いていくという展開になるのが現代風で、私にはとても好ましく感じました。ひたすら耐え忍ぶのみでない女性像であることが嬉しい終幕でした。

                         姫の七之助さんと貴公子隼人さん →



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    いつも「お出迎え」写真を撮ってくださる舟友さん撮影。12時半ごろの楽屋入りの様子。
    公開を快諾いただきましたので感謝と共にアップさせていただきます。


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    それでは、いつものように、コンサートのれぽを舟木さんのトークを中心にしてご紹介します。
    ~舟木さんのトーク部分はピンク文字です~

    舟木一夫 コンサート 2015 川口リリアホール 8月19日 18時開演


    高原のお嬢さん
     https://youtu.be/Z_WufaWKkc0   (kazuyanさんの動画です)





    イメージ 8オープニング
    ~高原のお嬢さん

    ワンコーラス目は幕が降りたまま舟木さんの歌声だけが聴こえてきます。豊かな声量、艶やかな歌声。ツーコーラス目に入る頃に幕が上がり煉瓦色のジャケットで登場
     
    表情もにこやかにお元気そのもの むしろ、ちょっと頬もふっくらされたようで舟木さんは夏に強いのかしらと…

    どうにかこうにか35度なんてことはおさまってるカンジですが…
    僕なんか夏はできるだけ炎天下には出ないようにしてます。お互い様にとしですから皆さんもお大事に。

    今日はようこそお越しくださいました。どうぞのんびりと楽しんで下さい

    ~プレゼントタイム~

    花咲く乙女たち

    くちなしのバラード
    https://youtu.be/RYtfXi8vP5c (kazuyanさんの動画です)

    東京は恋する

    北国の街

    友を送る歌

    この日も見事な舟友さんの花束です。ステージに文字通り花を添えて…

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    プレゼントタイムの時に舟木さんがテーブルの上に置いた紙袋がおさまりが悪くて中身が落ちてしまったのですね。客席がちょっとザワザワ…こまめに落ちたものを拾う舟木さん。

    今いただきものをしたんですが、中身が飛び出してバラバラ…紙袋は立ちやすいのと立ちにくいのがあって…最近の歌い手は舞台の掃除もしなきゃいけねぇ(笑)
    何十年歌ってても飽きることかない歌っていうのがある…歌い手も好きで歌い手になってるわけですから…歌のエッセンスを感じなくなっちゃいけない…最近使わなくなった言葉っていうのもありますがそれはそれでいい…ヒットした歌っていうのはやっぱりいい歌なんでしょうね。

    イメージ 10ちょっと聞き取りにくかった部分もあったのですが、歌い手がその歌のもつエッセンスを常に新鮮に感じる感性やお客様に新鮮に感じてもらえるようにアレンジや歌い方を工夫しなければ歌う側も聴く側も飽きてしまう。ただ、ただ懐かしいヒット曲ということだけにおぶさって歌っていらっしゃるのではないのでしょうね。それがプロフェッショナルということなんだろうなと私なり舟木さんの言葉をかみしめつつ受け止めました。

    ここで3つばかし並べたのは青春時代の風景の中で誰もが必ず通ってくる…

    その人は昔のテーマ

    哀愁の夜

    眠らない青春


    眠らない青春のラスト小林さんのサックスのアドリブはこの日もはじけてました(笑)
    ほっときゃいつまでやってるかわかったもんじゃない(笑)
    腰に手を当ててニコニコ見守る舟木さんの目が優しい…

    流行歌はステージでは単独には歌わない、大抵は何曲かつなげて歌います、ぼくなんかせっかちなんでトークが長くなるのがいやなんで…トーク(遠く)より近くがいい…ハ・ハ・ハ(拍手)  
    出ましたよ。夏休み明けのダジャレ(笑)

    ここ二年くらい前から日本の歌のスタンダード…「高校三年生」もその中に入ってるんでしょうが…を最近流行ってる「ひとの歌をカバーする」というんじゃなくて、ほっとくのがもったいない歌をステージにのっけるようにしてるんですけど去年は「宵待草」「ゴンドラの歌」とかの歌曲系とか流行歌のスタンダードとか…僕はあと四ヶ月経つと71!…

    左手を下の方に向けて何かとても嬉しそうにジェスチャー…
    舟木さんはトシを重ねることを豊かに楽しんでいらっしゃる感じ?(笑)

    どこまで歌い手として第一線で歌い続けることができるかに大きなチャレンジを挑んでいらっしゃる凄い「気」のパワーを感じます。現役ステージシンガー最高齢のギネス登録もアリかもですね。
    冗談じゃなく本気でそう思ってしまう気迫に満ちたパワフルな歌声ですもん。

    ぬくもりのあるスタンダードナンバーを2つ並べてみました。

     イメージ 11~日本の名曲たち~

    空に星があるように

    上を向いて歩こう

    右手で膝を打ってリズムをとりながら歌う舟木さんに会場からも手拍子が起こってなごやかなムード、「哀愁の夜」に続いて再び口笛も聴けて嬉しい!




