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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    三重県東員町のコスモス畑。
    もう季節ハズレになってしまいましたが、どうしても見ておきたくて昨日、やっと行けました。

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    こすもす畑の、ももと娘

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    今日は、申しわけありませんが、私の覚え書として、ちょっと舟木さんと離れた…といっても舞台芸術という大きなくくりで言えば、いくらかは、縁のある話題?…あれこれを記してみました。
    舟木さんとの「再会」以前には、私の娯楽・趣味の時間を一番多く費やしていた、硬い言葉でいうと伝統芸能鑑賞のあれこれなど。

    歌舞伎  私の好きな中村屋兄弟「錦秋公演」

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    この日の勘九郎さんの舞踊「女伊達」
    写真は玉三郎さんのものですが

    イメージ 12まずは、一昨日11月8日に名古屋で楽しんできた、大好きな中村屋の御兄弟の「錦秋公演」の事。会場は舟木さんのコンサートでお馴染みの日本特殊陶業市民会館で、小さいほうのビレッジホール。
    この「錦秋公演」は、今年が12年目ということです。スタート時点では、お二人のお父さんである中村勘三郎さんとお二人の親子会というスタイルだったそうです。
    残念ながら、私は、親子会スタイルの時は、まだ拝見していませんでした。2008年あたりから、ほぼ毎年、楽しみに拝見しています。先日の舞台の時のトークで勘九郎さんは、酉年とおっしゃっていたので、来年が年男。早くも、36歳になられるわけで、二人の息子さんのお父さんになっていらっしゃいます。七之助さんも今や、堂々たる立女形の中堅どころになって、今がまさに「時分の花」と言ってもいいでしょう。

    今年は、これまでと趣向を変えての新しい試み「歌舞伎塾」というコーナーにたっぷり時間をとって、歌舞伎の舞台裏をのぞかせてくれましイメージ 13た。歌舞伎の世界を表側から見て楽しむと同時に裏側ものぞかせて楽しませてくれる…というのはお二人のお父さんの勘三郎から受け継いだ精神だと思います。勘三郎さんは、「平成中村座」という江戸時代の芝居小屋の再現という大冒険にチャレンジされ、歌舞伎舞台を幕内の上から見る「桜席」を私たち観客に提供してくださいました。これが、私と歌舞伎の出逢いを決定づけた「仕掛け」でした。

                                                   写真は「ふたり汐汲」玉三郎さんと七之助さん

    二十代半ばごろからのお二人の成長ぶりを客席から眺めてきた私としては、勘三郎さん亡きあと、しっかりと中村屋御一門を引っ張って、さらに家の芸を大きく、豊かにされていっていることを心から嬉しく、陰ながら、中村屋ファンのひとりとしてこれからも応援させていただくつもりです。
    ちなみに、わが家の鶴松クン(ネコ)の名前の由来は、勘三郎さんの部屋子、そして将来有望な秘蔵っ子だった中村鶴松さんからのものです(笑)鶴はおめでたい名前、その相棒は亀だからイヌの名前は、亀治郎…こちらは現市川猿之助さんの前名の亀治郎からいただきました(笑)
    *おんながたは、女形、または女方とも書きます。

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    中村勘九郎 中村七之助 後援会 公式サイト
    http://e-nakamuraya.jp/

    いよいよ来年2月に、勘九郎さんの息子さんたちが正式な初舞台を踏みます。楽しみです!



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    新派  新しい時代へと進化する劇団新派

    舟木さんとも、かかわりの深い新派。その発祥と歴史、代表作などは以下のサイトで…
    劇団新派公式サイト
    http://www.shochiku.co.jp/shinpa/

    イメージ 25舟木さんファンなら皆さんご存知の通り、現在の新派の二枚看板は、水谷八重子(二代目)さんと波乃久里子さん。その久里子さんは、この度、「旭日小綬章」を受章されたそうで、本当におめでとうございます。もちろん八重子さんも7年前に同じ「旭日小綬章」を受章なさっています。このお二人の女優さんを中心に新派の伝統を守っていらっしゃいましたが、ヒロインの相手役の男性俳優さんは、ほとんど客演という形でした。また、本来は、新派のヒロインは女方が演じるというのが伝統でしたが、初代八重子さんから女優がヒロインを演じるスタイルが主になってきていました。それとともに女方を継承していく役者さんが、いなくなり今では舟木さんの舞台でもおなじみの英太郎(二代目)さんが、新派では唯一の女方となってしまいました。

    でも、今年、新派に、大きくその流れを変えるおめでたい出来事がありました。
    ひとつは、二代目喜多村緑郎の誕生であり、もうひとつは、立ち役も女方もできるであろう河合雪之丞の誕生です。喜多村緑郎さん、河合雪之丞さん、いずれも歌舞伎の澤瀉屋(師匠は現猿翁である三代目市川猿之助丞)から新派入りをされました。
    このことは、日本の伝統的な舞台芸術の世界において、とても喜ばしく大きな出来事だと私は思うのですが、どうもあまり取り上げられることがなくて残念に思っています。

    男優、そして女方が、正式な劇団員として新派に定着すること…これは、私が、待ち望んでいた新派の理想的なスタイルです。
    私は、9月に松竹座で「二代目喜多村緑郎襲名披露公演」を観劇しました。夜の部「婦系図」(泉鏡花原作)では、喜多村緑郎の早瀬主税、波乃久里子のお蔦、そして河合雪之丞さん(この時は市川春猿)は、女形として河野菅子を演じられました。尾上松也さんと妹さんの春本由香さん(今年5月に新派入団)も出演されました。松也さんのお祖父さんは新派俳優の春本泰男さん、お母さんも元新派女優さん。そんなご縁での兄弟そろっての出演ということでした。


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    新派の柱となる、女優、男優、そして女方がしっかりタッグを組んだ新派独特のお芝居の世界を舞台で拝見できるのを楽しみにしています。


    新橋演舞場「九月新派特別公演」で二代目喜多村緑郎襲名披露
    歌舞伎美人公式サイト


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     左より、安孫子正松竹株式会社副社長、春本由香、市川春猿、波乃久里子、水谷八重子、二代目喜多村緑郎、市川猿弥、尾上松也、瀬戸摩純、岡副真吾東京新橋組合頭取、千田学新橋演舞場支配人
     
     
    9月1日(木)、新橋演舞場 市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露「九月新派特別公演」が初日を迎え、開場前のご挨拶に、市川猿弥、市川春猿、尾上松也が登場しました。
     雲ひとつない青空にまだまだ暑さが残る中、新橋演舞場の玄関前には、朝から大勢のファンが詰めかけていました。はじめに、公演の出演者たちが、東京新橋組合の華やかな芸者衆と幕開きの『振袖纒(ふりそでまとい)』に登場する鳶の面々とともに、劇場前にずらりと並んでご挨拶。
     
     水谷八重子は新橋の芸者衆にも負けない艶やかな芸者の衣裳で、「新派も芸者なんだぞと、仲間入りをさせていただきました」と、笑顔でご来場を呼びかけ、波乃久里子は何重にもなったお集まりの皆さんの人垣を見て、「二代目喜多村緑郎さんの本当にいい門出になります」と喜び、襲名を祝いました。
     
     猿弥は、「襲名のおめでたい席にご一緒できることがうれしい。少しでも舞台に華を添えられるよう頑張ってまいります」と、鳶頭の貫録たっぷりの挨拶をし、春猿も「二代目緑郎さんと私は30年間、苦楽をともにしてきた仲。私もなにかお力添えをと思っておりました」と、ともに澤瀉屋一門で修業を積んできた仲間として温かい言葉を贈りました。
     
     松也は「念願の新派公演に初めて参加させていただきます。劇団新派は祖父(新派俳優、春本泰男)、母(同、河合盛恵)、父(六世尾上松助)もお世話になりまして、ご縁、ゆかりを感じておりました」と、襲名披露公演への出演に特別の喜びを表しました。また、この公演で松也の妹、春本由香が初舞台とあって、「兄妹一緒に演舞場で新派に出演、大変うれしく思っております」と話しました。
     
    新橋演舞場「九月新派特別公演」で二代目喜多村緑郎襲名披露
     そして、先日の浅草寺でのお練りと同じく、高張提灯に先導されて二代目喜多村緑郎が登場。「いよいよ本日から、喜多村緑郎先生のお名前を襲名させていただきます。この特別な日に、人力(車)に乗せていただき、新橋花柳界の方々に華を添えていただきまして、大勢にいらっしゃっていただき、こんなにうれしいスタートを切ることができました。一生、思い出に残る一日となります。精いっぱい勤めさせていただきますので、どうか、二代目喜多村緑郎を末永くよろしくお願い申し上げます」の挨拶に、「緑屋!」のかけ声と大声援が送られました。
     
     続く鏡開きは、喜多村の出身地、新潟の八海山の酒樽が用意され、めでたく開いた後は振る舞い酒も行われました。賑やかなひとときの余韻も消えぬうち、初日開場となり、お客様が続々とご入場されて「九月新派特別公演」が開幕。公演は11日(日)までで、17日(土)からは大阪松竹座で幕が開きます。
     
    新橋演舞場「九月新派特別公演」で二代目喜多村緑郎襲名披露
     
    ※澤瀉屋の「瀉」のつくりは、正しくは"わかんむり"です。



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    残念ながら、youtube上には、どなたもアップされてないんですが、舟木さんの「湯島の白梅」とってもステキです。どなたか、宜しくお願いしま~す!

