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舟木一夫さんをキイワードに無限大に広がるかも知れないブログです

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    5月も残りあとわずかとなりました。舟木さんファンにとっては新歌舞伎座公演も終わり、なにやら、気の抜けたようなサビシイ気持ちの今日この頃ではないでしょうか。

    さて、五月は、イメージとしては一年中で一番美しい季節…という感じがします。ちなみに、私の誕生日は2日前でした…とはいえ、残念なことに美しい季節に生まれたから必ずしも美しい…ってなワケではありませんけど(笑)

    去り逝く五月を謳ったとてもクラシックで美しい言葉がいっぱい詰まった詩をご紹介します。作者は、西條八十作詩「夕笛」のイメージのもととなった「ふるさとの」の三木露風。「夕笛」の原風景、世界観と通じる香りがしてくるようです。


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    三木露風   去りゆく五月の詩

    われは見る。
    廃園の奥、
    折ふしの音なき花の散りかひ。
    風のあゆみ、
    静かなる午後の光に、
    去りゆく優しき五月のうしろかげを。

    空の色やはらかに青みわたり
    夢深き樹には啼(な)く、空(むな)しき鳥。

    あゝいま、園のうち
    「追憶」(おもひで)は頭(こうべ)を垂れ、
    かくてまたひそやかに涙すれども
    かの「時」こそは
    哀しきにほひのあとを過ぎて
    甘きこころをゆすりゆすり
    はやもわが楽しき住家(すみか)の
    屋(をく)を出でゆく。

    去りてゆく五月。
    われは見る、汝〔いまし〕のうしろかげを。
    地を匍〔は〕へるちひさき虫のひかり。
    うち群〔む〕るゝ蜜蜂のものうき唄
    その光り、その唄の黄金色〔こがねいろ〕なし
    日に咽〔むせ〕び夢みるなか……
    あゝ、そが中に、去りゆく
    美しき五月よ。

    またもわが廃園の奥、
    苔(こけ)古(ふ)れる池水(いけみず)の上、
    その上に散り落つる鬱紺(うこん)の花、
    わびしげに鬱紺の花、沈黙の層をつくり
    日にうかびたゞよふほとり――

    色青くきらめける蜻蛉(せいれい)ひとつ、
    その瞳、ひたとたゞひたと瞻視(みつ)む。

    ああ去りゆく五月よ、
    われは見る汝のうしろかげを。

    今ははや色青き蜻蛉の瞳。
    鬱紺の花。
    「時」はゆく、真昼の水辺(すゐへん)よりして――

    ~日本詩人全集「三木露風」より~ 


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    資料は、舟木さんのデビューの翌年発行「女学生の友」1964年10月号より

    表紙は、「花咲く乙女たち」(1965年1月公開)で共演した西尾美枝子さん。

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    電子計算機が占った青春スターの人気と将来
    *写真右下をクリックして拡大していただくと読めます。

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    一昨日の桑名の九華公園・菖蒲園の様子。まだまだ咲き初めです。


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    アツモリソウ

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    大河ドラマ「源義経」(みなもとのよしつね)
    1966年1月2日から同年12月25日にかけてNHKで放送された四作目の大河ドラマ。

    「一ノ谷」の最期の場面は、リアルタイムで観ていたのですが、調べてみたら5月29日放映だったそうです。今から51年前、私は中学二年生。放映日は中間テストが終わった頃かな?手元にあるコロシート「敦盛哀歌・舟木一夫時代歌謡特集」によると、「一ノ谷」のロケ地は大洗(茨城県)の浜辺だったそうです。

    コロシート「敦盛哀歌・舟木一夫時代歌謡特集」

    写真の記事(文面)は拡大ボタンをクリックして読んでくださいね。

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    ~Twitterより~ 
    ところで、66年の大河「源義経」の総集編を観ているのだが、
    平敦盛役の台詞回しが良く、見目も麗しく誰かと思ったら、舟木一夫だった。


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    義経役の尾上菊之助(現菊五郎)さんとのツーショット(大洗にて)

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    1966年「美しい十代」1月号より

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    1966年「明星」2月号での尾上菊之助さんとの対談記事です。
    「源義経」への舟木さんの最初の登場は3月だったみたいですね。

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    敦盛哀歌




    敦盛哀歌  作詩:村上元三  作曲:古賀政男    
    (1966年5月発売)   

    須磨の浜辺に 波白くイメージ 18
    よせて返らぬ 十六の
    花のいのちは 匂えども
    俤あわれ 公達は
    無官の大夫 敦盛ぞ あゝ敦盛ぞ

    一の谷吹く 風さむく
    吹けば悲しき 横笛の
    月の調べは 流れても
    名こそ残れる 公達は
    無官の大夫 敦盛ぞ あゝ敦盛ぞ
     

    ひよどり越えに 雲荒れて
    弓鳴り渡る 戦いの
    雲の流れは 消えたれど
    まゆずみ薫る 公達は
    無官の大夫 敦盛ぞ あゝ敦盛ぞ






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    水無月、六月になりました。舟木さんのデビュー月ですね。
    1963年6月5日「高校三年生」発売

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    舟木さんとあじさい その1

    あじさいは君の面影

    「友情/舟木一夫の新しい名刺」収録

    あじさいは君の面かげ  作詩:三浦康照  作曲:甲斐靖文

    小雨にけむる 想い出の路
    イメージ 5ひとつの傘に 肩よせて
    君と歩いた 恋の日よ
    おぼえているかい
    あじさいの花が
    雨にぬれて 咲いていたね

    たそがれ色が ふたりを包む
    すべてを俺に ささげると
    君のひとみが うるんでた
    忘れはしないよ 
    あじさいの花の
    甘いかおり 胸にしみる

    並木の路に さみしく消える
    別れの朝の 君の影
    俺は心で 泣いていた
    おもいで呼ぶよに
    あじさいの花が
    風に吹かれ 散ってゆくよ


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    舟木さんとあじさい その2

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    そして僕は・・・・・・・・雨。

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    わが家の裏庭のミニトマトの花と小さな青い実

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    5月20日「お出迎え」の模様  

    5月の名残…舟木さんの「お出迎え」ショット
    kazuyanさん撮影。いつもとちょっと違う舟木さんの目線に注目!

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    ポケットに手を入れたまま「お出迎え」のファンのいる方向に歩いてくる舟木さん。
    きっとキャーッ!…っていう声があがったでしょうね(笑)
    何が起きたんでしょうね?

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    ポケットから出てきたのは…アメ玉!

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    目的を果たして…ニンマリの横顔(笑)

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    奥の方で見ていた、村木弾さん、マネージャーさんたちも笑顔です。

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    またまた、私の大好きな舟木さんの背中…kazuyanさん、いつもありがとうございま~す!

