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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    イメージ 1
     
    先に、1月15日が、西條八十の誕生日ということで舟木さんへ提供された第一作「花咲く乙女たち」に関するエピソードをご紹介しました。日付けが変わってしまいますが、今の季節に聴きたくなる「雪のものがたり」を、一作年の夏に、4回に分けて掲載しているのですが、レコード化されている物語をまとめて一挙に掲載する形で再編集してみました。下記が、以前の記事のhtmlです。
     
    何度聴いても、感性を研ぎ澄ませて臨まないと、圧倒されてたちうちできない作品だと思います。
    ちょっと聴いてみよう……という作品でないことは確かですね。
    「本格的な西條八十独特の幻想の世界」を、当時まだ、年若い舟木さんが、完璧と云っていい理解力と表現力で自分の手元に引き寄せて、決して呑み込まれていないことに驚くばかりです。流行歌の歌い手が音源として残している作品としては、唯一無二ではないかと思います。記事を再編集するにあたって、久しぶりに聴いてみて、やっぱり舟木一夫は、昔も今も凄いんだぞ!とあらためて嬉しい心持になっています。
    それにしても、いったい私は、誰に自慢してるんでしょうね(笑)
     
     
    こちらでは、私の感想なども書き込みつつ紹介していますのでよろしければご参照ください。

    アルバム こころのステレオ第2集「雪のものがたり」 その1
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68387393.html
     
    アルバム こころのステレオ第2集「雪のものがたり」 その2
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68390957.html
     
    アルバム こころのステレオ第2集「雪のものがたり」 その3
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68396184.html
     
    アルバム こころのステレオ第2集「雪のものがたり」 その4(完結)
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68396428.html
     
    イメージ 8アルバム   こころのステレオ第2集  
     
    雪のものがたり  第23回芸術祭参加作品)
    (1968年11月発売 )

    作:西条八十  音楽:船村徹  脚色:二条冬至夫 
    歌唱:舟木一夫
    助唱:大原ますみ 声:藤本譲 合唱:コロムビア合唱団
    協力:長野県白馬村役場
    (このアルバムの表記では「西條」ではなく「西条」が使われてています)
     
     
    レコードの第一面が(上)、第二面が(下)となっています。
     
    雪のものがたり (上) 
    https://www.youtube.com/watch?v=pkfUmRXxNB0
     
     
     
    イメージ 6
    イメージ 7
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    今日もおなじ文字並べ ひとりつづる 山日記 
    小窓明け友の名呼べど ただ白く ひかる雪山
    むなしさに 涙流して ランプの灯 そっと吹き消す
    かなしさを ひとりなぐさめ さみしさを ひとり歌おう 
    眠られず 絃の切れたギターを弾けば
    母が恋しい 人が恋しい  ああ・・・・
     
    「描きたい! 描きたい! あの色が欲しい! ただぼくは描きたいんだ!
     僕の描く絵はもう駄目なんだろうか
    この山小屋にこもって もう何日暮らしただろう 
    キャンバスの絵具だって 何回ぬり重ねたんだ! 
    どうしても描かなければ いけないと言うのに あの雲の色が出ない! 
    あのもえるような夕映えの雪山の色が出ない!」
     
    イメージ 5
     
     
     
    ひとりでランプの灯をともし ひとりで吹雪の音を聞く こごえた指に 息吹きかけて 
    ひとりで心を あたためる ひとりで吹雪の音を聞く
     
    「吹雪いてる! なだれてる! あれは山が泣いているんだ! ぼくの絵には あれがないんだ!
    あの動きがないんだ あれが!  あれが描きたいんだ! あれが欲しいんだ!」
     
    イメージ 15

     
    たそがれのあの空の色は 何んと哀しい 色なのだろうか あの色が欲しい あの色が描きたい
    「ああ! この雪山の 美しさは なんと言う 素晴らしさだ 槍ヶ岳の あのきびしさ つばくろ岳の あのロマンティー 
    穂高の夕映えも 描きたい そして  」
     
    不帰(かえらず)の峯も すぐそこにあると言うのに
     
    「これを描かなければ あの色を 出せなければ ぼくの画家としての 生命もきっと終わってしまうだろう
    だめだ! わからない! どの色を使えばいいんだ! 赤! いやちがうなあ むらさき これでもない!
    ああ 寒い 寒いなあ こごえそうだ オレンジをつかってみるか! ちがうなあ わからない わからないなあ
    あの白! あの雪の色だ! でも出ない! わからない! 寒い 寒いなあ 
    むらさき みどり ちがう わからない!
    ああ!寒い 寒い白 あの雪の色 わからないなあ! ああ 寒い 寒いなあ!」

     
    イメージ 3泣いちゃいけない 泣いたとて
    この世のものは 消えるのよ
    坊やの涙も お山の雪も
    わすれな草の 水いろも

    おねんね ねんね ねんねすりゃ
    かわいい夢が 窓たたく
    きれいな車に お花をつんで
    お花の上には 鳥カゴつんで
            (作詩・西条八十)
     
    花をあげるわ!
    君は誰?
    (この山頂を誰が最初に踏んだかと言う
    古い記録は どこにもまったくみあたらない・・・)
     
    ウウン そんなにみつめたら 花がかわいそうだわ
    何んと言う花だい!
    (加賀の国のある姫は 黒ゆりを一目みたいと言って
    死んだそうだが・・・)
     
    この花はね チングルマと言って 雷鳥がお嫁さんをもらう
    ときに 巣の中に一輪だけ入れておくの・・・
    へエー めずらしい名前だなあ
    チングルマって言うの・・・
    (雪山に女がいると 昔から言われているのだが・・・
     
    イメージ 4雷鳥って とっても おしゃれなのよ 山に冬がきて 雪がふると
    自分でも真っ白にお化粧するの・・
     
     
    (峠の湖には 黒い魚が住んでいると言う)
     
    だけどねえ あの雷鳥君たち この間も ほら 向こうにみえる大池の
    コマクサの中をすべったり転んだりして よちよち歩いてたのよ
    とっても おかしかったわ! 
    フーン 雷鳥に逢いたいなあ
     
     
    そのほゝえみは ぬれている
    そのほそい指が 冷たすぎる
    水色の瞳が くもれば
    なだれがくると言う
    ぬれた黒髪に 北風が吹くと
    山が泣くと言う
     
    イメージ 21

     
    五竜岳の峯に お前はながいながい 雪の階段を作り
     
    ひとつ ふたつ みっつ・・・
    ゆっくりと 星の世界へ
    のぼってゆくのだろうか

    いつもカモシカを連れている
    いつも風の声を 聞いている
    いつも花の匂いのする
    あの黒い髪
    あの水色の瞳よ・・・
     
    それ カモシカ?
    そう 私の弟なの! 二人っきりで
    ずーっと昔 針の木峠の雪のお城で生まれたんですって
    えっ! 雪のお城だって!
    そうよ 私の名前は沙美 弟はベタニヤって言うの・・・
    フーン お父さんは・・・
    知らない・・
    お母さんは・・
    わからないわ
    ねえ あの峯から 向こうの谷へ このカモシカと一緒に
    駆けてみない!
     
    イメージ 13いいとも 行こう!
     
    チングルマ チングルマ 
    駒鳥が啼いていったよ
    チングルマ チングルマ
    峰から 峰へ
    チングルマ チングルマ
    花が咲いて 春が来て
    チングルマ チングルマ
    水も歌うよ
     
    チングルマ チングルマ
    白樺と ブナの小枝に
    チングルマ チングルマ
    子リスも 遊ぶ
    チングルマ チングルマ
    花びらを ふるわせて
    チングルマ チングルマ
    風も匂うよ
     
    チングルマ チングルマ
    あの星に 恋をしてるね
    チングルマ チングルマ
    夢みているね
    チングルマ チングルマ
    谷川の せせらぎを
    チングルマ チングルマ
    そっと聞こうよ
     
    遊びつかれたぼくと沙美は ベタニヤの角にすがって 
    コマ草の 咲き乱れる 泉にたどりついた
    花の香にむせながら 沙美は黙って 黒髪をすき
    ベタニヤはその瞳をクリッとさせて
    首をかしげながら
    ぼくと沙美とを見比べていた
     
    イメージ 14沙美のくちびるを ぼくが 欲しい!
    と言ったら 沙美はいつのまにか 
    風にのって
    逃げていった 
    待っておくれよ! 沙美

    早く 早く来て!
    大丈夫よ ほら小川をとんで
    あのお花畑までかけっこよ!
    ほら ほら!
    ちょっと私のそばに来てみて!
    ふもとの里がみえるでしょう 
    アンズの花がわた雲のように咲く中で
    梓川のせせらぎが唄うころ ようやく信濃路に春の祭りがくるの!
     
    昔からあの山をみて 雪どけの山肌に「種まき爺さん」があらわれると
    「春がきたぞ 種まきをしよう」と言って種をまいたそうなの
    流れる雲とお話している あの山をみて!
    あれが種まき爺さんよ!
    あれが私のお婆さんなの!
    そして右の方に きょとんとしているのがつるさんで そのとなりは
    恐い 恐い ししよ!
    そして ほら 私とあなたは 今まっしろいお馬にのっているのよ!
     
    うしろ立山 なだれはこわい
    恐い こわいと ししさえ逃げる
    種まき爺さん 種まきやめて
    つるの一声  聞かんかい
    うしろ立山 なだれはこわい
    こわいばあさんの声がする
     
     
    イメージ 9雪のものがたり (下)
    https://www.youtube.com/watch?v=qN6rjMfrUEA

    今年初めての雷鳴が突然 餓鬼山の谷底からおどり出して
    白馬岳におそいかかってくる夕暮れ
    沙美はぼくとベタニヤだけを置き去りにして 
    どこかに行ってしまった。
    ベタニヤ お前の姉さんを連れてきておくれ 
    ベタニヤ お前は人間の言葉がわかるんだろう
    沙美を呼んでおくれ!
     
    ヤッホ ヤッホ
    雲だ 峰だ 谷だ 花だ
    鳥だ  歌だ
    俺たちは 若い うんと若い
    俺たちは 強い うんと強い
    山の男だ 山の男だ ヤッホ ヤッホ
    ヤッホ ヤッホ
     
    だけどそれだけで
    山の心がわかるのかい!
     
    星だ 月だ 夜だ もやせ
    たき火 赤く
    俺たちは 若い うんと若い
    俺たちは 強い うんと強い
    山の男だ 山の男だ 
    ヤッホ ヤッホ  ヤッホ ヤッホ
     
    だけど君たちは 本当に
    山を愛しているのかい
     
     
    沙美! どこへ行ってしまったんだい!
    沙美! どこにいるんだい!

     
    イメージ 19捨てないでおくれよ 沙美
    捨てないだおくれよ 沙美
    ひとりで泣いているんだよ 
    沙美
    君の黒髪で ぼくをしっかりと
    結んでおいて 欲しかった 
    沙美
    捨てないでおくれよ 沙美
     
    夕べ まっ赤な
    谷川の 水をみたよ 沙美
    夕べ むらさき色の 
    星が流れたよ 沙美
     
    秋はさびしい 母が恋しい
    秋はかなしい 逢いにゆきたい
    秋はさびしい 沙美が恋しい
    秋はかなしい 想いとどかぬ
    渡り鳥に たのんでみよう
    落葉に書いたぼくの手紙を
    秋はさびしい 母が恋しい
    秋はかなしい 沙美に逢いたい   
     
    渡り鳥に たのんでみよう
    落葉に書いたぼくの手紙を
    沙美に逢いたい!  
     
     
     
    あっ! 
    五竜岳のクレパスを雪がとんだ!
    ベタニヤだ! みえる!
    走ってる! とんだ!
    走ってる! 走ってる!
    沙美がいるんだ!
    あそこにいるんだ!
    沙美!
    沙美!
    いる! いない!
    いる! いない!
    いる! いる!
    いない! いない!
    あっ! あーーーーー
     
    イメージ 10ああ雪だ  雪
    もう粉雪がふると云うのに
    ベニヒカゲの 蝶がとんでいる とんでる
    樺の木の病葉(わくらば)に とまっている
    トンボは ルリボシャマンだ ルリボシャマン
    ブナの木のまっ暗な林の中で
    ホシガラスが 狂い鳴いている
    雪だ・・  雪・・・ ああ・・・・
     
    イメージ 11
     
     
     
     
     
    沙美!
    沙美! 沙美
     
    もう大丈夫よ ね・・・
    もうどこにもいかないわ
      
    沙美!
    ほら こゝにいるでしょ
    沙美の黒髪だって
    あなたが冷たいと云った
    この指だって
    みんな みんな あるでしょ

    イメージ 12沙美がいる
    そばにいるわ
    沙美がいる
    そばにいるわ
    沙美がいる
    ここにいるわ
    沙美がいる
    ここにいるわ
     
    めぐり逢えた
    離さないよ
    めぐり逢えた
    ほくのものだよ
    沙美の 黒髪が匂う
    沙美の くちびるがあまい

    疲れたわ 泉のほとりで休みましょ
    ベタニヤも こっちへおいで
     
    かわいいね
    沙美の小指は
    好きよ あなたが大好き
     
    離さない ぼくのものだ
    離さないよ 沙美
    離さない ぼくのものだ
    ・・・・・・・・・
     
     
     
    イメージ 23クロユリを摘んできたわ
    あっ この色だ!
    渡り鳥よ
    どこにいるんだい!
    湖がみえる
    えっ! 窓はしまっているのに!
    這い松がきれい
    何を言っているんだ!
    夕やけだわ
    粉雪が降っているんだよ!
    私を描いて
    沙美! 沙美を!
    霧が出てきたわ
    動いちゃだめだ!
    何も描いていないの!
    黙って!
    不帰(かえらず)の沢に風が出てきたわ
    ぼくの方をじっとみているんだ!
    吹雪になるのかしら
    沙美! 肩を下げて!
     

     
     
    イメージ 16山がみえなくなるわ
    沙美! じっとしているんだ!
    もう私・・・いかなきゃ・・・
    えっ! どこへ?

    あっ!
    雪 雪
    この色だ!
    雪 雪 雪
    わかった! この色だ!

     
    沙美! 出来たよ! みてくれ!
    描けた! 描けた!
    この色が欲しかったんだよ
    この雪の色だ 沙美!
    描けたよ! 見てくれ! 
    描けたよ!
     
     
     
     
     
    イメージ 17ここはどこだ!
    どこにいるんだ!
    ぼくはいったい何をしていたんだろう!
    わからない!
    どこなんだ!
    なにをしていたんだろう?
    雪 雪の色・・・そうだ!

    あっ! 何んにもない これは!
    これは破けたまんまの
    キャンバスじゃないか!
    なんだ どうしたってゆうんだ!
    何んにも描いてないぞ!
    破けてる 破けてる ・・・・・・・・・・・
    何んにも描いてないや

    あった 山があったぞ・・・
    ウフフフ・・・・沙美・・・
    あったあった 青い山があった
    雪? 雪がまっくろだ!
    あ! ルリボシャマンだ
    おいで おいで ほーら ほーら おいで おいで
    音が渦をまいてる!
    色が動いてる!
    お母さん お母さん キャンバスだ
    破けてる 誰かもってきて
    ・・・・・・・・・・・・・・・
     
    イメージ 18

     
    イメージ 20あっ!沙美がボートにのってる
    大きな蓮の花が咲いてるよ
    五竜岳に狼火があがった 戦争だ!
    大砲の音が聞こえる なだれだ!
    戦争だ 雪の階段があるぞ
    あっ 沙美が昇ってく!
    沙美 沙美 あぶない
    大きな火の玉が出た
    どんどんこっちへくるぞ
    とける! 雪の階段がとける 戦争だ!
    沙美! 沙美! 早く昇って
    沙美! 早く・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・

    あーあ 大きな火の玉だ!

    とける! 沙美! 階段がとける
    早く 早く 昇ってくれ
    階段がとける
    あられだ 大きなあられだ!
    沙美! あぶないよ
    あっ ふたつに割れた!
    花だ 花が咲いた あられが割れて
    花が咲いた!
    ほら ほーら おいでベタニヤ
    花が咲いたよ きれいだな

    沙美の黒髪に花を飾ってあげようね
    きれいだなあ
    ほら くちびるにも花びらを浮かべて
    あげようね
    かわいいなぁ! きれいだなぁ!
    沙美とってもかわいいよ!
    きれいだなぁ! かわいいなぁ!

