新橋演舞場公演の初日まで10日をきってしまいました。もちろん、今回のお芝居の脚本とは別物の「徳川太平記」ですが、「八百万石に挑む男」の物語の背景となった時代の空気に少しでも馴染んでおこうということで、読み進んでいます。物語の佳境部分に入る前あたりまで、このブログでは触れていくつもりですが、あまりに長編なので、どこまで行きつく事ができるかは、成り行き任せというところです(笑)
とりあえず、「その3」からのつづきを・・・・
・同行二人
しばし春菜と二人旅をすることになった主膳。一方、天一坊は…「競い馬」に勝ち山伏寺の大僧都が山内伊賀之介から預かっている天一坊が吉宗の落胤であるという証拠の品を返してくれと迫るが、おぼえがないと拒されて逆上し、大僧都を手にかけその居室から証拠の品を探し宛て裏庭の厩から裸馬で山伏寺を奔り出る。この時、街道を歩いていた主膳と春菜の二人連れと行き過ぎるが、土煙を上げて疾駆する天一坊も二人も互いに気づくことはなかった。
・商人嘉吉
ところは大坂釜屋町。天一坊の生母である多藻の父でもあり新之助(後の吉宗)の身柄を預かって養育していた加納五郎左衛門に拾われて雇い人として仕えていた嘉吉はいずれ紀伊国屋文左衛門のような豪商となることを夢見て大坂へ出ていた。そして、今では「えぞ屋」を構え鴻池屋と肩を並べるまでに出世していた。その嘉吉の後見人とも言えるのが淀屋辰五郎であった。 辰五郎はえぞ屋に代わり「えぞ産物」を独占しようと商売争いを挑む鴻池屋との決着をつける使者として主膳を送り込む計画をしていた。
春菜の父と辰五郎は知己の間柄で主膳と春菜は辰五郎の居候となっていたのである。 辰五郎は春菜から主膳が吉宗の行列を単独で襲撃したことの一部始終を聞き主膳の度胸を買ってのことだった。
・浪人使者
鴻池屋から嘉吉に「えぞ商い」の談合の招聘があり主膳は嘉吉の代理人として談合する場所の揚屋「阿波屋」に赴いた。
主膳はそこに居た顔面に凄まじい刃傷をつけた名うての船頭たちを、鴻池屋に千両箱を積まれてえぞ屋を裏切ったとしてこの二人を斬るためにここへ来たと言う。
以下抜き書きです(春日局まとめ)
「それがしは兵法者だ。金子で話をつける駆引きを知らぬ。兵法者には剣で解決するすべしかないと思ってもらおう」と主膳は言った。
鴻池善右衛門は主膳の眼眸を受けとめていたが、それがただの脅しではないと知ると
「正気で申されますのか?」
「正気だな」、と主膳。
しかし、その答え方はいかにものんびりしたものであった。二人の船頭は、ばかくさいという顔つきをした。
その刹那であった。差料を掴んだ主膳のからだが躍った。白い閃光が二人の頭上を走った。二個の髷が宙をとんで鴻池屋の前に落ちた。
…一方、ここは看板に「双面流指南 山内伊賀之介」と記した町道場。
道場主・山内伊賀之介が夜半、鴻池屋の前を通りかかった際、大金を奪って飛び出してきた押し込み盗賊と出会い、瞬く間に峰打ちで倒したのが評判となり、それ以来、道場の門を叩く者がふえたのだった。
双面流とは、伊賀之介が編んだ二刀の業であった。伊賀之介は各流の道場を経巡りその業をぬすみこれを二刀の業の中に合わせたのである。
難波一刀流、弥生流、義経流、未来知新流…伊賀之介はこれら諸流を二刀の使い様に合わせて双面流としたのである。
鴻池善右衛門から、揚屋「阿波屋」に向かうよう、使いの者から聞いた伊賀之介は師範代を呼び「鴻池屋がわしを呼ぶからには、よほど手強い使い手であろう。万が一という場合を考えておこう」と言った。
双面流は天下無敵と信じていた師範代は伊賀之介の言葉を意外なものと聞いた。
「万が一わしが帰って来なかったらこの道場をゆずるべき者を指名しておく。醍醐の真言宗本山にある山伏寺に天一と申す小阿闍利が居る。この小阿闍利がわしの亡きあと、この道場のあるじとなる。」
と伊賀之介は言った。
・遺言試合
揚屋「阿波屋」の店の中へ悠々と馬を乗り入れた伊賀之介は馬上からヒラリと跳び
「鴻池屋の座敷に案内してくれ」と言った。
案内の小女に鴻池屋の座敷に何者がいるのかと訊ねた。
「御浪人衆でござります」
「どんな浪人だ?」
「貧しそうな…とぼけたような御仁でござります」
「…とぼけたような?」
伊賀之介は首をかしげた。その座敷の前に来た時、伊賀之介はなぜともなくふっと不吉な予感がした。
案内の小女に鴻池屋の座敷に何者がいるのかと訊ねた。
「御浪人衆でござります」
「どんな浪人だ?」
「貧しそうな…とぼけたような御仁でござります」
「…とぼけたような?」
伊賀之介は首をかしげた。その座敷の前に来た時、伊賀之介はなぜともなくふっと不吉な予感がした。
「おお、みえた…」鴻池善右衛門は、伊賀之介に神矢主膳を引き合わせた。
伊賀之介はあらためて神矢主膳を正視した。
