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Channel: 舟木一夫の世界~れんげ草の咲くさんぽ径~
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「花の生涯~長野主膳ひとひらの夢」50周年ファイナル公演/新橋演舞場

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   舟木一夫 芸能生活五十周年記念ファイナル特別公演~新橋演舞場
            2013年  6月7日~6月29日
           「花の生涯~長野主膳ひとひらの夢」
 
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今回のファイナル公演のれぽの中で、とうとう最後に残ってしまったのがこのお芝居のまとめです。う~ん、とっても悩ましい、難しい・・・既にたくさんの舟友の皆さんがそれぞれの個性あふれる手法で、レポートして下さっています。正直なところ、もう「いまさら何を・・・」という想いがいっぱいなのですが、あくまでも私的な観点からの、覚書ということで振りかえってみることにします。
 
直弼の里見さん、たか女の葉山さんについてはたくさんの舟友の皆さんがブログで賞賛されていますので大変申し訳ありませんが文字数の関係でここでは省略させていただきます。
 
『花の生涯~長野主膳ひとひらの夢』
原作:舟橋聖一  脚本:齋藤雅文   演出:金子良次
 
                彦根市長野主膳屋敷跡(「直弼二十二景」より)
 
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あらすじ
徳川幕府成立から200年余り。幕藩体制が揺らぎ、世の中が騒然としていた幕末期。井伊家の十四男で十二代当主直亮の弟直弼は、世に出る望みもなく、埋木舎と名付けた屋敷で和歌、音曲に明け暮れ世捨て人のような暮らしを続けている。一方、伊勢松阪の浪人である長野主膳(舟木一夫)は、国学を学びながら、諸国の賢人を訪ね歩いていた。そんな折、彦根城下の遊郭、金亀楼前で起きた騒動の折、この二人は運命的な出逢いをしたのだった。
 
直弼と主膳は、国学を通じ、師弟として気心の知れた仲になっていく。そして主膳は、同じく騒動で出会った遊芸の師匠、村山たか(葉山葉子)と惹かれ合い、逢瀬を重ね、心を通わせるようになっていた。
その頃、直弼を世継ぎと定めるという知らせが入るが、直弼は、側近の言葉に耳を傾けようとはせず、断ろうとする。しかし、心を許しあった主膳の「己を殺すことなく心のままに生きる直弼が見たい」という言葉で任を引き受けることを決意する。金亀楼で出あった、たかに想いをよせていた直弼は、心を尽くして諭してくれた主膳への礼として、その想いを断ち切ることを約束する。
 
数年が経った秋の宵、京、先斗町の茶屋で主膳はたかと再会を果たした。たかからの文(書状)が、主膳のもとに届けられたからだった。開国に踏み切るには朝廷の許可が必要になる。そのカギを握るのは九条関白。たかは主膳を手引きし関白に会えるように段取りをするという。たかは直弼たちが朝廷と接点を持てるようにと公家侍に嫁いだのだと知って愕然とする主膳だった。
 
そしてその頃、直弼は藩主となった後、幕府の跡継ぎ問題で一ツ橋派と南紀派に分かれて内部対立が激しくなっていく状況の中で、南紀派に推される形で安政五年(1858)に大老の地位につく。
こうして直弼と主膳は否応なく急激な時代の流れに巻き込まれていく。数年の年月が流れ、頻繁に外国船が来朝し幕府に開国通を迫っている折、世の中は攘夷派と開国派に分かれ緊迫した空気が漂っていた。
 
主膳は、国家百年の基のため開国以外に我が国に生きる道はないと意を決した直弼の意向を受け、京都で攘夷派の動静を探っていた。主膳から帝(孝明天皇)の「開国の条約調印の許し」を得られないとの報告を受けた直弼は武家が政治を司る以上、単独でも条約を締結しようと決断する。京の厳しい状況を身に沁みて知っている主膳は直弼の身を案じ、必死に思いとどまらせようとするが、直弼の決意は揺るがない。
そんな直弼に主膳は、直弼を守ることに全力を尽くすことを誓い、自らの国学者としての立場を捨て、直弼に敵対するすべての者を排斥するべく「鬼と化す」ことを心に決める。世に言う「安政の大獄」の幕が切って落とされたのだ。
そして・・・安政七年(1860)三月三日季節外れの雪が降る雛の節句、藩邸で鼓と謡いをしていた直弼の鼓が突然破れる。妻の佐登は不吉だと心配するが直弼は意に介さない。そこへ水戸の浪士が直弼の行列に討ち入る企てがあるとたかが訪れる。たかが手渡そうとした拳銃を受け取らずたかに返す直弼。
そして、江戸城へ登城する直弼を待ちかまえていたのは・・・・
 
