Are you the publisher? Claim or contact us about this channel


Embed this content in your HTML

Search

Report adult content:

click to rate:

Account: (login)

More Channels


Channel Catalog


Articles on this Page

(showing articles 81 to 100 of 1181)
(showing articles 81 to 100 of 1181)

Channel Description:

舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

older | 1 | .... | 3 | 4 | (Page 5) | 6 | 7 | .... | 60 | newer

    0 0

    昨晩、「舟木さんの曲~今の私のお気に入り・その2 第一夜」として、ご紹介したのは1994年1月発売の「ありがとうあなた」のB面「めぐり逢う日を・・」です。ここでまた大倉明氏の「青春賛歌」の年表にお世話になります。
     
    大倉明著「青春賛歌」巻末掲載 「舟木一夫・シングル&アルバム一覧」より
    1994年
    1月「ありがとうあなた/めぐり逢う日を・・・」
    3月アルバム「青春の日々~今、新しく~舟木一夫」
    5月アルバム「舟木一夫ベスト・セレクション/ありがとうあなた」
    8月アルバム「ツイン・パック 舟木一夫/ありがとうあなた」
    11月アルバム「舟木一夫全曲集/ありがとうあなた」
    1995年
    4月アルバム「WHITE/舟木一夫」(1982年6月LP発売の復刻盤CD)
    4月アルバム「WHITEⅡ/舟木一夫」(1983年4月LP発売の復刻盤CD)
    5月アルバム「特選集 舟木一夫/ありがとうあなた」
    8月アルバム「流行歌文庫から私の選んだべスト10/舟木一夫」
    9月「風、好きに吹け~迷夢本望/最後の恋
     
    舟木さんと遅すぎる「再会」を果たしてから、「舟木一夫という歌い手がこれまで歌ってきた歌」をとにかく全部残らず聴きたいという想いにかられてからは、ネットで発売されているCDをチェックしました。昨年の今頃初めて購入したのがこれです。
     
    その次に買ったのが「WHITE」のⅠからⅢ(CD)
    それから以降は、amazonやオークションでチェックしてCDで出ているものをできる限り集めました。でも、デビューから20年目までの音源はほとんどがLPアルバムですから、4月頃に思い切ってレコードプレーヤーを購入していわゆるオリジナル音源は、ほぼ手元に集めることができました。
     
    イメージ 150年にわたる舟木さんの音源をあらためて聴いていくと、デビュー当時から今にいたるまでの舟木さんの声の変化が私には本当に新鮮で色々な発見があって、連日連夜聴き続けても飽きることがないのです。
    特に再録音されているもの~「高校三年生」「絶唱」「高原のお嬢さん」などのミリオンヒット曲~がその年代、年代でそれぞれに、その時の舟木さんの魅力が感じられて、とても興味深く思いました。
     
    例えば、上記の「シングル&アルバム一覧表」の中にある
    3月アルバム「青春の日々~今、新しく~舟木一夫」には、~高校三年生*学園広場*仲間たち*北国の街*たそがれの人・高原のお嬢さん*哀愁の夜*絶唱*いつか愛したおまえ*Good-bye Song~がすべて再録音で収録されています。
    このCDは、舟木さんがデビュー30周年を機に、芸能界の表舞台に打って出ようと快進撃を始めて数年後に収録されているという意味ではとても貴重な音源だと私は感じています。
     
    「今の私のお気に入り」というタイトルには、そういった時期にリリースされたオリジナルシングル盤の中の「お気に入り」という意味合いをも込めています。
     
    第二夜でご紹介するのは「最後の恋」です。作詩・作曲ともに小椋佳さん。A面も小椋さんの曲で、もちろんこちらのほうが、よく知られていると思いますが、私はシンプルでしっとりしたこの曲調の雰囲気が好きなので、ダンゼンB面の「最後の恋」を聴く回数が多いです。
     
    初めてこの曲を聴いて私がイメージしたのは、大ヒットした映画「マディソン群の橋」です。そういえば、この映画が公開されたのもこの頃だったのでは・・・とひらめいたので、調べてみたら、なんと1995年9月15日に公開されているのでビックリしました。(「最後の恋」も同じ時期に発売されています)
     
    イメージ 3私は、当時、ベストセラーになった原作の日本語訳の小説を先に読んでいて、映画ではヒロインのフランチェスカを演じるのが私の大好きなメリル・ストリープで、その上、クリントイーストウッドがロバ―ト・キンケイドという配役を知って嬉しくて、公開を待ちに待って映画館に観に行きました。
    そんなこともあって、余計にこの曲が好きなのかもしれません。
    もちろん今では、私の中では舟木さんが、ロバートに決まってます(笑)
     
    「マディソン群の橋」では、この中年の男女の恋は、たった四日間で終わり、結ばれることはなかったのですが、それだけに終生、それぞれの胸に深く想いを秘めた「最後の恋」、「最高の愛」の形を貫いたような気がします。文字通り「大人の男女の恋愛」です。
    上記は、私の勝手に創り上げたイメージですが、それぞれの「最後の恋」をイメージなさりながら、舟木さんの甘く、またちょっと渋さも漂う歌唱をお楽しみ下さい。
     
                                                   今 わがやの裏庭に咲いている可憐な小菊です
    イメージ 2最後の恋  作詩・作曲:小椋佳
    (1995年9月「風、好きに吹け~迷夢本望」B面)
     
    出逢いは少し 遅かったけど
    初恋超える 胸の波立ち
    最後の恋が 最高の愛
    君の光を 抱いてゆこう
     
    華やぐ心 はずかしいほど
    忘れたはずの 命の息吹
    最後の恋が 最高の愛
    きみを讃えて 生きてみよう
     
    イメージ 4
    微笑みの影に 覗く恵み
    眼差しの先に 望む実り
     
    そっと開いた 思い出の窓
    崩れ落ちない 心の積木
    最後の恋が 最高の愛
    君と夢見て 生きてゆこう
     
    微笑の影に 覗く恵み
    眼差しの先に 望む実り
     
    微笑の影に 覗く恵み
    眼差しの先に 望む実り

    0 0

    「舟木さんの曲~今の私のお気に入り・その2」の第三夜です。
     
    イメージ 1月光仮面は誰でしょう 
    作詩:川内康範 作曲:小川寛興
     
    どこの誰かは 知らないけれど
    誰もがみんな 知っている
    ・・・・・・・・・・・・・
     
    舟木さんもお好きな「月光仮面」の唄・・・といっても、もちろんこれが「今の私のお気に入り」ではありませんよ~ッ(笑)
     
    6月29日の新橋演舞場の千秋楽・夜の部は舟木さんの御自作の曲ばかりの特集でした。その中で「下町どこさ」も歌ってくださいました。しかも、「月光仮面」が最後に入っているバージョンでした。この時は大感激でした。「下町どこさ」は「WHITEⅡ」に収録されていますが、「月光仮面」入りはライブならではなんでしょうか、本当に楽しそうな舟木さんでした。
     
    この昭和を代表する、私たち世代の合い言葉にでもなりえそうな「月光仮面」、その連続テレビドラマの原作・脚本から主題歌までが、川内康範氏の手によるものです。

    また、舟木さんが11月3日の「風 アダルトに」で歌われたブルース・トーンの数々の曲の中に、川内康範氏の作詩による曲がたくさんあることにも、あたらめて気づきました。
     
    誰よりも君を愛す(作曲:吉田正)
    恍惚のブルース(作曲:浜口庫之助)
    骨まで愛して(作曲:文れいじ)
    君こそわが命(作曲:猪俣公章)
     
    そのほかにも、舟木さんが好んでステージで歌っていらっしゃる曲にも川内康範氏の作詩のものがたくさんあります。でも、やはりプロの作詩家ですから、この「想春」は、先に挙げた詩の世界とは一線を画したような風情で私たちの中に住んでいる舟木さんのイメージを大切にした詩になっているのですね。
     
     
    想春  作詩:川内康範 作曲:遠藤実
    (1996年12月 B面は「いつでも青春」)
     
    イメージ 2あの人に もういちど逢えたなら
    今度こそは離さない 離さない
    ふり向けば 想い出つらく
    あのころが 悔まれて わびたいよ
    いまなら 深き恋に 恋に恋におぼれる
     
    あの人と 別れたあとからは
    寂しすぎることばかり ことばかり
    愛しさを 知らなさすぎて
    馴れすぎて 甘えてた 遠い日よ
    いまなら 深き恋に 恋に恋におぼれる
     
    あの人に もういちど逢えたなら
    胸の痛みわけあおう わけあおう
    白蓮の 花咲く季節
    あの時の 冷たさを わびたいよ
    いまなら 深き恋に 恋に恋におぼれる
     
     
    イメージ 3若さの中でめぐり逢った恋は、輝くばかりに眩しく、その光の強さに圧倒されて、見えなくなってしまうものも
    あるのでしょう。時が流れて、遠い日の自分の幼さに気づいた時、失った恋をほろ苦い想いで振り返るような覚えは誰にもあるもの。だから「想う春(青春)」=「想春」なのですよね。
    特に女性よりも男性にその傾向が強いのかも知れません。とりわけ舟木さんのような「チョー付き」のテレ屋さんなら、若き日の拙い恋の想い出を悔やむという気持ちがよぎることもあるだろうことは推して知るべしかな(笑)
    そんな舟木さんらしさを、メいっぱい魅力的に詩の世界で詠っている「想春」は川内康範氏が、舟木一夫という男性のひととなりや、心のありようをプロの作詩家の深い目で、透視したような素敵な作品になっていると思います。また遠藤実作曲というのが、この曲をさらに「舟木一夫の世界」にしているようにも思います。
    全体のトーンとしては繊細で実(まこと)のある、男心の柔らかな詩の世界が続いていくのですが、最後の最後には
     
    「いまなら 深き恋に 恋に恋におぼれる」
     
    というフレーズがスリーコーラスともに貫かれているんですね。こうして川内氏が舟木一夫というとびっきりテレ屋の男性が内に秘めている熱いマグマのような熱情の心を鋭く暴いているところにこの詩の核心があるように思います。メロディーラインもこの終盤で熱を帯びてきて相乗効果で「想う」「春(=青春)」がクライマックスに達しているようです。
     
    ながながと、気儘な前置きになってしまいましたが、当時、五十代になったばかりの舟木さんの成熟した男の色香と優しさが匂い立ち、また、あふれるような情熱が感じられる「想春」をお楽しみ下さい。
     
    イメージ 4
     
     
     

     

    0 0

    12月が目前に迫ってきて、3日に初日を迎える大阪・新歌舞伎座公演をワクワク・ソワソワと待っている私です。12月ってただでさえ、クリスマスだ年末だ、お正月の準備だと・・・気持ちが落ち着かないのですが、今年は、なおさらです。また、先日はNHK紅白歌合戦の出場者の発表もすんで、いよいよ歳末ムードが漂ってきます。
     
     
    イメージ 1
     
     
    イメージ 2
     
    考えてみると、2013年もあとわずか・・・ちょっと気が早いですが私自身の「舟木さんイヤー」を振りかえ
    る意味も含めて、舟木さんの「デビューの頃」をたどってみたいと思います。
     
    イメージ 31963年6月5日「高校三年生」でレコードデビューなさった舟木さん。2012年が明けると同時に「50周年記念」のコンサートや舞台公演など様々な企画が続き、私自身もその「50周年記念」のお祝いの空気の中で、昨年の9月に大阪新歌舞伎座で開催された1ヶ月公演で舟木さんとの四十数年ぶりの劇的な「再会」を果たすことができました。そして、今年の6月の東京・新橋演舞場1ヶ月公演が、50周年記念のファイナルイベントであると同時に来たる55周年に向けてのスタートとなったわけで、私としては「遅すぎた復活ファン」として、これからの5年間をできる限り「舟木一夫にどっぷり浸って」過ごしたいと思っています。
     
     
     
    半年ほど前から、少しずつ集めていた「近代映画」の舟木一夫特集号が、かなり増えてきました。これまでも、掲載記事のテーマに添ったものはご紹介してきましたが、主にデビューから5年目までくらいの舟木さんを「近代映画」から資料を拝借してこれからちょっとずつご紹介していければと思っています。
    古くからずっと舟木さんと共に歩いてこられたファンの方には、「今さら・・」ネタばかりかと思いますが、そ
    こは新参者の「遅ればせながら」の想いとして、寛容にお赦しいただければありがたく思います。
     
    イメージ 9

    まずは、こちらの動画から・・・
    「舟木一夫」誕生~ザ・青春歌謡「高校三年生」(45周年の頃の舟木さんのインタビューもあります
     


    イメージ 4別冊 近代映画 舟木一夫特集号 
    ~高校三年生/ステキなその魅力(1963年11月号)
     
    ~歌謡界に新風を吹き込んだ 
    ♪高校三年生 舟木一夫のステキな魅力 記事より抜粋~
     
    1 信じられない忙しさ!・その生活
     
    デビュー盤「高校三年生」が発売されたのが、ことしの六月五日。それ以来、舟木クンの生活はガラリと変わってしまいました。とにかく忙しい。
    「朝、起きるとすぐ、まず鏡で目を見ます。瞼が二重になっているときは、体が疲れている証拠です。なるべく前日の疲労を翌日まで持ち越さないようと気をつけてはいるんですが・・・」忙しすぎて、体がいくつあっても足りない思い。
     
     
     
    これまでの最高記録は・・
    「午前六時起床。七時から数か所かけもちの仕事で深夜まで、そのままテレビ局のスタジオに駆けこみ。午前零時から七時半までVTR撮り。朝食後、午前十時半からナマ放送。午後一時から四時半まで雑誌の対談。ひきつづいてテレビのナマ放送・・・おわったのが九時半すぎ。ざっと四十時間ぶりに、やっと床にもぐりこむことができました・・・」
    イメージ 5もともと、舟木クンはとても規則正しい、模範的な日常生活を送ってきた少年でした。
    「子どものころから、午後九時にはパチッと電灯を消して就寝する。たまには眠れなくてフトンの中で漫画の本などパラパラ眺めることはあっても、ものの十分とたたないうちにスヤスヤと夢路をたどっている、といったふうでした。もちろん、朝は早起き。学校に遅刻したことなんて一度もありません」
    その彼が、最近はいちいちゆり動かされてでなければ目が醒めない。醒めてからも、十五分以上もたってからでなければ床を離れることができない。そうした生活の変化が、誰よりも当の舟木クンにとって、いまだに信じられない一種の”驚”きであるようです。
    「だってそうでしょう。十八年間、本名の上田成幸で生活してきて、歌手舟木一夫としては、たった三ヵ月のキャリアしかないんですから・・」
     
    イメージ 6笑うたびに、あの白い八重歯が品のいい端正なマスクに、いかにもウイウイしい、少年の魅力を強調します。
    そういえば、つい数ヶ月前までの彼は、一介の無名の歌謡曲好きの少年にすぎませんでした。
    愛知学院在学中、上京して自由ヶ丘学園高校三年に編入されたのが、昨年五月。
    「高校を卒業するまでは、学業一本ヤリで進むこと。プロ歌手としてステージに立ったり、レコードを吹き込んだりすることは一切許さない。」
    というお父さんの厳格な指導方針に従って、勤勉な高校生として勉強に励む一方、週に数回、コロムビアの作曲家遠藤実さんについてレッスンを受けながら、ひたすら歌謡曲修行に余念のなかった成幸少年。
     
     
     
    東京都新宿区若葉一丁目○○番地、アパート青葉荘の一室では、大声を張り上げて、昼日中からうたうこともできません。毎日、日の暮れるのを待って、付近の上智大学横の丘に上り、ノドを鍛え、発声を、歌いまわしを勉強した・・。

    イメージ 7たまたま同じ日、同じ時刻、同じ場所で出会ったのが、巨人軍応援団長の関矢さん。
    「精が出るね。がんばって、立派な歌手になりなさい。」
    それから何日かたって、行きつけのお風呂屋さん”梅の湯”で、いつものように湯舟につかりながら小声で歌っていると・・
    「やあ、いつかの学生さんじゃないか・・」だしぬけに声をかけられた。関矢さんだった。
    この少年が、近く歌謡界に舟木一夫の芸名でデビューすることになったと知ると関矢さんは、さっそく応援団長をかってでました。”梅の湯”のご主人と相談し、脱衣場に「町内の皆さまへ」という紹介分も貼られました。
    ~中略~
    「高校三年生」の吹き込みがおわったあと、関矢さんはさっそく舟木クンを連れて同じ町内に住む演劇評論家、安藤鶴夫さんのお宅を訪問しています。でっぷりと太って、ニコニコと微笑をたたえた関矢さんと、学生服をきちんとつけて、緊張に頬をあからめた痩せぎすの少年との組み合わせは一見ユーモラスでもあり、また仲のいい叔父と甥といった気持のいいカップルでもありました。