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    この日、kazuyanさんは義理のお兄様と同伴なさったとのこと。
    お義兄様は舟木さん初体験でとっても感激されたそうです。

    もっとたくさんの舟木さんはこちらで…
    https://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/14830938.html?vitality



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    kazuyanさんが撮影された新歌舞伎座・前楽5月21日の舟木さんです。

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    もっとたくさんの舟木さんは、こちらで

    5月21日「お出迎え」の模様 
    https://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/14835443.html?vitality






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    一宮の舟友さんからちょうだいしました。
    ふるさとのファンの皆さまの舟木さんへの熱い想いとエール、素晴らしいですね。
    ご遠方からの方は8月29日開催の一宮市民会館でのコンサートと併せて是非どうぞ!

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    下半期スケジュールの追加


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    10月16日(月)  島根県民会館  14時/18時

    10月18日(水)  上野学園ホール(広島県)  14時/18時

    10月20日(金)  松山市民会館(愛媛県)  14時/18時

    10月24日(火)  大阪フェスティバルホール  14時/18時


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    11月3日(金・祝)  風アダルトに  東京メルパルクホール  14時/17時半



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    こちらにも追記しています

    随時更新します/2017 55周年記念 下半期のスケジュール 
    https://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/71808667.html







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    舟木さんと私たちファンの出逢いを結んでくれたデビュー曲に愛を込めて

    「高校三年生」から55年
    今なお、進化し、輝き続ける舟木さんの益々のご健勝、ご活躍を
    これからも、心から願い、ささやかなエールを送ります

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    高校三年生

    水色のひと


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    上記写真と詩は、デビュー5周年記念写真集 (近代映画社刊)掲載

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    kazuyanさん撮影の新歌舞伎座5月公演千穐楽の「お出迎え」の模様
    ファンの皆さんの「お出迎え」に応えて舟木さんのスペシャルなサプライズ・サービスも…
    今回の公演中も舟木さんの表情を素晴らしいカメラワークでとらえてくださったkazuyanさんに
    心からの感謝です。本当にありがとうございました。


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    このあたりから、スペシャル大サービスのショットです。
    ガリガリ君の当たり棒を使ったマジックだそうなんです。

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    当たり棒を掲げて、「オシマイ」のポーズ…かと思いきや…

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    クルッと振り向いて…再び当たり棒を得意げに見せてくれたそうです。少年だね~ッ

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    ホントにこれで「オシマイ」…

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    もっとたくさんの舟木さんは、kazuyanさんのブログで
    https://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/14840180.html?vitality


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    アルバム「暦 十二ヶ月の愛の詩」 6月の詩 収録「楡(エルム)の雨」
    https://youtu.be/AtO9jnGgoDw


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    このところ爽やかな天候が続いていましたが、今日は、久しぶりのお湿り…
    九州地方では昨日「梅雨入り」のニュースもありました。全国的に一気に「梅雨」に入りそうですね。


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    新歌舞伎座公演の後、舟木さんは、しばらく、コンサート活動をお休み中
    ファンには、ちょっとサビシイ時期ですので、古い雑誌の記事などを掘り起こしてみますね。


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    舟木さんのデビューからまだ一年足らずの頃に発行された「女学生の友」(1964年5月号)掲載記事より

    表紙は、舟木さんの映画デビュー作「高校三年生」(大映)で共演した姿美千子さん

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    手記 「共演者 舟木 三田 クン に学んだ演技の秘密」  浜田光夫

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    安定感のあるその演技  舟木一夫

    思いおこせばこのあいだのことでした。舟木クンに誘われて大映撮影所近くのオコノミヤキ屋へ遊びに(ぼくたち、ダベるのもアソビのうちですから)いきました。
    舟木クン、白くてしなやかな指さきで、手品のようにエビ天を焼きながら、
    「ここいらへんに”台所”をつくろう。」
    と、ウドン粉を鉄板に四角に流すので、
    「フン、”かって”にしやがれ」
    とぼくが答えると、舟木クン、八重歯をキラリと輝かせて右のホッペで笑い、
    「じゃアネ、”川は流れる”といこう。」
    ぼくも負けるもんかとウドン粉をジュジュジュッと流し込んで、
    「”流れない川”ならウメチャエ!」
    とやりかえしました。
    ぼくたちバカみたいなダジャレのやりとりがメシより好きなので、オコノミヤキはダジャレのおつまみみたいなものでした。
    ふたりっきりになったときの舟木クンは、どこかの週刊誌が「舟木はツメタイ」なんて書いていたのと大違いで、じつに暖かい、思いやりにあふれた飾り気のない男です。
    たしかに、ちょっと見には、”ツメタイ”感じもあるでしょう。でもそれはぼくにいわせれば、かれの理知的な天分と孤独な生活感情がまざったようなもので、むしろ、たいせつなものではないかと考えます。
    この点、三田クンは対照的で、彼は年がら年中ニコニコして人を見ると「チワース!」とタノシサでハチきれてるみたい。
    つまりかんたんにいうと、舟木クンはいい意味のオトナで、三田クンはいい意味のコドモということになるのでしょうか。
    (そうするとオレはいったいどういうことになっちゃうんだろう?オトナにもコドモにもなれないヘンな先輩俳優なのかナ。)

    イメージ 6ところで”俳優舟木一夫”は、このあいだ、ぼくと共演した「仲間たち」で三本目です。三本目にしては、ぼくなんかよりずっと落ち着いていて、いつも自然に、自分の地でこなしている演技がイカス、また、彼の、歌できたえた低い安定感のある声は、”俳優舟木一夫”の大きな武器だと思う。この低い声が、彼の演技をカンロクのある、安定したものに感じさせるのだと思う。声だけ聞いていると、どうもボクのほうが舟木クンより年下に感じられちゃってヨワイんです。
    ここで、俳優舟木クンに苦言を一つ。
    それは、たいていの歌手が映画でおちいる欠点なのですが、テレビやステージで身についたポーズを、そのままスクリーンに出していることです。
    歌っている顔というのは、変化がありません。ですから、その顔を、そのままスクリーンに出しては表情が死んでしまうのです。”俳優舟木一夫”としては、よろしく百面相を研究すべしといったところ。しかし、えらそうなことを言うボクだって百面相どころか、その十分の一の十面相ぐらいで、フーフー言ってるんだから。

    舟木さんと浜田さんの、オコノミヤキ屋さんでの会話は、中学生くらいの男の子同士のカワイイお喋りっていう感じですね。舟木クン白くてしなやかな指さきで、手品のようにエビ天を焼きながら…」の件(くだり)、kazuyanさんが撮影されたナイスショット、新歌舞伎座千穐楽の「お出迎え」の時の、手品の優雅な指さばきとカブって、思わずニンマリしてしまいました。

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    *三田明さんについての部分「計算のない清純な演技」は、右下の拡大ボタンをクリックしてお読みくださいね。


