原作と映画とを付き合せながら、私の視点から探ってきた『絶唱』・・・書き終えてみて、やはりこの作品は私の中で大きな位置を占めているんだということがあらためて確認できたような充足感もあるのですが、なんだか、まだ書き尽くせてはいないのでフラストレーションが残っているような心持も一方ではあります。
そんな私の『絶唱』から離れがたい想いをこの作品の中に登場する「歌」に託して、最後に未練がましく、もう少しだけ記してみることにします。
「絶唱」の原作の中に登場する詩人や曲には舟木さんにご縁があるものがこんなに・・・
原作:順吉と小雪の結婚を祝う同人誌「野火」の仲間が集まった宴の席で・・・
~小雪はさっそく川田マサのエプロンをつけたが、アップリケの(映画では刺繍)山鳩が生きてちょっと動くと飛び立つようで「そのエプロンすがたで、もう一度お酌を・・」と私は活発に盃をさしだした。~中略~文学する心へたゆたい・・すると誰ともなく「荒城の月」をうたいはじめた。~
荒城の月 作詩:土井晩翠 作曲:滝廉太郎
春高楼の 花の宴
めぐる盃 かげさして
千代の松が枝 わけいでし
むかしの光 いまいずこ
秋陣営の 霜の色
鳴き行く雁の 数見せて
植うるつるぎに 照りそいし
むかしの光 いまいずこ
今荒城の 夜半の月
かわらぬ光 たがためぞ
垣にのこるは ただかつら
松に歌うは ただ嵐
鳴き行く雁の 数見せて
植うるつるぎに 照りそいし
むかしの光 いまいずこ
今荒城の 夜半の月
かわらぬ光 たがためぞ
垣にのこるは ただかつら
松に歌うは ただ嵐
天上影はかわらねど
栄枯は移る 世の姿
写さんとてか 今もなお
嗚呼荒城の 夜半の月
栄枯は移る 世の姿
写さんとてか 今もなお
嗚呼荒城の 夜半の月
~佐野一夫は川田マサと二部合唱で「サンタルチア」や「帰れソレントへ」をうたうし、笹本卓治は流行歌や軍歌を胸をはってうたったし森本保太郎はしぶい端唄をやってのけた。私はお手のものの童謡をうたって踊った。順吉は牧水の歌を朗詠したり白秋の詩を吟じたりした。~
城ヶ島の雨 作詩:北原白秋 作曲:梁田貞
雨はふるふる 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か
それともわたしの 忍び泣き
利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か
それともわたしの 忍び泣き
舟はゆくゆく 通り矢のはなを
濡れて帆上げた ぬしの舟
濡れて帆上げた ぬしの舟
ええ 舟は櫓(ろ)でやる
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨はふるふる 日はうす曇る
舟はゆくゆく 帆がかすむ
舟はゆくゆく 帆がかすむ
~「さあ今度は小雪さんの番だ。」彼女はすっかり尻ごんで、掌を合わせんばかりにかんにんしてほしいとなんべんも辞退をしたが「だめだめ、園田順吉の妻じゃないか・・」とかなり酔った順吉が激励したので「じゃ・・やります」とほとんど絶望的なまなざしでうなずいた。~
吉野木挽唄
ハアー 吉野吉野と 訪ねてくればよ
吉野千本 サア 花盛りよ
吉野千本 サア 花盛りよ
ハアー何んの因果で 木挽を習いよ
花の盛りを サア 山奥によ
花の盛りを サア 山奥によ
↑舟木さんの歌唱 (これはyoutubeより:映画「絶唱」の音源から?)