    沙美 沙美 かわいいなぁ きれいだなぁ 
    ・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・
     

    イメージ 2サミノクロカミハミドリ
    ミドリ
     マッシロ
    ムラサキ
     マッサオ
    オレンジ
    ガ ウミダ
    カラス
     ミドリ
    クロイノガ ウミダカラ
    シロ
    デイインダ
    コノシロデ イインダ
    イインダ
     
    (雪崩のような不気味な轟音) 
     
     
     
     
     
    舞台の場面写真は1968(昭和43)年、サンケイホール(10月4日~7日)にて
    「デビュー五周年記念写真集」より
    (沙美役は当時宝塚月組・砂夜なつみさん)
     
    イメージ 22

    1968年10月の舟木さんの活動の記録
     
    10月       アルバム「こころのステレオ第2集・雪のものがたり」発売
    10月3日     日本テレビ「泥棒育ち・ドロボーイ」放映スタート(12月26日まで放映)
    10月4日~7日 東京サンケイホールから「デビュー5周年記念全国縦断リサイタル」スタート
              (第二部として音楽劇「雪のものがたり」が上演されました)

    0 0

     
    イメージ 1
     
    1月15日、「紋別で昨年より8日も早く流氷が見られた」というニュースを聞きました。
    過去5年間の紋別での流氷観測では、一番早いということです。ちなみに網走では、13日が流氷初日だ
    ったそうです。
     
    なんて、グッドタイミングなんでしょう!舟友のkazuyanさんにお願いしていた「流氷まつり」のステキなできたてホヤホヤ~流氷なのに「ホヤホヤ」はヘン?(笑)~の動画をご紹介します。
     
    この歌詩を私流に読み解けば、一人称は女性。ということは「あなた」は男性。
     
     
    イメージ 7
     
    粉雪舞い散る「流氷」が見える想い出の場所で、「淋しそうにほほえんだあなたの顔」を思い浮かべながら、別れて二年経った今も「ひとり歩き」ができないままの女性が佇んでいる風景。
    「いつか二人して暮す日を夢みていた」のに、なぜこの女性は今ひとりっきりで流氷を眺めているのか?
    「恋の破局」かな?となんとなく失恋の歌かとは思っていたのですが・・・
     
    私が、この曲を知ったのは、以前youtubeの動画にアップされているのを聴いたのが最初です。
    その時には、詩の意味を深く考えずにメロディーと舟木さんの歌声の哀切さだけが強く印象に残っていただけでした。その後、舟木さんが、あるコンサートでこの曲を唄われた時に、「空の上から見えますか」というんですから、恋人は死んでしまったのでしょうね。とおっしゃっているのを聞いて、さらに気になる曲になってしまいました。いつの間にかyoutubeでは「削除」されたのか聴けなくなっていて、とても残念に思っていました。この季節になると聴いてみたくなる曲ですので、こうして聴きたい時に、いつでも聴けるステキな動画作品にしていただけて本当に幸せです。
     
    オホーツクの流氷……見てみたいのですが、あまりにも寒そうですからとりあえずは、舟木さんの歌声と動画でドラマチックな悲恋ストーリーの世界に身を置いてみることにしましょう。
     
    kazuyanさんに、心からの感謝を込めて・・・
     
    イメージ 2
     
    流氷まつり 作詩:北炭生  作曲:中原華道
    https://www.youtube.com/watch?v=1rgUD6FTOAc&feature=youtu.be
    (1977年 アルバム「一葉舟」収録)
     
    イメージ 3こんな寒さまで
    祭りにしてしまうんだねと
    淋しそうにほほえんだ
    あなたの顔
    今も想い出します
    あの日と同じ
    白いコートに身体をつつみ
    ぼんやりと立ち止まり
    想い出辿ります
     
     
     
     
    イメージ 4*空の上から見えますか
    薄青色の氷像が
    あれから二年もたったのに
    ひとり歩きがまだ出来ません
     
    強く透徹る
    氷の翼を持ちながら
    白鳥は飛べないで
    悲しい瞳をしている
    空を見上げて
    月の光に
    浮かぶ流氷数えて
    いつか二人して暮す日を
    夢みていました
     
     
     
     

    イメージ 5涙溢れてやまぬのは
    寒さのせいと思います
    ひとりぼっちの強がりに
    粉雪ちらちら降りかかります
     
    *空の上から見えますか
    薄青色の氷像が
    あれから二年もたったのに
    ひとり歩きがまだ出来ません
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 8
     
     
    イメージ 6
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

    0 0

     
    イメージ 1
     
    震災から20年目を迎え、犠牲になられた多くの方々の魂が安らかにと心からの哀悼の意を表します。

    20年前の1月17日早朝、私は大阪府茨木市に住んでいました。そのあたりは震度5くらいだったと思いますが、とにかく木造の古い二階建て一軒家でしたから、体感的には、もっと激しい揺れを感じました。
    嵐に遭遇した船の船底にいるような感じ…そういう体験はないのですが、もしかしたらそんな感覚かもしれないと思うほどの恐ろしさでした。末娘がまだ小学校二年生だったので、寝ている娘にありったけの布団をかぶせるのが精いっぱいで揺れがおさまるの待ちましたが、それは長い時間に感じました。
     
    元々が、かなり古い借家だったので、壁が一部、崩れてしまい家主さんは、とてもいい方でしたが、もう改装とか修理とかはせずにおくとのことで、私自身も母子家庭で先ずは娘たちの身の安全を確保するのが第一だと思ったので、家主さんがお見舞いも兼ねて敷金を全額戻してくださったのを充てて身分不相応な
    がら鉄筋のマンションに引っ越しました。古くても一軒家で木造でしたから気に入って住んでいたので残念でしたが背に腹は代えられませんでした。その後も続いた余震への恐怖感で、二ヶ月ほど自律神経失調症のような状態になって病院通いをしましたから、広い意味では、私自身も阪神淡路大震災については「
    被災者」ということになるのでしょうか。
     
    20年という歳月は、赤ちゃんが成人するほどの長い時間ですが、私ですら、つい昨日のことのように思われます。被災された方々、大切な人を失った方々など、今も心の傷が癒えない方々の想いはなおさらで、20年とは、ただ物理的な年月に過ぎないのかもしれません。
     
    ただただ、そういった方たちへ想いを致すことのみしかできませんが、いくらかでも気分が晴れて、明るく前向きな気持ちになれる歌をと探してみました。舟木さんの歌声がとっても清々しい「バラが咲いた」です。
    (今回も舟友のkazuyanさんの動画をお借りしました) 
     
    バラが咲いた 作詩・作曲:浜口庫之助  
    イメージ 2https://www.youtube.com/watch?v=CN74CYc1YXQ
    (1976年6月 アルバム「花もよう」収録)
     
    バラが咲いた バラが咲いた
    まっかなバラが 
    淋しかった僕の庭に バラが咲いた
    たったひとつ咲いたバラ 小さなバラで
    淋しかった 僕の庭が 明るくなった
    バラよ バラよ 小さなバラ
    そのままで そこに咲いてておくれ
    バラが咲いた バラが咲いた
    まっかなバラが
    淋しかった僕の庭に バラが咲いた
     
    バラが散った バラが散った
    いつのまにか
    僕の庭は前のように 淋しくなった
    僕の庭のバラは 散ってしまったけれど
    淋しかった僕の心に バラが咲いた
    バラよ バラよ 心のバラ
    いつまでも ここで咲いてておくれ
    バラが咲いた バラが咲いた
    僕の心に
    いつまでも散らない まっかなバラが
    淋しかった 僕の庭が 明るくなった
     
     

     
    イメージ 3

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    昨日、末娘の飼ってる猫の鶴松くんと犬の亀次郎くんを一日預かりました。てんやわんやの大騒ぎでした。次女のところの小学校三年生と小学校一年生の男孫ふたりのほうがずっと手がかかりません。
     
    鶴松くんを追いかける亀次郎、ついにテーブルの上に避難する鶴松くん
     
    イメージ 4
     
    やんちゃな亀次郎くんと一緒に散歩に行った九華公園のお堀にはユリカモメが飛来してました
     
    イメージ 5
     
    さて本題へ…
     
    舟友kazuyanさんのブログで、「北の道しるべ」の動画が再紹介されていましたので、私も嬉しくなって以前にアップしたこの曲についての記事を再度ご紹介します。
     
    清新でフレッシュなデビュー時代、悩み多き10周年の頃、そして新たに歌い手としての旅路を歩き始めた三十代半ば頃の透明感のある歌声……それぞれの時代の舟木さんの歌声を聴き比べるのが大好きな私です。この「北の道しるべ」の頃の舟木さんは、デビュー30周年ということで今に至るめざましい活動のスタートを切って快進撃をはじめた頃にあたります。そして、その歌声は、しみじみとした大人の魅力を感じさせ、ふうわりと包み込んでくれるような深みが加わった歌声となっていることに涙がこぼれるような感動を覚えます。心身ともにエネルギーがみなぎっていて、包容力に満ち溢れているのを感じます。ガラス細工のような繊細なイメージから頼れる男という逞しさがにじみ出てきた頃なのでしょうね。
     
     
    以下が、「北の道しるべ」について掲載したブログの記事です↓(2013年10月31日付)
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68730734.html

    その時の記事から少々抜粋します。

    舟木さんの数々の歌の中から、好きな曲を選ぶのは至難の業ですが、ここで挙げた二曲はおそらく私の中ではオリジナル曲のうち10本の指に入っていると思います。この2曲(*もう一曲は「星の夜北へ帰る」)
    が発表された時期には、16年という隔たりがあるのですが、二つの曲がどうしても連動して、私の中では繋がってしまいます。「北の道しるべ」については、「泣かないで」(1993年)のB面ですので、あまり知られていないかも知れませんが、お気に入りの曲です。

    舟木さん特有の抒情性に、いくらか艶歌の香りをふりかけたような曲で「星の夜北へ帰る」のような崇高な詩と曲調とは少し趣が異なりますが、後の「浮世まかせ」にも通じていくような、大人の哀感と共に凛とした諦感とでもいうようなある種の達観した心の在り様を示してくれているようで「いいさ そうだよ 誰もみな浮世まかせの 風車」というフレーズで勇気づけられるのと同じような癒しを感じるのです。
     
    北の道しるべ  作詩:たきのえいじ 作曲:杉本真人   
    https://www.youtube.com/watch?v=MoWHtqkpEYQ
    (シングルCD「泣かないで」B面 1993年5月発売収録)
     
    イメージ 1夕焼けに染まるはまなす
    ひそやかな 色は紫
    ぬくもりに背を向けて
    今日も又 旅を続ける
    星を枕に 星を枕に
    北の道しるべ
     
     
    忘れない季節(とき)が過ぎても
    今もなお 愛しくちびる
    おもいでを ひもとけば
    人知れず 涙こぼれる
    明日(あす)を手さぐる 明日を手さぐる
    北の道しるべ
     
     
     

    イメージ 2足を留め ひとり飲み干す
    とまり木に 背中丸めて
    つかのまの 安らぎが
    すり切れた 心うすめる
    夢を枕に 夢を枕に
    北の道しるべ
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    画面下の船がゆっくりゆっくり右から左に動いていきます。まさに人生の「舟旅」のようです・・
    空の色が、変わっていく様が、本当に素晴らしく、この曲とともに動画の美しさにも感動します。
    大好きな曲のイメージと味わいをそのままに描いて下さったkazuyanさんに心からの感謝です。
     
     
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    舟木さんの魅力はとても一口では、言えないのですが、少なくとも私にとっての「舟木一夫」は、もう現代では、めったにお目にかかれない「いき」という空気を体現できる稀有な存在であるということです。
     
    明治座公演「喧嘩鳶-野狐三次」
     
    イメージ 3

     
    そこで、あらためて「いき」ってどう説明したらいいのかな?と思って、何気に「いき」とパソコンのキイを叩いてみたら、最初にいつもお世話になっている「Wikipedia」のサイトが出てきました。そこで、ビックリ!なんと、舟木さんの「火消し若衆」で「いき」が、説明されているのです。そして、「いき」と併せて「いなせ」という言葉も好きなのですが、「いき」が火消しで、「いなせ」は魚屋?という記載もありました。「火消し若衆」と「一心太助江戸っ子祭り」、見事に「いきといなせ」という「江戸の美意識の世界観」を舟木さんは二十代の初めに既に歌やお芝居という表現形態の中でシンボリックに表出していらしたことになるのですね。
     
    映画「一心太助江戸っ子祭り」
     
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    以下がWikipedia版の「いき」の説明からの抜粋です。

    いきまたは意気とは、江戸における美意識(美的観念)のひとつであった。江戸時代後期に、江戸深川の芸者(辰巳芸者)についていったのがはじまりとされる。身なりや振る舞いが洗練されていて、かっこうよいと感じられること。また、人情に通じていること、遊び方を知っていることなどの意味も含む。カタカナでイキと記すこともある。
    「いき」は、単純美への志向であり、「庶民の生活」から生まれてきた美意識である。また、「いき」は親しみやすく明快で、意味は拡大されているが、現在の日常生活でも広く使われる言葉である。
    「いきでいなせ」という言葉がある。舟木一夫の「火消し若衆」において、「火事とけんか」や「男っぷり」と歌われており、喧嘩っ早い火消しの江戸っ子を表現している。この語をわけて「いき」は火消しの事で「いなせ」は魚屋の事、という説もあるが、これは定かとなっていない。江戸っ子は地味な服を好むがいきなオシャレを楽しんだとされる。
     
    九鬼周造『「いき」の構造』(1930)では、「いき」という江戸特有の美意識が初めて哲学的に考察された。九鬼周造は『「いき」の構造』において、いきを「他の言語に全く同義の語句が見られない」ことから日本独自の美意識として位置付けた。外国語で意味が近いものに「coquetterie」「esprit」などを挙げたが、形式を抽象化することによって導き出される類似・共通点をもって文化の理解としてはならないとし、経験的具体的に意識できることをもっていきという文化を理解するべきであると唱えた。
    *九鬼周造『「いき」の構造』については後述します
     
     
    先ずは「いき」な「火消し」の曲から
     
    火消し若衆  作詩:安部幸子 作曲:遠藤実
    http://www.dailymotion.com/video/x24xixl_%E7%81%AB%E6%B6%88%E3%81%97%E8%8B%A5%E8%A1%86-%E8%88%9F%E6%9C%A8%E4%B8%80%E5%A4%AB_music
    (1965年1月発売)
     
    イメージ 1火事とけんかと 一番まとい
    そいつはおいらに
    まかせておきな まかせておきな
    白に黒文字 め組のとび衆
    いきでいなせで 男っぷりなら
    エー日本一
    エンヤラヤレコノ 日本一
     
    火の子恋の子 どちらがこわい
    火消し若衆に
    はっぴを着せりゃ はっぴを着せりゃ
    何んの火事とて こわくはないに
    恋の火となりゃ いつもにげごし
    エー弱くなる
    エンヤラヤレコノ 弱くなる
      
    江戸の自慢は とび衆の木やり          
    火の見やぐらの
    上から聞かそ 上から聞かそ
    えりの黒じゅす 恋風乗せて
    茶屋のむすめが 通りすがりに
    エー聞きほれる
    エンヤラヤレコノ 聞きほれる
     

    喧嘩鳶-野狐三次  作詩:村上元三  作曲:山路進一
    http://www.dailymotion.com/video/x26popo_%E8%88%9F%E6%9C%A8%E4%B8%80%E5%A4%AB-%E5%96%A7%E5%98%A9%E9%B3%B6-%E9%87%8E%E7%8B%90%E4%B8%89%E6%AC%A1_music
    (1968年6月発売 デビュー5周年記念明治座公演・主題歌)
     
    イメージ 2さっとかつぐは に組の梯子
    神田日本橋 花が咲く
    そおれ 火事は近けえぞ 
     さあ 繰り出せ 繰り出せ
    腰の鳶口 伊達には差さぬ
    おいら に組の野狐三次
    江戸の名物 喧嘩鳶
     さあ どいた どいた
     
    どんと打つのは に組の太鼓
    響く雷 夏の雨
    そおれ 火事は近けえぞ 
     さあ 繰り出せ 繰り出せ
    可愛いあの子を 濡らしちゃならぬ
    おいらに組の野狐三次
    江戸の名物 喧嘩鳶
     さあ どいた どいた
     
    ひょいと振るのは に組の幟
    背中の薄と 野狐と
    そおれ 火事は近けえぞ 
     さあ 繰り出せ 繰り出せ
    母の情が 男のいのち
    おいら に組の野狐三次
    江戸の名物 喧嘩鳶
     さあ どいた どいた
     
    ジャンと鳴ったら に組の纏
    雪が降ろうと 一番乗りだ
    そおれ 火事は近けえぞ 
     さあ 繰り出せ 繰り出せ
    渡すもんけえ この消口は
    おいら に組の野狐三次
    江戸の名物 喧嘩鳶
     さあ どいた どいた
     
    次に「いなせ」な「魚屋」
     
    一心太助江戸っ子祭り  作詩:関沢新一 作曲:山路進一
    https://www.youtube.com/watch?v=Jdu8EXYjvMI
    (1967年1月発売 映画主題歌)
     
    イメージ 6
    (セリフ)
    さあさあさあ
    どいたどいたどいたどいた
    邪魔するねえ てやンでい
    二本差しが こわくって
    田楽が食えるかってンだ!
     
    生まれついての 勇肌
    足の先から 頭まで
    意気と張りとが ピンピンしてらあ
    おどし無理押し 横車
    通しちゃならねえ べらんめえ!
    通しちゃ男の オット 名がすたる
    *
    恋は深川八幡宮 何も湯島は天神で
    腹はちょっぴり 数寄屋河岸
    銭が内藤新宿で 恐れ入谷の鬼子母神
    ぴいぴい どんどん神楽坂
    酔うて 九段の坂の下
    あの娘 ハラハラ駿河台

    江戸の雀も まねをする
    ここが天下の 一大事
    人のためなら 一心太助
    野暮であろうと なかろうと
    一肌ぬいだら べらんめえ!
    とことん男を オット かけてやる
    *くり返し

    肩に担いだ 天秤に
    咲いたうれしい 恋の花
    散るか散らぬか オット 気にかかる
    *くり返し
     
     
    哲学者・九鬼周造著『いき」の構造』という、なんとも難解な著作があります。九鬼という珍しい名前と「ユニークな著書名はインパクトがあるので学生時代から知ってはいましたが、堅そうで全く読む気はしませんでした。
    でも「小唄」「端唄」「都々逸」など大好きでCDも何枚か持っていますし寄席やライブでナマで聴いて「あぁ、いきだなぁ…」などといい気持になったりもしますから、「いき」という言葉の持つ意味合いに学術的な切り口からアプローチした著作ということなのでずっと気にはなっていました。
     
    舟木さんと、つい2年半ほど前に「再会」して、「絶唱」の頃までのイメージしかなかった私が、たった一回のステージでグイッ!と心をわしづかみにされたのは、昔の繊細で清潔な魅力が少しも損なわれていなかったことも大きな理由ですが、多分、それだけではなく、というか、それと同時に私が抱いていた昔の舟木さん像にプラスされていた雰囲気が思いがけず「いき」という空気だったからかもしれません。大人になっていく過程で「いき」という日本特有の文化・芸能に触れてきた経緯があったので、舟木さんと「再会」した時に、そういった匂いを感じたのかもしれません。私が古い記憶として持っていた舟木一夫像ではない「垢ぬけた感じ」「いい意味の玄人っぽさ」「非日常の香り」「ほどの良さ」などを纏った嬉しい舞台人を新たに「見ぃ~つけた!」という衝撃でした。
     
    舞台芸術、芸能が好きな私ですが、それは、板の上(舞台)にいる側と、それを見る側との距離感がなん
    ともいえず好きだということでもあるのかもしれません。それは単に物理的な距離感ではなく「うん、やっぱり私とは違う特別な世界に住む人だ」という憧れと賞賛の気持ちを覚えさせてくれるだけの舞台人としての力量やオーラがあることです。
    そして、板の上にいる側にも、どこかに「芸人」であるといういい意味での積極的な自負を持っていることを求めてしまいます。「芸事」を生業(なりわい)としている人には、見る側との間に凛とした線引きをしていることがとても大切なことなのだと思っています。
     
