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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    オンタイムでガラケーでの撮影で、汚いですが、ざっと静止画像で、ご紹介します。
    ブログでは一度に50枚しか画像がアップできませんので、2回に分けてアップします。
    見逃された方、とりあえずイメージだけでもお楽しみくださいね。

    まずは、55th記念コンサートの「初日」2月9日大宮ソニックシティの「お出迎え」風景から
    ファンの方へのインタビューも放映されました。

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    大宮でのコンサートの模様も…

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    番組構成のテーマなどの紹介

    「俳優としての舟木一夫」「お宝拝見」「ヒットメロディー」「昭和の名曲」…など


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    18曲をスタジオで収録

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    本編の内容に

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    ステージでお馴染みの若い頃のヒット曲をフルコーラスでたっぷり

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    デビュー前、流行歌手への道に導いた2曲

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    ~祝デビュー55周年~舟木一夫・永遠の青春スター~2月17日 BS・TBS NO.2につづく



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    つづきです

    27,8歳頃から何が変?…という想いに気づき始めた…「冬の時代」のことなど

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    俳優 舟木一夫


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    2016年12月新橋演舞場舟木一夫特別公演

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    共演された里見さん、笹野さんの語る俳優・舟木一夫


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    5月の新歌舞伎公演の紹介も…

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    カジュアルばかりじゃないですよ、正統派和服の世界も…


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    船村徹先生の名曲「夕笛」…沁みました

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    舟木さんへのメッセージ。由紀さおりさん、林与一さん、内館牧子さんから


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    鶴太郎さんからの素晴らしいプレゼント
    舟木一夫をイメージする言葉を「書」で…

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    鶴太郎さん、その感性も書もさすがで~す!

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    とっても嬉しそうな舟木さん、でも、メチャ照れてらっしゃってそこがまたステキ!

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    最高の誉め言葉に、こぼれんばかりの笑顔、

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    ラストブロックは、55thコンサートの構成と同じ、この2曲

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    大宮のコンサートのアンコール…
    舟木さんが誘って「高校三年生」を会場全員で大合唱の場面でエンディング、タイトルロール

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    放送の全容を、どなたかがyoutubeにアップして下さることを願ってます。


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    船村徹作品、歌っていくことが供養 舟木一夫さんら悼む

    江戸川夏樹
    2017年2月17日21時51分

    ■歌手の舟木一夫さんの話
     船村先生の訃報(ふほう)に接して、今はさびしいとか、悲しいなどという言葉では言い表せない気持ちです。
     19歳のときに初めて曲を書いていただいて以来、60~70曲はいただいています。
     僕が29歳から30歳のころ、歌手をやめようと思ったことがあり、夜中に突然、船村先生から自宅に電話がかかって来て、「歌手を辞めるって聞いたけど、本当か」「辞めるのは君の勝手だし、自由にすればいいけど、俺の大好きな『夕笛』はいったい誰が歌うんだ」といって、電話を切られました。その時、「男の仕事とは、歌手が歌を歌うということは、そういうことか」と思い、辞めるのを思いとどまりました。船村先生からの電話がなければ恐らく歌手を辞めていたと思います。一生の恩人です。
     「巨星逝く」という古い言葉がありますが、まさにその想いです。先生が居て下さるだけで、流行歌の世界の重しとなっていました。
     僕ら歌い手が、いただいた作品をそれぞれ歌っていくことが、供養でありご恩返しだと思います。



    ■船村さん最後の内弟子、歌手の村木弾さんの話
     亡くなる3日前と10日前の2回、レッスンしてくださいました。レッスンが終わった後、「だいたいわかるよな。あとはお前次第だからな」とおっしゃって下さいました。
     先生の内弟子として12年半、身の回りのお世話などもさせていただきましたが、兄弟子がみな巣立っていかれたあとの最後の3年間、ずっと一緒でした。毎日、お酒を飲んだり、テレビで野球や相撲を見たりしながら、たくさんお話を聞かせていただきました。また、色々なところへも連れて行っていただきました。
     厳しいけれど、決して怖いということではなく、心の広い温かい先生でした。