     
     
    オマケ・・・中学三年生頃の舟木さんのお宝映像?かなりヤンチャそうですね
     
    イメージ 8
     
    その2につづきます・・・

     

    0 0

    イメージ 1昨日の「今さらですが~デビューの頃からの舟木さんをたどってみよう!その1」のつづきです。
     
    舟木さんご自身のインタビューに応える言葉からも、舟木さんを語る、関係者の方の言葉からも、今と少しも変わっていない・・・というか、上田少年だった頃から人としての在り方の背骨がゆるぎなく、潔くて、真っ正直な舟木さんであることがストレートに伝わってきます。
     
    別冊 近代映画 舟木一夫特集号 
    ~高校三年生/ステキなその魅力(1963年11月号)
     
    ~歌謡界に新風を吹き込んだ 
    イメージ 12♪高校三年生 舟木一夫のステキな魅力~
     (記事より抜粋)
     
     
    2 誠実が彼のモットー・人間として
     
    明るく清潔な歌は、明るく清潔な舟木クンの人ガラから生まれる・・・
    そう断言していいでしょう。                                                                  
    試みに、彼の”好きな色”を質問すると・・・
    「白、白に近いクリーム色。透明な感じのブルーや、ふかい海を想わせる紺や藤色なんかも好きです。だいたい淡い、ケバケバしてない色ですね。」
    きらいな色は・・・
    「赤、茶色、ハデな青、黄色、原色や原色に近いものは一切だめです。」
    あっさりした、透明でさわやかな色彩をよしとする舟木クンの好みは、食べものでいうと、「お茶漬け、おむすび、キンピラゴボウ、丸干しに紅ショウガ、梅干・・・」と、純日本調。
    ~中略~
    「ぼくの長所?」
    かすかにハニカンだ笑みを浮かべながら・・・
    「強いていえば、サッパリしているってことじゃないでしょうか。時と場合によっては、短所にも通じるでし
    ょうが・・・」
    淡々といってのけます。

    イメージ 4「友だちとの交際なんかでも、腹の底から打ち割って話しあえる、そんな関係でありたいと思いますね。ウジャウジャしたのも、正体不明といったアイマイさは、きらいです。やりきれないから・・・」
    中学時代の彼は、音楽部のキャプテンとして、クラブの女生徒たちにも、なかなかの人気者だったようです。
    「クラスの女の子ぜんぶが、ガールフレンドだったといってもいいでしょうね。とくに音楽部の人たちとは、ハーモニカの合奏やなんかを通じて、大の仲良しになりました。」
    高校に入ったとたん、男女共学でなくなったので、なんだか殺風景に感じられてならなかった。
    だが、そのうち、男同士の友情が人生においてどれほど貴重なものであるかを、しみじみと理解できるようになり、彼の将来への目を大きく開かせるきっかけとなりました。
    生来、素直で柔軟な性質である彼は、こうした親友たちの知識や、アドバイスをどんどん吸収し、消化して大きく成長してゆきました。上京してアパート住まいを始めるようになった彼は、同室の先輩、堀プロダクションの阿部マネージャーの分までも、暇をみて、さっさと洗濯してしまうといった、細かい心遣いを発揮しました。

    「いつでも誠実でありたい、他人にも自分にも・・」というのが舟木クンの常に変わらぬ信念です。
     

    ~舟木一夫さんへ言葉の花束~ (記事より抜粋)
     
    錦ちゃん以来の大物出現!?  浅草マルベル堂常務 斎藤五郎                     ↓ 近代映画に掲載のプロマイド
     
    イメージ 5
    ビュー盤が「高校三年生」それならば衣裳も学生服がいいだろうということで、うちでプロマイドを撮ったのが六月上旬。レコード発売とほとんど同時でした。
    だいたい、わたしらの商売は、毎年五、六月から売り上げが下降しはじめ、十月ころまではどうもうまくない。これまで唯一の例外はといえば、デビュー当時の中村錦之助さん。これは、春から夏にかけて、グングン売れました。
    ところで、こんどの舟木クンの場合が、ちょうどそれで、戦後二人目の特異現象なんですね。しかも、一枚二百円の”四つ切”が、ジャンジャン出る。二百円のプロマイドが買えるというのは、まず十七、八歳以上の年齢層だ。もっともこの層が一番浮動しやすい年代なんで、舟木クンの人気がこれからどこまで上昇するかは、現在のこのファンがそのまま数年後まで続いてくれるかどうかということでもありますが。
    とにかく、すばらしい人気。とくに中京地帯が強いのは、故郷が一宮市なので当然といえるでしょうが、東北の仙台からの注文が多いのは、どういうんでしょう。顔だけをアップにしのより、全身ものがよく出るのは、石原裕次郎と同じで、舟木クンのあの優雅なプロポーションが受けるんでしょうな。
    例の八重歯も、わたしたち写真屋が撮影にあたって苦労する点ですが、ファンには、またあれがたまらない魅力なんじゃありませんか。とにかく、プロマイドからみた舟木クンは、錦ちゃん以来の人気者になる可能性を秘めているということですね。
     
                            これらは私がマルベル堂で買った「詰襟」プロマイド
     
    イメージ 6
    イメージ 7
    イメージ 8

    よく気のつくわが下宿の居候  堀プロダクション 阿部勇          ↓阿部さんと舟木さん(近代映画)
     
    イメージ 9木君の堀プロ入りが決定し、彼が上京したのは、昨年の四月のことでした。たしか四月の二十九日か三十日のことだったと思いますが・・・。錦糸町のジャズ喫茶・サルバドルで舟木君とお父さんにお目にかかりました。最初の印象では、舟木君はたいへんおとなしい少年でした。いまでもおとなしいことに変わりがありませんが・・
    そして、五月に再上京して、四ツ谷若葉町の私のアパートに同居することになったのです。
     
    舟木君が来る前、私のところに両親から布団が送られてイメージ 10きました。愛する息子が上京しても、布団がまだ着いていなかった・・というようなことがあってはたいへんだ、というので、早めに送ったのでしょう。
    ご両親の愛情がほのぼのと匂う布団包みでした。やがて、舟木君が上京しました。下着や、シャツ類をたくさん持って・・。
    そのころ舟木君は学校に通ったり、歌の勉強をしていました。私は私で多忙な生活なので、帰宅は、舟木君よりどうしてもおそくなります。
    私が部屋に帰ると、舟木君はいそいそと(こんな表現は、愛妻に向かっていうものかも知れませんが・・。私はまだ独身で・・。)お茶を入れてくれるのです。
    いそいそと・・・といったのは舟木君の心の底からの優しさーーを言いたかったのです。
    そしてまた、何か用はないか・・と訊ねてくれたり・・。本当に素直な、感心な少年だという印象を深めました。洗濯までやってくれるのです。私のところには洗濯機がありません。ところが舟木君はいつの間にか二階の人から洗濯機を借りて私の分まで洗ってくれたものです。
    舟木君は唄いたくて仕方がないといった有様で、映画館の休憩時間、地下鉄の中、あるいは風呂屋に行ってもいつも歌を唄うのでした。歌謡曲が主で、ムードのある曲がイメージ 11好きでした。井上ひろし、松島アキラの歌などを唄うのです。美空ひばりの歌なども好んで唄っていました。彼は小声で唄っているつもりなのかも知れませんが・・・。案外大きな声なので、こっちが恥ずかしくなる、といったこともありました。本当に心の底から歌の好きな少年で、一心に打ち込んで勉強していました。
    暮れも近づいたある日、「お正月には帰省するか」と訊ねたところ、「僕はいつでも帰れますから、ちゃんとレコードに吹き込んでから帰郷します。」という返事でした。この言葉には心うたれました。
    心掛けが立派です。一応のメドをつけてから、故郷に帰りたい・・・。根性のある少年だと思ったものです。
    それから間もなく「高校三年生」を吹き込んだのでしたが、初吹き込みが終わったときは、心の底から喜んでいた彼でした。
     
     
    イメージ 2
     

      ←萩原に帰ったときの舟木さん 
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
                   舟木さんちっとも変わってませんよねぇ~っ!
     
    イメージ 3
     

    0 0

     
    イメージ 1別冊 近代映画 舟木一夫特集号 
    ~高校三年生/ステキなその魅力(1963年11月号)
     
    この1963年11月号については、今回が最終です。この50年も昔の「近代映画」という雑誌を読んでいると本当に隔世の感があります。アイドルやスターとはいえリアルタイムの個人情報である、住所や一般人の関係者のお名前などが、そのまま記載されていることに驚かされます。「近代映画」イメージ 2では掲載されていませんが、思い出してみたらいろいろな雑誌に「ペンフレンド募集」欄などがあって、全くの一般人も実名や住所を平気で公表していたわけです。今は、ネット上のこういったブログなどで、自由に「日記」という形式で、それぞれの個人が発信したり、表現したり、またそれに呼応して、いわゆる「個人情報」を伏せたままでも、互いに「想い」のやりとりをすることができる時代になりました。半世紀という歳月は、過ぎてみれば早かったようですが、やはり決して短い時間ではなかったのかも知れないと、古い雑誌の記事を読んでいてあらためて気づかされたような思いがしています。
     
     
    以下の記事類も、今という時代ならあり得ないですね。人気絶頂のアイドルの実家や現在の住いのことが、決して悪意では全くなく、どんな小さな情報でも知りたがっているファンのために「親切すぎるほど詳細に」報告されています。
    私は、舟木さんが上京後、最初に住んでいらした青葉荘の部屋の窓からたくさんの少女たちが舟木さんの部屋を覗きこんでいる写真を初めて見たとき、合成写真?と思いました(笑)
    覗かれている舟木さんもニコニコしてて、覗いている少女たちも少しも悪びれていないし・・・ホントにのど
    かな時代だったんだと、驚きとともに感銘を受けました。
     
    イメージ 6
    周到に準備を重ねてアイドルやスターに「された」のではなく、いきなり「なってしまった」舟木さんだからこその、あの風景であって、最初から商品として創られたアイドルやスターなら、ああはいかなかったのかも知れないのですが・・・
    イメージ 7
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    ~優しい家族の声援いっぱい~ 

    イメージ 8 
    僕の私生活ABC 一宮の巻
     
    舟木君の生家は、愛知県一宮市萩原町栄町にあります。東海道線で一宮駅下車、それから尾西線の電車に乗ること約十分で萩原町に着きます。
    ~中略~
    さて、舟木君の家をご紹介いたしましょう。~中略~次に二階をご紹介いたしましょう。トントンと階段を上がりますと、すぐに六畳の部屋。ここが舟木君のお部屋です。窓の側に舟木君の机がおかれています。そして窓の上のカモイのところに、舟木君のポートレート数枚が、額入りで飾られています。
    ~中略~
    そして、舟木君のポートレートのお隣に賞状が飾られています。先ほどちょっとふれましたが、舟木君のお父さんが市長さんからもらった賞状なのです。
    「ボクの父は、この町で、十年ばかり映画館を経営していたんですよ・・」舟木くんはポッツリと記者に教えてくれました。
    「やっぱり芸能界とは縁があったというわけですね・・」
    イメージ 9「まあ、そういうわけです。」
    舟木君は静かな口調で言うのでした。そしてお父さんはいまも観光・宣伝・教育映画の製作を行っているのですから、芸能界とは縁が深いと申せましょう。
    一方、窓際におかれた本箱には、本がギッシリと並んでいます。有名作家のベスト・セラーズものが多く、文学好きの一面が覗かれます。
    「今はどんな本をお読みですか・・」記者の問いに
    「それが・・最近、ぜんぜん忙しいでしょう、だから本を読む暇がないんです。ゆっくり読書をしたいのですが・・」
    ちょっと淋しそうな舟木君の表情です。
     
     
    ~ファンレターの山 ”せまい二間暮し”も愉し!~

    イメージ 10 僕の私生活ABC 東京の巻
     
    舟木君の東京におけるお住まいは新宿区四谷若葉町ー青葉荘というアパートです。~中略~この四谷駅から新宿行の都電が走る大通りを新宿方面に向かって歩きます。約二百メートルほどのところを左へ曲がり、さらに五十メートルほど行きますと左側に二階建てのアパートが見えます。白ペンキの表札には”青葉荘”とあり、その下に横文字で”AOBASO”と書いてあります。ブロク塀に囲まれた門を入りますとすぐ右手が舟木君のお部屋。二畳敷きくらいの板の間には、洗面用具やアイス・ボックスがおかれ、コカコーラの大きな箱があります。
    ~中略~
    しかし、ほんとうは舟木君が借りている部屋ではありません。ゲンミツに言いますと、この部屋舟木君の所属している堀プロの社員、阿部さんの部屋なのです。舟木君はつまり阿部さんの居候というわけ。
    最初は三畳間だけを舟木君の部屋としていたのですが・・・押し寄せるファンレターの山にお株をとられて今は・・・~中略~三畳の部屋には外に面して約一間の窓があります。その窓には金網が張ってあるのでどういうわけか訊ねてみました。
    「ここは入口に近い部屋なんで、朝早くからファンがドンドンと窓を叩くんです。そして「ああいるいる、舟木君の足がみえる」なんて大きな声で叫ぶので・・」
    そのため、金網を張りめぐらしたというわけなのでした。人気者のつらさといったところでしょう。
     
     

     
    ~リサイタル・ワンマンショー・地方公演・・愉しみな今後~
     舟木一夫さんのスケジュール拝見
     
    イメージ 11舟木君は「高校三年生」出演に先立ち、スチール写真を撮ったり衣裳その他、井上芳夫監督と慎重に打ち合わせをしました。そして主題歌をプレスコで吹き込みましたが九月十二日から本格的にクランクインしました。
    ~中略~
    さらに十六日から十九日までの四日間、舟木君の故郷一宮市でロケしました。全市を上げての歓迎ぶりに舟木君は大感激です。二十四日には名古屋名鉄ホールで”歌うコロムビア・名古屋の集い”が開催され、舟木君ももちろん出演することになり、前日の二十三日は舞台稽古。堀プロでは舟木君の”白い魅力”を大いに売り出そうとハリきっています。”白い魅力”というのはクールな魅力とでも言いますか、舟木君の清潔な魅力を大いに強調しようという作戦なのです。~中略~さらに十月一日にはコロムビアの家族慰安大会が川崎の工場で行われることになっていますが、舟木君も新入社員として家族の人々にも初のお目見えをすることになっています。NHKのジェスチャー・クイズへの出演も決定しており、またレコード六社の有望な新人が各社から三人ずつ出演するレコード祭りにも出演することになる予定です。
    十一月二十七日には故郷一宮市で初のリサイタルを行うことになっています。市の主催で後援会が発足することになっており、九月一日にこの旨を発表しました。それ以来、申込者が日増しに増え二週間で約六千名の申込みがあったそうです。~中略~堀プロの堀威夫社長は舟木君を”白い魅力”として売り出す方針を打ち出しましたが・・・同時に舟木君を"美空ひばり”の男性版として大いに売り出すといっています。テレビ、舞台では舟木君に歌だけ唄わせて、芝居はやらせない方針のようです。そして映画会社に舟木君を渡すときは「まっ白なスケジュールで映画会社に渡す」と明言しています。つまり・・いままで多くの歌手が映画に出演する時は、多忙なスケジュールを縫ってたいへん忙しい思いをするのが常のことでした。こういう状態では満足な映画にできるはずがありません。そこで舟木君にじっくりと腰を落ち着けて映画の仕事をやってもらいたいというのです。~中略~舟木君の本業はあくまで歌手です。しかし、映画出演のときは映画スタアに成りきるというスタイル。舟木君は幼年時代からチャンバラ映画が大好きでした。将来は現代劇にも、時代劇にも出演したいと舟木君は言っています。
    来年の三月一日には浅草の国際劇場で一週間のワンマン・ショーを開催する予定。~中略~スケジュールの面をみただけでも、舟木君の前途はこのように洋々たるものがあります。
     
     
    以下は5ページにわたる記事です。「舟木一夫」と名前が入っている記事ですが、舟木さんからの聞き書きなのか、実際書かれたものかは不明です。とにかく既に殺人的なスケジュールに突入している頃のことですから・・・。ただ内容については、御本人にしか表現できないようなニュアンスですから、当時の舟木さんの気持ちが、率直に、そのまま出ているような気がします。最後の言葉を「さようなら」で締めてるところが、なんとも少年ぽくて、微笑ましいですね。