    舟木さんは、若い頃からそこがとても明快で、「お客さま」をとても大切しつつ、一方で、しっかりその「線引き」の自覚を持って来られたのであろうことを「再会」して以来、舟木さんの旅路を追体験していく中で痛切に感じたのです。その在り様自体が、とても「いき」であるとも感じていますし、舟木さんの「芸人」としての美意識ではないかという気がしています。

    「いき」な舟木さんの在り様の根源を私なりに探ってみたいと思い、難解な『「いき」の構造』を、ちょっと齧ってみました。なんとなく私の心に響いてきた部分を抜き書きしてご紹介しておきます。
    下記の太字にした部分が、なにやら舟木一夫的なるものと重なるような気がしています。
     
    あくまで、感覚的ですが、下記に掲げた『「いき」の構造』で述べられている言葉や単語で表わすなら…
    「婀娜っぽい、かろらかな微笑」「真摯な熱い涙のほのかな痕跡」「流転」「無常」「空無」「涅槃」「諦め」「静観」…こうしたものが舟木さんの周囲に漂っていて「いき」という佇まいとしてのダンディズムを感じさせるのかもしれません。

    イメージ 5~九鬼周造著『「いき」の構造」』より抜粋~
     
    要するに、「いき」は「浮かみもやらぬ、流れのうき身」という「苦界(くがい)」にその起原をもっている。そうして「いき」のうちの「諦め」したがって「無関心」は、世智辛(せちがら)い、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟洒として未練のない恬淡無碍(てんたんむげ)の心である。
     
    「野暮は揉(も)まれて粋となる」というのはこの謂(いい)にほかならない。婀娜(あだ)っぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯(しんし)な熱い涙のほのかな痕跡(こんせき)を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握(はあく)し得たのである。
     
     
     
    「いき」の「諦め」は爛熟頽廃(らんじゅくたいはい)の生んだ気分であるかもしれない。またその蔵する体験と批判的知見とは、個人的に獲得したものであるよりは社会的に継承したものである場合が多いかもしれない。それはいずれであってもよい。ともかくも「いき」のうちには運命に対する「諦め」と、「諦め」に基づく恬淡とが否(いな)み得ない事実性を示している。
     
    そうしてまた、流転(るてん)、無常を差別相の形式と見、空無(くうむ)、涅槃(ねはん)を平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して静観を教える宗教的人生観が背景をなして、「いき」のうちのこの契機を強調しかつ純化していることは疑いない。
     
    わかったような…わからないような…さっぱり、わからない?(笑)トホホなブログで、すみませ~ん

    *「浮かみもやらぬ 流れのうき身」とは、「長唄 高尾懺悔」からの引用だそうです
     
    鉦鼓の音も澄みわたり 名もなつかしき宮戸川 都鳥も声添へて 
    南無阿弥陀仏みだ仏 浅茅が原のさうさうと 風冷やかに身にぞしむ 
    不思議や紅葉の影添ひて 塚のうしろにすごすごと 高尾が姿あらはれて 
    もみぢ葉の 青葉に茂る夏木立 春は昔になりけらし 
    世渡る中の品々に 我は親同胞の為に沈みし恋の淵 浮びもやらぬ流れのうき身 
    憂いぞつらいぞ勤めの習ひ 煙草呑んでも煙管より 咽喉が通らぬ薄煙 
    泣いて明かさぬ夜半とてもなし 人の眺めとなる身はほんに 
    辛苦万苦の苦の世界 四季の紋日は小車や 
     
    ・高尾とは、いわゆる「苦界」に生きる女性のシンボルである有名な傾城(遊女)です
    高尾太夫(たかおだゆう)は、吉原の太夫の筆頭ともいえる源氏名。高尾太夫は、吉原で最も有名な遊女で、その名にふさわしい女性が現れると代々襲名された名前で、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓(寛永三名妓)と呼ばれる。
     
    着流し姿は、なんたって360度どこから見ても「いき」です
     
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    こんな雑誌があることも、舟木さんのインタビュー記事が掲載されていることも全く知りませんでした。たまたま偶然にamazonのサイトで見つけて、即ネット注文しました。なかなか、中身の濃いインタビュー記事で読み応えがあります。まだ、最新号なので見出しとか、質問事項などのみ掲載させていただきます。
    (取材時期は2014年10月)インタビュー時の写真もたくさん掲載されています。
     
     
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    雑誌:COMPANYTANK 2015年1月号
    出版:国際情報マネジメント (2015/1/1)
    1296円(税込)
    amazonにて送料無料で購入できます。

    amazonサイト ↓
    巻頭企画「芸事の世界で生きた50余年 培われた、一流の哲学を探る」 歌手・役者 舟木 一夫
    1963年に「高校三年生」で華々しく歌手デビューを飾り、今なお現役で芸能界の一線をひた走る舟木一夫
    さん。現在では歌手としてだけでなく、娯楽時代劇でも座長として一座をまとめるなど、同世代の星であり続けている。波乱万丈な芸歴50余年の中で培われた芸事への哲学から、「顧客目線」へのヒントを探る。
     
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    ツキが連鎖反応を生み、デビューへ
     
    「上手い歌い手ではなく、 いい歌い手であれ」
     
    スランプからの再起
     
    自分自身を見つめ直したことで、再起へのきっかけを掴むことができたという舟木さん。社会の変化の中
    で、どのように歌と向き合ってきたのか。
     
    役者・舟木一夫として
     
    気が付けば始まっていた、舟木さんの役者人生。当所から、やりがいや面白さを見出せていたのだろうか。
     
    「技術は見て盗め」という言葉は、役者ならずとも技術を要求する世界ではよく言われるものだ。その大切さについて、舟木さんは熱を込めて語る。
     
    また、舟木さんは演技者の“血”についても言及した。
     
    「僕もチームのメンバーの一員。皆が力を発揮して初めて、お客さんの心に響くものがつくれる」
     
    舟木一夫の掲げる、顧客満足の理念
     
    では、役者・舟木一夫が舞台に立つ上で最も大切にしていることとは──?
     
    本号発刊時には70歳の誕生日を迎えられている舟木さん。最後の質問として、舟木さんと同年代の経営者が抱えている問題の1つ、次世代への継承について伺ってみた。
     
    自身のこと、芸のこと、お客のこと。舟木さんには、これまでのキャリアを通じて抱いた想いについて存分に語って頂いた。そして、舟木さん自身も50周年を経て、なお健在。2015年2月には、また自身の公演が大阪・新歌舞伎座にて行われる予定だ。そのステージは、きっと見る者にまた新たな感動と幸福をもたらしてくれることだろう。
     
    イメージ 3
     
      

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    私が是非とも動画化して、ひとりでもたくさんの舟木さんファンに聴いていただきたいと念願していた作品を、舟友のkazuyanさんが、センスと技を駆使して、素晴らしい動画にしてくださいました。
    一番最近では、昨年12月26日の新橋演舞場シアターコンサートで聴かせていただきました。今の舟木さんの歌唱では、さらにスケールが大きくて重厚ですが、この音源では繊細な三十代の舟木さんの歌唱の
    魅力をお楽しみください。
     
    星の夜北へ帰る  作詩:関沢新一  作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=1fqZCYTJFNE&feature=youtu.be
    (1977年 15周年記念アルバム舟木一夫大全集「限りない青春の季節」未発売オリジナル12曲)収録
     
    イメージ 2果てしなき 荒野を行けば
    ほほぬらす 星の涙よ
    ふるさとは 母のいる国
    夜ごと見る 夢より遠し
     
    駒とめて 静寂(しじま)の中に
    あおぎ見る 星の思い出
    イメージ 3あの星は 指きりの星
    この星は 恋そめし星
     
    花咲けど その名も知らず
    若き日の 君は旅人
    人の世の 運命(さだめ)はかなく
    あの星に いつの日逢わん
     
     
     
     
    私が初めてこの曲と出逢ったのは、舟木さんと「再会」して間もない頃、まだレコードは勿論、CDも持っていなくて、まずは舟木さんの歌をyoutubeで捜して聴いていた頃のことです。ところがしばらくするとその動画は「削除」されてしまいとても残念に思っていましたので、この度、kazuyanさんの動画でご紹介することができて本当に嬉しく思っています。
     
    初めて聴いたときから「ひと目ぼれ」ならぬ「ひと耳ぼれ」でした。
    舟木さんの歌声も素晴らしければ詩もメロディーも「歌謡曲」「流行歌」という枠を大きく超えていると感じました。雄大な自然、そのまた先の宇宙にまで広がるようなスケールでありながら洗練されたナイーブな言葉の数々は都会的なスマートさも同時に内包しているようです。

    タイトルからして優れて「詩的」なこの曲、そして一連目から三連目まで、どのフレーズにも文学的な香りが色濃く感じられます。また、この曲は、メロディーが先にあったとしても、このような詩の世界を紡ぎ出すことを喚起させるだけの詩人の心を揺さぶる力があるとも思います。

    詩が先にあってメロディーがつけられることによって、さらにひとまわりスケールの大きな楽曲になったのか、このドラマチックなメロディーが先にあって、より磨き抜かれた詩が生まれたのか……どちらであっても決して不思議ではない作品だと思います。

    最初、私は、歌詩(文字で表された目から入ってくる詩)を見ることもなく、耳だけで舟木さんの歌唱を聴いただけです。それでも、澄みきった冴え冴えとした空気や、満天に輝きわたる一面の星空を肌で感じることができたのは舟木さんの突き抜けた透明感のある歌唱によるものだったのだと思います。
     
    イメージ 4
     
     
    それは「想いのこもった」というありきたりな表現では言葉が足りないほどでした。私の思いつく限りの言葉の中でやっと近いと思える言葉として「崇高な」と言えばいいでしょうか。
    この曲が、15周年記念アルバム「限りない青春の季節」10枚組のレコードのうち「未発売オリジナル曲」という1枚に収録されていることを知ったのは、その後のことです。
     
    こんな素晴らしい曲が、なぜ「未発売曲」として埋もれていたのか?という疑問が私を捉えました。
     
    イメージ 5この10枚組アルバム「限りない青春の季節」が欲しくて、ネットオークションをずっとチェックしていましたが、なかなか出品がありませんでした。そうこうするうちに、30周年記念として発売された「陽射し・旅人」というタイトルの10枚組CDの中に、この曲が収録されていることを知り、こちらはamazonで購入することができました。この「陽射し・旅人」に付いていた歌詩と解説の冊子に、舟木さんが寄稿されている文章があって、そこで「星の夜北へ帰る」が、ずっと未発売となっていた理由を書いていらっしゃるのを読んで、その疑問がストンと解決できました。
     
    再々掲載ですが、実際に舟木さんの歌声を聴いていただいてから読むと、また得心のいく文章になると思います。
     
    15周年記念アルバムで初めて陽の目を見た「星の夜北へ帰る」、この曲と格闘してきた若い日の舟木さんの「歌に対する真摯な姿勢」に感動しました。また、歌い手をこのような気持ちにさせる作品を生みだす作家(詩・メロディー)の力の偉大さにもあらためて気づかされる想いでした。
     
    イメージ 6~歌手生活30周年記念 
    舟木一夫大全集「陽射し・旅人」
    舟木一夫 思い出の曲寄稿集より 
     
    これは15周年のアルバムに入れたものですが、しかし曲が出来上がってきたのは、僕が19才の時ですから昭和39年でした。その時1回レコーディングしたのですが、曲のスケールに、歌い手が負けてしまい、どうしても歌いきれませんでした。こんな経験をしたのはこの作品が初めてでした。「くやしい」という気持ちが心の片隅にあったのでしょう。それから10年後にアレンジを変えて再チャレンジしました。しかし、やっぱりダメでした。くやしさは増すばかりでした。必ず、いつか歌いきってやるというつもりで、15周年の時にアレンジを再び変えて、再々チャレンジをしました。そして15年目にして、やっとなんとか自分でも納得する歌に仕上がりました。この作品ほど、歌い手が作品に位負けしたということを感じた作品はありませんでした。


    それは、作品が素晴らし過ぎたからだったと初めて理解できました。また、詩と曲が、どなたかということもとても気になっていましたが、作家のお名前がわかって、これも納得でした。
    作曲は、かの船村徹さん。そして作詩が関沢新一さん。関沢さんもまたマルチな才能をお持ちの方で舟木
    さんファンならよく御存じの「学園広場」「高原のお嬢さん」「銭形平次」などの大ヒット曲を作詩された方です。このおふたりの手になる「星の夜北へ帰る」だったのです。
     
    舟木さんにとって「歌」とは、年若い頃から、単なる道具や対象物ではなく、畏敬の念をもって対峙するものだったのですね。だからこそ、言葉であっても、ひとつひとつの音であっても、ガラス細工の壊れものをそっと手のひらで包み込むような繊細さで丁寧に大切に唄う歌い手として、今も、私たちに限りない満足感を与えてくださるのだと思います。
     
     
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    舟木一夫 オン・ザ・ロード 2014 チャンネルNECO公式サイト コラム最終回(1月21日)
    http://www.necoweb.com/neco/sp/funaki/column/000420.html
     
     
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    舟木さんファンが楽しみにされているチャンネルNECOの公式サイトで、私にとってのバイブル「青春賛歌」の著者でもあり、舟木さんの公演パンフレットなどで、私たちファンの想いを十二分に斟酌してくださり、絶妙な名インタビュー記事を届けてくださっている大倉明氏がコラムを担当されています。

    1月21日の記事が、このコラムの最終回ということでした。
    ……で、本日、サイトに訪問して読ませていただいていたら、ビックリ仰天!
     
    「れんげ草の咲くさんぽ径」の紹介までしてくださっていました。大倉氏とは何度もお話をさせていただき、いつも気さくに接してくださっていますが、単なる一ファンにすぎない私の拙いブログに言及してくださるとは本当に恐縮で正直少なからずビビリましたが同時に心からありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。
     
    大倉氏が紹介してくださっている「中野サンプラザ・ファイナルコンサート 春日局レポート」↓
     
     
    「チャンネルNECO公式サイト コラム最終回」を、心からの御礼を込めて、ここに、御紹介させていただきます。上記のサイトで、初回から最終回までのすべてのコラムも御覧になれます。
     
    あらためて、半年間にわたる大倉氏の「コラム」を読み直して、またこれから「舟木さんが私たちファンをいざなってくださる旅」へのあらたな期待に胸をふくらませています。

    最後に…
    「大倉さん、長期間の取材と舟木さんへの愛情あふれるコラム執筆をありがとうございました」
    これからも、舟木さんと私たちファンとの橋渡しへのお骨折りを、どうか宜しくお願いいたします。
     
    「れんげ草の咲くさんぽ径~舟木一夫の世界」のバイブル書「青春賛歌」(大倉明著)
     
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    私事ですが、1月22日と23日に京都、大阪に行ってきました。
    一日目は、京都をどっぷり堪能しました。今回の散歩のメインエリアは奥嵯峨です。
     
    私が、京都に行く時は、地元の近鉄桑名駅から近鉄四日市に出て、四日市-京都間を走る高速バス利用です。所要時間は1時間半ほどです。安くて早くて便利なのが嬉しいコース。
    宿泊するのは、大抵は、京都住まいの時に住んでいた家のすぐ近くのホテルで京阪・清水五条のバス停から徒歩5分。先ず、荷物を預けておいて身軽になってから活動開始です。
     
    京都の街歩きで携帯で撮ってきたヘボな写真ですが、舟友のkazuyanさんの動画「嵯峨野雪草紙」に助けていただきつつアップします。
     
    嵯峨野雪草紙  作詩:吉田旺 作曲:古関裕而
    https://www.youtube.com/watch?v=U39m-nUhc5E
    (1975年 アルバム「暦/12カ月の愛の歌」より1月の詩)
     
    イメージ 1雪見障子の そのむこう
    音もたてずに 降る雪は
    おんなごころの みがわりか
    嵯峨野 尼寺 墨絵いろ 
     
    長い黒髪 断ち切った
    わけは恋路の 果てなのか
    誰も知らないほつれうた
    嵯峨野 尼寺 細雪(ささめゆき)
     
    雪の枝折り戸 おしあけて
    七分びらきの 蛇の目傘
    色はむらさき おんな傘
    嵯峨野 尼寺 雪草紙
     
     
     
     
     
    祇王寺のシンボルのような寒牡丹、まだ蕾がしっかり固く閉じています
     
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    「嵯峨野雪草紙」の歌詩に登場する尼寺と云うと「祇王寺」。これまでも何度か嵯峨野散策の折に出かけ
    てはいましたが、「嵯峨野雪草紙」を聴いてから、雪景色の祇王寺を見てみたいと思っていました。

    風花が舞い散る奥嵯峨の散策は数年前の京都在住の頃には経験がありますが、kazuyanさんが、素晴らしい動画作品にして下さって、その動画を見ているうちに、がぜん、この冬には嵯峨野に行きたいとムズムズしていました。
     
    あいにく私が訪れた日は家を出る時から雪ではなくて、雨が降っていました。あ~ぁ……雨か・・・
    京都に着いてどしゃ降りなら嵯峨野散策は断念するつもりでしたが京都の中心の河原町界隈は、傘なしでも歩くことができるビミョーな天候だったので、ちょっと迷いましたがせっかく京都まできたのだからと決行!行きは、河原町から大宮までは阪急電車、四条大宮から嵐電(京福電鉄)で終点の嵐山まで乗車。
     
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    以下に嵯峨嵐山散策の道順に沿って撮影してきた写真を並べてみます。
     
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    嵐山駅のホームには足湯があります。お一人様 150円(タオル付き)
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    画像でたどる奥嵯峨野案内~春日局版
     
    嵐電・嵐山駅
     
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    嵐山駅を背にして右へすぐ 天龍寺              天龍寺からさらに進むとオルゴール博物館の建物
     
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        オルゴール博物館を直進、丸太町通りの交差点を渡ってさらに直進
     
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    嵯峨小学校の建物もさすが古式ゆかしく→
    飛び出し注意!の看板もユニークです
     
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    嵯峨小学校を右に見てさらに直進すると大きな山門が見えてきます。通称、嵯峨釈迦堂といわれる清涼寺
     
     
     