アルバム『舟木一夫西条八十の世界を歌う~日本の四季』には、「吉野木挽唄~絶唱」(再録音盤)が収録されています。
原作:七年と言う歳月を経て、小雪のもとへ帰ることのできた順吉と小雪との束の間のひとときがあったことが下記のように記されています。
~順吉は林檎の汁をしぼりながら、凍傷跡のまだらな顔でおだやかにいたわった。しぼった果汁を吸呑みに入れて、咽ないように少しずつのませてやると、「ま、おいしや、私の胸ン中のあなたははなすだけだったけに、やっぱりほんとのあなたはよございますわねぇ・・甘えてもいいかしらん?」「うん、いいとも」「あんら、うれしや。ね、ねお二人でかわりばんこに 南と北の唄を歌ってきかせてほしいけに。」順吉がそばでやさしく髪を梳いてやっている横で、私は「ブンガワンソロ」をうたいはじめた。~中略~つぎは順吉が「バイカル湖のほとり」と「カチューシャの歌」を歌った。~
一人ぽっち4集 舟木一夫と世界の歌 カチューシャ ロシア民謡 訳詩:関鑑子
りんごの花ほころび
川面(かわも)にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ
岸辺に立ちてうたう
カチューシャの歌
春風やさしく吹き
夢が湧くみ空よ
川面(かわも)にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ
岸辺に立ちてうたう
カチューシャの歌
春風やさしく吹き
夢が湧くみ空よ
カチューシャの歌声
はるかに丘を越え
今なお君をたずねて
やさしその歌声
はるかに丘を越え
今なお君をたずねて
やさしその歌声
~第三章 葬婚歌~
原作:復刻した「野火」に寄せた、園田順吉の原稿・・・・
原作:復刻した「野火」に寄せた、園田順吉の原稿・・・・
挽歌 園田順吉
~僕たちはかわるがわる墓前で焼香して黙祷をした。~中略~そこで僕はたまりかねて「おい、小雪をにぎやかになぐさめてやろうじゃないか」と隣の佐野一夫の手をにぎると「小雪さんは天真爛漫だった。天性の詩人だった」と、川田マサの手をにぎると「ここは、あの木挽唄の土地じゃないの」と川田マサは吉原準平の手をにぎった。こうして大谷茂から加藤勉へ、そして僕へと六人は輪になって墓標を囲むと期せずしてグルグルとゆるやかに小雪をめぐりはじめた。小雨のけむる墓地で僕たちは小学生のような心地でいると「小雪さん、子供ン時の唱歌をうたわいや・・」と加藤勉が墓標に問いかけたとみるまに
からす なぜなくの からすは山に かわいい七つの子があるからよ
・・・彼の童めいた声について、僕たちもいっしょについて合唱をはじめた。~
七つの子 作詩:野口雨情 作曲:本居長世
烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛い七つの
子があるからよ
烏は山に
可愛い七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ
山の古巣へ
行つて見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ
行つて見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ
~うたい終わった余韻の静かなひととき、思いがけない奇蹟が起ったのである。小雨にけぶる靄のかなたから、僕たちに相呼応して・・山鳩が鳴いたのだ。いや、たしかに小雪が呼んだのだ!
「小雪! 小雪! おぅい・・・小雪よう!」と僕は呼んだ。
それからなかばもの狂わしそうに小雪の墓標にしがみついて、頬ずりをしながら脚がずるずるとくずれ折れてひざまずくと、土饅頭のぬれた地面へ顔をおしあてて・・慟哭した。このとき、もろもろの僕にまつわりついて、悩み煩わした瑣末な雑念がケシとんで、虚飾のみじんもない、ただあるがままの園田順吉が、赤裸々にノタうっていた。すでにいま、つねづね醜悪ときめて抑制していたこの慟哭のふるまいもかくしだてのない本然の美点となって光耀とかがやき、まことに単純な愛しいひとを哀悼するこの涙にいっさいが洗い浄められて、もはやメフィストのしのびこむいとまもない・・僕は人間らしい、人間にひたりきっていた。~(完)
絶唱 作詩:西条八十 作曲:市川昭介
愛おしい山鳩は 山こえて どこの空
名さえ はかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ ああ 小雪
名さえ はかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ ああ 小雪
結ばれて 引き裂かれ 七年を西東
いのち短く 待つ日は永く
泣きぬれた ああ 小雪
いのち短く 待つ日は永く
泣きぬれた ああ 小雪
山番の山小舎に 春が来る 花が咲く
着せて 空しい 花嫁衣装
とこしえの ああ小雪
着せて 空しい 花嫁衣装
とこしえの ああ小雪
なぜ死んだ ああ 小雪