「ローズ・オオサカ」…なんだか女性漫才師みたいな名前(笑)
コンサート当日は、7日から大阪入りしていたので茨木と吹田のちょうど境目にあって万博公園の手前のモノレール宇野辺から終点の門真まで行き、京阪電車に乗り換えてこれまた終点の淀屋橋下車。淀屋橋を大阪市役所庁舎側に渡って中央公会堂の前に入口のある「中之島バラ園」に向かいました。まだ、盛りには少し早いかな…と思ってましたが、よく咲いていました。
大阪市中央公会堂(中之島公会堂)
「荒城の月」なんて、すてきなネーミングのバラに遭遇して感激!
大阪の街の中では、このあたりの川沿いの景観が一番私好みですから、関西ぐらしの頃は特に予定がない休みには、京都から京阪電車に乗って時々、このあたりを散歩しました。
「水都大阪」と言われるのは、商人の町であった大阪の経済は海運(=水路)によって成り立っていたからなのでしょう。また水路が発達していたので橋も多く、かの西條八十作詩の「王将」にも「♪生まれ浪花の八百八橋♪」と歌われていますね。実際にも、現在、大阪市が管轄している橋の数は800余りあるそうです。
バラ見物の後に、淀屋橋南東詰のカフェで土佐堀川を眺めながら遅めのモーニングのあと地下鉄御堂筋線で新大阪に移動。10時半頃にメルパルクの楽屋口に回るともう50人近くの方が列を作っていました。待つこと1時間弱くらいで舟木さんの乗ったタクシーが到着。タクシーが楽屋口の前まで乗り付けてしまったので、あらら、あらら???舟木さんの姿が一瞬消えちゃいました。
でも、鎌倉芸術館の時もそうでしたが、車が通り過ぎても必ず楽屋入りの時には舟木さんは、「撮影タイム」をとってくださるんですね。そんなこんなで私は、あっさりあきらめて撮影失敗しましたが、舟友さんがバッチリステキな舟木さんをとらえてくださったので先のブログでアップさせていただきました。心強い舟友さんに感謝です。さて「お出迎え」の後は、開場まで「舟木さん談義」で舟友さんと賑やかにお喋り…これもまた楽しい時間です。
タクシーで到着!助手席が、いつも舟木さんと一緒でウラヤマシイ、真木一之さん
いよいよ開演数分前。舟木さんが下手から登場。白地に胸から上のあたりにグレーっぽい糸でお花の模様の刺繍が施してある涼しげなシャツ、ジーンズ、グレーっぽいスポーツシューズ。例のごとくアメ玉をなめつつ、お喋りしつつ、整列して順番を待つファンの皆さんからのプレゼントを次々に受け取っていきます。
舟友さんの夜の部のプレゼント
以下プレゼントタイムのトーク。昼夜ごちゃまぜですが、私の記憶の範囲でかなり端折ってますが報告します。
プレゼントタイムは、こんな感じの白いシャツ
大阪に来ると3回に2回くらいは、大阪駅で色紙とサインペンを持って待ってるんです。若い子なんですが…拍手が少し起きると…いや、売りに行くんですよ。アイドルショップとかに売りに行ってお金にするんだとか。駅で待ってたら誰かが(芸能関係とかスポーツ関係とか?)必ず降りてくる…十代から二十代かな、みんな男の子なんですけど…若い女の子はオレなんかにキョーミない(笑)でも、男にキョーミ持たれるのは気持ちワルイ(笑)心配です。ダイジョウブなのかなぁ…。こういった若い男の子のことを案じる舟木さんでした。
このあと、舟木さんが公演に行く各地の会場に出没した名物おばさん、名物おじさんの話題を…
有名人にサインをねだってそれを売って生活している人がいたけど、それだけ昔は地方の会場での催し物が多くあったということなのかな…バブルの頃と比べるとコンサートなどの催しが少なくなった…という舟木さんの実感なのでしょうか?
