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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    舟友さんから、届きました。超ホットな舟木さんのお写真です
    雨の中、「お出迎え」大変だったと思います
    早速の、メールでの画像のお届けという嬉しいプレゼント、本当にありがとうございます

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    ちょっと寒そうな舟木さん、お風邪などひかれませんように

    「お出迎え」の皆さまも、お疲れ様でした。


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     舟友さんから、メールのお写真で私の元にもハートが飛んできました 

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    昨年の中野サンプラザでも、アンコールの曲を歌い終わられた時に、ふわふわと客席に飛んできて、私たちを喜ばせてくれた「ハート」、今年は、スタンディング「そばにいるから」の時に飛んできたそうです。「春はまた君を彩る」の文字は舟木さんの直筆ですね。このアイデアは舟木さんご自身が考えられたとトークでおっしゃったとのこと。でも、ステージの上にたくさんハートが落ちたので、アバウト9の皆さん、そして舟木さんも、落ちたハートを拾ってお掃除なさったようです。ステージに落ちることは想定外だったみたいですね。

    今回の中野ファイナルコンサートの模様が、スカパーで放送されるそうです。放送予定のチラシ。↓

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    舟友さんの昼の部のプレゼント花束

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    同じく夜の部プレゼント花束


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    ファイナルで増えた4曲含めたセットリスト

    オープニング
    ~高原のお嬢さん

    ~プレゼントタイム
    花咲く乙女たち
    くちなしのバラード
    雨の中に消えて                              
    あいつと私 
    東京は恋する
    北国の街
    北国の旅情
    友を送る歌

    その人は昔
    哀愁の夜
    眠らない青春

    ~日本の名曲たち
    空に星があるように 
    上を向いて歩こう

    スタンディング&サインボール
    ~銭形平次

    そばにいるから

    ~抒情歌メドレー
    絶唱
    まだ見ぬ君を恋うる歌
    あゝりんどうの花咲けど
    夕月の乙女
    夕笛
    初恋
    浮世まかせ

    ~ラストブロック
    あゝ青春の胸の血は
    仲間たち
    高校三年生
    学園広場
    少年いろの空

    ~アンコール
    春はまた君を彩る


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    中野サンプラザのクリスマスイルミネーション


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    情報をお届けくださった舟友の皆さまへ心からの感謝を込めて


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    2015年コンサート全てご盛況だったことを心からお祝い申し上げます。
    舟木さん、そして各会場に駆けつけられたファンの皆さまお疲れ様でした。


    オマケ情報

    歌の手帖・編集部ブログに中野サンプラザのコンサートのことがアップされています。残念なことに、写真はもちろん、記事も一切転載禁止だそうですので、皆さんそちらのサイトに自力ですっ飛んでいってみてくださいね






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    十一月十五日は「七五三参り」ですが、昨日は大安吉日だったとかで、雨にもかかわらず神社には多くの参拝があったようです。末娘が安産祈願(戌の日)ということで出かけた滋賀県の多賀神社も大賑わいだったそうです。殊に少子化の昨今、子どもたちの健やかな成長を願ってやみません。


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    笠松氏は、ご自身のブログを開設されています。先ずは、「笠松泰洋の作曲家日記」のバックナンバーをご紹介しておきます。これまで、「浮浪雲」「花の生涯」「いろは長屋の用心棒」「八百万石に挑む男」の音楽を担当されていますので、特別公演が近づくと、何か書かれているかな?と笠松氏のブログを覗かせていただいてますが、本日アップされた日記に、ほんの少しですが、「気ままにてござ候」関連の文面を見つけました。今回の音楽も、笠松氏が作られるということなんですね。とっても楽しみです。

    バックナンバー

    舟木一夫公演『浮浪雲』録音終了!(2012年8月26日)
    http://blogs.yahoo.co.jp/synlogue/36340920.html

    舟木一夫公演『浮浪雲』初日 (2012年9月3日)
    http://blogs.yahoo.co.jp/synlogue/36385548.html

    舟木一夫座長公演@新橋演舞場 (2013年5月18日)*「花の生涯~長野主膳ひとひらの花」
    http://blogs.yahoo.co.jp/synlogue/37083761.html

    舟木一夫さんの新しい芝居の音楽録音 (2013年11月26日 *「いろは長屋の用心棒」
    http://blogs.yahoo.co.jp/synlogue/37537951.html

    舟木一夫特別公演、開幕(2014年9月3日) *「天一坊秘聞~八百万石に挑む男」
    http://blogs.yahoo.co.jp/synlogue/38150477.html



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     レストランμライブ終了、いよいよ「義経」「星の王子」リハ開始  11月9日(月)午前8:20

     昨日は、武蔵小杉の中華レストランμでのライブ終了。メンバーは、ヴォーカル津島綾乃、キーボード瀬田創太、ベース小美濃悠太、ドラム斉藤孝、で、オーボエとズルナと司会が私、という新しいメンバー。多分これが5回目のμライブになると思います。斉藤孝さんとは、18年ぶりくらいの仕事ですが、彼がまだ芸大の学生の頃に仕事した時とは別人の、実に洒脱に音色を使い分ける素晴らしいドラマーになっていました。キーボード(ピアノ)の瀬田さんも、しなやかな感覚と高い技術があり、このメンバーでまたμライブはやることになりそうです。
     私は、しばらく目一杯仕事をすると、突然、風邪になるとこがあります。最初の兆候は、突然、作曲が不調になります。メロディーがすいすい思い浮かばなくなり、考えて、捻り出さないといけなくなり、ものすごく作業が遅くなります。先週の月曜から水曜は、丸々家にいて、年内にやらなければならない作曲の仕事をどんどん進めるつもりでした。具体的には、来年3月に初演が予定されている歌曲と、
    今年12月の新橋演舞場の舟木一夫さんの公演の芝居「気ままにてござ候」の音楽なのですが、全く進まなかったのです。舟木さんはオケ録音が今月23日と決まっているので、稽古初日の12日までに、デモで全曲上げるつもりでいましたが、全く進まず、焦りましたが、これは、1年か2年に一度ある、風邪、だったのです。最初に作曲が不調になり、翌日くらいに、鼻、喉、熱など、ごく普通の風邪の症状が出ます。で、あ、風邪だ、休めの合図だ、と思います。強制終了。頭をフル回転させ過ぎると、脳が興奮状態で突っ走り、体のサインを消してしまうので、短い睡眠でハイな状態でずっと仕事をしてしまうのです。今年は、時々運動して(ランニングです)体と頭のバランスをコントロールするようにして、とてもうまくいっていたのですが、夏以降、ちょっと運動の控えめで、パソコンの前で頑張り過ぎたのかもしれません。人魚姫をやりながら、星の王子を作る、という生活が続きましたから、リハで体が疲れると、夜、帰宅後に走るのがさすがに億劫だったせいもあります。
     で、この時期に作曲を止めるのはとても厳しいので、低空飛行で続けましたが、3日間で、普段の6時間分くらいしか進みませんでした。その後、来年の仕事の打ち合わせで新潟行き(後々に告知致します!)、星の王子のピアニストとの長い打ち合わせ、などもやりつつ、体は風邪のままですが、頭の方が先に回復し(これもいつものことです)、体は完全に風邪の諸症状がそのままですが、作曲は完全に復帰し、舟木さんの曲をすごい勢いで作りました。
     で、昨日は、μのライブが、お昼と夜の2回。風邪でオーボエを吹くのは、とても大変です。咳が出たら吹けませんし、鼻水が出ても、演奏していると拭くこともできませんし、鼻が詰まっていて咳が出易いと、息継ぎが思うように出来ず、演奏にならないのです。それに、息圧が高いので、やはり風邪の体にはしんどい楽器です。木曜にオーボエを吹いてみたのですが、全くダメで、μライブが心配でした。しかも、今週は、月曜に「義経」の音楽リハが桜バンド集合してあり、そこでも、自分で作ったとはいえ初見のオーボエパートを吹かなくてはなりません。メイ(大きなトルコの篳篥)も使っています。そして、週末にはその本番が。しかし、昨日、日曜の朝にも風邪は一向に良くならず、バンドメンバーに、今日、笠松は、オーボエが吹けないかもしれない、オーボエパートはキーボードでカバーして欲しい、と弱気のメールをしました。ところが、会場でリハをやると、自室と違い広いせいか、人と音楽の合わせをする緊張や高揚からか、ピタっと鼻が止まり、伸び伸びと音が出たのです。で、予定通り、オリジナルのキッチンボサ、や、全員による即興演奏、ズルナなど、本番をやりました。オーボエの演奏としては、自分でこれまで一番安定した音が出た気がしました。やはり、ランニングで10キロ走れるようになってから、基礎体力が全く変わり、今年は、オーボエ、ズルナが体力的にとても余裕をもって演奏できます。両方とも、息が少ししか出て行かないので、30秒以上音を切らずに演奏出来るのですが、それを続けるということは、いわば、潜水をずっと続けて泳ぐようなもので、呼吸循環系の体力が強いのと弱いのでは、こんなに違うのか、と、自分で実感しています。多分、腹筋も体幹の筋肉も強くなっているので、音のコントロールが余裕で出来るのです。あと、オーボエを吹くのには欠かせない、唇の筋肉も、作曲しながら、錘をつけたリードをくわえる、という訓練法を考えついてからは、練習が短くて筋肉が落ちてコントロールが利かなくなる、ということがなくなりました。前回の新オリエントのライブの時でも、4時間近く、フルに演奏してリハして、すぐ後に2時間超えのライブをやっても、最後まで余裕で音のコントロールが出来る、という状態でした。というわけで、風邪にもかかわらず、納得の演奏が昨日は出来ました。
     風邪のままですが、このまま、義経のリハ、本番、そして、星の王子のリハに突入します!
    「平泉寺の義経と弁慶」は14日午後3時から、ハーモニーホールふくいで本番です。まだ若干チケットあります。15日には、私が校歌を作った福井市の本郷小学校で、創立10周年の記念行事があり、そこでも、小さなコンサートをやる予定です。和田啓さんのパーカッション、仲谷理沙さんのピアノと一緒にやります。8日から15日までに、3種のコンサートで4回本番という、特殊な週になります。