    今聞いても古いことはないでしょ、でも今は出てこない歌…しごく単純なメロディーで、情景の説明が全くないスタンダード、こういう歌は大事にしていった方がいい…
    来年あたり「荒城の月」をフォーコーラスきちっと歌ってみたいですが…(拍手)…できる限りいい歌を歌っていきたいと…
    いつも言ってますがコンサートはただ聴いてるだけじゃなくお客様も参加していただく(笑)
    ここらで少し重いお尻をあげていただいて…

    イメージ 12煉瓦色のジャケットを脱いで…
    ~ スタンディング&サインボール~

     銭形平次

     そばにいるから

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     ← 舟友さんがGET!なさいましたよ 











    サインボールをゲットした方へのサイン色紙受け取りご案内のあと

    イメージ 15いつも言うように歌い手のサインなんて読めたためしがない(笑)
    二十代の頃、2日続きの地方巡業公演の時に泊まった旅館のご主人と女将さんにサイン色紙を頼まれて書いて1日目の公演が終わって帰ったら玄関に色紙が上下逆さまにかかってた(笑)
    その頃から必ず日付を入れるようにした。シールを貼ると上下がわかる(笑)

    デビューした頃にずっと歌っていられると思ってる人はいないでしょう。「強い演歌系」の人は一生貫いていこうという人もいますが僕なんかそういうのがなかった…「高校三年生」がヒットしたので…考えてみればヘンな歌でしょう?



    大抵の歌い手さんはラブ・ソングでデビューする中、舟木さんは「特殊な歌」でデビューしたということを「ヘンな歌」と表現なさいますが当時の舟木さんにしてみればこの先、自分はどういう歌い手になるんだろう?という戸惑いがかなりあったんでしょうね。

    そうこうするうちに流行歌の本筋に行かなきゃいけないわけで…「花咲く乙女たち」「北国の街」とか出てきて「高原のお嬢さん」あたりで足が地についたカンジになった。

    トークしながらオフホワイトのジャケットを着る舟木さん。片っ方の袖だけ通して肩に引っ掛けるポーズは今回はなしでした(笑)

    その後が抒情歌…日本の四季の風が吹いてくるような涼やかな世界をメドレーで「絶唱」から

    イメージ 16~抒情歌メドレー~

    絶唱

    まだ見ぬ君を恋うる歌

    あゝりんどうの花咲けど

    夕月の乙女

    夕笛



    四季とは切っても切れないなといのがよくわかっていただけたと思います。
    「初恋」というと悲しいのが多い、実らないのが初恋というイメージですが藤村の「初恋」は「楽しき恋の盃を…」という珍しい「楽しい初恋」の歌…


    そういう解釈とイメージがあるから「初恋」を歌う舟木さんの表情はいつも微笑みをたたえているんですね。なるほどと間抜けな私は今さらのようですが後れ馳せながらわかりました(笑)

    イメージ 18色んなジャンルの軽音楽の中でも流行歌というのは唯一の国産ですからね。
    若い頃、新聞記者さんと喧嘩したことがあるんです。洋楽の代表的な大御所フランクシナトラは素晴らしい、日本の歌い手はかなわないと言うからカチンときて、何いってんだ!「女船頭唄」を唄わせたらは三橋さんの右に出る歌い手はいない!
    もともと比べられないものを比べるなんてと腹が立った。

    あと11ヶ月経つと55年です。
    どこまでやっていけるかわかりませんが、70になってこんな風に歌ってるのがスゴいことで(拍手)
    これからも、もう少し続けましょう!どちらが欠けても成立しないことですから、皆さんも家から会場までたどり着ける体力を温存してください。お互いに頑張りましょう!

    みんなそれぞれに自分なりにハードルをいくつも越えてきたんですからこれから先は自分の好きなようにする…いやな人とは会わなくていい。どうしてもという時は電話ですませる(笑)
    もう、それだけの権利があると思いますよ。



    イメージ 1970才になったんで恥も外聞もなく52、3年前の歌をズラッと並べてみたらどうですかとスタッフに言われたんで…

    ~ラストブロック~

    あゝ青春の胸の血は

    君たちがいて僕がいた
    https://youtu.be/IwxBJnOgbFE (kazuyanさんの動画です)

    高校三年生

    イメージ 20






    (kazuyanさんの動画です)

    少年いろの空


    舟木さんの爽やかな笑顔で、いったん緞帳がおりてイメージ 21

    アンコール

    黒ジャケットに着替えて再び登場。出てくるなりの第一声が…

    イメージ 22


    「終わりです!(笑)」
    本当に歌い手冥利に尽きるわけです。50年以上皆さんの前で歌えるわけですから。
    5月27日に出た新曲、この歌をなんとかヒットさせたいんですよ。
    大人の歌を…私がオトナかどうかはわからないんですが(笑) 大人の歌を大人の歌い手が大人のお客様の前で歌ってヒットしないとつまんないじゃないですか。


    イメージ 23春はまた君を彩る   作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ

    冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう
    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと


    舟木さんのオーラすごいですね…マイナスイオンを浴びる森林浴効果さながらのようにジワッ~と心地好く癒されました。

    この夏の猛暑にヘキエキして夏バテ気味の身体と心に静かに深くしみいるビタミンFの威力は想像以上だと実感!ビタミンF健康法、夏こそ効果バツグン!夏バテ気味の方、次はぜひ中日劇場「シアターコンサート」へGO!