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    嵯峨釈迦堂境内の豊臣秀頼の首塚
     
     
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    昭和55年(1980)に行われた大坂城三の丸跡の学術調査で、発掘現場から豊臣秀吉の三男の豊臣秀頼公のものと思われる頭蓋骨が出土しました。その後の調査でこの骨が人為的に丁寧に埋葬されていることや、介錯の跡、周囲からの出土品などから考察して秀頼公のものと断定されました。  http://www.kyotok.net/tera120.html
     
     
    嵯峨釈迦堂の西門から奥嵯峨、あだし野につながる小径に入っていくと「夕ぎり大夫遺跡」という石碑があります。
    かの有名な遊女夕霧は、嵯峨釈迦堂の近くで生まれたといわれているそうです。
     
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    夕霧(?~1676)は京都島原の遊女。本名は「てる」といい,この地に生まれ,島原扇屋の遊女となるが,のち遊女屋主人とともにイメージ 15大坂新町の遊郭に移った。夕霧の墓は大阪市天王寺区下寺町の浄国寺にあるが,生家が清涼寺塔頭地蔵院の檀家であったことから,地蔵院墓地にも墓がつくられた。のち地蔵院は廃寺となり,現在,墓は大覚寺塔頭覚勝院の管理となっている。この石標は夕霧大夫の墓を示すものである。
     
     
    近松門左衛門の書いた歌舞伎”廓文章”の「夕霧」とは大坂新町の夕霧太夫のことである。
     
     
     
    さらに、ゆるやかな坂道をのぼって進んでいくと石碑と立て看板があって「厭離庵」に入っていくさらに細い路地があります。
     
     
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    *厭離庵
    この場所は、元々藤原定家山荘跡で長く荒廃したが、後に冷泉家が修復し臨済宗天龍寺派となった。再び荒廃したが1910(明治43)年に復興、山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)の娘が住職となり尼寺となった。境内には、茶室時雨亭、藤原定家塚、定家が筆洗いに使った柳の井がある。紅葉の名所として知られ、紅葉の時期にのみ拝観が出来ます。

     
     
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    竹垣の小径をたどっていくと
     
     
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    厭離庵門前。今はこんな感じです。中には入れません
     
     
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    紅葉の美しい時期の厭離庵、一見の価値あり!です。私の紅葉おすすめスポット
     
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    奥嵯峨の散策に便利な地図が、二尊院に入っていく道の脇にありました。
     
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    「案内板に祇王寺へは石畳の道へ入る」 とありました。
    久しぶりに来たのでちょっと迷いましたが案内板のおかげで助かりました。
    「檀林時」という→の看板があって、石畳になっています。
     
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     無事に着きましたが、この頃から雨が本降りになってきました
     
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    拝観料300円也。お庭の中に入ります
     
     
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    様々な種類の苔が、よく手入れされて美しく、雨がかえって幸いして緑が鮮やかで心も洗われるよう
     
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    冬の嵯峨野は観光客が少ない上に、この日は天気がイマイチでしかも平日でしたから静寂そのもの
     
     
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    ちょうど私が入るのと行き違いに女性がお二人出てこられて、その後は誰もいなかったのでこの空間をひとり占め!
    桜や紅葉の季節もいいのですが、ものさびしい無常観漂う歴史が息づく嵯峨野には、ひと気のない冬が似合います
     
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                                                                                    祇王(上村松篁画)
     
    イメージ 31「祇王寺のしおり」より
    ~平家物語 巻第一 祇王~
     
    「平家物語」の巻頭に「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし……」美しく書き出してあるが、さらに読み進むと祇王祇女のことが出てくる。これは平氏全盛のこと、平清盛りと二人の女性の哀れな物語である。このころ、都に聞こえた白拍子の上手に祇王、祇女という姉妹があった。姉の祇王が清盛の寵愛を得て、妹祇女も有名となり、安穏に暮らしていた。ところが、仏御前と呼ばれた白拍子が清盛の屋敷に現れて、舞をお目に掛けたいと申し出た。清盛は門前払いをしようとしたが、祇王が優しくとりなしたので、今様を歌わせることにした。
    仏御前は、声も節もすこぶる上手だったため、清盛は、たちまち心動かして仏御前に心を移した。昨日までの寵愛はどこへやら、祇王は館を追いだされることとなった。せめてもの忘れ形見にと、
      萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草  いづれか秋に あはではつべき
                                                                                                      と障子に書き残して去ってゆく。
    祇王、祇女、母刃自の三人、髪を剃って尼となり、嵯峨の山里、今の祇王寺の地に世を捨て、仏門に入る。母子三人念仏しているところへ、竹の編戸をほとほととたたく者がある、出てみると、思いもかけぬ仏御前であった。「祇王の不幸を思うにつれ、無常を感じ、今朝、館をまぎれて出でて、かくなりてこそ参りたれ」と被っていた衣を打ちのけるのを見れば、剃髪した尼の姿であった。わずかに十七にこそなる人の浄土を願わんと深く思い入り給うこそと、四人一緒に籠もって朝夕の仏前に香華を供えてみな往生の本懐を遂げた。
     
     
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    帰りは、たどってきた道を戻り、嵯峨小学校前から市バス28に乗って、嵐山渡月橋を経由して松尾大社から西大路方面廻りでJR京都駅まで約45分ほどのバスの旅。この系統バスには今回、たまたま気まぐれで初めて乗りましたが、行きの「嵐電」から見る京都の町の景色とはまた気分が変わって楽しい時間で
    した。
     
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    「昭和の歌 決定版!」と勝手にタイトルをつけて、セレクトした3曲は「長崎のザボン売り」「青い山脈」「三百六十五夜」です。他にも、たくさん舟木さんがカバーなさっている「昭和の歌 決定版!」なる曲があるのですが、現在youtubeにアップされているものの中から私の好みのものをセレクトしてみました。
     
    舟木さんが「懐かしの歌」としてカバーされたのが、1970年頃。これらの作品の原盤が世に出てヒットしたのは戦後間もない1940年代の終わりですから「懐かしの歌」と云ってもせいぜい20年しか経っていない頃のレコーディングです。
     
    アルバム「ひとりぼっち(第3集)舟木一夫懐かしの歌」(1969年発売)
     
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    舟木さんのカバーでアルバムが発売されてから、45年が過ぎましたが、今、私たちが聴いても「懐かしい」と感じるのですから、なんと寿命の長いことかと驚かされます。舟木さんファンの多くがまだこれらの曲の原盤が出た頃は、生まれていなかったことを思うとこの時代の歌というのは逞しい生命力を持っているのだと痛感します。
    時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、この先50年ほど経った時に人はどんな歌を「懐かしい」と感じるのか、「懐かしい」と思える歌があるのかなぁ…とちょっと淋しく思ってしまいます。
     
     
    長崎のザボン売り  作詩:石本美由起  作曲:江口夜詩
    https://www.youtube.com/watch?v=eVOJibuZdL4  (kazuyanさんの動画です)
    (原盤:1948年発売)

    イメージ 2鐘が鳴る鳴る マリヤの鐘が
    坂の長崎 ザボン売り
    銀の指輪は どなたの形見
    髪に結んだ リボンも可愛い
    可愛い娘 あああ 長崎のザボン売り
     
    風がそよそよ 南の風が
    港長崎 ザボン売り
    呼べば見返る ほほえみかける
    だれも見とれる えくぼの可愛い
    可愛い娘 あゝ長崎のザボン売り
     
    星がキラキラ 夕べの星が
    夢の長崎 ザボン売り
    黒い瞳の 夢みる笑顔
    ゆれるランタン 灯影(ほかげ)に可愛い
    可愛い娘 あゝ長崎のザボン売り

    *LP「あのころの歌 今日の歌 石本美由起作品集」収録(1970年)
     

    青い山脈  作詩:西條八十  作曲:服部良一
    https://www.youtube.com/watch?v=6XShAqc1GH0 (こちらもkazuyanさんの動画です)
    (原盤:1949年発売)
     
     
    イメージ 3若くあかるい 歌声に
    雪崩は消える 花も咲く
    青い山脈 雪割桜
    空のはて 今日もわれらの 夢を呼ぶ
     
    古い上衣よ さようなら
    さみしい夢よ さようなら
    青い山脈 バラ色雲へ
    あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く
     
    雨にぬれてる焼けあとの
    名も無い花もふり仰ぐ
    青い山脈 かがやく嶺の
    なつかしさ 見れば涙がまたにじむ
     
    父も夢見た 母も見た
    旅路のはての その涯の
    青い山脈 みどりの谷へ
    旅をゆく 若いわれらに鐘が鳴る
     
    *アルバム「ひとりぼっち(第3集)舟木一夫懐かしの歌」収録(1969年)
     
     
    「三百六十五夜」は私の好きな曲です。八十の詩に「哀愁の夜」の詩のルーツを見るような気がします。
     
    三百六十五夜  作詩:西條八十  作曲:古賀政男
    https://www.youtube.com/watch?x-yt-ts=1421914688&x-yt-cl=84503534&v=GHmNyJeZ_Q8
    (原盤:1948年発売)
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    みどりの風に おくれ毛が
    やさしくゆれた 恋の夜
    初めて逢(お)うた あの夜の君が
    今は生命(いのち)を 賭ける君
     
    気づよく無理に 別れたが
    想い出の道 恋の街
    背広に残る 移り香(が)かなし
    雨の銀座を ひとりゆく
     
    イメージ 5鈴蘭匂う 春の夜
    灯(ともしび)うるむ 秋の夜
    泣いた 三百六十五夜の
    愛の二人に 朝が来る
     
     
     
     
     
     
    *アルバム「ひとりぼっち(第3集)舟木一夫懐かしの歌」収録(1969年)
     
     
     
    イメージ 6哀愁の夜  作詩:古野哲哉 作曲:戸塚三博
    (1966年2月発売)
     
    なんて素敵な 夜だろう
    星はきらめく 瞳はうるむ
    ああきみと行く 夜風の舗道(みち)は
    いつかふたりの胸に
    恋を育てた あの日の舗道よ
     
    夢を見るから ゆれるのか
    長い黒髪 波うつように
    ああ街の灯は やさしくもえて
    何か誓いの言葉
    交わしたいよな ふたりの夜よ
     
    たとえ別れは 辛くとも
    想うこころは 変わりはしない
    ああ面影が 消えないように
    きみと歩いた路に
    ひとりたたずむ 哀愁の夜
     

     

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    2月の新歌舞伎座特別公演の初日まで、あと数日と迫ってきました。本当に待ち遠しく楽しみですね。
    舞台稽古も、もうラストスパート、追い込みの毎日なのでしょう。舟木さんはじめ座組の皆さまがお元気
    で無事に初日の幕が開く事を心から願っています。
     
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    さて、東の新橋演舞場での特別公演は、ここ数年、骨格のがっちりしたお芝居というイメージで、それに対して西の新歌舞伎での特別公演は、肩の凝らない軽演劇というところですが、お芝居とコンサートの二本立てで座長公演を始められた当初には、新歌舞伎座でもシリアスな作品が上演されていたのですね。
     
    ファンの皆さんご周知の通り、舟木さんの初座長公演は1966年10月の新歌舞伎座、お芝居の演目が「雨月道成寺」「若君風流」です。
    その後は新歌舞伎座での特別公演は今回ご紹介する1972年(昭和47年)芸能生活十周年記念特別公演「江戸の淡雪」となっています。
    そして、この十周年の頃から、舟木さんの苦節の時代に入っていきますので、新歌舞伎座での座長公演は三十代の芸能生活15周年記念の「さくら仁義」(1976年4月)まで、およそ5年間のブランクがあります。15周年のあとも、いわゆる「寒い時期」が続き、さらに約15年を経て舟木さんの奇跡的な快進撃が始まる30周年あたりから再び新歌舞伎座での座長公演が定期的に興行されていくということになります。
     
    芸能生活十周年記念特別公演 篠山紀信氏撮影パンフレットの表紙
     
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    イメージ 1パンフレットの表紙の舟木さんのヘアスタイルは、短くカットした感じですが、この公演に先立って8月の明治座公演(8月1日~28日)で「あの海の果て」というお芝居をされています。海軍中尉役を演じていらっしゃるので、坊主頭になさったのが、まだ伸びていない時の撮影だったのかな?などど推察しています。ちなみにこの表紙の撮影も篠山紀信氏によるものですので、あるいは明治座公演の直前あたり頃に既に撮影されていたものかもしれません。あくまで私の推測ですが…
    こんな短い髪形でも不思議と黒のスーツに似合っているのがさすがです。今の舟木さんとは違ってシャー
    プな眼差しで、心を射抜かれるようでドキッ!としますが、とっても魅力的なお写真で、飽きることなくずっと見ていたくなります。さすが篠山紀信さんの腕ですね!

    新歌舞伎座での1972年の芸能生活十周年記念特別公演のお芝居の演目は「江戸の淡雪」長らく私の手元には資料がありませんでしたが、この度、この公演のパンフレットが手元にやってきてくれましたので、ちょうど2月の新歌舞伎座公演の直前でもあり、また、このお芝居が、「忠臣蔵」に関連していることでもありますので、グッドタイミングかなと思い、御紹介させていただきます。

    イメージ 2「忠臣蔵」が今の時期にグッドタイミングというのは……
    赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、旧暦では元禄15年12月14日(正確には15日未明)ですが、新暦では1703年1月30日(同じく31日未明)です。実質的な時候としては、今頃だということになります。
    史実では、討入りの日には雪は降っていなかったとされていますが、時期的には一番雪の多い頃なので人形浄瑠璃や歌舞伎など視覚的なイメージとして「雪」という設定が効果的に使われたのではないかと思います。
     
    舟木さんの演じた「忠臣蔵」にまつわる人物は、数多く、矢頭右衛門七、丹下典膳、清水一学、堀部安兵衛など舟木さんファンには馴染みがあると思います。その中で一番マイナーであまり知られていないのが毛利小平太ではないでしょうか?私も、舟木さんが演じているというのであらためて印象付けられた名前であり、人物です。実際、資料が、ほとんど残っていない人物のようですから、かえってお芝居の主人公として描くにはドラマチックに想像・創造できるということにもなるのでしょうね。
     
    「江戸の淡雪~悲恋 毛利小平太」も、舟木さんのために書き下ろされたフィクションです。下記に毛利
    小平太についての史料と作者の土橋成男氏がパンフレットに書かれた文を先ず御紹介します。

    ただ、舞台写真がほとんどなく、裏長屋に身分を隠して潜んでいるわけですから武士とはかけ離れた崩れ
    たイメージの衣裳でスチール写真として撮影したような形式のものしかありませんでしたのでその点は御容赦下さい。また、この公演の資料・写真などお持ちの方がいらっしゃいましたらお知らせいただければありがたいです。
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    昨年12月26日の新橋演舞場シアターコンサートで私はナマで初めて「江戸の淡雪」を聴かせていただきました。
    舟木さん御自作の詩です。三連の詩の中にコンパクトに過不足なく、この新歌舞伎座で演じられた毛利小
    平太像が描かれていますので、併せて御紹介しておきます。
     
    パンフレットのあらすじを読んだのちに、あらためてこの「江戸の淡雪」の詩をなぞっていくと、わずか五行三連の詩の中に物語の世界がギュッと凝縮されていて、しかも小平太の心のうち、情感が見事に詠いあげられています。舟木さんがまだ二十代半ばの頃の作品であることを思うと、感服の至りです。
     
    この公演のコンサートでも勿論「江戸の淡雪」を唄われています
     
    イメージ 4江戸の淡雪 作詩:すずきじろう 作曲:山路進一           
    (1972年 大阪・新歌舞伎座「悲恋!毛利小平太」主題歌)
    ~1977年 アルバム「限りない青春の季節」収録~
     
    女心の 哀れに負けて
    武士の意気地も 乱れがち
    毛利小平太 はぐれて一人
    赤穂浪士の
    影をゆく 影をゆく
     
    群れを離れた 一羽の鳥が
    迷う心を もてあます
    恋の情けか 忠義の道か
    胸の痛みを 
    誰か知る 誰か知る
     
    死ぬを覚悟の 道ゆき悲し
    とけてはかなき 夢いくつ
    江戸の淡雪 泣け降れ積れ
    響く無情の
    勝鬨に 勝鬨に
     
     
     
     
    毛利 小平太(もうり こへいた、生没年不詳)~wikipediaより~
     
    江戸時代前期の武士。赤穂藩浅野氏の家臣。名は元義(もとよし)とされる。
    元禄13年(1700年)の「浅野家分限帳」によれば大納戸役20石5人扶持とある。大石良雄の吉良義央への仇討ちの盟約に加わり、吉良邸討ち入り前には木原武右衛門と変名して本所林町五丁目の堀部武庸の借家に入っていた。
    討ち入り1ヶ月前の元禄15年(1702年)11月14日に作成された討ち入り手配(寺井玄渓宛てに送られたもの)には、裏門隊屋敷内突入部隊の中に毛利小平太元義の名がある。大石が11月29日付けで落合勝信に提出した瑤泉院への書状には、毛利小平太・瀬尾孫左衛門・矢野伊助の後に脱盟する3名を加えて忠死する者50名と書いている。
    しかしその後、小平太は脱盟する旨の書状(12月11日付けとなっている)を残して逐電した。討ち入り口上書のなかには毛利小平太の名があるものが残っている。一方、12月12日に逃亡した矢野伊助や瀬尾孫左衛門の名は書かれていないことから、大石良雄らが小平太脱盟を知ったのは討ち入り直前だったと見られている。そのため小平太を「最後の脱盟者」と呼ぶことが多い。小平太の脱盟を受けて急遽、三村包常が
    表門隊から裏門隊へ編成替えされている。逐電の理由として、大垣新田藩主戸田氏成に仕えていた小平太の兄に説得されて脱盟した説が残っている。
    また、元禄赤穂事件を題材にしたフィクション作品では、脱盟の内訳を多様に描いており、親族によって討ち入り参加を止められる(日本テレビ『忠臣蔵』、大河ドラマ『元禄繚乱』)、討ち入りに向かう途中に死亡(戦死・病死など)する(テレビ東京『大忠臣蔵』、テレビ朝日『忠臣蔵 CHUSHINGURA』)などがある。
     