デビューした頃、東京の公開録音番組に出演するとき、局の入口で待っているオジサンがいて、やってくる歌い手に「10円ちょうだい」と言ってくる。だからある時、10円用意してたら「100円ちょうだい」だった(笑)でも、そのオジサンにはオジサンの基準があるらしくて、まだ売れてない歌い手が100円渡したら「まだ売れてないから10円でいい」と(笑)…こういう話題も、うちわのコンサートならではというところでしょう。
今、ちょっと雨が降ってきましたね。客席から、エエ~ッ!…あんなにいいお天気だったのにというような声が起こって…ウソです(笑)昔は、地方公演なんかで、場内アナウンスでいたずらをしたりした…本日、(当時佐藤さんが首相)佐藤首相がご自宅で…きげんよくお目ざめになりました(笑)
これは、一瞬、客席が、何があったの?!となるのを楽しむいたずらですね。実は、こういういたずらは、噺家さんがよく使う常套手段のツカミなので、私は「雨が降ってきましたね」の時に、舟木さんまたまたぁ~ッ…とすぐにピンときたのでつい笑ってしまいました。ホントにツカミがお上手な舟木さんのトークには感心します。歌だけでなくトークでも楽しませて下さるから「一粒で二度おいしいアーモンドグリコ」みたいです(笑)
さらに、いたずらエピソードのお話しは続いて、三波先輩のヒット曲に「♪おーい船方さん」というのがありますが、「お呼出し申し上げます、お呼び出し申し上げます。大井の船方様、玄関で船頭さんがお待ちです」(笑)当時の客席はきっと爆笑なさったことでしょうね。その頃、皆さんは、僕のことをとても神経質で気のやさしそうに見える人だと思ってたみたいですね。あの頃は、なんで「地」の部分が伝わりにくかったかというとTVとかもトーク番組とかは「スター千一夜」ぐらいしかありませんでしたから、なかなか「地」が伝わらなかった…じゃあ、着替えてまた出てきます。
いよいよコンサートのはじまり…舟木さんのトーク部分はピンク文字
LOVE-LY CONCERT No.27 「日本の名曲たち ふ・る・さ・と」
メルパルク大阪 5月8日 14時/17時(約90分全24曲)
黒と白の細かい千鳥格子のようなシャツを袖口のところを少し折って…白のパンツに、キラキラ光るシルバーのスポーツシューズで登場。最初から軽快な「バラ色の雲」、スタンディングでスタート。
~オープニング~スタンディングで 映画 「君に幸福を/センチメンタル・ボーイ」より
バラ色の雲 作詩:橋本淳 作曲:筒美京平
(1967年:ヴィレッジ・シンガーズ)
バラ色の雲 作詩:橋本淳 作曲:筒美京平
(1967年:ヴィレッジ・シンガーズ)
出てくる早々、お騒がせしました。今回は、「日本の名曲たち~ふるさと」ということで…「ふるさと」というと僕らのデビューした頃は「夕笛」みたいな静かな歌というイメージ、グループサウンズやニューミュージックが出てきて「ふるさと」の表現がコロッと変わったというか、広がったというところがあります。今回は、例えば「肉類、魚介類」みたいな、あぶらっこいものはありません。野菜サラダ、フルーツサラダというベジタリアンな世界を…
東京で生まれ、育ってもおばあちゃんの田舎が「ふるさと」という人もいる…そういうことで、持ち歌も入れて色々やってみることにしますんでどうぞお楽しみ下さい。
ここで、ギターのイントロが入ったんですが、ちょっとヘン?やり直して2回目も…(笑)
「オイ、緞帳降ろして帰るか?(笑)」と舟木さん。3回目にやっと成功しました。
「オイ、緞帳降ろして帰るか?(笑)」と舟木さん。3回目にやっと成功しました。
白いブランコ 作詩:小平なほみ、作曲:菅原進
(1969年:ビリー・バンバン)
(1969年:ビリー・バンバン)
白い色は恋人の色 作詩:北山修 作曲:加藤和彦
(1969年:ベッツィ&クリス)
この辺なんですね。今、聞いていただいてもおわかりになると思いますが、「ふるさと」というのは風景や場所だけではなくて「人がらみ」になってる。友だち、親父、おふくろであったり、初恋、思い出が、ふるさとになってる…時代に関係のない懐かしさみたいなものがあるんですね。