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    湯島の白梅  作詩:佐伯孝夫  作曲:清水保雄
    (ライブアルバム「ふれんどコンサート」1978年2月/ 東京イイノホール NO4 ふれこん 収録)

    湯島通れば 思い出すイメージ 19
    お蔦主税の心意気
    知るや白梅 玉垣に
    のこる 二人の影法師

    セリフ
    お蔦 俺と別れてくんなよ
    無理は承知なんだ
    真砂町の先生のいいつけなんだヨ
    たのむ 俺と切れるといってくれ
    なぁ なぁ… お蔦

    忘れられよか 筒井筒
    岸の柳も 縁むすび
    かたい契りも 義理ゆえに
    水に流すも 江戸育ち

    青い瓦斯燈 境内を
    出れば本郷 切り通し
    あかぬ別れの 中空に
    鐘は墨絵の 上野山



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    春猿が河合雪之丞を名のり劇団新派入団へ

    春猿が河合雪之丞を名のり劇団新派入団へ
     左より、波乃久里子、市川春猿改め河合雪之丞、水谷八重子

     10月27日(木)、市川春猿が来年1月三越劇場「初春新派公演」で、春猿改め河合雪之丞として劇団新派に入団することが発表になりました。
     来年1月2日(月・祝)から三越劇場で上演される『華岡青洲の妻』に出演する春猿は、この公演より劇団新派の団員となります。
     
    猿翁の思いとともに贈られた名前
     「猿翁のもと、歌舞伎を29年間勉強させていただきました。何もわからない15歳で歌舞伎俳優研修に入り、周りの方たちに励まされ支えられて、今日、ここに立たせていただいております。皆様に対する感謝の気持ち、自分に対する厳しい気持ちを新たにして頑張りたいと思います」と、決意のほどを述べた春猿。
     
     師匠の猿翁からは、「かつて私が名乗ろうと一度は心に決めた大切な名前」である“雪之丞”の名を、「これからも私の弟子として、常に全力で取り組んでほしいという思いを込めて」、贈られた春猿。今年の1月に新派の道を歩みたいと伝えたとき、「大賛成としっかり言ってくださった。すごくうれしかった」と笑顔を見せ、雪にちなんだ“白”と猿翁がうさぎ年ということで、「白兎屋(しらとや)」の屋号もいただいたと話しました。河合は、新派黄金時代の名優、河合武雄から受け継ぎます。
     
    春猿が河合雪之丞を名のり劇団新派入団へ
    立役にも期待
     会見に同席した水谷八重子は、「女優ではちょっとやりにくいような役を、春猿さんで観たい、そういう芝居をつくりたいという欲が出てきています。いろいろな夢を見せていただけるのではないでしょうか。また、女方の立役は色気があって不思議な、セクシーな魅力があります。立役もいっぱいやっていただきたい」と、新派の女方、雪之丞誕生に大きな期待を寄せました。
     
     春猿が平成14(2002)年8月に自主公演「市川春猿の会」で演じた『明治一代女』のお梅を見たとき、「この方は歌舞伎より新派のほうが合うんじゃないか、でも、新派に入られたらライバルになってしまうと思うほど、素敵な一代女でした」と振り返った波乃久里子は、「新派の柱になってほしい」と入団を歓迎しました。
     
    新派の魅力にのめり込む自分がいた
     このときの『明治一代女』は、「どうしてもやりたいと師匠に相談したところ、ぜひやりなさい、あなたは新派に向いていると。稽古場では細かく演技指導もしていただきました。そのとき、新派作品をこれからもやり続けられたら、自分の役者人生幸せだなと強く感じました」という、春猿にとっての一つの転機でもありました。平成22(2010)年10月『滝の白糸』以降は、新派作品への出演も増え、「新派の魅力にのめり込んでしまった自分がいました」と明かしました。
     
     「新派の作品は洗練された、そぎ落としたお芝居。歌舞伎をやって来たなかで感じたことを突き詰めて勉強できるのは新派かなと。新派には歌舞伎で勉強してきたことを活かせる作品がいっぱいあります。新派の女方芸を勉強し、後世の方たちに伝えなければいけない。新しい作品もやり、古典のいい作品が一人でも多くの方の目に触れるようにすることを目標に頑張りたい」
     
     今年から劇団新派に入団し、9月に二代目を襲名した喜多村緑郎とは、歌舞伎俳優研修の同期生。歌舞伎の舞台では共演も数知れず、「気心が知れ過ぎている仲」の二人が、今度は新派の舞台で、新派の俳優として共演するのも楽しみです。
    2016年10月28日



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    ここでちょいと一息、舟木さんの歌声をどうぞ
    舟友のkazuyanさんが、珍しい音源を動画にしてくださいました。

    杉の木峠の別れ  作詩:石本美由起  作曲:竹岡信幸
    (1974年10月 アルバム「友情 舟木一夫の新しい名刺」収録)




    イメージ 18春の花なら 山椿
    秋の花なら 笹りんどう
    生まれ故郷に 別れをつげる
    君のこころの さみしさを
    泣くか山彦 泣くか山彦 オーイ
    涙ぐもりの 杉の木峠

    人の別れを 西東
    しるす古びた 道しるべ
    土地が変われば 暮しも変る
    身体大事に するんだと
    風に叫んだ 風に叫んだ オーイ
    声がちぎれる 杉の木峠

    町の駅まで 七曲り
    別れ峠は 村境い
    旅の苦労に 疲れたときは
    意地を張らずに 帰んなよ
    思い案じて 思い案じて オーイ
    俺が待ってる 杉の木峠




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    文楽  伝統の力「文楽」

    私が、「落語」の次に触れた伝統芸能は「文楽」です。桂米朝師匠の落語全集を聴いていると「歌舞伎」や「浄瑠璃」を題材にした噺がいくつも出てきます。そんなこともあって、せっかく関西にいるのだから「文楽」くらいは、ちょっと見ておいてもいいかな…という気持ちで、国立文楽劇場に通うようになりました。住んでいた家から国立文楽劇場はそう遠くではないというのと、劇場の雰囲気がなんとなく落ち着いていて好きな空間だったからということもあり、初春公演、四月公演、夏休み公演、錦秋公演と、ほぼ年、四回開催されるすべての公演に足繁く通いました。歌舞伎も併行して観に行っていましたが、元々は浄瑠璃から歌舞伎へという流れですから同じ演目があります。文楽で一度観ておいイメージ 26た演目は歌舞伎の舞台で観ると、とても理解しやすいので車の両輪のようにどちらも楽しむことができます。実家に戻ってからは、遠のいていた文楽ですが、先月、名古屋に文楽がやってきてくれたので久しぶりに鑑賞できました。演目は、夜の部の「近頃河原の達引」で、何度も観てますが、何度見ても面白いのが、古典の魅力です。長い歳月を超えて残ってきたものの力というのはスゴイものだといつも感動します。


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    明後日、関西に出かけますので、ちょうど文楽錦秋公演中でもあり、時間はあまりないのですが幕見でちょっとだけでも楽しんで来ようかなと思っています。「勧進帳」だけでも、見られるといいんですが。


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    「夕映え」という言葉が、もともと好きなのですが、舟木さんの歌にこんなタイトルの歌があったことは5年前に舟木さんに「再会」してから初めて知りました。メロディーもリズムも歌詩も、チョー昔風ですが、妙に心惹かれます。
    ずっと以前に、youtubeにアップされているのを聴いたのですが、いつの間にか削除されていてガッカリしていましたら、あらたにアップしてくださった方がいらして、感謝です。

    夕映えを残したままの山紅葉

    秋の日が深まるにつれ
    紅葉は炎のような色を増していきます
    イメージ 10それは秋晴れの空を紅に染めて
    山の彼方に消えていった
    綺麗な夕映えの余韻を
    葉の一枚一枚までもが
    大事に抱えているかのようです
    そんな余韻に震えたままの
    風に葉が散るたびに
    夕日の破片が
    小さく踊っているようです



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    晩秋の花壇に残る花の色夕映えの他さわる者なし

    道を歩いていたら
    菊をはじめ
    イメージ 9まだ幾つかの花が残る花壇がありました
    けれどその花の色は
    どこか褪せてしまって見え
    人の目を引くものでもありません
    きっとこのまま誰に摘まれることもなく
    枯れていってしまうのでしょう
    そんな咲き遅れてしまった
    花を慰めるかのように
    夕日だけが優しく花びらに触れ
    薄い紅を差していました


    風のささやき 短歌サイトより
    http://www.asahi-net.or.jp/~xq3a-snb/tanka/tanka0121.htm


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    夕映えのふたり  作詩:丘灯至夫 作曲:現英生
    https://youtu.be/kgk4LIUAe8E
    (1969年8月 カップリング曲「高原の人」)




    イメージ 3こぼれて落ちる 野の花ひとつ
    夕陽が赤く 染めてゆく
    泣いてはいけない こらえておくれ
    死ぬほど好きな 君だもの

    忘れはしない 生きてる限り
    やさしい君の まなざしを
    別れたときから はじまる愛の
    傷あとだけが つらいけど

    荒野に春が またくるように
    信じておくれ しあわせを
    終わりじゃないんだ これから君も
    ひとりで強く 生きてくれ

    1969年 第20回紅白歌合戦で歌唱

    リアルタイムで聴いた記憶が全くないのはどうしたことでしょう?!

