前日に降っていた雨もすっかり回復して、晴天の一日でした。名古屋から東京へ向かう新幹線の窓から見える富士山も雲はかかっていましたが、すそ野までくっきりと姿をあらわしていました。
♪ 頭を雲の上に出し ♪
東京タワーを背にした増上寺
私は、品川で下車して、山手線乗り換えで浜松町へ。会場のメルパルクに到着したのが10時半頃でした。楽屋口には既に100人近いファンの方が並んでいらっしゃいました。その後も、どんどんお出迎えの方の数が増えていって11時20分くらいに舟木さんが到着なさった頃には百数十人にはなっていたようなカンジでした。東京のみでの開催なので、コアなファンの皆さんが、早朝から大集合!ということだったのでしょうか、時間的には、舟木さんは割と早く到着されたように思いますが、ファンの列は、早い時間からかなり長かったかな?
お出迎えの模様は、舟友のkazuyanさんが、バッチリ、素晴らしいカメラワークでとらえて下さっています。下記をご覧くださいね。
メルパルク東京「お出迎え」の模様 続報 舟友さん撮影
http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70809313.html
http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70809313.html
2015 「ー風 アダルトに」11月3日 メルパルク東京
日本の名曲たち~海・波止場・マドロス…
では、いつものように舟木さんのトークを含めて、コンサートの模様をご報告します。
一回目(14時開演)をメインに、二回目(17時半開演)のトークもちょこっと…
(舟木さんのトーク部分はピンク文字です)
一回目(14時開演)をメインに、二回目(17時半開演)のトークもちょこっと…
(舟木さんのトーク部分はピンク文字です)
プレゼントタイムトーク ~ 開演前幕前で、約5分余りプレゼントを受け取りながらのお喋り
シャツは背中部分が黒、前身ごろと袖は深い群青色に見える光沢のある素材にジーンズ
そういえば知らなかったんですがカレンダーが今日発売されてますが…洋服で撮るより気をつかいますね。僕は着なれてますからいいんですがカメラマンの方は…
私服ばかりでカレンダーをつくると色合いとか季節感がいりますから…7月8月は紗物、絽物ですからいいんですが、6月9月は一重だとかある種厳密な季節感の限定というのがありますからそのへんが逆に楽しみ…お芝居なんかだと「月形」みたいに紗物から幅広く着られるものはあまりないんですが…6月9月は芝居の中では気をつかいます。
芝居は時間経過のはげしいのとそうでないのがあってアタマから四日間とかそうかと思うと20年後というのがあって…
芝居は時間経過のはげしいのとそうでないのがあってアタマから四日間とかそうかと思うと20年後というのがあって…
考えようによっちゃ着物の方が洋服より季節感が厳密だということがわかりますが…
さあもう今回の直しがすっかり終わって12月公演も稽古を待っばかりということになりましたが(拍手) 「重いとか涙っぽい」とかひとつもありませんし中身を説明しろと言ってもできません(笑)
観たらまちがいなく笑えるノーテンキな芝居です。稽古を楽しみにしてますが…ただひとつ心配なのは与一さんと立ち回りがある…動けるのかな…変なヤツばかり出てくる、まともなヤツはひとりぐらいしか出てこない(笑)
観たらまちがいなく笑えるノーテンキな芝居です。稽古を楽しみにしてますが…ただひとつ心配なのは与一さんと立ち回りがある…動けるのかな…変なヤツばかり出てくる、まともなヤツはひとりぐらいしか出てこない(笑)
勝小吉という人の半世紀をやろうなんてサラサラありません。「巷談」ですから…それではちょっと70分ほど(笑)
二回目は…
2回目です。後半は(1回目のことをふまえて)、何なんだ?!って(笑)…あまり聞覚えのない、割とよく似た曲が続いたので、聴いてるとわからなくなりますと何度もおっしゃってましたのでネ…歌い手は、結構楽しいんですが、聴いてる方は結構、迷惑…(笑)
この歌が、「ルーツ」だっていうのは、歌ってお聞かせするのが一番分り易い…二回目も、着物姿の来年のカレンダーの話題をなさってました…初めてかもしれないですね。和服だけのカレンダーって
この歌が、「ルーツ」だっていうのは、歌ってお聞かせするのが一番分り易い…二回目も、着物姿の来年のカレンダーの話題をなさってました…初めてかもしれないですね。和服だけのカレンダーって