    時代劇の舟木、現代劇の三田

    以上、ざっと舟木クンと三田クンの俳優的相違点を見くらべてみましたが、共通点となると、これは意外に多いのです。
    第一に、いつもフレッシュでいきいきしています。これは俳優の最高条件です。
    第二に、声がイインだな、いやんなっちゃうくらい。
    ふたりとも歌手だから、あたりまえだけど、ぼくなんかフレッシュ(?)なわりに声がガラガラしてので、ヤケちゃいます。
    第三に、ふたりともオシャレです。
    オシャレというものは、かくべつ俳優の必要条件とはいえないみたいだけど、キザったらしくて、いやらしいオシャレじゃないオシャレはむしろ大事な要素じゃないかと、ぼくは考えます。
    第四にシャレがうまい。
    これは、ふだんこのふたりとつきあっていて、そのシャレのうまさにはホトホト感心させられます。
    このあいだも、三田クンの渋谷のアパートで、スキヤキをごちそうになったとき、
    「この肉、うまいね!ニクいよ!」
    なんて調子でよくシャレてました。
    ぼくの俳優的見地からいうと、シャレをとばせないようなカタブツには、大らかなのびのびした演技は、できっこないと思う。
    第五にふたりともそろって美男型。
    まあ、映画の役がらでいうと、舟木クンは、時代劇の二枚目で、ちょっと陰のある、今評判のテレビドラマ「赤穂浪士」の堀田隼人ってところかな。(もっとも舟木クンは、このテレビでは矢頭右衛門七にふんしていますが、あまりピッタリこないカンジ。)

    *註:堀田隼人は林与一さんが演じた役。てことは、当時、浜田さんから見た舟木さんは、右衛門七よりもっとオトナって印象だったのかな?

    次に三田クンは、御先祖様はサムライだったそうだが、どうみてもこの顔は時代劇には向いていないカンジ。現代劇の”永遠の青春スター”が役どころ。
    さて、この私、浜田光夫クンはというと、どういうものか、舟木クン、三田クンの映画では二枚目半か、三枚目で、チンピラヤクザなどが多くて弱ってるんだが、二枚目から三枚目、四枚目、なんでもこなせる役者です(てなぐあいになりませんでしょうかね。)
    どうだろう、今度は三人共演で「美しい仲間たち」って題で青春映画を作ろうじゃないか。この時は、どうかこの浜田光夫クンを二枚目にしてくださいよ。
    以上、言いたい放題のことをならべましたが、これからも心をわった友人として両君とおつきあい願いたいものです。



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    ちなみに、この号の人気投票、舟木さんは歌手の部で第一位。
    そして、浜田さんもあっぱれ映画スターの部で第一位です。
    この頃は、まだ部門別の集計だったんですね。
    ひばりさんが「歌手」と「映画スター」の部でそれぞれ票を集めているのはさすが!

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    わが家の裏庭のガクあじさい

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    前回のブログは、映画の共演者・浜田光夫さんから見た俳優としての舟木さんについての記事をご紹介しましたが、続いて、映画監督から見た舟木さんの演技、魅力についての記事も紹介してみますね。

    同じく「女学生の友」掲載の記事です。前回の記事は1964年5月号、こちらは同じ年の12月号です。前回は、三田明さんと舟木さんをとりあげたものでしたが、こちらは、東映青春路線で本間千代子さんとコンビを組んだ作品に出演した舟木さんと西郷輝彦さんとを対照させて見た東映の監督・鷹森立一さんの一文です。


    女学生の友  1964年12月号 表紙 弘田三枝子さん

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    特別手記 カントクの座から見た 舟木・西郷の演技と魅力 鷹森立一

    「君たちがいて僕がいた」で舟木・本間の純愛コンビをヒットさせ、「十七才のこの胸に」で西郷・本間のフレッシュコンビを育てた、東映の映画監督が語る俳優としての舟木・西郷・・・。


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    手近な夢のある青春ものを

    私たちが作る東映青春映画がめざしているねらいは、あくまで、”明るく楽しく、夢のあるもの”ということなのです。さらには「十七才のこの胸に」など、いわゆる東映青春路線をごらんいただけば、そのことがはっきりわかっていただけると思います。
    *以下、東映の青春映画の看板女優として抜擢された本間千代子さんについて紹介されている部分の手入力は省いていますので、画像の拡大ボタンをクリックしてご覧になってください。

    よし、本間千代子で青春路線をとろう―。東映の最高首脳部でその方針がきまると、つぎはだれを相手役に選ぶかが問題でした。しかし、それは意外に早くきまりました。舟木一夫くんです。
    おかげさまで、このコンビは、もののみごとにヒットしました。
    そして、つぎは西郷輝彦くん。このコンビのヒットもまず確実でしょう。
    ところで、ここまでお読みになると、
    「では、東映の青春路線って、歌謡映画のことなんですか?」
    こんな疑問をおもちになるかもしれません。私は、ノーとお答えします。
    たまたま、私たちのイメージにぴったりの男性スターが、歌手であったというだけで、カメラの前に立ったときは、舟木くんも西郷くんも、歌手ということを、まったく意識しませんでした。それが、この青春映画をヒットさせた原因であったと、私は自負しています。
    吉永小百合さんで代表される日活の青春ものともちがうし、高田美和さんたちの大映青春映画ともちがう、独自の東映青春路線はこのようにして作られたのです。

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    笑いかたまで対照的なふたり

    舟木くんや西郷くんが、いったん撮影所に入ると、ぜんぜん歌手ということを意識しなかったと言いましたが、私たちがそのように扱うと同時に、舟木、西郷の両くんともに、けんめいに、”映画俳優”として努力してくれました。
    これは、まっさきにほめてよいことです。
    いささかの人気のようなものを鼻にかけていわば駆け出しの若者たちが、まるで天下のスター気取りでノシ歩く・・・そんな鼻もちならぬ人が多いと聞いていましたが、少なくともこのふたりはべつでした。両くんともに、キチンと折り目正しい、礼儀を知った若者でした。
    もっとも、その表し方は、それぞれ、独特のニュアンスをもっていましたが・・。
    舟木くんの場合は、たとえていうと、タタミの上に手をついて、深く頭を下げるという古風なあいさつのしかたです。
    いっぽう西郷くんは、ペコンと頭を下げて「よろしくお願いします」そんな感じです。どちらがいいとか悪いとかいうのではありません。ともに誠意と真実のある態度ですが、形は、はっきり異なっていました。そして、そのちがいは、ふたりの性格の相違を同時に物語っていたのです。

