五月もあっという間に過ぎ去ろうとしています。私事ですが、間もなく62回目の誕生日を迎えます。なぜだか昔から早く年をとりたい願望っぽいものがあった気がします(笑)普通だと、特に女性の場合は、歳をとることを厭うというか、年齢を隠したがるようなのですが、私は全くそんなことにはおかまいなしで、笑い話のようですが、もう60歳になるんだと勘違いして、59歳の誕生日の頃に、「大人の休日倶楽部ジパング」の窓口に加入申し込みに行ってしまいました。
もちろん「来年、お越しください。お待ちしております」と言われました(笑)
もちろん「来年、お越しください。お待ちしております」と言われました(笑)
さて、5月1日付けのブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/69316222.html)で、舟木さん歌唱の「五月のバラ」について少し触れていますが、その時には、舟木さんの歌唱の音源はyoutubeにアップされていなかったので尾崎紀代彦さん歌唱の音源を紹介しています。
この度、舟友さんが、舟木さんの「五月のバラ」をステキな動画にしてアップして下さいました。
お聴きになったことのない皆さまにぜひ聴いていただきたく、また、私の生まれ月でもある過ぎゆく五月への想いも重ねて、再度ご紹介いたします。
この度、舟友さんが、舟木さんの「五月のバラ」をステキな動画にしてアップして下さいました。
お聴きになったことのない皆さまにぜひ聴いていただきたく、また、私の生まれ月でもある過ぎゆく五月への想いも重ねて、再度ご紹介いたします。
ラストナンバーとして「五月のバラ」が歌われたこのライブ「歌とモノローグで綴る15年の歩み」は、舟木さんにとって単なる数字としての形式的な15周年にはしたくなかったということがとてもよくあらわれている「舟木一夫十五周年リサイタル」(1977年11月1日~3日:東京郵便貯金ホール)のパンフレットの巻頭の言葉、というか、このリサイタルを開催するにあたってのファンに対する誠実な想いにあふれた、またあるいは「歌い手・舟木一夫」として歩み続けて行こうとする「覚悟」のようなものを感じさせる文章をご紹介します。
十五周年リサイタルに寄せて 舟木一夫
ようこそおいで下さいました。本当にありがとうございます。
十五周年リサイタルだなんて?、何だか大げさで少しテレくさいんですが、やらせていただくからには”らしい”ステージにしなくては・・・と、僕自身の”青春の十五年”を聞いていただく事にしました。
僕の青春と皆さんの青春が、このリサイタルの中によみがえり、あふれ・・・そして今・・だからこそ今・・・そんなステージになることのみを願っています。
正直に”話し”・”唄い”ます。聞いて下さい・・・。
十五周年リサイタルだなんて?、何だか大げさで少しテレくさいんですが、やらせていただくからには”らしい”ステージにしなくては・・・と、僕自身の”青春の十五年”を聞いていただく事にしました。
僕の青春と皆さんの青春が、このリサイタルの中によみがえり、あふれ・・・そして今・・だからこそ今・・・そんなステージになることのみを願っています。
正直に”話し”・”唄い”ます。聞いて下さい・・・。
このライブでは、かなりの部分をタイトル通り舟木さんの「モノローグ」(トーク)がしめています。
ステージの構成は1章から6章というブロックに分かれていて、「五月のバラ」は、6章のラストで歌われています。アンコールでは「高校三年生」「絶唱」そしてオーラスでは「学園広場」なのですが、この時には、舟木さんは嗚咽から、おそらく号泣・・・客席からの大きな拍手で、気持ちを奮い立たせて最後まで歌い切っていらっしゃいます。
このライブアルバムを初めて聴かせていただいたのは、昨年の今頃だったと思いますが、その時には、舟木さんはなんて幸せな歌い手なんだろうということを先ず第一番に感じました。素晴らしいファンとの絆、信頼関係を築いていらっしゃることに何よりも感動しました。現在の舟木さんをステージで拝見する度に思う事は、ファンの想いの強さ、そしてその想いに誠実に、そして取り繕うことなく常に自分らしい形で応えようとする舟木さんの在り様は、このライブアルバムそのままに、今もずっと変わることなく続いているのだということの驚きです。
このライブアルバムの終わり近くの舟木さんのモノローグ(トーク)部分もご紹介させていただきます。
