『絶唱』その2・原作より(上)~私にとっての園田順吉(=舟木一夫)は初恋の人かも・・・
から続きます。
大地主の跡取りとして、父の後継者となることは順吉にとって生ける屍として生きていくことを余儀なくされます。順吉は意地悪い見方をすれば小雪の力を借りて、その運命から逃れたという意味では小雪を犠牲にして「人として生きる道」を歩むことができたとも云えるのでしょう。「良心の人」であり優しい心の持ち主である順吉は、小雪を道ずれにして自分の運命を切り拓いたという胸の疼きを感じていたのでしょう。
どういう想いで小雪がこう云ったのか・・・純真無垢な小雪の本心だからこそ順吉の心に鋭く突き刺さったのではないかと思います。この言葉を聴いて、順吉は「葬婚式」という、一見、狂気じみたことを小雪のためにも自分のためにもとり行おうと心に決めたのではないでしょうか。
私自身、映画『絶唱』のラストシーンは、どう考えたらいいのか、無条件に受け入れられるものかどうかという動揺を感じました。たとえどれほど愛している人でも死者と婚礼を挙げることには、眉をひそめる、もっと云えばグロテスクなものだと考える人もいないとは言えません。
映画でも、この場面はあるのですが、原作では順吉が、村人(小作人)を集めて、小雪のこと、自分自身の気持ちについて以下のように語りかけています。
~中略~私の妻の肉体は私からおさらばしますが、妻の精神は不滅のまま私の魂の中に生き永らえます。その小雪が、どんな生き方をするか、それは私の今後の生き方が示すことでしょう。・・・どうぞこの私の微衷をお察しくだすってわずかばかりではありますが酒肴が用意してありますので私ども新郎新婦のめでたい今宵をいっしょに過ごしていただきとうございます。~
そして、また原作では、映画を観ただけでは知り得なかった、小雪の出生の秘密が、最後に山番の夫婦である小雪の両親から語られます。その秘密は順吉の文学の仲間であり、原作の『絶唱』では順吉と並んで一人称でも登場する大谷に小雪の出生について打ち明けられています。
~「こみいったことって何です?・・私は誓って秘密を守りますから、どうか及ぶ限りのお力にならせて下さい。では私のほうから質問しますが・・つまりそれは小雪さんのことでしょうか」
「先生さま、わしらウソをついちょりました。これ以上卑怯だと、大罰があたりますけに」
何度も何度もいいよどんで、やっと母親のさとから聞き出したのは・・
「先生さま、わしらウソをついちょりました。これ以上卑怯だと、大罰があたりますけに」
何度も何度もいいよどんで、やっと母親のさとから聞き出したのは・・
「うららも、あの子が生まれた年に三カ月はよう、うららの子を生みましたけに、ところめが、赤児の肥立ちが悪うて、四十日しか生きて居ってごしませなんだ。うらら、息のきれた赤児を抱きづめで、はやもう気が狂わんばっかで・・それをお父がむりにもぎとって葬ってごしましたけに・・」さとの「皮切り」に勇気をとり戻した正造は・・
「それから、山に雪がはじめて降った日に、山まわりをしたわしは・・」と語りはじめた。
正造によれば
「女の身重のお遍路さんを助けた。安産をした、お遍路さんはさとの赤児が死んだのを聞いて同情して、そんなら私の子をと、助けられたお礼として赤児を譲ってくれたのだという。夫婦は「お大師さんのお授け」じゃと語り合って小雪をわが子として大切に育てきたのだという。
「女の身重のお遍路さんを助けた。安産をした、お遍路さんはさとの赤児が死んだのを聞いて同情して、そんなら私の子をと、助けられたお礼として赤児を譲ってくれたのだという。夫婦は「お大師さんのお授け」じゃと語り合って小雪をわが子として大切に育てきたのだという。
大谷は、「よく云って下さいました。もとよりこの事実を順吉くんに云われてもそれで動揺するようなことはありません。かえってあなた方をより一層敬愛するにちがいありません。」さとは・・「ほえ、小雪があんまりええ気立ての娘だったで、うららも裏表のない気立てでないと・・親として恥ずかしいけになあ・・可愛い小雪、ずうっとうららのこの乳で大けんなっただけになぁ・・」彼女は空間を抱きよせるようにして、なかば笑い、なかば泣きながら目をつむると、大きく確信をこめてうなずいた。~
小雪が「お大師様のお授け」の子であったという締めくくりにした作者である大江氏の想いがどのようなものであったのか・・すべてのひとが幸せに生きられる人の世であることを願う順吉の想いを実現させるために人智を越えた大きな力もその後推しをしているのだという意図が含まれているのだということなのでしょうか、その真意はわからないのですが、ただ、順吉が心からの尊敬を込めたまなざしで、小雪に言った「お前は一番正しいことを知っているんだね」という言葉と「お大師様のお授け」ということとは矛盾なく整合するものであることは確かです。