    イメージ 7たとえば、ひとりでいる時、舟木くんが、ポケットに手を突っ込んで立っている感じなら、西郷くんは腕を組んで立っている感じといえばおわかりになるでしょうか。笑うときなども、舟木くんは、ちょっと上目づかいになって、フフフフ・・と含み笑いしますが、西郷くんは、上を向いてカラカラ笑う。まるで、彼の生まれ故郷、鹿児島名物の桜島、胸にけむりは絶えやせぬ、とでもいった感じなのです。
    はじめて舟木くんと会ったのは、浅草の国際劇場で、ワンマン・ショーを開いている時でした。ちょっと気の弱そうな、内気な坊や―そんな第一印象でしたが、さて、クランク・インすると、この内気そうな舟木くんが実に積極的な意見をどしどし出すのです。
    「君たちがいて僕がいた」のワン・シーンに、千葉真一くん扮する体操教師が、生徒の前で鉄棒をやって見せるところがありました。それを見ていた生徒の舟木くんが、おどけて、「ぼくたちは、オリンピックに出るわけじゃないんだから、あんなにうまくやる必要はないよな」というようなセリフを言うのです。ところが、舟木くんは、
    「このセリフ、ちょっとおかしいんじゃないですか。ぼくがやる高校生の役は、どこか暗い性格だから、こんなことは言わないと思うんですが・・・」
    と、自分の思った意見を、はっきりとのべました。彼の疑問は、当然のことです。しかし、そういう暗い性格をすくうために、わざとこんなセリフを入れたんだと私が説明すると、舟木くんは、すぐ納得しました。
    とにかく、歌手が余技に映画に出る――そんなつもりがぜんぜんないことが、よくわかってスタッフの連中と感心し合ったことを覚えています。

    はげしく燃える根性

    イメージ 8セリフといえば、参考のために舟木くんの「高校三年生」を見たときは、まだ経験が浅いせいかぎこちないところがありましたが、「君たちがいて・・・」にはいってみると、すっかりセリフが変わっていました。
    知らぬまに、彼はセリフの発声を勉強していたのです。
    その役者根性には、びっくりすると同時に、この人はモノになる――ひそかに私は確信したものです。


    「夢のハワイで・・・」で、ハワイ・ロケに出かけたときのことです。天気待ちの合間などよく堺正章(堺駿二の息子)とふざけていましたが、そのとき
    「いつか、喜劇をとりたいな。」
    と話し合っていました。二枚目役の舟木くんが喜劇に取っ組んでみたいということは彼の演技に対する考え方が、かなりしっかりしたものであることを物語っています。

    イメージ 9ひとことでいえば、内向性で、”陰”にあたる舟木くんに、そんな一面があるのです。
    舟木くんを陰とすれば、西郷くんは陽。まさに対照的なふたりです。
    撮影所の所長室で、はじめて会った西郷くんは、最初からこちらのふところへ飛び込んでくるような、いい意味の現代っ子でした。
    歌手になりたい一心で、郷里の鹿児島を飛び出してきたそうですが、撮影にはいると、そういう西郷くんの根性が、いろんな面に発揮されました。

    もちろん、映画の仕事は一年生ですから、セリフなど欠点はたくさんあります。しかし私が、ここはこのように直してほしい、と指示すると、さっそく次には、言われたとおりに直してくる―頭の切り換えの早さと素直さが彼の最高の長所でした。
    「ぼくは歌手だけど、映画俳優としても一人まえになりたい。」そんな根性が、西郷くんの胸中に烈々と燃えていたのでは、ないでしょうか。
    映画初出演の西郷くんには、とてもムリかと心配した長いセリフがありましたが、それをみごとやってのけたときは、思わずスタッフが拍手を送ったほどです。
    もっとも、彼は中学の時、演演劇部にはいっていたといいます。根が好きな道なのでしょう。それだけに、熱心でもあるし、カンもすばらしい。
    鍛えられて、さらに本人が努力すれば、りっぱに一人まえの俳優になれる―私は太鼓判を押してもいいと思っています。
    ところでなんといっても西郷くんはまだ17歳。撮影の待ち時間にはだれかれとなくつかまえて、愉快そうなおしゃべりに夢中です。

    そこへいくと舟木くんは、黙ってひとりですわっている。本間くんなどが話しかけなければ、積極的には冗談話の仲間に加わらない。そんなちがいはありました。
    私としては、気軽に冗談を言い合っているうちに、それぞれの俳優の個性をつかんで、それを演技に生かすようにするのですが、その点、舟木くんの場合は、ちょっと個性をつかみにくい感じがしました。ところが、本人は、ちゃんと自分のムードを知っていて、こちらが要求しないうちに、それをちゃんと表現するのです。頭のいい人だと思いました。
    化粧などのやり方も、舟木くんと西郷くんは対照的でした。西郷くんは、さっさと化粧をすませますが、舟木くんは念入りにメイキャップして、彼の独特なヘアー・スタイルも、気に入るまでキチンと整える。
    そんなふうに、めいめいの性格を表していますが、ともにやる気十分ということでは、公平に120点ずつ進呈してもよいでしょう。

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    よくお互いを知るために

    さて舟木くんから西郷くんへと、本間千代子の相手役(コンビ)が移っていったため、世間ではあれこれとうわさをしているようですが、東映としては、なんの他意もありません。
    そのときどきの青春路線に、もっともぴったりした相手役を選んだだけです。したがって、これからも舟木くんと本間千代子のコンビもあるでしょうし、さらにべつのコンビも新しく見つけていくはずです。
    それはとにかく、コンビが移り変わる中で、本間千代子は、彼女らしく、やはり気を使っていたようです。
    もっとも、何度もいうように、舟木くんと西郷くんは、その性格がまるで対照的にちがいますから、チョコちゃんとの付き合い方はっきりちがいます。
    元来が、舟木くんはハニカミ屋で、舟木くんのほうから本間くんに話しかけることはあまりありません。これは男に対しても同じです。ところが西郷くんは、いつもおもしろそうなことを、ペラペラしゃべっていたようです。
    本間くんは、「共演する人とは、なるべく話し合って、お互いによく知り合いたいわ。」とよくいっていました。だから、彼女はだれに対しても、積極的に話しかけます。それを、変に誤解されたのかもしれません。

    舟木、西郷両くんのちがいといえば、たとえば本間くんと手をつなぐシーンがあると、舟木くんはいささかテレて、ちょっとそっぽを向くようなところがありますが、西郷くんは、ぜんぜんテレたりしません。ようするに性格のちがいなのです。
    しかし、その性格の相違が「君たちがいて僕がいた」と、「十七才のこの胸に」は、それぞれ独自の味わいの作品にしたのです。
    しかし、テレ屋の舟木くんと本間千代子、そしてまるできょうだいみたいな西郷くんと本間くん―対照的とはいえ、この二組は、実にすばらしいコンビだと私は思っています。
    「こんなコンビといっしょに、さらに楽しい映画を作りたい。」若い人たちに接した私は、まるで十代の昔に返ったような気持ちで、いま、つぎの作品を考えているのです。



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    舟木一夫 君たちがいて僕がいた
    https://youtu.be/IwxBJnOgbFE





    西郷輝彦  十七才のこの胸に
    https://youtu.be/K-weTWQPo14




    映画「君たちがいて僕がいた」スチール写真

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    舟木さんが、2年ぶりにNHKのど自慢のゲストに登場です。
    舟木さんのコンサート会場としてもおなじみの八王子オリンパスホール。
    お近くの方は、ぜひ、ふるって観覧申し込みなさってください。
    もちろんのど自慢への出場希望もふるってご応募!