僕なんかは「ふるさとを出て」…「ふるさとを捨てて」という印象はないんですが…東京なんてのは日本のどこにあるのかよくわからなかった。当時、親父がお金がないので東京に初めて出た時に、特急券も買えなかったから東海道線の準急行というので8時間かけて行った。でも、ガタゴトと揺れて行ったから思い出になるんですよね。
さて、ここは場所限定ということで、ちょっと北です、北海道。こっちから行っても「来た(北)」という(笑)
しれとこ旅情 作詩・作曲:森繁久彌
(1971年アルバム「初恋~舟木一夫抒情歌謡をうたう」収録)
(1971年アルバム「初恋~舟木一夫抒情歌謡をうたう」収録)
*森繁久彌が作詞・作曲を手がけた楽曲。初出時の題は「しれとこ旅情」。1960年発表。
一般には「知床旅情」として漢字で「知床」となっていますが、上記のように初出時は「しれとこ」表記です。
おもいで岬 作詩:阿久悠 作曲:川口真
(1976年:新沼謙治)
(1976年:新沼謙治)
春はたき火の燃えのこり
消えた流氷 とぶ鴎
酒を片手の 親父らが
顔をゆるめる 口ずさむ
北の岬は 今もなお
忘れられない
忘れられない おもいで岬
消えた流氷 とぶ鴎
酒を片手の 親父らが
顔をゆるめる 口ずさむ
北の岬は 今もなお
忘れられない
忘れられない おもいで岬
夏は真赤な ハマナスが
夜に人待つ 虫も鳴く
人目しのんで 若い衆が
肌を寄せ合う 月の下
北の岬は 今もなお
忘れられない
忘れられない おもいで岬
これは、まあ、両方とも、特に自分のふるさとを歌ったというワケではないですね。旅に出てこういう風景を目にして青春時代の旅の忘れられない思い出になったということ…
「ふるさと」と、ひらがなで書く、「故郷」と書いて「ふるさと」「古い里」と書いて「古里=ふるさと」、古い
砂糖と書いて「ふるさと」…何を言ってるんだか…とひとりツッコミする舟木さんでした(笑)
GSとか出てきて「ふるさと」の表現が増えましたが、私は、そういう歌(「ふるさと」を歌った歌)が多かったですね。それで、持ち歌から5曲ばかり、あえて選んでみました。4曲目なんかステージで歌ったことがあるかどうか記憶にない…
さっきウソ言っちゃいました…サッパリ味、魚介類なし、と言いましたが、一曲だけ「魚介類」出てきます(笑)
何かと思えば、後で「貝がらの唄」とわかりました(笑)
~舟木さんのオリジナル曲からも5曲~
野菊 作詩:石本美由起 作曲:船村徹
https://www.youtube.com/watch?v=xDwuZNT8Q34
(1974年アルバム「ゴールデン・ダブル・フォー・ユウ」/1976年アルバム「花もよう」ほか収録)
https://www.youtube.com/watch?v=xDwuZNT8Q34
(1974年アルバム「ゴールデン・ダブル・フォー・ユウ」/1976年アルバム「花もよう」ほか収録)
帰る 作詩:植田梯子 作曲:山路進一
https://youtu.be/C1CprwOR0G8 (kazuyanさん動画:萩原町の風景)
(1968年 4曲入LP「絶唱」収録曲/15周年記念「限りない青春の季節・自薦12曲」収録)
https://youtu.be/C1CprwOR0G8 (kazuyanさん動画:萩原町の風景)
(1968年 4曲入LP「絶唱」収録曲/15周年記念「限りない青春の季節・自薦12曲」収録)
あなたは帰る あなたのふるさと
ひとみ明るく 望みに満ちて
東京がいやになったのではないと
ふるさとの母をみどりが恋しいと
あなたは帰る あなたのふるさと
ひとみ明るく 望みに満ちて
東京がいやになったのではないと
ふるさとの母をみどりが恋しいと
あなたは帰る あなたのふるさと
あなたは帰る あなたのふるさと
涙をそっと 遠くに投げて
あのひともきっと訪ねてくるからと
ふるさとの 花と祭の季節にと