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    りんごの品種にも「夕映」というのがあるそうです。まだ食べたことはないんですが…

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    毎日新聞 webサイト

    訃報  英太郎さん81歳=新派の女形

      
     
                                英太郎さん=共同
     
    劇団新派の女形として知られた俳優の英太郎(はなぶさ・たろう、本名大久保秋久=おおくぼ・あきひさ)さんが11日午後11時ごろ、虚血性心不全のため東京都内の自宅で死去した。81歳。新潟県出身。葬儀・告別式は20日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。喪主は妹の大久保サチ子(おおくぼ・さちこ)さん。後日、お別れ会を開く。
     かつては女形中心だった新派の流れを受け継ぎ、現在は女優中心となった劇団で長年唯一の女形として活躍。人物の心情を巧みに表現し、脇役ではコミカルな味わいも出す幅広い演技力で、女形芸の存続に尽力した。(共同)


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    急な報道に驚きました。まだ9月の新派特別公演では、お元気で舞台をつとめていらしたので、まさかこんなに早いお別れがくるとは思っていませんでした。

    新派唯一の女方というだけでなく、新派の歴史を背負ってこられ、今では、最古参の俳優さんですから、劇団の皆さまのお悲しみと悔しさの深さはどれほどかと思われます。

    先日、このブログでもご紹介させていただきましたが、歌舞伎界からお二人の若い世代の俳優さんが新派に正式入団されることになり、新しい新派の時代の幕開けのような気がしていましたが、英太郎さんのような方のご指導やお力添えで、若い世代の俳優さんたちが育っていくと期待していましたから、本当に、本当に残念でたまりません。でも、見事な俳優人生を送られた英さんに心からの称賛と、御礼とを送ってお別れしたいと思います。長い間、本当に、お疲れ様でした。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌


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    まだ、記憶に新しい昨年の演舞場公演で舟木さん演ずる勝小吉の乳母お熊役の英さん

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    軽妙で温かなお二人のやりとりが思い出されます。

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    1998年(演舞場)「おやじの背中」では、成幸少年のお祖母ちゃん(父・栄吉の母)役

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    あらためて、今、聴くと心に沁みて涙があふれます


    英もよう  作詩・作曲:舟木一夫

    白いうなじに ふたすじみすじイメージ 9
    映える黒髪 濡れる指
    ひびく柝(き)の音にいのちをのせて
    廻る舞台に 咲かせる華は
    意地も哀しい 女形

    役者ぐらしを ふとふりむけば
    眉もはかない 柳腰
    好きで重ねた苦労のかげに
    散ったつぼみの 夢抱きしめて
    かざす 新派の舞扇

    泣いておどけて 芝居がはねて
    流す白粉(おしろい) にじむ紅
    足袋の小鉤(こはぜ)に涙を留めて
    薄い灯りの楽屋を出れば
    湯島見るよな おぼろ月


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    昨年の11月3日の「-風アダルトに」の会場のフロアでお写真を撮らせていただきました。
    優しい笑顔が素敵な英さんでした。

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    いよいよ、今年も、そんな時期になりましたか!開幕が待ち遠しいですね。
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    サンスポ com

    舟木一夫、特別公演をPR「テンポの早い芝居です」

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    新橋演舞場12月公演「舟木一夫特別公演」PRイベントに登場した左から笹野高史、舟木一夫、里見浩太朗=東京・白金台

     歌手、舟木一夫(71)が14日、東京都内で行われた「舟木一夫特別公演」(東京・新橋演舞場、12月2~24日)のPRイベントに共演の笹野高史(68)、里見浩太朗(79)と参加した。
     同公演は、江戸時代の剣客、金子一之丞を描く舞台「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」とコンサートの2部構成。一之丞を演じる舟木は、「テンポの早い芝居です」とPR。28日に傘寿を迎える里見が「元気と思っているが、やりを持った立ち回りがあるし、腹を据えてけがしないように、病気をしないように務めたい」と意気込むと“最年少”の笹野も「里見さんがやりを持つなら、僕は(やりを)3本持たないと」とユーモアタップリに応じ、早くも息の合ったところを見せていた。


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    舟木一夫が舞台共演者とランチ交流 里見浩太朗夫人がお手製弁当差し入れ

    歌手・舟木一夫(71)が14日、都内で新橋演舞場の12月公演「舟木一夫特別公演」(12月2日~24日)の公開制作発表に、共演の里見浩太朗(79)、笹野高史(68)が登場。公演中の“ランチ交流会”を明かした。
     劇場公演中の楽屋の過ごし方に、舟木は「里見さんの奥さんが作ってくれるお弁当を食べています。うなぎやとんかつなどもあって、けっこうなボリュームです」と明かした。実は、里見夫人が作るランチ弁当は、共演者の間では名物。里見が時代劇「水戸黄門」に出演していた時も、夫人が大量に料理して差し入れ「お昼はみんな集まって食べて、幼稚園のお弁当の時間みたいだった」(里見)という。
     劇場公演に「楽屋がギクシャクしていなければ、疲れは半減する」という舟木。今回も「何かあれば、先輩の力を借りたい」と、楽屋でのランチでの結束を期待していた。


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    スポーツ報知

    舟木一夫のスタミナ源は…里見浩太朗の愛妻弁当、12月2日から新橋演舞場で特別公演

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    新橋演舞場の特別公演「華の天保六花撰 どうせ散るなら」のPRイベントを行った(左から)笹野高史、舟木一夫、里見浩太朗

     歌手の舟木一夫(71)が14日、都内で「舟木一夫特別公演」(12月2~24日、東京・新橋演舞場)のPRイベントに、共演の笹野高史(68)、里見浩太朗(79)と出席した。
     演目「華の天保六花撰 どうせ散るなら」で、江戸時代の剣客・金子市之丞を演じる舟木は「テンポが早い芝居だから、着替えが間に合うかな」と笑わせた。
     28日に80歳を迎える里見とは3年ぶりの共演。里見から「舟木さんは見た目も心もいつまでたっても青年」と称賛されると、「(里見)先輩が元気なので、後輩の僕が疲れたと言ったらバカと言われちゃう。弱みを見せないようにしたい」と気を引き締めた。
     楽屋での様子について、舟木は「里見さんの奥様が作ってくれるお弁当を食べてます。ウナギやトンカツがあって、ボリュームがあるんです」と明かし、「本当に楽しいひとときなんです。今回もよろしくお願いします」と期待を寄せていた。


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    本日の公開制作発表会場に行かれた舟友さんからちょうだいしました。
    会見後、会場の八芳園から出て来られた舟木さん。舟友さんありがとうございました。


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    舟木一夫 「今年も楽しみ」とアピール QテレNEWS24
    http://www.news24.jp/articles/2016/11/14/08346469.html

    内容は同じですが、こちらはyoutube




    来年芸能生活55周年を迎える歌手の舟木一夫(71)が14日、東京・港区で「舟木一夫特別公演」のPRイベントを行った。

    同公演は、舞台「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」とコンサートの二部構成。舞台に登場する俳優の里見浩太朗(79)と笹野高史(68)もイベントに登場した。

    笹野が里見との舞台共演が初めてだと知った舟木は「(里見は)時々いい加減なセリフを言うので気をつけてください」と冗談交じりに話し場を和ませた。

    また、舟木は楽屋での過ごし方について「助かるのは3年前もそうだったんですけど、里見さんの奥様が毎日毎日お昼ご飯をつくって届けてくれるんです。今年も楽しみにしています」と親交の深さを見せた。里見は「楽屋でご飯を食べるときが本当に人と人。同じ釜のメシを食べる。本当に楽しいひとときですね」と語った。司会者から笹野に同じ質問がふられると「楽屋では一生懸命甘えたいと思います。4日に一回は(控室の)前を通って余り物がないかをチェックしたいと思います」とコメント。すかさず舟木が里見に「笹野ちゃんの分も(奥様に)言っといて」とおねだりすると、里見が「言っときましょう」と仲むつまじい様子を見せた。




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    ステージ・ナタリー(チケット・キャンプ)web
    http://natalie.mu/stage/news/209369