いうのは。最近は反物が、昔みたいに種類がなくなりましたから…宮古上布、友禅など織物、染物のお話などされてました。
日本の名曲たち~海・波止場・マドロス…
淡いグレー系スリーピースに黒のシャツ、モノトーンのポケットチーフ
~オープニング
よこはまたそがれ 作詩:山口洋子 作曲:平尾昌晃
(1971年 原曲:五木ひろし)
よこはま たそがれ
ホテルの小部屋
くちづけ 残り香 煙草のけむり
ブルース 口笛 女の涙
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もう帰らない
ホテルの小部屋
くちづけ 残り香 煙草のけむり
ブルース 口笛 女の涙
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もう帰らない
裏町 スナック
酔えないお酒
ゆきずり 嘘つき 気まぐれ男
あてない 恋唄 流しのギター
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうよその人
酔えないお酒
ゆきずり 嘘つき 気まぐれ男
あてない 恋唄 流しのギター
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうよその人
木枯し 想い出
グレーのコート
あきらめ 水色 つめたい夜明け
海鳴り 燈台 一羽のかもめ
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうおしまいね
グレーのコート
あきらめ 水色 つめたい夜明け
海鳴り 燈台 一羽のかもめ
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうおしまいね
ここのところ「ふれコン、ラブコン」はテーマを絞ってやってみてるんですが、それなりに間口を広くやるようにしてるんですが、いろんな名曲を手探りしてやってると避けて通れないのがある…旅とか花とか…今回は「海とか港」とかやってみますので楽しんでください。
長崎から船に乗って 作詩:山口洋子 作曲:平尾昌晃
(1971年 原曲:五木ひろし)
長崎から船に乗って 神戸に着いた
ここは港まち 女が泣いてます
港の女は お人好し
いいことばかりのそのあとで
白い鴎に あゝ 騙される
あゝ 騙される 彼岸花
ここは港まち 女が泣いてます
港の女は お人好し
いいことばかりのそのあとで
白い鴎に あゝ 騙される
あゝ 騙される 彼岸花
横浜から船に乗って 別府に着いた
ここは小雨まち 女が泣いてます
南の女は 一本気
湯の花祭りのいたずらに
ちょっとだけよが あゝ 命とり
あゝ 命とり 紅椿
ここは小雨まち 女が泣いてます
南の女は 一本気
湯の花祭りのいたずらに
ちょっとだけよが あゝ 命とり
あゝ 命とり 紅椿
函館から船に乗って 東京に着いた
ここは日暮れまち 女が泣いてます
都会の女は うす情け
惚れているやら いないやら
何でもなさそに あゝ 傷ついた
あゝ 傷ついた 芥子の花
ここは日暮れまち 女が泣いてます
都会の女は うす情け
惚れているやら いないやら
何でもなさそに あゝ 傷ついた
あゝ 傷ついた 芥子の花
おんな港町 作詩:二条冬詩夫 作曲:伊藤雪彦
(1977年 原曲:八代亜紀)
(1977年 原曲:八代亜紀)
おんな港町
どうしてこんなに 夜明けが早いのさ
それじゃ さよならと
海猫みたいに 男がつぶやいた
別れことばが あまりにもはかなくて
忘れたいのに 忘れられない
せつない恋よ
おんな港町 別れの涙は
誰にもわからない
どうしてこんなに 夜明けが早いのさ
それじゃ さよならと
海猫みたいに 男がつぶやいた
別れことばが あまりにもはかなくて
忘れたいのに 忘れられない
せつない恋よ
おんな港町 別れの涙は
誰にもわからない
港町ブルース 作詩:深津武志 作曲:猪俣公章
(1969年 原曲:森進一)
(1969年 原曲:森進一)
背のびして見る 海峡を
今日も汽笛が 遠ざかる
あなたにあげた 夜をかえして
港 港 函館 通り雨
今日も汽笛が 遠ざかる
あなたにあげた 夜をかえして
港 港 函館 通り雨
こういうのは三連…リズムを口ずさむ舟木さん…このへんの時代は三連、演歌で三連が一気に花開いて行きますね。猪俣公章という方が演歌に三連を持ち込んだ。森君、五木君…八代亜紀君になるとエイトビート系になってくる…歌にもノンキなものがあったり、シリアスなものがあったりで…ここは日活映画三本立!