    イメージ 5「毛利小平太」あれこれ  土橋成男 
     ~パンフレットより~
      ←舟木さんのお隣が土橋氏
     
    忠臣蔵は芝居の宝庫といわれています。大石内蔵助を始め、討入りに参加した四十七士の一人々々に物語があるのは勿論ですが、様々な理由から、脱落していった赤穂浪士たちにも、それなりの人生がありドラマがあるのです。
    今度の舟木さんの公演で、その脱落者の一人で、しかも討入り前夜に姿を消した毛利小平太を取り上げては、というお話があり、喜んでお引き受けしました。
     
    種々の史料をあたってみますと、毛利小平太に関しては、殆ど記録が残っていません。それも道理で、四十七士の働きを書き残した人々の眼には小平太が許しがたい裏切り者、卑怯者と映っていたのでしょう。
    僅かに、吉良邸に忍びこんで絵図面を引いてきたことだけが、目覚ましい手柄として記されていました。
    それだけに、確実な死を前にした若者と、その若者を命がけで想う女を、自由に描くことができました。
    なお、史料によると、毛利小平太は上方に逃れて行く姿を品川宿で富森助右衛門に見られ、その後京都の公家に仕えたようです。大詰は、清水一学との一騎打ちと共に、史実から離れて書きました。
    降りつもる雪の中で、嘗ての同志たちの勝鬨を聞きながら死んで行く毛利小平太の姿がどこか蔭のある舟木さんの舞台の雰囲気に合ってくれればと思っています。

    ~資料:土橋成男氏による舟木さん主演の初期の舞台公演記録~
     
    新納鶴千代(原作:郡司次郎正)                 1969年 明治座7月公演 夜の部
    新吾十番勝負(原作:川口松太郎)         1970年 明治座8月公演 昼の部
    新吾十番勝負 完結編(原作:川口松太郎)    1971年 明治座8月公演 昼の部
    忠臣蔵異聞薄桜記(原作:五味康祐)         1971年 明治座8月公演 夜の部 
    大岡政談・魔像(原作:林不忘)           1972年 明治座8月公演 夜の部
    沖田総司(作・演出:土橋成男)           1973年 明治座8月公演 昼の部
    われ永遠に緑なり(作:土橋成男)          1973年 明治座8月公演 夜の部
     
    芸能生活10周年記念 舟木一夫特別公演 大阪新歌舞伎座(1972年12月1日~12月26日

    義士外伝 江戸の淡雪 ~悲恋 毛利小平太~  三幕八場  作:土橋成男 演出:前田昭
     
    イメージ 6第一幕第一場 播州赤穂城外 海の見える丘 (元禄十四年三月十九日の昼)
     
    元禄十四年三月十九日。播州赤穂の海が見える丘で、浅野家の若侍、大高源吾、岡野金右衛門、杉野小平次、奥田貞右衛門らが花見がてらの酒盛りで話がはずんでいます。彼らの関心の的は仲間の一人、武林唯七の妹の邦江でした。彼女にはすでに意中の人があるというのです。それだけに邦江が兄の唯七と姿を見せたときはそれぞれが堅くなったり、照れたりして胸をときめかすのでした。が、兄に問い詰められて邦江が明かしたその人はまだこの席に姿を見せていない毛利小平太です。その小平太が現れ、二人は一同からやんやと祝福されるのでした。
    邦江と二人きりになってみると小平太には夢のように思われます。彼はいつかは唯七に邦江を妻にほしいと申し出ようとためらっていたのです。大高源吾ほどの才能もなく、奥田貞右衛門の武芸におよばず、また杉野小平次のすぐれた働きもない自分を卑下していたからでしたが、邦江は夫に選ぶなら毛利小平太と決めていたときっぱりいいます。
    そのときもたらされた知らせは、主君浅野内匠頭が、江戸城松の廊下で、かねてから遺恨の重なる吉良上野介に刃傷におよんだという一大事でした。殿中で刀の鯉口を三寸切ればお家は断絶、その身は切腹との定めがあるのです。国家老の大石内蔵助から家中の侍に総登城の触れが出されたのは当然のこと。運命の皮肉さを痛感した小平太は、一度に奈落の底に突き落とされた心境で「邦江どの、いまの話、しばらくはお忘れ願いたい」と告げると、武林唯七らの後を追って城へ急ぐのでした。
     

    同 第二場 赤穂の宿外れ 漁師浜吉の家 (元禄十四年六月の半ば頃)
     
    その年の夏、小平太は赤穂の外れの漁師浜吉の家に身を寄せていました。赤穂藩では城を枕に討ち死を主張する者、殿を追って殉死とさまざまな意見が出されています。が、小平太は、いのちをおろそかにはしたくなかったのです。そういう勢い立った仲間の声はむしろ空しく、彼は彼なりの武士としての生き方を考えているのでした。彼の身のまわりの世話をしてくれるおゆみは浜吉の遠縁の娘でしたが、いつしか小平太に思慕を寄せるようになっていました。浜吉は身分相応ということをさとして隣村の網元の息子との縁談をおゆみにすすめます。小平太を慕う邦江が訪ねてきました。今夜、殉死の覚悟を決めた者たちが内蔵助の屋敷に集まることになっていて、その中にはむろん、大高、杉野、岡野、奥田らも加わっていて毛利小平太の名のない事が邦江には悲しいのでした。それに、兄の唯七も殉死と決まれば家族の者は赤穂におれず、但馬の縁者を頼って赤穂を立つ前、小平太に最後の別れがしたい、いまも変わらぬ心を伝えたいと思い詰めての訪問だったのです。二人の愛に変わりはなくとも、どう間違っても二人が晴れて夫婦になれることはない淋しい別れでした。
    武林唯七も小平太を訪ねてきて、今夜の殉死に加わってこれまでの汚名をそそげと忠告します。その親友のことばに小平太は犬死は嫌だときっぱり断りました。いのちを捨てるときは仇の上野介と差し違えるときだけだ……という小平太のことばを耳にして、唯七ははじめて小平太の本心を知ったのです。喜びをいっぱいにして彼も真実を小平太に告げます。実は内蔵助の考えも同じで、万難を排して生き抜き、吉良上
    野介の首を亡き殿の 墓前に供えたのちに切腹する所存が決定しているのでした。小平太も喜んで内蔵助の許に馳せ参じます。そして、一緒に江戸へ行こうと小平太と唯七は久しぶりに手を握り合いました。
     
     

    イメージ 7第二幕第一場 江戸深川 あやめ風呂の二階 (元禄十五年九月の半ば頃)
     
    翌十五年の秋、江戸深川のあやめ風呂に大高源吾、杉野十平次、奥田貞右衛門、岡野金右衛門らが集まって騒いでいます。彼らは江戸にはいって討入りの準備をし、その機会を狙っているのです。それを悟られないように毛利小平太は木原武右衛門、大高源吾は呉服屋の新兵衛、杉野十平次はそば屋の金助、奥田貞右衛門は医者の西村先生、武林唯七は渡辺などど名前も変えていました。源吾の茶道の師匠四方庵宗匠が、吉良家の家老左右田孫兵衛に宛てた茶会の招きの手紙を届けるのを利用して、宗匠の弟子に化けて誰かが吉良邸に出向き、屋敷内の絵図面を作ろうというのです。その役目は結局小平太に決まりました。
     
    このあやめ風呂に播州からきた湯女(ゆめ)がいました。小平太のことを思いきれないおゆみで、夜逃げ同様に浜吉の家を飛び出しこの江戸へ来て、三日前にあやめ風呂に住み込んだばかりです。小平太と再会できたおゆみが、十日に一度でも顔をみせてと哀願するのを、小平太もいとおしく思わず抱きしめるのでした。
     

     
     
    イメージ 8同第二場  本所松坂町 吉良上野介の屋敷の庭 (前場の翌日の午後)
     
    吉良邸では、赤穂の浪士が江戸入りしているという噂に、手強い剣士を抱え警戒は厳しくなっていました。その吉良邸で四方庵宗匠の弟子に化けた小平太が、返事を待つ間に懐紙に屋敷の絵図面を書き取ったのを見抜いたのは吉良家の用人で家中でも屈指の人物清水一学でした。一学は小平太に向かい、茶の門人に剣士ならではの面ずれがあることや、またふところに屋敷の見取り図をとった懐紙のあることを指摘しますので、小平太もこれまでと短刀を構えました。が、何と思ったのか、一学は自分の刀を引きます。いのちを賭けて乗り込んできた小平太の勇気、また主君を思う武士の心情に打たれた一学は、吉良家討入りの折には、まっさきに名乗り合って手合わせをしよう。それまではと再会を約して裏門への道順をそれとなく教えてやるのでした。武士は相知るということでしょう。そうして小平太は窮地を脱したばかりか、吉良
    邸の絵図面を作る大手柄を立てることが出来たのです。

    第三幕第一場 本所林町 毛利小平太の長屋  (元禄十五年十二月十日の夕)
     
    元禄十五年も押し迫った十二月、小平太の長屋ではきょうも、大工の留吉とおてるの夫婦喧嘩がはじまっています。あやめ風呂に勤めているおてるに亭主のやきもちが喧嘩のタネです。小平太を訪ねてきた唯七はそれを聞いて開いた口がふさがりません。
    実は明日に決まっていた討入りがのびたのを唯七が知らせにやって来たのですが、決行延期はこれで二度目。内蔵助が万事に慎重を期してのことなのですが、若い小平太はそれが不満でした。死を覚悟して張りつめた気持ちがそのたびにゆるむ、ともう一度張りつめるのにはたいへんな努力がいる…そういう自分を小平太は、もしかしたら仲間の内で一番だらしのない人間なのでは…と思い悩むのですが、唯七は小平太がそうなるのは、おゆみという女のせいではないかと案じます。
    事実、その夜、おゆみは小平太に、今夜一夜を共にさせてほしい。この一日に一生を生きたいとかき口説いて小平太の心をゆさぶるのでした。今夜限りと覚悟していたいのちがまたのびて……小平太もおゆみの愛の中におぼれ込んでいく自分をどうすることも出来ないのです。一方、邦江もあわれでした。江戸へ兄や小平太を追ってきて、討入りの噂を小平太の許に確かめにきたのに、小平太はすげなく、兄の唯七も士官の口の相談をしていたなどと帰してしまいます。その別れのときに再び邦江はいいます。「私の心はあのときのまま、すこしも変わってはおりません」と。
     

    イメージ 9同第二場 石町三丁目の旅籠小山屋 (元禄十五年十二月十四日の昼)
     
    元禄十五年十二月十四日。討入りの日の昼のことです。石町の旅籠小山屋に集まった内蔵助らは今夜の決行に先立って、心にかかるのは毛利小平太のことでした。内蔵助はおゆみとの噂も耳にしていて、小平太が同志のうちから脱落しそうに思えてならないのです。小平太がおゆみと長屋から姿を消して四日。唯七は今夜を控えて必死で行方を探しても掴みどころがないのでした。内蔵助は絵図面作成に手柄を立て、討入りが成功すればその功の一部は毛利小平太にあるといえるのに、いま脱落すれば不徳義漢として後世まで汚名が残る、それが不憫なのでした。

     
    同第三場 元の毛利小平太の長屋 (前場と同じ日の夜)
     
    唯七、邦江もそして長屋の留吉夫婦までが探し回っても、ついに小平太の姿を見つけることはできませんでした。十四日の子の刻……これが時刻いっぱい、そのときまで長屋で待ち続けた邦江も淋しく立ち去りました。小平太がおゆみと長屋に帰り、唯七の置き手紙を手にしたときはすでに遅く、内蔵助の打つ山鹿流の陣太鼓がはるかに聞こえはじめたときです。

     
     
     
    イメージ 10同第四場 本所松坂町裏 回向院の境内(前場につづく時刻)
     
    討入りと知った小平太は、吉良邸近くの回向院の境内に駆けつけ、吉良家へ加勢の上杉の手勢を防ごうと立ちはだかります。その姿を見た清水一学は約束通り手合わせをして倒されましたが、小平太も傷つき、勝鬨の声に本懐を遂げたことを知り、いまはおゆみを刺した刀でみごとに頸を斬って自らを裁いたのでした。その二人を朝の淡雪が白く包みはじめます。
    あの仇討の物語に咲いた白い花のように……
     
     
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    イメージ 12主な配役
    毛利小平太:舟木一夫
    武林唯七:山内賢
    唯七の妹邦江:尾崎奈々
    おゆみ:宮園純子
    清水一学:伊藤雄之助
    大高源吾:高田次郎
    左右田孫兵衛:夏目俊二
    ほか
     

     

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    新歌舞伎座舟木一夫特別公演  2月1日~20日
     
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    明日から2月、そして待ちに待った新歌舞伎座特別公演の開幕です。
     
    散歩の時に見つけた蝋梅。その香りが春を運んでくるようです
     
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    沈丁花もまだ蕾は固くて、あの強い香りはないのですが、準備万端!という感じで出番待ちです。
     
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    2月と言えば、わが家では味噌の仕込みがあります。例年は、節分の頃に仕込むのですが、今年は例年より早く終わりました。
     
    左が、先日仕込んだばかりのもの。右は昨年仕込んで秋から美味しくいただいている味噌です。 
     
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    2月の日本古来の呼び方を「如月(きさらぎ)」と言いますが、言葉の響きがなんとも雅びで美しくて1月から12月まである「和風月名」の呼び方の中で一番ロマンチックな呼び名の月のような気がします。
     
    「きさらぎ」と聞いて思い浮かぶのが学生時代にも習った西行の詠んだ有名な和歌があります。
     
    ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃

    与謝野晶子にも「きさらぎ」を詠った下記のような短歌があって晶子の歌らしくとても絵画的、視覚的なインパクトがあります。私の好きな二首をご紹介します。

    萌野ゆき むらさき野ゆく行人に 霰(あられ)ふるなりきさらぎの春
     
    *行人とは、仏道を修行する人。または旅人。
    旅人が霰が降ってはいるけれどやわらかな春先の陽射も見え隠れしている春浅き野辺の小径を旅している情景が浮かびます。
     
     
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    青色の をしどりの毛の浮きし水 なまめかしけれきさらぎの朝
     
    *「をしどりの毛の浮きし水」をなまめかしいと見る晶子の感性。青色の羽毛は雄(オス)のものですが「青色」という鮮やかな色彩をリアルに詠み込んだところに晶子ならではの文学的エロチシズムの香りが漂います。
     
    「きさらぎ」という呼び方の由来には諸説あるそうです…
     
    ・まだ寒さが残っているので衣を更に重ね着する「衣更着(きぬさらぎ)」
    ・陽気が発達する季節「気更来(きさらき)」
    ・草木の芽が張り出す月「草木張月(くさきはりづき)」

    私の感覚では、旧暦2月は季節的には新暦で3月にあたるので、厳しい冬の寒さにガマンにガマンを重ねて耐えてきた自然(森羅万象)が春の活動の時期に備えて蓄えたエネルギーが爆発寸前という気配を感じる頃です。寒気が徐々に緩んできて、心がうきうきとするようないのち息吹を感じさせる印象があります。
     
    「きさらぎ」という響きには厳しさと優雅さが同居しているような不思議な魅力があるようにも思います。
    「きさらぎ」は漢字で「如月」と書きます。これは、中国の古い書物の中に「二月を如と為す」という記載があるということで、2月のことを「如」と表していたことに由来しているのだそうです。
    「如」という字には「従う」という意味があり、「ひとつ動き出すと次々に、それに従って動き出す」つまり、自然や草木、動物など、全てが春に向かって動き出す月、ということでこの時候を表すのに「如」をあてたという説があるそうです。
     
    冬の寒さに耐えて春のおとずれを待つ力強い生命力を秘めている2月、如月の候に、2015年の活動の
    スタートである新歌舞伎座特別公演が開幕するのはとっても幸先がいい気がして、これからの一年間の舟木さんの活動の力強い幕開けになることだろうと期待で胸がいっぱいです。
     
          二十代の舟木さん                                       三十代の舟木さん

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    おかげさまで、昨日、拙ブログ「れんげ草の咲くさんぽ径~舟木一夫の世界」へのご訪問数が20万アクセスを超えました。あくまで訪問者の数字として更新されているものですので、たまたまのご訪問もあれば、訪問してくださっていてもアクセス数に反映されていない場合もありますが、2013年の3月1日に初めて記事をアップしてから2年弱です(ブログ開設は2012年9月ですが記事のアップは半年近くしていなかったため)が、これほど多くの皆さまにご訪問いただけたことに心からの御礼を申し上げます。
     
    ブログの更新については、マイペースでさせていただきますので、滞ることもままあるかもしれませんが勝手気ままな個人的楽しみとしての記事掲載となりますことを予めご容赦いただきますようお願いいたします。あくまで私一個人、一ファンとしての目線で「舟木一夫」さんのこれまでのお仕事の実績を振り返り、遅まきながら追体験させていただくこと、またこれからのご活躍に心からのエールを贈らせていただくことを主旨とするブログということで、併せて多くの皆さまと共に、楽しませていただければこれに勝る幸せはありません。どうか今後とも宜しくお付き合いいただきますよう、お願い申し上げます。

    「れんげ草の咲くさんぽ径」というのは、もちろん舟木さんの御自作の「れんげ草」からお借りしたネー
    ミングです。舟友のkazuyanさんのステキな動画でご紹介します。

    イメージ 11れんげ草  作詩・作曲:上田成幸
    https://www.youtube.com/watch?v=tD2xOOI5Iic
     
    愛する人の胸で
    夜明けの雲をみたい
    まるで初恋の 少女のように願う
    恋手紙(こいぶみ)のひとつさえ
    書けぬまま
    い・の・ちを花びらに
    宿せるものならば
    あなたのふるさとの
    小さな れんげ草
     
    あなたがもしも・・もしも
    ふりむく時が来たら
    かたく瞳(め)をとじてそっと髪をほぐし
    美しく見えるよう
    祈るだけ
    い・の・ちを花びらに
    宿せるものならば
    あなたのためにだけ
    イメージ 12こぼれる れんげ草
     
    い・の・ちを花びらに
    宿せるものならば
    あなたの夢に咲く
    ほのかな れんげ草

     
     

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    新歌舞伎座公演の初日のご報告を簡単にさせていただきます。

    大阪は午前中から開演頃までは穏やかな冬晴れの天候に恵まれました。

    私はこの日の入待ちはパスしましたが舟友さんがカメラでバッチリ舟木さんをとらえてくださいましたので後日アップさせていただきます。

    お芝居の「花の風来坊~おとぼけ侍奮戦記」についてはまだ初日が開いたばかりでこれから観劇される方がいらっしゃいますので中日あたりにまとめてご報告させていただきます。