    「ござる~GOZARU~ 」に次ぐ村木弾さんの新曲が、4月に発売されるそうです。作詩が舟木さん、作曲が船村先生とのこと。デビューからちょうど一年での船村先生のご逝去。最後のお弟子さんのデビューと成長を見届けてられての旅立ちだったともいえます。



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    船村先生の作品から、それぞれ、全く世界観が異なる3曲を選んでみました。
    先生の作曲家としての守備範囲の広さ。
    そしてまた舟木さんの歌い手としてのセンスの多才さも、あらためて痛感します。


    あなたの故郷 舟木一夫 さん



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    舟木一夫「喧嘩鳶-野狐三次-」



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    娘の焼いた米粉で作ったクッキー。プレーン、紅茶、抹茶、ココアmix 


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    舟友さんが、今回も、録画をしてくださりyoutubeにアップしてくださっています。

    下記のブログからyoutubeに跳んでくださいね。


    舟木一夫さんの 2/17 BS特番!



    舟友さん、今回も、貴重な資料のご提供をありがとうございます。



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    イメージ 2光本 幸子(みつもと さちこ、1943年8月25日 - 2013年2月22日)

    東京都出身。上野学園高等学校音楽科を1962年に卒業。幼年より舞踊家の六代目藤間勘十郎に師事。勘十郎と親交のあった初代水谷八重子の目に留まり新派入りし、明治座の舞台『望郷の歌』(1955年)にて子役デビュー。
    1969年、『男はつらいよ』初代マドンナ・冬子役に起用され、映画初出演。

    舞台作品
    伊豆の踊子(川端康成原作、北条誠脚本、新橋演舞場、1957年)
    細雪(谷崎潤一郎原作、菊田一夫脚本、御園座、1970年) - 雪子
    忠臣蔵異聞 薄桜記(東京明治座、1971年) - 千春 (舟木さんとの共演)

    写真は、昭和40年新橋演舞場/西川流日本舞踊の会での光本さん 



    声よし、姿よし、表現力の豊かさ…と若い頃から将来を嘱望された新派の花でした。舟木さんとの数々の舞台共演は美男美女のとりあわせで、いろんな意味で、当時、ファンの溜息が聞こえるほどだったことでしょう。

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    川口松太郎氏を囲んで…

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    松竹映画「いつか来るさよなら」の舟木さんと光本さんの義理の母と息子の愛憎劇を、見事に演じ、ラストシーンは、胸がふるえるほど印象深く、若いお二人の俳優、女優としての力量に圧倒されました。

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    松竹映画「いつか来るさよなら」(1969年12月公開)~光本幸子さんの一周忌を前にして


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    恋のお江戸の歌げんか 舟木一夫さん/光本幸子さん




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    大宮、八王子に続いて3ヶ所目の55thコンサート開催です。


    2月21日(火)  習志野文化ホール(千葉)     14時30分/18時

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    本日の習志野文化ホール、楽屋入りの舟木さんです。舟友さんたちいつもありがとうございます。


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    松竹株式会社/お知らせ サイト

    2017.02.21

    舟木一夫が語る「芸能生活55周年」


    舟木一夫が、芸能生活55周年の皮切りとなる記念すべきコンサートを前に、囲み取材に応じ、55周年という節目の年を迎えるにあたり、その心境を語りました。

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    55周年の記念となるコンサートに対する思いを聞かれた舟木は、「ここまで来ますと、例えば『高校三年生』一つにしても毎年歌っているわけですからね。急に何かが変わるわけではありません。『総浚い』(そうざらい)みたいな感じで、最近歌っていないものも含め、一年間でどれだけ多くのオリジナル曲が唄えるか、ですね。」と穏やかに答えました。
       また、55周年という年月を振り返り、「最近、小学生のころのことをよく思い出します。あの坊主頭の少年がよくここまで来ましたね、という感じ。ほんのちょっとだけ褒めてやってもいいかな、というところも出てきました。いろんなことがあったから現役感を持ち続けてこられたのかな、という気もします。」としみじみと振り返る様子を見せました。