小林旭さん、石原裕次郎さん、赤木圭一郎さん。僕の歌を聴いてやろうお芝居を観てやろうという方はあまり小林旭さんが好きな方はいない、どっちかっていうと裕次郎さん。赤木圭一郎という人はもったいないことしましたが…
僕なんかもふるさとから出てきて50年、そういう奴も含めてふるさとへの想いがある。初恋も仕事も含めて俺の出発点はここだったというのがあるんですね。
流行歌の中で「高校三年生」というのは、ヘンな歌ですよね。「修学旅行」なんてもっとヘンですけど…♪ラララ、汽車はゆく、汽車はゆく…ちょっとおふざけ調子で唄ってみる舟木さん。遠藤先生というのはヘンなメロディーを歌詞につける…「青春はぼくらのもの」…♪生まれた時から苦しみを」っていう歌詞に、タンタカタタ~ァタ、タンタカタカタッタァ…みたいなメロディーを…(笑)
前に「*男と女の港唄」というテーマの時に唄ったことがあるんですが、ここで珍曲というのを二つ楽しんでください。
*参考
ふれこん NO.24 ~男と女の港唄~ 1988年2月7日(大阪)/14日(東京)
出船//別れのブルース/よこはま・たそがれ/俺は待ってるぜ/口笛が聞こえる港町/アケミという名で十八で/本牧メルヘン/暗い港のブルース/赤い靴/ダイナマイトが150屯/函館の女/もう一度逢いたい/舟唄/北航路/港町ブルース
ふれこん NO.24 ~男と女の港唄~ 1988年2月7日(大阪)/14日(東京)
出船//別れのブルース/よこはま・たそがれ/俺は待ってるぜ/口笛が聞こえる港町/アケミという名で十八で/本牧メルヘン/暗い港のブルース/赤い靴/ダイナマイトが150屯/函館の女/もう一度逢いたい/舟唄/北航路/港町ブルース
アケミという名で十八で 作詩:西沢爽 作曲:遠藤 実
(1973年 原曲:千昌夫)
波止場でひろった 女の子
死にたいなんて 言っていた
アケミという名で 十八で
おれと暮らした 三日目に
もとの男へ行っちゃった
蹴とばせ波止場の ドラムカン
やけで唄った 浪曲節
ああ さびしいぜ
死にたいなんて 言っていた
アケミという名で 十八で
おれと暮らした 三日目に
もとの男へ行っちゃった
蹴とばせ波止場の ドラムカン
やけで唄った 浪曲節
ああ さびしいぜ
ボロ船ロック 作詩・作曲:米山正夫
~スタンディング
(1959年 原曲:小野透)
~スタンディング
(1959年 原曲:小野透)
こんなカンジの歌詩(youtubeなどにあがってないので残念)
酸素ボンベが吹っ飛んだ・・・・
俺らは海の男だよ・・・
ソレ、カンカンカン・・・
ソレ、カンカンカン・・・
俺らは海の男だよ・・・
ソレ、カンカンカン・・・
ソレ、カンカンカン・・・
間違えちゃった、何回カンカンカンていうか忘れちゃって…どうもすいませんで~す(笑)すいませんのところをヘンなイントネーションで言う舟木さん…キュート
「ボロ船ロック」は美空ひばりさんの弟、小野透さんが歌った曲だそうです。ノリのいい曲なので、ここでスタンディングでした。