    大好きな歌を唄える喜び  舟木一夫  ~一部抜粋~

    ~子供の頃から歌が好き
     
    イメージ 12歌は子どもの頃から大好きでした。ボクの生まれた家は一宮市のはずれにありますので、まだ都会化されておりません。付近には小川も流れておりますし、田や畑、野原があります。小川で魚を釣ったり、夏にはトンボを追いかけたり・・そして、暇さえあれば歌をうたっていました。
    あの歌、この歌・・いろいろな歌が幼いボクの耳に入ります。すると、すぐにおぼえてしまって、それこそ唄いまくるといった有様。フランク永井さんの「夜霧の第二国道」などは愛唱歌中の愛唱歌でした。美空ひばりさん、三橋美智也さん、春日八郎さん、マヒナスターズの皆さんの歌・・・。どの人の歌も好きでした。ボクは表面、たいへん朗らかでしたが、心の底はやはり淋しかったのでしょうか。歌を唄っていると、孤独な心が自然になごやかになるのです。歌は心の故郷・・・。という言葉を何かで読んだことがありますが、ボクにとって歌はたしかに心の故郷でした。ああ、歌手になりたい・・・ボクは果たして歌手になれるだろうか・・・。
    とても歌手にはなれないだろうか、しかし、どうしてもなりたい、と幼いときから夢を抱いていたのです。
     

     
     
    イメージ 13~愉しかったアルバイトの思い出
     
    ボクの父は映画館を十年ばかり経営していましたが、現在では宣伝や映画製作のプロダクションを経
    営しています。そのため、家にはステレオやレコード、テープ・レコーダーなどもそろっています。これがボ
    クにどんなにプラスしたことでしょう。ボクも好きなレコードを買ってきて家で勉強することができました。
    しかし、高価なレコードを、それほどたくさん父にねだることはできません。そのためボクはアルバイトをしようと決心したのです。一宮駅の近くに大口屋というデパートがあります。そこで、アルバイトをしたこともあります。売り子になってお客様のお相手をすることは、たいへん人生勉強になることだと思いました。社会勉強をして、働いたお金でレコードを買い、また歌の勉強になるのですからアルバイトもありがたいものです。

     
    ~初吹き込みの日の感激を忘れずに  
     
    イメージ 3転校の手続きも無事に済み、去年の五月にボクは阿部さんのアパートにご厄介になることになりました。~中略~
    ここにボクはそれ以来一年四ヵ月の長い間ご厄介になっています。そして昼は学校に、夜は遠藤実先生の許へレッスンに通いました。明けてもくれても歌、歌、歌・・・。あんまり歌ばかり唄っているので阿部さんもびっくりしたことでしょう。年中、歌ばかり唄っているのですから、まったくボクは歌の虫かも知れません。
    ”梅の湯”が近くにありましたが、ここのお風呂にひたりながらも、いい気持ちになって唄っていました。
    いろいろな方が、上京したこのボクを励まして下さいました。いま、お名前をあげたらきりがなさそうなのでお名前は申し上げませんが・・・。この紙上を借りて皆さまに厚くお礼を申し上げます。
    ~中略~
    今年はボクにとってラッキーな年でした。三月には待望のデビュー盤「高校三年生」を吹き込むことが出来たのです。その日の感激を何んと申したらよいでしょうか・・。吹き込みが終わってボクは一瞬、ボーッとしてしまいました。この日の感激は一生忘れないでしょう。その喜びもつかの間、このデビュー盤が大ヒットになってしまったのです。生まれて初めてファンレターをいただいたのもそれから間もなくのことです。喜びは二度続きました。今度は、デビュー曲の映画化です。~中略~好きな歌をいつもいつも唄っていられる倖せなボク。これからも皆さまのご期待にそむかぬよう一生懸命にやるつもりでおります。それではみなさま、長々とお喋りしてしまいました。くれぐれもお身体に気をつけて頑張って下さい。ボクも一生懸命にやります。さようなら。
     
     
    イメージ 4
     
     
    下の写真も同じ号に掲載されていました。「歌謡評~順風満帆の船出に大きな期待を!」というタイトルがついた4ページの記事の中に挿入されていた写真ですが、文面に一切説明がなくどういった時に撮影されたものかはわからないのですが、私が少女時代に親しんだ少女雑誌の表紙やファッションのページでモデルをされていた松島トモ子さんと鰐淵晴子さんに挟まれている詰衿姿の舟木さんです。松島トモ子さんも鰐淵晴子さんもともに1945年の終戦の年にお生まれになっているので舟木さんよりは1歳下ということですね。彼女たちは子どもの時から芸能界にいらっしゃるので、舟木さんより年下というのがピンとこないので不思議な感じがしますが、なんだか私には嬉しいスリーショットです(笑)
     
     
    イメージ 5
     

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

     

    0 0

    いよいよ、明日、初日が開きます。六月の新橋演舞場の初日には都合がつかず行けなかったのですが、今回は初日に駆けつけることができるので本当に楽しみです。
     
    明日初日は16時開演の夜公演のみですが、私は、京都の神社で舞台公演期間の安全と公演の大成功祈願をしてから大阪の会場に向かう予定ですので、ちょっと早目ですが、初日を勢いづけるため?の記事をアップしておきま~す。
     
    もう一ヶ月以上も前になりますが、読売ファミリーに掲載された新歌舞伎座公演を前にした舟木さんへのインタビュー記事をご紹介します。ピンク文字が舟木さん
     
    イメージ 1
     
    読売ファミリー 特別企画号 10月30日号
    ~50周年 感謝を歌に~
     
    芸能生活50年を超え、歌手・俳優として円熟の境地に達した舟木一夫さん(68)が12月3日から大阪・上本町の新歌舞伎座で「舟木一夫特別公演」を上演します。舟木さんに波乱万丈の人生などを語ってもらいました。(聞き手/南 真由美)
     
    イメージ 2
     
    舞台にかける 演者の情熱
     
    白いシャツがよくお似合いです。特別公演のお芝居は新作ですね。
     
    ありがとうございます。新作の『いろは長屋の用心棒』は人情時代劇で、にぎやかに笑っていただける内容です。関西のお客様には特にお勧めできる芝居だと思います。テンポが良く、間延びすることなく、ポイント、ポイントでクスクスッと笑ってもらえる。実はこういう芝居を演じるのはなかなか難しいんです。
     
    舞台の魅力は?
     
    生身の演者が生身のお客様から受け取るものが舞台では明確にあります。言葉にはしなくとも、客席から向けられる視線や拍手で役者は育てられるものなんです。ライブならではの真剣勝負を終えると、いつも充実感でいっぱいになります。演者とお客様で作り上げる劇場の一体感はたまりません。
     
    イメージ 3関西の舞台はとくに一体感がありそうですね。
     
    僕は関西弁が大好きなんですよね。というのも、弟を産んでくれたおふくろ、父親の最後の女性ですけどね、そのおふくろが貝塚市出身なんです。家庭でも関西弁を貫き通していました。だから関西弁の持つ説得力や愛嬌(あいきょう)というのはよくわかるんです。
     
    歌手デビューは19歳のときです。

    デビューした頃はまさかこの年齢になるまで芸能界にいるとは想像もしませんでした。運命的な出会いがあって1963年にデビューし初めての曲『高校三年生』はいきなり、”場外ホームラン”となりました。うまくいきすぎて気持ちが悪いくらいでした。
     
    スター街道まっしぐらでしたが、ヒット作に恵まれない時代もありました。
     
    70年代後半から80年代後半は僕にとって「寒い時代」でした。仕事をした日が年に数回ということもありました。
     
    そうなんですね。
     
    もう一度バッターボックスに立って、なんとか一塁に出よう、そうすれば後は盗塁でも何でもできる・・・・・。
    空振り三振で終わるかもしれないけど、できる限りの手を尽くそうと思いました。

    「寒い時代」を乗り越え、昨年はデビュー50周年。芸能界で半世紀活躍されています。
     
    おかげさまで、振り返って「寒い時代」は偶然だったのか必然だったのかと考えると、その次の段階へ進むための必然だったんでしょうね。歌手をやめてインテリア関係の仕事に就こうかと思ったこともありましたが、やっぱり僕には歌しかなかった。舞台の仕事しかやりたくなかった。歌うために生まれてきたんだと再認識させてくれました。
     
    イメージ 4お客様にいただいた素晴らしい青春の恩返し
     
    特別公演の第二部のコンサートには『高校三年生』をはじめ、舟木さんの各時代の名曲がちりばめられています。
     
    僕はね大変素晴らしい時代に、素晴らしい青春をお客様からいただいたと思っているんですよ。
    歌う側、聴く側、どちらが欠けても成立しません。お客様が支え続けてくれたから今があると思っています。
    その感謝の気持ちを、僕の歌を通して届けたいと考えています。ぜひ、劇場へ足を運んでください。
     
     
     
     
     
    新歌舞伎座HPから「いろは長屋の用心棒」のあらすじを・・
    山本周五郎=原作の痛快人情時代劇!
    井川公彦 = 脚本
    金子良次 = 演出
    お江戸八百八町のとある裏長屋―「いろは長屋」で暮らす松村信兵衛(舟木一夫)は、剣の腕は一流なのだが、働きもせず毎日昼間から近所の居酒屋「丸源」に入り浸っては酒を飲んでいる。姉の芳枝は、そんな信兵衛の事が気がかりで仕方なく、一日も早く浪人暮らしを切り上げさせ、嫁を迎えて松村家の家督を継がそうとしている。母を早くに亡くし、姉の世話で大きくなった信兵衛は口うるさい芳枝が大の苦手であった。ある日、信兵衛は居酒屋「丸源」でならず者達に襲われそうになった浪人・角倉を助け「いろは長屋」に連れて帰り、文無しの角倉の家賃を肩代わりして長屋に住まわせた。信兵衛がいったいどこでお金を稼いでくるのか、それを知るものは誰一人いない・・・。裏長屋を舞台に、浪人・信兵衛の胸のすく活躍を描いた山本周五郎・原作の痛快人情時代劇をお楽しみください。
     
    コンサート 予定曲目リスト
     
    イメージ 5・昼の部
    想い出通り
    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
    銭形平次
    初恋
    絶唱
    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
    ・夜の部
    くちなしのバラード
    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん
    その人は昔
    高校三年生
    学園広場
    京の恋唄
    絶唱
    夕笛
    恋唄
    右衛門七討入り
    火消し若衆
    喧嘩鳶
    銭形平次

    コンサートの予定曲目リストの中から舟木さん御自作の曲を、昼・夜それぞれ一曲ずつご紹介します・・・
    でも、あくまで「予定」なので、変更の際はご容赦下さいね。

    里中さとる、岩鬼まさみ、すずきじろう・・いずれも舟木さんのペンネームであることは皆さんご周知ですね。音源はいずれも舟友さんによる動画です。
     
    想い出通り 作詩:里中さとる  作曲:岩鬼まさみ
    (1976年 アルバム「レマンのほとり」収録曲)
    http://www.youtube.com/watch?v=qtX7lt3AZos

    イメージ 6立ち止まる ことなく
    時は 流れ行き
    愛だけが はぐれて迷う街
    想い出通りの ポストから
    落葉のてがみを届けたい
    あなたの胸に
    さりげない 別れの
    忘れものひとつ
    なぜか気にかかる 日暮れどき
     
    白い壁 らく書き
    レンガ道 ブティック
    何もかも 遠い夢のいろ
    想い出通りを 染めてゆく
    季節の言葉を 届けたい
    あなたの胸に
    限りなく 優しい
    夕暮れの中に
    帰らない恋の ひとりごと
     
    シャララ・・・・

     
    想い出通りで 飲む紅茶(おちゃ)は
    うつろな心に あたたかい
    あなたの香り
    めぐり逢い よりそい
    燃え尽きて 別れる
    愛はいつの日も 風ぐるま

     
    恋唄 作詩:すずきじろう 作曲:浜圭介
    http://www.youtube.com/watch?v=6EiCib4_kOU
     
    舟友さん作品で、1977年盤と2004年盤の両方をつなげてくださっています。
    どちらもその年代の舟木さんの魅力が詰まっていてステキです。
    聴き比べていると、いつまでも聴いていたくなって、くりかえしくりかえし何度も聴いてしまいます(笑)
     
    我が家の裏庭に咲き始めた白椿です↓
     
    イメージ 7おもいでつもる ふるさとに
    昔あずけた 恋ひとつ
    ただなつかしく たずねれば
    涙のあとを 見るばかり
     
    あなたがとても 好きだった
    竹の葉末の 露の色
    ふるえながらも この胸に
    こぼれて落ちた 夢のいろ
     
    しみじみ胸に よみがえる
    忘れたはずの うたのふし
    今ははるかな 恋唄の
    おぼろにけぶる うしろ影
     
     

     
     
    私、春日局は以下の公演日に出没予定です。
    12月3日  初日 夜
    12月4日  昼
    12月11日 昼
    12月12日 昼・夜
    12月13日 昼
    12月17日 昼
    12月21日 昼・夜
    12月22日 千穐楽 昼

    0 0

    イメージ 1

    イメージ 2

    イメージ 3

    イメージ 4

    イメージ 5

    本日新歌舞伎座舟木一夫特別公演初日の速報です。

    携帯からなので簡単ですがほんの少し


    お芝居とコンサート含めて25分の休憩を挟んでちょうど3時間でした。

    先ずは第一部の「いろは長屋の用心棒」
    笑いたっぷりのゆるいお芝居でもあり私などはほとんど全場面笑いっぱなし…

    初日ですがスムーズに運んだという感じです。これから日を追うごとにテンポも良くなってきっとアドリブなども加わり変化を重ねていきそうな気配です。

    舟木信兵衛さんはとにかくほとんど酔っぱらい状態(笑)

    でもでも、なんと幕開け冒頭に「外郎売り」かはたまた「がまの油売り」かという見事な長台詞の口上を聴かせて下さったのには感激しました。
    落語大ファンの私的には物語の中に落語ネタがあちこちにちりばめられているのが嬉しくて舟木さんの笑いのセンスの原点は「落語」なんだと改めて確認できたような気持ちになりました。


    第二部コンサート

    幕が上がると純白のスリーピース、黒のシャツ、胸に赤いバラで登場!


    オープニング
    ~くちなしのバラード


    メドレー~プレゼントタイム
    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん


    「その人は昔」のテーマ


    高校三年生
    学園広場



    林啓二
    長谷川かずき
    川上彌生
    真木一之


    後半は花道せり上がりから着流しで登場です


    京の恋唄

    絶唱
    夕笛
    恋唄


    右衛門七討入り
    火消し若衆
    喧嘩鳶
    銭形平次


    アンコール
    ~浪花の歌ごよみ

    とりあえずです。詳しくはまた後日に…
    明日は昼の部を拝見します。
    お芝居はどう進化しますか楽しみですね。

    コンサートは昼夜で構成が変わりますからこちらも楽しみです。

    0 0

    新歌舞伎座公演の初日は、16時開演でしたが、せっかく関西方面に行くのだからと早朝に出発して京都に向かい、今回の舞台の成功祈願をかね南座から祇園周辺をぶらぶら歩きすることにしました。例年なら南座の顔見世見物は欠かしたことがないのですが、今年は大好きな片岡仁左衛門さんが休演ということなのでパスしました。
    京都に暮らしていたころは11月25日頃の「まねき上げ」がくると、「年の瀬」の訪れを感じるという風物詩
    の役割を果たしているので、わざわざ仕事帰りに見にいったものです。
    去年はちょうどまねき上げの数日前に舟木さんのコンサートが南座で開催されたんですよね。
     
    イメージ 1
    イメージ 2
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 3
     
     
     
     
     
    まねきを見上げてから、祇園白川に向かってぶらぶらしてたら、歌舞伎役者で仁左衛門さんのご子息の片岡孝太郎さんがとある喫茶店から出てこられるところに遭遇!ひとことだけお声をかけさせていただきました。このあたりは歌舞伎公演があると出演されてる役者さんが楽屋入りされるのに結構遭遇します。
    さて、舟木さんの一ヶ月公演のご成功と公演中の無事を願ってのお詣りですが、祇園の舞妓さんや芸妓さん方が芸道の上達を祈願する神社(お稲荷さん)なのですが、今回は辰巳大明神様にお願いしてきました。
    大抵の大劇場には劇場の敷地内に稲荷神社が祀られていますが、大阪・新歌舞伎座のお社がどこにあるのかわからなかったので今回は京都で祈願を・・・と思い立ちました。

    イメージ 4再び南座に戻り、舟木さんの来年2月の南座シアターコンサートのチラシが置かれていたのを3、4枚いただき、京都南座の隣にある、にしん蕎麦の老舗「松葉」でたくさんのメニューをじっと睨んで迷った末にやっぱり選んだのは、にしん蕎麦(笑)・・・
    にしんはお蕎麦の下に隠れてます。これみよがしににしんをドタッとお蕎麦の上にのせないところが京都風です(笑)
     