       コンサートでは、昼夜二回にわたり「高校三年生」「高原のお嬢さん」「絶唱」など時代を彩った名曲、そして新曲の「みんな旅人」などを披露。圧巻のステージで芸能生活55周年のスタートを切りました。これから1年かけて全国55ヶ所を巡る大規模なツアーも行われます。
       その締めくくりとなるのが新橋演舞場「芸能生活55周年ファイナル 舟木一夫特別公演」です。『忠臣蔵』を花の巻・雪の巻と題し交互上演でお楽しみいただきます。また恒例のシアターコンサートも昼夜別構成にてお楽しみいただきます。現在12月2日(土)から24日(日)までを予定いたしております。

       チケットは、10月25日(水)より、チケットWeb松竹、チケットWeb松竹スマートフォンサイト、チケットホン松竹にて発売いたします。



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    船村徹さん通夜、北島さんや舟木さんら1500人

    江戸川夏樹
    2017年2月22日22時28分

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    16日に84歳で亡くなった作曲家の船村徹(本名・福田博郎(ひろお))さんの通夜が22日、東京都文京区の護国寺・桂昌殿で営まれた。世に出なかった歌を供養した寺でもあった。故郷の日光連山(栃木県)と、船村さん直筆の「みだれ髪」(美空ひばり)の譜面で彩られた祭壇には笑顔の遺影が飾られた。北島三郎さんや舟木一夫さんら約1500人が弔問し、別れを惜しんだ。

    弟子で「なみだ船」などの曲を歌った北島さんは、船村さんへの思いを書いた手紙を棺に入れた。囲み取材に応じ、「自分がいつか旅立ち、先生に再会したときも、生まれ変わったときも弟子であり続けたいとしたためました」と涙ながらに話した。
     舟木さんは「やんちゃ坊主の典型のような人。心身ともに命の恩人」、こまどり姉妹の二人は、「こんなに哀愁のある名曲をかける人はもういないんじゃないかと寂しい」と振り返った。大月みやこさんは「船村ワールドをみんなで歌いつないでいく」と語った。
     葬儀は23日、同所で行われる。(江戸川夏樹)



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    デイリースポーツオンライン
    https://www.daily.co.jp/gossip/2017/02/22/0009938648.shtml

    舟木一夫 船村徹さんの言葉で引退とどまったと明かす

     
    2017.2.22

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    船村徹さんの通夜に参列した舟木一夫=東京・大塚の護国寺(撮影・堀内翔) 

    16日に心不全のため死去した作曲家、船村徹(本名福田博郎)さん(享年84)の通夜が22日、東京・護国寺でしめやかに営まれ、弟子の北島三郎(80)、鳥羽一郎ら歌手、関係者ら1500人が参列した。
     舟木一夫(72)は、船村氏に怒られ、歌手引退を思いとどまった思い出を語った。
     30歳のころ、歌手を辞め田舎に帰ろうと思い、荷物をまとめていると船村氏から電話がかかってきた。「辞めると聞いた。辞めるのは勝手だが、君のために書いた『夕笛』は誰が歌うんだ」。引き留めるどころか怒られたという。
     「キツイこと言う人だなと思った」というが、その言葉で「歌を歌うということは、そういう深いこと。作品を大事に歌おう」と考え直し、辞めることをとどまったことを明かした。
     船村氏が作曲した「夕笛」(1967年)は舟木の代表曲となっている。


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    舟木一夫「やんちゃ坊主の典型のような方だった」…船村徹さん通夜