「アケミという名で十八で」…不思議でしょ…西沢先生の詩がステキ、流行歌の中でこういう荒削りな歌は珍しい。ありそうでない、こんなのは現代にももっとあっていいんですがね…もうちょっとムセキニンな歌も作ってほしい…とムセキニンな歌い手は思うワケですね(笑)
「絶唱」みたいなメロディーに歌詞をどければ「影を慕いて」みたいなものに…「哀愁列車」から流れてきてるものがひとつ…歌詩を外しちゃえば同じラインのものになる、歌い手が変わることで歌が違って聴こえるってことがある。歌詩も今は使われないからって切り捨てるってテもあるんですが、たまにはおきかせしておく方がいいのかなと…僕のリアルタイムから後のくくりで曲を選んでますが、うちわのコンサートだからいいかとあえて3、4曲選んでみました。流行歌で「船(ふね)もの」が席巻した時代があった…僕は「舟(ふな)もの」ですが(笑)
戦争から後の「岸壁の母」などには手を出しちゃいけないと思ってますけど、今日は昭和14年の「別れ船」。戦中なんですよね。だからキツいんですがそれはヨコに置いといて…「かえり船」は戦争から帰ってきた人の歌ですが…この2曲はペアになってる…「こんな時代に生まれてなくて良かったなと…」そんなところを…
残りつきない 果てしない
別れ出船の 銅鑼(かね)が鳴る
思いなおして あきらめて
夢は汐路に すてて行く
さようならよの 一言は
男なりゃこそ 強く云う
肩をたたいて にっこりと
泣くのじゃないよは 胸の内
希望はるかな 波の背に
誓う心も 君故さ
せめて時節の 来る迄は
故郷で便りを 待つがよい
波の背の背に ゆられてゆれて
月の潮路の かえり船
かすむ故国よ 小島の沖じゃ
夢もわびしく よみがえる
月の潮路の かえり船
かすむ故国よ 小島の沖じゃ
夢もわびしく よみがえる
捨てた未練が 未練となって
今も昔の 切なさよ
まぶた合わせりゃ まぶたににじむ
霧の波止場の ドラの音
今も昔の 切なさよ
まぶた合わせりゃ まぶたににじむ
霧の波止場の ドラの音
熱い涙も 故国につけば
うれし涙と 変わるだろ
かもめ行くなら 男の心
せめてあの娘に 伝えてよ
うれし涙と 変わるだろ
かもめ行くなら 男の心
せめてあの娘に 伝えてよ
高校の修学旅行、青函連絡船上
あえて説明しますと「君」という言葉が出てきて…戦争に行くとなると恋人同士が戦争に行く一週間くらい前に仮祝言と初夜をすませて出ていくというそんなことは当時いくらもあった…「君」という言葉がキイワードになってくる。「かえり船」になると自分の想いの深い女性が無事でいるのかという気持ち…
今度は「おんな唄」…今は連絡船はなくなっちゃったみたいですが、その連絡船を復活させてみようと…
青函連絡船だけでなく横浜や四国からの連絡船も…四国では橋で行けるようになって…考えものですよね。連絡船があったから距離感があった。
高校の時に北海道に修学旅行に行ってタタミ敷きの船底に放り込まれて(笑)…寝やしませんよ!サイコロやったりトランプやったり(笑)…
船というのがなくなって港の唄ができなくなっちゃった…美空ひばりさんの「大川ながし」なんていう歌がありましたが今は大川の舟遊びも楽しめないんじゃないですか?