    芸能生活55周年を前に、舟木一夫が特別公演「幸せな部類なのかな」


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    昨日11月14日に新橋演舞場12月公演「舟木一夫特別公演」PRイベントが行われ、出演者の舟木一夫里見浩太朗笹野高史が出席した。
    2017年に芸能生活55周年を迎える舟木。12月の特別公演では、第1部に講談「天保六花撰」でもおなじみの金子市之丞らを描いた「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」を上演。第2部ではおなじみのヒット曲を中心とした「シアターコンサート」を、昼夜別構成で上演する。公演PRイベントは、その第1部の物語にちなみ、江戸幕府旗本の屋敷があった跡地に建つ東京・八芳園で行われた。
    公演に向けて舟木は、「稽古の前は、ワクワク感と少し不安で30%ぐらい。稽古場っていうのは、『役者の秘密の工房』だという風に亡くなった榎本滋民先生によく言われたんですが、そういう意味ではちょっと年齢高いですけどね。ただ、その割にはフットワーク軽いですよ。それは自信あります」と笑顔で述べる。
    2013年の50周年記念公演で初共演して以来の顔合わせとなる里見は、「私はもう今月の28日を持って80歳になります。立ち廻りもありますし、動きもたくさんありますから、きちっと腹に据えて、怪我のないように間違いなく12月25日まで勤められることを心に誓っております」と公演への意気込みを語る。
    舟木公演にたびたび出演している笹野は、「実家の中学、高校の同級生が舟木さんの公演だとバスでやってくるんですよね。舟木さんだったら行くと(笑)今回も来てくれます。それがすべてを物語っているなと思います」と答え、記者たちの笑いを誘った。
    公演中の楽屋での過ごし方について話が及ぶと、舟木は「それぞれ自分勝手だと思います」と言った後で「助かるのは、里見さんの奥様が毎日お昼ご飯をつくって届けてくださる。今年もよろしくお願いします(笑)」と里見に挨拶。里見が「女房に言っておきます(笑)」と答え、笹野も「楽屋では一生懸命甘えたいと思います」と続けた。
    また、来年の芸能生活55周年を前に、今後さらにチャレンジしたいことを問われた舟木は「こんな方(里見さん)が横にがいるから、なかなか言えないですよね」としながらも「ただまぁ歌い手としては、流行歌手としては、持ってるほうかなと思います。1か月公演全部生で歌えるというのは、幸せな部類なのかなと思いますね」と述べ、笹野が「『流行歌手』っていう言葉がいいね。書いておかなきゃ!」と続けて会場は笑いで包まれた。


    新橋演舞場12月公演 舟木一夫特別公演

    2016年12月2日(金)~24日〈土)
    東京都 新橋演舞場
    一、「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」
    作:齋藤雅文
    演出:金子良次

    二、シアターコンサート

    出演:
    舟木一夫里見浩太朗笹野高史、丹羽貞仁、瀬戸摩純、外山高士、小山功、伊吹謙太朗、川上彌生、近衛れい子、真木一之、真砂京之介、田口守、林啓二、冨田恵子



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    日刊スポーツweb

    村木弾「レコ大新人賞を」船村氏と舟木一夫に恩返し

    [2016年11月15日18時31分]

     
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                                        「レコ大新人賞獲るゾ!!」と誓った村木弾
      
     演歌歌手村木弾(36)が15日、都内でデビュー曲「ござる~GOZARU~」の3万枚ヒット御礼イベントをファン約50人を集めて行った。
     作曲家船村徹氏(84)の内弟子生活12年半を経て、最後の内弟子として今年2月にデビュー。「ござる」は歌手舟木一夫がプロデュース。村木弾という芸名も、船村氏と舟木の2人の恩師から取ったものだ。
     イベントのタイトルは「船村徹を歌い継ぐ」。船村氏が11月に文化勲章を受章したことに触れて「今回、船村先生が勲章をもらいましたので、僕も年末のレコード大賞新人賞という勲章をもらえるように、頑張りたいなと思います」とアピールした。
     「自分が今年やれることは全部やってきたので、先生も勲章をもらいましたし、僕も年明けに『頑張りました』と報告できるようにしたい。いい歌を長く歌って、舟木さんのようにいいファンについてもらえる、そんな歌い手になりたいです」と目標も語った。


    村木さんのうれしい言葉。紅白初出場。新人賞受賞を期待して応援しましょう!


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    今年は、夏が長く、初秋の風を感じる間もなく、気がつけば、紅葉の季節となってしまった感がありますもっとも、私個人の日々の暮らしが、せわしなかったということもあるかもですが…。

    すこし遠出をして、深まりゆく秋景色を楽しみたいとは思いつつも、どうやら、霜月も颯のように過ぎ去って師走に突入しそうです。そんな慌ただしい中ですが、13日に大阪まで行ってきました。

    関西に住み始めた三十代から、ずっと親しくお付き合いのある友人夫妻が、定期的に企画・開催している、とってもユニークなイベントで、今回は、特に私が若い頃から大好きだった歌人・道浦母都子さんを招いての会ということだったので、時間をやりくりして出かけました。いつものように近鉄特急で往復4時間ほどのプチ旅で短時間にスケジュールを詰め込み、ちょっとばかり疲れましたが、久々にお気に入りの国立文楽劇場で文楽も観ることができて、いい時間を過ごせました。
    今回も、私の覚書として、日記に記しておきます。よろしければお付き合いくださいね。


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    道浦母都子   無援の抒情     われらがわれに還りゆくとき

    写真、向かって右端が1980年雁書館の初版、中央が1990年岩波同時代ライブラリー、左端は2000年岩波現代文庫、手前が2015年新装版(ながらみ書房)と、ほぼ十年ごとに復刊されています。歌集としては、とても、めずらしいロング・セラーだと思います。

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    私は1990年に刊行された岩波書店・同時代ライブラリーで初めて、この歌集に出逢いました。

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    イメージ 20このイベントでは、道浦さんのご両親が、戦後の混乱の中、朝鮮半島から命からがら引き揚げてこられたこと。そして、彼女のご一家を助けてくれたひとりの朝鮮の青年がいたこと、道浦さんは、ご両親が日本に無事還りついた後の昭和23年生まれであることから、その青年の親切がなければ、自分は存在しなかった。そんな自分に、何ができるのか…とずっと自分に問い続けているということをはじめ、本当に多岐にわたる様々なテーマをお話しになりました。


    また、上記にアップしたチラシには、都はるみさんの写真が掲載されています。「邪宗門」という歌は1998年3月にリリースされたものだそうです。そして、その作詩をされたのが、道浦さん。私自身は、友人がイベント開催日の数日前にメールで送ってくれたチラシを見て、「?」都はるみさんと「邪宗門」と道浦さん…「邪宗門」が高橋和己*の小説であることは知ってましたが、はるみさんと「邪宗門」が、全く結びつかず、恥ずかしながらネットで調べて、初めて道浦さんとはるみさんの接点がわかったという次第。

    *高橋 和巳(たかはし かずみ、1931年8月31日 - 1971年5月3日)
    日本の小説家で中国文学者。夫人は小説家の高橋たか子。中国文学者として、中国古典を現代人に語る事に努める傍ら、現代社会の様々な問題について発言し、全共闘世代の間で多くの読者を得た。


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    道浦母都子という歌人は、「時代の生んだ短歌界の偶像」のような側面を持っていると私は勝手に思っています。 彼女と同時代に青春を送った世代…いわゆる全共闘世代…というのは、政治的であろうとなかろうと記憶の中に青春の息吹とか迷いとかいうものを抱えていたあの時代の自分があると思います。後年、「無援の抒情」が刊行された1980年、あるいは1990年には、30代か40代になっていたはずですが、この歌集を手にとった時に、きっと青春時代の自分に出逢い直したような想いになったのではないかと思います。私自身も、そうでした。1952年生まれの私は、「全共闘世代」には少し遅れてきた世代ですが、それでもあの東大安田講堂封鎖と、それに続く学生たちと機動隊の激しい攻防戦をリアルタイムでテレビ画面をとおして目撃した世代です。


    「邪宗門」「枯木灘残照」/道浦母都子作詩、都はるみ歌唱

    以下は、ちょっと話が飛んでしまいますが、2008年5月に「婦人公論」に掲載された記事です。


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    邪宗門(JA SHU MON) 作詩:道浦母都子 作曲:弦哲也
    1998年3月



    残照の光の海をイメージ 12
    二人行く ふたりゆく
    花のごとかる罪を抱きて

    ただ一本買いしコスモス冷たくて
    素直なるかな 花の透明
    昼深く 夢に見ている しろじろと
    煙れるまでに 熱持つ乳房
    物語をつくるのはわたし
    世界を生むのはわたし
    あゝあなたを
    あなたを愛して
    あかねさすわたし

    愛しては ひとを追いつめたりしこと
    野火のごとしも 夏の終わりの
    洗い髪 濡れて光れる そのままを
    あなたに倒れて ゆくまでの愛
    扉を開くのはわたし
    季節を生むのはわたし
    イメージ 13あゝあなたを
    あなたを愛して
    あかねさすわたし

    漲れる男の体 寒の夜を
    抱きしめれば 樹液の匂い
    もろともに 藍ひといろの湖(うみ)となり
    森となりゆく 透きてゆくまで
    天空を翔けるのはわたし
    虹を生むのはわたし
    あゝあなたを
    あなたを愛して
    あかねさすわたし

