本日は八王子オリンパスホールで「2016 舟木一夫コンサート」が開催されていますね。
関東方面の皆さん、お楽しみ中でしょうね
さんぽの途中の道路脇に咲いていました。なんの花でしょう?
月見草に似た花びらと形です。桃色月見草?
先日、メルパルク大阪「ラブコン」のレポートでも、ご案内したように、最近、舟木さんのトークに、船村先生の話題が度々登場しています。「春哀し」は舟木さんの15周年の頃にリリースされた曲ですが、船村先生が、今の舟木君の声で聴いてみたい…とおっしゃったとトークで、嬉しそうに言われた舟木さん。その一週間後のメルパルク東京では、「春哀し」をシングルで再吹込みされるようなお話もなさったとのこと。
今、連載している「舟木一夫 歌のプリンス」には、船村先生からの寄稿文やおふたりいっしょのお写真も掲載されています。同じく西條先生の文章も掲載されていますので、併せてご紹介させていただきます。「今更ながら」の50年ほど前の記事ではありますが、いずれも、私たちファンにとって、本当に我が意を得たりの嬉しい文面ですね。
コロシート 舟木一夫/歌のプリンス(1968年8月発行)
創作意欲の湧く歌手 舟木君と私 船村徹 (コロムビア専属作曲家)
作曲家にとって、創作意欲の湧く歌手と、ぜんぜん湧かない歌手がいる。舟木君は私にとって、モウレツに創作意欲を湧かせてくれる数少ない歌手のひとりである。
一昨年(昭和四十一年)の夏、暑いさいちゅうを私は、舟木君と組んで大変な仕事をした。
それは、芸術祭参加作品「その人は昔」というLPレコードで、歌とナレーションと音楽によって構成された、いわば一種の新しいミュージカル的なレコードだった。舟木君は、私が作曲した数多いバラエティに富んだ歌に、ひたむきにとりくんでくれベストをつくしてくれた。その出来上がりは、私が期待した以上で、このレコードはLPレコードとしては画期的な大ヒットとなった。三ヶ月の労作に私は疲れたが、それは快い疲労感であった。
それは、芸術祭参加作品「その人は昔」というLPレコードで、歌とナレーションと音楽によって構成された、いわば一種の新しいミュージカル的なレコードだった。舟木君は、私が作曲した数多いバラエティに富んだ歌に、ひたむきにとりくんでくれベストをつくしてくれた。その出来上がりは、私が期待した以上で、このレコードはLPレコードとしては画期的な大ヒットとなった。三ヶ月の労作に私は疲れたが、それは快い疲労感であった。
昨年(昭和四十二年)彼の為に「夕笛」を作曲した。西條先生の初恋の思い出を歌った叙情ゆたかなロマン歌謡である。舟木君は、詩曲の味を十二分に歌に表現して私たちを満足させてくれた。私はこれからも舟木君と一緒に良い仕事をしていきたいと思う。
↓この写真は別のコロシート掲載のものです。
その人は昔
清純な歌手 西條八十 (コロムビア専属作詩家)
舟木一夫君は清純な歌手である。
ぼくも永い間歌を書いてきたが、すべてに於いてこんな清純な感じを持った歌手に会ったことがない。
お世辞ひとつ使うじゃない、そうかと言って有名になったからといってちっとも威張らない。ただの学生
ぼくも永い間歌を書いてきたが、すべてに於いてこんな清純な感じを持った歌手に会ったことがない。
お世辞ひとつ使うじゃない、そうかと言って有名になったからといってちっとも威張らない。ただの学生
まるだしである。
正直に言って、そう豊富な声量の持ち主とは言えないが、歌のかんどころをちゃんと知っている。聡明な歌手である。ぼくはこの清純な若い歌手に抒情詩を唱ってもらうのを非常に楽しくおもう。
現在のレコード界は乱れきっている。唱われているのはウタではなくて、ヌタである。歌詞も作曲も支離滅裂であり、落語家が唱い、テレビタレントが作詞作曲をやっている。こんな状態が永続するとは思わないが、その渾沌の中でもぼくは清烈な詩のひびきを高くひびかせたい。そしてそれをやってくれる歌手は舟木一夫ただ独りだとおもっている。