    イメージ 6笠松泰洋プロフイール 駿河台大学HPより(客員教授紹介)
    作曲家。1960年福井県生まれ。 東京大学文学部美学芸術学科卒業。
    オーボエを岩崎勇、作曲を三善晃、ピアノを山根美代子の各氏に師事。

    室内楽を中心に作品を発表、弦楽四重奏曲第3,4番はウィーンカルテットにより初演され高い評価を受ける。オーケストラと朗読のための「アガメムノンとカッサンドラ」、東京佼成ウィンドオーケストラの委嘱による「コントラバスとウィンドアンサンブルのためのコンチェルトグロッソ、オケアノスの海」など大きな編成の作品も発表。



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    笠松さんは、このところ、体調が芳しくなかったそうで心配ですが、一気に取り組まれたとか…時間があれば、できるというお仕事ではないので、ストレスやプレッシャーはひとかたならぬものがおありかと推察します。音楽、美術、照明…その他諸々の分野の気鋭の皆さんが、一丸となって創り上げる舞台芸術の世界、きっと大いに楽しませていただけることと思います。


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    「お出迎え」写真や動画で、私たちを楽しませてくださっているkazuyanさんの、東京さんぽの新しい動画です。BGMは「東京は恋する」来月の一ヶ月公演が開催される新橋演舞場周辺を散策された写真が満載です。

    歌舞伎座周辺~新橋演舞場初訪問 (BGM「東京は恋する」)
    https://youtu.be/U7wj6ybE5iI



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    イメージ 7東京は恋する  作詩:丘灯至夫  作曲:山路進一
    (1965年4月 カップリング「虹のむこうに」)

    肩にやさしく 手をおいて
    見上げる夜の オリオン星座
    こんなにひろい 街だけど
    歩いているのは 二人だけ
    ああ 東京は 恋する
    恋する街よ

    花の香りか 黒髪か
    より添う胸に 夜風も甘い
    いつかはきっと しあわせが
    くるよといえば うなずいて
    ああ 東京は 恋する
    恋する街よ

    ふたりの夢を あたたかに
    ネオンがつつむ ターミナル
    手をふる別れ つらいけど
    明日もここで また逢える
    ああ 東京は 恋する
    恋する街よ



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    日本コロムビア webサイト 
    「舟木一夫シアターコンサート2015 ヒットパレード/~演歌の旅人~ 船村徹の世界」


    画像がむっちゃ小さいですが、上がCD 下がDVD です

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    舟木一夫シアターコンサート2015 ヒットパレード/~演歌の旅人~ 船村徹の世界

    ヒットパレード /演歌の旅人~ 船村徹の世界

    北国の街                   
    絶唱                   
    夕笛                   
    その人は昔」のテーマ                   
    哀愁の夜                   
    高原のお嬢さん                   
    高校三年生                   
    学園広場                   
    春はまた君を彩る
         

    あの娘が泣いてる波止場                   
    別れの一本杉                   
    柿の木坂の家                   
    早く帰ってコ                   
    男の友情                   
    どうせひろった恋だもの                   
    おんなの宿                   
    哀愁のからまつ林                   
    矢切の渡し                   
    悦楽のブルース                   
    雨の夜あなたは帰る                   
    ブンガチャ節                   
    ダイナマイトが百五十屯                   
    王将                   
    波止場だよ、お父つぁん                   
    哀愁波止場                   
    ひばりの佐渡情話                   
    なみだ船                   
    兄弟船                   
    風雪ながれ旅                   
    三味線マドロス
                       


    CDジャケットのお召し物は、これかな?(5月8日 「LOVE-LY CONCERT」 メルパルク大阪楽屋入の舟木さん)

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    毎年、舟木さんグッズが、中野サンプラザ・ファイナルコンサートの会場で発売になるのですが、それも、中野ファイナルのお楽しみのひとつだと思います。そのグッズの中で、私が必ず買い求めるのが「卓上カレンダー」…と言っても、舟木さんと再会したのが2012年の9月ですから、2013年版のものからです。

    2013年

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    2014年

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    2015年

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    でも、今年のファイナルへは、諸般の事情で、残念ながら行くことができませんでしたので、舟友さんが私の分も買ってきてくださいました。本日、手元に届き、例年にも増して、ステキな舟木さんがいっぱいのカレンダーを見て、ひとりニヤニヤして幸せな気分に浸っています 

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    2016年グッズチラシ(これも、舟友さんにいただきました)

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    私は、あまりグッズは買わないのですが、干支ストラップは卓上カレンダー同様、毎年買っています。こちらは、12月の演舞場で、買う予定です。来年は、舟木さんの干支の申年ですから、全種類欲しくなりそうで~す 


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    わが家の庭にも、あまり花がなくて淋しい季節ですが、小菊だけは、けなげに咲いてくれてます。

    野菊  作詩:石本美由起  作曲:船村徹
    https://youtu.be/xDwuZNT8Q34
    (1974年 アルバム「ゴールデン・ダブル・フォー・ユー 舟木一夫」収録盤)

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    見えるかい きれいだろう
    野菊だよ…
    愛の夕焼け 心に染めて
    君と歩いた 小川のほとり
    秋子秋子 思い出に
    水も 泣いているよ

    淋しさが 匂うだろう
    野菊だよ…
    僕の涙が 時雨になって
    いのち短い 花びら濡らす
    秋子秋子 幸せの
    春は かえらないよ

    あげようか 好きだろう
    野菊だよ…
    話しかければ 夕陽ヶ丘の
    愛の墓標に こだまが咽ぶ
    秋子秋子 この胸に
    君は 生きているよ 





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    鈴鹿山脈(左から雲母峰、鎌ヶ峰、御在所岳、釈迦ヶ岳、三池岳、竜ヶ岳、藤原岳)

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    昨日は、末娘が、野菜を育てている畑に手伝いに行ってきました。JRと近鉄の桑名駅から、ほんの1分ほどのところに西桑名駅があります。そこを起点としていなべ市の阿下喜という駅まで北西に向かって走っている三岐鉄道の*北勢線を利用しました。

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    *北勢線の北勢とは…
    現在の三重県を5つに区分すると「北勢」「伊賀」「中勢」「南勢(伊勢志摩)」「東紀州」となります。「北勢」は、三重県の最も北に位置する地域のことです。私の住む桑名も北勢地域にあたります。

    *三岐鉄道…
    社名は、かつて三重県と岐阜県(関ケ原)を結ぶことを目的としていたことに由来しています。北勢線は元は近鉄が運営していましたが、赤字で廃線するというのを地元会社の三岐鉄道が継承して地元住民の足を守っています。

    楚原という駅で下車(所要時間約35分)楚原まで車で迎えにきてもらって、そこから10分弱で畑に到着。三重県の東西に連なる鈴鹿山脈の東の端のあたり、藤原岳が近くに見える場所に畑があります。

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    周辺の畑には、今の季節は大豆がたくさん実ってます

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    私の住んでる桑名は木曽三川の河口に近いので、川辺の風景は見慣れてますが、こんなに山を間近に見ると、浮かんでくるのは、舟木さんのこの曲です。

    はるかなる山  作詩:西沢爽  作曲:遠藤実   (1963年11月発売「仲間たち」のカップリング)
    https://youtu.be/GrQ443rI190



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    イメージ 7みしいときは 憧れた
    はるかなる はるかなる
    山を 越えてゆこう
    流れる雲よ ひとりでいても
    ぼくの 涙は 見せないぞ

    こころの怒り 思いきり
    叫べば 叫べば 
    かえる あのこだま
    いつでも ぼくを 待っててくれる
    山は 父母 山は友

    哀しみ多い 青春は
    はるかなる はるかなる
    山を 越えてゆこう
    小さなことは 忘れていろと
    山は だまって 立ってるぞ



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     もう一曲 

    山のかなたに  
    日本テレビ系列で、1966年1月17日から同年4月11日まで放送のテレビドラマ「最終回」放送映像
    https://youtu.be/7ToEqSQ6I7g




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    イメージ 10山のかなたに  作詩:丘灯至夫 作曲:山路進一
    (1966年1月発売 カップリングは「ふるさとの乙女」)

    若さみなぎる 眉あげて
    仰ぐわれらの あさぼらけ
    山のかなたに きらめく虹に
    君もゆけゆけ 君もゆけゆけ
    ぼくもゆく

    ふるいこよみに さよならを
    告げて夜明けの 鐘が鳴る
    君の笑顔か 雪割草の
    花も谷間に 花も谷間に
    ゆれて咲く

    すぎた昨日を おもうより
    生きるよろこび 歌おうよ
    山のかなたに ふくらむ夢に
    風もはばたく 風もはばたく
    雲もゆく


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    「山」をメイン素材にした、ふたつの曲の作詩者である、西沢爽、丘灯至夫…両氏の作品をあらためて味わってみると、迷いや、悩み多き若者へのエールというカンジがします、特に、西沢爽氏の「はるかなる山」には、「さみしい、涙、こころの怒り、哀しみ」が青春時代には、ついて回るものだという風に語っているようです。そして、そういった感情を包み込んでくれる大きなものとしてのシンボルが「山」であると…まさに、舟木さんが、よくコンサートでおっしゃる「さりげない応援歌」だなぁと感じます。

    「青春」というと、明るくて爽やかで、一点の曇りもないようなみずみずしい響きがあるのですが、実は「青春時代」っ
    て、当事者にとってみれば、悩ましいことがらが、たくさんあるものなんだと今になってわかるものなのかも…そういえば、「♪青春時代の真ん中は…」っていうヒット曲もありましたね(笑)

    軽音楽の世界も、シンガーソングライターの席巻する時代になると、「青春」の真っ只中にある当事者自身による作品が、たくさん生まれ、同じ世代の若者たちの支持を得て、大ヒットするようになりましたが、昭和三十年代から四十年代の初め頃は、ある程度、年令を重ねたプロの作家(作詩家、作曲家)が、詩や曲を作り、若い歌い手が唄うというスタイルが、一般的でしたから、過ぎ去った「青春時代」を、大人の視線で見てるという詩になるのでしょうね。オンタイムで、聴いていた時には、あまり詩の意味を考えずにいましたが、今、聞くと、「青春ど真ん中」の当時より詩の中身が心に深く沁みてくるように思います。