    2017年2月22日20時9分  スポーツ報知

    歌手の舟木一夫(72)が22日、16日に心不全のため死去した作曲家・船村徹さん(享年84)の通夜に参列した。
     舟木一夫「突然という印象が拭えない。やんちゃ坊主の典型のような方だった。大好きな人。ああいう時代にしか出てこない、暴れん坊の性格だった。歌手を辞めようと思った時があったが、辞めるのは君の勝手だけど『夕笛』(1967年)という曲は誰が歌うんだと言われ、その一点でここまでやって来た。心身共にお疲れさまと伝えました」


    弔問した舟木一夫と山川豊

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    歌通じ日本の心紡ぐ」=船村徹さんに最後の別れ

    2017/2/23 13:42  時事通信社

    16日に84歳で死去した作曲家の船村徹さんの葬儀が23日、東京都文京区の護国寺桂昌殿で営まれた。
     船村さんと同じ栃木県出身で、葬儀委員長を務めた新井良亮ルミネ社長は「さまざまな歌を通じて日本の心を紡いでこられた。戦後、多くの地方から出てきた人に夢や希望や元気を与えていただいた。大きな音楽界の巨星が逝った」と故人をしのんだ。
     弟子を代表して弔辞を読んだ歌手の鳥羽一郎さんは「男の生き方、考え方を全部教えてもらいました。先生は世界一のおやじです。自分の神様です。俺は生涯、おやじと一緒に歌っていきます。そう覚悟を決めました。おやじ、それでいいんですよね」と振り絞るように遺影に語り掛けた。
     祭壇には愛用のギターなどが飾られ、「王将」「別れの一本杉」など代表曲が生演奏で流された。

    作曲家の船村徹さんの告別式で、参列者らによって運び出されるひつぎ=23日午後、東京都文京区の護国寺


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    デイリースポーツオンライン
    https://www.daily.co.jp/gossip/2017/02/23/0009940354.shtml

    船村徹さん 告別式に芸能人ら800人参列 鳥羽一郎「おやじの魂は俺の体に」


    16日に心不全のため亡くなった作曲家・船村徹さん(享年84)の葬儀・告別式が23日、東京・護国寺でしめやかに営まれた。
     弟子の鳥羽一郎(64)や、舟木一夫(72)、伍代夏子(55)、大月みやこ(70)、なべおさみ(77)ら800人が参列。船村作品76曲を歌った鳥羽が、弔辞をささげ、「男の生き方、考え方を全部教えてもらいました。先生は世界一のおやじです。自分の神様です。俺はおやじの不肖の息子です」と声を張り上げて感謝。「2月16日、おやじの魂は俺の体に入りました。俺は生涯、おやじと一緒に歌っていきます。覚悟を決めました」と“永遠の約束”を交わした。
     船村さんが眠るひつぎには、仕事のため参列できなかった北島三郎(80)からの手紙や愛用の帽子、大好きだった酢などが納められた。出棺の際には鳥羽、舟木、なべらがひつぎを運びながら、船村さん作曲で鳥羽が1995年に発表した「師匠(おやじ)」を合唱して、天国へと送り出した。

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    こちらでは動画が紹介されています。舟木さんも少し…

    作曲家 船村徹さんの告別式

    2月23日 13時40分

    「王将」や「矢切の渡し」などのヒット曲を手がけた作曲家で、今月16日に亡くなった船村徹さんの告別式が23日、東京都内で営まれ、生前親しかった歌手や芸能関係者などが参列して別れを惜しみました。

    去年、文化勲章を受章した船村徹さんは、「王将」や「兄弟船」、「矢切の渡し」などのヒット曲で知られ、5500を超える曲を手がけてきましたが、今月16日、心不全のため84歳で亡くなりました。
    告別式は23日午前11時から東京・文京区の寺で営まれ、生前親しかった歌手や芸能関係者など、およそ800人が参列しました。
    故郷の栃木県にある雪をかぶった日光連山をイメージして、花で飾られた祭壇に笑顔の写真が置かれ、祭壇の上のほうには船村さんが作曲した、美空ひばりさんの「みだれ髪」の歌いだしの音符も飾られています。
    式では「兄弟船」でデビューした歌手の鳥羽一郎さんが弔辞を読み上げ、「内弟子3年、その後も男の生き方、考え方を全部教えてもらいました。先生は世界一のおやじです。自分の神様です。76曲もおやじの曲をもらい、いちばんいい歌をいただいた。それが俺の宝です」などと話していました。
    会場では船村さんが作曲した曲が流れる中、大勢の人たちが焼香を行い、船村さんとの別れを惜しんでいました。