    初日は一回公演でした。昼の部のコンサートメニューは以下の通りです。

    幕開けの舟木さんは青春カラーのコバルトブルーのジャケットに白のシャツ、黒ベストにパンツ、胸ポケットのチーフはモノトーン、ゴールドのペンダントで登場

    ~オープニング
    眠らない青春

    ~プレゼントタイム
    くちなしのパラード
    ブルートランペット
    北国の街
    東京は恋する


    初恋
    絶唱


    ~スタンディング
    手ぬぐいまき

    君よ振りむくな

    ジャケットを光の当たり方でゴールドっぽく見える淡いベージュベースのチェック柄風にお着替え


    ~日本の名曲
    2月1日~2月9日
    浪花恋しぐれ
    王将・夫婦駒


    あゝ青春の胸の血は
    仲間たち
    高校三年生
    学園広場


    たそがれの人
    高原のお嬢さん
    ~バラードver.
    哀愁の夜 5番付


    ~アンコール
    明日咲くつぼみに

    ジャケットはヴィヴィッドな藤色 

    艶やかな歌声は今年も益々磨かれて絶好調でした。


    明日は昼夜拝見します。夜の部はまた明日の夜に速報としてアップできたらと思っています。


    一番下の写真は5月開催のシアターコンサート「船村徹スペシャル」のお知らせです。

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    大阪上本町からの帰りの近鉄特急車中から携帯でアップしていますのでチョー簡単ですが・・・
     
    2日目は昼夜拝見しました。

    夜の部のコンサートのメニューを取り急ぎアップします。


    前半は和服で林与一さんたちの舞をはさんで後半はタキシードでした。

    ~オープニング
    恋唄


    絶唱
    夕笛

    京の恋唄
    恋人形


    プレゼントタイム
    銭形平次
    ~スタンディング&サインボール

    初日は手ぬぐい撒きでしたが本日からはやっぱりサインボールをキャッチしたら手ぬぐいがいただけるというスタイルになりました。


    ~舞~火消し若衆アレンジで

    林与一、林啓二、長谷川かずき、川上彌生、真木一之(敬称略)


    下手から着替えた舟木さんが唄いながら登場

    プレゼントタイム
    ~花咲く乙女たち


    日本の名曲たち
    2月2日~8日

    大阪ぐらし
    王将


    プレゼントタイム

    高校三年生
    修学旅行
    仲間たち
    君たちがいて僕がいた
    学園広場


    その人は昔のテーマ

    哀愁の夜
    眠らない青春

    アンコール
    ~高原のお嬢さん


    アンコールでは黒のタキシードでキメたカッコいい舟木さん胸ポケットのクリーム色のバラがステキでした。


    写真の説明
     
    初日の夜はホテルを京都にとっていましたので大阪からまたまた京都へ向かいました。

    2日は、早朝に新歌舞伎座公演の成功と舟木さんはじめ共演の皆さん、スタッフの皆さんが無事千秋楽まで勤められますようにとの祈願を1日遅れでしたが八坂神社にお参りしてきました。

    舟友さんのゴージャスな花束


    そして京都まで行って八坂さんに祈願したご利益のお裾分けかな?

    サインボールと手ぬぐいがやってきてくれました。


    初日と二日目の詳しいご報告は後日まとめてアップいたします。

    舟木さんはお元気でお声もバッチリでいつもながらとても素敵でウットリな二日間、三公演でした。

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    まだか、まだかと首をなが~ぁくして待っていた「新歌舞伎座特別公演」も初日幕開けから3日目となりました。始まってみるとホントに早い!
     
    寒中にもかかわらず、多くのファンの皆さんが早朝から、並んで舟木さんの楽屋入りを待ってお出迎えなさっています。ファンの熱い想いを受け止めて、カメラに向かい、しばし「静止」してくださる舟木さん。
    これも大切なファンとのコミニュニケーションの時間なんだろうなぁ……
     
    いつも思うのですが、舟木さんが、この時に、ほとんどポーカーフェイスなのが、熱烈ファンだけに見せてくださる表情でもあり、また舟木流ダンディズムという独特の風情で、たまりませんねぇ
     
    提供して下さった舟友さんに心からの感謝を込めて掲載させていただきます。ありがとう  
     
     
    初日で~す!舟木さんがデビューの頃の爽やかなイメージカラーは白、今もお似合いなのが嬉しい!
     
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    初日の「お見送り」で~す!
     
     
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    2日目の「お出迎え」で~す!
     
     
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    本日、3日目の「お出迎え」…ホヤホヤのお写真、若草色のセーターが春を呼ぶようですね
     
     
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    新歌舞伎座 舟木一夫特別公演  2月1日~2月20日
     
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    昨日は「立春」…暦の上では、春ということです。一昨日、昨日と、私の地元東海地方では陽射しも春めきうらうらとした冬日和でした。でも、関東では雪模様とのことですから、東、北の方面から大阪に向かう皆さんは天候が気になっていらっしゃることと思います。公演中はなんとか穏やかな日が続いて欲しいものですね。

    初日から、早くも4日が過ぎて、本日は5日目です。20日間の興行のうち四分の一が終わってしまいました。もう、既にたくさんの舟木さんファンが全国から新歌舞伎座に駆けつけていらっしゃることでしょう。
     
    「速報!」は、アップしたものの、何やかやと雑事に追われて、遅ればせながら「本篇」のご報告をさせていただきます。2月1日初日と2日と拝見しました。ブログでのアップはデータの容量の関係で2回に分けてアップさせていただきます。
     
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    先ず最初は、昼の部のコンサートの模様を舟木さんのトークをメインに御報告します。
    トークは初日、2日目をまとめてますのでご了承ください。舟木さんのトーク部分はピンク文字です。
     
    第二部    ~シアターコンサート・昼の部(70分)

    幕開けの舟木さんは青春カラーのコバルトブルーのジャケットに白のシャツ、黒ベストにパンツ、胸ポケットのチーフはモノトーン、ゴールドのペンダントで登場。2015年初めて聴かせていただく舟木さんの歌声ですから、ワクワク感は頂点に達しました。メモできるかな?と心配しつつ要所要所のみメモりましたが、メモが追い付かず、ざっとこんな具合です。モレ部分は、ご容赦を…

    イメージ 3~オープニング
    眠らない青春
     
    あけましておめでとうございます。今日から2月ですが、旧正月ですと、そういうことになります。
    今日から20日までお世話になります。冷え込む中おいでいただき重ね重ねありがとうございます。
    芝居の方は、ただみんなでワアワア賑やかにやってるというもので、なんてことないです(笑)
    コンサートはおなじみのものを中心に並べました。どうぞごゆっくりお楽しみいただければと…

    トピックス その1
     
    2日目のトークでは、第一部のお芝居の後半の立ち回りでちょっとしたハプニングがあって舟木さんピンチ?!かと一瞬、客席がドキッ!とキンチョーする場面がありました。そのハプニングをきっちりコンサートの時のトークに織り込んで以下のような舟木さんの軽妙なお喋りがありました。
    休憩が約40分、女性トイレが混むから長い…ではなく私がシンドイ(笑)立ち回りで滑りました。
    エラそうに出てきてねぇ(笑)あれは、槍が滑ったのをつかみにいったら一緒に滑ってしまった…
    ヤリっぱなし(槍放し)になって、ヤリ(槍)クリがつかない(笑)…
    出ました!さすが、超ウルトラ級の見事なダジャレでした。チャンチャン(笑)
     
          2日目の昼の部の舟友さんのプレゼントの花束
     
    イメージ 4~プレゼントタイム
     
    くちなしのパラード
    ブルートランペット
    北国の街
    東京は恋する

    去年の12月にとうとう70(才)になりまして(拍手)…拍手いただいても嬉しくない…(笑)
    時代劇の場合、主人公が若いんです。銭形平次もせいぜい32、3才、新吾なんか美女丸の時は16才くらいですから、そういう芝居はもうできない。今回のがメいっぱい(笑)
     
    これからどんなお芝居をお見せできるか…でも、もうあとは指が折れるくらいですから…皆さんとこうやってお目にかかれるだけでも幸せです(拍手)
     
    イメージ 5初恋
     
    絶唱

    20代からずっと一ヶ月公演のコンサートは昼夜別構成でやってきたんですが、「絶唱」は昼夜ともハズせない。こういう歌があるのは流行歌手の幸せです。
    若い頃から日本調の歌とかも唄ってたから、全部を一度に並べるのは無理だからということでこうなった。
    昼夜で構成を変えるのは大変でしょ…と言われますが、歌い手の方はその方が気が変わっていい。バンドも昼夜同じだと慣れて緊張感がなくなって時々、いねむりしながら演奏するヤツがいる(笑
    ○○○やん名指しですが、これは舟木さんの愛情表現なんですよね。
    53年目に入ったわけですが、ここまで来るとわかりませんよ、どこでドカ~ン!とくるか…あちこちガタがきてますから。プロの歌い手はナマでお客様の前でお聞かせできなきゃ…一日でも長く唄えるように…(拍手)
    では、ここでドカンと賑やかに!
    (上着を脱いで)
     
    イメージ 6~スタンディング  手ぬぐいまき
     君よ振りむくな
     
    初日は、サインボールは打たずに手ぬぐいを直接撒くというスタイル。二階、三階はもちろん、一階席でも後方にはあまり飛ばないので、首をかしげたりして気になる御様子の舟木さんでした。
    手ぬぐい撒きが終わって、テーブルの後ろからラケットを出してきて、一応ラケットは持ってるんですが明日からどうしましょうか?…客席に御意見を尋ねてみる舟木さんさんでした。拍手の多さは圧倒的にラケットでサインボールを打つスタイル支持派(笑)
    一ヶ月公演では御祝儀として手ぬぐいを用意して客席に投げるのが恒例。9月の演舞場は手撒きだったと思います。そして10月の中日劇場公演では、サインボールをキャッチしたら手ぬぐいをいただける…

    あくまで公平さをポリシーにされている舟木さんなので色々、ファンのために考えて下さっているのでしょうね。
    結局2日目からは、「サインボール打ちスタイル」となりました。
     
    「ボール打ちます!がんばって楽屋でボールにサインかきましょう!」と宣言(笑)
    15個のボールにサインを書くのもなかなか手間なのでしょうが、舟木さんのお心づかいに感謝です。
    上手の袖方向をながめて、僕が上着を着るのを忘れてると思って何か言ってる…忘れてないよ!(笑)

    ここでライトの当たり方でゴールドっぽくも見える淡いベージュベースのチェック柄風のジャケットに着替え。

    このところずっと「日本の名曲たち」というのを唄ってます。中日劇場では、 自分のふるさとということで「ふるさと」というくくりにしました。今回は大阪でお世話になるわけですから「大阪」のものを…
    今回も、前半、後半変えます。昼夜も変えるので合計8曲をお聞かせします。「なにわ(浪花)」といえば、桂春團治と坂田三吉が登場するものが多いんです。通天閣、道頓堀、キタ・ミナミ、曽根崎とか…
    僕流に選びましたので、お聞きください。
     
    ~日本の名曲(2月1日~2月9日)
     
    浪花恋しぐれ  作詩:たかたかし 作曲:岡千秋
    https://www.youtube.com/watch?v=JznWoGn5_4k (舟木さんと都はるみさんのデュエットです
    (1983年 岡千秋・都はるみ)
     
    イメージ 7芸のためなら 女房も泣かす
    それがどうした 文句があるか
    雨の横丁 法善寺
    浪花しぐれか 寄席囃子
    今日も呼んでる 今日もよんでる
    ど阿呆 春団治

    そりゃ わいはアホや 酒もあおるし 女も泣かす
    せやけどな それもこれも みんな芸のためや
    今にみてみい! わいは日本一になったるんや
    日本一やで わかってるやろ お浜
    なんやそのしんき臭い顔は
    酒や! 酒や! 酒買うてこい! 

    そばに私が ついてなければ
    なにも出来ない この人やから
    泣きはしません つらくとも
    いつか中座の 華になる
    惚れた男の 惚れた男の
    でっかい夢がある
     
    イメージ 8凍りつくよな 浮世の裏で
    耐えて花咲く 夫婦花
    これが俺らの 恋女房
    あんたわたしの 生き甲斐と
    笑うふたりに 笑うふたりに
    浪花の春がくる
     
    初代桂春團治
    1895年、初代桂文我に入門、三友派の桂我都(がとう)を名乗る。1903年10月、春団治に改名し、7代目桂文治(当時は2代目桂文団治)門下に移る。大正初年、一時三友派から他派へ走ったとき「喜楽家独身」と名乗ったことがある。法善寺筋の紅梅亭などの寄席で人気が爆発。1914年に真打昇進。1917年、先妻・東松トミと離婚し、医療品問屋・岩井松商店の後家、岩井志う(じゅう)の入り婿となる(「後家殺しの異名の由来)。1918年、浪花派を結成するも、新勢力・吉本興業の人気で失敗。1921年、自身が吉本興業に移籍。
    破天荒な生き方でも著名で、関西の俗に言う破滅型天才芸人のいまだ代表にして定型といえる存在である。借金・女遊び・酒乱が高じた振る舞いは、常に話題となった。その生き様は、演劇・歌謡曲など、様々な形で語り継がれている(ただし脚色も多い)。大阪弁で言う「やたけた」「ごりがん」「すかたん」といった性格を全て併せ持つ、その憎めない振る舞いは、当時も現在も、人々からはむしろ共感・同情の目で見られ、大阪の人情味に触れる際に欠かせない存在となっている。
    実際のところは、あまりに春団治の破天荒な行動がエスカレートしてしまい、1918年にトミから「三行半を突きつけられる形で二人は離婚。
    *「浪花恋しぐれ」に登場する「お浜」は最初の妻東松トミのことと思われます。(春日局補足)
     
                                                坂田三吉使用の駒。箱書の「馬」の字も坂田三吉の書
     
    イメージ 9王将・夫婦駒  作詩:大高ひさを  作曲:野崎真一
    (1965年 石原裕次郎)
     
    あばれ香車(やり)なら どろんこ桂馬(けいま)
    乱れ角行(かく)なら むかい飛車(びしゃ)
    坂田三吉 勝負にゃ泣かぬ
    可愛い小春の
    ために泣く
     
    駒を握らしゃ 将棋の鬼
    俥ひかせりゃ 甲斐性無(がしんたれ)
    こんな男の 情にひかれ
    今朝も小春のやつれ髪
     
    勝てば王将 負ければ歩
    浪花東京の 勝負どこ
    命二つを 一つに燃やす
    俺と小春は 夫婦駒


    二つ目のは、昭和40年に大阪よみうりテレビのドラマで長門裕之さんの坂田三吉と富司純子(当時は藤
    )さんの小春で、主題歌を長門さんと同じ日活ということで裕次郎さん。
    「王将物語」(1965年1月~4月放映 読売テレビ)
    もとへ戻しましょう、(バンドを振り向いて)何からいきますか?

    あゝ青春の胸の血は
    仲間たち
    高校三年生
    学園広場

    今唄った歌はバラせないんですよね。それだけ特殊なツメエリの頃の歌。52年前の歌なんですよ…ハ・
    ハ・ハ…18(才)でツメエリ着て可愛かった(笑)いつの間にかこんなになっちゃった…
    ラストブロックは、運悪く戦争にぶつかったような時代でも、こんな経験のない人はいないだろうという曲を並べてみました。
     

    トピックス その2
     
    これも2日目の「お芝居」でのハプニング繋がりのお喋りです。

    ステージというのは面白くて現代のお客様の方がずっとやさしい。昔は、お芝居がつまらないと帰るお客さんがいたり、「おーい、高いぞ!」と言われたり…滑って転んだら20円くらいお返ししないと(笑)
    ロビーのスタッフに苦情を言って帰るお客様もいたり…「今日はフナキが下手ばっかり見て上手を見なかった。」でも一番見ないところは一列目なんです。目が合う…女性ならいいんですが、男性と目が合ってもねぇ…(笑)

    そしてそのトークのあと…均等に見なくちゃ…というのを実演してみせる舟木さんがとってもお茶目でした。一曲目の「たそがれの人」を唄う時、胸の前で小さく指をさして、今度はこっち…みたいなジェスチャー入りで唄うので客席に笑い声のさざ波がたちました(笑)

    たそがれの人
    https://www.youtube.com/watch?v=30PPF9w_Umo (kazuyanさんの動画です)

    高原のお嬢さん
    ~バラードver.