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    桑名城址の紅葉もやっと色づいてきました

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    youtubeを、眺めていたら、「春はまた君を彩る」の、動画を見つけました。途中のハミング部分を、何小節か、飛ばして編集されているようですが、ほぼフルコーラスの音源です。


    春はまた君を彩る  作詩:松井五郎  作曲:南こうせつ
    https://youtu.be/vzKz_uwXL7M

    イメージ 1冷たい風の音に 散るまいと咲く
    花は名を語らずに その身をさらして
    人は生き急いで 夢をさまよい
    時がただ巡ること 忘れて惑う
    涙こらえながら 心にたずねれば
    そこに聴こえる歌が 道を照らすだろう

    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 想いを残せと

    愛しい人の手を 握りしめても
    いつまでも離さずに いられる手はない
    人は誰もいつか 露と散るなら
    道ばたの枯葉にも 優しくなれる
    別れを悔やみつつ 心にふりむけば
    きっと思い出から 旅ははじまるだろう

    春はまた 君を彩る
    遥か広がる 明日を目指せと

    涙が涸れるまで 心に寄り添えば
    きっとたったひとつの 愛に気づくだろう
    春はまた 君を彩る
    過ぎて悔いなき 光を灯せと
    過ぎて悔いなき 光を灯せと


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    2016  コンサートのスケジュール 追加します。

    1月17日(日)  「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌 兵庫県/神戸文化ホール
     
    1月20日(水) 「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌  大阪府/大阪フェスティバルホール

    1月21日(木) 「舟木一夫・野口五郎」ザッツ流行歌  滋賀県/守山市民ホール

    1月31日(日)  「舟木一夫・森昌子」学園ソング決定版!  東京都/中野サンプラザホール

    2月10日(水)  2016 舟木一夫コンサート   埼玉県/大宮ソニックシティホール
     
    2月15日(月)   2016 舟木一夫コンサート  群馬県/ベイシア文化ホール 大ホール

     
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    10月末に楽しんだ舟友さんたちとの「絶唱」ゆかりの地への旅の日記「その1」のアップから、早くも半月が経ってしまいました。その間に、「ー風 アダルトに」「中野サンプラザファイナル」など、2015年終盤のコンサートが開催されて、あとは12月の新橋演舞場公演を待つばかりとなってしまいました。

    かなりマヌケなアップになってしまいますが、いつもガラケーしか持ち歩かない私が、珍しくデジカメで撮影してきた写真で、あらためて、旅の様子をご紹介します。

    先ずはバックナンバー  「舟木さんを探すさんぽ径~「絶唱」ゆかりの地へ秋の舟旅 その1」 ↓


    智頭町と大山をメインの「絶唱ゆかりの舟旅」

    智頭町の紹介 ~鳥取来楽暮(とっとりこらぼ)webサイトより 地図も~
    「みどりの風が吹くまち」智頭町は、鳥取県の東南、岡山県との県境に位置しています。周囲は1,000m級の中国山脈の山々が連なり、その山峡を縫うように流れる川が合流し、千代川となり、日本海に注いでいます。その昔から、長い歳月を経て、あの鳥取砂丘の砂を育んだ源流のまちです。
    まちの総面積の9割以上が山林で、見渡すかぎりの緑が一面に広がります。春には、ソメイヨシノ、シャクナゲ、ドウダンツツジなどの花々、夏には清涼な緑、秋は色鮮やかな紅葉、そして冬には雪化粧と、1年を通してまちを彩る植物や、美しい自然にあふれています。 また、智頭町は江戸時代に鳥取県内で最大の宿場町として栄え、史跡や道標など、往時を偲ばせる町並みが今も残ってい
    ます。

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    10月30日6時過ぎの近鉄特急~JR環状線~JR神戸線を乗り継いで10時頃に姫路駅到着

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    智頭町の東の山間に位置する「茅葺き屋根の古民家の囲炉裏や森と清流に包まれた癒し空間」みたき園の入口

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    園内には美しい羽の鶏たちが悠々と自由に遊んで自然の風景の中に溶け込んでいます

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    あちこちに大小さまざまな造りの素朴な佇まいの休憩所が設けられています

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    ちょうどティータイムの頃だったので「小鳥のcafe Quince(クインス)」で休憩(店内画像はnetから)

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    カフェの窓越しにみえたのは人工滝だそうですが風情満点!紅葉とすすきに彩られた眺めでした

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    滝のそばまできれいな流れのせせらぎにかかっている木の橋を渡っていくと…

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    橋の向こうの滝の下あたりにはこんな祠があって、いろんな災厄から御守してくれてるんだなぁと…合掌

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    みたき園から、映画「絶唱」の婚礼の屋内場面の撮影に使われた智頭町毛谷の旧家(今は廃屋となっています)へ

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    映画では、この木戸から村人たちが中庭に通されます。撮影は屋内からなので木戸は内側からしか映ってないと思います

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    お屋敷の裏側に回ると長い急な階段があって毛谷神社につながっています

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    この階段の下のあたりから画面向かって左方向に、旧家を見下ろせる空き地があり、そこから蔵やお屋敷の一部が見えます


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    毛谷神社の鳥居をくぐってさらに石段を上がってみました

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    神社が見えてきましたが、時間切れで、ここまで…(笑)大きな杉の木と狛犬さんだけ写しました。


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    毛谷集落をあとにして、智頭町の中央部へ…大きな杉玉の掲げられた酒屋「梶屋」さんへ



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    創業安政六年の老舗・梶屋(諏訪酒造)さんで地酒「絶唱」のリニューアルされたものを求めました

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    こちらは舟友のkazuyanさんの撮影されたものです

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    こちらもkazuyanさんの撮影された写真です<日本映画監督協会忘年会にて地酒「絶唱」で乾杯の音頭)

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    向かって左が今回求めたリニューアル「絶唱」、右は半年ほど前に取り寄せで購入した旧「絶唱」
    たま~にチビチビいただいていますが、リニューアルの方がカルイ感じになって飲みやすい気がします

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    ~地酒「絶唱」誕生について~ 某サイトから
    智頭宿の酒蔵には「絶唱」と名付けられた地酒がある。西河克己監督一行7人の映画人が智頭雪まつりを来訪し、その際に発案された。


    写真は「西河克己映画記念館」リーフレットより、西河克己監督の左隣は鈴木清順監督

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    智頭雪まつり 2014 動画
    https://youtu.be/J50RTMpkJq4

    智頭雪まつり 2012 動画
    https://youtu.be/gkWDQqBsGjU


    諏訪酒造でお酒を買った(もちろん重いので宅配便で家に送りました)あとは、「石谷家」へ

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    監督が「絶唱」の原作に出てくる園田家をイメージされたという石谷家

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    石谷家住宅庭園 秋の特別公開始まる  ~日本海新聞 webサイト(11月14日更新)~
    http://www.nnn.co.jp/news/151114/20151114009.html


    石谷家からは歩いて「西河克己映画記念館」へ

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    西河監督作品の資料など陳列されている中から…智頭駅前の当時線路の引き込み線のあたりでのロケ写真

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    裕次郎さんと水谷八重子さんのツーショット…珍しいのでカシャ!八重子さん(当時良重さん)確かにナイスバディ!

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    昭和30年頃、若桜町映画館で使用されていた昭和28年製造の映画映写機と「友を送る歌」チョー・デカポスター

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    この後、一日目は、あわくら荘で美味しいお食事と温泉でほっこりさせていただきました

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    「舟木さんを探すさんぽ径~「絶唱」ゆかりの地へ秋の舟旅 その3」につづきます


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    ご訪問が40万ヒット超えました。ご訪問くださっている皆さま、ありがとうございます。
    これからも宜しくお願いします。

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    大坂の陣400年記念  大阪平成中村座

    大坂の陣 ~ ウイキペディアより
    慶長19年(1614年)の大坂冬の陣(おおさかふゆのじん)と、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣(おおさかなつのじん)の総称。江戸幕府が豊臣宗家(羽柴家)を滅ぼした戦いである。


    以下、公演内容については、文、写真ともに歌舞伎美人よりお借りしました。

    昼の部

    イメージ 36一、女暫(おんなしばらく)

    北野天神の社頭では、天下を奪い取ろうと窺う蒲冠者範頼が家臣を従えて祝宴を開いている。家臣たちが祝儀を述べる中、木曽義仲の嫡子・清水冠者義高は、傲慢な振舞いの範頼を諫め、紛失したとされる宝剣・倶利伽羅丸を隠し持っていることを指摘。これに対して範頼は、宝剣のことは知らないと騙り、義高の許婚・紅梅姫を差し出して自らに服従するよう迫る。しかし、義高たちがこれを拒むので、彼らの首を刎ねるため範頼の愛臣・成田五郎が呼び出されてやってくる。
    まさに首が刎(は)ねられようと太刀が構えられたそのとき、どこからか「暫く」という声が聞こえる。声の主は、木曽義仲の重臣である今井四郎兼平の妹・巴御前。範頼は巴御前を追い払うように家臣に命じるが、その威勢には誰も敵わない。範頼の不遜な振る舞いを責め、やがて宝剣を取り戻した巴御前。その場を立ち去ろうとするところを遮られると、大太刀を抜き…。
    歌舞伎十八番の一つ『暫』を女方が演じる『女暫』は、古風で様式美に富んだ色彩豊かな舞台です。みどころは、女ながらも武勇に優れた巴御前の出で、「暫く」と声をかけ、大太刀を腰に帯びた颯爽とした素襖姿で現れ、ツラネを披露します。荒事の豪快さと同時に、女方の色気と艶やかさを備えた趣向に面白みがあります。華麗な一幕をご覧ください。


    二、三升猿曲舞(しかくばしらさるのくせまい)