    船村先生の「夕笛」



    夕笛 舟木一夫 さん



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    先生ありがとうございまいした。心からご冥福をお祈りします。合掌


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    新聞記事


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    舟友さんからホットな情報をいただきました。行かれる方スケジュールノートに加えてくださいね。

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    船村先生がお亡くなりになって早くも1週間が過ぎてしまいました。深い悲しみに包まれたこの一週間でしたが、初七日も終わり、気持ちをきりかえて、これからも先生の遺された数々の作品を聴いて、先生の偉業を偲んでいきたいです。

    そして、明るいニュースも…。皆さん、もうご存知かと思いますが、村木弾さんの新曲が4月にリリースされます。

    作曲はもちろん船村先生、そして第一弾と同じく、作詩は舟木さんです。
    この曲が、先生の最後の作品となったそうです。村木さんへの先生からの最高のプレゼントであり、これからの歌い手としての厳しい道のりへの激励の作品となることでしょうね。



    日本コロムビア HP  リリース情報 より
    http://columbia.jp/murakidan/info.html

    Newシングル「都会のカラス」2017/4/19発売
    作曲家・船村徹が生涯最後に遺した曲、それは自身の最後の内弟子に遺した曲でした。
    2017年2月16日に永眠した、戦後を代表する作曲家・船村徹。 彼の最後の内弟子・村木弾のデビュー第2弾シングルは、偶然にも船村徹がこの世を去った翌日にレコーディングが行われました。
    スタジオには作詩の舟木一夫、船村の長男で編曲家の蔦将包が立ち会い、船村徹が最後の魂を込めた楽曲「都会のカラス」が完成しました。

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    2017/4/19発売
    「都会のカラス」
    作詩:舟木一夫 / 作曲:船村徹 / 編曲:蔦将包
    CD:COCA-17291 / MT:COSA-2334 ¥1,204+税

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    いつも心で泣いていた 戦後歌謡史を彩った作曲家・船村徹さんを悼む

    その訃報に、まだぼうぜんとしている。戦後歌謡史を彩った作曲家の船村徹さんが逝った。享年84。<酒は友 音楽は母>の思いを貫き、いつも心の中で泣いていた人であった。【鈴木琢磨】 
     