    この日もたくさんのファンがお見送りしていました。舟木さんお疲れ様でした

    イメージ 24


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    20日の帰りは交通費を倹約して高速バス。ちょっと渋滞で名古屋まで6時間かかりましたが富士山はきれいに見えました


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    舟友のkazuyanさんが、舟木さんがカヴァーされた「純情二重奏」を動画作品にしてくださいました。
    この曲の作詩者は西條八十ですが、この8月12日は八十の御命日でした。

    亡くなったのは1970年8月12日ですから、今年は、没後45年ということになります。
    そして、八十が亡くなった日、舟木さんは明治座で公演中だったとのことです。訃報を知らされた舟木さんが号泣されたということを、当時を知るファンの方からお聞きしました。西条八十という人は、それほど舟木さんにとって大きな存在だったのですね。

    イメージ 2~「青春賛歌」(大倉明著)より~
    …公演中の8月12日午前4時30分、詩人西條八十が急性心不全のため亡くなった。78歳だった。西條は舟木のために「花咲く乙女たち」を書いたころから、扁桃腺がんの手術のために入退院を繰り返し、昭和44年春以降は十分に声を出せない状態になっていた。
    歴史社会学者の筒井清忠は著書「西條八十」(中公新書)の中で、西條は「花咲く乙女たち」に見られるように「生涯この喪失感の悲哀美を歌い続けた詩人」であり、舟木の「絶唱」を通して「『純愛』の”死に水”をとりつつあった。」と述べ、「夕笛」で「初恋の傷心」をうたう地点にもどったところが八十の最後のヒット曲となった地点であった。それを最後の抒情派歌手舟木一夫が歌ったわけである」と記している。…




    純情二重奏  作詩:西條八十 作曲:万城目正



    イメージ 3~筒井清忠著「西條八十」より  「純情二重奏」についての一文~

    八十の母を思う気持ちがストレートに出たとりわけ抒情的な歌詞といえよう。サトウ・ハチローは「母の形見の鏡掛け、色もなつかし、友禅模様」という歌詞を激賞しているが、これは作詞のために籠った谷川岳の麓の谷川館という宿の次の間の鏡台に掛かっていたものを見たことから思い至った歌詞だという。
     


    純情二重奏  作詩:西條八十 作曲:万城目正
     (1969年発売 アルバム「ひとりぼっち第3集 舟木一夫懐かしの歌」収録)

    イメージ 4森の青葉の 蔭に来て
    なぜに淋しく あふるる涙
    想い切なく 母の名呼べば
    小鳥こたえぬ 亡き母こいし

    イメージ 5君もわたしも みなし子の
    ふたり寄り添い 竜胆(りんどう)摘めど
    誰に捧げん 花束花輪
    谺(こだま)こたえよ 亡き母こいし

    母の形見の 鏡掛け 
    色も懐かし友禅模様
    抱けば微笑む 花嫁すがた
    むかし乙女の 亡き母恋し

    春は燕(つばくろ) 秋は雁(かり)
    旅路はてなき みなし子二人
    合わす調べに 野の花揺れて
    雲も泣け泣け 亡き母こいし

    「純情二重奏」は、斎藤良輔と長瀬喜伴のシナリオにより昭和十四年に制作された映画の主題歌。映画よりも主題歌の方がヒットした感があるようです。霧島昇&高峰三枝子のデュエットで大ヒット。ストーリーは流行歌の著名な作曲家の家庭と過去の秘められた恋などが主軸のメロドラマのようです。

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    昨年の秋の中日劇場での長期公演の千穐楽のあとに「愛唱会」の皆さんとお目にかかる機会がありましたが、その時は、あまり時間もなかったので、どういった活動内容かをお聞きすることができずにいました。その後も、「愛唱会」のことがとっても気になっていたのですが、先月開催された一宮の七夕まつりにおじゃました際にお世話になった地元の舟友さんが、「愛唱会」に参加されているというので、ゆっくりお話しをお聞きすることができ、地元の人でなくても参加できますよとご親切にお誘いしてくださったので、一昨日の土曜日に、参加させていただくことができました。


    「愛唱会」 毎月一回 第4土曜日 4時30分~5時30分  次回は9月26日(土)

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    以前に「愛唱会」の皆さんが、舟木さんの出演された公開録画のテレビ番組にゲストとして北原先生とご一緒に出演なさったご様子は拝見していて、その時の印象が、とってもオーソドックスな「コーラスサークル」という感じでしたので、中学時代のコーラス部活動と、娘たちが小学生の頃に入っていたママさんコーラスしか経験がなく、さらに何十年も、大きな声を出して歌うことなどほとんどなかった私ですので先ずは「見学」させていただくという気持ちで出かけました。

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    私の住む桑名から萩原までは、いろんな経路があります。時間がかからず、交通費も一番安いのは、JR桑名から名古屋方面に向かって二つ目の駅の弥冨まで行き、弥冨から出ている名鉄尾西線で津島下車、津島から名鉄一宮までつながっている路線の途中にあるのが萩原駅です。乗り換えが2回あるので所要時間は1時間ほどかかりますが、実際の乗車時間は40分弱です。

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    ご案内して下さった舟友さんが萩原駅までご親切にお迎えに来てくださっていました。始まる時間まで1時間余りを、線路わきの「郷土資料館」のとなりの喫茶店「明楽時運」(あらじん)で「舟木さん談義」のお喋りをしていたら、すぐに時間が経ってしまいました。

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    喫茶店を出て、こちらも皆さんお馴染みのこの看板のある交差点を左折、道路の高架を向こう側にくぐると、すぐに会場の串作公民館に到着しました。

    この看板を立られたのも舟木さんの同級生。この交差点を折れずにまっすぐいくと萩原中学です

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    玄関前で、「愛唱会」代表の金田さんと、舟木さんファンの皆さんもよくご存じの舟木さんの同級生で鰻屋さんの「うお六」のご主人が参加者の方のお出迎えをしていらして、とってもにこやかな笑顔で迎えてくださいました。

