夕笛 1967年9月23日公開 監督:西河克己 脚本:星川清司/智頭好夫
映画も歌も、私にとってのベスト・ワンは、「絶唱」であり、中学生の頃に、舟木一夫という人のイメージを「絶唱」の主人公である園田順吉と重ね合わせたところから、今に、こうしてつながっている、いわば原点というべき作品です。
それと比べると、「絶唱」と並ぶほどの舟木さんの代表作「夕笛」については、歌はもちろん記憶にあるのですが、この歌が映画化されていたことは、すっかり忘れていました。というよりも、当時からこの映画にはあまり関心がなかったからかも知れません。劇場公開された時のことも申し訳ないほど、全く覚えていないという情けなさ…。
ところが、「夕笛」と同時上映だった吉永小百合さんが太宰治の遺児に扮する「斜陽のおもかげ」(原作:太田治子)は、「観たい!」と思っていた記憶があるので、この頃の私の興味は、どうやら文学関連のものだったらしいです…
なにせ、リアルタイムで観た舟木さんの映画は「北国の街」「絶唱」の二作品だけという私ですから「夕笛」も3年ほど前に、DVDで初めて観ました。観たことは観たのですが、正直なところ、この作品は松原智恵子という女優さん主演のメロドラマという印象の方が強くて、しかも美貌のヒロインがあまりにも運命に翻弄されていく様にしっかり人生経験を積んでから観たということも重なって、昭和27年生まれの私としては、いささか違和感というかピンと来ないものを感じました。今回、そういう印象を払拭できる何かを探そうと、続けてDVDを3回も、見直してみました。
手元にある「別冊・近代映画 1967年10月号」に掲載されている資料(文/写真)を参考にしつつ、私個人の感想なども、ちょこっと織り込んで、あらためて「夕笛」について記してみたいと思います。かなり長くなりそうなので、何回かに分けて「連載」という形にします。
先ずは、「その1」では、資料として舟木さんが語っている形式の「撮影日記」にそって…
「夕笛撮影日記/舟木一夫
雄作とともに歩んだ1か月」
●公衆の面前でラブ・シーン?
明治記念館のスチール・ロケでは、おりから二組の結婚式にぶつかり、大ぜいの見物人でガタブル。
○月×日
僕のやりたかった「夕笛」の映画製作記者会見が、日活ホテルのシルバー・ルームで行われた。相手役は「学園広場」「仲間たち」で共演した松原智恵子さん、三年ぶりの映画での共演だ。しかしテレビでは、「山のかなたに」「あいつと私」などで共演しているのでまんざら長いブランクはなく、気心は知れわたっていると思う。
思い出してみると、「仲間たち」の撮影中、ふたりでなにかのカケをしたことがあった。結果は僕の負け、食事をおごる
ことになり、京王多摩川にあるお好み焼き屋さんへ行ったことがある。チーコはそのとき、六枚をペロリとたいらげ、こ
のときはじめて、彼女の大食漢ぶりに恐れをなした。
記者会見には、日活のスタッフと、コロムビア関係の人たちで、百名近いジャーナル関係者に囲まれて行われた。一番多く集まった質問は「”絶唱”とどうですか?」ということですが、僕の答えは「いい意味で”絶唱”を意識します」とお答えしたが、考えるのに「絶唱」は少年期、「夕笛」は青年期と思っている。一歩一歩前進しているように、自分では判断しているのだ。
「夕笛」は初恋がヒントで、お下げ髪のあう、やさしい感じの人のことが思い出される。
「夕笛」は初恋がヒントで、お下げ髪のあう、やさしい感じの人のことが思い出される。
クランク・インは七月十二日からはじまるので、その前に、五月以来の久しぶりの休日を貰って、バカンス旅行に仲間たちと出かけて行く。
○月×日
なにもかも忘れたバカンス旅行は大変楽しいものだった。自然を相手に大勝負といっても、そんな大げさなものではないが、泳いだり、釣りを楽しんだり、登山をしたり、海に山にと思い切り駆け巡る楽しさは、忘れることのできないものだ。
宣伝スチールを午後一時から、明治記念館の庭園で行う。
かすりの着物にハカマ、腰に破れ手ぬぐいに、旧制高校の帽子、全くバンカラ・スタイル。チーコも同じく白ガスリの着物にお下げ髪で、良家の令嬢のよそおい。
天候は大変な暑さで、紺ガスリだと暑さが一段と感じられ、すぐに汗びっしょりになる。
こんな暑さの中で、報道関係のかたがた三十人余りに囲まれてのスチールは、僕の苦手のラブ・シーンがほとんどだ。
ちょうどこの時、結婚式を挙げている人が二組あり、花婿、花嫁、列席者が入り乱れての見物客で、庭園は大混乱をきたした。
見物客を意識するとなおさら、顔が赤くなり、ステージ、テレビなどで上がったことのない僕が、自分でも気づくくらいにどんどん上がって行く。そうすると、顔の表情が悪いといってN・Gが出てやりなおしということになる。二時間の宣伝スチールはひや汗ものでやっとすませた。
そのあとは、「夕笛」の宣伝関係の雑誌の仕事。午後三時にホテル・オータニに着く。西河先生以下、スタッフの人たちとクランク・インを明後日にひかえて、衣装合わせや、撮影日程の打ち合わせをする。話しは、雄作のイメージ作りに焦点が集まったが、各々が思い思いの意見をのべていた。
みなさんが、この作品をよくしようとする気がまえが、ここではまざまざと見せつけられた。
みなさんが、この作品をよくしようとする気がまえが、ここではまざまざと見せつけられた。
夜の仕事はなにもなく、久しぶりに早く帰宅ができた。レコードを聞きながら、思いついたことをメモしながら、そのひとときを楽しく過ごした。最近は、暇なときにはたいがい、詩を書いたりすることが多くなった。ゲーテ、ニーチェなどの詩集も読むし、いろいろと吸収しようとする意欲に燃えている。そのうち、たくさんできたら、”舟木一夫詩集”でも発行したいな?