     
    津波に耐えた「ひばり像」に涙 北島三郎さんが紅白「卒業」を相談 演歌づくり「難しくなった」
     2015年の師走のことである。大みそかのNHK紅白歌合戦に山内恵介さん、三山ひろしさんのフレッシュ演歌歌手2人が初出場するとあって、久しぶりに演歌界に光が差していた。ここは大御所の思いを聞いてみたい、と船村さんを故郷の栃木に訪ねたのだった。宇都宮市内のホテルの一室でお会いした。少し痩せておられたが、お元気そうで、インタビュー中、葉巻から紫煙が上っていた。
     「日本人の心に響く演歌は時代が変わっても不滅だと思いますよ。ただ危惧はしている。北原白秋にしても、私が晩年に一緒に仕事をした西条八十(やそ)にしても、日本の古典をよく勉強し、ずば抜けた国語力がありました。近ごろの日本の歌にはその力が欠けている。それにリズム重視で、メロディーもおろそかで」。そしてため息をつき、どうしようもない悲しみを語った。「美空ひばりもいない、(作詞家の)星野哲郎もいない。すし屋なら、さしずめマグロがないような……。寂しいんだ。彼女らが亡くなってからまだ100年も過ぎていないのに、すごく遠く感じるんです」
     「あの岬で、ひばりが歌っているよ」と耳にし、私が福島県いわき市に足を運んだのは11年の東日本大震災の直後だった。大津波にのみこまれた海岸沿いの集落は見渡すかぎりのがれき、潮騒と重機のうなり声が響くだけ。でも、耳を澄ませば、美空ひばりさんの歌声が聞こえてくる。塩屋埼灯台のそばに建つ「みだれ髪」の歌が流れる歌碑とひばりさんの像は、大津波にさらわれずに残ったのだ。
     ♪春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋……。歌の舞台が塩屋の岬であり、船村・星野コンビの名曲である。前年に星野さんは他界していた。私は奇跡のひばり像のことを知らせたく、船村さんに電話した。
     「いわき、そう口にするだけで、泣けてくるんです。海も山も、すべてが僕にとっては演歌でした。アリーナにヨットとクルーザーを預けていたんですが、すべて流されました。あれだけの津波でひばり像が残ったのはうそのようです。戦後、そしてこれからの震災後、ひばりさんの歌はずっと、ずっと日本人の力になる。きっとなる。そのための奇跡が起きたと信じています」。受話器の向こうで本当に泣いていた。はなをすする音がはっきりと聞こえた。
     波音にかき消されることなく、いつしか岬のひばりは2曲目を歌っていた。「みだれ髪」のB面「塩屋崎(みさき)」。同じく船村・星野コンビの作品である。
     ♪つよくなろうと つぶやいた そんな自分が 可愛くて
     ♪負けちゃだめよと ささやいた ひとり自分に うなずいた……。岬からの帰途、船村さんなじみの小料理屋に寄った。ご主人は熱烈な船村演歌ファン。船村さんはのれんをくぐっては、常磐沖のメヒカリやアナゴで一杯やり、色紙を残していた。<酒は友 音楽は母>であったり、<背戸山に泣く木枯らしの声もわたしにとっては演歌であった>であったり。背戸山はいわきの北部にある。作曲家なのにしたためる言葉はまるで詩人のそれである。
     さて、再び宇都宮でのインタビュー。尊敬すべき飲んべえの大先輩はニヤリとしてこう言った。夕方6時である。「もういいだろ、続きはゆっくり……」。誘われたのはホテル内にある中華料理店。元歌手で妻の福田佳子さんも一緒だった。紹興酒をやりながら、特製エビチリをつまんだが、演歌界とっておきの裏話が私には何よりのごちそうである。「北島三郎君が紅白を卒業したでしょ。若い子ばかりになり、ついていけないって気持ちになったんだろうな。私に相談があって『これからは自分らしく、納得いく歌手生活を送れよ』と言ったら、踏ん切りがついたようだったね」
     関西弁で通す「なんちゃって東京人」を自称する私を大層面白がってくれた。「それでいいんだ。地方創生なんて言っていますが、古里のなまりが消えていっている。私は栃木弁で通していますが、青森駅で東京の標準語を聞くような案配ですから。私にとって日本の原風景は、手ぬぐいをかぶり、かごをしょって歩く母の姿。夕暮れ、家から煙が上り、ご飯の匂いが漂ってくる。戦後70年、そんな風景は遠のきましたが、心の中にずっと残っています」
     ほろ酔いのせいなのか、船村さんが涙ぐんでいる。「来年(16年)で亡くなって60年になるんだよ……」。作詞家、高野公男さん(享年26)のことだった。音楽学校で巡り合った2歳上の盟友で、このコンビで生まれた春日八郎さんの「別れの一本杉」が最初の大ヒットになる。「おれは茨城弁で詞を書く。おまえは栃木弁で作曲しろ」。高野さんの言葉を胸に刻み、日本人の情感をくすぐる「船村メロディー」ができていく。その男の友情は終生続き、毎年、自身の誕生日に日の目を見なかった歌に感謝するとともに、高野さんをしのぶ「歌供養」を開いてきた。
     歌は世につれ、世は歌につれ--。演歌が再びブームの兆しを見せているとはいえ、大御所には我慢ならない昨今の演歌界でもあった。チクッと批判を忘れなかった。「歌手もビジュアルばかり追えば、3カ月で消えますよ。ティッシュみたいな使い捨てでね。歌にもっともっと奥行きを出さないといけないんだ」。そして、少し間をおき、こう続けるのだった。「演歌づくりはね、昔の百倍、千倍難しくなったよ」。80歳を過ぎてなお現役、5500曲を超える作品を生みだしてきた作曲家にしてもだえ苦しんでいた。
     テーブルの端っこに礼儀正しい男がいた。聞けば、船村さん最後の内弟子で、秋田生まれの元とび職。歌手への思い断ちがたく、12年半もの間、運転手をはじめ身の回りの世話をしているらしい。「もうすぐデビューするんだ。芸名は村木弾(だん)。私と舟木一夫君の名前から1字ずつ取ってね」。息子の旅立ちを見送る親のように目を細めた。村木さんは、たった一言。「よろしくお願いいたします」。誰もがすぐアイドルになれる時代、歯をくいしばって、はるか遠いスポットライトを目指す、そうした生き方そのものが歌声ににじみ、それこそが演歌の隠し味になる。
     その村木さん歌う「都会のカラス」(作詞・舟木一夫)が船村さんの遺作になった。亡くなる3日前、自宅で仕上げのレッスンをし、村木さんに言った。「あとはおまえ次第だからな」