    ぞくぞくと参加される皆さんが、集まって来られました。8月ということで、通常の月よりは、少し参加人数は少ないようでしたが、それでも40人ほど集まりました。

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    想像していたよりたくさんの男性の参加者があって、ちょっとビックリしました。もちろん舟木さんの同級生の方もいらしてて、当時、音楽の指導が熱心だった先生方の影響なのかな?とか、今のようにいろんな娯楽がなかった、この当時の中学生たちは、舟木さんも含めて音楽というものに今よりもむしろ大きな楽しみを感じていたのかもしれないなァとあらためて、昭和の中学生たちと「音楽」とのかかわりについて想いめぐらしました。

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    歌唱指導の奥村先生が、これまたとびっきり明るくて、楽しいお喋りで盛り上げて指導して下さるので、笑い声もたえず、本当になごやかで楽しく、初めて参加させていただいたような気がしなくて、厚かましくも、全然キンチョーすることなく、おもいっきり大きな声を出して歌う楽しさを久しぶりに味あわせていただきました。

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    毎回、歌詩集の冊子を作って下さっていて、参加の回ごとに、参加費500円と冊子代金(100円)のみで、こんな楽しい時間を過ごせるのですから、本当に気軽に足を運ぶことができるのですね。
    何より、アットホームで、ただただ、歌うことが好きな人が、大きな声で、日本の懐かしい「愛唱歌」を歌って、先生の面白トークの指導をいただいて大笑いする…なんともあたたかで心癒される時空間です。

    お世話下さっている「萩原中学校 34年度卒同窓生有志」の皆さんが、どなたも、とっても若くて爽やかで明るいことも、この「愛唱会」の大きな魅力だと感じました。
    初参加の私も、す~っと溶けませていただける素晴らしい「気」がみなぎる「愛唱会」の集い、もし参加できる方がいらっしゃれば、ぜひ、ご一緒しましょう。

    母の具合がまだ、あまりよくないので、今回、参加できるかな?と思っていましたが、末娘が代わりに来てくれたので、参加できて本当によかったです。来月も、おじゃまできるのを楽しみにしています。

    イメージ 148月22日に歌ったリスト

    朝だ元気で
    歌の町
    月の沙漠
    あざみの歌
    原爆を許すまじ
    戦争を知らない子供たち
    とんがり帽子
    長崎の鐘
    世界は二人のために
    知床旅情
    南国土佐を後にして
    千の風になって
    君たちがいて僕がいた
    ~最後は隣の人と手をつないで、童心に帰って
    夕焼小焼

    「君たちがいて僕がいた」の冒頭のセリフは舟木さんの同級生の男性が、ステキに詠んでくださいました。

    舟木さんもお得意のハーモニカを持参して吹いてくださった同級生の男性もいらして、音楽好きの萩原中学の当時の生徒さんの雰囲気が想像できます。


    君たちがいて僕がいた kazuyanさんの動画でお楽しみください




       萩原中学校、舟木さんの贈呈された時計                           中三の時、音楽室の舟木さん

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    串作公民館前のいちじくの木、色づいて食べごろの実も…さすがいちじくが特産の愛知県です

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    舟木さんも愛知県特産 

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    台風15号 今後の動きが心配です。皆さまの地域に被害が出ませんように祈ります。

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    歌の手帖 たくみさんの Twitter  (たくみん@歌の手帖 ‏@UT_takumin) より
     
    今日は久々、舟木一夫さんの現場午前中から先ほどまで、来年3月の大阪新歌舞伎座特別公演のスチール撮りにお邪魔しちょりました。さすがのオーラ

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    このお衣装は、なにやら高貴なお殿様のような風情ですね。どんなお芝居なのでしょう!?



    霧のわかれ (沢田舟木さんの動画です)
    https://youtu.be/OP-sc91tsPo



    8月19日に発売されたCDアルバム「舟木一夫 船村徹を唄う~その人は昔~」にも収録されています。沢田舟木さんがアップしてくださっています。感謝を込めてご紹介いたします。

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    イメージ 4霧のわかれ 作詩:横井弘 作曲:船村徹
    (1977年 15周年記念アルバム「舟木一夫大全集~限りない青春の季節」
    未発売12曲に収録)
    (1977年 15周年記念リサイタル ライブアルバム「歌とモノローグで綴る15年の歩み」収録)

    白い霧が 埋める駅へつづく山道
    わざと足を早めて 歩く人がかなしい
    いじめないで下さい
    私だってつらいわ
    燃えてそして別れる 巡り合わせだったの

    青い森の梢に星が一つ流れて
    甘い花のかおりが やみにゆれたあの夜
    早く逢いたかったわ 
    せめて夏の始めに
    熱くほてる背中に 秋が来てるなんて

    白い霧にのまれて 汽車が影になってく
    窓の中の貴女が 遠い人になってく
    さがさないで下さい
    夢を見たと思って
    山の宿の女は 山の宿で死んだの


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    日中はまだまだ強い日差しが照りつけ、残暑が厳しいのですが、朝夕は、いくらかしのぎやすくなってきました。夜も更けてきて、耳をすますと、涼しげな虫の声も聞こえてきます。

    明日28日と明後日29日は、名古屋の中日劇場でシアターコンサートが開催されます。
    19日に川口リリアホールでお元気な姿と、素晴らしい歌声を届けてくださった舟木さん、オリジナルヒット曲と船村徹スペシャル「演歌の旅人」二部制のコンサート、たっぷり舟酔いさせてくださることでしょう。