思い切れない 未練のテープ
切れてせつない 女の恋ごころ
汽笛ひと声 汽笛ひと声
涙の波止場に
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
切れてせつない 女の恋ごころ
汽笛ひと声 汽笛ひと声
涙の波止場に
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
お国なまりが 今さら悲し
あれが形見か 別れの船唄よ
翼あるなら 翼あるなら
行きたい思いの
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
あれが形見か 別れの船唄よ
翼あるなら 翼あるなら
行きたい思いの
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
霧の海峡の 航海燈は
いつか港に 返って来るものを
返るあてない 返るあてない
恋ゆえ身を焦く
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
いつか港に 返って来るものを
返るあてない 返るあてない
恋ゆえ身を焦く
わたし一人を 捨ててゆく
…連絡船よ
涙の連絡船 作詩:関沢新一 作曲:市川昭介
(1965年 原曲:都はるみ)
(1965年 原曲:都はるみ)
いつも群れ飛ぶ かもめさえ
とうに忘れた 恋なのに
今夜も 汽笛が 汽笛が 汽笛が
独りぽっちで 泣いている
忘れられない 私がばかね
連絡船の 着く港
とうに忘れた 恋なのに
今夜も 汽笛が 汽笛が 汽笛が
独りぽっちで 泣いている
忘れられない 私がばかね
連絡船の 着く港
先に唄った「連絡船の唄」は昭和26年ですが、僕はリアルタイムで聴いてます。日本語の美しさを流行歌っていうのは背負ってくれている。こういう歌を唄ってると勉強になります。流行歌の歌詩、長谷川伸先生の舞台の脚本とか読んでれば、その時代のことが無限大に出てくる…「♪うるむ乳房…」とふざけて歌いだす…無限大から「夢幻~MUGEN」を連想したらしい舟木さんでした(笑)
次に唄うのは、メドレーにすると、どこで切れるのかわからない。「船乗りの歌」…聴いてるうちに何の歌かわからなくなってくる(笑)「波止場、港」は大人の世界への憧れだった…
もう一度言っときますが聴いてるうちにどの歌かわからなくなってきます。まあ、気持ちよく寝てください(笑)
情け知らずと わらわば笑え
ひとにゃ見せない 男の泪
どうせ俺らは 玄海灘の
波に浮寝の かもめ鳥
ひとにゃ見せない 男の泪
どうせ俺らは 玄海灘の
波に浮寝の かもめ鳥
紅い灯かげの グラスに浮かぶ
影が切ない 夜更けのキャバレー
酔うて歌えど 晴れない胸は
ドラよ お前が 知るばかり
影が切ない 夜更けのキャバレー
酔うて歌えど 晴れない胸は
ドラよ お前が 知るばかり
嵐吹きまく 玄海越えて
男船乗り 往く道ゃひとつ
雲の切間に キラリと光る
星がたよりの 人生さ
男船乗り 往く道ゃひとつ
雲の切間に キラリと光る
星がたよりの 人生さ
あの娘(こ)は波止場で 涙顔
俺は出てゆく 船の上
つらい別れの なげテープ
「元気でね さようなら」
むせぶ汽笛が ああ 身にしみる
俺は出てゆく 船の上
つらい別れの なげテープ
「元気でね さようなら」
むせぶ汽笛が ああ 身にしみる
見送る鴎も 二羽三羽
山も港も 遠ざかる
薄い縁(えにし)の恋ごころ
「元気でね さようなら」
捨ててくれるな ああ 想い出を
山も港も 遠ざかる
薄い縁(えにし)の恋ごころ
「元気でね さようなら」
捨ててくれるな ああ 想い出を
別れのテープは 風まかせ
俺はデッキで 泣いている
またの逢瀬は いつじゃやら
「元気でね さようなら」
愛しあの娘も ああ はや見えぬ
俺はデッキで 泣いている
またの逢瀬は いつじゃやら
「元気でね さようなら」
愛しあの娘も ああ はや見えぬ