月刊誌とか週刊誌などの表紙などを飾ったお二人のツーショット。当時は週刊誌が70円だったんですね
●美しかった若狭の海の夕景!
やがて沈まんとする日本海の太陽の美しさは、彼の生涯で忘れることが出来ない思い出だという!
○月×日
クランク・インの日。早朝より雲ひとつない絶好のロケ日より。
第一日目は、大学構内のシーン、場所は都下の東京農工大学。
学校帰りの僕と、教授とのディスカッションの場面の撮影。八時開始だというのに、早く目がさめ七時ごろロケ現場に着く。自分でも不思議なくらい緊張しているためだろう。この作品にかける僕の気持ちがあらわれているのか…。
← このシーンかな?
午前中でロケーションは終わったが、そのあとテレビ局に入る。日本テレビのスタジオで「ゴールデン・ショー」のビデオ撮り。「夕笛」特集で、ゲストに松原智恵子さんを迎えてのスタジオ撮り。
本篇で着用する着物を身につけての大奮闘といったところ。
チーコは、普段はきつけないロング・スカートならぬ、ハカマをはいているせいか歩きづらくなったのか、本番中にたびたびハカマが足に引っかかり、ころびそうになることがあった。そのたびに、N・Gが出てチーコは真っ赤な顔をしていた。カラー放送だから、画面にもハッキリわかったのではないかと思われた。
本篇で着用する着物を身につけての大奮闘といったところ。
チーコは、普段はきつけないロング・スカートならぬ、ハカマをはいているせいか歩きづらくなったのか、本番中にたびたびハカマが足に引っかかり、ころびそうになることがあった。そのたびに、N・Gが出てチーコは真っ赤な顔をしていた。カラー放送だから、画面にもハッキリわかったのではないかと思われた。
午後十一時には帰宅でき、父、母たちと久しぶりに談笑をする。おもな話題はやはり「夕笛」のことが中心になる。床に入るのがなにやかやで午前一時になった。明日は敦賀、彦根ロケに出発する。
○月×日
早朝六時五分の”こだま号”でロケ隊は出発する。四時半には起床するという強行軍で、いささかきつい感じもする。東京を出てからすぐ眠りについた。米原には、七時十八分に着き、そこからロケバスで一時間半の道のりで敦賀に着く。
若狭湾を一望に眺められる美しい景色のもとでのロケが始まる。美浜駅、付近の山頂、燈台での夕景と順調にロケは進む。
水平線に沈む太陽が、水面に真っ赤な光を照らす景色は東京では見られない。
スタッフ一同「ヒャーッ!」と感嘆の声を出すほどの美しさであった。
撮影終了後、美浜海岸で水泳を楽しむ。日本海は土用波がたち、クラゲが非常に多いと聞いているので注意しながら泳ぐ。チーコも一緒に水泳を楽しむ。チーコはやっとこ十五メートルほど泳げるようになったとか?ここでいささか泳ぎに自信を持つ僕が、コーチ役を買って出た。
夜の海は、どことなくうす気味の悪いものではあるが、それには変えられない楽しさがある。
午後九時に遅い夕食をする。夕食後、ロケ取材に来ている雑誌社の人たちと得意の麻雀とあいなった。麻雀歴は、そんなに古くはないが、それでもそうとうの自信がついた僕には、今やまったく恐ろしさを知らないほどだ。僕の大勝に終わる。午前一時には床につく、明日の予定の検討をしているうちにいつのまにか、ふかい眠りに落ちていた。
●太陽とかくれんぼのロケ隊!