    イメージ 5
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    昼食をすませて、京阪電車の祇園四条駅から天満橋で地下鉄谷町線に乗り換えて谷町九丁目下車。開場少し前に新歌舞伎座に着いておなじみの西から東からの舟友さんたちとご対面・・・・
    新歌舞伎座は場内は一切撮影禁止・・・というわけで、劇場前のエレベーターホールあたりで舟友さんの見事なプレゼントの花束を撮影させていただきました。
     
    イメージ 6
     
    イメージ 7エレベーターのある壁に、来年5月の新歌舞伎座でのシアターコンサートのお知らせポスターが掲げられてました。入場口の「公演予定時間」を見ると第一部のお芝居のあと休憩35分、そして二部のコンサートでトータル3時間ほどですから夜の部でも、結構早く終演時間になるので、それほどイメージ 8遠方でなければ夜の部を観てからでも帰宅できますね。
     
    御用とお急ぎでない方はなるだけ昼・夜ご覧下さい。コンサートの構成も六割は変えているので、どちらもそれぞれに楽しめます。
     
     
     
     
     
    第一部 いろは長屋の用心棒
     
    イメージ 9お芝居については、まだ初日が開いたばかりですから、詳細はスルーしますが、想像以上にライトな思いっきりのよい喜劇で、主役である舟木さんがラストシーンで見せる趣向は、とてもクラシックな日本の喜劇スタイルだと感じました。子どもの頃からお芝居が好きで、デビューして大舞台でショーを開催するようになった若き日の舟木さんが数多く、浅草喜劇出身のヴォードヴィリアンの方たちと共演されてきた中で培われたものを踏襲なさっているような思いがしました。懐かしいような古き良き時代のノンビリした空気が漂うゆるさが、みどころとも言えるのでしょうね。
     
    またコミカルな音楽がストーリーの展開をリードして聴きものです。
    以下は「いろは長屋の用心棒」の音楽を担当された笠松泰洋さんのブログより転載させていただきます。
    笠松さんの、こんな言葉から、お芝居の中身をいろいろ想像してみて下さいね(笑)

    「3年ほど前から時々お声が掛かるようになった、舟木一夫さんの舞台。今回が4度目になります。今回は、12月3日から大阪の新歌舞伎座で上演の「いろは長屋の用心棒」。今日はその音楽を録音しました。今回は、サックスの鈴木広志くん1人で、サックス3種、クラリネット、フルートまで一気に吹いてもらい、2時間半で17曲の録音をしました。今回は、シンセと管楽器のソロで全体を作っています。
    前回の「花の生涯」は本格時代劇、今回は、痛快娯楽時代劇で喜劇です。芝居のテイストがどんどん喜劇的になっていって、最初に作ったオープニングのテーマ曲を、舟木さんの指示もあり、思い切って喜劇風にしたところすんなり芝居に入れるようになりました。音楽も最初に一気に作った35曲は、あらかた、書き換えました。」
     
     
    イメージ 10そして舟木信兵衛さん・・・酔っ払いの浪人役ですが、酔っぱらって寝てる姿もきれいで艶っぽくて、着流しの黒の紋付の光沢としなやかな風合い、黒地に白の糸の刺し子の長襦袢がチラリと見えて、なんたって「カニさんの紋」のデザインがキュートです。いろは長屋の屋根の左右にもこのカニさんが付いてます(笑)
    一座の俳優さんたちが、どなたも主役?といっていいくらいにそれぞれの持ち味を出しきっていらしてチームワークの良さで、長屋の危機?もほのぼのとしたムードで乗り越えていく姿は、私の好きな貧乏を笑い飛ばして逞しく愉しく生きる「落語世界の住人たち」の世界に共通します。舟木さんの狙い「年忘れ・・」にふさわしいお芝居になっていて、またこれから、日を追うごとにどんなハプニングやアドリブなどが出るのか楽しみですね。
    でも、この分だと千秋楽は、どんなことになるのか・・・予想不可能?かもで~す(笑)
     
       ~第二部のコンサート報告につづきます~
     

    0 0

    イメージ 1大阪・新歌舞伎座 舟木一夫特別公演
     
    第二部 舟木一夫 シアターコンサート
     
    こちらはいつものように、舟木さんのお喋りを交えながら再現してみます。
    初日は夜の部のみ、二日目から数日の例外を除いて昼・夜公演です。
    初日夜と二日目昼のコンサートを報告します。(ピンク文字は舟木さん
     
    12月3日 夜の部   
    信兵衛さんとはうって変った白のスリーピース、シャツは黒、胸には赤いバラで舟木さんが登場。
    コンサートにはなくてはならないような特別の曲なのでしょうね「くちなしのバラード」でオープ二ング。

     
     
     
     
     
    オープニング~
    くちなしのバラード
     
    今日が初日です。お忙しい中お越しいただいてありがとうございます。
    また、美しくなって出てきました。
    この「美しくなって」は、お芝居のラストシーンにひっかけてます)
     
    イメージ 2哀愁の夜
    北国の街
    高原のお嬢さん
     
    初日とあってプレゼントがいつにもましてたくさんなので、舞台のテーブルがすぐにいっぱいになってしまいました。舟木さんも受け取るだけでかなりたいへんそう・・で「ほ~ッ・・」とためいきのあと
    酔っ払いの役は結構しんどいんです・・お芝居では羊羹色(チャコールグレーのような色)の紋付・・こちらは「タカラヅカ」みたいな衣裳(笑)もう、69(才)になる・・こうして一ヶ月公演の舞台に立てるということは幸せですよ。もうコロムビアじゃ最年長です。一生、芝居して歌っている・・もう(ここまできたら)一生といってもいいでしょう。(客席から大きな拍手)

     
     
     
     
     
    その人は昔
     
    深いブルーの星がステージの壁いっぱいに輝いて、天井からはひとすじの白い光が舟木さんを照らしています。次第に白い光がシャワーとなって舞台上に降り注ぐようです。
    6月の新橋演舞場一ヶ月公演のコンサート昼の部のラストでも「その人は昔」のテーマを歌われましたが、今回は、夜の部のセンターにこの曲がおかれています。アレンジも変わっていますが、この曲はきっと舟木さんご自身が今、さらに育てようとしている曲のような気がしています。
    「胸をはって♪」と歌いきって、ステキな背中を客席に見せる舟木さん。とてもドラマチックに終わったのですが・・
    再び客席を振り返った舟木さん・・
    「まぁ、ざっとこんなところで・・」なんてテレ隠しなのでしょうか(笑)
    いきなり、二枚目から三枚目になるところが、なんとも舟木さんらしくていいんですよねぇ・・
    「新曲」といっても、いい歌でなくてはしょうがないですからね。キャリア50年で、70(才)の歌い手に何を(どんな曲を)書いたらいいか・・むつかしいですよ。「昭和の流行歌」のような軽いやつならいい・・
    舟木さんへのファンの「新曲願望」の想いを受けての発言なのでしょうね。私自身は、以前からブログ上でも書いてますが、無理に新曲を出すこともないのでは・・と思っています。今でも十分にこれだけの仕事をこなし、大劇場での集客力もある舟木さんが「プロデュースされる側」になるのはご本人がおっしゃっている通りかなりいろんな意味で難しいような気がします。もし、舟木さんが歌いたいと思う新しい歌に出逢われたら、いいなァと思いますが・・これまであまりにもたくさんの名曲に恵まれてこられた舟木さんですから、なかなかそれらを超えるほど舟木さんの気持ちを揺さぶるような歌は、みつからないのかもしれませんね。

    時代は変われど、あいも変わらずこの歌を・・・(と「高校三年生」)
     
    イメージ 3高校三年生
    学園広場
     
    ここで、舟木さんのお色直し?・・・
    一ヶ月公演の夜の部のお楽しみです。昔ながらの「ショー」っぽい色変わりの「舞」コーナー。
    今回は、とってもあどけない童謡メドレーをおなじみの皆さんが可愛く舞って下さいます。


    林啓二/長谷川かずき/川上彌生/真木一之
     
    四人の皆さんに迎えられて、着流しの舟木さんが○○の○○から再び登場!
    蒼みがかった光沢のあるグレーの「ひげ紬」に茶系統の長襦袢、帯も茶系の縞が入ってます。雪駄の鼻緒も茶色。素足に雪駄で、粋な裾さばきにはいつもながらうっとりします。いけないいけない・・見惚れてないで歌も聴かなきゃあ(笑)
    今回は、客席のみなさんが知ってる童謡で・・・
     
    京の恋唄
     
    後輩が、みんな50周年・・あと4、5年経つと流行歌の世界は、後期高齢者ばかり(笑)
    近年の流行歌の世界で新しい人が育たないことへの舟木さんの想いを少し話されました。流行歌の一時代を創ってきた歌い手仲間の方たちへの舟木さんの想いもあの「仲間たち」に通じる温かさがあるのを感じました。「時代や人」への情・・こんなトークの中にも本当に舟木さんの人としての素敵さを感じ取ることができます。
    抒情歌の世界を・・と
     
    イメージ 4絶唱
    夕笛
    恋唄

    朝起きて、顔を洗って鏡を見てると親父に似て来たと思う・・みんな年取ってくるとだんだんそうなってくる。
    和服で歌う機会は少ないですが・・(和服で歌う)持ち歌でいいのがたくさんある。「右衛門七討入り」・・昭和39年、19才でした。撮影は38年から始まっているんですが・・・村上(元三)先生の「ツルの一声」で出演が決まった・・
    衰えも含めた声の変化、スタミナの配分、一ヶ月公演の中で・・もう若い頃のようにナイショでしまっておく声なんてないです。
    舟木さんのこんな正直な吐露を聞くと、聴き手である私たちをどれほど舟木さんが信頼してくれているかを痛いほど感じます。誰でも同じように年をとるのは当たり前のことで、歌い手である舟木さんがご自身の「声の衰え」を受け入れつつも、それをカバーして余りある表現力と情熱で、毎回毎回素晴らしい歌の世界を届けて下さっている裏側では、どれほどの工夫や努力を重ねていらっしゃるか・・それが舞台に立つ人の一生終わることのない「精進」の賜物ということなのだと思います。

    「右衛門七討入り」・・十二月は古典芸能好きな私にとっては「忠臣蔵月間」(笑)この時期に、私の大好きな
    この曲を今の舟木さんのナマの声で聴かせていただけることは、今公演での大きな喜びです。

    イメージ 5右衛門七討入り
    火消し若衆
    喧嘩鳶
    銭形平次
     
    アンコール~
    浪花の歌ごよみ
     
    アンコール曲「浪花の歌ごよみ」は里中さとるのペンネームでの、もう40年近く前に創られた自作曲と思われます。
    春の浪花を 程よく染めて 蝶も見返る ・・・
    夏をいろどる 道頓堀を・・・
    秋をいろどる いちょう並木・・・
    こんな感じですが、全部は書きとれませんでした。
    大阪のファンの方たちのために創られた曲なのでしょう。私は今回初めて聴かせていただきましたが、舟木さんの歌に関する引き出しはなかなか奥が深いことを、またしてもあらめて感じました。

    以下からは二日目の12月4日の昼の部 第二部のコンサート報告です。
     
     
    12月4日 昼の部
     
    二日目の昼の部のコンサートのセットリストには前日、初日の夜の部では聴けなかった曲が7曲ほどありました。衣裳も、夜の部とは違って、黒のタキシードのジャケットは地模様入り。黒のパンツ、白のシャツ、胸のバラはクリーム色。

    イメージ 6オープニング~
    想い出通り
    今日は、昼・夜二回公演の初日ということで・・師走のお忙しい中ようこそ・・
    女優さんたちが、お芝居の・・・(この部分はネタばれのになるのでオフレコですヤダッ!」ていうんですよ。舟木さんのファンに怒られるから・・って。こんなやさしい「昔のお嬢さん」たちつかまえて・・・ねぇ(笑)

    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌
     
    こうやっていただきものをしてる遠くから見てるお客さんが「歌がテープじゃないか・・」って・・
    (そうじゃない証拠に)ゼイゼイ言っております(笑)
    今月の12日がくると69(才)になりますが・・なんとか55年までたどりつこうと・・

     
     
     
     
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
     
    今回のお芝居に出演されてる丹羽貞仁さんのことに触れて・・音羽屋の橋蔵先輩に似てきましたね。・・・いやだなァ・・オレも上田栄吉に似てくるなんて・・確かにオレはオヤジのムスコだ!と顔を見て確認できるという・・
     
    銭形平次
    スタンディングで手ぬぐい撒きが、終わって・・
    入った頃は、藤山一郎さん、霧島昇さんなども歌っていらして・・でも、まだその頃は50代ですからね。
     
    ここでジャケットのお着替えです。
    なんと、なんとピンクです!今年の7月26日、27日の中日劇場の2dayコンサートでも、スタンディングの
    あとのお着替えでサーモンピンクのジャケットだったのですが、その時のピンクよりさらにヴィヴィッドなピン
    クです。日本の伝統色の「桃色」とか「薄紅色」といった鮮やかだけど気品のある色調です。それが、また、なんともステキに似合ってしまうからあら不思議・・・色白だからなのでしょうが、私が思うに、デビュー当時の若い舟木さんなら着こなせないような色じゃないかと・・・このジャケットで私のテンションも最高潮でした(笑)
    薄紅のジャケットで「初恋」を・・・「やさしく白き 手をのべて 林檎をわれに あたえしは 薄紅の秋の実に・・」
    イメージ 7最高でした。しかも私のベスト・.ワンの「絶唱」を昼の部ではスリーコーラスたっぷりと歌って下さいました。
    「絶唱」は、もちろん、私が舟木さんのコンサートに通い始めて一年余り、一度も外されたことのない曲なのですが、このところは一番と三番だけで二番が聴けなかったので、とっても残念に思ってました。西條八十氏が大江賢次氏の原作をこの一番から三番までの四行詩の中で過不足なく詠い上げているまさに名作です。物語性を孕んだ曲ですから、これは私的には二番をとばしてほしくはないという想いが強ものですから、本当に今回、フルコーラスの歌唱が聴けて舞い上がってしまいました。

    初恋
    絶唱
     
    十日くらい前に小雪(和泉雅子さん)と電話で話しました。彼女とはたくさんの映画に出ました。一番ピッタリきた女優さん。昔は可愛かったけど、今は飛んでる・・(笑)チャキチャキの江戸っ子でつきあいやすい人・・・若い頃のラブソングを・・
     
    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
    イメージ 8オープニングの「想い出通り」もラストブロックの最後の曲「眠らない青春」も御自作ですね。そして・・いったん降りた緞帳が再び上がると・・・ベージュのジャケットの舟木さん。ワクワク・ドキドキのアンコール曲は「哀愁の夜」・・・この曲がアンコールにくると、もうイントロが始まった途端に客席は万雷の拍手です。もちろん皆さんの期待は、舟木さんご自身による作詩の部分のオプションですよね。四番と五番があるのですが、私が実際ナマでお聴きしたことのあるのは「五番」と言われているものです。
    アンコール~
    哀愁の夜
    (五番入でした)
    若さまかせに 春は往き
    交わす瞳に 別れが揺れた
    あぁ この歌は 二人の恋を
    今も 優しく 強く
    抱いて はるかに輝く星よ 
      
    君と 見上げた あの星空よ
     
     
     
    今回の一ヶ月公演のコンサートの構成も舟木さんの粋な趣向が満載で大満足の「至福の時」になりました。まだまだこれからも通いま~す!次の私の大阪詣では12月11日から13日の予定です。この頃はもうお芝居も絶頂期なのではないでしょうか。楽しみです。
     

    0 0

    新歌舞伎座の初日から早くも5日めです。もう全公演期間の四分の一が過ぎようとしてるんですね。お芝居も進化を重ねてきたころでしょう。第二部のコンサートのセットリストに絡めて、それぞれの曲の想い出を懐かしい写真でたどってみましょう。
     
    イメージ 1昼の部
     
    想い出通り

    北国の街
    イメージ 13
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    花咲く乙女たち
      
    友を送る歌

     
    イメージ 3
    イメージ 4
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    明日咲くつぼみに
     
     
     

     
     
     
    イメージ 5高校三年生
    修学旅行
     
    デビュー当時の握手攻めの様子・・・ステージの舟木さんが詰襟学生服なら客席の女の子たちもセーラー服という光景が「昭和の青春」そのものですね。
    舟木さんもファンも、ホントに可愛すぎますよね
     
     
     
     
    学園広場
    イメージ 9
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 2
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    銭形平次 
    昭和41年、銭形平次・第三話「謎の夫婦雛」に初ゲスト出演
     
    イメージ 11
     
    イメージ 10

     
     
    イメージ 6初恋
    絶唱
    東京は恋する
     
     
    高原のお嬢さん
     
    イメージ 12

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 7眠らない青春 作詩:里中さとる 作曲:岩鬼まさみ
    (1976年 アルバム「レマンのほとり」収録曲)
    *昼の部オープニングの「想い出通り」もこのアルバムに収録されています。
    いずれも舟木さんの自作曲です。