    残照の光の海を
    二人行く ふたりゆく
    花のごとかる罪を抱きて
    花のごとかる罪を抱きて




    枯木灘残照  作詩:道浦母都子 作曲:弦哲也
    https://youtu.be/e83WOQAEm-M



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    両手(もろて)にて君が冷えたる頤(おとがい)を
    包みていしは冬の夕駅
    君に妻われに夫(つま)ある現世(うつしよ)は
    姫浜木綿の戦(そよ)ぐ明かるさ

    イメージ 15歳月(とき)はながれて歳月はながれていまひとり
    あゝ残照の枯木灘
    ひたすらにあなたのもとに翔けてゆく
    煌(きらめ)きつづけよ光の凪(なぎ)よ

    取り落とし床に割れたる鶏卵を
    拭きつつなぜか湧く涙あり
    乳房の尖(さき)に点(と)もれる蛍火の
    ほとほと紅しほとほとやわし
    夢に疲れて夢に疲れて立ちつくす
    あゝ残照の枯木灘
    子午線を越えて吹き来る潮騒よ
    夜のしじまにこの身も攫(さら)え


    道浦さんとはるみさんとのご縁、また、中上健次氏とはるみさんのご縁について記されています。
    和歌山 連 ふるさと再生と文化特集 「紀」になる人インタビュー
    ~都はるみさん、枯木灘を歌う~
    http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/ren/web/ren13/11_news.html


    昨年の12月以降、都はるみさんは、「活動休止」ということだそうですが、道浦さんは、また「邪宗門」「枯木灘残照」をはるみさんの歌で聴きたいとおっしゃっていました。いろんな事情があるようですが、「あきらめてません」とおっしゃっていたのが印象的でした。私も、ぜひ、ライブでお聴きしたいと願っています。


    下記のサイトに道浦さんと都はるみさんとの出逢いなどが記されています。
    季刊「現代の理論」 連載●シリーズ「抗う人」⑯ 
    反体制でありたい・・短歌の世界で表現活動を続ける~道浦母都子

    http://gr-test.gendainoriron.jp/vol.09/serial/se01.php



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    先輩歌人から、短歌表現の甘さを指摘されたり、同世代のある女性歌人は、道浦さんの歌を「センチメンタル」と評しています。でも、「時代を代表する歌人」という意味では、誰もが認める歌詠みであることも同時に評価しています。

    イメージ 19出世作となった歌集も、「無援の抒情」とタイトル付けられているように、その歌が「抒情性」にみちているのが道浦さんの個性であり、最大の魅力でもあります。

    前述したように、多かれ少なかれ、学生運動の盛んだった時代の空気を吸ってきた世代は、道浦さんの歌に、少なからず共感できるのだと思います。それは、まるで自分の青春時代の心象風景を甦らせてくれるような力を蓄えているかのようにも思えます。

    同時代の道浦さんとほぼ同世代の歌人は、数多く輩出していますが、彼女の「無援の抒情」という歌集と歌人・道浦母都子は、群を抜いて最も自分と近い距離にある存在となっているのではないでしょうか。
    フィールドは違いますが、それは、舟木さんが今も、「青春」のシンボルとして色褪せず私たちの前に存在しているのと、似たような印象を、私は道浦母都子さんのご活躍を見ていると感じます

    舟木さんも、道浦さんも、「あなたやわたし」の青春も一緒に背負って、今もなお変わらずにご自身の道を貫いているように思います。

    舟木さんの自作の曲、男女の愛の切なさ、哀しさを歌ったこの歌も1998年にリリースされています。


    夢幻~MUGEN  作詩・作曲:上田成幸
    (1998年 WHITEⅢ)
    https://youtu.be/yFqaYbUbBsc

    イメージ 17黒髪(かみ)のみどり 朱(あか)く燃えおち
    爪のあと 遠くなみうち
    男は男 女は女
    そしてはるか 夢幻

    けだるさに ほてる指先
    からめれば
    いたみひとつ 想いふたつ

    ルルル……
    いたみひとつ 想いふたつ



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    カボチャ娘

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    鹿ケ谷カボチャ

    バターナッツ

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    娘の畑で作ったカボチャがとっても美味しいので、
    母の87歳の誕生日にパンプキンモンブラン(タルト)を娘が作って
    バースデーケーキにしてお祝いしました。

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    週刊明星1964年11月8日号の表紙

    三田明さん、いしだあゆみさん、そして葉山葉子さん。
    皆さん、まだ十代ですね。いしださんと葉山さんのお洋服に注目!
    色違いのぺアルック。ポーズまでペアです(笑)

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    見出しが、いかにも「昭和」です。4Pビッシリ(46~49P)の文字。内容は、舟木さんに対してとっても好意的で当時の芸能週刊誌ってこんなにも良識のあるものだったんだなと、今、読んでみて、あらためて見直してます(笑)それにしても、舟木さんの切ないまでに一途な想い、そして、そんな青年の成長をあたたかく見守る、長谷川一夫さん、遠藤先生をはじめとする周囲の大人の方々の懐の深さなど、昭和の三十年代から四十年代が、いかに人間味にあふれた良き時代だったかが偲ばれます。


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    ポンコツ携帯カメラですが、拡大しましたのでこちらでなんとかお読みになれると思います。なにしろ、紙質も良くない50年以上前の雑誌なので印刷文字が薄くなってしまっていますから読みづらいのはご容赦くださいね。
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    記事の文中に出てくる「浮舟・創刊号」のコピーです。以前舟友さんからちょうだいしたものです。

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    長谷川一夫さんの寄稿文

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    さて、こちらは、今の舟木さんが掲載されています。

    コロムビア・マーケティング㈱から発行されているDVDやCDのカタログ「音の楽園」です。
    最新号の表紙が舟木さんの「シアター・コンサート ひばりが翔んだ日々」

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    舟友さんから情報を教えていただきました。いつもありがとうございます。楽しみですね!

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    ~happinetonline ~
    芸能生活55周年記念 「みんな旅人」 2017年1月25日発売
    http://www.happinetonline.com/NASApp/mnas/MxMProduct?Action=prd_detail&KIND=0&SHOP_ID=1&PRODUCT_ID=4549767014265

    昭和57年6月に発売されたアルバム『WHITE』に収録された楽曲「みんな旅人」。当時数多く書き下ろした自作の作品を今回満を持して新録リリース。書き下ろした当時まだ30代後半だった舟木が、60代、70代となった同世代のファンに向けて今こそ伝えたい舟木らしい人生歌。



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    舟木一夫 初期を中心に収録した5枚組CD-BOX(前篇)と丘灯至夫作品集が発売決定
    注目のトピック 2016年11月18日(金) 12時11分更新
    「舟木一夫」芸能生活55周年記念作品。5年前、50周年記念でシングルA面曲を中心に収録したCD-BOXもロングセラーを記録。来年の55周年に実施する大規模な全国ツアーに合わせて、記念商品として新CD-BOXを発売。デビュー曲「高校三年生」以降大ヒット曲を連発した初期から70年代にかけての楽曲を5枚組に80曲収録予定。
    *80年代以降の<後篇>も2017年リリース予定。

     
    『丘灯至夫を唄う(仮)』
    「丘灯至夫」生誕100年記念。丘灯至夫は、「高校三年生」を始め、”青春歌謡”の大スター:舟木一夫の初期のヒット曲を多数作詩しており、お互いのキャリアを語る上でかかせない名コンビである。今作には舟木一夫がシングルリリースした丘灯至夫作品をCD3枚に完全収録されている。
     
    <アーティストプロフィール>
    ◇ 生年月日 / 昭和19年(1944年)12月12日
    ◇ 本名 / 上田成幸
    ◇ 出身地 / 愛知県一宮市
    ◇ 血液型 / O型
    ◇ 身長体重 / 172cm・68kg
    ◇ 趣味 / 時計やペンのコレクション ほか
     
    昭和38年6月「高校三年生」でデビュー。
    第5回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。
    NHK紅白歌合戦に初出場、以降連続9回出場。(通算10回出場)
     
    発売は2017年1月25日の予定です。
    *発売日発送分の目安は2016年12月9日注文分までとなります。

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    とってもありがたくうれしい動画のアップです。
    舟友の沢田舟木さんが、貴重な音源をアップしてくださいました。
    感謝を込めてご紹介させていただきます。


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    以下が未発表オリジナル12曲です。☆マーク7曲をご紹介します。
    星の夜北へ帰る/☆北国岬/☆白い夜明け/偽りの愛はいらない/☆霧のわかれ/恋のホロッポ
    君が心は/☆別離/恋のしみあと/☆哀しみの街/☆雨の別れ/☆青い夜空の中で


    北国岬 舟木一夫
    https://youtu.be/4Bk9WEwRz3U




    白い夜明け 舟木一夫
    https://youtu.be/ItL1FzufIcU



    霧のわかれ 舟木一夫
    https://youtu.be/Y10xVVCxGeE



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    別離 舟木一夫
    https://youtu.be/0w02qb03Rsc



    哀しみの街 舟木一夫
    https://youtu.be/DhRrHyrSJlw



    雨の別れ 舟木一夫
    https://youtu.be/HHhFZYyjjAI




    青い夜空の中で 舟木一夫
    https://youtu.be/5LVMCMtGpQs



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    先月は、家庭の事情でお休みしましたが、今月は、参加できました。萩原の秋は、やっぱり柿がいっぱい。あっちの家にも、こっちの家にも、空き地にも柿の実がいっぱい成ってました。

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    今では、こんな風にハザカケして稲を乾燥させている風景はあまり見られません。
    萩原町の昔懐かしい、秋らしい風景です。

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    萩原小学校の裏手の公園に回るとこんな鮮やかな紅葉も観ることができました。
    今年は、時間に追われる毎日で紅葉狩りもできませんでしたから
    思いがけない場所で紅葉が見られてラッキー!

