建仁寺境内のききょうと祇園祭の幟が立つ八坂神社
梅雨明けも、まだしばらくは遠い7月1日、2日と京都南座でシアターコンサートが開催されました。
5月29日と30日の新歌舞伎座に続いて、2日間連続4回公演です。新歌舞伎座の時にも北から南から多くのファンの皆さんが駆けつけてこられましたが、京都でも、また全国からたくさんのファンが大集結!という感じの熱気でした。
5月29日と30日の新歌舞伎座に続いて、2日間連続4回公演です。新歌舞伎座の時にも北から南から多くのファンの皆さんが駆けつけてこられましたが、京都でも、また全国からたくさんのファンが大集結!という感じの熱気でした。
南座楽屋口に面した川端通から鴨川の土手に降りたところから見た四条大橋。雨で水嵩が増して急流になってました
初日の朝、舟木さんが楽屋入りの前後は、とくに雨脚が強かったにもかかわらず、楽屋口前で「お出迎え」をするファンの列はどんどん長くなっていきました。私は9時半過ぎ頃に到着して、道路を隔てた京阪祇園四条駅に降りる少し屋根のある階段のところで待ちました。舟木さんの到着は10時15分。この時、不思議と一瞬だけ雨が弱くなって舟木さんもさほどびしょ濡れになることはなかったのではないでしょうか?カメラを構えていたファンの皆さんにとっても、せめてものプチ・ラッキーというところだったと思います。
無事に舟木さんが楽屋に入られたのを見届けてから、舟友さんたちと清水五条の鴨川の畔のカフェでホッと一息。
舟友さんの7月2日昼の部のプレゼントの花束
再び、南座前に戻って入場しました。ロビーにはコロムビアとNHK歌謡コンサートからのお祝いのお花が飾ってありました。その時、携帯を持っていなくて、撮影はしそびれました
さて、この日も開演10分ほど前に舟木さんが幕前に、プレゼントを受け取りに登場!真っ白のロング丈のシャツにジーンズ、白のシューズ。ステージ衣装は、一部がタキシード風のサテンの襟の濃紺(私からみるとです。ライトのかげんで位置によって黒にもみえるかも)の上着、ベストとパンツは黒に見えました。胸のバラはオフホワイトか淡いクリーム色。
それでは、私は、1日の昼夜と2日の昼を拝見しましたので、それらをまぜたトークを中心にコンサートの報告をさせていただきます。ピンク文字は舟木さんのトークです。
「その1」では、第一部のコンサートの模様をご報告します。
2015 シアターコンサートin南座 7月1日/2日 第一部
プレゼントタイムのトーク
京都特有の暑さ寒さは、僕が20代の頃と比べるとゆるんできてますね。今は京都でも時代劇はあまり撮ってないみたいですが、真夏の撮影は暑さで羽二重が溶けてきちゃうんですよね。修学旅行で京都に来たんですが(中学生の頃かな?)まさか南座で歌を唄うとは…とニコッと嬉しそうな舟木さん。ハァ~ッ!腰を伸ばしながら、高校三年生も70になって何をかいわんや(笑)
今、先輩で男は最年長が青木(光一)さん89、唄えるんですからスゴイです。女性が菅原(都々子)さん88。とてもそこまでは私はもちません…それでは今日は、この辺で、へっへっ(笑)…なぜか最後は三枚目になって下手に引っこむ舟木さんでした。二枚目なのに二枚目に徹しきれないテレ屋さんのところが舟木さんの魅力でもあるんですよね。