あなたは帰る あなたのふるさと
涙をそっと 遠くに投げて
あのひともきっと訪ねてくるからと
ふるさとの 花と祭の季節にと
あなたは帰る あなたのふるさと
東京の思い出いつも生きてると
ふるさとの空に林に語りたいと
あなたは帰る あなたのふるさと
ふるさとの空に林に語りたいと
あなたは帰る あなたのふるさと
帰る 帰る 帰る ・・・
元歌を歌ってた頃は若すぎて「ふるさと」との距離感が出なかった。「野菊」(これがステージで歌ったことがあるかどうか記憶がないとおっしゃってた曲)なんてのはいい歌ですが…メロディーは船村先生なんですが…詩をはずして別の(詩?)で歌ってもいいなと…「さんざしの花」でもやりましたが…
*舟木さんの自作の詩を「さんざしの花」のメロディーにのせたという意味なのでしょうか?私には、ちょっとわからなかったのですが…ご存知の方があれば、教えていただけたら幸いです。
さんざしの花 (1981年)
https://youtu.be/juDo3qLrmas
https://youtu.be/juDo3qLrmas
ここで、ピアノのピータケ(杉本)さんのCDアルバム「ラ・パレット」の紹介がありました。
舟木さんのコンサートのオープニングをリメイクしたものも収録されているとのことです。
舟木さんも、控え目ながら、仲間の音楽活動が形となって残るのは嬉しいことです、としっかりプッシュなさってました。
舟木さんのコンサートのオープニングをリメイクしたものも収録されているとのことです。
舟木さんも、控え目ながら、仲間の音楽活動が形となって残るのは嬉しいことです、としっかりプッシュなさってました。
「ふるさと」というのは、広いんです。次の「ふるさと」の時は、モロ流行歌系の「ふるさと」を…流行歌系も僕が歌うと「抒情歌」に聴こえるというハナシを聞くんですが、歌い手によって変わっちゃうという…「ふるさとシリーズ」でやって行こうかと。
ここで、ものすごい道のりの「ふるさと」というのを並べてみました。
僕が生まれて初めて人前で歌ったのが小学校三年生、クラスでスリーコーラス歌ったんですが、先生に「上田、二番をひとりで歌え!」と言われて…ノーギャラで(笑)私にとっては記念すべきモロ「ふるさと」ですよ。そこからスタートします。
ここで、かすかに小鳥のさえずり(シンセサイザーでしょうか?)…
「歌い手・舟木一夫誕生ストーリー」のはじまり、はじまり…とばかりに素晴らしいイメージ誘導の舞台演出。
スキー・唱歌 作詩:時雨音羽 作曲:平井康三郎
(1942年) 舟木さんの歌唱音源:アルバム「歌とモノローグで綴る15年の歩み」(1977年)
山は白銀(しろがね) 朝日を浴びて
すべるスキーの風切る速さ
飛ぶは粉雪(こゆき)か 舞い立つ霧か
お お お この身もかけるよ かける
すべるスキーの風切る速さ
飛ぶは粉雪(こゆき)か 舞い立つ霧か
お お お この身もかけるよ かける
真一文字(まいちもんじ)に 身をおどらせて
さっと飛び越す飛鳥(ひちょう)の翼
ぐんとせまるは、ふもとか 谷か
お お お たのしや 手練(しゅれん)の飛躍
さっと飛び越す飛鳥(ひちょう)の翼
ぐんとせまるは、ふもとか 谷か
お お お たのしや 手練(しゅれん)の飛躍
風をつんざき、左へ、右へ 映画「残雪」のスキー・シーン
飛べは、おどれば、流れる斜面
空はみどりよ 大地は白よ
お お お あの丘われらを招く
飛べは、おどれば、流れる斜面
空はみどりよ 大地は白よ
お お お あの丘われらを招く
ふるさと 作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一
(1914年)
(1914年)
夕焼け小焼け
作詩:中村雨紅 作曲:草川信
(1919年作詩/1923年作曲)
夕やけこやけで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
お手々つないで みなかえろ