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    ブルーの屋根が萩原小学校の体育館、手前は忠魂碑みたいです。

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    桜の葉が紅葉したものが落葉の絨毯になってました。

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    萩原小学校から愛唱会の会場の串作公民館に向かう途中の銀杏の木

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    いつも愛唱会でお世話になっている地元の舟友さんからお土産にちょうだいした蕎麦寿司。
    心のこもった手作りで、チョー美味しくて、感激でした。ああ、いい日だったぁ~ッ!

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    11月19日(土)  愛唱会 リスト


    紅葉~♪秋の夕日に 照る山紅葉


    まっかな秋~♪まっかだな まっかだな つたの葉っぱが まっかだな


    秋の夜半~♪秋の夜半の み空澄みて


    旅愁~♪ふけゆく秋の夜 旅の空の


    家路~♪遠き山に 日は落ちて


    里の秋
    https://youtu.be/mKe3JUjXSUQ  
    *「ひとりぼっち(第2集)舟木一夫の想い出の歌」より


    小さな木の実  ビゼー:歌劇「美しきパースの娘」より
    https://youtu.be/8RMrobtY9KQ


    ともしび   映画「花咲く乙女たち」挿入歌
    https://youtu.be/Yl-K-4lyB_A

    *ひとりぼっち(第4集)舟木一夫と世界の歌」収録


    黒い瞳の~♪黒い瞳の 若者が


    トロイカ  ダークダックス
    https://youtu.be/uYWMNuQMvd4
    *ひとりぼっち(第4集)舟木一夫と世界の歌」収録


    涙くんさよなら  
    https://youtu.be/B4NpJQfvKF0



    リンゴの唄~♪赤いリンゴに 口びるよせて



    高原列車は行く

    *「ひとりぼっち(第3集)舟木一夫懐かしの歌」収録




    君達がいて僕がいた オリジナル音源
    https://youtu.be/IwxBJnOgbFE



    君達がいて僕がいた_舟木一夫さん_十五周年_限りない青春の季節より
    https://youtu.be/0SleP4YhqF4






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    秋の庭は、花も少なくてさびしいですが、今は、黄色と白の小菊がたくさん花をつけています。

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    白の小菊は、ところどころピンクに色が変わっていってます。
    白いものは急に寒くなると、ピンクに変わるみたいですね。

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    明日は、丘灯至夫先生の御命日にあたります。亡くなられたのは2009年11月24日。
    先日、ブログでもお知らせしたように、来年は、丘先生の生誕100年記念ということで、作品集のCDなども発売が予定されています。
    そこで、私の手元にある資料から、丘先生が1970年にコロムビア創立60周年記念として発売された舟木一夫大全集というアルバムの解説書に寄稿された「舟木君と私の七年間」という文章を、ご紹介させていただきます。6ページにわたる長文なので、3回に分けてアップします。

    日本コロムビア創立60周年記念 舟木一夫大全集 

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    別冊解説書

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    舟木君と私の七年間  私の覚え書メモから  丘灯至夫

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    早いものである。舟木一夫君がデビューしてから、まる七年になった。そして、こんどこの「舟木一夫大全集」が日本コロムビア創立60周年行事の一環として装いも新しくまとめられることになった。大全集に顔を並べる数少ない男性歌手の中では、舟木君が一番新しく、いちばん若い。ということは、スター歌手として、押しも押されもしない存在になったのが、いかに早かったか、とともに、いまやその地位が、まったく揺るぎないものになっている立派な証拠であるといえるだろう。全国のファンとともに、私も心から「舟木君、おめでとう!」と叫び、同時に、私もまたひとしお感慨深いものを、しみじみと味わっている。

    考えてみると、舟木君の七年間の歩みを、私もまた一緒に歩いてきたような感じがする。大全集に納められた曲数の三分の一が私の詩、ということにもその理由があるのだろうが、この期間、私は他の仕事をあまりせず、舟木君の仕事に精力を費やしてきた、といっても過言ではないからである。それはやはり、舟木君の終始変わらない真面目さ、清潔な魅力にひかれたから、といっていいだろう。ふりかえってみる七年間、そのあいだにつぎつぎに私がまとめた詩には、それぞれ、作曲家の大きな力を得て曲づけされ、そのひとつひとつに、懐かしい思い出がひそんでいる。

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    会社のディレクターから「解説を書いてくれませんか」と依頼されたときに、私は「私の覚え書的なものでよければ…」と引きうけたのも、ここで、私は七年間の思い出をまとめることができたならば、と考えたからである。だから、ここでは主として、私が舟木君のためにまとめた歌についての思い出話を書かしてもらうという心づもりである。その点をまずお許し願いたい。

    ご存知「高校三年生」は、舟木一夫君の輝かしいデビュー作品である。私の詩に、舟木君の恩師である遠藤実氏が作曲し、福田正君の名編曲を得たものである。つい先日、「高校三年生」はいつ発売だったろうね」と舟木君にたずねたら、舟木君は即座に「譜面をいただいたのは三十八年の一月十五日です。吹込みをしたのが二月二十三日、発売日が六月五日でした。」と答えてくれた。譜面を貰った日まで覚えているということは、まことに珍しいことだと感じたものだが、それだけ舟木君にとっても忘れ得ない感激だったのだろうと思う。しかし、この「高校三年生」が発売になるまでには、色々困難な事情がからんで難航した。

    ひとつは、私の「高校三年生」が作歌されるまでに、舟木君のデビュー作品として、すでに七、八曲が用意されていたこと。ひとつは「高校三年生」というタイトルについてで、会社内部に「これは流行歌じゃないよ。学芸部から出す性質のもので、文芸部からは出せませんよ。」という反論があったこと。おりから北島三郎君の「なみだ船」がヒットしていただけに、いかにも幼い唱歌じみた印象を与えたに違いない。そういえば、私はこの「高校三年生」という歌を、このときはじめて作詩したのではない。四、五年前に一度まとめて、会社のディレクターに見せたところ、これは流行歌としては、どうも…ね」と、あっさり葬り去られたことがある。勿論、舟木君の作品としては、内容も新しく書き変えたけれど、題名の「高校三年生」だけには固執した。それがまたひっかかったわけである。

    もうひとつは、会社の文芸部に大変動が起きたことである。この年、創立したクラウン・レコード会社に、コロムビア文芸部の部長をはじめ、中堅どころのディレクターが、一挙に移り変わっていってしまったのである。その他もろもろのことがつづいて、私は、神経も身体もまいってしまった。私は、「高校三年生」をついに引っ込める覚悟をした時期があった。「作曲は遠藤さんのすばらしい曲だから、これは棄てるには惜しい。しかし、私はこの詩を発表することはあきらめる。だから、この曲に、誰か、他の詩人に詩を書いてもらってほしい。」と、私は会社へ申し出た。春浅い日の深夜、車を飛ばして、遠藤氏が私宅を訪ねてきた。
    「丘さん、あの私の曲は、あなたの詩があってこそ生まれた曲なんです。あの詩があってこそ、あの曲は生まれたんですよ。ぜひ、あの詩で出してください。頼みます。」熱情家の遠藤氏は、こぶしをふるわせながら、苦悩する私に迫ったのである。この情熱に私は負けた。夜もしらじらと明ける頃に、遠藤氏と私は手を固く握り合って、そして別れた。この夜、遠藤氏が私を訪ね、私を激励してくれなかったならば、「高校三年生」は世に出なかったに相違ない。

    困難な障害がつづいたが、文芸部大異動の中で、幸いコロムビアに残留した、舟木君担当の若いディレクター栗山章君の奔走で「高校三年生」がかろうじて発売されたのが、三十八年六月五日である。すでにそのときには、舟木君の第二弾として、私と遠藤氏は「修学旅行」をまとめていたが、その月の十六日、ついに私は病気で倒れた。
    東京神田和泉町の三井記念病院に入院したが、そのときの体重が三四・五キロだった。貫目に直してわずかに九貫目である。もともと丈夫な身体ではないが、それにしてもひどすぎた。どうやら、平常に復した今が四二キロだから、八キロちかい痩せ方だった。よく生命がもったと思う。入院約一ヶ月、どうやら、一人歩きができるようになって退院すると、七月十五日には、舟木君の晴れのデビュー姿を見ることも無く、私は、福島県会津の横向温泉へ、病後静養のため引きこもってしまった。
    人里離れた温泉宿で、思うように回復しない身体に、いらだちがちになる私の心を思いがけぬ東京からの便りが、たいへんな励ましとなった。そのひとつは、レコード会社の幹部が、定期便のように知らせてくれた「高校三年生」の、レコード売上報告だった。その数字は、私がレコード会社の専属となって以来、はじめて見るハイ・ピッチの記録的数字だった。そのころのメモからひろいあげて見るとそれがよく分る。