舞台展開 
第一場 彦根城下 遊郭「金亀楼」前 天保末年(1840頃) 初春の夕
第二場 金亀楼 奥の一部屋 三日後の夜
~第一場、第二場、第四場、第六場はあらすじの範囲のみとして略させていただきます~
 
第三場 湖のほとり 弘化三年(1846) 春の午後
この場面は、長きにわたる直弼と主膳の深い関係を凝縮させたような大切な場面だったと感じています。
直弼を次期藩主にという達しがあったにも関わらず、頑なに拒む直弼。側近たちの言葉も意に介さない直弼だったが、主膳は、真正面からは、そのことに触れず、たか女への直弼の秘めた想いを持ち出し「惚れた女子ひとり自分の想いのままにできないのか」と切り出した。それを突破口にして、「あなたはこれまで己を律することのみに生きてこられた。まことの心を胸の奥に押し込めたまま・・・ただ一度の生涯、悔いなき道をお進みなされ・・」この時、私は主膳という人間の持つ、人の心理を鋭く読み取る能力に驚きました。並みの男にはできない巧みな論法。後に、京で知られた「ネゴシエイター(交渉人)」となる主膳の手腕が、ここで演出されているんだ!と思いました。
主膳という人物は「影の大老」と人知れず呼ばれていたといいます。ある種、主膳はまぎれもなく、こういった特殊な才能を身につけていたのだと得心しました。直弼と主膳はほぼ同い年であるにも関わらず、「冷や飯喰い」とは言え、お坊ちゃま育ちの若様である直弼と、複雑な生い立ちで、自分自身の身の処し方を幼い頃から習得せざるを得なかった主膳。当然の如く、直弼にとって主膳は兄のような存在であったのでしょう。学問を通しての友、また「主・従」これら二つの関係のみならず、或る時は父のような存在でもあったのではないかとさえ思われました。
第四場 京 先斗町の茶屋 安政四年(1857) 秋の宵
 
第五場 江戸 桜田の藩邸 安政五年(1858) 初夏の夜
イメージ 4直弼の藩邸に主膳が京の朝廷の動きを報告するために現れた。帝からの開国の許しが出なかったと聞いた直弼が自ら単独で条約締結を強行すると言うのを必死に止めようとする主膳。第一場の出逢いの場から終始、学者らしく理知の勝った淡々とした物言いの主膳でしたが、直弼の身を案じ「お命が危のうござる!」とひと声高い調子になった。この時、始めて理より情のこもる台詞回しへと変化したように感じました。第三場の湖のほとりの場面で直弼に「心のままに生きる」ことを説いた主膳ではあったのですが、血気に走る直弼を危惧する想いが強く感じられました。そして、この時、主膳は直弼の決意を叶えるためにだけ自らの生涯を捧げようと心を決めたのではないでしょうか。いつしか主膳は直弼の真っ直ぐな想いをすべて受け止めるようになっていたのだと思います。それが主膳の直弼に対する友情であり、家臣としての忠義であり、また父とも兄ともいえる肉親のような情愛の証だったのでしょう。幼い頃から、父母や兄弟の情とは無縁であった主膳。直弼もまた同じような境遇にあったこと、この二人の結びつきの深さは互いに通じ合える運命(さだめ)の元に生まれた者同士にしかわからないものがあったのではないかと感じました。主膳の言葉「今、この時に国学者・長野主膳は死んだ!情も慈悲も捨てて鬼になろう!」この恐ろしい決意の言葉が冷酷とは聞こえずただただ悲痛な魂の叫びと聞こえたのは私だけではなかったと思います。
 