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    ☆詳細は下記サイトでご確認ください

    NHKのど自慢 募集中 八王子市制100周年記念
    https://pid.nhk.or.jp/event/PPG0301769/index.html


    NHKと八王子市では、八王子市制100周年を記念して「NHKのど自慢」を実施します。出場、観覧をご希望の方は、次の要領でお申し込みください。

    出演予定
    予選を通過した20組のみなさん
    【ゲスト】天童よしみ、舟木一夫(五十音順)
    【司 会】小田切千アナウンサー 

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    会場
    オリンパスホール八王子
    (八王子市子安町4-7-1 サザンスカイタワー八王子4F)

    日時
    平成29年8月20日(日)
    開場:午前11時
    開演:午前11時45分
    終演予定:午後1時30分

    ☆出場・観覧申し込み
    あて先
    〒119-0226
    NHK公開番組
    「NHKのど自慢<八王子市8/20>出場または観覧」係

    しめきり
    出場・観覧とも 平成29年7月3日(月)【必着】



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    車の通りの植え込みにクチナシの花が咲いてました。


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    くちなしのバラード
    https://youtu.be/RYtfXi8vP5c



    くちなしの花
    https://youtu.be/c-GQkc6quiU


    こんな八重咲のクチナシもありますね。

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    日光街道 ニコニコ本陣 webサイト
    『ありがとう 船村徹先生』~100人が綴る作曲家 船村徹先生への手紙展
    <第1期>【6/12(月)〜26(月) 】

    http://www.nikko-honjin.jp/events/event/funamura2017_03

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    *企画展日程詳細は、ニコニコ本陣 webサイトでご確認ください*


    日本のこころのうたミュージアム・船村徹記念館 開館2周年記念/ 船村徹先生追悼企画

    今、先生に伝えたい感謝のことば、 もっともっと聞きたかった、先生の話・・・・ 誰もが、船村先生との思い出をたくさん胸に 伝えきれなかった想いが、湧き上がってくる。 今だからこそ伝えたい、それぞれの想いを 100人の歌手や著名人、ゆかりの方々に 綴っていただきました。

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    舟木さんから船村先生への手紙…どんな想いを伝えられたのでしょう。
    関東地方の方、ぜひ、お出かけくださいね。

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    産経ニュースwebサイト

    美空ひばりさんらの手紙公開 あすから日光・船村徹記念館で追悼企画
    http://www.sankei.com/region/news/170611/rgn1706110022-n1.html

    数多くのヒット曲で知られる作曲家で、2月に84歳で死去した船村徹さんを追悼する企画展が12日から、日光市今市の「日本のこころのうたミュージアム・船村徹記念館」で開かれる。同館の呼びかけでゆかりの歌手や関係者ら約100人が船村さんに宛てた手紙を公開する「『ありがとう船村徹先生』~100人が綴る、作曲家船村徹先生への手紙展」で、10月まで5期に分けて紹介する。
     船村さんの葬儀の際、演歌歌手の北島三郎さんがひつぎに手紙を入れていたのを目にした加藤加代子館長(51)は「同じ思いの人も多いのでは」と企画展を提案した。船村さんの事務所の協力を得て、歌手や作曲家、司会者らゆかりの人たちに呼びかけたところ、100人以上から協力を得られた。
     第1期では、歌手の五木ひろしさん、舟木一夫さん、由紀さおりさん、司会の徳光和夫さんをはじめ、県内からは福田富一知事、斎藤文夫日光市長、見形和久塩谷町長らが船村さんへの思いをしたためた手紙が展示される。
     特に注目すべきは、特別公開の美空ひばりさんからの手紙だ。昭和62年、長期入院からの復帰作で船村さんが作曲した「みだれ髪」の録音を控え、複雑な心中を綴っていた。船村さんの死去後、日光市にある仕事場「楽想館」で見つかったもので、船村さんが用意した封筒に入れて大切に保管されていた。
     加藤館長は「ゆかりの人たちが1通の手紙にしたためた船村先生への思いを多くの人に届けたい」と話している。
     第1期は26日まで。2期は7月7日~24日、3期は8月11日~27日、4期は9月8日~18日、5期は9月22日~10月2日。同館は道の駅日光・日光街道ニコニコ本陣内。問い合わせは同館(電)0288・25・7771。(伊沢利幸)


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    星の夜北へ帰る  





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    九華公園の花しょうぶ

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    先日、ネットで見つけた記事です。
    デビューから55年、矢頭右衛門七から大石内蔵助へ…
    あらためて、感慨深い想いになりましたのでご紹介させていただきます。


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    ~朝日新聞 デジタル AERA dot.  6/11(日) 11:30配信 ~
     
    長谷川一夫の次女・稀世さんが語るNHK大河『赤穂浪士』の圧倒的強さ〈dot.〉

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170609-00000060-sasahi-ent

    イメージ 51964(昭39)年は日本で「初めてアジアで夏季オリンピックが開かれた年」として記憶されている。10月10日に行われた開会式のテレビ中継の瞬間最高視聴率は80パーセントを越える驚異的なものだった。
    そんな中、第二回作品は「赤穂浪士」が放送された。原作は大佛次郎の同名の新聞小説で、後に「画期的な『忠臣蔵』」と評価された「赤穂浪士」だ。
    従来の「忠臣蔵」では主君の仇をとる赤穂四十七人を「義士」として捉えられていたが、大佛の「赤穂浪士」では幕藩体制や時代風潮に抗う「浪士」として捉えていること、浪人堀田隼人や怪盗蜘蛛の陣十郎といった第三者的視点で物語が構成されている点が「画期的」と評価された主な理由だ。
    また、中国大陸の不穏な政情を背景に軍部が暴走し始めようとしていた執筆時の1929年前後の「暗い谷間の時代」に対する大佛の怒りと、「理不尽な幕府に物申す」という大石の権力に対する抗議を重ね合わせているところが、この小説の面白さだともいわれた。
    「赤穂浪士」は、「困ったら義経・秀吉・内蔵助」という川柳のとおり、圧倒的な人気を博した。「花の生涯」の平均視聴率20.2パーセントに対して31.9パーセントと大幅にアップしたのだ。
    その一番の勝因はキャスティングの豪華さで、「花の生涯」同様、大物起用の戦略によって大石内蔵助には長谷川一夫が抜擢された。銀幕の大スターだった長谷川がテレビに出る、ということが大きな話題になったのだ。
    長谷川の次女で女優の稀世さんは当時の父親の様子を次のように振り返る。
    「父がテレビの『赤穂浪士』に出演していたころ私はまだ女学生だったので芸能界のことはあまり知らなかったのですが、帰宅がいつも深夜だったので健康面が大丈夫だろうかと母と心配したのを覚えています」
    現役の大スターとはいえ出演当時の長谷川は56歳、平均寿命が65歳の時代だから「老人」といってもいい年齢で、稀世さんの心配は当然だっただろう。
    稀世さんは続ける。
    「映画出演300本記念作品『雪之丞変化』あたりからはさすがにもう映画は無理だと思っていたようです。父は常にファンに気を配っていましたから、映画のクローズアップは無理だけど、テレビではまだ大丈夫だと考えて『赤穂浪士』のお話をうけたのだと思います。常にファンへのサービスを優先していましたから、映画の大スクリーンでは無理でもテレビ画面ならファンの声援に応えられると思ったのでしょう」