    恋の華 この世に酔いし 酔芙蓉

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    ありがとうも さようならも  作詩・作曲:上田成幸
    (40周年記念曲 「浮世まかせ」カップリング曲 2002年5月発売)

    kazuyanさんの動画です



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    舟友さんが撮影してくださった「お出迎え」の時の舟木さん。舟友さんありがとうございます。

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    舟友さんの夜の部のプレゼントのお花です。この日もゴージャス

    イメージ 2

    今回の中日劇場シアターコンサートは2日間ですが、私は残念ながら家の事情で一日目28日の夜の部のみです。詳細レポは後日になりますが、取り急ぎ、「速報!」です。


    開演5分ほど前に幕前に舟木さん登場、プレゼントを受け取りながらのお喋りがあります。
    この時は、黒の長そでオーバーシャツ、ブルージーンズ、チャコールグレーの靴


    イメージ 4今回のステージ衣装

    第一部 衿部分が黒サテン、パープル系のタキシード、蝶ネクタイ、胸にクリーム色のバラ、黒のベスト、黒のパンツ

    イメージ 5                      カラーはこちら→


        形はこちら↓






    第二部 純白のスリーピース、中のシャツは黒
                        ↓
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    ちなみに7月の京都南座でのステージ衣装は…
    一部は衿部分は黒サテンの新緑カラーのタキはシードに蝶ネクタイ、胸にはクリーム色のバラ、黒のベスト、黒のパンツ
    二部は濃紺のスリーピース、中は白のシャツ



    セットリスト

    イメージ 7一部  ヒットパレード

    オープニング
    ~北国の街
    絶唱
    夕笛
    その人は昔のテーマ
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん
    高校三年生
    学園広場
    新曲 春はまた君を彩る


    イメージ 8二部    演歌の旅人~船村徹の世界

    オープニング
    ~あの娘が泣いてる波止場
    トーク
    別れの一本杉
    柿の木坂の家
    早く帰ってコ
    トーク
    男の友情
    ~最初に船村先生の語りが流れます


                                     地元の舟友さんから頂戴したホットニュースの新聞記事です

    イメージ 9トーク
    どうせひろった恋だもの
    おんなの宿
    哀愁のからまつ林
    矢切の渡し
    トーク
    悦楽のブルース
    雨の夜あなたは帰る
    トーク
    ブンガチャ節
    ダイナマイトが百五十屯
    ~サインボール打ち
    トーク
    王将
    トーク
    波止場だよお父つぁん
    哀愁波止場
    ひばりの佐渡情話
    なみだ船
    兄弟船
    風雪流れ旅

    アンコール
    ~三味線マドロス


    舟木さんは、川口リリアホールに続いて、この日も絶好調でした。



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    8月28日と29日の二日間、昼夜計4公演が開催されましたが、残念ながら私は家庭の事情で、28日の夜の部だけしか拝見できませんでした。舟木さんにしては珍しく長めの夏休みだったようですが、休み明け最初のステージ、8月19日の川口リリアホールに続いて、とってもお元気で、夏バテのご様子も全く感じられず、むしろお顔もふっくらされていて、パワー全開の舟木さんでした。

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    シアターコンサートin中日劇場 8月28日 夜の部


    開演前にステージの幕前に登場した舟木さんは黒のオーバーシャツにブルージーンズにチャコールグレーのシューズというラフなスタイルでした。いつものようにプレゼントを受け取りながらのゆるーい感じのトークの一部を…  舟木さんのトーク部分は、ピンク文字です

    イメージ 3


    今日はこうやってプレゼントをいただいてますが…いただきながら歌えないステージっていうのがあるんで、すみません…私もあと3ヶ月経つと71になります…もうここまでくるとどうにでもなれ!(笑)
    高校三年生を歌ってる頃は自分が70になると思ってもみなかった。これが不思議となってみりゃあ、あっという間でしたけどね。
    今の子は小学校時代はともかくとして中学から高校にかけて急に上へ伸びる、ビックリするくらい伸びますよね。僕らの頃も中学3年生くらいの平均が男子で160cmくらいでしょ、僕は17でこの世界に入った頃は大きい方で、その後、西郷くんが入って来て抜かされました。その後はにしきの君、野村(まさき)くんなんて180cm台ですからね。運動会でこっちが二歩で走るところをむこうは一歩ですからね(笑) それじゃ…


    イメージ 4一部  ヒットパレード

    第一部のステージ衣装は、パープル系で衿は光沢のあるサテンのタキシード、蝶ネクタイ、胸にはクリーム色のバラ

    オープニング
    ~北国の街

    タキシードを着ただけでこれだけ男っぷりが上がる(笑)誰も言ってくれないから自分で言うしかない、今日はようこそおこしくださいました。
    去年は遠藤先生がお作りになった曲を日本の名曲ということでやりました、あっちこっちから引っ張ってきても、色々な名曲がある…今年は船村先生の曲を…その前にやっておかないといけないのを…とりあえず「絶唱」から

    絶唱

    夕笛


    イメージ 510年くらい前から「昭和の流行歌」っていうのを僕らの業界でも言うようになってきたんですが、平成になって流行歌が違ってきたんですね。
    一番流行歌が良かった黄金期にデビューしてその時代に触れることができたと昭和の流行歌の歴史を遡ってレクチャーしてくださる舟木さん。本当にいい時代だった…としみじみおっしゃっる言葉に昭和27年生まれの私も心から共鳴しました。
    ここでみっつ並べてみたのは…とそれぞれの曲を手短に紹介なさって…