    「歌にもっともっと奥行きを出さないといけない」と語る船村徹さん=2015年12月

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    24日付毎日新聞掲載 広告より

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    JIJIPRESS/時事通信芸能動画ニュース
    村木弾、恩師を前に熱唱  「ござる~GOZARU~」
    https://youtu.be/PBFj3XZfTsI



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    大阪新歌舞伎座シアターコンサート  26日(日)~28日火)

    1月28日の新橋演舞場に続いてのシアター・コンサートです。

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    私は、風邪をこじらせて気管支炎にかかってしまい、大宮ソニックシティから帰ってからは、家事とほん近くのスーパ―に出かける以外は外出もせず安静状態にしていますので、電車に乗っての遠出は不安もありますが、27日に拝見しようと思っています。それにしても舟木さんは本当にお元気ですね。船村先生のご逝去で、悲しく辛い想いをなさっているとお察ししていますが、いつものように笑顔で爽やかなステージを届けてくださることと思います。

    私が、最初に舟木さんをステキ!と意識したのは、「高校三年生」「学園広場」という学園ものではなく、「恋に恋する」想いを歌った「まだ見ぬ君を恋うる歌」でした。1964年6月発売。

    まだみぬ君を恋うる歌


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    娘の手作り クランベリー&アーモンド の米粉クッキー
    ベリー系のフルーツ好きの私のために作ってくれました。
    風邪で味覚がすっかり鈍くなっていましたが、ちょっとずつ回復してきたので
    紅茶と一緒に、とっても美味しくいただきました。

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    本日初日、新歌舞伎座シアターコンサート「お出迎え」の模様
    舟友さんたちからちょうだいしました
    皆さま、長時間、舟木さんの到着をお待ちになられてのナイスショット!
    いつも本当に感謝です。
    本日も、とっても若々しく、ステキな舟木さんですね。


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    「満員御礼」の垂れ幕と舟友さんのプレゼントの花束。昼は、立見も出ていました。

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    私は、開演ギリギリに到着しました。昼の部と夜の途中まで拝見しました。
    二部の学園広場では、ワンコーラス目を客席全員で合唱。
    二部のアンコール「吉野木挽唄」から「絶唱」に入るとき、舟木さんの若い頃の声で「小雪~ぃ!」
    1月28日の新橋演舞場のシアターコンサートからさらに進化した嬉しい演出となっていました。