    小田春永の館にある奥庭へやって来たのは、先頃、小田家に召し抱えられた此下兵吉。御殿を窺う兵吉の様子を不審に思った奴たちが取り押さえると、兵吉は好みの能をうかがっていたのだと明かすので、奴たちは兵吉に舞を所望する。そこで兵吉は扇を手に舞を舞い始め、猿回しの様子を面白く真似たり、遊女たちが戯れる様子を賑やかに踊ってみせたり。やがて、奴たちは兵吉の腕を試すように、再び打ちかかるが…。
    『三升猿曲舞』は、小田春永(織田信長)に仕える此下兵吉(木下藤吉郎)が曲舞を舞うという趣向です。文政2(1819)年の江戸河原崎座での初演を勤めたのが七世市川團十郎であったため、外題に「三升」がついています。「三升」と書いて「しかくばしら」と読ませるのは、この作品が狂言『靭猿(うつぼざる)』の猿歌の件を踏まえているから。木下藤吉郎が猿と呼ばれていたように、猿回しの踊りも入り、愛嬌と飄逸な舞踊がみどころです。幕切れの花槍を用いての所作ダテも華やかなご当地所縁の長唄の舞踊をお楽しみください。

    三、狐狸狐狸ばなし(こりこりばなし)

    イメージ 37浅草・吉原田圃の小長屋に住むのは、以前は上方の女方役者で、今は手拭屋を営む伊之助と女房おきわ、そして雇人の又市。実は、夫の執着に嫌気がさしているおきわは、法印重善と深い仲。しかし、その重善には成金娘との縁談話があった。嫉妬をするおきわに対して重善は、伊之助を殺したら夫婦になると約束をする。翌日、河豚鍋を用意しておきわの世話をする伊之助は、又市が買ってきた染薬を見て、この染薬は毒薬だからと扱いに注意を促した。これを聞いたおきわが、隙を窺いお椀の中に染薬を入れると、それを食べた伊之助は苦悶の末に倒れてしまう。
     伊之助の弔いも済み、焼き場から戻ったおきわと重善は夫婦になる約束をするが、翌朝、家には死んだはずの伊之助の姿が変わらずあった。幽霊かどうかを確かめようとする重善たちは、再び伊之助を殺害しようと計画。しかし、その後も伊之助は重善やおきわの前に現れ…。
     狐と狸の化かし合いよろしく、男と女の色欲が絡み合った中で、二転三転の騙し合いが展開する、終始笑いが絶えない北條秀司の傑作喜劇です。昭和36(1961)年東京宝塚劇場で法印重善を十七世勘三郎が勤め、森繁久彌、山田五十鈴、三木のり平らで初演。その後、十八世勘三郎が歌舞伎として上演を重ねた中村屋に所縁ある『狐狸狐狸ばなし』をお楽しみください。

    夜の部

    一、俊寛(しゅんかん)

    イメージ 38平家全盛の頃。俊寛は、平家討伐の企ての罪で、同志の平判官康頼や丹波少将成経と共に鬼界ヶ島へ流され、飢えと孤独の日々を過ごしている。そんな中、成経が島の海女千鳥と恋仲になり、俊寛の仲介で祝言をあげる。一同が喜ぶところへ、都から赦免船が到着し、上使の瀬尾太郎兼康が現れ、赦免状を読み上げるが、俊寛の名は記されていなかった。絶望した俊寛に丹左衛門尉基康が、備前国までの帰参が許されたと告げる。
     こうして俊寛たちは乗船しようとするが、瀬尾が千鳥の乗船だけを認めない。俊寛は千鳥も同乗させてほしいと懇願するが、瀬尾は悪態をつくばかり。ついに俊寛は瀬尾に斬りかかり…。
    『平家女護島』は、享保4(1719)年に大坂竹本座で初演されました。作者は近松門左衛門で、今回上演される二段目「鬼界ヶ島」の段が名作として有名です。前半は、島流しとなった俊寛たちの孤独な生活が描かれる中、海女千鳥の初々しさが花を添えます。後半は、妻の死を知った俊寛の絶望や瀬尾との斬り合いの後、島にひとり残された俊寛が船を見送る幕切れが最大のみどころです。俊寛の心の機微が描かれた味わい深い義太夫狂言をご覧ください。



    二、盲目物語(もうもくものがたり)

    イメージ 39織田信長の妹お市は、夫の浅井長政と長男の万福丸を兄に滅ぼされ、3人の娘とともに故郷の清洲城で鬱々と暮らしている。そんなお市を慰めているのは、盲目の弥市。お市に心を寄せる弥市だが、その想いを秘めたまま揉み療治や三味線を弾いてお市や娘たちの世話をしている。
    一方、柴田勝家もお市に心を寄せており、度々、お市のもとを訪れていた。お市が勝家の想いを受け入れることを決意するところ、そこへ忍んで来たのは木下藤吉郎。実は、藤吉郎もお市に思いを寄せている。しかし、信長の命で息子の命を奪った藤吉郎を仇と言って忌み嫌うお市は、勝家に嫁ぐと言い放つので、藤吉郎は呆然とするのみだった。
    信長の死後、勝家は藤吉郎との争いに敗れ落城寸前となり、居城の天守閣でお市とともに自害する。お市を手に入れるために勝家を自滅させた藤吉郎は無念を感じ手を合わせる。その頃、弥市はお市の娘お茶々を背負い、炎の城を逃げ出し…。
    谷崎潤一郎の小説を宇野信夫が脚本・演出した『盲目物語』は、昭和30(1955)年の第一回東宝歌舞伎で初演されました。弥市と秀吉を十七世勘三郎が勤め、2人の対照的な人生を早替りで演じ分けて当り役とし、十八世勘三郎にも受け継がれた中村屋所縁の作品です。権力を背景にのし上がる秀吉と、身分違いの恋に身を焼く弥市の哀れが対比されて描かれるご当地所縁の名作です。




    お天気もよく、日中は陽の当たる道を歩いていると汗ばむほどだった昨日16日は、日帰りで、大阪城西の丸庭園内の仮設芝居小屋で上演中の「大阪平成中村座」のお芝居を観劇してきました。

    平成中村座は、十八世勘三郎さん(2012年12月5日没)が2000年11月に浅草で、江戸時代の芝居小屋を模した仮設劇場を設営して当時の芝居小屋で見る雰囲気を味わってもらいたいとスタートさせた試みで、それが大きな話題を呼んで人気を博しました。

    私が、初めて「平成中村座」を観劇したのは、関西在住の2002年11月、大阪扇町公園内での興行「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」でした。この時は、今よりもずっとビンボー暮らしでしたが、思いっきり奮発して桑名から両親を招待して三人で観劇したのが、いい思い出になっています。
    その後は、国内よりもアメリカやヨーロッパなど海外に遠征しての興行でしたが、2008年から勘三郎さんが亡くなった年の2012年5月までは、毎年恒例の興行となっていました。

    私は、2008年の興行(浅草寺境内:仮名手本忠臣蔵)以降は、東京、名古屋、大阪で開催される「平成中村座」には、全て通い詰め、歌舞伎の楽しさを満喫させていただきました。「平成中村座」との出逢いがなければ、歌舞伎との距離は、もっと遠いものだったかも知れないと思っていますので勘三郎さんには、本当に感謝の想いでいっぱいです。

    この芝居小屋は、堅苦しくなく、舞台上演中の撮影、*桜席から見える舞台準備中の撮影を除いては、小屋の中での撮影は、フリーなので、いつものガラケーでたくさん写真を撮ってきましたので、ご紹介させていただきます。

    *桜席
    平成中村座では、幕内の二階席左右にも客席が設えてあります。幕が引かれている間も舞台の様子を上から見下ろす形で見学することができるのが嬉しいお席です。私は、平成中村座ではいつも桜席をチョイスしています。東京公演では、なかなかゲットしにくい人気のある席なのですが、今回の大阪公演では昼夜ともに桜席(右)で観劇することができました。

    歌舞伎の舞台を維持していくためには、看板となる役者さん以外に、多くの座員の役者さん、そして鬘から衣装、美術、大道具、小道具等々、その道の技術を積んだ方、そして裏方の皆さんなど、おびただしい人数の方の力が必要であることを、桜席での見学を通して実感として知ることができます。下の図の藤色の部分が桜席です。ちなみには「御大尽席4席」、ここはご縁がありません(笑)


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    平成中村座の芝居小屋は西の丸庭園の奥、大阪城天守閣が舞台のちょうど裏側に見えます。見せ所は、クライマックスで舞台奥の扉を開け放して大阪城を借景にするというサプライズです。

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    昼の部「三升猿曲舞(しかくばしらさるのくせまい)」                 夜の部「盲目物語(もうもくものがたり)」

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    十八世勘三郎さんが平成中村座を見守る目が、小屋のあちこちに描かれています

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    櫓の上にも

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    御大尽席の裏側にも

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    私の座った桜席の真横にも

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    定式幕上手側にも

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    中村屋の大提灯の左下にも

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    なんとお手洗いの通路の上のあたりにも勘三郎さんの細やかな目が届いています
    平成中村座ではお手洗いの混雑をスムーズにするために専任のスタッフの女性が甲斐甲斐しく誘導されています

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    「隠れ勘三郎の目」は全部で18あるそうですが、全部は見つけられませんでした

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    正面玄関口

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    階段に飾られてる中村屋の故勘三郎/勘九郎/七之助/勘九郎長男七緒八/勘九郎次男哲之(のりゆき)の名入り提灯
    勘三郎さんの本名は波野哲明(のりあき)です

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    舞台正面の立派な衝立のお席がが御大尽席(舞台上手奥から撮影)

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    下手客席と花道

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    舞台上手、幕の裏側の見えてない席が桜席

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    舟木さんはいつ出てくるの?……ですよね~ッ…どうもすみません
    申し訳のようですが、この2曲で「大阪」つながりということで…


    青春の大阪  作詩:西沢爽 作曲:和田香苗
    https://youtu.be/aHqhBkdbpHk
    (1964年9月 島倉千代子「小鳥が来る街」カップリング)

    イメージ 40いとしい君と 思い出の
    小径に植えた 小さな木
    いつか 誰かが 二人のように
    愛をちかう
    緑の木蔭になるように
    あゝ 大阪を 青春の
    みどりで みどりで つゝもうよ

    小雨の朝は 御堂筋
    星ふる夜は 中之島
    べつに 約束 したんじゃないが
    君も 僕も
    緑の並木が 好きなだけ
    あゝ 大阪を 青春の
    みどりで みどりで つゝもうよ