    イメージ 10哀愁の夜 (五番付) 作詩:古野哲哉 作曲:戸塚三博
     
    なんて素敵な 夜だろう
    星はきらめく 瞳はうるむ
    ああきみと行く 夜風の舗道は
    いつかふたりの胸に
    恋を育てた あの日の舗道よ
     
    夢を見るから ゆれるのか
    長い黒髪 波むつように
    ああ街の灯は やさしくもえて
    何か誓いの言葉
    交わしたいよな ふたりの夜よ
     
    たとえ別れは 辛くとも
    想うこころは 変わりはしない
    ああ面影が 消えないように
    きみと歩いた路に
    ひとりたたずむ 哀愁の夜

    ~五番~(舟木さん自作)
    若さまかせに 春は往き
    交わす瞳に 別れが揺れた
    ああこの歌は 二人の恋を
    今も優しく強く
    抱いてはるかに 輝く星よ
     
      
    君と見上げた あの星空よ
     
    ~アンコール
    明日咲くつぼみに
    https://www.youtube.com/watch?v=gXwEGVEogTU&feature=youtu.be

    舟友のkazuyanさんが作成された2月1日初日の「お出迎え」の映像を含む動画です。
     
    アンコールのジャケットはヴィヴィッドな藤色でした。初日は胸ポケットチーフでしたが、2日目にはクリーム色のバラに変わってました。こちらの方が藤色のジャケットに良く似合ってステキでした。
     
    kazuyanさんが初日に早朝から「お出迎え」の列に並んでステキな写真をたくさん撮って下さいました 
     
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    お馴染み「歌謡コンサート」からのお祝のお花も届いていたそうです。
     
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    お芝居のあらましと感想、夜の部のコンサートは続いてアップいたします。

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    新歌舞伎座 舟木一夫特別公演  2月1日~2月20日
     
     
    「その2」では、まず、お芝居についてネタばれにならない程度に…
    あらすじと配役について、パンフレットから転載させていただきます。そして、私的な見所とちょっとした感想などを記させていただきます。中日過ぎあたりにまた、進化したお芝居の様子などご報告できればと思っています。
     
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    第一部   ~花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記  
    2015年2月1日 初日 と 2月2日 昼・夜 観劇

    原作:北園孝吉「おとぼけ侍」より
    脚本:井川公彦
    補綴・演出:成瀬芳一
     
    イメージ 2あらすじ
     
    大名の若様・松平誠之助は、将軍家から拝領した大切な茶壷を、二代目ねずみ小僧次郎吉に盗まれてしまう。将軍謁見の日までに、取り戻さないと御家断絶にされかねない。
    そこで、誠之助は遊び人・天下泰平に扮して、二代目ねずみ小僧を探し始めたが、町場には珍しく楽しいことばかり。だが、江戸市中は旗本奴が濫妨狼藉を働き、人々を苦しめていた。泰平こと若様は、生来、正義感の強い男である。旗本奴を懲らしめようと思ったらなんと二代目ねずみ小僧と間違われ、町方同心や岡っ引きに追われるハメに陥る若様だったが……。
    そんな騒動の中で出会った大道芸人の浪人、女掏摸の美人芸者、はたまた初代ねずみ小僧次郎吉とその女房ら、脛に疵を持つ者たちが、なぜか若様の人柄に惚れ込んだ。みんなして、なんとしても茶壷を探すために、てんやわんやの大騒ぎを繰り返すうちに、旗本奴らの悪だくみに突き当たる……。

    主な配役

    天下泰平(松平誠之助):舟木一夫
    富市(ねずみ小僧):林与一
    おえん(富市の女房):葉山葉子
    お吉(伊三次の色女):長谷川稀世
    後藤五郎左衛門(松平家側用人):曾我廼家文童
    阿部川勘蔵(大道芸人浪人):大門正明

     
    イメージ 3風早主税之亮(旗本):柴田彦
    伊三次(ねずみ小僧志願):丹羽貞仁
    キズ源(岡っ引き):林啓二
    佐助(後藤五郎左衛門の中間):真木一之

     
    私的イチオシ
     
    今回の私的な見所は、なんたって舟木さんの華麗な衣装と、美しい筋肉質の脚線美がたっぷり拝見できたことでしょうか(笑)幕開けの場面では、「蟇の油売り」の口上を浪人役の大門さんに代わって見事に披露なさるのですが、たすき掛けでクルリと尻っぱしょりをされます。後ろ姿のふくらはぎの筋肉に目が釘付けになりました、うっかりすると口上を聴くのがおるすになりますから、皆さまもご注意あれ!(笑)
    もうひとつの見所というか、今回のツボは、曾我廼家文童さんと真木一之さんのコンビネーションの妙がダンゼン、拾いものです。
     
     
    さすが大阪喜劇の大御所だった曾我廼家十吾のお弟子さんだと感服しました。その文童さんのツッコミを
    ふうわりと受ける真木さんのソフトなキャラとのバランスが絶妙です。とにかく楽しく笑えてストレス解消になります。お楽しみに!

     
    さて、第一部の楽しいお芝居のあとは35分ほどの休憩があってコンサートの開幕です。
    夜は前半が和服、後半がタキシードで、どちらの舟木さんもステキですから二倍楽しめて「おトク感」がありますね。舟木さんのトークをメインにご報告します。舟木さんのトーク部分はピンク文字です

    2015年2月2日 夜の部  第二部 シアターコンサート    
      
    イメージ 4~オープニング
    恋唄
    https://www.youtube.com/watch?v=6EiCib4_kOU 
    (kazuyanさんの動画です 1977年/2004年音源)
     
    お着物の色合いはライトと座席の関係で見る位置によって違った印象になります。私も最初はシルバーグレーのように見えたのが、舟木さんが階段を降りて来られたら淡い茶系統にも見えて、さだかではありません。着流しではなくアンサンブルで、雪駄ではなく下駄でした。今回はお芝居でタップリ着流し姿を見せていただいているので、羽織付のアンサンブルもまた新鮮でした。
     
    昨日、初日を開けさせていただきまして20ほどみんなでワアワアとやらせていただきます。どういうお芝居をお見せしようかというのを考えると、あまり長いのはネ…僕もたまに仲間に「見に来て」と言われるんですが、2時間、3時間というのはくたびれます。お客さまに負担のかからないように…と。
     
    絶唱
    https://www.youtube.com/watch?v=b2yWgeK8dEY (kazuyanさんの動画です)

     
    イメージ 5夕笛   作詩:西條八十  作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=JV4OkAjeQus
     
    ふるさとの 蒼い月夜に
    ながれくる 笛の音きいて
    きみ泣けば わたしも泣いた
    初恋の ゆめのふるさと
     
    おさげ髪 きみは十三
    春くれば 乙女椿を
    きみ摘んで うかべた小川
    おもいでは 花のよこがお
     
    ふるさとへ いつの日かえる
    屋敷町 ふるいあの町
    月の夜を ながれる笛に
    きみ泣くや 妻となりても
    あゝ花も恋も かえらず
    ながれゆく きみの夕笛

     
     
     
     
     
    2曲とも想い出のある映画の主題歌です。僕なんかは、「赤い夕日が校舎を染めて…」みたいなのばかり唄ってて、他のジャンルにいくのに2年くらいかかってるんです。その後、北国の街、東京は恋する、高原のお嬢さん、哀愁の夜なんかがあって…(絶唱、夕笛という抒情歌へつながっていったということ?)
    私も12月で70になりました。古いハナシになってしまいますが、「愛染かつら」「月よりの使者」「新妻鏡」なんか……そして、今も現役で唄ってらっしゃいますが、菅原都々子さんの「江の島悲歌(エレジー)」など…「演歌」にも色々な字をあてはめてますが、これなんかもそういった「つやうた(艶歌)」のほうに入るのかなと…
                                                                               2日に八坂神社から八坂の塔あたりを散策して撮影
     
    イメージ 6
    (kazuyanさんの動画です)
     
    恋人形
     
    イメージ 7「京の恋唄」は20代ですが、わかって唄ってたのかな?と、今唄ってみるとそう思いますが…

    「恋人形」は、新曲「眠らない青春」のカップリングですが、最近はこういうのが激減してきています。
     

    さて、ここはコロッと雰囲気を変えて…

     
    プレゼントタイム
    銭形平次
    ~スタンディング&サインボール
     
    歌の前半は、プレゼントを受け取りながら、中盤はサインボール打ち。初日の「宣言」通りでした(笑)
    和服では、ちょっとたいへんですが、よく飛んでました。その後は、花道の方に身体を向けて舟木さんの視線を追っていくと花道スッポンにライトが当たっていて、林与一さんがせり上がってこられました。
    舟木さんは舞台上手の袖へ入られました。
     
    舟友さんの2日夜の部の花束です
     
    イメージ 17

    ~舞~火消し若衆アレンジで
    林与一、林啓二、長谷川かずき、川上彌生、真木一之(敬称略)
     
    特別公演の夜の部のお楽しみは、お芝居の共演者の皆さまによる華やかな「舞」です。

    「舞」が終わると、上手からお色直しした舟木さんが「花咲く乙女たち」を唄いながら登場。
    ネイビーブルー系でなにか地模様の浮き上がっているような材質のジャケット、衿は黒サテン。白のシャ
    ツ、蝶ネクタイ、ベストと脇ラインの入ったパンツは黒。ポケットチーフはモノトーン。しばらくプレゼントを受け取りながらの歌唱。
     
    プレゼントタイム
    ~花咲く乙女たち

    先ほどの「舞」の踊り手さんたちを紹介されました。
    イメージ 8こういう機会でもないと最近は日本舞踊を楽しんでいただくこともなくなってますからね、昔は日劇とか大阪なら大劇(大阪劇場)では、よく見れたんですが。大劇は僕が2回出て、そのあとなくなったんです。
     
                                  1956年の大劇(1967年廃座)→
     
    ここんとこ、「日本の名曲たち」というくくりで唄ってますが中心になるのは流行歌。僕の場合は7つか8つの頃からですね。中日劇場では「ふるさとの燈台」というを唄いました。今回は「大阪」というくくりで…大阪の空気には「演歌」っぽいものが似合うんでしょうね。「なにわ(浪花)」の歌、フランク永井さんの「大阪ぐらし」と「王将」を二つおいてみました。

    日本の名曲たち(2月2日~8日)
    大阪ぐらし  作詩:石浜恒夫  作曲:大野正雄
    https://www.youtube.com/watch?v=rNgzen-TddM
    (1964年 フランク永井)
     
    イメージ 9赤い夕映え 通天閣も
    染めて燃えてる 夕陽ヶ丘よ
    娘なりゃこそ 意地かけます
    花も茜の 夾竹
     
    がたろ横丁で 行き暮れ泣いて
    ここが思案の 合縁奇縁
    おなごなりゃこそ 願かけまする
    恋の思案の 法善寺
     
    坂田三吉 端歩もついた
    銀が泣いてる 勝負師気質
    めおとなりゃこそ世話かけまする
    おれも泣いてる 胸のうち
     
    夕は夕凪 夕凪千鳥
    鴎啼け啼け 大阪ぐらし
    男なりゃこそ 夢かけまする
    明日の才覚 土性っ骨
     
     
     
    イメージ 10王将  作詩:西條八十 作曲:船村徹
    (1961年 村田英雄)
     
    吹けば飛ぶよな 将棋の駒に
    賭けた命を 笑わば笑え
    うまれ浪花の 八百八橋
    月も知ってる 俺らの意気地
     
    あの手この手の 思案を
    胸にやぶれ長屋で 今年も暮れた
    愚痴も言わずに 女房の小春
    つくる笑顔が いじらしい
     
    明日は東京に 出て行くからは
    なにがなんでも 勝たねばならぬ
    空に灯がつく 通天閣に
    おれの闘志が また燃える
     
     
    通天閣真下の坂田三吉の王将碑の文。
    王将坂田三吉は明治3年6月堺市に生まれる
    幼少より将棋一筋に見きわめめぐまれた
    天分と努力は世の人をして鬼才といわしむ
    性温厚にして妻小春とともに相扶け貧困とすべての逆境を克服する
    昭和21年7月(77才)大阪市東住吉区に没す
    同30年10月生前の偉業をたたえられて日本将棋連盟より
    棋道最高の名人位 王将位を追贈される
    翁によって大阪人の土根性の偉大さをしらしめたる功績は私たちの追慕しやまざるところここ由縁のち通天閣下にこれを顕彰する
     
     昭和44年10月吉日
     王将碑建立有志の会
     氏野寒木書

    イメージ 11「王将」というのは、村田英雄という先輩が苦虫をかみつぶしたような顔で唄ってた…楽屋では陽気な人なんですが(笑)
    船村先生から聞いたハナシですが、西條先生の詩を読んで、「オイ、将棋の駒って吹いただけで飛ぶのか?」と疑問に思った。そこで将棋の産地…有名な名産地、どこだったか忘れましたが、そこの将棋をとり寄せて「吹いて」みて「オイ、飛んだな!」と納得してメロディーができた。さすが名作曲家(笑)
    そのことを西條先生に電話で「ホントに飛びました」というと「当たり前だろ!」と言われたとか(笑)
     
    大阪の歌は、はんなりとやさしいな…と
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    イメージ 12では、ネジを元に戻して大昔、52年前の歌を…
     
    ~プレゼントタイム
    高校三年生
    修学旅行
    仲間たち
    君たちがいて僕がいた
    学園広場

    しかしまぁ、この時代の流行歌というのはのびやかで詩もメロディーも大きくてコセコセしていない。

    ステージでは、映画なんかと同じで僕の場合エンディングをどうするかというのを決めて、次にその前を決めて、最後にあたまが決まる。
    青春というのは誰もが出逢った風景…映画の主題歌「その人は昔のテーマ」から
     
     
    その人は昔のテーマ 作詩:松山善三 作曲:船村徹
    https://www.youtube.com/watch?v=zdPb2xp10uM
     
    イメージ 13その人は 昔
    海の底の 真珠だった
    その人は 昔
    山の谷の 白百合だった
    その人は 昔
    夜空の星の 輝きだった
    その人は 昔
    僕の心の 灯だった
    でも その人は
    もう 今は
    いない
    その人は 昔
    僕の すべて
    今もその人は
     
    イメージ 14思い出の 丘に咲く
    ひな菊の花
     
     
    その人は むかし
    僕の いのち
    今もその人は
    僕の日記を 埋める
    かがやき
     
    その人は むかし
    僕の ちから
    いまもその人は
    僕をやさしく みつめる
    こいびと
     
    イメージ 15でも その人は
    もう 今は
    いない
    その人は 昔
    玉石の
    荒い
    波ぎわ
    若駒の
    たてがみ
    つかみ
    いらだつ
    海の向こうを
    見ていた
    胸をはって・・・
     
     
     
     
     
    哀愁の夜

    眠らない青春

    アンコール
    ~高原のお嬢さん

    アンコールでは上着が黒に変わって、フォーマルなタキシード姿でキメたカッコいい舟木さん。胸ポケットのチーフはクリーム色のバラの花のに変わっていて、とてもステキでした。
     
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    20日間にわたる新歌舞伎座特別公演も中盤に入りました。続々と各地からファンの皆さんが駆けつけて
    いらっしゃることと思います。私は、初日、2日目と拝見して、明日の9日(一回公演)に再び大阪に向かいます。ほとんど毎日のように足を運ばれている舟友さんも多く、新歌舞伎座の舞台も熱く盛り上がっていることでしょうね。
     
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    1966年、舟木さん21歳の時の新歌舞伎座での初座長公演から数えて昨年9月の新橋演舞場特別公演
    の「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」で、通算80回目の座長公演となったとメディアで報じられました。
    また、通算上演回数としては3300回を超えているとも言われていました。…ということは今回の新歌舞伎座特別公演は82回目(*昨秋の中日劇場公演が81回目)
    の座長公演ということで、上演回数は、現在進行形で日々更新中なのですね。

    一年のうち最も寒さの厳しい2月という時候の中で、共演の俳優さん、そしてスタッフの皆さんとのチームワークで元気に頑張っていらっしゃる舟木さんにますますのエールを贈りたいと思います。

    ところで、1966年の新歌舞伎座初座長公演の翌年からは、明治座での座長公演が開催されています。
    初座長公演は大阪でしたが、その後の7年間は、明治座の座長公演が恒例となっていくわけです。
    明治座公演は1967年から1973年まで開催されました。演目は以下の通りです。
     
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    写真上段左から1967~1969年、下段左から1970~1973年パンフレット表紙
     
     1967(昭42)4月 「春高楼の花の宴」「維新の若人」
     1968(昭43)7月 「坊っちゃん」「喧嘩鳶~野狐三次~」
     1969(昭44)7月 「与次郎の青春」「新納鶴千代」
     1970(昭45)8月 「新吾十番勝負」「日本の旋律 荒城の月」
     1971(昭46)8月 「新吾十番勝負 完結編」「忠臣蔵異聞 薄桜記」
     1972(昭47)8月 「魔像」「あの海の果て」
     1973(昭48)8月 「沖田総司」「われ永久に緑なる」
     
     
    過日、拙ブログでご案内させていただいた「COMPANY TANK 1月号」のインタビューの中の「役者・舟木一夫として」という部分で、舟木さんが、以下のように話していらっしゃいます。
     
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    「赤穂浪士」に出たそもそものきっかけは、脚本を書かれた村上元三先生のいたずら心。当時、詰襟を着
    て歌を唄っていた僕をテレビで見て、「かつらが乗りそうだから、出してみたらどうだ」と思われたことから話が来た。その後に新歌舞伎座の舞台を踏むんだけど、当時はそれがイレギュラーな仕事だと思っていたんだよね。「こういう仕事もやっていくのかな?」という程度の思い。ただ、その翌年にも明治座の舞台に立ち、その公演期間中に翌年のスケジュールも決まっていて、マネージャーに「これはレギュラーとして考えるべき仕事なのか?」と聞いたら、そうだと。そんな感じで僕の役者人生は始まったわけです。
     
    私の手元にある、明治座公演のパンフレットを資料にして、二十代の頃の舟木さんの出演されたお芝居についてたどってみようかと思います。現在開催中の新歌舞伎座特別公演の御報告の合間、合間の掲載になるかもしれませんが、何回かに分けて連載します。
     

    舟木一夫 四月特別公演  (1967年 4月4日~4月30日開催)  パンフレットより
     
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    先ずは、舟木さんご自身によるご挨拶文から。「COMPANY TANK」での舟木さんの言葉と併せて読むとさ
    らに興味深く、また感慨深いものを感じます。
     
    まだいくらかあどけなさの残る初々しい舟木さんの表情
     
    明治座 初出演によせて
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    東京での長期公演が、この明治座で実現されました。
    明治座といえば、多くの名優が日本の演劇史を飾るお芝居を上演してきた伝統ある劇場で、今、同じ舞台に立つことを思うと感無量です。これもファンのみなさまのおかげだと感謝しておりますが、それだけに、この公演にはぐっと責任を感じております。
    川口松太郎先生と村上元三先生が、僕のために本を書いて下さいました。二作品とも日本の夜明け明治を背景に新しい時代に生きる青年の息吹がテーマになっており、この公演に意欲を燃やしている僕自身にぴったりで若さと熱でやり抜きたいと思っています。相手役の光本幸子さんをはじめ新派から伊志井先生ほか大勢の方々、又、歌舞伎からも多数の方がこの公演に参加して下さいました。みなさまに喜んでいただける楽しいお芝居を見ていただけると思います。
    ヒットパレードでも新機軸を出したいと工夫いたしました。ヒット曲は勿論、童謡や民謡も歌いますし、又、今までになかったコミカルなものもお見せできると思います。
    今年は新年早々病床についてずい分とご心配をおかけ致しましたがもう大丈夫、すっかり元気になりました。ともかく体には十分気をつけてこの一ヶ月を頑張ります。
     
    また、舟木さんがインタビューの中でおっしゃっているように舞台芝居の役者という道を拓くきっかけともなった村上元三氏はじめ、当時の名立たる文化人が「若手舞台役者としての舟木一夫」に並々ではない期待を寄せていらしたことがパンフレットを読むと本当にひしひしと伝わってきます。

    1967年の明治座初座長公演のパンフレットの巻頭の挨拶文は、川口松太郎氏によるものです。
     
    イメージ 7舟木君を迎える    川口松太郎
     
    舟木君の東京初舞台を明治座に迎えたのは幸運であった。人気のある歌手の舞台出演が、人気にたよるショーであっては意味をなさない。演劇としての価値を持つための努力と精進がなければ心を打つ舞台にはなり得ない。
    私は大阪の新歌舞伎座で舟木君の舞台を見た。顔にびっしょり汗をかいて松平長七郎を演じる舟木君を見て「若いのにたのもしいな」と思った。
    汗をかいて舞台をつとめる俳優がだんだん少なくなる。六代目菊五郎が「汗をかいていることが見物に判るようでは駄目なんだよ。汗をかいても見物に判らせないのが本当の芸だ。」
    と言ったが、その日は中幕に道成寺を踊っていた。私は一番前の席で見物したが、踊っている最中にたらたら汗を流している。夏ではあったし、引きぬき衣裳を着込んでいるからよくよく暑かったのだろう。見物の目にも見えるくらいの汗で、うしろむきになると後見が手拭いでふき取っている。幕がしまってから
    「汗をかいては駄目だといいながら、ひどい汗じゃありませんか」
    というと

    「だからまだ駄目なんだよ」
    と真面目に答えた。
    六代目菊五郎ほどの名優が、汗をかいては駄目だといいながら汗を流すのだから、若い舟木君の汗は当然で、明治座でも充分に流してほしい。
    若い人が骨惜しみをして、ほどほどにやっているのを見ると腹が立ってくる。汗を流して熱心に演ずる舞台には、幾分の欠点があっても見物は満足する。
    舟木君を助けて新派の若手が出る。光本幸子は二代目水谷八重子といわれ、翠扇は二代目喜多村緑郎、英つや子は二代目英太郎と、二代目継承の腕っこきが出て芝居を面白くする。舟木君の人気がどれほど高くとも一人で芝居は出来ない。好い相手役を得ないと舞台が貧相になり、一つ舞台に出ている間は相手役に惚れ込まないと情が出ずに冷たさが流れる。惚れすぎると感情が先に立って芸が上辷りをする。
    芸に惚れて舞台に情を出すのが俳優の心がけだが「惚れる」ということは「恋愛」の意味ではない。
    舟木君が新派の女優に惚れ、女優たちが舟木君に惚れてくれることを期待する。
     
     
     1967年明治座パンフレット掲載の舟木さん着物姿                   今の舟木さんの着物姿
     
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    不定期になりますがこのテーマで、随時連載していきます。
     
    まだの方、是非、新歌舞伎座へGO!
     