    それを裏付けるように、長谷川本人がインタビューに答えて次のように語っている。
    「地方のファンの方々から“ぜひテレビに出てほしい”といった便りが矢つぎ早やに舞い込んできました。出演決定のニュースと同時に、今度は“ありがとう”の感謝のお便りがたくさん届きました。私はしみじみと今度のテレビ出演はよかったと思っています」(毎日新聞)

    その他のキャスティングでは、歌舞伎界から守田勘弥、坂東三津五郎、映画界から山田五十鈴、志村喬、新劇界から宇野重吉、滝沢修などの大物、舟木一夫という当時人気絶頂のアイドル歌手までも起用された。
    他局から「札束番組」と揶揄されたほどのキャスティングは、NHKの大河ドラマにかける意欲の現れでもあった。「日本人が最も好きな忠臣蔵、空前絶後の超豪華配役」の「赤穂浪士」のクライマックスは吉良邸討ち入りだ。その吉良邸のセットをどこに、どのように作るかが最大の問題だった。

    制作助手だった大原誠氏は自著「NHK大河ドラマの歳月」で次のように述懐している。
    〈まずオープンセットの場所をどこにするか。討ち入る吉良邸は相当に大きなものだったと考証班が調べ上げます。東京都内でそう簡単に広大な空き地などありません。そこで富士見ヶ丘(東京都杉並区)のNHKグラウンドに白羽の矢が立ちました。そこに約九百平方メートル、総面積千二百平方メートルの吉良邸が一週間がかりで建てられたのです〉
      大佛の「赤穂浪士」を原作とする劇化はこれまで、映画化が4回、テレビドラマ化が3回なされているが、質量ともにこのNHK大河ドラマ版に勝るものはない。最高視聴率は53.0%(平均視聴率は31.9%で歴代4位)で、昭和39年の日本は東京オリンピックと「赤穂浪士」で沸いたという世相が浮かび上がってくる。(文/植草信和)

     
    「赤穂浪士」で大石内蔵助を熱演した長谷川一夫さん (c)朝日新聞社

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    赤穂浪士 オープニングテーマ  第47回「討入り」
    https://www.youtube.com/watch?v=Rh05t-eZnrw


    *上記の動画のクレジットタイトルで舟木さんの役名・名前も、もちろん出てま~す*


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    右衛門七討入り
    https://youtu.be/vlCJ4uWPAa8



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    こちらも、どうぞ↓

    右衛門七討入り
    https://youtu.be/cSSFZAt68rY



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    梅雨入りしたというのに、毎日、爽やかな青空が見える妙な6月です。
    いいお天気はありがたいですが、こんなに降らないと心配です。
    なんて言ってると暴力的な集中豪雨がきたりして…
    そんなことにならないよう祈るばかりです。
    でも、ホントに降りませんね。やっぱり異常気象ということなんでしょうか。


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    来週月曜日19日は、久しぶりに神奈川県民ホールで舟木さんのコンサートが開催されますが、私、個人的には6月は、文字通り「ちょっと箸やすめ」モードです。


    ちょっと箸やすめ  その1  6月3日

    3日は、日帰りで娘の運転する車で、もちろんももちゃんも一緒に、昔住んでいた大阪府北摂の茨木市のずっと山奥まで友だちが何人かで借りている畑を見に行ってきました。風が冷たくていい気持で、山間の棚田は、ゆったりと水をたたえて緑あざやかでとっても美しく、ヤギものんびり寝そべっている…そんな6月の田園風景をたっぷり楽しんできました。


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    山のかなたに



    小さなテントを張ってもらって山の風を少し感じて遊ぶゴキゲンなもも
    あぜ道も、けっこう歩きました

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    野いちごとクローバー

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    道が険しくて、ヤギのそばには近寄れませんでしたが、遠くから初ヤギ体験のもも

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    ちょっと箸やすめ  その2  6月13日/14日

    13日は、これまた久しぶりに京都東山安井金比羅参集殿で隔月に開催されている米朝一門の落語研究会に行ってきました。なにしろ八席を中入りもなしで立て続けに聴く、まさに上方落語のシャワーを浴びる2時間半を堪能。古典芸能好きな友人たちと一緒に落語を楽しんだあとは、琵琶湖のほとりにセカンドハウスを持っているリッチな友人の家におじゃまして「家飲み女子会」。日付が変わるまでお喋りが尽きず、泊めていただいて翌日は、琵琶湖の湖岸を朝から昼近くまでのんびとウォーキングして、リフレッシュ。水と緑は、心のオアシスですね。舟木さんのコンサートでおなじみのびわ湖ホール、今年はコンサート開催はないみたいで淋しいですが、またいずれ…




    京都四条大橋から見る鴨川

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    逢う瀬 舟木一夫さん



    祇園花見小路にほど近い安井金比羅

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    ここに通い始めた頃から、はや15年以上、当時の若い前座さんも、「ええおっちゃん」に笑い
    ちなみに、通常は高座への登場順は年季の浅い人から…
    この会は勉強会なのでトリだけは中堅がとることになっています。

    第304回桂米朝落語研究会 

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    昨日の朝のびわ湖岸さんぽ

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    びわ湖ホール

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    毎日新聞 webニュース  (毎日新聞 2017年6月2日 地方版)
    誕生100年 作詞、作曲者の人柄しのぶ 資料館が特別展 往年のレコードも /滋賀
    https://mainichi.jp/articles/20170602/ddl/k25/040/550000c