    その人は昔のテーマ

    哀愁の夜


    高原のお嬢さん


    こうやって歌ってますと長い旅をお客様とご一緒できる歌い手は作品にめぐまれてるということを感じます。今はこういったマイルドなラブソンク風の歌がなくなってきちゃいました。
    僕は昭和19年生まれでリアルタイムでいうと昭和26、7年から後の歌なり番組が入ってくるわけですが…
    私の場合不思議な歌でデビューしましたが、その不思議な歌を歌ってみます(笑)

    高校三年生

    学園広場

    遠いようで近いようで遠い…という言いまわしで、「高校三年生」「学園広場」のことをおっしゃったのが、とても印象的で、本当にその通りだなァと思います。

    これは僕の持論…というほどおおげさなものではないけど…なんですが(子どもに対する)親の責任は15才まででしょう。多少の幼児体験というのもあるとしても…僕は中学の頃から歌い手になりたいと思ってたんですね。

    こんな渇ききった世の中、こんな歌がヒットしてくれたらいいなと思います。
    曲は南こうせつさん、詩は松井五郎さん「春はまた君を彩る」

    春はまた君を彩る

    第一部のラストのトークで、舟木さんが触れられた舟木さんの「持論」に私も賛同!昔は、よく「親離れできない子ども」といういい方をしてましたが、今はむしろ「子離れできない親」が問題になっています。「親の責任は15才まで」ということは、15才で元服を迎えた時代のことを考え合わせると得心がいきます。経済的には、もちろん自立することはできない年令ですが、精神的自立心の芽生える時期というのは15才というのは決して間違った見方ではないと思います。舟木さんは中学生の頃から、長男である自分が家庭を支える柱になるという責任感をお持ちだったようですが、今の中学生たちに同じことを期待するのはむつかしいとしても、舟木さんの「持論」は、何か、今の時代の風潮を見直す大切なヒントのようにも思えます。

    下記の資料は、今回、中日劇場で地元の舟友さんから、頂戴したものです。舟木さんについて2pにわたっての記載があります。上記の舟木さんの「持論」とも、関係する文面が掲載されていますので、ご紹介しておきます。

    尾張一宮学検定試験 模擬問題集 

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    二部    演歌の旅人~船村徹の世界

    爽やかな白のスリーピースで登場です。シャツは黒。モノトーンのポケットチーフ。羨ましいほど色白の舟木さんには、純白がとってもお似合いです。70才過ぎて、こんなクリアな白を素敵に着こなしてしまうなんてやっぱりその輝きが並々ではないということなのですよね。うっとりしてしまうほど、カッコ好かったです。


    イメージ 9オープニング
    ~あの娘が泣いてる波止場 
    作詩:高野公男

    今日のメインディッシュは「演歌の旅人~船村徹の世界」…5000曲以上の中から20曲選んでお聞かせしようというのですからいいかげんなものですが…船村先生と「親友中の親友」だった高野公男さんとの出逢いと高野さんが26才で肺結核で亡くなった時の、船村先生の喪失感の深さについてのお話をされる舟木さんは船村先生の情に満ちた栃木訛りもマネて…
    「ふたりでやってたものがね、ひとりいなくなるワケだろ、ことばになんねぇよ…」…と。まずは、先生の作品の中でも「ふるさと演歌」といわれる曲から…


    別れの一本杉  作詩:高野公男

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    イメージ 11柿の木坂の家  作詩:石本美由起


    早く帰ってコ  作詩:高野公男






    イメージ 12~船村先生が高野さんに捧げた詩の朗読から~

    友よ 土の中は寒いのだろうか
    友よ 土の中には夜があるのだろうか
    もしも 寒いのならば
    俺のぬくもりをわけてあげたい
    もしも 夜があるのならば
    俺の手で灯りをともしてやりたい
    友よ 俺の高野よ

    男の友情  作詩:高野公男




    「柿の木坂の家」は東京にある柿の木坂(地名)だと勘違いしている人もあるようですが…
    いろんな人の歌を唄ってると自分の歌の時には使わない声を使う時があるんですよ。僕の場合、ドスのきいた声っていうのは使ってないんですね。
    たくさんの個性に向かって書かれた歌ですから一人の歌い手が唄うとうまくあかないということはあるんですが…

    初めて船村先生にお会いした時に15くらいの時に聞いた「どうせひろった恋だもの」が好きですといったら、ずいぶんマセた歌が好きなんだね(笑)と言われました。

    イメージ 13どうせひろった恋だもの  作詩:野村俊夫

    おんなの宿   作詩:星野哲郎

    哀愁のからまつ林 作詩:西沢爽

    矢切の渡し  作詩:石本美由起


    歌というのは単独で唄ってるのはほとんどないんです。オープニング曲とか新曲くらいしかない…
    デビューして間もない頃から思ってたんですが、歌い手がステージで一曲、一曲ごとにお辞儀してお客様が拍手してくださる…これは、どうなのかな?…という…ステージの流れを、途切れさせず唄っていくのが舟木さん流の感性なんですね。また、舟木さんのステージは、そういうことを意識した構成になっているということなんですね。
    次は、え?これも船村徹なの?というところを…

    悦楽のブルース  作詩:吉岡治

    雨の夜あなたは帰る  作詩:吉岡治

    「悦楽のブルース」は当時、放送禁止になったんですが、理由は成人映画の挿入歌だったらしいんですね。昭和41、2年…あの頃の成人映画なんてね子どもの遊びみたいなもんでしょ…この程度のことを放送禁止にすることはないんじゃないかと…