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    本日も舟友さんたちから「お出迎え」の模様のお写真をちょうだいしました。
    早朝から、長時間、舟木さんの楽屋入りを待ってくださってのお骨折り、本当にありがたいことです。


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    新歌舞伎座でのシアターコンサート「千秋楽」も大盛況だったようです。
    舟友の皆さんから、本日もナイスショットをちょうだいしました。
    舟友の皆さん、連日、本当にありがとうございました。
    3日間の「満員御礼」ということも、舟木さんの表情をよりやわらかにしているのかもしれませんね。


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    舟友さんからちょうだいした「お出迎え」のナイスショット、その2です。
    舟友さん、いつもありがとうございます。
    新歌舞伎座の3日間、4ステージ、舟木さん、お疲れ様でした。


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    新歌舞伎座のシアターコンサート3日間は、天候にも恵まれ春らしいお日和で良かったですね。

    私は、お正月過ぎからずっと風邪気味で、とくに2月は、気管支炎でひどい咳に悩まされてました。コンサート中に、咳が出ては周囲のお客さんにもご迷惑をおかけしますし、予定していた新歌舞伎座のシアターコンサートは、あきらめないとダメかな…と思っていましたが、なんとか行きたいと思って、あの手この手で試行錯誤、やっと身体に合った漢方薬を見つけて咳が緩和されて、コンサート中は全く咳が出ることなく無事に拝見できて、ホッとしています。でも、気管支炎は、炎症が残るので、まだまだ完治するには時間がかかりそうです。3月6日に病院で6回目の検査(血液/レントゲン/CT)をしてもらって、良い結果が出れば、病院通いも終了。そんなこんなで、今年は例年より、ずっと「春」が、待ち遠しく感じ、彌生三月の声をきいて、徐々に気持ちも、明るくなってきています。

    通院している市民病院の前の梅。まだ咲き初めです。


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    舟木さんがデビューされた1963年12月号の「女学生の友」

    表紙は高石かつ枝さん

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    色々、舟木さん関連の記事が掲載されていますが、本日は小さなコラムを…

    右下のマークをクリックして拡大すると読みやすいです。

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    少女 舟木一夫 さん
    https://youtu.be/i77y8CHaBX4


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    舟木さんファンなら、皆さんよくご存じの「青春の軌跡 Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ」。2000年にVHSで発売されていますので既にご覧になっている方もたくさんいらっしゃると思います。今回、55周年を記念して、DVDで発売されるそうです。「知る人ぞ知る」お宝映像も収録されていて、まだご覧になっていない方には嬉しい情報ですね。


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    芸能生活55周年記念 そのキャリアを映像で伝える「青春の軌跡 Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ」初DVD化!
    2017年4月26日(水)発売

    「青春の軌跡」シリーズ映像は、2000年にVHS商品で発売された同映像商品の初DVD化です。ファンからは長くDVD化を求める声が大変多かった、ニュース映像やTV放送映像を中心にその歴史をまとめたオムニバス作品です。

    収録情報

    <収録内容>
    「紅白歌合戦」「スポニチニュース」「コンサート映像」等
    <収録予定曲目>
    「高校三年生」「修学旅行」「学園広場」「仲間たち」「あゝ青春の胸の血は」「君たちがいて僕がいた」「まだ見ぬ君を恋うる歌」「花咲く乙女たち」「東京は恋する」「北国の街」「火消し若衆」「はやぶさの歌」「あゝりんどうの花咲けど」「高原のお嬢さん」「銭形平次」「友を送る歌」「太陽にヤァ」「哀愁の夜」「雨の中に消えて」「絶唱」「その人は昔」

    以上芽瑠璃堂のHPよりの情報



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    amazon  webサイト でも 予約受付中!


    いずれも、まだジャケットはアップされていませんので、2000年に発売されたVHSのジャケットを…

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    Ⅰ:昭和38年から42年
    Ⅱ:昭和42年から46年
    Ⅲ:昭和46年から平成11年


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