    ふたりがいつか 暮らす日は
    小窓に置こう 鉢植を
    夢が 希望が あの青空に
    とどくように
    緑の二葉に 頬よせて
    あゝ 大阪を 青春の
    みどりで みどりで つゝもうよ


    大阪しぐれ  作詩:吉岡治  作曲:市川昭介
    https://youtu.be/op-gkoNEN8g 
     (kazuyanさんの昨年の大阪フェスティバルホール「お出迎え」動画のBGM) 
    (1981年 アルバム「どうしているかい」収録)

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    ライトアップされた大阪城をあとに家路へと…いつまでも中村屋ご一門の隆盛と平成中村座の盛況を願って

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    大阪城西の丸庭園は谷町四丁目が最寄り駅です。近鉄特急で、大阪上本町下車、地下鉄谷町線に乗り継いで、行ってきました。そして、大阪上本町といえば、忘れちゃいけない…来年三月の新歌舞伎座公演ですね。来年の3月はまた、何度もここに来るんだなぁ…と思いつつ近鉄特急で帰宅 

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    歌舞伎、新派などについての情報が掲載されている「歌舞伎美人(かぶきびと)」サイト情報

    歌舞伎の市川猿翁(先代猿之助)一門の市川月乃助さんが、来年の1月の「初春新派公演」より劇団新派に入団し、その後、3月、6月の新派の舞台をつとめた後に、9月の新橋演舞場、大阪松竹座「新派特別公演」で、二代目喜多村緑郎を襲名されます。喜多村緑郎の名跡復活は55年ぶりとなります。

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    水谷八重子さん、波乃久里子さんの二大看板女優が、長年支えてこられた新派ですが、二枚目男優の人材には恵まれず、歌舞伎界など新派の外から男優を招いての客演という形での舞台がほとんどでした。私の世代だと中村吉右衛門さん、片岡仁左衛門さんなどの客演の舞台が記憶に残っています。そして、ここ数年は、澤瀉屋の俳優さんたちの客演が多く、中でも、月乃助さんは、ダントツに多かったように思います。

    私は、2011年の初春公演「日本橋」(泉鏡花原作)で初めて月乃助(当時は段治郎)さんの新派の舞台を拝見したのですが、今回のニュース記事でも書かれているように、「新派」に違和感なく溶け込んでいらっしゃるという印象を受けました。新派への男優の入団は「昭和48(1973)年の菅原謙次以来」ということですから、来年は新派にとって本当に明るく、希望に満ちた年になることと思います。

    舟木さんが、二十代の頃の明治座公演においても、劇団をあげて舟木さんをバックアップされたのが新派の方々であり、初代八重子さんはじめ幹部俳優の方や、新派の戯曲を書かれた川口松太郎氏などからも入団打診が何度もあったということですし、舟木さんとはとてもかかわりが深い劇団なのですね。そして、私の好きな明治、大正の空気が感じられる、今では貴重なお芝居の世界ですから、新派がこれからも末永く、多くの人に支持されていくためにも、このニュースは、本当に嬉しく受けとめました。


    ~歌舞伎美人webサイトより~

    月乃助が劇団新派入団、喜多村緑郎襲名へ
     月乃助が来年1月三越劇場「初春新派公演」で劇団新派に入団、3月、6月の公演出演ののち、9月の新橋演舞場、大阪松竹座「新派特別公演」において、市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露が行われることが決まりました。
    新派の大名跡を襲名
     昭和63(1988)年4月に初舞台を踏んで以来、猿翁一門として歌舞伎の立役で活躍してきた月乃助は、平成23(2011)年1月三越劇場『日本橋』の葛木晋三で初めて新派に出演しました。その演出が文学座の戌井市郎氏で、新派の名優、喜多村緑郎の孫にあたります。襲名について月乃助は、「たいへん光栄に思っております。同時に身震いするほど、身の引き締まる思いです」と緊張の様子をうかがわせ、名跡の大きさを「初めて背中に大きいものを背負った」と表現しました。
     また、新派の大きな名跡の襲名を誇らしく思うとコメントを発表した猿翁からは、「私のもとで修業を重ねた経験を活かし、大名跡にふさわしい花のある役者になってほしい」とはなむけの言葉も贈られました。

    月乃助が劇団新派入団、喜多村緑郎襲名へ新派の舞台にかける思い
     部屋子となった頃から(平成6年3月)、師である猿翁には「新派に合っている」と言われていたという月乃助は、実際に新派の舞台に立って「この演劇が大好き」だと思い、『婦系図(おんなけいず)』の早瀬主税を演じて(平成25年10月三越劇場)、「ここに骨をうずめたい」と思うに至ったと語りました。
     戌井氏から『日本橋』の演出を受けた折に、「いろんなことをやってほしい。特に『歌行燈』をやってほしい」と言われたとも明かしましたが、「今は、新派の先輩方が培っていらっしゃったものをなんとか盗み、教えを乞うて、集中して邁進する覚悟」と、謙虚に、そして貪欲に新たな地での精進を誓いました。

    大きな期待を受けての入団
     新派に男優が入団するのは昭和48(1973)年の菅原謙次以来、また、喜多村緑郎の名跡復活は55年ぶりとあって、会見に同席した水谷八重子、波乃久里子も「こんなにうれしいことはない」と、手放しの歓迎ぶり。水谷は、「喜多村先生はリアルに基づいた芝居をする、新派の教科書のような人でした。その喜多村先生をもう一度いただき、新派一丸となって一人でも多くの方に、あそこには明治の日本がある、楽しい芝居があると思っていただける劇団に」とこれからへの思いを語りました。
     波乃も、「初共演の『日本橋』で、これほど新派に合う人はいないと、千穐楽の日に入団をお願いしていました。敵役でもなんでもできる人です。新派の大きな財産をもらったと思っています」と話し、教え子を送り出した猿翁に感謝しました。
     南座9月の『あらしのよるに』以降は歌舞伎への出演は今のところありませんが、「歌舞伎から離れた、という感覚はありません」と、月乃助は歌舞伎の舞台に立つ可能性も否定しませんでした。「歌舞伎を旧派としての新派。そこを広くとらえてゆくゆくは、さまざまなチャレンジをしていきたい」と意気込んだ月乃助に、いっそう大きな期待が寄せられた会見となりました。                                                                                
                                                                                    2015年11月16日


    新派の名作「鶴八鶴次郎」

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    天気予報だと、今日は午後から強い雨というので、午前中に散歩に出かけました。歩いているうちに小雨が降ってきました。雨に濡れた、緑の葉とピンクの秋バラをカシャ!

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    さて、本題に…
    わが家は新聞をとっていないので、時々まとめて新聞を読みに図書館に行っています。昨日、閲覧棚の週刊文春をパラパラとめくっていたら、舟木さんの記事が掲載されていました。最新号は貸し出ししていないので、ざっと読み流すのみでしたが、webサイトにアップされてないかと、今朝、念のためネットで検索してみたら、ありましたよ~ッ  以下、サイトから転載させていただきました。


    週刊文春web  クローズアップ 掲載記事  (全文と写真)

    痛快な芝居と青春の名曲で年の暮れを華やかに彩る


        
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    ふなきかずお/1944年愛知県生まれ。63年「高校3年生」でデビューし、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。NHK大河ドラマ「毛利元就」など俳優としても活躍。「シアターコンサート2015 ヒットパレード/―演歌の旅人―船村徹の世界」(CD 3240円、DVD 5400円 各税込)が11/18発売。


    「出演者の平均年齢がいくつになるかな。高齢化社会の星のような舞台です(笑)」
     70歳の今も年間約100ステージをこなすさすがの美声でユーモアをまじえて語るのは、12月に新橋演舞場での特別公演を控えた舟木一夫さん。芝居とコンサートの2部構成で、第1部は新派の大女優・2代目水谷八重子さんを迎えて『―巷談・勝小吉― 気ままにてござ候』を上演する。
    「僕がまだデビューしたての頃、六本木のアマンドの前にかっこいい外車が停まってるなぁと見ていたら、ナイスバディのお姐さんが現われて颯爽と乗り込んだ。それが水谷さん。あれから50年を経て初めて舞台をご一緒できることになりました」
     舟木さん演じる勝小吉は、勝海舟の父で、ドラマ「父子鷹」などで知られる。が、本作では既存のイメージを離れ、よく呑みよく遊ぶ底抜けに気風のいい男として描かれる。
    「定番の役柄ほど、切り口を変えると新味が出るものなんです。史料に残る小吉という人物がとにかく魅力的なので、自然と、面白くて笑える芝居になりました。役者も個性派揃いですし、大暴れして、師走の年忘れらしい華やぎのある舞台にしたいですね」
     そして第2部では新曲から往年の名曲まで堪能できるコンサート。ステージ上で歌う舟木さんに、花束やプレゼントを手渡せるというファンとの距離の近さでも有名だ。

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    ©松竹株式会社


    「僕にとってみれば、ごく普通のこと。何しろ『高校3年生』の頃なんて、歌っている最中も舞台にテープが200本くらい投げ込まれるんですから。しまいには歌っているのかテープを避けているのか分からない(笑)。でもそれで平気なんです。長年やってきて、緞帳が上がる瞬間にはピッと集中するのが習い性になっているんですね。流行歌っていうのは変に身構えて歌ったり、かしこまって聴いていただくようなものじゃないと思うんですよ」
     舟木さんは、自身が歌う曲のジャンルを指して常に“流行歌”という言葉を使う。
    「人の情や暮らしに根差した音楽が“流行歌”だと思います。そして、それぞれの世代ごとにリアルタイムで共有した流行歌があるもの。たとえば今の若者に『シェーン』や『太陽がいっぱい』を見せても、僕らの若い頃と同じ感慨は得られないものでしょう。僕の歌は、やはり時代を共にした同世代にこそ最も届くのではないかと思うんです」
     アイドル時代から追いかけてきた女性ファンのみならず、客席には青春を懐かしむ男性の姿も多い。
    「40代半ば辺りから、自分が青春を共にした世代を意識するようになりました。一緒に歩いてきた仲間のための流行歌を歌える今が、本当に幸せだと感じますね」
    新橋演舞場「舟木一夫特別公演」
    12月1日~23日 TEL 0570-000-489/03-6745-0888(チケットホン松竹)
    http://www.shochiku.co.jp/play/enbujyo/schedule/2015/12/post_218.php
    文「週刊文春」編集部