    イメージ 14演歌全体の中でアップテンポのものは15%くらいかと…
    ここらでちょっと腰を上げていただいて歌い手と一緒に手など打っていただいて…

    ブンガチャ節  作詩:星野哲郎

    ダイナマイトが百五十屯   作詩:関沢新一
    ~サインボール打ちはここで

    どうもお疲れ様でした。サインボールをゲットされた方へサイン入り色紙受け取りの説明をなさって…歌い手のサインなんて読めたタメシがない。なぜかというと、数をこなさなきゃいけないから、もうひとつは字が下手なのをごまかすため(笑)

    ここから後半、船村メロディーの真髄というのが出てくるんですが、あえてお喋りは入れずにやっていきます。船村メロディーの色っぽさと情の深さを楽しんでいっていただければ…と







    イメージ 16王将  作詩:西條八十


    波止場だよお父つぁん  作詩:西沢爽


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    哀愁波止場  作詩:石本美由起



    ひばりの佐渡情話  作詩:西沢爽





    イメージ 18なみだ船  作詩:星野哲郎

    兄弟船  作詩:星野哲郎



    風雪流れ旅  作詩:星野哲郎

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    アンコール
    ~三味線マドロス  作詩:高野公男

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    舟木さんが、「船村演歌の真髄」と紹介された後半の曲ですが、最初の三曲は、いずれも美空ひばりさんの曲で、繊細で哀切の極みを歌い上げた世界、胸がキュッとしぼられるようでした。そして、「なみだ船」「兄弟船」の二曲は、私が子どもの頃に憧れた華奢でガラス細工のようなイメージのお兄さんだった舟木さんからは全く想像だにできなかった対極にあるセクシーかつ豪快な男の香りが魅力的です。「兄弟船」の歌唱の中ほどから舞い落ちはじめた紙吹雪が、徐々にそのボリュームを増していってラストの「風雪流れ旅」では、その白い紙吹雪が真紅のライトに照らし出されて幻想的な舞台美術効果も見事で、船村演歌のメロディーに載せられた詩の素晴らしさを舟木さんの歌唱表現が最大限に伝えているような感動をおぼえました。

    一旦幕が降りて、アンコールで登場した舟木さん。高野公男作詩の「三味線マドロス」を歌い始められると、会場から手拍子が…その手拍子を右手で軽く、おしとどめるようなジェスチャーをなさったような…この曲は手拍子は似合わないよ…というサインだったのでしょうか?これも舟木さんの歌に対する感性であり、船村先生と高野公男さんへの敬愛の想いなのじゃないかな…と私なりに感じたのですが…

    今回も、名曲を名曲として伝えきるプロフェショナルの歌い手の力量を大輪の花が開くような絢爛たる華やかさで見せつけてくださった大満足のシアターコンサートでした。

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    2015年卓上カレンダー 9月/10月の舟木さん

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    吾亦紅 すすきかるかや 秋くさの さびしききはみ 君におくらむ (若山牧水)
    「吾亦紅」という花の名には、「我も恋う」をかけています

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    ~糸車~  1982年6月発売 WHITE収録
     ~シンガーがいる・現在ここにいる、限りないメッセージ ただ歌いたくて~
    https://youtu.be/jKwP1D5Wm5k  舟友の沢田舟木さんの動画です。感謝とともにご紹介します



    イメージ 2糸車  作詩・作曲:上田成幸  編曲:杉村俊博

    胸をふさぐものを
    ひとつ重たいものを
    抱いて歩く 生きる
    そう……誰もがきっと
    にぶい都会の陽ざし
    つかれはてた愛
    ゆれて男と女 ~糸車~
    止める恐さ 若さ
    立ちつくして負けて

    瞳そらすことで
    消えるものなどないと
    知った去年の秋
    ふいにむかしが見えた
    熱にふるえた こぶし
    死んだ 青い鳥
    あなた、あの頃、あいつ ~糸車~
    ひとりつなぐ糸に
    やっと夢をのせた
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    鉄の扉あけて
    旅に出ようと決めて
    軽いめまいの中
    立ちあがれば夜明け
    明日という字を摑む
    時をかけのぼる
    弾むこころが戻る ~糸車~
    まるでうそのように
    透きとおって止まる

    好きなレコード廻す
    シャツをぬぎすてる
    白いこころが戻る ~糸車~



    一度だけナマのステージで「~糸車~」を聴いたことがあります。昨年(2014年)9月の演舞場公演千穐楽翌日の「サンクスコンサート」での第一部「バンドメンバーとスタッフのリクエスト~WHITE系」でした。

    この曲もコアな舟木さんファンの間で人気のある曲だと思います。私も初めて、CD音源のアルバム「WHITE」で聴いて、強く心惹かれました。

    青春前期のソフトなラブソングとは、ひと味違う青春時代の終わりを連想させるような少し複雑な感情の入り混じった詩。言葉を変えるといくらか生々しい、とでもいいましょうか…「冷静と情熱のあいだ」というタイトルの小説が15年ほど前にありましたが、イメージでいうならば、そんな感情が、描かれたような詩だと感じました。

    「何が何してどうなった」というきれいにセイリされた脈絡とはほど遠い言葉の羅列だからこそ、当時の舟木(=上田成幸)さんの、様々な想いが、自分自身の精神的な実体験と重なって痛いほどに伝わってきて「青春後期あるある」という共感をもって心に沁み入りました。

    今回、沢田舟木さんがyoutubeにアップしてくださいましたので、この作品の持つ世界に、あらためて触れなおす機会ができましたことを、心から感謝したいと思います。舟木さん三十代の精神世界をこころゆくまでイメージしてお聴きになってみてくださいね。


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    舟木さんが7月14日の相模女子大グリーンホールのコンサートのトークの中で、取材を受けられたことを話題にされた番組「BS朝日  心にのこる美空ひばり名曲物語」の放送日が下記のBS朝日の公式サイトにアップされています。
    今年のシアターコンサート「演歌の旅人~船村徹の世界」でアンコール曲として歌われている「三味線マドロス」もとり
    あげられているようです。BS放送を、ご覧になれる方はお見逃しなく!