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    ~周航の歌のレコードは▽市販品で初めて収録されたという1961年のボニー・ジャックスのアルバム▽62年発売のペギー葉山さんのシングル盤▽71年に周航の歌を大ヒットさせた加藤登紀子さんのアルバムとシングル盤--の他、舟木一夫さん、松方弘樹さん、小林旭さんらのジャケットを展示した。資料館によると、古いレコード曲を目当てに訪れる客もいるという。~

    舟木一夫/琵琶湖周航の歌

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    琵琶湖岸・由美浜の「GERMAN RESTAURANT Wurzburg -ヴュルツブルク」
    次に来た時には入ってみたいな…と思ったのでとりあえず↓

    お店のホームページ

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    膳所城址公園

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    近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田(せた)の唐橋(からはし)唐金擬宝珠(からかねぎぼし)、水に映るは膳所の城」と里謡(さとうた)にも謡(うた)われています。
    戸田(とだ)・本多(ほんだ)・菅沼(すがぬま)・石川と城主が変わった後、本多6万石代々の居城として長く偉容を誇りましたが、明治維新で廃城になり楼閣(ろうかく)は取り壊されました。城門は重要文化財で、膳所神社や篠津(しのづ)神社に移築されて残っています。


    石鹿地蔵尊

    元亀2年(1571年)織田信長は大軍で比叡山の社寺堂塔を焼き払い、その後明智光秀に命じ坂本城を築かせた時に比叡山内にあった石地蔵を城の礎石にした。本能寺の変で、信長がたおれた2年後の天正11年に豊臣秀吉が浅井長政に命じて大津城を築かせたが築城には、坂本城の石地蔵を運んで礎石にした。関が原の合戦の翌年慶長6年(1601年)徳川家康は、藤堂高虎に命じて膳所城をきずかせたがその時にも大津城の石地蔵を運んで礎石とした。

    …とのこと。戦国の三大英傑にかかわりのあるお地蔵さんにビックリでした。

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    湖岸には紫陽花の花も盛りでした

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    あじさいつながりで…(笑)

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    乃木坂の女  作詩:白鳥園枝  作曲:遠藤実
    (15周年記念アルバム「愛はまぼろし」収録)

    たまらなく好きだけど 愛さずにわかれた
    ぬれてつつましい あじさいのようなヒト
    乃木坂の雨あがり
    話してくれた さみしい生い立ち
    僕のこの胸で 抱きしめたかった

    さだめなど のりこえて愛すればよかった
    そんな苦しみを あの人は知らない
    乃木坂で いつかまた会えるでしょうか
    やさしく きいたね
    僕のこの胸に 抱きしめたかった

    乃木坂は やるせない
    思い出ばかり 心はいたむよ
    僕は涙ぐみ 坂道のぼる








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    あやめ、菖蒲(しょうぶ)、かきつばたの違いについて

    分類としては全て「あやめ」の仲間で、アヤメ科アヤメ属の多年草です。そのあやめを基本として園芸化を目的に改良されたのが、花菖蒲。花菖蒲は改良種なので、白、黄色、青などいろいろな色がある。それに比して、あやめとかきつばたは野生種。草原に生えているのがあやめで、湿原に生えているのがかきつばた。

    左から「あやめ」、「花しょうぶ」、「カキツバタ」



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    桑名城址の公園、九華公園の花菖蒲園、もう盛りを過ぎてましたが行ってきました
    ちなみに九華と書いて、そのまま「きゅうか」、またムリヤリ「くはな=くわな」とも読みます


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    恋人形   作詩:舟木一夫  作曲:山路進一  編曲:杉村俊博
    (2014年6月発売 「眠らない青春」カップリング)
    https://youtu.be/tB30S5DE3As




    イメージ 10うす墨の 空はつれない 雨もよう 
    帰るあてさえ ないひとに
    いくつ折鶴 恋ごころ
    にじむ 吐息の もどかしさ
     
    ふるさとの 風はかおりも 秋化粧
    落ち葉しぐれる 白壁に
    揺れて とぎれて ほそぼそと
    つらい噂も 気にかかる

    うす紅の 目もとやつれて 恋人形
    あやめ一輪 咲く帯に
    かくしきれない あの夜の
    命かさねた 夢のあと




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    品種:葦の浮舟


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    品種:薫の君


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    品種:元禄

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    右衛門七節  作詩:西沢爽 作曲:遠藤実 
    https://youtu.be/h9vbTkIHXfo


     
    イメージ 19江戸の娘は おしゃらく雀
    一目惚れじゃと またさわぐ
    あれは元禄 右衛門七若衆
    花の小袖が
    アレサ 小袖が
    憎いじゃないか

    胸の涙を 笑顔でつつみ
    風に柳の 落し差し
    あれは元禄 右衛門七若衆
    見せぬこころが
    アレサ こころが
    憎いじゃないか
     
    恋もしたかろ 仇討つ身でも
    一生一度の おもいでに
    あれは元禄 右衛門七若衆
    散らすさだめが
    アレサ さだめが
    憎いじゃないか




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                品種:業平                    こちらは「今、業平」


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    野際陽子さんの訃報を知り、子ども時代のちょっとしたことを思い出し
    凛とした美しさ、知的で品格のある佇まいの野際さんは、
    日本の新しい時代をイメージする女性像の代表だったんじゃないかと
    あらためて、その存在の大きさに想いを致しています。
    つつしんでご冥福をお祈りいたします。


    NHKアナウンサー時代の野際陽子さん

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    ウィキペディアより

    大学卒業後、1958年(昭和33年)にNHKにアナウンサーとして入局し、3か月の研修後に名古屋放送局に赴任。天気・婦人番組を担当。翌年の伊勢湾台風の災害報道にも関わっている。

    ちょうど、野際さんが新人アナウンサーとしてNHK名古屋放送局に赴任なさった年に、私は、恥ずかしながら、当時の子ども向けの、公開ラジオ番組「声くらべ腕くらべ子供音楽会」に出場した思い出があります。その時の、担当アナウンサーが野際さんでした。私は、なぜだか予選を経て最終まで残って放送にのったはいいのですが、緊張のあまり、本番で全く声が出なくて、あえなく「カーン!」(笑)
    野際さんの美しさとかは、あまり覚えてないのですが、子ども心にとっても恥ずかしかったことだけ覚えています。その時に鉦連打なら、その後、のど自慢出場にハマっていたかも…です。チャンチャン!