「何流を使われる?」
「流儀はござらぬ」
「独学か?」
「左様でござる」
「人を斬ったおぼえがおありか?」
「人を斬ったおぼえのない者と立ち合うのは笑止だと申されるか?」
主膳は微笑しながら問い返した。
「お手前の希望によっては木太刀でいたしてもよいと考えたまでのこと…真剣の勝負でよろしいか?」
「一向にさしつかえはござらぬ」
主膳は蓬髪に虱でもいるかのよう、もぞもぞとひっかきながら伊賀之介を見上げて
「あ~、ちょっとおことわりしておきたい儀がござる」と言った。
「何でござろう?」
「勝敗は時の運と申す。お互いに遺言など交わしてはいかがかと存ずる」
「遺言はすでに道場で門弟に与えて参った」
「成る程、すると敗れるのは覚悟の上ですな?」
何気なさそうなその言葉が伊賀之介をむっとさせた。
「お主、自信ありげな口振りだが敵を知らずしてどうしておのが勝利を疑わぬ?」
「まだ死にたくはないからでござるな」
そのとぼけた返事が伊賀之介をさらにかっとさせた。
「何流を使われる?」
「流儀はござらぬ」
「独学か?」
「左様でござる」
「人を斬ったおぼえがおありか?」
「人を斬ったおぼえのない者と立ち合うのは笑止だと申されるか?」
主膳は微笑しながら問い返した。
「お手前の希望によっては木太刀でいたしてもよいと考えたまでのこと…真剣の勝負でよろしいか?」
「一向にさしつかえはござらぬ」
主膳は蓬髪に虱でもいるかのよう、もぞもぞとひっかきながら伊賀之介を見上げて
「あ~、ちょっとおことわりしておきたい儀がござる」と言った。
「何でござろう?」
「勝敗は時の運と申す。お互いに遺言など交わしてはいかがかと存ずる」
「遺言はすでに道場で門弟に与えて参った」
「成る程、すると敗れるのは覚悟の上ですな?」
何気なさそうなその言葉が伊賀之介をむっとさせた。
「お主、自信ありげな口振りだが敵を知らずしてどうしておのが勝利を疑わぬ?」
「まだ死にたくはないからでござるな」
そのとぼけた返事が伊賀之介をさらにかっとさせた。
「よしその自信を賞でて遺言をくれる。もしお主が勝ったあかつきには山内伊賀之介を名乗ってもらおう。逆に、それがしが生き残ったならばお主の名を継いでくれよう」
「これは面白い遺言でござるな。山内伊賀之介…なかなか立派な姓名でござる。たしかに頂戴つかまつる」主膳は微笑を保ちながらやおら腰を上げた。
「これは面白い遺言でござるな。山内伊賀之介…なかなか立派な姓名でござる。たしかに頂戴つかまつる」主膳は微笑を保ちながらやおら腰を上げた。
伊賀之介の構えは双面流、尋常一様の構えではなかったのである。これに対して主膳はきわめて自然なやや下段気味の青眼の構えをとって対した。主膳は伊賀之介の異様な構えに対して眉毛一本動かそうともせず、まるでそれを予知していたかのように平然としていた。これにひきかえて伊賀之介は主膳の構えを一瞥した瞬間…
「これは!」とかなりの驚きをおぼえたのであった。
「これは!」とかなりの驚きをおぼえたのであった。
主膳は構えながらも座敷に座っていた時といささかも変わらぬのんびりとした表情をみせているのであった。
剣の達人はわざと気迫を内にひそめて水のごとき静けさを保ってみせるが対手の剣気をあびるその静けさには、次の刹那に凄まじい迅業を奮う力を湛えており、それが妖しい雰囲気となって総身にたちこめているものである。主膳の姿にはそれがなかった。伊賀之介を唖然とさせる案山子のような立ち姿を初夏のたそがれ陽にさらしているにすぎなかった。
双面流には受けの太刀はない。ことごとくの業は攻撃である。木か石のようにえたいの知れぬ立ち方をした敵に対して攻撃をしかけるのはこれは己に不利を招く場合をなしとせぬ。主膳がもし双面流を悉知していてわざと痴呆のごとき対峙を示したのであれば…
伊賀之介の疑惑は今日の時間にしてものの十分も続いたろうか、突如として伊賀之介は疑惑を捨てた。
「斬る!」伊賀之介はおのれに叫んだ。
「斬る!」伊賀之介はおのれに叫んだ。
主膳は双眼を開いているが実はこちらを視てはいないのだ。それは独りで剣を学んだ者が会得した極意と言えた。独学は木や石や風や水を対手とする修業しかない。例えば石を両断するのに凄まじい眼光は無用である。また猛気をほとばしらせることも不要である。主膳はそのよう修業のみをした男なのだ。
--------------------------------------------------------------------------------------
以下、この勝負の詳細な描写は映像であれば逆になおのこと伝わりにくいと思われるほどの緻密さで描かれています。ですので、ここでは、抜き書きは、スルーして、想像にお任せするということにさせていただきますね(笑)