    なつかしいこの街に
    ただ一人 来たんだよ
    眠らない青春の
    想い出に 誘われて
    やわらかな 木もれ陽と
    手づくりの 愛の日は
    変わらずに あるものと
    おたがいに 信じてた
     
    さよならの足音は
    春の日のにわか雨
    冷たさを 耐えるには
    若すぎた 二人さ
     
    明日には出るはずの
    虹さえも 知らないで
    見つめ合う 瞳には
    あきらめが ゆれていた
     
    イメージ 8
    お揃いのセーターを
    ひっそりと 取り替えて
    合鍵は 二つとも
    鉢植えに 埋めたよ
     
    逝く春の 悲しさを
    胸深く 抱きとめて
    あの人が 投げかけた
    ほほえみの 優しさ
     
    鮮やかによみがえる
    青春の 想い出は
    暮れなごむ 街角に
    いつまでも 眠らない
     
    3曲目です。
     
     

    0 0

    新歌舞伎座公演の第二部のコンサートのセットリストに絡めて、それぞれの曲の想い出を懐かしい写真でたどってみる・・・・「昼の部篇」に続いて、本日は「夜の部」篇です。
     
    夜の部
    ~オープニング
    くちなしのバラード 作詩・作曲:万里村ゆき子 (1968年1月発売)
    http://www.youtube.com/watch?v=NN9AXmen42M
     
    イメージ 1
    ひそやかなためいき 小さくひとつ
    ひそやかな花の香に 小さくきえた
    君のその手は とてもつめたいけど
    なにもいわずに ぼくにあずけて
    見つめていようよ 白いくちなしの花
     
    ひそやかなはじらい かすかにひとつ
    ひそやかな花かげに かすかにだいた
    ぼくの心に 鐘がなってる
    なにもいわずに いついつまでも
    見つめていようよ 白いくちなしの花
     
    ひそやかなまなざし やさしくひとつ
    ひそやかな花びらに やさしくゆれた
    君のその目は 夜霧にぬれたけど
    なにもいわずに そっとよりそい
    見つめていようよ 白いくちなしの花
     
    イメージ 2
     
     
     
     
     
     
     
     
    チィちゃんとのいい感じのツーショット。でもおふたりの目線が微妙にズレてるのがなんとも可愛い(笑)
     
     
     
    オープニングの「くちなしのバラード」は舟木さんのコンサートではおなじみの曲ですが、私はリアルタイムでこの曲を聴いた記憶が全くありませんでした。でも、今、聴けば聴くほど清々しくやさしい気持ちにさせてくれる曲で、こころがほっこりあたたまります。作品の生みの親の万里村ゆき子さん、たくさんの歌い手さんに作品を作っていらっしゃるようですね。松原智恵子さんの曲もあるようです。
    万里村ゆき子さん作詩の曲で、皆さまよく御存知の曲といえば・・・「コクリコ坂から」のテーマ曲ではないでしょうか。男性が歌う純愛が「くちなしのバラード」なら女性の純愛を歌ったのが「さよならの夏」といえるのかもです。
    オリジナルは1976年発売の森山良子さんによる歌唱でした。
    詩も旋律もひたすら美しく清らかな世界ですね。
    「コクリコ坂より」のサントラ盤とオリジナル盤の両方をアップします。

    さよならの夏 作詩:万里村ゆき子 作曲:坂田晃一 (森山良子歌唱バージョンの詩)
    http://www.youtube.com/watch?v=f7jy8bcin_4 (手嶌葵歌唱)
    http://www.youtube.com/watch?v=NQ_YsFq0POk (森山良子歌唱 1976年盤) 
     
    イメージ 12光る海に かすむ船は
    さよならの汽笛のこします
    ゆるい坂を おりてゆけば
    夏いろの風に 逢えるかしら
    私の愛 それはメロディー
    たかく ひくく うたうの
    私の愛 それはかもめ
    たかく ひくく 飛ぶの
    夕陽のなか 呼んでみたら
    やさしいあなたに 逢えるかしら
     
    散歩道に ゆれる樹々は
    さよならの影を おとします
    古いチャペル 風見のとり
    夏いろの街は みえるかしら
    きのうの愛 それは涙
    やがて かわき消えるの
    あしたの愛 それはルフラン
    おわりのない言葉
    夕陽のなか めぐり逢えば
    あなたは 私を抱くかしら
    舟木さんが猫を抱いてます・・「あなたは 私を抱くかしら???・・誰ですか?「猫がウラヤマシイ!」って(笑)
     
    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん
     
    その人は昔のテーマ 作詩:松山善三 作曲:船村徹
    (アルバム こころのステレオ その人は昔~東京の空の下で 1966年発売) 
     
    イメージ 15
    その人は 昔
    海の底の 真珠だった
    その人は 昔
    山の谷の 白百合だった
    その人は 昔
    夜空の星の 輝きだった
    その人は 昔
    僕の心の 灯だった
    でも その人は
    もう 今は
    いない
    その人は 昔
    僕の すべて
    イメージ 16今もその人は
    思い出の 丘に咲く
    ひな菊の花
    その人は むかし
    僕の いのち
     
     

    今もその人は
    僕の日記を 埋める
    かがやき

    イメージ 13
    その人は むかし
    僕の ちから
    いまもその人は
    僕をやさしく みつめる
    こいびと
     
    でも その人は
    もう 今は
    いない
    イメージ 14
    その人は 昔
    玉石の
    荒い
    波ぎわ
    若駒の
    たてがみ
    つかみ
    いらだつ
    海の向こうを
    見ていた
    胸をはって
     
     
     
     
    映画「その人は昔」エンディング映像
     
     
    校三年生 
    http://www.youtube.com/watch?v=6DAataAw1VM  客席とのコラボです!

    学園広場
     
    イメージ 17
     
    京の恋唄                        京都南禅寺の舟木さん 
     
    イメージ 18
     
     
     
    イメージ 19絶唱イメージ 3             夕笛
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    恋唄   1977年1月発売   
    イメージ 4
      
     
    右衛門七討入り     1964年日劇初公演~日劇観客動員新記録達成!
     
    イメージ 5
    イメージ 6
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    火消し若衆
     

    喧嘩鳶       http://www.youtube.com/watch?v=jhsov0mKBWs         1968年7月明治座公演より
     
    イメージ 8
    イメージ 7

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    銭形平次          三十周年頃のちょっと若い平次親分
    イメージ 9
     
    アンコールは「浪花の歌ごよみ」
     
    「浪花の歌ごよみ」の代わりに「青春の大阪」をお楽しみ下さい
     
    イメージ 11
     
     
     
     
     
     
    イメージ 10
     

    0 0

    12日までは、まだ2日ありますが、明日から二度目の新歌舞伎座詣でに出かけますので、私の都合で恐縮ですが、ちょっと早めの「プレ&プレお誕生日特集」を掲載させていただきます。
     
    ♪はっぴーばーすでぃ とぅ ゆぅ♪
      http://www.youtube.com/watch?v=gtKscJTJbEI
     
    イメージ 1

    舟木さん、お誕生日 おめでとうごさいます!
      「60代のファイナル・イヤーのスタート」を 心からお祝い申し上げます
          これからの一年が舟木さんにとって、
              また、舟木さんを愛する私たちファンにとって
                     幸多き年になりますように


    ~以下は大倉明著「青春賛歌」から転載させていただきました~

    「歌よりも時代劇が好きだった幼少時代」より
     
    昭和19(1944)年12月7日午後1時36分ごろ、紀伊半島南東沖を震源とするM7.9の東南海地震が発生。静岡県御前崎市、三重県津市などで震度6を観測し、死者・行方不明者は1223人にのぼった。また、6日後の13日には、米軍のB29爆撃機90機が名古屋市千種区の三菱発動機大幸工場(のちの三菱重工名古屋工場、現在は跡地がナゴヤドーム)を空撃、工場を破壊した。
    ごく近くで発生した2件の大地震と大空襲の影響をどれほど受けたのかは定かではないが、舟木一夫が愛知県一宮市萩原町串作1015番地の時代劇に出てくるような長屋で、劇場を経営していた父・上田栄吉、母・雅子の長男として誕生したのは、そんな大きな出来事にはさまれた12日午前1時ちょうどだった。
    萩原町一帯では当日、空襲警報こそ鳴りをひそめていたものの、10日から大雪が降り続き、積雪は30センチを超えていた。栄吉が1キロほど離れた助産婦の家へ自転車で呼びに行ったが、なかなか起きてもらえず困ったという。「考え込んだような顔をして生まれてきた。」という長男を、栄吉は自分が尊敬する2人の智将、楠木正成と真田幸村から一字ずつとって成幸と名付けた。
     
    イメージ 23大倉明さんは今回の新歌舞伎座公演のパンフレットで、舟木さんにインタビューなさっていらっしゃいます。           
     
    イメージ 25
    大倉さんならではの中身の濃い記事になっています。
     
    チラリと見える舟木さん・・・
    どうです、このお洒落のセンス!
    なんてステキなんでしょう。
     
    69才ですよ・・・こんなカッコイイ69才なんて信じられません(笑)
     
    歌への情熱と、こんな素晴らしいお洒落心がおありだから、55周年は、かる~くクリアなさることだろうと確信できますね。
     
     
     
     
     
     
    さて、舟木さんの誕生花(12月12日)・・・ちょっとお遊びで調べてみたら「紫のヒヤシンス」
    そして、花言葉は「初恋のひたむきさ」だそうです!・・・・できすぎですね(笑)
    どれだけたくさんの乙女たちが、舟木さんに「初恋」をささげたことでしょう。
    私たちファンにとっては、まさに、この花言葉は舟木さんに捧げる花言葉のようですよね。
     

    イメージ 2風信子(ひやしんす)だより  作詩:吉岡治 作曲:服部きよし
    アルバム「花もよう」収録(1976年6月)
    http://www.youtube.com/watch?v=i71fBdFSTfA
     
    風信子の花がかおるむこうで
    とりとめのない雨のおしゃべり
    僕は僕でそんな窓辺の景色
    飽かず眺める此頃です
     
    君と逢った夏から秋
    ひとりすごす冬から春
    そして明日は誰のために
    季節は移ろい逝くのですか
     
    イメージ 13
    君のことを想うばかりで
    やりばのない日々のいらだち
    なにをしても生きる意味さえなくて
    そんな自分にあきれています
     
    お元気ですか 君はいまも
    愛の日々を 信じてますか
    淋しすぎて眩しすぎて
    信じてないのは僕だけです
     
    君と逢った夏から秋
    ひとりすごす冬から春
    そして書いた青い手紙
    宛名がないから迷うでしょう
     
    舟木さんのアルバム (写真は古い「近代映画」「明星」より) 
     
    取り壊す直前頃の生家。白いスレートが張ってある真ん中の家。右側の写真には生家跡看板が立ってます
    イメージ 26
    イメージ 24
     
     

     
     
     
     
     
     
     
     
    生家が取り壊されてからしばらくの間はお向かい側の鉄工所のような敷地の中に大切に置かれていました。↓
     
    イメージ 30
    イメージ 29
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 27
    イメージ 28
    公開されている写真で一番
    小さい時のものかもしれませんね。こんな小さな時から「笑顔千両」の舟木さん。
    かわい~い!
                    
     
     →
    5才くらいの時、「健康優良児」
    という感じですね。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 31
    イメージ 3
    萩原小学校。左は裏門のようです。
     
     
     
    自宅から萩原小学校への通学路。私はこの道を実際に歩いてみましたが、今もまだ当時の面影が残っている感じでした。
     
     
     
     
     
     
    萩原小学校正門側の校庭だと思います。今は老朽化して撤去されてしまったそうですが、舟木さんが寄贈なさった「がんばりの像」があった場所のようです。
     
    イメージ 4
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 6
    イメージ 5
    小学校三年生の遠足。
    健脚だった舟木さんはどんどん川の奥の方(上流?)まで歩いていって、先生を心配させて大目玉をくらったそうです。
    当時から「チャレンジャー」の素質があったんですね(笑)
     
     
    小学校5年生の時。
    もう今の舟木さんのお顔になってきてますね。
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 7
     
     
    萩原中学校。
    舟木さんが寄贈なさった時計が今も時を刻んでいるのですね。
     
    イメージ 8
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    中学生になりました。もう今の舟木さんそのまんまですよね。                      ↓部活動が終わった音楽室で・・・
     
    イメージ 10
    イメージ 9
    イメージ 11
     
     
    満面の笑みに下駄ばき・・・坊主頭が「絶唱」大好きな私には中学時代の「順吉若様」に見えます
     
    イメージ 15
     
     
    時は流れていよいよ高校生です。テレ屋さんといえども、「歌手」を目指すようになった頃ですから、カメラの前に立つと、やっぱりどこかキメてますよね(笑)ぼちぼちスターのオーラが感じられる写真になってきてるように感じます。
     
    イメージ 12
    イメージ 14
    ←                     →
    これらは、まだまだデビューまで時間があるころのスナップですが、もうプロマイドになっても十分じゃないですか・・
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    そしてきわめつけ!高校の修学旅行の時のスナップ。おそらく上京後、自由ヶ丘学園高校時代のものかと思われます。
    旅行先は北海道。青函連絡船の中でのものだそうです。「もの想う、この憂いを帯びた横顔・・・」なかなか並の高校生ではこんなショットは撮れませんよね。おそれいりました(笑)
     
    イメージ 16
     
    そして、テレ屋さんなれど、チャッカリと美人バスガイドさんとのツーショットも残ってます・・・
    でも、距離感がビミョーで、やっぱりかなりテレてますよね(笑)むふふふ
     
    イメージ 18
    イメージ 17
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 19
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    そして、デビュー・・・見事に「故郷に錦を飾った」舟木さん
     
    イメージ 20イメージ 21
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     そして デビューから50年の長い旅路を経た今も
           なお 大きくきらめき 輝き続ける 私たちの星なのですね
     
    イメージ 22

    0 0

    イメージ 1

    イメージ 2

    イメージ 3

    Happy Birthday 舟木さん!

    携帯からなので簡単すぎて申し訳ありませんが

    昼の部のコンサートのオープニング「想い出通り」を歌い終わり階段を降りて「69歳になりました」と舟木さんがご挨拶なさると同時にバンドメンバーの「♪Happy Birthday to you♪」が流れると客席から口々に「舟木さんおめでとう!」の声が…すると舞台両袖からお芝居の出演者の皆さんが全員登場されました。舟木さんが葉山さんと稀代さんが押して来られたワゴンのケーキの蝋燭を一気に吹き消すと再び大きな拍手。

    写真の花束は舟友さんがお誕生日に心こめたプレゼントです。
    また舞台写真集もお誕生日を祝ってこのあと発売されました。

    0 0

    初日の12月3日昼、4日の昼、11日の昼、12日の昼・夜、13日の昼・・・と6公演を観劇しての私見を少しご報告します。
     
     
    いろは長屋の用心棒   ~山本周五郎原作 「人情裏長屋」より~
     
     
    イメージ 3信兵衛さんは、衝立の向こうから両手の指だけをカニさんのハサミのチョキの形にして出してから、顔を出す。
    全体にゆる~く、のんびりした信兵衛さん像ですが、この最初の部分は、「蝦蟇の油」の口上をベースにして昔話の「桃太郎」をあしらいつつ「桃太郎侍」のキメ台詞~ひと~つ、人の世の生き血をすすり、ふたつ、不埒な悪行三昧、み~つ、醜い浮世の鬼を退治てくれよう、桃太郎~というテンポの早い長セリフに身ぶり手ぶりの御愛嬌で客席を沸かせて、信兵衛さんのお茶目ぶりを印象付けるという演出なのでしょうね。
    観てるこちらも楽しいのですが、演じてる舟木さんが、もしかしたら一番楽しんでるいらっしゃるのでは?(笑)

    役者さんたちのセリフは、変わりませんが、信兵衛さんのセリフで毎日のように変わるのは、姉上役の葉山さんと浪人の角倉重三郎役の大門さんの熟年カップルと岡本謙之輔役の丹羽さんと綾香役の川上さんのヤングカップルという二組のカップルが出来上がった時に、ひとりおいてけぼりにされて凹む時のセリフです。
    私は、6回拝見しましたが、4パターンくらいありました(笑)ここでは、ネタばれになるので、伏せておきま~
    す。これからどんなパターンがあらたに出てくるか、大いに楽しみましょう!
     