第六場 江戸 桜田の藩邸 安政七年(1860) 三月三日の朝

第七場 江戸 桜田門外  安政七年(1860) 同日しばらくの後
イメージ 5この場面は史実ではないフィクションの世界ではありますがこのお芝居の中で最高にドラマチックで、舞台美術のクオリティの高さにも心を奪われました。回り舞台と同じ雪布を敷き詰めた花道、銀世界の中を風のように駆け抜けていく主膳。それまでの各場ではきりりと結いあげていた髷は乱れ、前髪が額にはらりとかかり抜けるように蒼白な主膳の横顔の美しさに息をのむばかり・・・私が今回の舞台の中で一番すてきな舟木さんを感じた場面です。他のどの俳優にもこの壮絶でありながら匂いたつような美しさを醸し出すことはできないと思いました。私はふと若い頃の舟木さんの『残雪』のラストシーンの高彦さんの面影を思い出していました。「哀しみに満ちた美しさ」です。そして、それまでの主膳の沈着冷静な声のトーンから一転してみせるしぼり出すように哀切な叫び・・・「殿ぉ~っ、殿~ぉ・・・この主膳をひとりおいて何処へ行かれるのだ!・・直弼殿~ぉ、直弼殿ぉ・・直弼殿ぉ~っ!」この場面を見ていて「序・破・急」という日本古来の雅楽や能で使われる構成上の効果的なリズム感覚。芝居のストーリーの展開にともなって主膳の台詞は「序・破・急」のリズムを取り入れているように感じました。意図したものであるのか、長い舞台経験で自然と身につけられたものなのか・・・序盤では、しっかりと矯めた情熱を徐々に噴き上げていくような主膳という人間の変化、そして直弼との関係の変遷を感じ、そこに歳月の流れをリアルに感じとることができました。表現とは何か、俳優としての技巧もさることながら主膳という人間の「性根・了見」(歌舞伎役者や噺家が登場人物になりきるという意味で使う言葉)を見事に体現した舟木主膳がそこに見えてきました。
 

第八場 満開の桜 その春
イメージ 6直弼が非業の死を遂げてから間もなく・・・主膳とたか女は満開の桜を見上げていた。
心のままに生きるとは、ひときわ孤独なものであるよなぁ・・・このような花々は、私たちが死のうと生きようと何のかかわりもなく、咲き続けていくのであろうなぁ。真っ直ぐに心のままに咲き誇る・・人も国もそうありたいものだ。この国には、未だ人々の経験したことのない国難が待ち受けている。しかし四季の花々は、これからも人々を暖かく見守ってくれるだろう。そのことを信じていればこそ、今わたしの心は満ち足りている。
花曇りかぁ・・・・なんとしても守らねばならぬ 美しきこの国を・・はらはらと散るさくらのはなびら・・その一枚が主膳の髷にひらりと舞い落ちる・・その美しさ、美しいままで花道を去ってゆく主膳の往くまなざしの先に浄土は見えたのでしょうか・・

人間世界の悲喜劇には何の関係もなく、ただあるがままに咲いてひっそりと散ってゆく。人というものも、
いくら運命を自らが切り拓いていこうとしても自然の流れには逆らえず黙々と咲き、不平不満も云わずに
散っていく花と結局は同じ自然の中の一部にすぎないのかもしれぬ「花の生涯」のこの「花」とは「花のように華麗に美しく」と思っていたのですが、どうやら「花のように無心に生きる」ということではないかと思えてきました。花も人も大きな宇宙観で捉えれば同じ重さであること、胸を張った「花」ではなく、とるに足らない謙虚なという意味合いの「花」なのではないかと・・・
 
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彦根市天寧寺の供養塔
~直弼二十二景より~↓
 
見終わってみれば、一番心に残ったものは「無常観」の世界でした。この「無常観」は、舟木さんが若い頃から、放っていらした空気でもあると私には思えます。古くは「源氏物語」に始まり、「平家物語」もしかり・・舟木さんの『敦盛哀歌』はまぎれもなく無常観の世界を歌ったものです。そして「赤穂浪士の仇討」を題材にした『右衛門七討ち入り』もまた「討たれるものも 討つものも ともに この世は夢の夢」と人の世の無常を歌っています。これは舟木さんの周辺に漂う独特の「憂い」の源流となるものではないでしょうか。
 
 
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