からすといっしょに かえりましょ
(1919年作詩/1923年作曲)
夕やけこやけで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
お手々つないで みなかえろ
からすといっしょに かえりましょ
子供がかえった あとからは
まあるい大きな お月さま
小鳥が夢を 見るころは
空にはきらきら 金の星
まあるい大きな お月さま
小鳥が夢を 見るころは
空にはきらきら 金の星
通りゃんせ
(江戸時代に成立したと見られるわらべうた。
野口雨情作詩、本居長世作曲とも言われている)
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
村の鍛冶屋(かじや)
(作詩者・作曲者ともに不詳。初出は1912年「尋常小学唱歌」)
しばしも休まず 槌うつ響き
飛び散る火花よ 走る湯玉
ふいごの風さえ 息をもつがず
仕事に精出す 村の鍛冶屋
飛び散る火花よ 走る湯玉
ふいごの風さえ 息をもつがず
仕事に精出す 村の鍛冶屋
あるじは名高い 働き者よ
早起き早寝の やまい知らず
永年鍛えた 自慢の腕で
打ち出す鋤鍬(すきくわ)心こもる
早起き早寝の やまい知らず
永年鍛えた 自慢の腕で
打ち出す鋤鍬(すきくわ)心こもる
村祭り
(作詩者・作曲者ともに不詳。初出は1912年「尋常小学唱歌」)
村の鎮守の神様の
今日はめでたい御祭日
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から聞こえる笛太鼓
(作詩者・作曲者ともに不詳。初出は1912年「尋常小学唱歌」)
村の鎮守の神様の
今日はめでたい御祭日
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から聞こえる笛太鼓
年も豊年満作で
村は総出の大祭
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
夜までにぎわう宮の森
村は総出の大祭
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
夜までにぎわう宮の森
治まる御代に神様の
めぐみ仰ぐや村祭
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
聞いても心が勇み立つ
めぐみ仰ぐや村祭
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
聞いても心が勇み立つ
朧(おぼろ)月夜 作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一
(1914年)
(1914年)
菜の花畠に 入日薄れ
見わたす山の端(は)霞ふかし
春風そよふく 空を見れば、
夕月かかりて にほひ淡し
見わたす山の端(は)霞ふかし
春風そよふく 空を見れば、
夕月かかりて にほひ淡し
里わの火影(ほかげ)も 森の色も
田中の小路をたどる人も
蛙(かはづ)のなくねも かねの音も
さながら霞める 朧月夜
田中の小路をたどる人も
蛙(かはづ)のなくねも かねの音も
さながら霞める 朧月夜
その優美なメロディから明治以降、歌として一般に広まり、現在の歌詞が付けられたものである。(Wikipedia)
さくら さくら
のやまもさとも みわたすかぎり
かすみかくもか あさひににおう
さくら さくらはなざかり
さくら さくら
やよいのそらは みわたすかぎり
かすみかくもか においぞいずる
いざや いざやみにゆかん
やよいのそらは みわたすかぎり
かすみかくもか においぞいずる
いざや いざやみにゆかん
ここで、ふたたび、小鳥のさえずり…
ROCK'N ROLLふるさと 作詩・作曲:上田成幸
~唱歌・旅愁のハーモニカ演奏付ヴァージョン~
スタンディング
https://youtu.be/Dg_gWwm3mx0 (kazuyanさんの動画:萩原町の風景)