     
    一階席、二階席を定価購入したチケット5回公演のスタンプで
      信兵衛さんカレンダーがもらえます。
    イメージ 4助演の皆さん同様に舟木信兵衛さんも、いろんな場面で笑わせてくださいますが、私の一番のツボは、意味不明言葉・・・終盤で、二組のカップルの祝いの宴で、しこたま酔っぱらった信兵衛さんがへべれけになって酔いつぶれて倒れ込む時に発する「オノマトペ=擬声語」ともいえるようなものなんですが・・・ポッコリ、ポコチャンポコチャン、ヘロヘロ~、ヘホ、ゲロッパ・・・など、なんとも表現しにくいふにゃふにゃした感じがたまりませ~ん(笑)しばらくは笑いが止まらない私です。私の一番好きな、意味のない言葉ともつかない言葉遊びの世界ですね。
    こんな楽しい舟木さんって本当に大好きだぁ~ッって叫びたくなります(笑)

    いわゆる「お笑い」の原理原則はナンセンスだと思うのですが、舟木さんは実に生理的にその「コメディ」感覚を会得していらっしゃると感じました。説明できない面白さ「=可笑しみ」ですね。物語のラストで、長屋のみんなして信兵衛さんのお顔にスミを塗るという趣向も、お正月で羽付きで負けたりすると顔にスミ塗りされるという古くからのツミのないバツゲームのような古典中の古典という「笑い」のパターンなのである種の懐かしさを感じる、古き良き時代のノスタルジー漂う「大衆喜劇」の味わいがあります。
    ご自身のデビュー当時の曲を、「のんびりしたおおらかな」時代ならではの曲だとよくおっしゃっていますが、「いろは長屋の用心棒」も同じように「のんびりしたおおらかな」時代の喜劇を思い出させてくれるようです。
     
    もちろん、面白いだけではなく、適度の力の抜けた?流れるような優美な殺陣の様式美もきっちり盛り込まれていて、数多くのシリアスな時代物の舞台を重ねてこられた年輪がモノを言っているのは当然のことです。
    舞台人の究極の芸として「軽み」~俳句で云えば「侘び」~という境地が言われますが、今回のお芝居には舟木さんの舞台人としての「軽み」の色合いが感じられて六月の演舞場の「花の生涯」とは、またひと味違った世界が楽しめます。重厚な世界、軽妙な世界・・・舟木さんの引き出しからは次から次へと、どんな色の布も出てくるようで、まるでマジシャンですね(笑)
    また、今回の思いっきり楽しい舞台を盛り上げている「音楽」も本当に懐かしい音色です。
     
     
    助演の役者さん方について少し・・・
     
    イメージ 1
    イメージ 2
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    葉山葉子さ・・・この方の気品ある佇まいで、大ボケの役どころをなさるのが最高に私好みです。六月の演舞場で「村山たか女」を演じられたのは記憶に新しいのですが、今回の姉上・芳江役は葉山さんの実像っぽく感じられて、とても楽しませていただいています。
     
    長谷川稀世さん・・「小股の切れ上がった女」という言葉がぴったりの女優さん。その稀世さんの持ち味が存分に生かされていて、ハマり役です。気が強いけど情が深い、長屋の住人にとって頼れる姐さんの貫録十分です。

    大門正明さん・・いい味出されてて驚きました。昔、テレビによく出演されてましたよね。当時のイメージがあったので、ずいぶん「大きく」なっていらして(笑)一回目は、最後の方までどなたかわかりませんでした。葉山さんとのラブ&ラブの場面がなんとも可愛らしくて、あの大きな身体が小さくみえるほどキュートでした。

    丹羽貞仁さん・・こんなベテランの芸達者の役者さんたちも素晴らしかったのですが、今回の私的なMVP(=最優秀選手)は、この方。舟木さんの舞台ではお馴染みの役者さんだそうですが、私は、大川橋蔵さんの御子息であることしか存知上げずにいましたから、初めてその役者ぶりを拝見して、役どころが役どころだけに本当に驚きました。これほど、身体的に喜劇の匂いを身につけていらっしゃるとは想像できませんでした。正直、言うところの「御曹司」という先入観があったこともあるでしょう。見事に裏切られました(笑)だって、だまっていてもどこか可笑しいんです(笑)男前なのに可笑しい・・・これって持って生まれた才能だと思います。お父上は天下の二枚目ですが、息子さんはご自身の個性をきっちりお持ちだと感じました。お父上のお名前とは関係なく「我が道」を御精進なさると、益々、良い役者さんになられるだろうと感じました。嫌味がなくて、おしょうゆ顔だからこの点も私好みといえます(笑)
     
    長谷川かずきさん・・同じく、若手の女優さん。この方も、六月に初めて演舞場で井伊直弼の奥方を演じられたのを拝見したのが初めてです。こちらも天下の二枚目の長谷川一夫さんのお孫さんですから、「御曹司」と似たようなイメージだったのですが、今回の「おぶんちゃん」は、大役だったと思いますが、立派に演じていらして場面、場面で彼女の存在が大きなポイントを上げていると感じました。本来の原作では「おぶんちゃん」は信兵衛の嫁になるのですから、信兵衛から大きな信頼を寄せられる魅力・・賢さ、優しさ、強さなど・・を備えた女性像であることが要求されると思います。キャスティングでかずきさんをおぶんちゃんと決めたのが舟木さんご自身なのかは私の知るところではありませんが、ある意味大抜擢じゃないかと思います。もし、そうだとすれば、見事にその大役を果たしていらっしゃると感服しました。
     
     
    舟木さんが教えを乞うた大先輩の息子さんやお孫さんが、舟木さんとの舞台で、さらに大きく成長されていかれるのは、本当に素晴らしく、また舟木さんのファンにとっては嬉しいものですね。
    「一子相伝」の伝統芸能の世界とは、違いますが、その精神は軌を一にするもので、ナマの舞台に勝負を賭ける芸能の世界に生きる方たちが大好きな私としては、舟木さんのこういった姿勢が本当に嬉しく頼もしいものに感じられます。

    あと、公演期間は半分となりましたが、何回か観ていると飽きてきそうなのに、なぜだか逆にどんどん面白くなってきてるのも不思議と言えば不思議です。こういうところが、生の舞台演劇の面白いところなんですね。
     
    イメージ 5

    0 0

           本日、十二月十四日は「右衛門七討入り」の日  
     
    時は十二月、歌舞伎や歴史ものの時代劇の好きな私には、はずせないのが「忠臣蔵」です。
    嬉しいことに舟木さんが、今回の公演の夜の部のコンサートでセットして下さったのが「右衛門七討入り」
     
    イメージ 2
     
    新歌舞伎座公演のために二度目の大阪入りをしたのが11日、この日は昼の部だけの一回公演だったので終演後は、例によって「舟木さんを探すさんぽ径」という趣向で、舟友さんをお誘いしてお目当ての浄祐寺に足を延ばしました。
     
    イメージ 7こちらの墓所には、右衛門七さんを顕彰する碑が、彼の父である矢頭長助の墓と並んで祀られています。
     
    イメージ 8最寄駅は新福島(JR東西線)で、ビルの谷間にひっそりした小さなお寺があって、その墓所の一番奥に長助の墓があり、隣には寄り添うように右衛門七さんの顕彰碑が並んでいます。
    もちろん本来の右衛門七さんのお墓は泉岳寺にあるのですが、浅野家がとりつぶしになり、浪士となって赤穂から大阪に出てきた矢頭一家、その家長である長助は、大阪で病に倒れたために、右衛門七は、わずか十七才でその父の代わりとなって「討入り」に連なることになりました。そのような経緯があって長助の墓が、浄祐寺に建てられているのでしょう。
     
     
    ブログをはじめた頃の、記事もご参照下さい↓
    ~舟木さんの曲~昔の私のお気に入り/その1『右衛門七討入り』 ~
     
     
    イメージ 1右衛門七討入り 作詩:西沢爽 作曲:遠藤実
     
    ふりつむ雪を血に染めて 
    四十七士の鬨の声
    矢頭右衛門七 散りゆく花か
    恋も知らない 若い身で
     
    討たれるものも 討つものも
    ともにこの世は 夢の夢
    赤穂浪士の 誉にかけて
    ゆけととゞろく 陣太鼓
     
    勝利のあとの 哀しみを
    抱いて見返る 吉良屋敷
    四十七士の 去りゆく影に
    ふるははかなき 江戸の雪
     
     
    イメージ 9矢頭 長助(やとう ちょうすけ)=右衛門七の父
    万治元年(1658年) - 元禄15年8月15日(1702年9月6日)
    江戸時代の武士。赤穂藩浅野氏の家臣。赤穂浪士の一人・矢頭教兼の父親。名は教照(のりてる)。
    矢頭権右衛門の子。妻は中根弥兵衛の娘。赤穂藩では国元で勘定方(25石5人扶持)をしていた。元禄14年3月14日(1701年4月21日)の主君・浅野長矩による吉良義央への刃傷事件の際にも赤穂におり、大石良雄に神文血判を提出して盟約に加わった。4月19日イメージ 10(5月26日)には赤穂城が開城されたが、長助は残務処理のために良雄とともに赤穂に残った。それらを終えた後、6月4日(7月9日)に赤穂を退去して大阪へ移ったが、ここで病に侵されて寝たきりになってしまう。同志との連絡はもっぱら息子の教兼を通じて行ったが、討ち入り前の翌15年8月15日(1702年9月6日)に病死。享年45。
     
     
     
     
     
    イメージ 11
    矢頭 教兼(やとう のりかね)=右衛門七
    貞享3年(1686年) - 元禄16年2月4日(1703年3月20日)
     
    江戸時代前期の武士。赤穂浪士四十七士の一人。通称は右衛門七、一般には矢頭 右衛門七(やとう えもしち)として知られる。四十七士の中では大石良金に次いで若年であり、母妹の世話に苦難したことで知られる。『仮名手本忠臣蔵』の佐藤与茂七(さとう よもしち)のモデルとなった。
    赤穂浅野家勘定方の矢頭長助の子として播磨国赤穂に生まれる。母は播磨国姫路藩松平家家臣の中根弥兵衛の女子。幼名は亀之丞(かめのじょう)といった。
    元禄14年(1701年)3月浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだ時、右衛門七はまだ家督前の部屋住みだった。4月19日には赤穂城が開城されたが、父はその後も大石内蔵助のもとで藩政残務処理にあたっている。これが終わった後、矢頭一家は6月4日に大坂 堂島へ移ったが、この頃から父は病に冒され寝たきりになってしまう。元禄15年(1702年)1月の山科会議や7月の円山会議にも右衛門七が父に代わって出席している。
    イメージ 12元禄15年(1702年)8月15日、父が病床に右衛門七を呼び、くれぐれもその遺志を継いでくれるよう嘆願しつつこの世を去る。この時右衛門七は17歳だった。しかし義挙に加わらねばならない身の上なので、母と妹3人をどこかに預けなければならない。右衛門七は母と妹をつれて大坂を出ると、母の実家がある奥州白河藩(祖父の仕える松平家はこの地に転封となっていた)へと向かったが、旅慣れない少年のこと、女人通行手形を携えていなかったために荒井関所を通ることができず、仕方なしに大坂へ帰って知人に母たちを預けるしかなかった。
    9月に千馬三郎兵衛・間十次郎らとともに江戸へ入り、南八丁堀で潜伏生活がはじまった。吉良屋敷討ち入りでは表門隊に属し奮戦、父の志を遂げた。その後、三河岡崎藩 水野監物の芝中屋敷にお預けとなり、元禄16年2月4日に水野家家臣・杉源助の介錯で切腹した。享年18。他の浪士とともに主君・浅野内匠頭と同じ芝泉岳寺に葬られた。法名は刃擲振劔信士
    母と妹3人は、この討入りの義挙で右衛門七やその家族の苦難が世間に知られるようになり、親族の矢頭庄左衛門に迎えられ奥州白河へ行くことができた。のちに長女が多賀谷致泰(奥州白河藩松平家家臣)、次女が多賀谷勝盛(奥州白河藩松平家家臣・致泰の男子)、三女が柳沢家の家臣山村氏にそれぞれ嫁いでいる。母も娘達の嫁ぎ先の多賀谷家で暮らした。                                                             顕彰碑「矢頭教兼碑」↑
     
     
    父長助亡きあとの一家は貧乏のどん底で先祖伝来の鎧を      その後、遺児である教兼が父にかわって討ち入りに参加し
    にいれて父親の野辺送りをした。                    本懐を遂げることとなった。    
    イメージ 14
    イメージ 13
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    教兼(右衛門七)の辞世の句
     出る日の ひかりも消えて 夕ぐれに いはなんことは かなしかりける
     
    イメージ 3イメージ 4
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 5
     
     
     
     
     
    イメージ 6 
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    ~ちょっと箸やすめ~「右衛門七討入り」にまつわるアレコレを(上)の続きは、後日~

    0 0

    さて、新歌舞伎座公演もあと一週間を残すところとなってしまいました。ちょっと淋しい・・
    私は初日の3日と翌日4日に拝見しましたが、第二弾として、舟木さんのお誕生日の12日をはさんで11日から13日まで、再び、大阪に向かいました。
    イメージ 1
    11日は一回公演だったので昼の部のみ、12日は昼と夜、13日は昼の部のみ・・計4回のコンサートの模様をご報告します。長くなりそうなので時系列で二つに分けて上・下とします。
     
    昼の部は、3日連続楽しませていただきましたが、私の席は、一階、二階、三階と毎日変わりました。お芝居は特に観る位置が違うとまた違った風景が見えてくるようです。コンサートは、お客さんの熱気が感じられるのはやっぱり一階席かな?今回の13日は、三階席でも銭形平次のスタンディングで立つ人は、ありましたが、二日目(12月4日の昼も私は三階席最前列でしたが、立ったら後ろのお客さんに「見えないから座って!」と言われました(笑)もしかしたら、二回公演の初日(4日)三階席では、立つお客さんがいなかったので、それに気づいた舟木さんが、いったん鳴り出したイントロの演奏を後ろを振り返って止めて例の「薄情モノ!みなさん、協力して下さいよ~」とおっしゃって下さるようになったので、5日以降は、そういう無粋なことを言うお客さんがなかったのかも知れませんね。
     
    いつもように舟木さんのトーク部分はピンク文字です
     
    12月11日(一階席) 
     
    コンサートだけならチケット代金は半額で~す!

    イメージ 2セットリスト
     
    オープニング~
    想い出通り

    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌
     
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
     
    銭形平次
     
    初恋
    絶唱
     
    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
     
    アンコール~
    哀愁の夜 五番付き

    「明日咲くつぼみに」あたりから、アレ?いつもの舟木さんの声じゃないなぁ・・と思いました。
    そしたら、やっぱり、二日ほど前の一回
    公演が終わったあとに、パチンコに行って、勝ったけど、風邪をもらってきたようです・・とおっしゃって、実際、特に中音部の声がつらそうな感じでした。
    私としては、この日ほど舟木さんの喉の具合が気になったことはこれまでなかったので、かなりハラハラしました。だって、まだ中日も迎えていないのに、こういう状態が続いたらどうしようかと、とても心配になったのです。
    今のところ舟木さんの一番のストレス解消というか気分転換して元気の素になるのはパチンコのようですから、大いに楽しまれてゴキゲンになられるなら全くかまわないのですが、なんといってもパチンコ屋さんに実際入った経験のない私のイメージとしては「パチンコ屋さんは、タバコの煙が朦々で空気が悪い場所」というのが強いですから、あまり長時間いるとかえって体のためには良くないんじゃないかと、どうしても心配になります。
    そんなこんなで、11日の昼の部のコンサートは、気持ちが落ち着かず、ずっと気もぞぞろでした(笑)
     
    今日の夜中の12時までは68(才)なんですよね・・コケコッコーで夜が明けると69(才)・・
    そうでした、この11日の昼の部のコンサートが68才最後の歌声になったわけですね。
    色々な歌を「唄わされ」ましたが・・・ここで単独でおいてるのは・・時代劇の主題歌の中には、いい歌があるんですが、そういうジャンルの歌の中の最高の名曲と紹介して「銭形平次」を・・
    手ぬぐい撒きのあとのお色直しは鮮やかな桃色のジャケットです。「初恋」は、一番のあと、この日は珍しく
    三番の詩「わが心なきためいきの その髪の毛にかかるとき」でした。
    「絶唱」をフルコーラスで歌われたあと、風邪がめずらしく喉にきてます。今日は○○でも・・とお薬の名前
    を言ってらっしゃいました。そして女性の方が強い・・といいつつ客席に向かってどうか大事に・・と言ってから(お大事にしなきゃいけないのは)前だろ!・・・とひとりツッコミをする舟木さんでした。
    青春は間違うためにある時間・・初めての恋・・ずいぶんドギマギしたのを僕も憶えていますが・・とラスト
    ブロックの若い恋の歌を・・
    やはり、あまりノドの具合が良くなかったせいかトークもちょっと少なめでした。