ネ、わかんないでしょ…ハ・ハ・ハ…最後の歌は「元気でねさようなら」…それでは…
一旦幕が降りて再び上がります。
海は夕焼け 港は小焼け
涙まじりの 汽笛がひびく
アンコ椿の 恋の花
風も吹かぬに 泣いてちる
東京の人よ さようなら
涙まじりの 汽笛がひびく
アンコ椿の 恋の花
風も吹かぬに 泣いてちる
東京の人よ さようなら
君の情けに 咲く花ならば
君と別れりゃ 涙の花よ
島のアンコの 黒髪を
忘れないでね また来てね
東京の人よ さようなら
君と別れりゃ 涙の花よ
島のアンコの 黒髪を
忘れないでね また来てね
東京の人よ さようなら
岬廻って 消えゆく船を
泣いて見送る 日暮れの波止場
アンコ椿の 花びらに
にじむ狭霧よ かなしみよ
東京の人よ さようなら
泣いて見送る 日暮れの波止場
アンコ椿の 花びらに
にじむ狭霧よ かなしみよ
東京の人よ さようなら
終始、微笑みがたえず、とても楽しそうに歌っていらっしゃるのが印象的でした。聴いてる側の私は、歌の題名は、20曲中、13曲わかりました。最初の数曲から、日活映画の主題歌までは、すんなりとタイトルが出てきました。「アケミという名で十八で」もインパクトの強い歌なので、覚えていて「涙の連絡船」やアンコールの「東京の人さようなら」は楽勝!(笑)
田端さんの戦後すぐの作品の「かえり船」は、チョー有名な大ヒット曲なので、昭和27年生まれの私でも、懐メロ番組などでよく聞いた記憶があります。中学、高校時代にフォークブームがおとずれて、「反戦・平和」のメッセージソングが、たくさん歌われましたが、「別れ船」(これはさすがに全く聞覚えなし)や「かえり船」は、今となっては結果的に「戦争というものの実態」を静かに語り継いでいくメッセージソングの役割を担っているのかも知れません。
菅原都々子さんの「連絡船の唄」も、私が生れる一年前の作品なのになぜだか知ってました(笑)戦後間もない頃の流行歌は、ヒットの期間が長いのでしょうね。物心つく頃まできっと流行していたんだと思います。
題名がすぐに出てこなかった7曲も、「ボロ船ロック」「小島通いの郵便船」「かえりの港」「君は海鳥渡り鳥」以外は2回目のステージで聴いているうちに、聞き覚えがあるなぁ…と曲そのものは、聴いた記憶がよみがえってきました。
持ち歌以外の曲だけで構成されたコンサートも、いろんなジャンルのセレクトがあって、聴き手の方はそれぞれ好みがあるわけですが、舟木さんのそれぞれの曲へのアプローチのスタイル、作品そのものの咀嚼の度合い、そして舟木さんの声質や表現力などの相乗効果で、おそらくどんなジャンルのステージ構成であっても、充分に楽しませていただくことができるんだと思います。
また、舟木さんもトークでおっしゃっていますが、流行歌の歌詩には、その時代の風景、大きく言えば歴史までもが凝縮されていることも、あらためて痛感します。そして、その例として長谷川伸の脚本をあげていらっしゃいますが、流行歌というのは、話し言葉が、そのまま歌詩になっている部分が多いので、「小説」というより台詞で構成されている「脚本」に近いと言えるのでしょうね。そういう意味では、確かに、時代を遡っていってその当時の時代性を知るという「大衆にとっての教科書」のようなものが、「流行歌」であるのかも知れません。
この日も、舟木さんの魅力的な低音はもちろんのこと、高音部も伸びのある歌声で、とっても若々しくて、1時間半をこえる長時間を休憩もなく一部構成で、一気に20曲歌われたパワーには脱帽でした。
いよいよ残すところ、今年、最後の通常コンサートは、8日の中野サンプラザでの恒例のファイナルのみですが、もうそろそろ12月の演舞場公演のお稽古にも入って行かれる頃ですから、ハードだと思いますが、きっと2015年のラストコンサートもパワフルなステージで締めくくられることと思います。
残念ながら私は、今年は家庭の事情で拝見できませんが、行かれる皆さま、楽しんでいらしてくださいね。