年末から年始にかけて、多忙をきわめていて、今も、相変わらずの状況なのですが、10日、11日と所用で大阪に行っていましたので、往復の近鉄特急の中で少し時間がとれました。今さらですが…昨年12月の新橋演舞場公演「華の天保六花撰~どうせ散るなら」…お芝居を観ながらとった覚書のメモをまとめてみました。いくらかの感想もまじえて、ご紹介させていただきます。
舟木一夫特別公演 2016年12月2日(金)~24日(土)
「華の天保六花撰~どうせ散るなら」
齋藤雅文:作 金子良治:演出
第一場 金子道場 天保十二年頃 晴れた秋の午後
市之丞 衣装 ブルーに模様入りグレー系の生地を襟と袖にあしらった着流し
金子市が指南する道場の稽古風景の場面から幕が開く。片岡直次郎、料理人の丑松たちが、門人たちに稽古をつけている。しかし、どこか曰くありげな道場だ。誰やら大切な客人が来るというので市之丞は羽織を着て待つ。花道から、市之丞の仲間で御数寄屋坊主の河内山宗俊が松江藩の家老北村大善をともなってやってくる。
大膳は、徳川家斉に近く仕える時の権力者である中野碩翁への賂として御禁制の南蛮渡来の美術品白馬を内密で買いにやってきたのである。
淡いグレーの羽織
大膳が帰ったあと、直次郎に母から手紙が届く。市之丞たちは、直次郎のために、遊び半分のいたずら心も手伝って、ひと芝居打つ相談をする。腐敗しきった権力に抗う無頼の徒「六花撰」たちのドラマのはじまりである。
第二場 中野石翁の別邸 七日後の夜
市之丞の着物は淡いブルー・グレー、羽織袴は淡いグレーの小紋柄に見えた
市之丞たちは、中野碩翁の別邸が、空き家になっていると知り、直次郎を殿様に仕立て上げて、御母堂様を歓迎する宴を準備して賑やかに騒ごうという趣向。直次郎の母おたねが三千歳に案内されて花道から登場。 母おたねの願いは直次郎と許嫁おなみと一緒に郷里で静かに暮らすことだった。おたねが、皆への感謝の気持ちを「盆踊り」で…と直次郎を促して、一同が揃って飲んで、歌って、踊っての宴たけなわに、留守宅にともる灯りを不審に思い、碩翁が邸にやってくる。何も知らないおたねは碩翁にも一緒に踊ろう!と手をとって踊る。無言で踊ってみせる碩翁。やがて、暗転、盆踊りの輪を抜けた市之丞と碩翁の二人だけにスポットライトが当たる。火花を散らす市之丞と碩翁。沈黙したままでの、お二人の目の演技が、印象的だった。
第三場 A 松平出羽守邸奥座敷 翌日の昼
行儀見習いとして奉公しているおなみに横恋慕した出羽守の無体を拒むおなみは奥座敷に押し込められる。
そこへ、市之丞と河内山がおなみを連れ戻しに…
一旦、舞台には、ブラインドが降りてきて場面転換。花道には市之丞と河内山が登場
花道での河内山と市之丞の阿吽の呼吸のセリフのやりとりが感動的だった。
直次郎の母の親心にほだされた市之丞が己れの心情を語る。当たり前の人の子の情とアウトローとしての狭間で揺れる市之丞の想いを舟木さんが過剰に走らずクールに抑えたセリフで巧い!…。舞台役者としてのバランスのよい表現力にあたらめて驚く。
グレーの着物に黒紋付き羽織袴、襦袢も黒の寺侍のいでたちの市之丞
第三場 B 同玄関 続く時刻
花道から市之丞と市之丞に無理やり大芝居を託された河内山がもつれつつ、じゃれあいつつ舞台上に進む 。金子市と河内山の掛け合いが楽しく見事なコンビネーションに客席は笑いの渦。
お二方の喜劇のツボの抑え加減の妙が上質で品よい笑いを誘い客席にもなごやかな空間がふうわりと広がる。笹野さんの河内山の騙りの長ゼリフも表情も品よくて後味良く好感度満点。
歌舞伎の河内山の決めゼリフ「とんだところへ北村大膳!」「さあさあさあ…返答、如何に!」など、笹野さんの軽妙、かつ確かな芝居に拍手喝采!笹野さんの熱演をサポートするかのような舟木さんのリアクションもスキがない
第四場 中野石翁の別邸の中庭 しばらく後・夕焼けが始まる頃
鮮やかな紅葉風景の書き割り美術が見事。
直次郎はおなみを連れ戻しに行った市之丞と河内山を心配して落ち着かない。花札に興じつつも丑松と三千歳もまた二人を案じている 。乱暴な中にも心意気と人情にあふれたセリフの数々が嬉しい
花道から金子市と河内山が無事におなみを連れて戻ってくる
舟木市之丞は舞台上でセリフを語りつつ羽織袴を脱ぎ、足袋も脱いで着流しに…
すべての動作、所作が美しく流れるよう。
すべての動作、所作が美しく流れるよう。
芝居をしているという以前に時代劇の世界そのものが身体に馴染んでいるからでしょう。動いていても静止していても頭から爪先まで終始自然で見ていて素敵に心地よい。
母おたねと許嫁おなみと共にいなかに帰って親孝行するようにと金子市に諭される直次郎。
自分やほかの仲間たちにはもうできない「親孝行」…せめて直次郎には「親孝行」をさせてやりたいという仲間たちの想いを市之丞が切々と直次郎に語る場面がお芝居であることを忘れさせて胸に迫る。舟木一夫の舟木一夫たる魅力の由縁そのものというセリフを市之丞に語らせる脚本にブラボー!