夜の部では、6月30日の東海道新幹線の事件関連について当日のご自身の状況説明をちょっとなさいました。
12時半ごろに乗車、発車したのが2時半ごろで、京都に着いたのが7時半ごろで、70才にはこたえました。ここんとこ新幹線ツイてないんです。神戸からの帰り(6月5日こくさいホールのコンサート)地震でね。あんときもひっかかって…
このところ大先輩の方の歌を聴くのに凝ってまして…色々聴きながら調べてるんです。その頃、その方がいくつかとか、原盤が出たのがいくつの頃だったかとか、先輩方はみんなデビューが遅いですから…
昨日(6月30日)の新幹線で、おばさんとおばあちゃんの間くらいの人がずっと立ってたので気になってたんです。僕より年上だったら、たとえ10分でも代ってあげなくてはと思って見てたら、僕より若そうなんでやめときました。そのヘンの判断がムツカシイ…。そのうち山手線なんかの混んでる時間帯に乗ってみて誰か席を譲ってくれるかどうか試してみようかと…(笑)
夜は、プレゼントを全部受け取って、じゃあ二枚目になってまた出てきます。きちんとタキシードに着替えて出てきます…という意味なんでしょうが、ラフなスタイルの舟木さんも間違いなく二枚目に変わりはないですね(笑)
オープニング
~北国の街
~北国の街
シャツとタキシードではこれくら男っぷりが違う(笑)…お足もとの悪い中ようこそお越しいただきましてありがとうございます。二部で「演歌の旅人~船村徹の世界」、一部の方では歌っとかないとマズイだろうなというのを…どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。
絶唱
夕笛
やっぱりライトが当たると湿気がすごいんです。「夕笛」というのは年々、名曲だと思うようになってきました。僕がコロムビアに入った当時は、遠藤先生、船村先生が専属でいて下さった。幸運でした。西條先生の詩もほかのレコード会社の人は歌えなかった…。
夜の部では「夕笛」の歌詩を2番と3番が入れ替わってしまったので、歌い終わってから、今、歌詩が2番と3番が逆だったかな?アレッ?と思った、多分間違えちゃったんだろうな…コーラスによってその都度、確認してやってるけど、口が勝手に動いちゃう(笑)頭が真っ白になっても口が唄っちゃう…身体で覚えてるんですね。
最近、福山くんが「銭形平次」を気に入って歌ってますが、この前、本人と電話で話したんですが、この歌は、二、三年アンタにあずけておこうか…と(笑)
ここはラブソングを3つ…
夜の部では、後ろのバンドの方を振り返って「哀愁の夜」は3つかい、2つかい?…と確認して、バンドと確認する、変な歌い手だな…とひとりツッコミ。
その人は昔のテーマ
哀愁の夜
高原のお嬢さん
昭和の匂いをたっぷりもってくれてる「哀愁の夜」、「高原のお嬢さん」は特別な感じがしますよね。例えば「♪まぼろしの影を慕いて」あのラインがあって「悲しい酒」、言葉をはずせば「絶唱」はそれに近い、それぞれ線路があって、ぼくの場合はなんだったんでしょうね。遠藤先生、船村先生は、詩の先生に恵まれた。そんなハナシは二部でしますが…じゃあ一部ではするなよ!…自分でツッコんだところで…「高校三年生」がなかったら、こういう線路はなかった…じゃあその「高校三年生」いってみましょう!