     
    12月12日(二階席)  舟木さんの69回目のお誕生日の日

    イメージ 3オープニング~
    想い出通り
     
    前日11日は、風邪のせいか、パチンコ屋さんで受動喫煙されたせいか、かなり喉をいためていらっしゃったようで、私としては心配なまま、コンサートが始まりました。
    69才になった舟木さんの第一声なのに・・・とちょっと心が晴れないままでしたが、オープニングの「想い出通り」が無事に終わって階段を降りてきて、「69才になりました」で「♪ハッピバースデー トゥ ユー」のメロディーが・・・客席からも拍手と口々に「舟木さん、おめでとう!」の声、同時に舞台の両袖から、お芝居の出演者の皆さんが登場して、葉山さんと、稀世さんのおふたりがバースディ・ケーキを載せたワゴンを押していらっしゃいました。舞台も客席も大きな拍手の中で、舟木さんらしく、ちょっとそっけないほどクールな歓びの表現(笑)そして「あとで、いただきます」とおっしゃると皆さんも袖に戻っていかれました。
    この、サプライズは、昼の部のみでしたから、夜だけいらっしゃった方は、ちょっと残念でしたよね。

    二十代の頃の長期公演(明治座など)では、コンサートも昼夜で違うタイトルをつけていました。確かに古いパンフレットを見ると、それぞれ構成も大きく変えていて、かなり華やかなタイトルがついてます(笑)
    では、69才になったビセイを・・・とお茶目に言ってメドレーへ
     
    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌
     
    六十代最後の年・・それにしては、鏡をみても どうしても37、8(才)にしか見えない・・なんか思った
    りして・・(笑)昨日は、一回公演の後、恒例のパチンコ大会がありました。
    え~ッ!また行ったのと驚きを隠
    せない私の心の声(笑)こんなに心配してソンしたかも・・(笑)でも、前日、福島にある右衛門七さんのお墓で「公演中の舟木さんをお守りください」とお参りしてきたから、右衛門七さんが、きっとその願いを聞きとどけて下さったんだと納得することにしました。この日の昼の部では、前日よりは喉の調子も良くなっているように感じました。
     
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
     
    ♪ラララ、汽車はゆく 汽車はゆく♪・・とアカペラで歌ってみて、こんなの今の高校生が聞いたら、何云っ
    てんだ。オレたちは、飛行機でハワイだ・・なんてもんでしょうね。
     
    銭形平次
     
    イメージ 4僕は風邪をひいても気管支とか関節とかに来ないんです。扁桃腺が腫れたり、リンパ腺が腫れたりしない・・親のいいとこどりをしたんですね・・・そうですね、努力ももちろんですが持って生まれた体質はじめ資質はやっぱりご両親のおかげなんだと私も思います。舟木さんのこの言葉の中には、御両親へのそんな感謝の想いがいっぱい感じられて、ご自分の誕生日に親に感謝できるなんてことこそが舟木さんが今、とっても幸せであることの証のような気がして、今年もいいお誕生日になっているんだなととっても嬉しく思いました。
     
    暑いから、着たくないんだけど・・と言いつつ、ピンクのジャケットをはおると、またもや客席からどよめき
    が・・くどいようですが、本当によくお似合いです(笑)

    初恋
    絶唱
     
    この日の「初恋」は、一番のあと、二番の詩「やさしく 白き手をのべて りんごをわれにあたへしは」で歌われました。日替わりかな?(笑)
    「絶唱」を歌い終えて、またマコちゃんから電話がありましという話題で、「元気いっぱいの小雪」さんのことをおはなしされました。同級生というのとは、また違う「うれしい」・・仲間とか関係とかいう意味合いのことをおっしゃりたかったようです。ある意味、同じ青春を精いっぱい仕事に賭けた仲間というか戦友というか、お互いに頑張ってたよね・・という仲間と今でもつながれている気持ちを「うれしい」と表現されたのだと感じました。舟木さんは、本当に過ぎたことをすべて肯定して、今を生きていらっしゃる潔さと清々しさのある人なんですね。
    歌も芝居も同じ、オープニングから大詰めまでの流れがあって構成されている・・というようなことをいわれてラスト=大詰めは 「初めての恋」

    イメージ 5 
    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
    アンコール~
    哀愁の夜 五番付き
     
    通常でも、たくさんのプレゼントなのですが、お誕生日ともなると、それはそれは、多くてプレゼントを手渡すのに二倍ほどのファンの方がズラ~ッと並んで待っていらっしゃいます。しかも花束は豪華絢爛でいつもより大きいですから、ステージのテーブルには載りきらなくて、後半の分は、舞台袖まで運んでいかれる舟木さん。舞台上を上手、下手へと大移動(笑)ペーパーバッグも本当にたくさんあったので、舟木さん曰く「楽屋のケータリング」は、さぞかし豊かだったのでしょうね。
     
                                                                                                        ~ (下)に続きます~

    0 0

    新歌舞伎座 舟木一夫特別公演・コンサート~11日・12日・13日(上) のつづきです。
    イメージ 1
     
     
    ピンク文字は舟木さんのトーク部分
     
    12月12日 夜の部(一階席) 
     
    オープニング~
    くちなしのバラード
     
    今日から69(才)です。お芝居ではおもいっきり舌をかんじゃいました・・おじいさんは山へ洗濯に行っち
    ゃいけない・・けちらすオニをけちらして・・あたり前じゃないか(笑)
     
    舟木さんのシール付のお茶↓
     
    イメージ 2哀愁の夜
    北国の街
    高原のお嬢さん
     
    みっつとも日活の映画の歌・・・和泉雅子という人といっしょでした・・あの頃はポッチャリして可愛かった。
    今は・・・○○みたい・・元気な人でしたが・・あのポチャッとした感じと病み上がりの割り箸みたいなのとが合ってたんでしょうか・・・
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 3次に歌うのも映画の曲ですが・・自分の映画の中で北海道の自然の景色がきれいで一番好きな映像です。
     
    「その人は昔」のテーマ

    後ろ姿の素敵なシルエットで、演奏が終わると、客席の方に振り返って・・ざっと、こんなところで・・・
    またもや、テレ隠し???・・・センターで歌うには、あまりに余韻が残り過ぎる曲なので、テレちゃうのかも(笑)
    内藤洋子さんという女優さん・・おでこが広くて、目がまあるくて可愛い・・・このアルバムは船村先生の作曲でしたが、譜面だけでも72枚というもの・・三日間で録音した。
    僕はブルースが歌いたくて歌手になって・・・「♪青い夜霧に 灯影が赤い」「♪夜霧よ今夜も ありがとう」なんて歌いだして、ご自分で、いい声だなぁ・・(笑)
     
    高校三年生
    学園広場

    学園広場を唄いながら舞台下手の花道の方へ、歩いていく舟木さん・・花道のすっぽん(セリ)に姿が消えて・・・そのあと舞台中央セリから林さんとかずきさん、舟木さんが消えた花道のセリから川上さんと真木さんが可愛い?童(わらべ)姿の衣装で登場して、童心にかえってわらべ唄に合わせての踊りで楽しませてくださいます。

    :林啓二/長谷川かずき/川上彌生/真木一之

    イメージ 4再び、「かわいい魚屋さん」の歌声とともに舟木さんがすっぽんからセリ上がって来た時には、ぶどう色がかったグレーの髭紬の着流しでした。長襦袢は、3日の初日には茶系統に見えましたが、今回は、紫がかった鳶色に見えました。座席によってライトの反射の関係で、微妙に違った色合いに見えるようですね。いずれにしても舟木さんのコンサートの時の和服のコーディネイトも着こなしも最高にすてきで惚れ惚れします。「かわいい魚屋さん」が終わって、四人の皆さんが舞台から消えると「今、踊ったのは・・」と皆さんを紹介。

    京の恋唄 
     
    プレゼントタイムになりましたが、「京の恋唄」でプレゼントを受け取るのはちょっと大変かも・・
    僕の歌を書いてくれた作詩の先生たちは、もうひとつもふたつも前の日本の四季を知っていた先生方ですから・・・もうどうしようもない。もうこんな世界を書ける作詩家は今はいません・・・
     
    絶唱
    夕笛
    恋唄
     
    和服で歌う機会も少なくなってきましたが・・・19才の時、NHKの「赤穂浪士」に出演した時に記念曲として
    作られた「右衛門七討入り」を、久しぶりにフルコーラスで・・

    イメージ 5右衛門七討入り
     
    歌い終わって・・テレビドラマの「赤穂浪士」のオープニングのテーマ曲をアカペラでちょっと唄ってみる舟木さん・・長谷川先生が53才、僕が19才・・・時代劇映画と流行歌はきってもきれない・・「小判鮫の唄」
    「むらさき小唄」
    ・・・と何曲もあげる舟木さんですが、私は追いつかない(笑)
    威勢のいい「火消し若衆」を・・と  ここでまたプレゼントタイム
     
    火消し若衆
    喧嘩鳶
    銭形平次
     
    夜の部の銭形平次は、スタンディングはなしです。私たちもちょっとラクできます(笑)
     
    ~アンコール
    浪花の歌ごよみ   
     
    ふたたび緞帳が上がって、階段を降りてくる舟木さんが、唄いながら御祝儀の手ぬぐい撒きです
    今回でお聴きするのが二度目の「浪花の歌ごよみ」です。この曲は、ちょっと調べてみたら昭和50(1975)年頃から大阪のステージの時に、時々歌っていらっしゃるようです。おそらく舟木さんが大阪のファンの方へ向けて親愛の情を込めて作られた歌のようです。手ぬぐい撒きなさりながらで、また風邪気味でもあり、一生懸命に耳をダンボにして、聴きとろうとしましたが、やっぱり全部は聴き取れませんでした。
    間違ってるところもあると思いますが、とりあえず、こんな感じ・・・?っていうところで・・・
    歌詩を御存知の方、また教えてくださいね。

    イメージ 6春の浪花をほどよく染めて
    蝶も見返る花摘みまつり
    ○○○? ふたひら みひら
    香り桜の 花車 花車
     
    弾むうわさに役者の華が
    咲いてうれしい 上本町よ
    三十路 四十路を はるかに超えた
    贔屓どころも 賑やかに 賑やかに
     
    秋を彩る 銀杏の並木
    わたるそよ風 通天閣へ
    月を肴の ○○?酒に 
    艶も仄かな 衿ぼくろ 衿ぼくろ
     
     
     
     
     
     
    12月13日  昼の部(三階席)

    イメージ 7オープニング~
    想い出通り
     
    だいぶ寒くなりました。今日は、もう半ば(公演の)ですが・・さっき、あんな落書きされた顔を美しくしてまた、出てきました・・あっ、ちゃんとご挨拶しなきゃ・・今日はどうもありがとうございます。

    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌
     
    「友を送る歌」・・こういう小ざっぱりしたタイプの歌が好きなんです。昔は、四行詩のような短い歌が多かった。いつごろからか歌が長くなった・・・主にニューミュージック系の歌を例に挙げて、歌詩談義のようなことを話されたあと次のコーナーの曲の紹介をしようなさったのか・・・ここはいくつになっても・・・と云えば、私は69(才)になりました。といきなり舟木さんがおっしゃると大きな拍手。今お聴かせするには寸法がピッタリの歌・・と
     
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
     
    懐かしい歌のあとは、しばらくは舟木先生による「歌謡史講座」のような感じ・・次々に年代順になめらかに
    舟木さんの口から出てくる往年の流行歌手のお名前・・最後の方は舟木さんにとって直近の先輩である「潮来のおじさん」・・知ってる方ばかりですが省略します(笑)
     
    胸のクリーム色のバラのつぼみをちょっとはずしてみせて、ほら、ステージがどんなに暑いかわかるでしょう。ほんの20分ほど前に出てくるときにはつぼみだったのが、もうこんなに開いちゃって、可哀そうに・・私も昔は可愛いつぼみだったのに・・・(笑)
     
    銭形平次

    イメージ 8この曲は「高校三年生」よりも広く知られているかもしれません。確かに、12日の夜の部で初めて同伴した長女は「高校三年生」は知りませんでしたが、テレビの「銭形平次」は再放送されていたので「男だったら~♪」は知ってるようでした。
    お芝居に出演されている大川橋蔵さんの御子息の丹羽さんのことなどにもちょっとふれて、しばし、橋蔵センパイにまつわるなごやなトーク・・・
     
     
     
    手ぬぐい撒きが終わって・・・サインボールなら三階まで届くんですが、さすがに手ぬぐいは届きません。どーも、すいませーん・そんなこと気にしないでくださ~い(笑)それより二階にギリギリとんできたのを身を乗り出して取ろうとなさってる方を見る度に、落っこちないかと、とても心配になります。事故でも起きたら・・なんて心配するのは私だけでしょうか?
     
    ピンクのジャケットに着替えながら「ピンクってトシじゃないんですが・・」なんておっしゃりつつも、本心は
    まだまだイケてる・・なんて思ってらっしゃるんじゃ・・(笑)でも、本当にこの甘いピンク色は舟木さんにとっても似合っててステキです。
     
    「初恋」・・中一のときに教わったんですが、いい詩(うた)です。その次は「絶唱」をフル・コーラスで・・

    初恋
    絶唱
     
    「初恋」は、11日が一番、三番。12日が一番、二番、そして13日のこの日は、再び一番と三番・・
    日替わりの三日間でした(笑)この曲もできれば詩が素晴らしいのでスリーコーラス聴きたいものです。
    私のナンバー・ワンの「絶唱」が今回の公演の昼の部では、一番から三番まで聴けるのが最高に楽しみなのですが、11日と12日は風邪のために舟木さんの喉の具合が万全ではなく、ちょっとだけ残念に思っていたので、この日の「絶唱」には、思わず「よっしゃ~ッ!」とガッツポーズしたくなりました。この時点では完全に復調された舟木さんの歌声でした。

    イメージ 9そしてまたこの日は、私にとっては特別な歌である「絶唱」について思わぬトークがありました。
    作品と歌い手の縁とは不思議なもので・・・それまではヒット曲が映画になっていた・・「絶唱」は映画の「企画」が先で、歌は今回は入れるのをよそう・・「木挽き唄」だけで・・ということになっていたんですが、二週間ほど前になってから日活から歌が欲しいと言ってきた・・僕が19才の時に、市川昭介さんが僕に唄わせようと思って作っておいた「まぼろしの君」という曲・・♪ただひとり 酒場にて 酒を酌む 涙ぐむ♪・・とアカペラで「絶唱」のメロディーで唄ってみせる舟木さん・・これには本当に感激しました。
    大ヒット曲の「絶唱」は、映画封切り前のギリギリに生まれたのだという話は知っていたのですが、「誕生秘話」を舟木さんの口から直接お聞きできるとは思っていなかったので、この場に居合わせることができて本当に嬉しくラッキーでした。
     
    青春という時間の中の「初めての恋」・・という舟木さんの紹介で・・ラストブロックへ

    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
    この日のラストブロックの舟木さんは、声ものびやかに響いて、ピンクのジャケットで「初めての恋」を唄う
    姿は、やっぱり永遠の青春歌謡スターという感じがしました。11日から13日まで全四公演を舟木さんと一緒の時空間を共有させていただきましたが、やっぱり体調も声もいい状態の舟木さんは輝きが違います。何よりも健康が一番大切としみじみ思った三日間でした。
     
    イメージ 10アンコール~
    哀愁の夜 五番付き
     
    ベージュのジャケットに着替えた舟木さんが再び登場。歌い終わっていつもの笑顔なのですが、やっぱりこの日は、四回のコンサートの中で一番キラキラしたお顔に見えました。
     
    まだまだ、公演は続きます。どうかくれぐれも健康にお気をつけて、舟木さんにとっても会心の舞台となりますよう心から祈っています。

     

    0 0

    新歌舞伎座の三階のロビーの窓側の隅にある胸像です。さて、どなたでしょう?
     