直次郎は市之j丞の厳しくも温かで心優しい諭しを受け入れる。そして、六花撰のうち残った市之丞、河内山、森田屋、丑松、三千歳の五人。市之丞が四人それぞれにそれぞれへの別れの想いを投げかける場面づくりも丁寧でいい。
無断で屋敷に入り込んだ無礼の侘びをするために碩翁にひとり会いに行く市之丞。花道をゆく市之丞の背中を押すように流れるポップス調アレンジ「春はまた君を彩る」が斬新で、時代劇でこの曲を使いたかったという舟木さんのセンスに脱帽!
第五場 中野石翁の屋敷 その夜更け
市之丞の衣装は、黒紋付きの着物と羽織、袴は白地に黒の縞柄
市之丞と碩翁の緊迫した対峙から互いの苦悩や寂しさを分かち合うかのように心通わす場面へと展開していくこのお芝居の静の場面の極みである。立ち回りもさることながら役者としての「しどころ」といえよう。脚本の良さがここでも光る。
緊張感と情感のメリハリが見事な演出に加え、里見、舟木のご両人の表現者としての貫禄を見せつけられる。この場面の舟木さんは、序盤の侍言葉から徐々に悪党言葉へと変わるセリフに市之丞の碩翁への思慕を込めた切ないまでに純な想いを表現して出色。
またわが子を自らの手にかけた碩翁の哀しみ、自責の念。市之丞にその息子の面影が重なったと打ち明ける碩翁の里見さんの実のある佇まいは権力を欲しいままににしてきた男の裏の心…寂寥感を滲ませ圧巻。
市之丞もまた碩翁に顔も知らない父の俤を重ね合わせ二人の間に流れた偽りのない誠の情愛。
束の間の温かな時を過ごす二人を冴えざえとした美しい月が照らし出す。二人は静かに盃を交わすが碩翁の邸がお上の捕り方に取り囲まれる。舟木市之丞の盃と銚子、懐紙など小道具の扱いの美しさに目を奪われた。
碩翁とともに邸に立てこもって戦おうとする市之丞の想いを知りながらも「迷惑千万!」と拒み逃がす碩翁。
心を残し後ろ髪引かれながらも立ち去る市之丞に「短い縁えにしであったが、楽しかったぞ!市之丞、生きろよ!」と叫び槍を手にひとり戦い続けやがて命の終焉を迎える貫録の里見碩翁。
第六場 千住の外れ 続く時刻
郷里に発つ直次郎親子の乗る舟が出る渡し場に市之丞が表れる。
おたねが市之丞たちの打った大ウソの芝居を全部見抜いていたことを知り、驚きと自分たちの情けなさ、申し訳なさにうちひしがれる市之丞の心のうちを全身で絞り出すように表現する舟木さんにまたまた涙…
おたねが市之丞たちの打った大ウソの芝居を全部見抜いていたことを知り、驚きと自分たちの情けなさ、申し訳なさにうちひしがれる市之丞の心のうちを全身で絞り出すように表現する舟木さんにまたまた涙…
市之丞を直次郎の実の兄のように思うと言うおたねの情愛に、こらえきれずに涙する市之丞。差し出されたおたねの手を思わず取ろうとして、踏みとどまる。その胸に去来するのは故郷に残してきた産みの母の面影か…
直次郎たちを乗せた舟が去り、舞台は荒れ野を思わせる暗闇に…
第七場 月の江戸 続く時刻
舞台奥から碩翁を乗せた籠がやってくる。
新たに権力を握った水野忠邦の手先の捕り方たちを追い払って籠に近づく市之丞だが…
籠の中には変わり果てた碩翁の姿。驚き、嗚咽する市之丞。
そして、哀しみが怒りへと変わっていく…故あって無頼の道をたどってきた市之丞が「無頼の無頼たる義の貌」を見せる大立ち回りが繰り広げられる。瞬時に黒の着物を引き脱いで白の襦袢にたすき掛けとなる市之丞。
荒狂うごとくにまた華麗に舞台中央から花道七三へ、再び舞台中央へしと動き回る。
舞台上手から丑松、花道からピストルを手にした河内山も登場。森田屋の打ち上げた花火も炸裂してのクライマックス。愛すべき無頼漢たちの大暴れの場面は昭和の娯楽時代劇の大詰めを思わせる。
市之丞の決めゼリフ「どうせ散るなら、ここらが汐だ。威勢好く行こうぜ!」
再び大立ち回りが長く長く…長く続く。(百四十手)
キラキラ光る七色のものが降ってくる。雪?…桜?…
いつの間にか市之丞の頭上に巨大な三日月が昇り…やがて三日月は市之丞たちの命の炎のごとく真紅に燃えていく。
舞台中央のセリ台が上がり、中空で市之丞が見目麗しく刀を構えて見栄を切って幕が降りる。
「華の天保六花撰~どうせ散るなら」完
千秋楽・夜の部、一場の衣装が、こちらでした。