    七月二十日  一一五、七五二枚
    ハ月 三日  一六一、六一三枚
    九月十六日  四一一、四九四枚

    そして年末には、百万枚の大台にのせ、同時に、八月に発売した「修学旅行」も、五十万枚を突破してしまったのである。

    もうひとつ、私を喜ばしてくれたのは、舟木君からの便りであった。多分、八月の末ごろだったと思う。
    ――「高校三年生」は、現在二十五万枚だそうです。僕はもう嬉しくてたまりません。でも、これからが本当の勝負だと改めてファイトを燃やしています。先生も身体が完全に直るまでがんばってください。くれぐれも完全に直るまでがんばってください。―― 一夫
    短い内容だったけれど、デビュー作の大ヒットで、大いにファイトを燃やしている舟木君の意気込みが溢れていた。私は、この手紙を、いまも大事に仕舞ってある。

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    秋深むころに、私は温泉場を引きあげ、東京へ戻ってきたが、もうそのころには、スター歌手としての舟木君の地位は確実なものとなり、舟木君は、寸刻も自分の時間のない、あわただしいスケジュールに追いまわされる生活の真っ只中に入ってしまっていた。
    「只今授業中」や「学園広場」といった学園ソングを、つぎつぎに歌い、この年十一月には、第一ホテル別館で、「舟木一夫君を励ます会」も催された。

    十二月に入ってまもなくの六日夜遅く、寝床に入っていた私は、けたたましい電話のベルで呼び起こされた。なかば、寝ぼけながら取った受話器のむこうから、切迫した感じの声がとびこんできた。「先生ですか、ボク、舟木です……。」声が、一瞬とぎれて、またつづいた。「ボク……新人賞だそうです。」ここまで聞いて、私はようやく目が覚めた。と同時に、そうか、レコード大賞のことだなと知ったのである。「新人賞か、そうか、そりゃおめでとう。」私は思わず高い声をはりあげた。ところが舟木君は、私の声をひきとるように、「あの……それで、先生も作詩賞だそうです。」舟木君の声がなんとなくうるんできこえたのは、私が病み上がりのせいばかりではなかったようであった。

    この年の暮、十二月二十七日、東京の日比谷公会堂で行われた、日本レコード大賞の受賞式で、「高校三年生」を歌い出した舟木君が、あふれ出る涙をこらえることができず、絶句したまま顔を覆って、舞台に立ち往生した姿は、テレビでこれを見ていた大ぜいのファンの胸にも、いまも残る感動的なシーンであった。「歌手が、しかも男性が舞台で泣くとはなにごと…。」という声もきかれたが、純情な舟木君であればこそ許されることではないか、と、いまでも、私にはあの時の舟木君の心情が、痛いほどよく分るのである。

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    沢田舟木さんの動画で、授賞式の感動的シーン音源をどうぞ!
    15周年記念「限りない青春の季節」10枚組アルバム収録音源

    舟木一夫 新人賞 学園広場 高校三年生
    https://youtu.be/OZgXYFbhaII



    舟木君と私の七年間 丘灯至夫  舟木一夫大全集 寄稿文(1970年10月)その2へつづく



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    11月14日の八芳園での演舞場公演PRイベントの模様が、松竹公式サイトにアップされています。

    松竹株式会社公式サイト

    新橋演舞場12月公演

    舟木一夫特別公演


    youtubeでもご覧いただけます。
    新橋演舞場12月公演「舟木一夫特別公演」特別映像  



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    「どうせ散るなら」の舞台稽古は、11月16日からスタートしたようですね。
    昨年の「気ままにてござ候」にも出演された俳優さんのブログを見つけました。

    西田裕輔さんのオフィシャルブログ

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    産経ニュース

    現役最後の大立ち回り披露 舟木一夫、新橋演舞場で特別公演

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    「現役最後の大立ち回りをお見せします」
     来年、芸能生活55周年を迎える“永遠の青春スター”舟木一夫(71)が、12月2日から新橋演舞場(東京都中央区)で始まる特別公演を前に稽古に余念がない。
     大立ち回りは第1部「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」のクライマックスで披露する予定。舟木は、講談でも知られる江戸の剣客、金子市之丞を演じる。「娯楽時代劇のシリーズ。不良をしている負い目を背負った若者の物語は今の時代も通用します」
     同劇場を含め、座長公演は通算80を数える。記念公演の今回、共演も里見浩太朗(79)、笹野高史(68)という豪華な顔ぶれだ。舟木は「平均年齢が高い割にフットワークは軽い」と自信をみせた。
     24日まで。第2部はコンサート。


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    川中島古戦場のりんご農家から取り寄せた「シナノスイート」と、オマケで入っていた「ヒメリンゴ」

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    シナノスイートで娘が焼いたアップルパイ風ケーキ

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    ヒメリンゴは、丸ごとコンポートにしてバニラアイスと一緒に…

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    舟木君と私の七年間 丘灯至夫  舟木一夫大全集 寄稿文(1970年10月)その1~のつづきです



    日本コロムビア創立60周年記念 舟木一夫大全集 別冊解説書

    舟木君と私の七年間  私の覚え書メモから  丘灯至夫

    この年、「高校三年生」は大映で映画化され、舟木君は姿美千子君や倉石功君と共演し、映画への初進出、新宿コマ劇場の「花咲く学園」では、初舞台を踏んだ。と同時に、NHKテレビの大河ドラマ「赤穂浪士」では、矢頭右衛門七の役で、大抜てきをうけたものである。

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    翌三十九年に入ると、三月には浅草の国際劇場で、初の「舟木一夫ワンマンショー」を開き、あの大劇場に、故郷、一宮市の後援会の団体をはじめ、あふれかえるほどの客を集めた。無口でテレ屋の舟木君が、堂々たる舞台姿ぶりを見せ、満員の客を大いに堪能させてくれたものである。
    「涙の敗戦投手」は、この年の春に、売り出されたレコードである。この詩は、私が前年、前に述べた病後静養のため、福島県の温泉へ赴く途中、列車の中でまとめたものである。戸塚三博氏の作曲を得て、私にとっては好きな歌のひとつだが、あまりひろくは歌われなかった。ちかごろになって、青森県三沢高校の太田投手(現在・近鉄)が、甲子園で敗れた直後、「あの歌を、ここで出したらきっと流行したでしょうね。」といってくれた人がいる。あるいは、そうかもしれない。流行歌というものは、発表する時期のタイミングも大いにあるということである。

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    つづいて、この年の五月には、「君たちがいて僕がいた」が発売された。この歌は、東映映画主題歌としてこしらえたものである。舟木君は、この映画で、本間千代子君や千葉真一君と共演した。この歌には、前奏に、舟木君の歌としては珍しいセリフが入っている。このセリフがまたファンには、たいへん喜ばれたようであった。しかし、このセリフを作るのに、私は歌を作るより難渋した。こうか、ああか……と苦しんでいる私のかたわらで「そんなものはワケないでしょう…。」と万年筆でさらさらと手を加えてくれたのは、担当の、栗山ディレクターであった。だから、厳密に言えば、このセリフのくだりだけは、栗山ディレクター作といったほうがよいのである。この若いディレクターは文才もある器用な人であった。とにかく、この「君たちがいて僕がいた」は、軽快な遠藤実氏の曲で、大いに売れ、また映画もヒットした。私にとっても、この歌は「高校三年生」とともに、舟木君の歌の中で、好きな歌のひとつになっている。

    夏、八月には、やはり東映映画「夢のハワイで盆踊り」出演で、舟木君は、はじめての海外ロケを果たしている。
    秋には、明るい「花咲く乙女たち」の歌が発売され、そして「まだ見ぬ君を恋うる歌」も世に出た。「花咲く乙女たち」は、私の恩師、西條八十先生が、舟木君のためにはじめて書いた詩。芸術院会員という、肩書を持つ詩壇の重鎮である西條先生が、「舟木君の清潔なイメージを頭において書いたものだよ。」と私にいわれたことがあるが、誠に若さに溢れた、しかも気品ある美しさに満ちた作品であった。

    「まだ見ぬ君を恋うる歌」は、私の詩に、新進気鋭の作曲家、山路進一氏が作曲してくれたものである。この歌を作るころ、私もディレクターも「学園ムードものを脱皮して、さてどんなものを舟木君に歌わせたらよいだろうか。」と悩んでいたものである。そういう話し合いを毎晩のようにつづけていたある夜、私の家で、私の古い詩のスクラップを読み返していた栗山ディレクターが、「これ、これ、これでいきましょう。」指をさしたのが、若いころ、私が作っておいた「まだ見ぬ君を恋うるかな」という詩だった。
    私が、十七、八歳のころにこしらえた詩で、古傷をさらすようなものだけれど、その原詩の一番を、いま、ここに掲せてみよう。

