遅くなりましたが、6月10日の名古屋でのコンサートのレポートです。
こちらの「お出迎え」ショットは、いつも、素敵なアングルの舟木さんを届けてくださる舟友さんからのものです
私のブログでのご紹介を快く了解してくださっていて、心よりの感謝です。動きのある舟木さん若々しいですね。
それでは、今回も舟木さんのトークを中心にコンサートの模様をご報告します。
トークは昼と夜をまぜてまとめています。ご了承お願いいたします。ピンク文字は舟木さんのトークです
トークは昼と夜をまぜてまとめています。ご了承お願いいたします。ピンク文字は舟木さんのトークです
舟木一夫 コンサート 2015 日本特殊陶業市民会館 6月10日
ピアノのやわらかな音色で「高原のお嬢さん」がシンプルにアレンジされているヴァージョンがこの日も、まず緞帳が下りたままの客席に流れて、仄かに白い雲がスクリーン状になった緞帳を流れていきます、その雲の流れをボンヤリと見つめて、しばし、舟木さんの歌声にうっとり聞き惚れていると、緞帳がおもむろに上がって舟木さんの姿が、現れて、「♪つぶらなる瞳よ♪」とツーコーラス目に入りました。
オープニング
~高原のお嬢さん
~高原のお嬢さん
今日はお天気もよくて、ポカポカとアツい中(笑)…ようこそお越し下さいました。もうすっかり夏ですね、と申し上げていい季節になりました。僕らにとって夏は荷物が少なくなるので移動するにはラクでいいんですよ。
コンサートにも色々あって、ヘンな呼び方ですが、僕たちは「通常コンサート」と呼ぶんですが、こういうコンサートは、時間もたっぷりあるので歌い手もアレコレ歌えて楽しいんです。のんびりとお楽しみください。
~プレゼントタイム/メドレー
花咲く乙女たち
くちなしのバラード
映画「友を送る歌」もっとも親しかったという仕事仲間の山内賢さんと
東京は恋する
東京は恋する
北国の街
友を送る歌
まあ、コロコロとしたリズムで5曲がつながってますが…青春時代…そんな言葉が出てくると年をとったということで(笑)去年の12月で70になりましたが、客席も…と見渡してみる舟木さん(笑)
若い頃の歌はテレくさい歌詩もあるのに、不思議にお客様とご一緒にいると自然に歌える…(笑)でも、歌えない歌詩も…「君たちがいて僕がいた」のスリーコーラス目「♪大人になるのはこわいけど」…こわくなりすぎてますが(笑)「北国の街」も「♪明日もいい娘(こ)でいてほしい」とか…(笑)恥ずかしい歌詩が出てるのは避けるしかない…(笑)
なるほど、大抵ツー・コーラス歌う場合は1番、3番と歌うようですが、言われてみれば「君たちがいて僕がいた」も「北国の街」も1番、2番を歌っていらっしゃいましたね(笑)
プレゼントはこの日も昼夜ともに、とってもたくさんでメドレーの5曲を歌っていらっしゃる間中、ずっと受け取っていらっしゃいました。
夜の部では、「友を送る歌」1箇所、歌詩間違えました…と自己申告がありました。また、昼ごはんにピザパイを食べ過ぎてベストがちょっとキツイ…と~ベストと言われたのかウエストと言われたのか定かではありませんが(笑)
舟木さんが言うピザパイというのは、普通に言うピザのことだと思いますが、最初、舟木さんの口からこの「ピザパイ」という言葉を聞いた時に、とっても懐かしいひびきだと思いました。考えてみたら、昭和40年の前後くらいに料理雑誌などに作り方の載っていた頃は「ピザパイ」と呼んでいたような記憶があります。でも、舟木さんが食べ過ぎた「ピザパイ」の正体はあのサクサクしたパイ生地のものか、ごく普通のピザのことかその真相は不明です(笑)
また、「友を送る歌」に関連して映画の「友を送る歌」のことなど思い出されたのか、青春時代に一緒に仕事をした仲間は、たまに電話なんかしても…と思いをめぐらされていたような感じです。
マコちゃん(和泉雅子さんのこと)は、半分男みたいなもんですからね(笑)
舟友さんの夜の部の花束です
ここで、誰しもこういう景色にめぐりあってきてるという歌を3つつなげます。
その人は昔のテーマ
哀愁の夜
眠らない青春
この日の昼の部の小林さんのサックスは、ラストをこれまで聴いたよりもさらに長く長~ぁく引っ張っていつまでも終わらない(笑)客席は、大喜びで大拍手でした。「だから、俺より目立つなって!」と言ってから左手を小林さんの方に向けて「小林哲男!」とやさしい目で紹介する舟木さんでした。どうやら小林さんはまだ「花の独身」らしく「どっかにいい人がいたらお願いします(笑)」…何を思ったか、そのあと客席に目をやって、いたずらっぽく「年上の人でよかったら(笑)」とふざける舟木さん。小林さんのステージ姿とサックスやフルートの音色がとってもステキだから、そんなこと言ったら候補者が殺到しますよね~(笑)