こちらは、ハーモニカ演奏の「旅愁」(♪ふ~けゆく~ あ~きのよ~♪)
https://youtu.be/4LbXXDhaM6I
https://youtu.be/4LbXXDhaM6I
この辺の童謡、たまには「どうよ!」(笑)ここまで長く旅をしてくると「旅の中のふるさと」として確実にありますよね。「焚き火」の「落ち葉焚き」っていうのを、ずっと、落ち葉の脇に滝があると思ってた(笑)
「さくらさくら」なんかは、歌詩が全部ひらがな、これはもう「童謡」というより「歌曲」でしょう。素晴らしい美しい歌ですね。「村祭り」の「治まる御代に」なんて、聞いててもわかんないでしょ?「夕焼け小焼け」とかいいですよね。来年のコンサートで入れようかななんて思ってる…こういう歌は、好きで覚えたという類(たぐい)のものではないんですよね。
「さくらさくら」なんかは、歌詩が全部ひらがな、これはもう「童謡」というより「歌曲」でしょう。素晴らしい美しい歌ですね。「村祭り」の「治まる御代に」なんて、聞いててもわかんないでしょ?「夕焼け小焼け」とかいいですよね。来年のコンサートで入れようかななんて思ってる…こういう歌は、好きで覚えたという類(たぐい)のものではないんですよね。
ここで12月の新橋演舞場公演のお芝居についてのアナウンスが少し、ありました。
年末の演舞場で勝海舟の親父をやるんです。旗本の三男坊のくせに読み書きもできない無頼の勝小吉「気ままにて御座候」…「父子鷹」「おとこ鷹」とは、違うんですが…初めてご一緒する水谷八重子さんが僕の伯母上。面白いキャラクターで…嫁が葉子ちゃん。
ラストブロックは「青春のふるさと」というところを…
いい日旅立ち 作詩・作曲:谷村新司
(1978年)
雪解け間近の 北の空に向い
過ぎ去りし日々の夢を 叫ぶとき
帰らぬ人たち 熱い胸をよぎる
せめて今日から一人きり 旅に出る
ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
過ぎ去りし日々の夢を 叫ぶとき
帰らぬ人たち 熱い胸をよぎる
せめて今日から一人きり 旅に出る
ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 夕焼を探しに
母の背中で聞いた 歌を道連れに
母の背中で聞いた 歌を道連れに
岬のはずれに 少年は魚釣り
青いススキの小道を 帰るのか
私は今から 思い出を作るため
砂に枯木で書くつもり さよならと
ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
青いススキの小道を 帰るのか
私は今から 思い出を作るため
砂に枯木で書くつもり さよならと
ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち ひつじ雲を探しに
父が教えてくれた 歌を道連れに
父が教えてくれた 歌を道連れに
ああ 日本のどこかに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 幸せを探しに
子供の頃に歌った 歌を道連れに
私を待ってる 人がいる
いい日旅立ち 幸せを探しに
子供の頃に歌った 歌を道連れに
旅人よ 作詩:岩谷時子 作曲:弾厚作
(1966年)
風にふるえる 緑の草原
たどる瞳かがやく 若き旅人よ
おきき はるかな 空に鐘が鳴る
遠いふるさとにいる 母の歌に似て
やがて冬がつめたい雪をはこぶだろう
君の若い足あと 胸に燃える恋もうずめて
たどる瞳かがやく 若き旅人よ
おきき はるかな 空に鐘が鳴る
遠いふるさとにいる 母の歌に似て
やがて冬がつめたい雪をはこぶだろう
君の若い足あと 胸に燃える恋もうずめて
草は枯れても いのち果てるまで
君よ夢を心に 若き旅人よ
君よ夢を心に 若き旅人よ
赤い雲ゆく 夕陽の草原
たどる心やさしく 若き旅人よ
たどる心やさしく 若き旅人よ