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    本日届いた「シアターコンサート 2015 演歌の旅人ー船村徹の世界」DVD

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    今夜は、ひとりで、じっくりホームコンサートを楽しむ…という方がいっぱいでしょうね


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    オリコン デイリー DVD音楽ランキング  2015年11月17日付
    http://www.oricon.co.jp/rank/dm/d/2015-11-17/

    「シアターコンサート2015 ヒットパレード/~演歌の旅人~船村徹の世界」DVD 

    2015年9月8日 /東京・新橋演舞場

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    今月も、「愛唱会」に参加させていただきました。夕方の4時半からスタートなので、今回は、桑名を3時少し前のJR関西線に乗り、二つ目の弥冨駅で名鉄尾西線に乗り換え、津島経由で萩原着が4時少し前。

    名鉄電車のガラス窓越しに撮ったので反射してますが、一宮市に入る手前の尾西線・森上駅(稲沢市)あたりは日本一の銀杏生産地だそうでイチョウの木がいっぱいです。

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    萩原駅前の案内看板

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    ♪駅の正面右折して♪…ぶらぶらと写真を撮りながら、串作公民館に向かいました。あとで気づいたら、しばらくカメラの設定が「壁紙モード」という小さい画面になったまま撮影したようで、最初の2、3枚がちっちゃな画像になってます

    右端のベージュの建物が舟木さんの生家跡地に立っているアパート、その奥が、まだ残っている隣の長屋の建物の二階裏。舟木さんの生家も裏はこんなカンジだったように思います。

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    郷土資料館へ渡る踏切を背にして撮影。左端が生家跡のアパートのフェンス。奥が萩原商店街へのアーチ。


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    郷土資料館

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    踏切と電車

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    踏切の脇に立っている祠。何度も通っているのに今回初めて気づいたというボンヤリの私

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    踏切を背にして串作公民館に向かって進んでいくと…

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    なにやら、ゆずっぽい大きな実が目につきました

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    子どもの頭ほどもある大きな実。「獅子(しし)ゆず」と呼ばれるカンキツ類で、別名「おにゆず」とも呼ばれているそうです。以前、末娘がいただいたものを、持ってきてくれたことがありますが、思いがけず発見しました。「ゆず」という呼び名ですが、ブンタン種なんだそうです。香りもゆずのような、メリハリのきいた感じはなかった記憶があります。

    交差点の陸橋の下の舟木さんの看板を見て左折

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    串作公民館に到着

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    11月21日の歌集

    旅愁~ふけゆく秋の夜 旅の空の
    紅葉(もみじ)~秋の夕日に照る山紅葉
    どんぐりころころ~どんぐりころころ どんぶりこ

    毎回参加されている若いお母さんと一緒に、来ている小学校低学年のお嬢ちゃんが、天使のような歌声で唄ってくれて、心洗われるようでした。子どもの歌声って、ホントに何ものにも代えがたい清らかさですね。

    小ぎつね~小ぎつね コンコン 山の中 山の中
    まっかな秋~真っ赤だな 真っ赤だな つたの葉っぱが 真っ赤だな
    お月さんとぼうや~ついたちお月さん ぞうさんのおめめ

    里の秋  作詩:斎藤信夫 作曲:海沼実  (kazuyanさんの動画です)
    https://youtu.be/mKe3JUjXSUQ
    (1968年 アルバム ひとりぼっち第2集「舟木一夫 想い出の歌」収録)




    いつもハーモニカで、素晴らしい音色を聴かせてくださる男性が、合唱にコラボしてくださいました。
    郷愁を誘う、ハーモニカに、こころがほっこりして、参加者の皆さんもとってもいい笑顔になりました。

    夢の小人さん~白い服着て 白い靴はいて 
    およげ!たいやきくん~毎日毎日 僕らは鉄板の
    黒ネコのタンゴ~ララララララ ララ 君はかわいい 僕の黒ネコ

    リンゴ村から  作詩:矢野亮 作曲:林伊佐緒
    https://youtu.be/OklkbAQj_TQ (三橋美智也さん歌唱)



    おぼえて居るかい 故郷の村をイメージ 15
    便りも途絶えて 幾年過ぎた
    都へ積出す 真赤なリンゴ
    見る度辛いよ 俺らのナ俺らの胸が

    おぼえて居るかい 別れたあの夜
    泣き泣き走った 小雨のホーム
    上りの夜汽車の にじんだ汽笛
    切なく揺するよ 俺らのナ俺らの胸を

    おぼえて居るかい 子供の頃に
    二人で遊んだ あの山小川
    昔とちっとも 変わっちゃいない
    帰っておくれよ 俺らのナ俺らの胸に



    津軽のふるさと 作詩・作曲:米山正夫
    https://youtu.be/gWC5VRPXoPc (美空ひばりさん歌唱)



    イメージ 16りんごのふるさとは 北国のはて
    うらうらと山肌に いだかれて夢を見た
    あのころの 思い出 ああ 今いずこに
    りんごのふるさとは 北国のはて

    りんごのふるさとは 雪国のはて
    晴れた日は 船が行く日本海
    海の色は青く ああ 夢は遠く
    りんごのふるさとは 雪国のはて

    ああ 津軽の海よ山よ
    いつの日も 懐かし津軽のふるさと



    学園広場  舟木さんが登場する萩原中学校ほか、萩原町周辺の映像(カラオケver.)
    https://youtu.be/7Giod10PtJw



    イメージ 17学園広場  作詩:関沢新一  作曲:遠藤実

    空にむかって あげた手に
    若さがいっぱい とんでいた
    学園広場で 肩くみあって
    友と うたった 若い歌

    涙ながした 友もある
    愉快にさわいだ 時もある
    学園広場に 咲いてる花の
    ひとつ ひとつが 想い出さ

    ぼくが卒業してからも
    忘れはしないよ いつまでも
    学園広場は 青春広場
    夢と希望が ある広場



    下町の太陽~下町の空に かがやく太陽は

    以下は、時間切れになってしまったので次回に歌います

    翼をください~今、私の願いごとが かなうならば

    花咲く乙女たち   作詩:西條八十 作曲:遠藤実


    12月は、クリスマス会もかねて、ちょっと拡大バージョンだそうです。参加希望の方、大歓迎!

    12月19日(土)午後3時30分~5時30分

    萩原町 串作公民館

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    10月30日、31日に鳥取県智頭町、大山へ「絶唱」の面影を追って舟旅を楽しみましたが、その1、その2で、その時の模様の画像をアップした後、ずいぶん時間が経ってしまいました。二日目の10月31日の大山への旅を「その3」として、撮影してきた写真でご紹介します。


    舟木さんを探すさんぽ径~「絶唱」ゆかりの地へ秋の舟旅 その1

    舟木さんを探すさんぽ径~「絶唱」ゆかりの地へ秋の舟旅 その2

    10月31日(土)は、快晴で、麓から見上げる大山も、大山の山麓に広がる枡水高原から天空リフトに乗って、リフトの終点の「恋人の聖地」というスポットから見下ろす日本海沿岸のパノラマビューも素晴らしくクリアで、絶好の日和でした。

    リフト乗り場の手前のソフトクリーム店のお兄さんによれば、「紅葉は、今日が見頃、来週になると雪が降るかもしれません、そうなるとリフトも運転中止になるので、今日は大正解!」とのことでしたが…

    とってもフレンドリーなお兄さんでした。記念撮影にも、にこやかに応じていただいたのでカシャ!

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    地元のニュースによると「記録的な初冠雪遅れ!」ということで、今日、23日現在でも、まだ初冠雪のたよりは、聞かれないようですね。(以下は、ネットニュースより転載)

    雪が「来ん来ん」 大山、初冠雪大幅遅れ

     国立公園・大山(標高1729メートル)の初冠雪が、今年は大幅に遅れている。平年は11月1日だが気温の高い日が続き、山頂が白くなる気配はない。過去50年で最も遅かった1990年の11月21日を更新する見通しとなっている。
    紅葉とのコントラストが楽しめた昨年の初冠雪=2014年11月3日、大山町大山
     初冠雪は「観測所から目視で積雪を観測した日」で、2007年まで気象庁米子測候所(米子市)が発表していた。同測候所の無人化に伴い、08年からは大山町大山支所(同町末長)から職員が目視で確認した日を町が発表している。昨年は11月3日だった。
     鳥取地方気象台によると、同町塩津で17日、最高気温22・1度(平年15・6度)、最低気温15・0度(同7・9度)となるなど、11月は平年より高い気温で推移している。中国地方が冷え込むのは25日ごろからと予想している。
     大山のスキー場「だいせんホワイトリゾート」(大山町大山)の尾関雅大さん(41)は「例年だとゲレンデに雪が積もることもある。やきもきしながらオープンの準備をしている」と初雪を待ちわびている。

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    10月30日に宿泊した、あわくら荘(智頭町の南)をあとに大山へ向かいました

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    大山の遠景

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    徐々に近づいてくる大山、車から降りて撮影

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    大山の麓の天空リフト乗り場から撮影

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    今回の舟旅の一番のお目当てスポット、大江賢次原作「絶唱」の碑
    (駐車場をはさんだ道路沿いのわかりやすい場所にあります)

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    枡水高原、天空リフト乗り場

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    薄紫の可憐な野花がたくさん咲いていました

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    そばにあった案内板でこの花を見つけました「マツムシソウ」ですね 

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    ヤギも、大自然の中で気持ちよさそう…

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    リフト乗り場のすぐ脇にある大山からの水を汲める風情ある設え

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    いよいよ天空リフトに乗って「恋人の聖地」へ… 

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    天空リフトの終点には「恋人の聖地」モニュメント。背景に広がる日本海沿岸の街なみ

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    枡水伝説:枡水の語源は真清水…等々の解説板

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    以下は、リフト終点の展望台からの眺望です

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    日本海の見える町 作詩:麻生香太郎 作曲:中島薫 (1980年5月「さんざしの花」カップリング)



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    画面左側が中海。松江の宍道湖も少し見えました

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    下りの天空リフトから

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    無事に下界に降り立ちました

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    下山して見上げる大山 

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    帰り道、枡水高原側とは、反対側から見る大山の表情

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    大山の周りをぐるっと回って…徐々に遠ざかっていく大山 

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    秋も深まった季節に、舟友さんたちとご一緒できた文学作品「絶唱」が生まれ、のちに、映画「絶唱」のイメージの舞台となった智頭町など、山陰への旅は、最高の「舟旅」の想い出になりました。お世話になった舟友さんたちへ、心からの感謝です。

    最後は、舟友のkazuyanさんが、数々の見事なショットを素敵なセンスで舟木さんの歌声をBGMにして動画化してくださった作品で〆とさせていただきます。


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    大山碑桝水原絶唱の碑&奥大山の秋の旅紹介 Bgm♪舟木さん歌唱4曲
    https://youtu.be/Y2SyFBTK6d8



    絶唱 1977年歌唱ver.