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    4月中旬の大田区民ホール・アプリコ以来の通常コンサートが開催されます。
    お運びになる方は、ワクワクでお待ちになっていたと思います。
    舟木さんも、きっと歌いたくてウズウズなさっていたんじゃないでしょうか?(笑)
    舟木さんも、お出かけになるファンの皆さん、久々の至福の時間を楽しんできてくださいね。


    6月19日(月)  神奈川県民ホール  14時半/18時半

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    では、久々のコンサートなので、ちょっとおさらいを…
    船村先生の作品のうち「ブルー・トランペット」と「夏子の季節」を動画でご紹介してみますね。


    ~オープニング
    高校三年生
    あゝ青春の胸の血は
    修学旅行
    仲間たち
    君たちがいてぼくがいた
    友を送る歌

    水色の人
    ブルー・トランペット



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    あいつと私
    雨の中に消えて
    くちなしのバラード
    たそがれの人

    その人は昔

    ~スタンディング
    銭形平次
    夏子の季節 



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    初恋
    あゝりんどうの花咲けど
    夕笛
    吉野木挽唄~絶唱

    花咲く乙女たち
    東京は恋する
    北国の街
    哀愁の夜
    高原のお嬢さん

    みんな旅人
    春はまた君を彩る

    アンコールのかわりに
    高校三年生と学園広場のワンコーラス目を会場全員で大合唱
    舟木さんが、あとを続けてオーラス



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    この2曲だけでも船村先生の作品の多彩さを実感させられますね。

    さて、船村徹記念館で12日から開催されている
    「100人が綴る作曲家船村徹先生への手紙展」
    舟木さんから先生への手紙の内容を舟友さんから教えていただきましたので
    ご紹介させていただきます。舟友さん、いつもありがとうございます。

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    謹啓  船村徹様

    「照れ屋」×10に、手足をつけたようで、やんちゃな日本の
    男の児だった先生がわすれられません。
    数々の想い出、心より有難く、遅ればせながらの御礼を申し上げます。
    今は ひとまず 大胡座で あの酒、この酒におくつろぎください。
    長い間 本当におつかれさまでした。

    舟木一夫(サインで)

    ひたすら大好き 「どうせ拾った恋だもの」intoro~coda まで

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    会場での撮影は不可だったとのことで、書き取りしてくださったそうです。
    細かな間違い等あるかもしれませんが、ご容赦くださいとのことです。
    貴重な情報のご提供ありがとうございました。


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    今年も、ぼちぼちと夏の畑の収穫が始まりました。

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    本日の舟木さん、いい笑顔ですね。「今日は、久々だ、思いっきり歌うぜ!」って感じ
    舟友さん、素敵な舟木さんを、いつも、ありがとうございます。

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    先日、下記のネットニュースの記事をご紹介しましたので、それに関連して舟木さんが長谷川稀世さんとの対談で、長谷川一夫さんについて語っている資料もご紹介してみます。

    長谷川一夫の次女・稀世さんが語るNHK大河『赤穂浪士』の圧倒的強さ
    https://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/71920188.html

    資料は、2008年(平成20年)長谷川一夫さん生誕百年記念出版
    「長二郎変化」(長谷川稀世著 求龍堂)より

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    特別対談  百年にひとりの人  舟木一夫・長谷川稀世
      
    文面は、画像の拡大ボタンをクリックしてお読みになってください。
    読みにくい部分はご容赦お願いいたします。4回に分けてアップいたします。
    *なお補足資料として私の手元にある他の関連資料も併せてご紹介しておきます。


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    長谷川一夫さんの生誕百年記念のこの年、2008年の10月に
    新橋演舞場で稀世さんの鶴八、舟木さんの鶴次郎で「鶴八鶴次郎」が上演されたということで
    対談の冒頭は「鶴八鶴次郎」にかかわることから始まっています。

    写真の右・鶴八役の山田五十鈴さんと長谷川一夫さん

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    舞台では、これまた舟木さんとご縁の深い新派の名花、初代八重子さんと共演

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    対談の中で、舟木さんがふれていらっしゃる自作「鶴八鶴次郎」
    15周年記念「限りない青春の季節」舟木一夫歌集より

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    後援会誌「浮舟」創刊号。長谷川一夫さんからの寄稿
    映画「鶴八鶴次郎」で鶴八を演じ、長谷川一夫さんと共演された山田五十鈴さんからの言葉も…

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    舞台化粧の教授を請うて楽屋に押し掛けたというエピソード
    40周年記念写真集(マガジンハウス刊)

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    デビュー作「稚児の剣法」(1927年衣笠映画連盟/松竹)林長二郎

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    鳴門秘帖(1957年公開) 原作:吉川英治  監督:衣笠貞之助

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    舟木さんが語る長谷川一夫「百年にひとりの人」 その2 につづきます


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    舟木一夫 あゝ青春のプロマイド: 芸能生活55周年記念出版

    明後日24日がいよいよ発売日ですね。手にするのを楽しみに待っています。
    このサイトにとっても小さいですが、表紙の画像がアップされています
    http://boox.jp/index.php?module=ecitemdtl&action=pdetail&it=BK&cd=4198644055

    「舟木一夫 あゝ青春のプロマイド: 芸能生活55周年記念出版 505枚完全掲載」
    500枚以上の中から表紙に選ばれたのは、こちらのプロマイド

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    マルベル堂さんのサイトで購入できるプロマイドの中に表紙のものもあります
    マルベル堂 昭和スター倶楽部
    http://promide.com/page.php?sp=&s=877&cp=90#a

    ■舟木一夫
    保有版数:571 / 掲載版数:170 【プロマイドは1枚 350円】


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    学園広場 オリジナル盤&15周年記念リサイタル歌唱・モノローグ
    https://youtu.be/Mf2XLiBkhcM



    こちらは6月21日発売になったばかりのCD&DVDジャケット


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    先ほど届いたばかりですが、なんとも豪華なプロマイド写真集です

    JOURNEY IS  FOREVER
    「旅は永遠に…」と裏表紙にあります。舟木さんの想い、そして私たちの想いですね。

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    巻頭を飾る一枚は、上京して1、2ヶ月ごろに撮ったというもの
    まだ、あのヘア・スタイルではない、まさに高校生という感じの舟木さん
    詰襟ではなく白のポロ・シャツ…というか体操服?(笑)みたいなのを着てます
    ここでは、ご紹介は控えますが、なんともフレッシュ!な少年
    …なのに、そこはかとない清潔な色気も…(笑)「栴檀は双葉より芳し」ですね。

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    チョー大判(A1サイズ)のポスター
    表紙の写真と、下の全身の写真が裏・表になったもの
    そして、今もステキな舟木さんの小さいサイズ(B7くらい)のプロマイドのオマケ付
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    contents

    「3分02秒の歌に始まった55年の旅」 大倉明
    特別インタビュー  舟木一夫が語る、プロマイドとの「時代」(構成:大倉明氏)
    マルベル堂OBの回想 佐藤昭雄氏
    舟木一夫「芸能生活55周年」と、その半生の歩み(年表)
    舟木一夫シングルリスト


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    みんな旅人  
    https://youtu.be/kyR5ILf9V_s



    「高校三年生」、「絶唱」ほかヒット曲と、新吹込み盤「みんな旅人」まで収録


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