    イメージ 2
    何度も新歌舞伎座の三階には来ているのですが、あまりにもひっそりとロビーの片隅に置かれているので、ずっと気になりつつもこれまでこの胸像の近くまでは行きませんでした。像の下に記されている名前もあまり目立ちません。「松尾」とファミリーネームが読めたので、「アレレ・・もしかしたら松尾國三さん?」とひらめいて、近くまで寄って確かめてみたら、やっぱりそうでした。「松尾國三寿」とあります。
    *「寿」と付いているのは、その人物が存命中に創っておいた「肖像彫刻・肖像画」のことだそうです。
     
     
    では、この松尾國三とは、どのような人かというと・・・
     
    松尾 國三(まつお くにぞう)
    明治32年(1899年)6月8日 - 昭和59年(1984年)1月1日)
    佐賀県伊万里市出身の、日本の歌舞伎役者・実業家・芸能プロモーター。
     
     
    松尾芸能振興財団は、日本の伝統ある劇場芸能の助成と振興、文化・芸能の保存と向上に寄与することを目的として、1979年(昭和54年)に松尾國三が私財を投じて設立した財団法人である。
     
                                          ↓舟木さんの大賞受賞翌年の受賞者勘三郎さんとのツーショット

    イメージ 1
    松尾芸能賞(まつお げいのう しょう)
    松尾芸能振興財団が1980年(昭和55年)に創設した日本の芸能賞。毎年その年に活躍した舞台芸能の関係者を顕彰して「優秀賞」、「特別賞」、「新人賞」が贈呈され、また年によっては「大賞」、「功労賞」(1996年制定)、「研究助成」(2011年からは「研究助成賞」)などが贈呈される。

    舟木さんが2001年に「演劇・歌謡」に大きな功績を残したとして松尾芸能賞の「大賞」を受賞なさっていることは、皆さんご周知の通りですね。歌手でこの「大賞」を受賞したのは舟木さんが初めて(「大賞」が制定されて5年目)であり、「演劇」と「歌謡」という二つの分野での活動を評価されたことも特筆すべきことだと思います。
     
    ~ウィキペディア参照~ ↓
     
     
           ↓新歌舞伎座の緞帳:上村淳之画伯の原画「四季花鳥図」 (チケット袋より)
     
    イメージ 5
    イメージ 6
     
     
     
    新歌舞伎座の長期公演も、もう6日を残すばかりとなった、17日のこの日は昼公演一回のみでした。
     
    第一部 お芝居「いろは長屋の用心棒」
     
    さて、お芝居での舟木信兵衛さん、・・・二組のカップルに挟まれて大いに凹む場面での信兵衛さんのアドリブが毎回のお楽しみのひとつなのですが、この日はちょっとセリフが長くて最後は「襤褸は着てても心の錦っにゃ!」と水前寺清子さんのモノマネ調の歌入りで楽しませて下さいました。毎日、いろいろバリエーションを考えるのも舟木さんの遊び心なんでしょうね。 序盤の信兵衛さん登場の際の、長い口上では、この日も「おじいさんが山へ洗濯???」なべ・おさみさんが、後の場面でネタにしていじってました(笑)
    へべれけに酔いつぶれて倒れ込む時の私の大好きな、うつろなお顔の表情と意味不明言葉も相変わらずサイコー!こんなのが、ピシッと私のツボにハマりまります。 こういうワケのわからない面白さの時は、なぜだか「絶唱」とか「夕笛」「残雪」とかのチョー悲恋ものの舟木さんを思い浮かべてそのギャップを楽しむという私の「悪趣味」があります(笑)二枚目のイメージがある舟木さんだからこそ、そのギャップで笑えるという「うま味」を思う存分楽しませてもらえます。

     
    第二部 シアターコンサート   ピンク文字が舟木さんのトーク部分)
     
    オープニング~想い出通り
     
    風邪もすっかり回復なさったようで「コレコレ、この声でなくっちゃぁ~!」と大満足できるオープニング第一声でした。

    3日に初日が開いてからあっという間に日が経ってあと8日くらいで終わるんですが…年の瀬ということでパァ~ッとしたやつでいこうということなんですがホントにパァ~ッ!~頭の横で人差し指をクルクル回して~(笑) あっ、またご挨拶を忘れるといけないから…今日はありがとうございます。
     
    北国の街
    花咲く乙女たち
    友を送る歌

    イメージ 7みんな日活で映画になった曲ですが…友を送る歌…小ザッパリしたこのテの歌は男が好きなタイプなんだろうと私の場合は最初がアレですからその後はカーブが大きかった…色々なタイプの歌があったのは今思うと幸せだと思います。18でデビューして69になったんですから…拍手…「高校三年生」も大変なことになってしまった…
     
    明日咲くつぼみに
    高校三年生
    修学旅行
    学園広場
     
    流行歌はその時代をピンポイントで表している…おおらかでのどかですね。
    「♪ベルがなるなるブラットホーム」…今はステージでは「ブラットフォーム」と歌ってますがあの時代より前
    の歌はどんな先輩のも「プラットホーム」なんですよ。だから今も先輩の歌った通りの歌い方で歌う…
     
     
    銭形平次
     
    テレビの銭形平次は八チャンネルで八百八十八回続いた…橋蔵先輩は千回までやりたいと言ってたんですが体を壊してしまった、皆で八がたくさん続く御目出度い数だからと説得して橋蔵先輩も納得…次男坊の丹羽貞仁くん~厠侍(笑)~最近このへんが(と目元を指して)似てきてる。貞仁くんのお母さんの橋蔵夫人にそういったら「うちの人と比べらたこんなもんあきまへん」~眞理子夫人は元祇園の芸妓さん~自分の息子を「こんなもん」だって(笑)確かに親が偉大過ぎると息子は割りを食いますよね。貞仁さん、頑張れ~ッ!
     
    ライト、暑いんですよ、ピンクってトシじゃあ…と言いつつピンクのジャケットを羽織る舟木さんですが、なんのなんの、くどいようですが、むっちゃお似合いで~す
    次は抒情歌というくくりで・・・皆さんもだと思いますが「初恋」は中学一年の頃に教わりました。最初は「まだあげ初めし」なんて読んでた…
     
    「初恋」は、この日も一番、三番でした。私が聴いた限りでは、一番、三番というのが多いパターンですが、他の日はどうなんでしょう?気になります(笑)「初恋」のイントロを聴くと、日本の抒情が胸いっぱいにひろがって、聴けば聴くほど美しい歌だなぁと思います。
     
    イメージ 8
    「絶唱」は・・・「夕笛」もですが・・ヒットしたから映画になったんではなくて…最初から映画の企画があった…「七年を西東」…原作は七年じゃないので西條先生に聞いたらこれは「長い年月」という意味だと言われた。「夕笛」の「おさげ髪君は十三」も実際に十三才ということではなく、昔は十二、三歳で「乙女」と見なしていたからこういう表現になると・・・西條先生には本当に色んなことを教えていただいた。間に合って幸せだった。
    この舟木さんの「間に合って幸せだった」に客席がビミョーな反応をしたからか舟木さんは、その言葉の意味合いをさらに詳しく解説なさいました。
     

    いや、落語家さんたちもよく言いますよ。小さん、志ん生、圓生、文楽…こういう噺家を(同時代に)聴けたことを(幸せに思って)間に合って良かった」という言い方をする。
    今お芝居に出てる団朝さん(駕籠かき役の桂団朝師)は米朝師匠のお弟子さんだから「米朝師匠に間に合って良かった」・・・と・・・これは随分大きいことなんですね。
     
    舟木さんの口から落語や、まして私が尊敬する桂米朝師匠のお名前が聴けるなんて本当に感激でした。私もギリギリですが、まだ米朝師匠が高座をつとめていらした最後の頃にナマの口演に「間に合った」ので舟木さんのおっしゃっていることを身にしみて痛感しています。
    テープや録画では感じとれない名人芸のライヴそのものに直に触れることの大切さや感動を舟木さんがこのように熱を込めてお話して下さることは何より嬉しく思います。

    余談ですが、私はこの日の公演のあと近鉄特急で自宅の桑名を素通りして名古屋に向かいました。ちょうどこの日舟木さんがトークで昭和の名人と言われた噺家の中のひとり古今亭志ん生のお弟子さんのそのまたお弟子さん~孫弟子と呼びます~古今亭文菊師匠の落語会に行く予定にしていたのでなおさら嬉しく思いました。
    師匠から弟子へ、そのまた弟子へと伝えられ受け継がれていくのは「芸風」そのものもあるのですがそれ以上に大きな財産は「芸に向かう姿勢=人となり」であると感じています。おそらく舟木さんも多くの偉大な先輩方の「姿勢」をしっかりと若い頃に身体と頭に叩き込んでいらっしゃるのだと思います。青春時代に西條八十という偉大な詩人の深くて広い多岐にわたる知識・教養の宝箱の一端を覗き、じかに身を持って感じ感動したことが今の舟木さんの大きな財産となっていることは今更、言うまでもありませんね。
     
    イメージ 9青春の中での特別の時間~初めての恋 を・・
     
    東京は恋する
    高原のお嬢さん
    眠らない青春
     
    ピンクのジャケットで間奏の時に、両手を上げてちょっと客席に背を向けて、ななめ後ろ姿になる舟木さんはめちゃくちゃカッコいいんですよね。肩から背中のラインが胸キュンですホントに69才ですか???
     
    アンコール~
    哀愁の夜 五番付き
     
    今回で五回目のアンコール「哀愁の夜」でしたが風邪もすっかり治ったようで、万全の舟木さんの歌声でした。このまま、絶好調で千秋楽まで残りの舞台を勤められますように・・・
     
    イメージ 10
     
    またまた最後に余談ですがこの日17日の前日NHKテレビ「プロフェッショナル~仕事の流儀」で「最高の野球人生」を送っているイチロー選手の口から出る「珠玉の言葉」を聴きながら、舟木さんの「最高の歌手人生」と重ね合わせました。「バット」と「マイク」の違いはありますがイチロー選手の言葉に舟木さんの想いが重なるようで「プロフェッショナルの仕事の流儀」というの、は自分が人生を賭けた「仕事への強い愛」ということにおいては全く同じなのだと感じました。
     
    イメージ 11
    残酷なほどどこまでいっても最後まで「形が決まることはない」ものへの挑戦・・・イチロー選手の言った一番印象的な言葉 は、次の言葉です。
    「野球が大好きなんです。・・・昔のように~子どもの時~ただ楽しいわけではないけど苦しみの中でも楽しい…そう思う時にプロになったんだと感じます。」
    「僕は18才から22年ずっと野球をやってきた。人生のすべてを野球から教わった。だからその野球にいいかげんな気持ちでは向かえない。」・・・と
    イメージ 12年齢を重ねて肉体的には後退していくことをどう考えるか?というレポーターの質問には
    「もうトシだから・・というのはカンタン、でもまだまだ若いと突っ張るのもダサイ・・・トシを重ねて「風味」が加わったというふうにとらえている。」
     

    イメージ 3私などのようにスポーツおんちな者は、どうしても「体力勝負」だと思い勝ちなアスリートの世界。でも、その世界にも「風味」というニュアンスを用いるイチロー選手に脱帽しました。
    ここまでくると野球はスポーツを超えて芸術になるんだとも・・・

    イメージ 4「世界のイチロー」選手と「昭和歌謡を代表する舟木一夫」…考えてみたらどちらも、「愛知県産」でした。しかもとってもお近くのお生まれなんだということをあらためて思い出しました。
     
     
     
     
     
     
    イチロー選手の言葉を、舟木さんの言葉に置き換えても、共通項が本当にたくさんあるようでした。ひとつことを極めることのできる「プロフェショナル」にとっては「仕事」は既にもう単なる「仕事」ではなく「敬愛」の対象であり、「自分自身の生き方」なんだと凡人の私としては本当に羨ましく思いました。
     
     
     

    0 0

    イメージ 1いよいよ、新歌舞伎座公演も大詰めです。明日21日の前楽の昼・夜と22日の千秋楽の舞台を心残りなく楽しませていただくべく、明日早朝に家を出て大阪入りします。また、その御報告は後日・・・
     
    そして、新歌舞伎座の千秋楽の三日後には、東京・新橋演舞場で2013年の最後のコンサートが開催されます。
     
    イメージ 10私事ですが、前日、24日から演舞場コンサートのために上京しますので、ちょっと早目ですが、クリスマスモードの舟木さんのお写真と、歌を御紹介してみます。
     
     
     
     
     
     
     
     
    1967年12月16日公開 東京映画 「君に幸福を~センチメンタルボーイ」 より
     
    イメージ 2センチメンタル・ボーイ 作詩:河端茂 作曲:山屋清
     
    夢をあげよう 夢をあげよう
    ぼくの夢をみんなあげよう
    きみが倖せになれるなら
    ぼくには夢がなくなってもいい
    えくぼ押さえてる きみの小指に
    投げキスをして
    ああ ぼくはセンチメンタル・ボーイ
     
    虹をあげよう 虹をあげよう
    ぼくの虹をみんなあげよう
    きみを美しくできるなら
    ぼくには虹がなくなってもいい
    涙うかべてる きみの瞳に
    ほほえみながら
    ああ ぼくはセンチメンタル・ボーイ

    イメージ 4歌をあげよう 歌をあげよう
    ぼくの歌をみんなあげよう
    きみに微笑みがもどるなら
    ぼくには歌がなくなってもいい
    遠く消えてゆくきみの背中に
    手をふりながら
    ああ ぼくはセンチメンタル・ボーイ
     
    http://www.youtube.com/watch?v=ZwvJDhyyYg8
     

    イメージ 6
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 5お菓子の好きな少女 作詩:河端茂 作曲:山屋清
     
    あの娘に贈ろう このケーキ
    夢で逢うとき ほほえむ娘
    お菓子を いつも手に
    虹の橋を渡る
    ぼくの 大事な こいびと
    夜明けと一緒に 消える人
    ヤイヤイ ヤイヤイ
    あの娘と いつの日語るだろう
    ホッホッ ホッホッ
    マロンの香りが ただよう娘
    ひとりのはかない 夢だけど
    明日を生き抜く 希望なのさ
    ぼくの 大事な こいびと
    あの娘に贈ろう このケーキ
     
     
    あの娘にあげたい このケーキ
    虹を呼ぶよに ほほえむ娘
    夜ごとに 夢で逢う
    可愛いあの娘だけと
    歳も 名前も しらない
    お菓子が好きだと わかるだけ

    イメージ 7ヤイヤイ ヤイヤイ
    あの娘に いつの日逢えるだろ
    ホッホッ ホッホッ
    チェリーによく似た 可愛い娘
    ひとりのはかない 夢だけど
    明日を生き抜く 希望なのさ
    歳も 名前も しらない
    あの娘にあげたい このケーキ
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 8聖夜  作詩:J・モーア 訳詩:不詳 作曲:F・グルーバー
    1963年(昭和38年)発売
     
     
    きよし この夜
    星は 光り
    救いの御子は
    御母の胸に
    眠りたもう
    夢やすく

    きよし この夜
    御子の笑みに
    めぐみの 御代の
    あしたの光 輝けり
    ほがらかに
     

    イメージ 9ジングル・ベル  訳詩:丘灯至夫 作曲:J・ピアポント
    1966年(昭和41年)発売 

    やあ みんな クリスマスおめでとう!
     
    美しく ひびく鈴よ
    この鈴は 愛の鈴よ
    今宵こそ 心こめて
    あげよう君に この鈴を
     
     
     
    ジングルベル ジングルベル
    しあわせが もうすぐ君に くるように
    ジングルベル ジングルベル
    よろこびが もうすぐ君に くるように

    イメージ 11貧しさを 嘆かないで
    この鈴は 愛の鈴よ
    今宵こそ 君とふたり
    夢を見ようよ クリスマス

    ジングルベル ジングルベル
    ぼくたちは ツリーやケーキがなくっても
    ジングルベル ジングルベル
    ぼくたちは 若さと歌にみちている
     
    清らかに響く鈴よ
    この鈴は愛の鈴よ
    今宵こそ 涙ふいて
    鳴らそう鈴を 高らかに
     
    イメージ 3
     
     
     
     
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 花咲く明日が来るように
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 明るい明日がくるように

    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 花咲く明日がくるように
    ジングルベル ジングルベル
    鈴鳴らし 明るい明日が来るように
     
     
     
     
     
     

    0 0

    イメージ 1

    イメージ 4

    イメージ 2

    イメージ 3

    私は、まだ帰宅途中の近鉄特急車中です。

    携帯からなので簡単ですが、千秋楽速報です。

    3日に初日が開いてからあっという間に千秋楽になりました。

    ちょっと淋しいですが千秋楽は満員御礼て無事に終わりました。

    取り急ぎコンサートのセットリスト

    間違いまたはモレなどあるかもですが、お気づきになれば教えて下さいね。


    オープニング~
    友よ

    遥かなる草原

    明日に向かって走れ!

    よみがえる夜明け

    さいはての月

    星の夜北へ帰る


    大阪の女

    宗右衛門町ブルース

    大阪しぐれ

    浪花盃


    浪花恋しぐれ


    五つめの季節に


    ピエロの晩秋


    最後の恋


    風、好きに吹け~迷夢本望


    アンコール~
    大阪ラプソディー


    舟木さん、長期公演お疲れ様そして楽しい時間をありがとうの想いを込めて「出待ち」の長い列に加わりました。

    窓の向こうにちょっとだけ舟木さんの手が見えてますよね(笑)サングラスのお顔もほんのちょびっとだけ・・

    気は心…これでも私的には大満足(笑)


    では詳細は、また後日

older | 1 | .... | 3 | 4 | (Page 5) | 6 | 7 | .... | 60 | newer