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    新歌舞伎座 舟木一夫特別公演  2月1日~2月20日
     
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    あれよ、あれよという間に、後半に入ってしまった新歌舞伎座特別公演。私は、前半の最終日にあたる9
    日に拝見しました。この日は夜の部なしの12時開演の昼の部一回公演の日で、母と妹も誘って一緒に楽
    しみました。
     
    私事ですが、二十代半ばからずっと関西在住で、大阪、兵庫、大阪と移り住み、最終が京都住まいでしたので子育ての期間30年余りずっと関西ですごしました。三人の娘たちも関西で成長したので、長女と次女はそのまま大阪で家庭をもち、それぞれの子どもたち(私の孫たち)も大阪育ちです。てなわけで娘たちのところで9日の舟木さんの新歌舞伎座公演見物含めて11日まで関西プチ旅行をしてきましたので、9日のご報告が遅くなってしまいました。
     
    9日は、この冬一番の冷え込みという厳しい寒さで、朝起きると薄く雪が積もっていて、家を出る頃にも吹雪いていてどうなることかと心配しましたが、近鉄線も3、4分の遅れが出ただけで大阪に近づくにつれてお日様が顔を出してほっとひと安心しました。
    この日は、一回公演で開演時間が12時というのが家を出る時間としても、ちょっとゆっくり目でいいので出やすいのか、寒さにも関わらず、お客さんの入りもとっても良くて劇場自体が活気にあふれていて大盛況で安心しました。

    以下舞台の様子の御報告です。先ずはお芝居から。

    第一部   ~花の風来坊~おとぼけ侍奮闘記
     
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    芝居もこなれてきて私が拝見した初日、2日目と比べるとテンポがグンと良くなってきていました。上演時間は同じなのに、舞台というのはナマものですからリズムができてくると時間の経つのがとても速く感じられます。前回の報告では、曾我廼家文童さん扮する側用人の五郎左衛門の何とも言えない可笑しみが見所とお伝えしましたが、さらにバージョンアップしたアドリブが炸裂してて大爆笑ものです。
    客席のみならず、舟木さんはじめ共演者の皆さん、きっと毎日、どんなアドリブが出るのか楽しみになさっているのではないでしょうか。この日は第二部のコンサートのスタンディング曲「君よ振りむくな」の歌詩をお芝居の中で取り入れて舟木さんファンを喜ばせてくださった文童さん。そして、「いろは長屋の用心棒」で籠かきコンビだった桂団朝さんと戸田都康さんが今回は、屑屋さんコンビとなって幕前でのつなぎで相変わらず軽妙なやりとりを楽しませてくださっていますが、このお二人も文童さんのアドリブを受けて「君よ振りむくな」をギャグって、舟木一座のチームワークを見せて和気あいあいとした雰囲気。
     
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    日々変化していく喜劇ならではの面白さを堪能できる「花の風来坊」。さて後半の舞台はどんな風に進化を重ねていくのか、ますます期待してしまいます。
     
    お芝居の中盤では、誠之助(天下泰平)、富市(ねずみ小僧)、富市女房(おえん)、お吉、つまり舟木さん、与一さん、葉山さん、稀世さんというベテラン四人の役者さんたちが揃う場面があります。喜劇の色合い濃いお芝居の中で、大人の男と女が、しみじみと交わし合う情に満ちたセリフが行き交う場面がひときわ精彩を放っています。なにげない会話ですが、それだけにさすが皆さん巧いなぁと感じさせます。
     
    2015年2月9日   第二部 シアターコンサート 
     
    コンサートの模様は舟木さんのトークをメインに報告します。ピンク文字が舟木さんのトーク部分。

    イメージ 8~オープニング
    眠らない青春 
    作詩:舟木一夫 作曲:川崎浩史 編曲:杉村俊博
    (1976年アルバム「レマンのほとり」収録/2014年シングルCD)
      
    なつかしいこの街に
    ただひとり 来たんだよ
    眠らない青春の
    想い出に 誘われて
     
    やわらかな 木もれ陽と
    手づくりの 愛の日は
    変わらずに あるものと
    おたがいに 信じてた
     
    さよならの足音は
    春の日のにわか雨
    冷たさを 耐えるには
    若すぎた 二人さ
     
    明日には出るはずの
    虹さえも 知らないで
    見つめ合う 瞳には
    あきらめが ゆれていた

     
    イメージ 9お揃いのセーターを
    ひっそりと 取り替えて
    合い鍵は 二つとも
    鉢植えに 埋めたよ
    逝く春の 哀しさを
    胸深く 抱きとめて
    あの人が 投げかけた
    ほほえみの 優しさ
     
    鮮やかによみがえる
    青春の 想い出は
    暮れなずむ 街角に
    いつまでも 眠らない
     
    いつまでも 眠らない
    いつまでも 眠らない

     
     
    1日に初日を開けさせていただいてワアワア言ってるうちに明日あたりが中日となりました。暦の上では
    立春を過ぎましたが冷え込む中お越しいただいてありがとうございます。
     
    ~プレゼントタイム
     
    くちなしのバラード
    ブルートランペット
    北国の街
    東京は恋する
     
    第二部の開演前から、客席の通路にプレゼントをされるファンの方たちが並んでいらっしゃるのを見て、多分、あまり舟木さんのステージを見られたことがないお客さんだろう方たちが口々に「あら、すごい!」「見て、きれいなお花!」「あっちにも並んでる!」など驚きの声をあげていらっしゃいました。
     
    舟友さんのこの花束には客席から拍手が聞こえてきましたよ
     
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    まあ、長いこと歌っていると持ち歌もふえてきますが、ヒット曲の順に力があるかというとそうでもない。
    意外とアルバムの中のある一曲をステージの中にかけて、その曲の力を見つけてやっていくのが歌い手の仕事なんでしょうかね。
    若い頃からけっこう日本調の歌も唄ってきて、そのあと少し落ち着いてきた頃に出てきたのが抒情歌系。
    その中から……、ひとつめが「初恋」、ふたつめが「絶唱」を。

    イメージ 11イメージ 12初恋   作詩:島崎藤村  作曲:若松甲
     
    まだあげ初めし前髪の
    林檎のもとに見えしとき
    前にさしたる花櫛の
    花ある君と思ひけり
     
    わがこゝろなきためいきの
    その髪の毛にかゝるとき
    たのしき恋の盃を
    君が情に酌みしかな
     
     
     
    絶唱
     
    日本というのは四季がはっきりしていて、季節感のある国、今はもうそういった季節感も食べものも含めてぼやけてきましたが…僕らが子どもの頃は、秋にならないと食べられないもの、春にならないと食べられないものがあって、その季節が来るのが楽しみだった。僕の同級生は、ほとんどが農家の長男坊だったりしてたので、夏になると、新聞紙に塩を包んで畑に行って、仲間とスイカをとってた。当時は1kmごとにひとつくらい井戸があったのでそこで洗って(ゲンコを作る舟木さん)ガン!と割って食べた。
    真っ黒に日焼けしたワイルドなやんちゃ坊主たちも昭和の懐かしい風景の一部だったなぁとあらためて思
    いながら舟木さんの思い出話をお聞きしました。

    では、ここで「視聴者参加番組」、皆さんご協力をお願いします!ジャケットを脱いで若々しい舟木さん

    ~スタンディング&サインボール打ちタイム~
    君よ振りむくな  作詩・作曲:上田成幸
    (1999年1月)
    https://www.youtube.com/watch?v=6pg-j3enNho (ちょっと昔の舟木さん映像付)
    https://www.youtube.com/watch?v=oft_K0IB4Fs (kazuyanさんの動画です)
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    立ちどまるな 決して振りむくな
    走り続けろ君よ 力のかぎり
    今、春を待つ 風はつめたく
    たとえば 凍える日々なら
    ーーーただ ゆらゆらと
    涙に希望(のぞみ)に 身体をまかせて
    ためらいも 人も 抱きしめて眠れ
    立ちどまるな 決して振りむくな
    走り続けろ君よ 力のかぎり
     
    今、何よりも 熱いいたみが
    たとえば 昨日の恋なら
    ーーーただ しみじみと
    寒さにあいつに 想いをまかせて
    ぬくもりも 傷も 抱きしめて眠れ
    立ちどまるな 決して振りむくな
    走り続けろ君よ 力のかぎり
     
    今、疑いに 心とざして
    たとえば うつろな旅路(たび)なら
    ーーーただ さらさらと
    出逢いに別離(わかれ)に 流れをまかせて
    夕やけも 虹も 抱きしめて眠れ
    立ちどまるな 決して振りむくな
    走り続けろ君よ 力のかぎり
    立ちどまるな 決して振りむくな
    走り続けろ君よ 力のかぎり
    力のかぎり

    終わると…
    ご町内の皆さま、たいへんお騒がせいたしました!(笑)
    皆さん、なんでいまどき手ぬぐい?とお思いかもしれません。そうですよね…最近は手ぬぐいの出番なしなんです。僕らの世界では、手ぬぐいは「縁起もの」なんです。縁起だけかついで頂ければと…台布巾にでも使ってください。
    歌って、ボールを打って、おしゃべりして……舟木さんの体力はスゴイ!と感心しますが、やっぱり疲れるにきまってますよね。
     
    最近ネ、こういうのが疲れるんですよ。ステージっていうのは皆さんが思っていらっしゃるより5倍も10倍も暑いんです。一回脱いだら着るのがイヤなんですが、仕方ないから着ます…とジャケットをベージュ系(よく見るとチェック風地模様)にお着替え。
     
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    先ほどのボールがひとつバウンドしてステージに戻ってきたのもしっかり気づいていらして、あら、あんなところにピンクのボールがひとつもどってきてる…コバに任せよう!とサックスの小林さんにそのボールの行き先を預ける舟木さんでした。

    よくこんなことがありますが、舟木さんはその注目の的になったボールはあまりご自身では打たず大抵はバンドメンバーのどなたかを指名されます(笑)その気持ちはとってもよくわかりますよね。客席中の視線が、そのボールに痛いほど集中しているのですから、自然とそういうスタイルになるでしょうね。舟木さんの「いき」というのは、そういうなにげない行動スタイルも感じられて、私には「好いたらしいお方」と思われるのです。

    最近「日本の名曲たち」というのを歌ってます。ある時代の名曲…ほっといたら、もったいないので。
    僕の思ってる流行歌は昭和に始まって昭和で終わってる。「荒城の月」「浜辺の歌」なんかの古典もとりまぜながらお聞かせしようと…
    今日までが前半戦の2曲、明日から変わるんですが…
    大阪におじゃましてるので「なにわの歌」ということで…「浪花」といえば、桂春團治と坂田三吉の歌がやっぱり多いんですよ。そこへ、もうひとつ足すと「夫婦善哉」でしょう。今日は「浪花恋しぐれ」「王将・夫婦駒」を。
    9日新歌舞伎座終わりで京都に向かい桂米朝一門の落語研究会に行ってきました
     
    イメージ 14~日本の名曲たち
    (~2月9日)*10日から曲目入替
     
    浪花恋しぐれ   上方落語の高座
     
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    王将・夫婦駒

    ふたつめの「王将・夫婦駒」はヒット曲というところまでいってないんですが、詩もメロディーもアレンジも流行歌のツボをぴたりと衝いている。
    ここで思いきりチャンネルを戻して52、3年前の歌を並べてみます。
     
     
    イメージ 20あゝ青春の胸の血は
    仲間たち
    高校三年生
    学園広場

    この辺の歌は18(才)で唄っていた。2ヶ月前の12月が来てジャスト70(才)
     
    客席から「え~ッ!」「ホント?」「若い!」とまたまた感嘆の声がたくさん聞こえました。
    久しぶりに舟木さんの舞台をごらんになった感じのお客さんが多かったようです。特にこの年齢をおっしゃった時には男性のお客さんのビックリ!の声が目立ちました。ご自身と比べるから?(笑)
     
     
    高校三年生もここまできてイヤんなっちゃうんですが、ステージに上がると安心するんですよ。客席もずいぶん古くなったなぁ!(笑)一緒に頑張っていきましょう!

    男も女もこういう風景は誰もが通りぬけてきたんだなぁという歌をみっつ。
     
     
    たそがれの人

    高原のお嬢さん ~バラードver. 作詩:関沢新一 作曲:松尾健司
    https://www.youtube.com/watch?v=vdq05qCjwAo (映画「高原のお嬢さん」映像/歌なしです)
    (1965年10月発売)
     
    イメージ 15あの人に逢いたい たまらなく逢いたい
    高原に風はわたり 白樺はゆれていた
    夏がゆけば 恋も終わると
    あの人はいつも 言ってた
    リーフ・リーフ……
    君にぼくの 恋を語ろう
     
    つぶらなる瞳よ つぶらなる瞳よ
    高原の夏はすぎて 別れゆく夜はきた
    一人よせる 夢ははてなく
    残り火は 赤く燃えてた
    リーフ・リーフ……
    ぼくの恋は 消えてしまった
     
    あの人に逢いたい たまらなく逢いたい
    東京の空のどこか あの人は住んでいる
    せめて いちど逢ってききたい
    夏の日の 恋は嘘かと
    リーフ・リーフ……
    東京の秋は 淋しい
     
     
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    哀愁の夜 (五番付) 
     
    ~アンコール
    明日咲くつぼみに
    もう、こぶしの冬芽が出てきましたよ
     
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    9日には、ラッキーにもまたサインボールがやってきてくれました。嬉しくもアリ、今年の運を使い果たしたのかも?
     
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    私が、最初にボールとご縁があったのが、2013年の8月1日の大阪梅田芸術劇場でのツアー・コンサートでした。その後は、1年半ほどご縁がなかったのですが、2月2日の昼に久しぶりにやってきてくれました。次のボールは、また一年半後のお楽しみかな?と思ってたらちょっと早すぎたので、そうなると次は3年後になってしまいます。ガ~ン!舟木さんには55周年以降もお元気でステージを続けていただかなくちゃ。そしてあの若々しいポーズのサインボール打ちも、続けていただけたらと思っています。
     
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    ところで私のところにやってきたボールのカラーは、3つともグリーン。最初は気づかなかったのですが、良く見てみると3つとも大きさが違ってました。最初のボールの直径は65mm、2日のは70mm、9日のは75mmです。ボールのサイズが段々大きくなってることに、特にイミはないと思うのですが、今さらながら発見したので。 
     
     
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    次回は2月14日、バレンタインデーに昼夜拝見します。チョコの山に埋もれそうな舟木さんでしょうね。
    「日本の名曲たち」も後半の曲と入れ替わったのをお聞きできるのが楽しみです。
    なお、14日は舞台写真集の発売日です。こちらもとっても楽しみです。
     
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    新歌舞伎座特別公演の夜の部のコンサートでも歌っていらっしゃる「恋人形」を、舟友のkazuyanさんが動画作品にしてくださいました。感謝を込めてご紹介いたします。
     
     
    恋人形  作詩:舟木一夫  作曲:山路進一  編曲:杉村俊博
    https://www.youtube.com/watch?v=tB30S5DE3As&feature=youtu.be 
    (2014年6月発売 「眠らない青春」カップリング)
     
    イメージ 1イメージ 2うす墨の 空はつれない 雨もよう 
    帰るあてさえ ないひとに
    いくつ折鶴 恋ごころ
    にじむ 吐息の もどかしさ
     
    ふるさとの 風はかおりも 秋化粧
    落ち葉しぐれる 白壁に
    揺れて とぎれて ほそぼそと
    つらい噂も 気にかかる
     
     
    イメージ 3うす紅の 目もとやつれて 恋人形
    あやめ一輪 咲く帯に
    かくしきれない あの夜の
    命かさねた 夢のあと
     
     
     
     
     
     
    2月14日には「舞台写真集」も発売になりました
     
             表紙                                 裏表紙
     
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