今、僕は、はっきりと思うのは、あの事件は、僕にとっては、必要不可欠のものだったんじゃないかという事です。人がどう思おうとかまいません。僕はあんな方法でしか、一つのトンネルを抜けられなかった。これは大いに未熟なことですけれども。でも、とにかくぬけたんです。一番大切な事は、抜け出す方法ではなくて、抜け出すという事実だと思います。だから僕は、その時点で初めて歌を手の中につかみました。わずか一年半ほど前です。
その時に初めて僕は、ふっきれました。その時から僕の心は歌に対してべらぼうに感じるようになりました。嬉しかったですネ。だから色々意見は、あるでしょうが、あれはあれで仕方がなかったんです。それで失ったものよりも、僕は今、大きなものを手の中に持ってます。歌です。
僕の気持ちを皆さんに伝える方法は歌しかありません。他に何も手段がないんです。だから、歌そのものが、手の中へ入ってくれれば、僕はそれでいいんです。
僕の気持ちを皆さんに伝える方法は歌しかありません。他に何も手段がないんです。だから、歌そのものが、手の中へ入ってくれれば、僕はそれでいいんです。
このあと「絶唱」と「学園広場」を、以下のように、かみしめるように歌われています。
その歌唱は、まさに「歌を手の中に入れた」感動にうちふるえるかのようで胸が熱くなります。
愛おしい 山鳩は
山こえて どこの空
名さえはかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ あゝ小雪
山こえて どこの空
名さえはかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ あゝ小雪
空に向かって あげた手に
若さがいっぱい とんでいた
学園広場で 肩くみあって
友とうたった 若い歌
涙ながした 友もある
愉快に騒いだ 時もある
愉快に騒いだ 時もある
そして、再び、モノローグ・・・
でも、今僕は、歌をしっかりと抱くことが出来ています。だから、今僕の気持は毎日がとても晴れやかです。この歌のように。( ・・・と「五月のバラ」に入ります。)
五月のバラ 作詩:なかにし礼 作曲:川口真
http://www.youtube.com/watch?v=DWGir_iD0G4(舟友のkazuyanさんの動画です)
ライブアルバム「限りない青春の季節~歌とモノローグで綴る15年の歩み」(1977年12月発売)に収録
わすれないで わすれないで
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
(さよなら)
五月 この僕が帰るまばゆい五月
紅いバラは 思い出のバラは
君の庭に咲くだろうか
五月 この僕が帰るまばゆい五月
紅いバラは 思い出のバラは
君の庭に咲くだろうか
(さよなら)
水を花びらにあげて涙の水を
恋のバラに 悲しみのバラに
君の白いほほよせて
水を花びらにあげて涙の水を
恋のバラに 悲しみのバラに
君の白いほほよせて
わすれないで わすれないで
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
(さよなら)
五月花ひらきめぐるふたりの五月
紅いバラを美しいバラを
僕のもとに とどけておくれ
五月花ひらきめぐるふたりの五月
紅いバラを美しいバラを
僕のもとに とどけておくれ
(さよなら)
花に唇を寄せてふたりの花に
恋の夢を 消えさらぬ夢を
おいもとめる ひとり泣いて
花に唇を寄せてふたりの花に
恋の夢を 消えさらぬ夢を
おいもとめる ひとり泣いて
わすれないで わすれないで
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
わすれないで わすれないで
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
時は流れすぎても
むせび泣いて むせび泣いて
別れる君と僕のために
ララララ~ララ ラララララ~ララ・・・・・
舟友のkazuyanさん、素晴らしい動画と舟木さんの歌声のアップを本当にありがとうございました。
さらに「End Love」の動画も、近いうちに完成とのことです。楽しみに待ちましょう。
http://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/12187958.html(kazuyanさんのブログ)
http://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/12187958.html(kazuyanさんのブログ)