「哀愁の夜」なんていうのは特に目立ったところはないんですが、昭和の流行歌のいいところがいっぱい詰まってる…流行歌は昭和で始まって昭和で終わってる。先日、船村先生と食事した時にも話したんですが、作曲家の立場で、詩がおくられてくるとわかる…と、この人はいくつぐらいだろうと…言葉の選び方で大体、世代がわかると…。
キャリアが長くなると曲数は増えるんですが、歌い手は一人ですから(個性もあるから)作る側のイメージもあるので、先行したイメージ(デビューした当時の)もあって、僕なんか「マジメそう」だし、「なんとなく内気」で、近所の評判も良くて…犯罪者に一番多いタイプですから(笑)、まさかデビュー一年目に「なみだ船」歌うわけにはいかない(笑)
流行歌には、先輩たちが、もう歌わなくなっておきざりにされている歌がいっぱいあるんですね。
持ち歌だけじゃ物足りなくて、先輩の歌をきいて、あ、あれ歌いたいな…と、僕が子どもの頃に聞いたのからこっち(の時代)、あとは古典…童謡、唱歌、歌曲…からそのつど選ぶ「日本の名曲たち」今回は、ちょっとポップス系、さりげなく背中を押されたような気がする応援歌を2曲。
持ち歌だけじゃ物足りなくて、先輩の歌をきいて、あ、あれ歌いたいな…と、僕が子どもの頃に聞いたのからこっち(の時代)、あとは古典…童謡、唱歌、歌曲…からそのつど選ぶ「日本の名曲たち」今回は、ちょっとポップス系、さりげなく背中を押されたような気がする応援歌を2曲。
~日本の名曲たち~
空に星があるように
上を向いて歩こう
「上を向いて歩こう」では、右手で腰を軽くたたいてリズムをとる舟木さんが若々しくてカッコいい…
若い頃にうっかり聞いていた時は、こういう歌は傷ついてる歌に聴こえるわけですが、実はそうじゃない…こういう言葉の陰に「みんなそうでしょう…」というのが隠れてる。最近はそういうのがないでしょ?
歌謡曲の山がちっちゃくなった。僕らの頃は、流行歌の黄金時代で、すそ野が広かった。昭和の歌謡史で、僕らの世代が言う「流行歌」というのは元をただせば「演歌」が基本で、演歌のメロディーが真ん中にあると思うんですが、フォーク、GS、ニューミュージックの人たちは自分たちの曲を「流行歌」と言われるのを嫌うようですが「流行歌」なんですね。「歌謡曲」ではないんですね。
今は、「演歌」という池があって、そのほかのがない…流行歌がヤセちゃったという気がする昨今でありやなしや…いかがなものと…と最後はちょっと軽く流してみるのが舟木流?(笑)
今は、「演歌」という池があって、そのほかのがない…流行歌がヤセちゃったという気がする昨今でありやなしや…いかがなものと…と最後はちょっと軽く流してみるのが舟木流?(笑)
コンサートは聴くばかりのものではない…ずっと座ってるとお尻もいたくなるから…立ちあがって参加していただいて…
銭形平次
~スタンディング&サインボール
~スタンディング&サインボール
新曲 そばにいるから
~スタンディング
~スタンディング
スタンディングとサインボール打ち…これが舟木さんの若々しさの源かな?(笑)
「アッツ~ゥ!」もうそろそろ夏場だから、こういうのやめりゃいいんですが、アホだから…(笑)
1曲目のは「銭形平次」、ふたつめの「そばにいるから」は5月27日に出たカップリング、大昔の言い方でB面…「銭形平次」は福山君が気に入って、最近、よく唄ってるようだから当分彼に任せといて(笑)情報によると近々、
*テレビデヴューするそうで…時代劇の主題歌としては跳びぬけた印象ですよね。だから彼が面白がってチャレンジしたんでしょう、今ごろでは珍しいんでしょうね。
*テレビデヴュー:このことでしょうね。
*「銭形平次」に関連しての情報* (福山さんの出演情報です)
福山雅治、カバー曲「銭形平次」テレビ初披露
NHK・BSプレミアムの音楽番組「The Covers」(毎週月曜 後11:15~11:45)
特別版として22日、29日と2週連続出演。とのことです。
http://www.oricon.co.jp/news/2053901/full/
福山雅治、カバー曲「銭形平次」テレビ初披露
NHK・BSプレミアムの音楽番組「The Covers」(毎週月曜 後11:15~11:45)
特別版として22日、29日と2週連続出演。とのことです。
http://www.oricon.co.jp/news/2053901/full/
僕の歌ってる原盤を聞いたらしいです、カッコよくて、色っぽいって言ってましたが…ジョーダンじゃない、あの頃、21(才)だったんですから(笑)、それとも元々色っぽかったのかなぁ…(拍手)
結構、その気になってる舟木さん?(笑)がとってもキュートでした。でも、確かに21才でもしっかり江戸前の男のいなせさや色気を感じさせる歌いっぷりですね。
銭形平次 1966年盤 (舟木さん21歳の時の音源)