夜の部では、デビュー当時の曲(学園ソング)で抜いてしまうのが「修学旅行」、お客さんには印象深い曲のようですが「涙の敗戦投手」も…舟木さん的には、これらは、あまりピンときてない?とのお話しもありましたが、聞き手の方にはそれぞれの曲に想い入れがあったり懐かしかったりする曲がさまざまにあるので、たまには、聞かせていただければ…と思っていらっしゃるファンの方もいらっしゃるのでしょうね。そして、弁解したので…「高校三年生」「学園広場」を(笑)
高校三年生
学園広場
やっぱり流行歌は「作る世代の歌」だなァ…と、「高校三年生」「学園広場」は18の時は、18の時の甘い声、丸い声…あの歌の時の響きがいいと思っても今はもうない…30代、40代になって出てくるような響きが今はもうない…そういうのと相談しながらその時の響きをお聴かせしていく…今の70才の「高校三年生」を…(大きな拍手)
今70ですけど、まぁ、よくもってるほうです。このくらいのカンジで…歌い手がどれだけもつかは個人差ですからあくまでマイペースでいくしかないです、そんなこんなで…一部のラストは新曲を…
今、大人の歌がない…男と女が、連れ添ってどっかの宿に行って愚痴を云ってる…なんてのは大人の歌じゃないと思うんです。僕は70で、お客さまもそこそこ…(笑)このタイミングでこんな歌がヒットしてくれたら…と、皆さんのお力でヒット曲にしていただきたい。自分の歌だから…というのではなく僕らの世代でヒット曲にしてみたいじゃないですか!作詩、松井五郎さん、作曲、南こうせつさん。
春はまた君を彩る 作詩:松井五郎 作曲:南こうせつ
冷たい風の音に 散るまいと咲く
花は名を語らずに その身をさらして
人は生き急いで 夢をさまよい
時がただ巡ること 忘れて惑う
花は名を語らずに その身をさらして
人は生き急いで 夢をさまよい
時がただ巡ること 忘れて惑う
涙こらえながら 心にたずねれば
そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
春はまた 君を彩る
過ぎて悔いなき 想いを残せと
そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう
春はまた 君を彩る
過ぎて悔いなき 想いを残せと
愛しい人の手を 握りしめても
いつまでも離さずに いられる手はない
人は誰もいつか 露と散るなら
道ばたの枯葉にも 優しくなれる
いつまでも離さずに いられる手はない
人は誰もいつか 露と散るなら
道ばたの枯葉にも 優しくなれる
別れを悔やみつつ 心にふりむけば
きっと思い出から 旅ははじまるだろう
春はまた 君を彩る
遥か広がる 明日を目指せと
きっと思い出から 旅ははじまるだろう
春はまた 君を彩る
遥か広がる 明日を目指せと
涙が涸れるまで 心に寄り添えば
きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
春はまた 君を彩る
過ぎて悔いなき 光を灯せと
きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
春はまた 君を彩る
過ぎて悔いなき 光を灯せと
過ぎて悔いなき 光を灯せと
舟木さんの「同世代」への連帯感というか想いを分かち合うことへの強いこだわりに満ちた、めずらしく力強い呼びかけの言葉だと受け取りました。あまりこういう調子では、ものを言われないのが舟木さんらしいと思っていたのですが、それだけに、あれれ、今回の新曲へのこだわり方は、かなり違う!と、あらためて感じました。
南こうせつさんが、最初に提示なさったのが「そばにいるから」…この曲は、あくまで私的には「春はまた君を彩る」よりも、より、私たちのイメージにある「舟木一夫」を、表現してくださった曲であると感じています。でも、舟木さんの想いは「舟木一夫」的であることよりも、普遍的な「僕ら世代」を意図した作品を求めていらしたのかもしれないと、今回のトークをお聴きして、徐々にわかってきたような想いがしています。
ご自分の歌、舟木一夫の歌というより、舟木一夫ファンに限らず、昭和のど真ん中の時代を同じ景色を眺めて生きてきた同世代の仲間たち全てを意識した作品選びをなさったのではないでしょうか。
勿論、私も含めてですが…「新曲」となると、ファンはどうしても色めき立ってしまいます。特に、女性ファンにとって舟木さんは、いくつ何歳になっても私たちの憧れであり、「心の恋人」であり続けてほしいという想いがあるのだと思いますから、ストレートなラブソングの方が、まだまだ舟木さんには似合いそうだという想いもあるのですが、考えてみれば「春はまた君を彩る」は、究極のラブソングなのかも知れないと、ちょっと違った角度から見えてきたような気がしている私です。
「男と女が、手に手を取って旅に出て宿で、愚痴を言う」…という舟木さんの昨今の流行歌評?…これには笑ってしまいましたが…そういった風景も含めて遠くから微笑みながら眺めているような、穏やかさと慈しみの心が、静かに自然と生まれてくるような境地を同世代とともに、くちずさみたいという想いでいらっしゃるのかもしれません。
「きっとたったひとつの愛に気づくだろう」…このキイワードが、あらたに、私の課題になったような気がした第一部、「春はまた君を彩る」を熱く語る舟木さんのトークでした。
~第二部「演歌の旅人~船村徹の世界」は、「その2」でご報告します~