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    オリコン デイリー DVD音楽ランキング  5位

    「シアターコンサート2015 ヒットパレード/~演歌の旅人~船村徹の世界」DVD 

    2015年9月8日 /東京・新橋演舞場

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    オリコン デイリー DVD音楽ランキング  2015年11月22日付


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    12月新橋演舞場 「気ままにてござ候」 出演される若手俳優の方々のブログ紹介

    おふたりとも、昨年9月の「八百万石に挑む男」にも出演されていた俳優さんです

    11月12日の顔寄せの日記です↓ これからも注目したいですね





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    11月16日から11月22日までの週間ランキング 10位

    シアターコンサート2015 ヒットパレード/~演歌の旅人~船村徹の世界
    オリコンランキング 音楽DVD 週間ランキング(11月16日~11月22日)


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    先日、ご紹介した「気ままにてござ候」に出演なさっている若手俳優さんのブログに、お稽古の模様がちょっとアップされています。再度、ご紹介します。おふたりとも「八百万石に挑む男」に続いて、二度目のご出演です。

    先ずは、11月19日付の私の拙ブログ~11月12日「顔寄せ」についてのおふたりの日記
    http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/70838560.html

    こちらはおふたりの近々の日記です

    ひろきのお話聞いてくださいっ♪  (野本大樹さんのブログ)
    http://ameblo.jp/hiroki-nomoto/

    YUSUKE NISHIDA OFFICIAL BLOG(西田裕輔さんのブログ)
    http://ameblo.jp/nishidayusuke/day-20151124.html

    こちらは勝海舟家紋「丸に剣花菱」
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    「気ままにてござ候」のお芝居が開幕する初日の12月1日まであと数日となりました。舟木さんが演じられる勝小吉の自伝「夢酔独言」の中から、抜粋して、ちょっとずつご紹介させていただきます。もちろん、齋藤雅文氏の脚本はオリジナル性に富んだものとなることでしょうが、勝小吉という人物の「肉声」とも言える自伝からその人となりが浮かび上がってくるのをお楽しみ下さいね。

    読んでおきたい日本の名作 勝小吉「夢酔独言」(教育出版)より

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    その1  「夢酔独言」最後の締めくくりの文章を転載させていただきます

    生涯の回顧・反省

    そのほかにもいろいろさまざまのことがあったが、久しくなるから思い出されぬ。
    おれは一生のうちに無法の馬鹿なことをして年月を送ったけれども、いまだ天道の罪もあたらぬと見えて、何事なく四十二年をこうしているが、身内にきず壱ツも受けたことがない。
    そのほかの者はあるいはぶちころされまたは行くえがしらず、いろいろの身になった者が数しれぬが、おれは幸運だと見えて、わがままのしたいほうだいして、小高の者はおれのように金を遣った者ものもなし。いつもりきんで配下を多くつかった。衣類はたいがいの人のきぬ唐物そのほかのけっこうの物をきて、甘いものは食い次第にして、一生女郎は好きに買って、十分のことをしてきたが、このごろになって、ようよう人間らしくなって、昔のことをおもうと身の毛が立つようだ。

    悔悟・教訓

    男たるものは決しておれが真似をばしないがいい。孫やひこができたらば、よくよくこの書物を見せて、身のいましめにするがいい。今は書くにも気がはずかしい。
    これというも無学にして、手跡もようよう二十余になって手前の少用ができるようになって、いい友達もなく、悪友ばかりと交わったゆえ、よいことは少しも気がつかぬから、このようの法外のことを、えい勇ごうけつ(英雄豪傑)と思ったゆえ、みな心得違いして、親類・父母・妻子までいくらのくろう掛けたかしれぬ。
    肝心の旦那へは不忠至極をして、頭、取扱へも不断に敵対して、とうとう今のごとくの身の上になった。
    幸いに息子がよくって孝道してくれ、また娘がよくつかえて女房がおれにそむかないゆえに、まんぞくで、この年まで無難に過ぎたのだ。
    四十二になってはじめて人倫の道かつは君父へつかえること、諸親へむつみまたは妻子下人の仁愛の道を少ししったら、これまでの所行がおそろしくなった。
    よくよく読んであじおうべし。子々孫々まであなかしこ。

    時ニ天保十四年寅年初冬 鶯谷ニオイテ書ス    夢酔道人


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    勝小吉自伝「夢酔独言」より その2

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    読んでおきたい日本の名作 勝小吉「夢酔独言」(教育出版)より

    「遠州森町の逗留」の終盤部分含めて「二十一歳から二十四歳まで(檻の中)」の項

    度々家出を繰り返し、ホームレスのような生活をしていた小吉、二十一歳の時に家出をした時には甥に連れ戻され、二十四歳まで座敷牢に閉じ込められたといいます。その頃の事が書かれた文章

    ~遠州森町の逗留 最後の部分

    よく日、兄が呼びによこしたからいったら、いろいろ馳走をした。夕方、親父が隠居宅から呼びにきたからいったら、親父がいうには、「おのしはたびたび不埒があるからまず当分は逼塞して、始終の身の思案をしろ。しょせんすぐには了簡はつくものではないから、一両年考えてみて、身のおさまりをするがいい。兎角、仁(ひと)は学問がなくてはならぬから、よく本でも見るがいい」というからうちへ帰ったら、座敷へ三畳のおりをこしらえておいて、おれをぶちこんだ。


    ~二十一歳から二十四歳まで(檻の中)~

    それからいろいろ工夫をして一月もたたぬうちおりの柱を二本ぬけるようにしておいたが、よくよく考えたところが、みんなおれがわりいから起きたことだ、と気がついたから、おりの中で手習いを始めた。
    それからいろいろ軍書の本も毎日見た。友だちが尋ねてくるから、おりのそばへ呼んで、世間のことを聞いてたのしんでいたが、二十一の秋から二十四の冬まで、おりの中へはいっていたが、くるしかった。
    そのうち、親父よりたびたび書き取りにしていけんをいってくれた。その時、「いん居をして、息子が三ツになるから、家督をやりたい」といったら「それは、悪い了簡だ。これまで種々のふらちがあったから、一度は御奉公でもして、世間の人口をもふさぎ、養家へも孝養をもして、そのうえにてすきにしろ」と親父がいってよこしたから「もっとものことだ」とはじめて気がついたゆえ、出勤がしたいと兄へいったら、「手前が手段で、勤め道具・衣服もできるなら、勝手にしろ。おれはいかいこと手前にはいり上げたゆえ今度はかまわぬ」といったゆえ、その時はおれが頬の下にはれ物がしていて寝ていたが、「少しも苦労をかけまい」という書き付けを出して、おりを出て、よく日、拝領屋敷へいって、家主へ談じて、金子弐拾両かり出して、いろいろ入用のものをのこらずこしらえて、十日目に出勤した。

    *ちなみに勝海舟(麟太郎)は、小吉が座敷牢に閉じ込められていた22歳の時に誕生しています。

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    祥伝社文庫「どうせおいらは座敷牢~喧嘩旗本・勝小吉事件帖」(風野真知雄著)


    ~麟太郎犬にかまれる~

    岡野へ引っ越してからだんだん脚気もよくなってきてから、二月めにか、息子が九ツの年、御殿から下がったが、本のけいこに三ツ目向こうの多羅尾七郎三郎が用人のところへやったが、ある日けいこにゆく道にて、病犬に出合ってきん玉をくわれた。
    その時は、花町の仕事師八五郎という者がうちへ上げて、いろいろ世話をしてくれた。おれはうちに寝ていたが、知らしてきたから、飛んで八五郎がところへいった。
    息子は蒲団を積んでそれに寄りかかっていたから、前をまくって見たら玉が下りていたゆえ、幸い外科の成田というがきているから「命は助かるか」と尋ねたら、むつかしくいうから、まず息子をひどくしかってやったら、それで気がしっかりとした容子ゆえに、かごでうちへ連れてきて、篠田という外科を地主が呼んで頼んだから、きず口を縫ったが、医者が振るえているから、おれが刀を抜いて、枕元へ立て置いて、りきんだから、息子が少しも泣かなかったゆえ、ようよう縫ってしまったから、容子をきいたら「命は今晩にも受け合いはできぬ」といったから、うちの中のやつは泣いてばかりいるゆえ、思うさま小言をいって、たたきちらして、その晩から水をあびて、金比羅へ毎晩はだか参りをして、祈った。
    始終おれがだいて寝て、ほかの者には手を付けさせぬ。毎日毎日、あばれちらしたらば、近所の者が「今度岡野様へ来た剣術遣いは、子を犬に喰われて、気が違った」といいおったくらいだが、とうとうきずも直り、七十日目めに床をはなれた。それから今になんともないから、病人はかんびょうがかんじんだよ。

    *ちなみに、この時のトラウマで、出世して有名になっても、海舟は、暗闇を歩く時は「刺客より犬のほうが怖い」と言って犬に警戒していた…とのこと。

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    イラストは、今日は何の日?徒然日記 より


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    「70歳の舟木一夫、奔放な勝小吉に」
    http://www.sankei.com/entertainments/news/151128/ent1511280013-n1.html