    BS朝日  心にのこる美空ひばり名曲物語
    http://www.bs-asahi.co.jp/hibari/

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    【2015年9月7日(月)ごご6:00~7:56放送】

    イメージ 7ゲスト:舟木一夫・大川栄策

    今も心に残る美空ひばりの名曲の数々。その一曲一曲に物語がある…
    今回のゲストは、舟木一夫と大川栄策。ともにコロムビアレコードの後輩で、ひばりとの共演も多く、ひばりの名曲を自
    身のステージに取り入れ、歌い継いでいる。
     舟木は、一緒に行ったレコーディングの思い出などを語る。
    【紹介楽曲】
    ♪一本の鉛筆 ♪8月5日の夜だった ♪白い勲章
    ♪大川流し ♪江戸の闇太郎 ♪三味線マドロス
    ♪やくざ若衆祭り唄 ♪越後獅子の唄 ♪裏町酒場
    ♪遊侠街道 ♪娘船頭さん ♪津軽のふるさと  ほか




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    わが家から車で40分ほど離れた「いなべ市」にある末娘の畑の草刈りの手伝いに来ています。畑を彩る「センニチコウ(千日紅)」

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    千日紅はまたの名を「ストロベリーフィールド」


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    舟木さんの歌う「霧氷」 ~映画「東京⇔パリ 青春の条件」(1973年3月18日/松竹映画)~
    https://youtu.be/Z7M4XuQ4HyY





    イメージ 3霧氷  作詩:宮川哲夫 作曲:利根一郎

    霧氷… 霧氷… 思い出はかえらない
    遙かな 遙かな 冬空に消えた恋
    霧の街角で告げた さよならが
    僕を 僕を 僕を泣かす

    霧氷… 霧氷… なにもかも夢だった
    今でも 今でも 愛してはいるけれど
    どこにいるさえ 今は知らぬ人
    僕を 僕を 僕を泣かす





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    ~2014年4月1日の日記の一部、再掲載~
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    舟木さん、ここでも動物好きなのがわかります。鳩をそっと抱いているのはずっと舟木さん・・(笑)
    この映画は、とってもシュール(笑)ストーリーの展開も、なんだかよくわからないまま終わりました。
    「四天王」はじめ、当時の人気歌手の方が、橋さんの10周年を祝って、御祝儀でたくさん出演されていてファンタジーっぽい娯楽作品なんでしょうね。鳩を抱っこする舟木さんがとってもいい感じです

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    今日も娘の畑で、一日じゅう農作業しました。このところの天候不順続きの中、絶好の稲刈り日和だったので、あちらでもこちらでも田んぼでは稲刈り作業が行われていました。赤とんぼが群れ飛んでいる風景も秋の訪れを感じさせて、汗だくの一日でしたが、「いい汗かいた!」という充実感。

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    都会育ちの娘が、耕運機を自在に操ってたくましく畑を耕していきます。ミミズもカエルもみなゴメン!

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    ぜ~んぶ カボチャです

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    「赤とんぼ」を歌った舟木さんの歌声をふたつ…いずれもkazuyanさんの動画です


    赤とんぼの唄は聞こえない
    https://youtu.be/cCLYNqsGoyU




    イメージ 6赤とんぼの唄は聞こえない 
    作詩:山田孝雄 作曲:中原華道
    (1977年2月 アルバム「一葉舟」舟木一夫77オリジナル[Ⅰ]収録)

    故郷は悲しげに
    揺れながら遠去かる
    薄紅色の夕焼けに
    サヨナラだけが溶けて行きます
    あなたと唄った
    あの赤とんぼの唄はイメージ 5
    もう明日から唄えない

    あの日から冬いくつ
    届かない恋いくつ
    淋しい辛いやるせない
    都会の空は暗く冷たい
    あなたと唄った
    あの赤とんぼの唄は
    もう何処からも聞こえない

    遥かなる故郷よ
    青空よ想い出よ
    あの人元気どうしてる
    帰ってみたい帰れない
    あなたと唄った
    あの赤とんぼの唄は
    もう何処からも聞こえない



    赤とんぼ 三木露風:作詩  作曲:山田耕筰
    https://youtu.be/AQYoUSXgFno
    (1968年6月 アルバム「ひとりぽっち2集~舟木一夫の思い出の歌」収録)




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    2016年 1月 コンサートスケジュール

    1月17日(日)  「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌     兵庫県/神戸文化ホール 
    1月20日(水) 「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌     大阪府/大阪フェスティバルホール
    1月21日(木) 「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌     滋賀県/守山市民ホール
    1月31日(日)  「舟木一夫・森昌子」学園ソング決定版!  東京都/中野サンプラザホール


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