ごらんはるかな 空を雲がゆく
遠いふるさとにきく 雲の歌に似て
やがて深いしじまが星を飾るだろう
君のあつい思い出 胸にうるむ 夢をうずめて
遠いふるさとにきく 雲の歌に似て
やがて深いしじまが星を飾るだろう
君のあつい思い出 胸にうるむ 夢をうずめて
時はゆくとも いのち果てるまで
君よ夢を心に 若き旅人よ
風 作詩:北山修 作曲:端田宣彦
(1969年) 舟木さん歌唱:1975年
(1969年) 舟木さん歌唱:1975年
ライブアルバム「ゴールデンコンサート」に収録されています
人は誰もただ一人旅に出て
人は誰もふるさとを振りかえる
ちょぴりさみしくて振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も人生につまづいて
人は誰も夢破れ振りかえる
人は誰もふるさとを振りかえる
ちょぴりさみしくて振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も人生につまづいて
人は誰も夢破れ振りかえる
プラタナスの枯葉舞う冬の道で
プラタナスの散る音に振りかえる
帰っておいでよと振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
プラタナスの散る音に振りかえる
帰っておいでよと振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も恋をした切なさに
人は誰も耐えきれず振りかえる
人は誰も耐えきれず振りかえる
何かをもとめて振りかえっても
そこにはただ風は吹いているだけ
そこにはただ風は吹いているだけ
振りかえらずただ一人一歩ずつ
振りかえらず泣かないで歩くんだ
何かをもとめて振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
吹いているだけ 吹いているだけ
吹いているだけ…
何かをもとめて振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
吹いているだけ 吹いているだけ
吹いているだけ…
アンコール
~新曲/春はまた君を彩る
~新曲/春はまた君を彩る
作詩:松井五郎 作曲:南こうせつ
(5月27日発売)
(5月27日発売)
オープニングから威勢のいいスタンディングでスタートした「日本の名曲たち~ふ・る・さ・と」。アンコールの「春はまた君を彩る」を入れて全24曲、時間にして約90分のステージでした。
いつもながらというか、私的にはいつにも増して濃密な「舟木一夫ワールド」に感じました。中でも今回の「ラブコン」のおヘソは、まぎれもなく舟木さんがおっしゃったように「ものすごい道のりのふるさと」と位置付けられた中盤の「童謡/唱歌/わらべ唄/歌曲」を、ズラリと並べたブロックだったんではないでしょうか。
「スキー(唱歌)」から「ROCK'N ROLLふるさと」というステージの流れの構成の妙と見事な演出、そしてアレンジ、全てが計算しつくされ、洗練されていて素晴らしいコンサートでした。
「スキー」は、溌剌とした生命力に溢れた舟木さんの若々しい歌唱の躍動感に身体が動き出してしまいました。小学校三年生のシゲちゃんの晴れ舞台が、まざまざと目に浮かびました。
「ふるさと」は、わけもなく心が震えて涙腺がゆるみ、「夕焼け小焼け」は、理屈抜きに懐かしい原風景が眼裏に広がり、わらべ歌独特の音階の耳ざわりを楽しむ「通りゃんせ」から、今は失われてしまった鍛冶職人の律義さや気骨が伝わってくるような「村の鍛冶屋」へと転じ、「村祭り」でさらにリズミカルに気分を高揚させて~バンドの皆さんもノリノリで本当に演奏を楽しんでいらっしゃる雰囲気がなんとも嬉しい~、ふたたび、なよやかなメロディーラインの「朧月夜」で朧に霞む美しい晩春の田園風景を目の前に描いてくださいました。