    裏切り多き 人の世に
    まこと頼れる 人欲しや
    更けて 時雨を 聴きつつに
    まだ見ぬ君を 恋うるかな

    この詩の題名はそのまま、内容をレコード吹込みをした歌詩のように、まるっきり変えたものである。目で読む詩と、耳できく詩の相違を、ここで読みくらべていただければ幸いである。舟木君は、どうやらこの歌あたりから、大人っぽい歌を歌う歌手の仲間入りができたようで、つづいて、四十年一月に発売した、やはり私の詩に、遠藤実氏が曲づけした、成人式記念の「成人のブルース」で舟木君は、立派な大人の歌唱力を、披露してくれたものである。

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    「北国の街」は、四十年三月、舟木君が山内賢君や和泉雅子君と共演した、日活映画の主題歌としてこしらえたものだった。この歌は、意外に苦労した。詩ははじめ、「アカシアの街」という題でこしらえたものだったが、ディレクターの注文で三度ほど書き改めたと記憶している。だから、ひとつの歌として出来上がるまでに、一ヶ月近くの日数を費やしている。私たちの仕事としては、たいへん長い時間をかけた作品だった。しかし、ここまでは、私たちの仕事では、よくあることである。このあとが、大変だった。編曲が完成し、フル・バンドを使ってオト入れをした。(舟木君の歌は、アト入れが多いので、一応、音楽だけを先取りする)。これが、ディレクターの気に入らず、また編曲のし直し。さて、吹込みをして、これでOKが出るものと期待したところが、これもダメ。結局、このオト取りも三回やり直して、ようやく、ディレクターがにっこり、「これでいいものができましたよ。」ということになった。二十何人ものバンド演奏録音を、三回やり直したというのは珍しい。費用もバカにならないが、それだけ、ディレクターも、この一作に情熱を傾けたといっていい。お蔭で歌もヒットしたが、映画もヒットした。

    「東京は恋する」もこの年の夏に発売され、九月には、やはり舟木君が、和田浩二君や伊藤ルリ子君と共演して、日活で映画化されたものだが、この詩は五月、伊豆の河津町「踊り子の碑」のある湯ケ野温泉に滞在中こしらえた。たしか、二、三十分でまとめあげてしまったことをおぼえている。わずかな時間でまとめたからといって力を抜いている訳ではない。うんうん唸りながら苦吟しても、なかなかペンが進まないこともあれば、興が載って、五、六分で骨組みができあがることもある。
    私の場合などは、構想がひらめけば、早い時間でまとめあげたもののほうが、心楽しい作品になることが多いようだ。「高校三年生」なども、わずかな時間でまとめあげた作品のひとつである。

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    この年の、七月五日、舟木君は、私の生涯で忘れることのできない美しい思い出を残してくれた。私がコロムビア専属となって二十年近いということで、私の郷里からの希望があり、「郷土訪問リサイタル」を開くことになった。私の生家は、福島県の郡山市から磐越東線というローカル列車に乗り換えて、平市へ向かう途中の小野町という、小さな町にある。たいへん辺鄙な土地であり、すでに若いながら、スター歌手となっている舟木君には、とても来て貰えないだろうと思ったが打診してみた。ところが、舟木君は二つ返事で、「ぜひ、行かせてください。スケジュールはなんとか都合します。」心良く承知してくれた。当日は、町をあげての歓迎で迎えてくれた。花火があがり、小学生の鼓笛隊を先頭に大パレードがつづいた。考えてみれば、小学生から老人にまでファンを持つ舟木君であればこそ、私の「郷土訪問リサイタル」も、一層、光芒を放ったことであった。それだけではない。舟木君は、私とともに、私の菩提寺を訪ねてくれて、すでに世にない私の父母の墓詣でをしてくれた。テレやである舟木君が、ともすればそれが突っけんどん、不愛想ととられ、マスコミ関係からなにやかやと突きあげられたことがあったが、まことに心やさしい青年であることを、私だけは、このときも、しみじみと感じ入ったことであった。しかも、あとから知ったことだが、舟木君はこのとき、足の親指のなま爪をはがしていての旅であった。舟木君はそれでも、最後まで足指の痛みなど、おくびにも出さず、終日、笑顔で、私の郷里の人たちの歓迎に応えてくれていたのである。


    以下の2枚の写真は「近代映画」より

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    「郷土訪問リサイタル」では、詰襟で思い出深い「高校三年生」も披露

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    舟木君と私の七年間 丘灯至夫  舟木一夫大全集 寄稿文(1970年10月)その3につづく


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    「舟木ごのみ弁当」販売情報
    http://www.shinbashi-enbujo.co.jp/restaurant/index.html


    ◎2016年12月2日(金)から24日(土)『舟木一夫特別公演』上演期間中は、以下の特製弁当を販売致します。この機会にぜひご賞味ください。
    「舟木ごのみ(前半用)弁当」・・・1,500円(税込)
    新橋演舞場12月公演記念 舟木ごのみ(前半用)弁当
    前半の特製弁当は海の幸を多めに使用して献立を作りました。お弁当箱を舟形にして、彩りよく盛り付けました。※初日12月2日(金)〜12月11日(日)の期間中に販売いたします。

     
    「舟木ごのみ(後半用)弁当」・・・1,500円(税込)
    新橋演舞場12月公演記念 舟木ごのみ(後半用)弁当
    後半の特製弁当はお肉を多めに使用して献立を作りました。お弁当箱を舟形にして、彩りよく盛り付けました。※12月13日(火)〜千穐楽12月24日(土)の期間中に販売いたします。


    「舟木ごのみ(12日限定)弁当」・・・1,500円(税込)
    新橋演舞場12月公演記念 舟木ごのみ(12日限定)弁当
    12日(月)のお誕生日当日限定のお弁当です。今年も誕生日限定でケーキ(ミルククレープ)を入れております。※お誕生日、12月12日(月)限定で販売いたします。


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    「舟木ごのみ御膳」劇場内御食事予約
    https://www.shinbashi-enbujo.co.jp/FS-APL/FS-Form/form.cgi?Code=gekijyo12

    「舟木ごのみ御膳」桟敷席御食事予約
    https://www.shinbashi-enbujo.co.jp/FS-APL/FS-Form/form.cgi?Code=sajikiseki12


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    舟友さんからちょうだいしました。いつも情報をありがとうございます。
    明日から12月です。いよいよスタートですね

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    12月舟木一夫特別公演のイベントの案内が松竹の公式サイトにアップされています。

    各マークをクリックしてください。詳細がアップされています。





     



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    新橋演舞場12月公演「舟木一夫特別公演」の宣伝行事が行われました!

    2016.11.29

    新橋演舞場12月公演「舟木一夫特別公演」の宣伝行事が行われました!

    新橋演舞場12月公演は、「舟木一夫特別公演」を上演いたします。
    第一部では、講談「天保六花撰」でもお馴染みの金子市之丞らが、江戸の浮世を豪快に生き抜く様を描いた作品「『華の天保六花撰』どうせ散るなら」を上演。
    第二部では、舟木一夫の名曲、大ヒット曲を中心にお贈りする、昼夜別構成の『シアターコンサート』をお届けいたします。 稽古を目前に控えた11月14日、舟木一夫、里見浩太朗、笹野高史の3名が顔を揃え宣伝行事が行われました。


    新橋演舞場での座長公演が今年20年目を迎え、通算16回を数える舟木一夫は、共演経験がある里見浩太朗、笹野高史らと新たに挑む舞台について「このメンバーは雰囲気も結構バラバラなので、いい具合に絡めるような気がしています。とても楽しみです。」と、舞台への期待を語りました。
    また、来年の55周年に向けては、「こんな先輩(里見浩太朗)を隣に、僕の55年程度の話は言えないですよね。」としながらも、「歌い手として、流行歌手としては良く持っている方かな、70歳過ぎて一カ月公演全部生で歌えるということは幸せの部類に入るのかなと思っています。」と感慨深い様子で話しました。

    舟木とは平成25年の舞台で舞台初共演を果たして以来の顔合わせとなる里見浩太朗は、今回の舞台について「舟木さんがどんな金子市之丞を演じ、それに対しこの里見浩太朗がどれだけ手助けが出来るかな、と今からとてもワクワクしています。舟木さんと一対一で対峙するような芝居が見せ場です。ぜひ、じっくりご覧ください。」と公演をアピール。
    過去、幾度も舟木公演を彩ってきた笹野高史は、「久しぶりの舟木さんとの共演なのでとても楽しみにしています。心配な事、怖い事、いっぱいございますが舟木さんに頼りっぱなしでございます。過去、私がどんなに失敗しても、いつもカバーしてくださいました。そして里見さんとは舞台では初めての共演です。ちょっと緊張もしていますが、凄く勉強できることがたくさんあると思います。楽しみです。」と舞台への意気込みを語りました。

    また、この日は約100名のお客様を宣伝行事にご招待。稽古を前に早くも息の合った様子の3人の掛け合いに会場は大盛り上がり。最後にはマスコミの方々向けにお客様との撮影を行うなど、参加者全員で来月の「舟木一夫特別公演」をアピールしました。 「舟木一夫特別公演」は新橋演舞場にて12月2日(金)から24日(土)まで。

    チケットは、チケットWeb松竹、チケットWeb松竹スマートフォンサイト、チケットホン松竹にて好評発売中です!


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