福山雅治さんが「銭形平次」を聴いて気に入ってくれて、歌い継いで下さっていることは、「日本の名曲たち」をステージにのせていらっしゃるご自身の気持ちと呼応していると感じてとても喜んでいらっしゃる舟木さんの嬉しさが伝わってきました。
「そばにいるから」のことを長寿庵のコマーシャルじゃありません…とおっしゃったような気がするのですが、長寿庵という老舗の蕎麦屋さんのことをひっかけたシャレだったのかも(笑)
いろいろお話ししつつ舞台袖に御色直しの白のジャケットを取りに行って、また肩袖だけ通してひっかけたままのスタイルでステージ中央までトコトコ歩いてくる舟木さんに客席は大ウケでした。
これ、舟木さんもお気に入りのようですから、夏場はしばらく続くのかな?(笑)
デヴューがアレですから、そのあといろんなカーブが出てきて、声の質なんかで作家の方がそのへんをとらえてみたんだと思いますが、日本の四季が絡んでくる「涼やか」という感じのもの…「絶唱」から…
~抒情歌のメドレー
絶唱
まだ見ぬ君を恋うる歌
あゝりんどうの花咲けど
夕月の乙女
夕笛
初恋
浮世まかせ
早いものでもう53年に経ちましたね。70になったんで、どこまでもつんだ?と…今度の「周年」がくるのが55周年。とりあえず目標は55年(目まで)ということで(拍手)
ところがそのメモリアルイヤーをやっつけると73になるんですね。まぁ、今の感じだとそこまではなんとかなるでしょう。そのあとのことになると委細面談ですね。
53年なんて長い旅を皆さんとご一緒できた幸せな歌い手です。
53年なんて長い旅を皆さんとご一緒できた幸せな歌い手です。
そのうちウワサが聞こえなくなって、ある日ワイドショーなんかで…
と、そのあと舟木さんらしい軽口で客席にも笑いが起こりましたが、それも地元ならではのリラックスした空気に包まれてのジョークなので客席もサラリと受け流して「阿吽の呼吸」という感じでした。
年をとれば当然声そのものは衰えてきますが、まぁ、いい響きで歌えてますから…(大きな拍手)
毎度ありがとうございます。でも、行ってみなくちゃ、わかりませんよ。いつ辞めるか、どういう風に辞めるかを、還暦を迎えた頃には考えたんですが、この頃はいけるとこまで行ってみようと(大拍手)
ラストは70になったんで、思いっきり吹っ切って52、3年前の歌をズラッと並べてみようと…
あゝ青春の胸の血は
君たちがいて僕がいた
高校三年生
学園広場
少年いろの空
「少年いろの空」のイメージそのままにブルーのライトに浮かび上がる少年のような表情の舟木さんでした。最後に、ラストブロックの曲名を、全部紹介して、晴れやかな笑顔で幕。
一旦、降りた緞帳が上がって、大きな拍手の中、再び登場。黒のジャケットに着替えていらっしゃるので正装のような黒のスリーピース姿です。
いつものお約束のセリフ「池のコイじゃないんだから…」とにこやかに「ブツブツ言ってるわりには、ちゃんと着替えてるというワケですが…(笑)」
いろいろと面白いことも、つまんないこともありましたが、時計の針は逆に戻せないんだから…僕なんかもちょっと前までは、時々思った…「オレの歩いてきた道はどうだったのか…」でも、間違ってる道なんてあるわけがないんです…
こういうタイミングでこの歌が出てきたというのは、歌い手としてのツキがまだ残ってたと…歌い手は、こういう歌は、ただ歌ってるだけです…と、この日も、全く気負いなく唄える歌にめぐりあえたことの嬉しさが、伝わってくる舟木さんのメッセージを添えたラストソング「春はまた君を彩る」
最後に、つい先日、手に入れたばかりの「月刊歌の手帖/2011年9月号」に掲載されていた舟木
さんの巻頭インタビューの中から、抜粋してご紹介します。舟木さんの4年前の心境です。
聞き手:では、逆に言うと、50周年は決してゴールではない?
舟木さん
そういう風には全然捉えていません
聞き手: そう聞いて安心しました。
舟木さん
少なくとも今、目標にしているのは50周年ではなく70歳。今、66歳だから、70歳まで唄えるか?……こっちの方がよっぽど重大だから
聞き手: それは「70歳まで行くぞ!」という強い思いですか?
舟木さん
いや、いければ良いな、と(笑)。特に思うのはコンサート。1時間40分前後のソロコンサートを70歳までやれるか?……それが問題だ(笑)。70歳まで唄えたら、次は75歳……とても無理だな(笑)。
俺はいつまで舟木一夫をやっていられるだろうか?…そういう事だと思う
舟木さんに「いつまで舟木一夫をやって」いただけるのか…それは、必ずしも舟木さん一人にかかっていることではないのでしょうね。私たちファンひとりひとりが「舟木一夫が舟木一夫でいられる」時間の長さをそれぞれの手に握っているのかも知れません。一日でも長く「舟木一夫をやっていただく」ために、精いっぱいのエールを贈って舟木さんのパワーとパッションのエネルギー補給にしていただ
ければと心から願っています。