「ふるさと」は、わけもなく心が震えて涙腺がゆるみ、「夕焼け小焼け」は、理屈抜きに懐かしい原風景が眼裏に広がり、わらべ歌独特の音階の耳ざわりを楽しむ「通りゃんせ」から、今は失われてしまった鍛冶職人の律義さや気骨が伝わってくるような「村の鍛冶屋」へと転じ、「村祭り」でさらにリズミカルに気分を高揚させて~バンドの皆さんもノリノリで本当に演奏を楽しんでいらっしゃる雰囲気がなんとも嬉しい~、ふたたび、なよやかなメロディーラインの「朧月夜」で朧に霞む美しい晩春の田園風景を目の前に描いてくださいました。
そして圧巻は「さくらさくら」…現在の舟木さんのスケールの大きな歌唱と「さくらさくら」という「歌曲」との融合が、これほど優美な世界を繰り広げてくれるなんて、舟木さんの歌い手としての力量を私は、まだまだすべて知ってはいないということに気づかされてしまいました。こういった「何が飛び出すかわからない」コンサートでは、しばしば舟木さんの未知の魅力に触れてしまったようで、嬉しい「新たな発見」に胸のざわめきを感じてしまいます。もう2日も経ってしまったのに未だ「舟酔い」冷めやらず、かなりテンションが上がったままです(笑)
濃尾平野のド真ん中、萩原町で育った歌の上手な小学生・シゲちゃんが、中学生になると音楽の好きなハーモニカ少年に成長していき、そのうちに流行歌手を志して、あっという間に詰襟の爽やかなアイドル歌手となっていくプロセスが走馬灯さながらに目の前に繰り広げられていくようなひとときでした。
上田少年と日本を代表するトップシンガー舟木一夫が、何の不自然さもなく交錯している魅惑的な時空間にうっとりと酔いしれるコンサート…ここしばらくのコンサートの中でも、ひときわ、クオリティの高さが際立つ構成と演出で、舞台芸術の醍醐味を堪能させていただき、私にとって、きっといつまでも心に残る「ラブコン」となることでしょう。
アンコールでは、今月27日に発売の新曲「春はまた君を彩る」が、関西では初披露されました。
3月からスタートした「2015 舟木一夫 コンサート」が、4月まで関東のみでしかステージがありませんでしたから、ファンの皆さんは本当に待ち遠しく思っていらっしゃったので、多分、その気持ちを汲みとってくださって、「ラブ・コン」の構成の中のどこかでセットして下さるんじゃないかと皆さんが期待されていたと思いますから、感激もひとしおという空気で会場が満たされました。
そして、この「春はまた君を彩る」は、今回の「ふ・る・さ・と」をテーマにしたステージを流れる懐かしい風景やぬくもりを丸ごと抱きかかえるように、アンコール曲としての輝きを放ってくれました。
これまでの舟木さんには珍しく「ヒット」も、意識の中においていらっしゃるように感じられます。舟木さんがトークの中でおっしゃったように「僕が歌うと演歌も抒情歌のようになる」という意味では、演歌やカラオケにはあまり縁がない層の「青春歌謡」派の団塊の世代を中心に「大人がだれしも、ふっと口ずさめて心和むような歌」として、「春はまた君を彩る」が「抒情歌系流行歌」としてジワジワと広がっていってくれたらいいなぁと願っています。日本の四季や日本語の美しさ、人の旅路というものを、その儚さゆえに尊び、愛おしむ心やさしさ…
「昭和の青春」を生きた私たちだからこそ、こういった歌を大切にしていくつとめもあるような気がしてきています。
~南こうせつ恒例野外コンサートに舟木一夫が登場~
ネットニュースで遭遇した情報です ↓
http://news.livedoor.com/article/detail/10093764/
http://news.livedoor.com/article/detail/10093764/
シークレットゲストとして出演した舟木一夫(70)は「高校三年生」と新曲「春はまた君を彩る」を歌唱。「春は-」を作曲を手掛けた南は、「舟木さんがフォークを歌うとどうなるのかが楽しみでした。私が今、最も歌を聞きたいアーティストです」と紹介した。舟木も「屋外で歌うことはほとんどないのですが、52年前に1度だけ番組の公開録音で歌ったことがある」と懐かしんだ。