ロケで一番の主役は舟木クンでも、松原さんでもない。おてんとう様があってこそ、撮影ができる。
ロケで一番の主役は舟木クンでも、松原さんでもない。おてんとう様があってこそ、撮影ができる。
○月×日
七時出発のロケ。二時間ばかりバスにゆられて、越前海岸へ着いたのが九時。真夏のシーンなのでピーカン狙い。しかし、出発時には晴れていた空も、現場に着くにしたがって雲が出てくる。現場では一時待機になる。その間、西河先生からリハーサルの声がかかる。僕とチーコが先生を挟んでのリハーサルは、手をとるように教えていただき、大変な勉強になる。
リハーサルが段々と興に乗るころになると、太陽が雲の間から顔をのぞかせる。準備にとりかかるとまた、太陽が雲にかくれ、なにか太陽とかくれんぼをしてるみたい。やっとワン・カット回りだしたのが十一時過ぎ。たったの三カットで昼食休みになる。
海岸の岩場でのロケ弁当は、ロケ隊五十人が一堂に会しての大宴会で、大変楽しいものだ。昼食後は、雑誌の仕事で、海の中に入ったり、石投げ、その他いろいろなポーズで撮り終える。
西河監督は首にタオルをかけて、後ろの松原さんは団扇を手に…暑そう!
午後一時に再び開始される。昼食の時は、ピーカンであった天候も、開始とともにまた雲の中に太陽が隠れてしまう。また。太陽とのかくれんぼ。とかくこの世の中はうまくいかないものである。
あまり成績の上がらない越前海岸を三時にたち、三方(福井県)にロケ現場を移動し、漁船の上にカメラをのせて、海岸べりの二人のラブ・シーンを夕景でおさめる。撮影終了が七時。
「夕笛」の中で、私が一番好きな場面です ↓
旅館に帰ってからは、西河先生から昔の旧制高校生の話を聞く。バンカラの学生生活を昔は誇りとしていた話や、青春というものは、このように過ごしたなど、学生気質の話をおもしろく、おかしく聞かせていただいた。僕たちが中学、高校で体験した学生生活とはまたちがう楽しさというものを聞かせていただいた。まさに、良き時代の良き学生生活というべきか…
もっとも僕のばあい、高校の三年生で芸能界へ首をつっこみ、学校へ通いながら歌のレッスンを続けた者には旧制高校(今の大学)の学生生活など想像する以外、手がない。役の上にも大変役立つことになるだろう。
○月×日
昨日と同じように七時出発のロケ。横浜(福井県)部落の正光寺がロケ現場、無銭旅行の我々が一夜の宿として泊めてもらうお寺の設定。
ファンの方が富山県のほうからも見物に来ていると聞いてビックリ。ファンの方は本当にありがたいと思う。近郊からも見物人が出て、お寺の境内は、ファンの数、二百人で芋の子を洗うよう。これだけの人が集まれば、整理に大変。一人しかいない田舎の駐在所のお巡りさんも汗だくで整理に大わらわ。この村では事件らしいものが起こったことがない平穏無事なところらしいので、こんなに忙しくなったのは、はじめてと、目を白黒させながら整理にはげんでいた。
ファンの方が富山県のほうからも見物に来ていると聞いてビックリ。ファンの方は本当にありがたいと思う。近郊からも見物人が出て、お寺の境内は、ファンの数、二百人で芋の子を洗うよう。これだけの人が集まれば、整理に大変。一人しかいない田舎の駐在所のお巡りさんも汗だくで整理に大わらわ。この村では事件らしいものが起こったことがない平穏無事なところらしいので、こんなに忙しくなったのは、はじめてと、目を白黒させながら整理にはげんでいた。
午前中にどうにか、お寺のシーンは撮り終えて、午後から越前海岸に移動する。昨日の因縁つきのロケ現場と聞いて、全員気乗りしなかったが、その予想をくつがえすように大変なピーカンになっていた。順調に撮影は進んでいった。ここで「チーコは裸になるんだって」という言葉を聞かされた。それは大変とばかり、カメラの列は今度は逆にチーコの方へ焦点が合わされる。ところがそれは、タイツ姿のチーコであった。みんなはガッカリ。
スクリーンでは、チーコ演ずる若菜が裸で泳いでいるというシーンの設定で、泳ぐところはヌード・モデルを吹き替えに使った。ただ水から上がってくるところだけを、タイツをはいたチーコが出てくることになる。カメラマンはゲンキンなもので、それが違うとなると全然そっぽを向いてしまう。
因縁つきの越前ロケも無事に終わり、七時ごろ敦賀をたち、彦根に向かう。日本海を後に、琵琶湖の見える彦根までの道のりは二時間。快適なドライブコースをぶっ飛ばす車は、井伊大老で有名な彦根城を目の前にしながら静かな街に入って行く。
~「その2」につづきます~