    ~文、写真とも、産経ニュースwebサイトより転載させていただきました~

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    「ヤクザも真っ青になるような、史上まれに見るキャラクターを借り、暴れる芝居をやりたい」
     永遠の青春スター、舟木一夫(70)が今年も12月1日から、新橋演舞場(東京都中央区)で座長公演を行う。通算15回目の今回、第1部の芝居では、新作「気ままにてござ候」(斎藤雅文作、金子良次演出)で、幕末から明治にかけて活躍した勝海舟の型破りな父親、勝小吉を演じる。
     小吉は江戸有数の剣士ながら素行が悪く、座敷牢にまで入れられた人物。そんな生涯は自伝『夢酔独言(むすいどくげん)』に詳しくつづられ、過去にも時代劇や歌舞伎「天保遊侠録」などの題材になってきた。今作も小吉の無頼ぶりが軸となるが、舟木は「屈託のない人物。ただ、コメディーではないので、侍という底を大事に、時代劇としてお見せするところはお見せしたい」と話す。初共演となる劇団新派の水谷八重子(76)が婿入り先の勝家の祖母を演じる。
     第2部のコンサートは、大ヒット曲「高校三年生」のほか、新曲も交え、昼の部と夜の部で構成を変え、16曲ずつ歌う予定。生来、喉が強く、53年にわたる芸能歴で声が出なくなったのは、わずか1日半だけだ。
     「実年齢では限度を超えた舞台ですが、芝居で喉が充血するので、むしろ(コンサートは)楽に歌えます。演舞場という空間が大好きで、ここまで続けられたと思います」
     23日まで。チケットホン松竹(電)0570・000・489。(飯塚友子)


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    オマケ情報です

    月刊「ゆうゆう」2016年1月号(主婦の友社)に舟木さんの取材記事が掲載されています
     
     
    ~amazon サイトより~

    ゆうゆう 2016年 01 月号 [雑誌]   – 2015/12/1  720円(送料無料)   
    50才からの人生を輝いて生きたい!すべての女性のための読み物たっぷりマガジン。

                                                             表紙: 紺野美沙子さん

    イメージ 4内容紹介           

    特集 脳が活性化、生きがいも生まれる

    始める勇気が人生を豊かに変える
    内館牧子さん 吉川美代子さん 舟木一夫さん

    病気にならない、寄せ付けない
    「食」の力
    檀ふみさん 鈴木登紀子さん 小川聖子さん 池谷敏郎さん

    チークが決め手。また会いたい ! と思わせる
    幸せ顔メイク

    2016年こそ、お金の不安をなくしたい !
    貯める力を鍛える 2016
    荻原博子さん 深田晶恵さん

    2016年の運を開く !
    ゲッターズ飯田の招福&開運術





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    新橋演舞場の12月公演が、毎日新聞webサイトにも紹介されていましたのでご紹介します。

    舟木一夫:新作公演、海舟の父「勝小吉」演じる 新橋演舞場で来月
    毎日新聞webサイトより (毎日新聞 2015年11月26日 東京夕刊記事)

    http://mainichi.jp/shimen/news/20151126dde012200012000c.html

    舟木一夫が12月1日から東京・新橋演舞場で催される「舟木一夫特別公演」で新作「気ままにてござ候−巷談(こうだん)・勝小吉−」(斎藤雅文作、金子良次演出)の小吉を演じる。
       
    小吉は後の勝海舟の父で御家人。小(しょう)禄(ろく)の勝家に養子入りしたものの、けんか好きで役職にもつけない。だが剣の達人で女性にはもてる。自由奔放に生きる小吉と勝家の祖母の環(水谷八重子)、観音の弥三郎(林与一)、易者の関川(曽我廼家文童)ら取り巻く人々との日々が描かれる。「小吉は竹を割ったような性格で明るくて屈託がない。斎藤さんの脚本は中身がつまっています」
     
    2部は「シアターコンサート」。数々のヒット曲を歌う。12月12日は舟木の71歳の誕生日。当日と前日の夜の部では「スペシャルイベント」がある。12月23日まで。問い合わせは0570・000・489。【小玉祥子】


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    勝小吉自伝「夢酔独言」より その3

    読んでおきたい日本の名作 勝小吉「夢酔独言」(教育出版)より

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    ~したいことをして死ぬ覚悟

    この年夏、男谷から呼びによこしたから、妻へあとのこと、子供のことまでいいおいて、男谷へいったら、あによめ始めみんなが泣いているから、精一郎が部屋へいったら、それから姉がいうには「左衛門太郎殿。おまえはなぜそんなに心得ちがいばかりしなさる。お兄様がこのあいだから世間容子を残らず聞き合わせてごさったが、捨ておけぬとて心配して、今度庭へおりをこしらえておまえを入れるといいなさるから、いろいろみんなが留めたが少しも聞かずして、きのうできあがったからは、晩に呼びにやっておしこめると相談がきまったが、精一郎も留めたがなかなか聞き入れがないからわたしも困っている」といって、おれに「庭へ出てみろ」というから出てみたら、二重かこいにして厳重にこしらえたゆえ、姉にいうには「だんだん兄様がご親切はありがとうございますが、今度はとうしんでもおこしらいなさればいいに。なぜというには、私も今度はいるともはや出すと免しても出はしませぬ。
    その訳は、この節は、まず本所で男伊達のようになってきまして、世間も広く、私を知らぬ者は人が馬鹿にするようになりましたから、このごとくになるともはや世の中へは顔を出すことができませぬから、断食をして一日も早く死にます。かようだろうと思ったゆえに、妻へもあとのことをよくよくいいふくめてきました。思し召し次第になりましょう。精一郎さん、大小を渡します」といって渡したら、姉が「このうえは改心しろ」というから、おれが「このうえに改心はできませぬ。気が違いはせぬ」といったら、精一郎が「ごもっともだが、身の上を慎め」というから「慎みようもない。もはや親父が死んだから、頼みもないから、心願もはやくよりやめたゆえ、せめてしたいほどのことをして死のうとおもったゆえに、兄へ世話を掛けて気の毒だから今よりすぐにここにおりましょう」とていたが、精一郎がいうには「必ずおまえには食を断って死ぬだろうと私もおもったゆえ、種々親父が機嫌を見合せて留めたが聞き入れぬゆえ、こうなった」とて案じてくれるから「なんでも兄の心のやすまるが肝要だから、おりへはいるが、おれはよかろうとおもった。先だってから友達がうすうす内通もしてくれたゆえ、はやくより覚悟をしていたから、いっこうに驚かぬ」といったら「なんにしろまず一度お宅へお帰りなされて、妻とも相談しろ」というから、「それには及ばず。先にいうとおり、何もうちのことは気に懸かることはない。息子が十六だからおれはいん居をして早く死んだがましだ。長いきをすると息子がこまるから。息子のことはなにぶん頼む」といったら、そのうちに姉が来て「ひとまずうちへ帰れ」というから、それからうちへもどったら、夜五ツ(八時)時分まで呼びにくるかとまっていたが、いっこう沙汰がないから、その晩は吉原へいって翌日帰った。
    それから「兄へただはすまぬから書き付けをだせ」というから、それもしなかった。姉がいろいろ心配をして所寺所山へ祈祷なぞ頼んだということを聞いたから、翌年春、姉へ挨拶安心のため、隠居したが、三十七の年だ。


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    勝小吉  享和2(1802)年~嘉永3(1850)年 (ウィキペディアより)

    江戸時代後期の旗本。左衛門太郎惟寅(これとら)と称し、幼名はもと亀松、勝家に養子に入ったのちは小吉。隠居後は夢酔(むすい)。酒はあまり好まず、博打もやらなかったという。その代わり吉原遊びをし、着道楽で、喧嘩を好んだ。腕っぷしも剣の腕も優れ、道場破りをして回り、不良旗本として恐れられた。長男は勝海舟。剣客・男谷信友は甥(兄の子・婿養子)。著書『夢酔独言』で自分の奔放な人生を語り、現在も読まれている。いくつかの小説のモデルにもなっている。

    旗本・男谷平蔵忠恕(越後国刈羽郡長島村字平沢出身の盲人・米山検校の子)の三男(庶子)として生まれる。文化5年(1808年)、旗本・勝甚三郎[1](41石)の養子となるが、喧嘩好きで学問を嫌い、たびたび問題を起こす。5歳の時に喧嘩をして、相手を石で殴り口を切った。その後父親に下駄で頭を殴られた。7歳の頃、2、30人を相手に1人で喧嘩したが敵わず、悔しいので切腹しようと思って脇差を抜いたが近くにいた米屋に止められた。柔道の仲間に帯で縛られて天井につるされた。悔しいので皆が物を食べようとするとき上から小便をばらまいた。

    文化12年(1815年)、江戸を出奔。上方を目指す。護摩の灰(旅人を騙して金品を奪う盗賊)に路銀と服を奪われ無一文になり、乞食をしながらとりあえず伊勢参りをする。旅の途中で病気になるが、乞食仲間や賭場の親分に助けられ、江戸へ帰る。
    文政2年(1819年)、所帯を持つ。しかし文政5年(1822年)5月、再び江戸を出奔。道中「水戸の家来だ」と身分を偽り宿屋や人足をだまして旅を続けた。遠州の知り合いの処にしばらく逗留していたが、江戸から甥が迎えに来て、懇願されて7月に江戸へ帰る。

    江戸へ帰ると父親に座敷牢に入れられ、そこで21歳から24歳まで過ごしたという。その間、長男の麟太郎(後の海舟)が生まれる。「隠居して3歳になる息子に家督を譲りたい」と願うが、父に「少しは働け」と言われ、就職活動をする。しかし、日頃の行いのせいか役を得る事はできなかった。その後は喧嘩と道場破りをしながら、刀剣の売買や町の顔役のような事をして過ごす。あるとき、あまりの不行跡ゆえに長兄の男谷彦四郎に檻へ押し込められそうになった。小吉も檻に入ったら食を断って死のうと思っていたが、兄嫁や甥の男谷信友が彦四郎を説得してくれて難を逃れた。

    天保9年(1838年)、37歳にして隠居。麟太郎へ家督を譲る。
    天保14年(1843年)、中風発作の後遺症もあったため鶯谷に庵を結び、以前より静かな生活となる。『平子龍先生遺事』と『夢酔独言』を書く。
    嘉永3年(1850年)、49歳で死去。



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